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「一緒に祭りに行きましょう」

「勇者まつりっ!!?」プリーチャーは()()()()と飛び上がった。かわいさアピール&指ハートマーク付き。ファンサだ。


「…おお……おお!!」感涙(かんるい)せんばかりに声を(ふる)わせ、両手を広げて大仰(おおぎょう)に天を(あお)ぐ。賛美(さんび)のあまりに雲の隙間より()(そそ)ぐ、荘厳(そうごん)絢爛(けんらん)たるエンジェルリフト。パーパヤー。


「『勇者祭り』。なんと良き、…かぐわしき文化のかほり…」


「勇者の祭りなどという、…勇者で祭りなのだぞっ!!」声まで裏返(うらがえ)す。「そんなもの、絶対に最高に、間違いない物に違いありますまいっ!!」フンスフンスと鼻息(あら)く、王に問いただす。


「どんなものなのです?どんなものなのでしょう!!良きものなのでしょう!?」


 ゴブリン王は冷ややかに答えた。「引っ込んでいろ、プリーチャー」


「王のいけず!」(くず)()ちてヨヨヨと(なき)(くず)れてしまった。可哀想。


 ゴブリン王グッガは床の少年を(なが)()ろし、……凶暴な牙を()()しに、笑う。「…ふむ…」



「良きものだとも」――そこにははっきりと、暴力の予感がある。



「キルタ君。きみには(われ)らが大願(たいがん)(いしずえ)となってもらう」


「……そしてきみは、兵士たちの()()()()となるのだ」


「…(なぐさ)みものですか」どこ吹く風で答える。――反面、東堂さんは激しくうろたえた。「…なっ…!」赤面し、必死に怒声を張り上げる。「何を言っているの!!」


「…エッチなことをするつもりでしょう!?」自分の言葉に限界まで赤くなり、衝動を()(しぼ)った。「ダメよ!!そんなの駄目!!」


「何を言っとるんじゃこの小娘が!ちっとは(つつし)みを持たんか!!」老人ゴブリンが釣られていきり立った。「…ったく、最近の若いもんは…」


「…フン…」この騒ぎにも王は泰然自若(たいぜんじじゃく)として、(まど)わされることは無い。「きみには、祭りの見世物(みせもの)となり、我々の勇者と命を()して戦ってもらう」


(……ん?)その違和感に、(まゆ)をひそめる。(…なんじゃらホイ…)


 怪訝(けげん)(がお)の少年()()()(ふく)める様に、淡々と説明を続ける。「我々の勇者。それもまた()()と同じ、()()()()()()勇者だ。…勇者は祭りを(つう)じ、より大きく成長することだろう」


「そのための『勇者祭り』だ」


(…ただ戦いを見世物(みせもの)にするだけが、『祭り』…?)「…それが兵士たちの(なぐさ)みになると、…あなたは、そう言っているんですか」


 王は深い眼差しで、うなずく。「キルタ君、きみの疑念(ぎねん)もわかる。それではあまりに(やす)っぽく、陳腐(ちんぷ)だと言いたいのだな。…窮地(きゅうち)鬱屈(うっくつ)した兵たちが満足するとは、とても思えない」落ち着いた口調で、大広間側へと目をやる。


「だがな、『祭り』を完遂(かんすい)すれば、それは十分に可能なことだ。…来たな。神輿(みこし)が」


 通路の向こうより「えっほ」「えっほ」と、掛け声を()げる勇壮(ゆうそう)なゴブリンの一団が向かってきた。――粗末(そまつ)(やぐら)(かつ)いでいる。それは、神輿(みこし)というには()()()()貧相(ひんそう)代物(しろもの)だった。


『よいしょぉ!』神輿(みこし)を降ろし、代表が(たず)ねる。「王よ、何を(かつ)ぐんです?」


「この女だ。爺も乗れ」


(……ぐっ……)(あせ)りばかりが広がっていく。「…ちょっと待ってください!僕が戦えばいいんでしょう?だったら僕を連れていけばいい!」抵抗できる手段は無い。これでは何も出来ぬまま、東堂さんだけが連れていかれる。


「…キルタ君、あまり我儘(わがまま)を言うものではないな。きみは敗北し、()()()()()を受けているのだ」言葉の内容とは裏腹(うらはら)に、その論調(ろんちょう)(おだ)やかだ。


「今、きみは、油断なく(にぎ)()んだ()()()ねる(たま)で、爺への狙撃を(ねら)っているのだな?」


(……)(かばん)より取り出し(ずみ)の『ビー玉』を、固く(にぎ)りしめる。(…お爺さんを見失(みうしな)ったら、東堂さんを束縛(そくばく)から開放できない。…何か無いのか、…何か…)


「その闘志は(この)ましい。面従腹背(めんじゅうふくはい)(やから)などより、()()()な。…だが、もうやらせんよ」薄く笑う。「…それに、今はどう足掻(あが)いても、同じことの繰り返しではないかね」視線を受け、立ち上がったプリーチャーがキョトンと肩をすくめる。「同じだよ?」(…うるさいなぁ。()()()()()()でしょ…)


 モニャモニャする少年の見る、厳しく引き締めた視線の先。「…あれは撃っても?」小さなため息が返る。「……許可など出来んよ。きみ自身が判断して決めたまえ」


 薄汚いゴブリンたちに(むら)がられた東堂さんが、気丈(きじょう)に叫んだ。「変なところを(さわ)らないで!」


 ゴブリンたちは口々(くちぐち)に「人聞きが悪い!」「違いますって!」不満の声を上げる。「(なん)なんです!(さわ)れてないでしょう姐さん!…どうなってんだこれ」「重いな。…せーの!」


「…重くない…!」東堂さんはブツブツ(つぶや)くが、()()()()()()体勢のまま、すんなりと神輿(みこし)()せられてしまう。


 (いん)(むす)んだ老人が、彼女を盾にする形で(かげ)に回り込んだ。


 切田くんは一縷(いちる)の望みに()けて、(すき)を探して一連(いちれん)の作業を油断なく観察している。


 ゴブリン王が、(さら)にその様子を覗き込んでいる。「キルタ君」


「準備ができたら(むか)えをやろう。しばし、大人しくここで待つがいい」


「…だが、そうだな」冷ややかに神輿(みこし)一瞥(いちべつ)する。「きみには悪いが。待つ間、女の防護が切れぬことは(いの)ったほうがいいな」


「……この私をさんざんコケにした女だ。思わず、手が(すべ)ってしまう事もあるかもしれん……」(…ぐっ…)()()()、と胸が逆撫(さかな)でられる。(…そんな(おど)し…)


(…どうすればいいんだ…どうすれば…)意地になって食い下がった所で、もはや思考は空回るのみだ。(くちびる)を噛みしめる少年に、「…切田くん…」神輿(みこし)の上、気づかわしげな声が飛ぶ。


(…駄目だっ、…何も出来ないっ!思いつきもしない!!)血の味がする。(……せめて気休めを、……言葉の(かざ)りだとしても!)


「すぐに助けに行きます。東堂さん」


 懊悩(おうのう)を押し殺し、落ち着きはらって発した一言。それは『精神力回復』によって力強く(ひび)く。



 彼女は()()()見つめ返し、――(かぶり)を振った。真剣な顔で答える。



「なんとかする」



(……ぼっ…)()()()()と、心が曲がった気がした。(…僕はもう、当てにされていないのか…!?)そんな覆面の(おく)には気づかずに、『聖女』は(ほほ)可憐(かれん)(あか)く染めて、言葉に熱と渇望(かつぼう)()めた。


「でも、(むか)えに来て」


 ……不意を突かれた切田くんは、(あわ)てて答えた。「え、ええ」


「行くぞー」ゴブリン達が『せーの』で神輿(みこし)(かつ)ぐ。彼女と老人の高さが変わった。


「……必ず行きます」力強い言葉に、()()、と微笑みが返される。(つな)がる視線を()わし()いながらも、冷静に考えを(めぐ)らせる。


(『祭り』の内容次第では、()()()()(まぎ)れてお爺さんを狙撃する事も出来るはず…)


(…とにかく道を探すんだ。この人たちが、()()()()遊んでいるうちに…)強い視線で王を見据(みす)え返し、大きな態度で()(はな)つ。「あなた方の勇者と戦って、…僕が勝ってしまっても(かま)わないんですか?」


 厳粛(げんしゅく)なる重圧の(ぬし)が、無造作に歩み寄り、かがんで顔を近づけてくる。――そして、切田くんに()()聞こえるように、こう言った。「…無論(むろん)だとも」


「きみが我々の勇者を刈り取って、『真の勇者』になったとしても。私は一向にかまわないのだ。…私の願いは、成就(じょうじゅ)されるのだよ」


 ()()()と立ち、「見せてもらおうか。君の持つ、真の勇気の(かが)きというものを」毛皮のマントを(ひるがえ)して、背を向ける。


「勇者に打ち勝つものこそが、『真の勇者』となるだろう」


 巨躯(きょく)とマントで射線を(つぶ)しながらも、王は神輿(みこし)と共に歩き始めた。隙間を()い、東堂さんの視線も感じる。――勇壮(ゆうそう)な掛け声がこだましている。


「ワーッショワッショイ!」(ワーッショワッショイ!)


「ワッショイ!」「ワッショイ!」


「ワッショィワッショィワッショィワッショイ!!」



 ◇



 伽藍堂(がらんどう)の謁見部屋。ここには黒コートの男と覆面の少年、壁に燃える松明たち(と宝箱)だけが(のこ)されている。結構(のこ)されている。(……(ひろ)ったのか?命を……)切田くんは()()()しつつも(……なんだか胸モヤ〜……)釈然(しゃくぜん)としない。なんなのマジでホント。


(…他人のエゴが作った()()きだったとしても、…(もう)けたことに変わりはない…)床の帽子を(ひろ)鷲鼻男(わしばなおとこ)に、鋭く声を投げかける。


「…感謝の心はありませんが、お礼は言っておきますよ、プリ―チャーさん。…ありがとうございます」


「ふむ、社交だね」山高帽(やまたかぼう)(ほこり)を払う男が、にこやかに返してくる。「(えら)いねぇ。()()(ただ)しき良いことだよ、キルタくん。どういたしまして」


「…『猫目』さんはどこです」


 もの言いたげに一瞥(いちべつ)くれて、スタイリッシュに回転して勿体(もったい)をつけ、帽子をスイと(かぶ)(なお)す。「ヒュー!」そして、


「ンッン〜。キルタくん、きみは実に律儀(りちぎ)だねぇ…」実に愉快そうに(いら)えてきた。「いつまでそのままでいるつもりかね?別にもう、起きても(かま)わんよ」


「それに、…どうせきみでは、私には勝てない」


(……ぐっ……)(いま)だ地に()す少年の胸、黒い炎が激しく燃え上がる。(この人だって、今はひとりだ。一対一ならば、……()れるか?)


 ――答えは否定。火器管制がノーと言っている。


(通常弾は『障壁』を抜けない。障壁メタが()く『ビー玉』も、……高速詠唱めいた早回し音。【シールド()】魔法に(ふせ)がれる。発動が速すぎるんだ…)『スキル』攻撃に匹敵する抜き打ちスピードだ。ダンブルウィードころころ。(『さあ抜きなっ!どっちが速いか試して…』いや、完全に無理筋(むりすじ)。さっきの二の舞…)


(…かといってチャージ攻撃なども、おそらく先に(つぶ)される。…格闘だけじゃない。高速で()()せる攻撃魔法だって持っているかも…)


(……ぐっ、……詰んでいるの?……)無力さに歯噛みする少年に、(……何もないのか?本当に、何の手段も……)鷲鼻男(わしばなおとこ)がせっかちに(のたま)う。「はいはい、早く起きる。ほら起きてキルタくん。はやくはやく」


(…お母さんかな?)()かされてしまった。しまいには「ほらほら起きて。はよ起きて」ペチンペチンと手拍子まで始めた。(……うぜぇ〜……)


(……正面からの()(すじ)は無し。付け入る(すき)を見つけないと……)


(…なにか()さぶりを…)床のシャープペンシルを(つか)みがてら、立ち上がって服の(ほこり)を払い、嫌味にならない程度に挑発的に語りかけた。


「プリーチャーさん、このままでは貴重な文化が(うしな)われるんじゃないですか?」


「ん?」(まゆ)を上げて、ニコニコ(なが)めてくる。(…反応(わる)ぅ…)めげずに不遜(ふそん)な態度を取る。


「だってそうでしょ。僕が負ければもちろんのこと、僕が勝ったらあの人たちは生きてはいませんよ。…異文化の喪失(そうしつ)です。あなたの主義に反するんじゃないですか」


「……うーむ、(かしこ)い。痛いところを突く。……ちゃんと(くわ)しく聞いていたのだね。きみは目の付け所が(するど)いねぇ……」心底困った、という(てい)で、プリーチャーはきな粉ねじり棒みたいになった。「うんうん。わかるよ。確かにきみの言うとおりだねキルタ君。それは実に困るな。非っ常~に困る」悩ましげに眉根(まゆね)を寄せ、小首も(かし)げる。



「だが私はぁ!!」バッと両手を上げ、スタイリッシュにくるりと回った。



「『勇者祭り』がっ!」



 そして天に向かって高らかに、願望を吐き出した。



「見ったぁーい!!!」


「の、だ!!」



 体勢を(くず)し、白目を()いてフラフラとよろめく。「からだを(めぐ)る、二律背反(アンビバレンツ)!ねじれ、ねじ、あっ」


「文化とは、あっ」


「世界の民に立ちはだかる二律背反(アンビバレンツ)!その大いなる解決!」「さらにその、あっ、先にある!」


「歓喜と歓声を持ってぇ~」「あっ」


「あっあっあっ」「汁が」「汁が出る」「あっ」




「えはぁ~」




 プリーチャーは白目をむいたまま()()()()し、ビクンビクンと全身を痙攣(けいれん)させた。


(あれは…アヘ顔!!)切田くんはドン引いた。(…何をしているんだこの人は…)


「ふぅ…」落ち着きを取り戻す。「…きみ、あまりジロジロ見ないでくれるかね?私個人の秘め事を。…いやらしい」(…あ゛?)流石(さすが)にキレそう。


「…てっきり、僕に見せたかったのかと」「そんなわけ無いでしょ!キルタくんのいけずっ!変態性欲っ!!」(…やっぱ撃ちてぇ〜…)


「だからだね、キルタ君。()わりにきみが、私の文化的欲求を満たしたまえ。…楽しみにしているよ?『勇者祭り』」嫌味なほどに、挑戦的な口調。


「逃避でも、代償でも。文化を(つむ)ぐものならばなぁんだっていい。きみの力が今こそっ、文化の未来を切り開くのだよっ!ジャジャァーーン!」


「パパラパー、パパパパラパッパッパーー」両手を広げて(たっと)き天を(あお)ぎ、……うって変わってニヤニヤと、()()()と思い切り手を叩いた。「そうだ、キルタ君っ!私がテコ入れをしてあげよう!」


「きみが『勇者祭り』をくぐり抜け、その時点で、私の文化的欲求が()()()()()()()()()()()。つまり、がっかり祭りだ。……罰として」そっけなく言う。



「泣き叫ぶ彼女の目の前で、きみを残酷に殺そう」



(……ぐっ……)あまりに短絡的な脅しに、()()()()と心が曲がる。(…くだらない、安い脅しをっ…!)


 するとプリーチャーは「()いてる()いてるっ!」キャハーと笑いながら両手を広げ、反復横とびを始めた。「がっかりした?おこった?ねぇ、おこった?」


「だってだってキルタ君。きみは私に文化を保護してほしいのだろう?ねえ、ねえ」


「いっけないんだぁ、キルタ君。文化の保護とは権力の仕事。力があってこそなし()るもの」


「保護して?保護して?」


「きみが言うことではないんだなぁ~?」


「どうだね?どうだねキルタ君?だから『勇者祭り』に、私たちからも精一杯の花を()えよう!ライトスタッフ。ふたりの力を合わせるんだ!」


「…これは見識違いを振りかざす、きみへの懲罰(ちょうばつ)などではないよ?それとこれとは別。私は公私混同などしっな~いのだ!」


「良いだろ良いだろ?この趣向(しゅこう)。きみを待つ彼女も、さぞかし声を上げて喜ぶことだろう!!…ねぇキルタ君。想像したかね!?彼女の心底喜ぶ姿を!!」


 ピタリと動きを止めて陶酔(とうすい)し、悩ましげに手を当てる。嗚呼(ああ)、感涙。


「ンッン〜、なんという悲劇(トラジティ)。今、貴重なる文化が異なる文化によって、(そこ)なわれ、(うしな)われてしまうのだ。…眼前で()(ひろ)げられる文化的悲劇。その記憶が作り出す(むな)しき想いは、未来への架け橋となり、世に正しき文化が躍進(やくしん)する原動力となることだろう!」


「アイロニーを感じるだろう?キルタ君!」チラチラ、チラチラと見てくるプリーチャー。


(……ムギギ、うっぜぇ…!)湧き上がる苛立(いらだ)ちを『精神力回復』で(おさ)え、チャンスを(うかが)う。(…『勝ちに(さい)しても油断などしない』、でしたっけ?…この人は、いくらなんでも()()()()()()だ。調子に乗りすぎ…)


(こんなお祭り気分、(すき)(さら)さないはずが無いんだよ。…『愉快さ』だって怒りと同じ、思考を()める毒なんだ。…警戒が途切(とぎ)れた瞬間、死角を(とお)して『ビー玉』を叩き込んでやる…)左手をギュッと(にぎ)りしめる。今見えている、(わず)かな()(すじ)


「んん~?」


 限界まで目を見開き、満面の笑みでプリーチャーは言った。


「駄目デ〜〜ス!!きみは実にわかりやすいな!切田くん!」


「ふむ、その前に私を倒せば。倒してやるー!という顔だね。それは」


 無表情の覆面をニヤニヤと(なが)め、「んん?…いい加減ウンザリもしてきた?…傷つくねえ、私は楽しいのに。じゃあ巻きでいくかね?」プリーチャーは魔法を詠唱した。――()ねる様に()退(すさ)り、反射的にシャープペンシルを(かま)える。



「『偉大なる祖の持てし霧の力よ。立ちはだかる壁の力を(はら)い、()となり溶け込め』。【パスウォール(壁抜け)】」



 黒コートの長身が、()()()と床の下に消えた。――落下していったのだ。重力に(したが)って。


(……ぐうぅっ……)切田くんは歯噛みをする。(…やられたっ!!)迷宮の強固な床や石壁を、攻撃を(ふせ)ぐ盾にされたのだ。これでは『ビー玉』など(とど)かない。


 同時に、プリーチャーの姿を見失ってしまった。(…ど、何処(どこ)に…)


 ――迷宮を反響する音声が、何処(いずこ)かより聞こえてくる。「壁でも叩いて(くや)しがったらどうだね。ちょうど私がいるかもだ。……いや、ひょっとして、壁をも(つらぬ)く、きみの強化【マジックボルト(魔法弾)】ならば。徹甲弾(アーマーピアーシング)と言ったかな。直撃すれば私も危ないのかもしれんな?」


「……それに、私は気になっている」


何故(なぜ)きみの【ミサイルプロテクショ(飛翔体防護)ン】は、維持(いじ)されたままずっと消えないのだ?」


 周囲を取り巻き続ける【ミサイルプロテクショ(飛翔体防護)ン】は、スキルの魔力回復効果により(つね)に効力を維持(いじ)し続けている。『障壁』を持たない彼にとっては貴重な防御手段だ。切らすわけにはいかない。


 ――ムムムとなる。「困ったねぇ、考えたねぇキルタ君。それでは生半可(なまはんか)な攻撃魔法など、すべて()らされてしまう。さすれば私は先程(さきほど)と同様に、きみに()れる(ほど)に接近しなくてはならないね?」


「…警戒しながら()(かま)えている、きみの精密射撃をかいくぐる。んーなるほど。これは(むずか)しい…」ニヤニヤ笑いの気配が、心底愉快げに問いかけてくる。「このまま(ひそ)んで、防御魔法が消えるのを待つのも良いが」


「……もしかしてそれは、ずっと消えないのかね?」 




「気・に・な・る・なぁ~?」グイ、と足首を引かれた。




(…うわぁっ!!)切田くんはビクリとして、咄嗟(とっさ)に足を引っぱり返す。床から手が伸び、足首を(つか)んでいる。ビクともしない。


 バランスを(くず)し、たたらを踏む。すると「ヒョホホホホ!」腕は()()()と床下に消えた。(こいつっ…!)


 翻弄(ほんろう)されている。(くや)しさと(あせ)りと憎しみと、とにかく()()すドロドロの激情を、『精神力回復』がフル回転で押さえつけている。ガリガリと、無理な負荷が掛かっている。


「キャハハハハハ!油断大敵だよぉ〜〜ん!!」はしゃぐ態度が一転、真剣な口調になる。「ところでキルタ君。小さいほうの娘はその箱の中だ。老婆心(ろうばしん)だが、そのまま大事にしまっておいたほうが、きみにとっても彼女にとっても安心ではないかね?」


「ではまた後ほど」――プリーチャーの声はそれっきり、聞こえなくなった。



(…本当にいなくなった?…)切田くんは(あら)(いき)をつき、執拗(しつよう)(あた)りを見回す。壁の中の様子など見える(わけ)がない。……それでも()()瞳は、ギラリと光る。(…だが、糸口は見つけたぞ…)


 思い返すは黒袖くろそでの、枯れ木みたいなプリーチャーの腕。(『障壁』を張っていなかった。【パスウォール(壁抜け)】と干渉(かんしょう)するからなのか?)


(…壁の中で魔力を(まと)えないのなら、攻撃する(ため)()()ざるを()ないんだから……)ガバナのアルコルが、『障壁』を張り直している光景を思い出す。(……『障壁』展開には、ある程度の時間が掛かる。そこを狙って……)


(……あとは、文化おじさんを見つける手段さえあれば……)



 ◇



「『マジックキー』」


 鍵穴に手を当て、『マジックボルト結晶』を充填(じゅうてん)して合鍵を作り出す。ひねると、カチリと音がした。(…()いた…)


 宝箱の中にはぐてーっとした『猫目』が、()()()()()に詰まっていた。(…液状猫かな?生きてはいるみたいだけど…)呼吸の上下が見て取れる。眠っているようだ。「…ん…」――うなされている。「…んん…」(ひたい)に汗浮かぶ、苦悶(くもん)の表情。


 少し強めに、()()()()()すった。「『猫目』さん」


 ()ねる(いきお)いでガバリと起きた。「……!!」激しい表情で眼帯を押さえ、腰に手を当てる。小剣は腰には無い。「敵はっ!?」手探りしながらも(するど)く問いかけてくる。


(……どこかに(ひそ)んだままだ。今は言っても仕方がない)ふるふると、首を振る。


 張り詰めた『猫目』はカクンと力を抜くと、……()()()()眺めてくる。「……キルタ」


「キルタが助けてくれたの?」


 切田くんは、この子の処遇(しょぐう)について考え込む。今から敵の軍勢の只中(ただなか)に、単騎で乗り込まなくてはならないのだ。


(…逃がすにしても、出入り口は大広間の向こう側か…)出口側と彼らとの間には、百人を超える武装ゴブリン(たち)(はさ)まっている。百合に(はさ)まる男ぐらいに厄介な存在だ。(…百合とTSは、生々しくないほうが良い…)全力で偏見を振りかざす。(…百合百人…)ゲシュタルト崩壊しそう。


(もとい、この場に置いていくわけにもいかない。…だったら一緒に行って、塹壕(ざんごう)代わりの【ミサイルプロテクショ(飛翔体防護)ン】内に居てもらったほうが、安全かもしれないな…)


(…勇者祭りの(すき)を見て、出口側に送り込むのが良いだろう…)切田くんは、強い眼差しで、力強く手のひらを差し出した。「『猫目』さん」



「一緒に祭りに行きましょう」



「…お祭り?」ぼんやりと見上げたまま、少女は軽く眉をひそめる。「…お祭りって、あのお祭り?」


 伸ばされた手に、気後れしたようにうつむく。「…アタシ、お祭りに行ったこと無い」


「…遠くから(なが)めたことはあるけど…」


「行くんです。今から僕と」


 その強い言葉に、少女は頬を赤くした。顔を上げ、――遠くの祭りを(なが)めるみたいに、彼の覆面をじっと見つめる。


「…ん」そして少女は、手を取った。遠慮がちに、もう片方の手も()える。


 彼の手を借りて、「うんしょ」と立ち上がる。少しはにかみ、『猫目』は問いかけた。


「どこでお祭りがあるの?」


 切田くんは、毅然(きぜん)として答える。「ここです」


「ここ?」


「ええ」



 ――(あた)りを見回す。

 先程(さきほど)から何も変わりはない。ここは、『迷宮』の中だ。


 壁に掛かる松明の列が、パチパチと音を立てて燃えている。



 少し強めに、『猫目』は言った。


「キルタは馬鹿なの?」


 その時、大広間側より大声が響く。「祭りの準備が出来たぞ!来ぉい!!」大きく腕まねきをするゴブリン。


 一瞥(いちべつ)し、再び真剣な表情で覗き込む。「行きましょう」


「……」


 『猫目』は不可解さ、(くや)しさ、何だかわからない()()()()に唇を噛む。……しかし、(にぎ)った手から感じる何かが、その衝動を押し止めた。


 (くや)しげにうつむく少女にとって、その感覚は、決して不快なものではなかった。


 ブスッとふてくされ、(うら)みがましく(にら)みつけて、不承不承(ふしょうぶしょう)に『猫目』は答えた。


「…わかった」

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