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異文化コミュニケーション

 ビクビクと痙攣(けいれん)(陸の魚みたいに弱まってきた)する『メイズフォレスト』の身体を(また)ぎ、(…ちょっと楽しい…)男の来た左側へと進む。


 通路の先、松明よりも(おだ)やかなランタンの(あか)り。(住居かな?…宿直室か…)頑丈(がんじょう)に補強された扉が、半開きのまま放置されている。防衛のための頑強(がんきょう)さだとしても、この状態では何者かの侵入を(はば)むのは難しそうだ。


「こっちじゃなかったねー」状況を(なが)めた『猫目』が、訳知(わけし)(がお)の棒読みで言う。「いつもは『メイズフォレスト』で方向感覚がおかしくなるから、どっちが『迷宮』だかわからなくなるんだよ。(ぎゃく)が正解でした。さあ戻ろ」


「ある意味当たりです。(あさ)ってみましょう」「そうね」


「……」(すわ)った目で(だま)()み、(うら)みがましくブスーと不貞腐(ふてくさ)れる。「…知らないからね。どうなったって」


 気が引けたので、なだめようとする。「バヨネット組には、僕らに(おど)されたと言っていいですよ」


「言い訳ぐらい自分で考える。余計な気を回さないで」


「…すみません」「……あああっ、もうっ!!」もはや我慢ならん。と、少女は半ギレで(わめ)いた。「ほんとに知らないから!!」「どうにでもなーれ!!」ポーイ。


 可愛らしく()()()()キレ散らかすご様子ほっこりに、――切田くんの胸に()()()()()()感覚がよぎる。(…(きら)われついでにもう少し距離を取っておくか。僕の得意なノンデリ攻撃だ)「調子出てきましたね」


「むー!!」バスンと思い切り背中を叩かれた。背負い袋があるので痛くはない。はっはっは。


「……仲が良いのね」……()()()冷え切った声で、東堂さんが言った。


(…なんでぇ?)



 ◇



 扉を開けた途端、ブワと鼻をつく生活臭。穴蔵(あなぐら)の湿気に、カビの(にお)い。


 キャビネット上、ゆらめくランタンの(あか)り。足の踏み場もなく乱雑に(ころ)がる、木箱や油樽、酒樽などの雑貨品。――圧迫(あっぱく)を感じる(ほど)窮屈(きゅうくつ)で、()()()()と薄暗い。(すす)けて(さび)れた鉱山の当直部屋といった雰囲気だ。なるほど、住み続けるには気が滅入(めい)様相(ようそう)だ。


「金目の物もありますね」


「…好きにしたらぁ?…ホント、どっちが悪党さ」


 テーブル上には海賊の船室みたいに、小袋に入りきらない金貨が(かさ)なったり散らばったりしている。(『き、(きん)だぁ!フヒヒ、全部俺のもんだぁ!』)他にもいくつかの宝石や宝飾品。(『…ヒッヒ、く、来るなァ!全部、ぜんぶオレのぉ(ヒュンヒュン)』…楽しそうだ。僕も(ため)しにひとつやってみようかな…)


 他には飲みかけのコップ、パン皿。そして銀色の缶詰がひとつ。(缶詰…?)切田くんはスン…となる。溶接の技術があるのだろうか。


 缶詰が詰め込まれた木箱や空き缶入れ(など)がある。(すす)けたベッドの横には、(…なんだこれ…?)楽譜台(がくふだい)らしきものが見て取れる。不思議がいっぱいワンダー宿舎(しゅくしゃ)だ。(なぐさ)みに音楽でも(たしな)むのだろうか。((フォレスト)動物たち(僕ら)相手に音楽会か。ハーメルンだな)


 ()()()()と抜け出した『猫目』が、楽譜台(がくふだい)の羊皮紙(楽譜)をサッと奪い取った。不審(ふしん)そうな目を見返し、(するど)(とが)った声を出す。「これは駄目だよ」


「何に使うものなの?」


「魔法の地図、『マジックマップ・オブ・クレ(千里眼の地図)アボヤンス』。『メイズフォレスト』は下水道全体に広げられる力はない。だから、遠くの場所が見える魔法の地図が必要なの」


 迷いの森といえど、そうそうエルフの森の様にはいかないらしい。(…前にも言ってたっけ。フルタイム警戒して敵を捕捉(ほそく)、スコープ()しに間接攻撃しなきゃいけないのか。…ストレス()まりそうー)


(…こんな窮屈(きゅうくつ)な部屋に拘束されて、交代もなし。インフラ人柱(ひとばしら)と同じじゃないかな、これ…)ビクンビクンがちょっと可哀想になってきた。


「…()()を持っていかれたら、バヨネットとしては本当に洒落にならない。だから駄目」目線を切らずに、羊皮紙を背負い袋にねじ込む。……挑戦的に口元を上げて、腰の小剣に手を当てた。「(うば)()ってみる?抵抗はさせてもらうよ。言っておくけどアタシは」


「ああ、(うば)いませんよ。そのままどうぞ」切田くんはそっけなく言った。東堂さんも軽くうなずく。


「……それだけ?」


「金目の物は今後の役に立ちますね。…結構重いな」


「貸して」詰め込んでパンパンになった金貨袋を、東堂さんは軽々と受け取る。入りきらなかった細かい宝物(ほうもつ)や金貨などは、自身の財布や背負い袋に入れておくことにする。ザラザラー。(…へへ、(きん)だぁ…)「その顔やめて」「はい」


「…覆面してんじゃん…」複雑な顔でチラチラ見てくる。あげくの()てに、ブツクサ文句まで(とな)(はじ)めた。「…ねえ、なんで?これ、すっごーく高いんだよ?買おうとしたって買えない貴重なものなのに。聖女さまやキルタの今後にだって、すごぉく役に立つもの。(あと)で絶対後悔すると思いますけど?」


「くれるなら(もら)いますけど」


「あげないけど」


「じゃあいいです」「むー。キルタは弱腰(よわごし)のヘタレ」そっぽを向いてしまった。(…(うば)って欲しいわけじゃないよな…)


 金貨袋を詰め込み終えた東堂さんが、缶詰を興味深げに手に取る。「缶詰もあるのね」


「聖女さまの国にもあるんだ。綺麗(きれい)なほうは迷宮産、薄汚れたのは地上で真似したものだよ」木箱には確かに銀色の缶詰と、黒ずんだ溶接痕(ようせつこん)のある缶詰が混在(こんざい)している。(甘い桃缶が食べたい。あと()()()大和煮とか…)強欲な小市民だ。


「プルタブは?」東堂さんが怪訝(けげん)そうに尋ねる。「…プルタブって?」「こう、缶を開ける」缶詰の(ふた)の部分、何かをめくる動作をする。首を(かし)げた『猫目』は、キャビネットに置かれた小さなハンマーを手にとった。「ナイフとトンカチで開けるの」


「きれいな迷宮産が良いものなの?」「迷宮産は、何が入ってるかわかんない。中身は毎回違うみたい」


(つまり、缶詰ガチャか)俄然(がぜん)興味が湧いてきた。(アタリもハズレとかも入ってるやつだな。クソマズ粘液レーションとか。楽しそう)「両方持っていきましょう」


「切田くん?」困った子を見る目で()(ふく)められる。「地上産だけにして」


「はい」



 ◇



 いくつかの缶詰を荷物に詰め、今度こそ反対側通路へと向かう。


 転がる男の死体を一瞥(いちべつ)し、()()東堂さんが(たず)ねかけた。「そういえば結局、『迷宮』の、…バヨネット組が(かか)えている『出入り口』の問題ってなんなの?ここまで来れば、組のメンツも気にせずに話せるでしょう」


「ああ、ゴブリンだよ。見たことある?」死体を腹立たしげに蹴飛ばしながら、こともなげに『猫目』は答える。


「「ゴブリン?」」ふたりは首をかしげた。「ゴブリンって、トールキンの?」「ゲームやラノベのやつですか?」


「どのやつとかは知らないけどさ。緑色の小人だよ。『迷宮』では(めずら)しくもないんだけど、いっぱい出てきて出入り口を占拠(せんきょ)されちゃって…」ヒソヒソと、声を(ひそ)める。「…なんか、ちょっと変なゴブリンなんだよね…」


 怪談調、おどろおどろしい口調。「…討伐に向かった()()()手練(てだれ)のパーティーは、一人を(のぞ)いて帰ってこなかった。残った一人は、フラフラと、…両腕を落とされて返ってきたぁ。…メッセンジャーにされたんだぁ…」ヒュードロドロ。「怖い?」「…まあ、怖いですよね」「ビビリだねえキルタ。あーやだやだ」(…なんなの…)


「で、そいつが(つた)えるゴブリンの主張が、ちょっとね」……首をひねり、困惑をあらわにする。「『ゴブリンの王グッガ』が『耳削ぎ』の王に交渉を求める、とかなんとか…」


(……?)ピンとこないふたりが、交互に言う。「ああ、ゴブリンキングが居るタイプのスタンピートみたいな」「混沌の勢力の王とか、そういったもの?」


「そこまで強くは、…いや、どうなんでしょうね。名前だけ同じでも、僕たちの頭の中では(はか)れないかもしれません」


「まあ、そうね。ファンタジーはあまり読まないから…」


「それでさ、みんなビビっちゃって。(いや)だねえ?男のビビリって。ガバナ本部に応援を(たの)んだとこだったらしいよ。…ほら見て。あれ」通路の行き止まり、金属の隔壁が(ふさ)いでいる。「あの隔壁の向こうが『出入り口』」



 ◇



 眼前に(そび)()つ、重苦しくも堅牢(けんろう)なる金属隔壁。(銀行かな?)許諾(きょだく)なきもの、何人(なんぴと)たりとも通さぬ強い意志。……これを(やぶ)るのは容易(ようい)ではなさそうだ。


 中央には丸いハンドルが付いており、隔壁と(つな)がるシャフトは螺子(ねじ)となっていて、汚れた油がベッタリと付着している。「ここは二重の隔壁(かくへき)になってるの」


「エアロックですね」「エアロック?…とにかく、奥にも()()()()あるよ。『迷宮』が(あふ)れて逆侵攻されたらたまらないからね。実際そうなったし」


 東堂さんが無言でハンドルを回す。()()()と鈍い音がして隔壁(かくへき)強張(こわば)りをなくし、――重量を感じさせながらも、ゆっくりと開いていく。



「『バウバウバウ!!!バウバウ!!』」



「わあっ!!」切田くんはびっくりした。ガシャンガシャンと鳴り響く金属音。(たけ)(くる)う吠え声。そして、()()を必死に叱り飛ばす声。


「ダイアー!ダイアーステイ!!」


 ふたつ目の隔壁(かくへき)は太い鉄格子状(てつごうしじょう)となっており、――今は、激しく揺れている。憤怒(ふんぬ)の大狼が()()()を吹き散らし、ここから出せ、ここから出せと、何度も激しく体当りを敢行(かんこう)しているのだ。


「キシシシ…」真横の小さい笑い声。(…にゃろう…)チラチラもしている。ジャンプスケア(びっくり仕掛け)を知っていたのだろう。


 大狼をなだめているのは、革鎧を着込んだ緑色の小人だ。大狼のあまりの剣幕(けんまく)()()()()している。天井からパラパラと、細かい欠片(かけら)が落ちてくる。


 ――暴れ模様の()こう(がわ)。突き当たりには立派な装飾(そうしょく)の、黒い両開きの扉が設置されている。おそらくここが『出入り口』なのだろう。


 超常なる黒扉(こくひ)に寄りかかり、腕組みしている緑の小人がもう一人いる。兜を目深(まぶか)()()()()(かぶ)り、胴鎧を着て帯剣している。たたずまいも(どう)()っており、拾ったものを身に着けているだけの()()()()()、といった風体(ふうてい)ではない。


 耳や鼻先の大きく(とが)った、緑肌の小人達。小学生程度の背丈で猫背気味(余計背が低く見える)、頭皮は禿げ上がり、釣り目で鷲鼻(わしばな)だ。(ネットに汚染された集合知ゴブリンかな?)間違いなく、人間とは違う種族のようだ。



 東堂さんが(わずら)わしそうに、フードの奥より(するど)い目線を向ける。――空気が重く変質し、周囲に圧が(はな)たれた感覚。



 すると(あば)(くる)う大狼は、()()()と巨体を(ひるがえ)してしまった。ヒャンヒャン(あわ)れな声で()けていき、黒い扉の(そば)(うずくま)ってしまう。


 ……なんだか気の毒な様相だ。しっぽが丸まっている。革鎧の小人が後を追い、モフモフ(ゴワゴワ)となだめ始めた。「どうした、どうどう、どう」


「…いつものやつはどうした!」胴鎧の後方腕組みゴブリンが、居丈高(いたけだか)に怒鳴る。……格子越しに『猫目』は、困りきった顔で答えた。「ちょっと」


「ちょっとなんだ!」


「死んじゃって」


 ゴブリンたちは沈黙する。


「……死んじゃったなら仕方ない!」「仕方ないな!」


「ごめんなさい」


「まあいい!お前たちが使者か!?」「…交渉に来たものです」(武力交渉のつもりだったけど、嘘ではないよな)


 ()()()とした返答に対し、腕組みゴブリンは鷹揚(おうよう)にうなずいた。「よろしい!では、こちらの口上(こうじょう)をもう一度、使者殿に(つた)えよう!」ふんぞり返り、態度はそのまま。狼をゴワゴワ()でる革鎧ゴブリンに(ささや)()ける。「なあ、あの男に(もら)ったメモ、どこにやった?」


「前に自分で鎧に(はさ)んでただろ」「嘘だ!!(たし)かにお前に(わた)したぞ!!…あった!」胴鎧の内側より羊皮紙(ようひし)を取り出し、咳払いをする。「えー、アハン。オッホン」そして、高々と声を張り上げる。



「我々は難民である!」



「…はい?」



「我が軍は災害により孤立している!『耳削ぎ』の王に対し、人道的支援を要求する!」


「領土の割譲(かつじょう)!住居の提供!食糧援助!」


「さもなくば我々は、『耳削ぎ』どもに軍事的制裁を加える準備があーる!!」――自慢げに胸を張り、胴鎧ゴブリンは世界に向けて高らかに宣言した。革鎧のゴブリンは「おー」と感嘆の声を上げて、パチパチと拍手した。



 ◇



「耳削ぎどもの使者はまだ来ないのか?爺」豪奢(ごうしゃ)な宝箱の上に()()()と座る、(いかめ)しき緑の巨漢。――緑青(ろくしょう)(まみ)れし餓鬼(がき)蠢動(しゅんどう)、暴威()りしや(とく)掌握(しょうあく)。天地驚動、驚天動地。睥睨(へいげい)せしむぞ災禍(さいか)の鬼神。


 強固に全身を盛り上げる、丸太の如き太き筋肉。()を守護せしは、頑丈(がんじょう)で分厚い装飾具足。獣毛の皮マントに、顔面の大きく空いた鉄兜。牙の生えた凶悪な顔には、落ち着きと威厳(いげん)(そな)わっている。――壁にて()(さか)る松明の順列が、悪鬼めいた威容(いよう)陰影(いんえい)を付けている。


 (かたわ)らには粗末なローブを着込む、枯れ枝みたいな老ゴブリンが(ひか)えている。「…まだ、にございますな、王よ。つなぎの男に()かさせるように言っておきましょう」巨漢を見上げ、直答(じきとう)する。骨ネックレスや粗末な指輪をジャラジャラ身に付け、手には小さな杖を持っている。


「ハッハッハ〜!ンッン〜。(あせ)ることはありますまい!」続いて(さか)しげな口を開いたのは、人間だ。


「突発的な事象への議論など、無意味に紛糾(ふんきゅう)するものですよ。いくら文化が進めども、使うのは愚民でありますゆえ。いつの世とてそうそう変わりはありますまいよ!」厳粛(げんしゅく)な場にて、空気も読まずに(おど)る異物。無駄に迂遠(うえん)な口調。長身痩躯(ちょうしんそうく)の中年男だ。


 (ひたい)と首とで切りそろえた半端な髪。ゴブリンを思わせる大きな鷲鼻(わしばな)。貴族が着る豪華な上下を着込み、武器らしきものは持っていない。


 フンと、王は鼻で笑った。「いくら我々(われわれ)が暗闇の民と言えど、土と森は生きるために必要なものだ。いつまでも、この石の迷宮に()もり(つづ)けているわけにもいかん。食料は魔物の肉でなんとかなってはいるが…」


 厳粛(げんしゅく)かつ、淡々とした響き。「…兵たちには苦労をかけている。士気とて下がる一方であろう。なんとか交渉を急がせねばならん」


「なぁに、軍の士気に関しては『説教師』たる私が力になりましょう」


「パトリオッタ『六番』、『説教師』と言ったか?プリーチャー。貴様の地上での役職は」


 鷲鼻男はにこやかに、優雅(ゆうが)に一礼した。「なぁに、便利屋ですよ。外交、内政、そして探索。すべてにおきましての。()(ぬし)はこの国の重鎮(じゅうちん)でしてな。能力も高く、人脈も広い。後のことなど()()()()全てお任せください」


「ゴブリン王グッガ。貴殿を必ず新天地、文化的理想郷へとお(みちび)きいたしますよ?」


 晴れやかかつ(よど)みのない態度に、胡散臭(うさんく)()に吐き捨てる。「…調子の良いことだ。そういった戯言(ざれごと)は兵たちに言ってやるがいい。今回の事変、…なんといったか、爺」


「伝説に聞く『プレインズウォーク(次元渡り)』にございましょう」


「それに巻き込まれたのは(まい)ったが、現地の貴様を虜囚(りょしゅう)に出来たのは僥倖(ぎょうこう)であった。今後もつくせ。(おの)が身のためにもな」王は()()()と立ち上がり、豪放(ごうほう)に言い放つ。


「貴様も男子であるならば、口先だけの男などと思われたくはあるまい」


 そして背を向け、悠然(ゆうぜん)と歩き去っていく。


 残されし者は粛々(しゅくしゅく)(こうべ)を垂れ、王の背中を見送る。……取り残されしは、沈黙と静寂。プリーチャーは頭を上げ、考え深げに(ひと)りごちた。「…探索班は失ったが、ンッン〜。(じつ)に奇妙な事態に巻き込まれたものだ」


「巨大な召喚器である『迷宮』、その大規模召喚である『モンスターハウス召喚』。なれど、()()()()統制の取れた文化的軍隊が召喚された事など前代未聞(ぜんだいみもん)。…もちろん、『比較的、文化的』という意味ではあるがね?」


「とにかく今は、パンデモーヌ伯とつなぎを取らねば。無闇矢鱈(むやみやたら)に突貫させて、貴重な異文化の損失を(まね)くことだけは()けねばならん」


「…そしてなにより」スイと胡乱(うろん)げに歩き出す。


「未知の『出入り口』を(にぎ)る文化弱者どもを一掃(いっそう)し、この『出入り口』をパンデモーヌ伯の手中にすることが出来れば…」腕を組み(あご)に手を当て、()()()()()()と鼻息(あら)く、うろつき回る。


「…()()()に占拠されている、王の『霊廟(れいびょう)』」


「迷宮の奥底に眠るマスターキー、『イェンドナの魔除け(アミュレット)』」


「そして、【ギアス(制約)】級超高位状態異常の解除魔法」


「……」


「…すべてはこの『迷宮』に眠っているのだ。…すべては、すべては…」


「この出入り口さえパンデモーヌ伯の支配下に置ければ、…すべて時間の問題よ。嗚呼(ああ)…」


 思わず高まり感極(かんきわ)まって、――(たっと)き石造りの天井を(あお)ぐ。


「ついに」


「ついにこの国に真の王…『狂王』が帰還なされる…」


「フフフ…」


「フハハハ…」




「ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!キャハー!!」




 哄笑(こうしょう)し、目を極限まで見開いて、両手を差し上げてプリーチャーは叫んだ。


「文化!」


「文化の勝利!!」


「たとえゴブリンのような原始であれど、貴重な異界の文化を吸収してえええええ?」


「それを成し遂げる強き王のもとでこそ!文化は集まり、吸収されて躍進(やくしん)するゥ!!」


「文化の前では国の(しば)りなど無力。…しかぁしっ!!世界の文化的舵取(かじと)りにつくためには〜?」


「そう、『絶・対・強・者』が必要なのだ!絶対強者による平和な国、つまりは文化の国!ひいては文化の世界!!」


「大陸の強き文化をすべて(うば)って吸収しぃ〜?」


「文化勝利を(きわ)めたものだけが!すべての世界を制えぃす!!」


「そしてすべては、文化の前にひれ伏すのんだあああああああああああん!!!」


「文化!」「嗚呼(ああ)文化!」「文化文化!」「ん文ッッッ化!」「素晴らしきは文化ァ!」「バンザイ!文化バンザイ!バンザァイ!!バンザァイ!!」「バンッッッザァァァイ!!!」



 (ゆる)みきった顔で、プリーチャーは白目をむいていた。




「あーへぁー…」




 よだれがしたたり、ビクビクと痙攣(けいれん)する。


「…いつものご病気ですかな?」(ちか)すぎ男に困った顔で、すぐ(となり)の老ゴブリンが話しかける。


 ――パトリオッタ『六番』、『説教師』プリーチャーは我に返り、優雅(ゆうが)に下がってにこやかに一礼した。


「これは失敬。文化の魅力、少しでも(つた)わりましたかな?」

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