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商売ですんで。へへ…

「お昼ごはんを食べていきましょう。アルコルさん」


「…昼飯ィ!?」時刻は昼時。『迷宮』へと向かっている道中。


「昼飯って、お前なぁ……」巨人は心底(あき)れた顔で、ガリガリと頭を()く。「こんな空気でよくもまあ、そんな減らず口が(たた)けるもんだなぁ。キルタ、お前ぇ…」


 先頭を()くは、誰もが(おのの)き目を(そむ)ける、凶悪な姿の疵面(しめん)巨人。


 後方に()(したが)うはふたり。――異様(いよう)風体(ふうてい)粗末(そまつ)外套(がいとう)の腹部に、()()()きし()(あと)走る、簡素で不気味な覆面の怪人。


 そして、姿勢の良い女性。銀色に光る鈍器を腰に、フードの奥に面相(めんそう)を隠す。上品にしずしずと歩く、()れてはいけない雰囲気の女。


 通行人たちは()()()()()に遠巻きにしている。誰も彼らに目を向けたり、近づいたりするものはいない。すごく怖い。


 まあ、切田くん達にとっては助かる話ではある。気まずさはあれどスイスイのスイーであるのだから。除雪車(じょせつしゃ)みたいだ。(…へへ…ドーモドーモ…)


流石(さすが)に昼飯は必要だろう。昨晩から何も食べていなかったんだから、ベーコンチーズバゲットだけじゃ足りないよ。…うまかったけど…)よだれジュルだ。


(…もとい、『迷宮』に入る前に、しっかり食べておいたほうがいい)「それとアルコルさん」「んあぁ!?」「この(もら)った指輪の効果って、どんなものなんです?使い方とか」ショルダーバッグの中を()(しめ)す。細長い革ケース内、グラシスより(ゆず)られた三つの指輪のことだ。


(合わせて一億円以上の価値があるマジックアイテム。咄嗟(とっさ)の事だったし、嘘の気配はなかった)


(…使い方がわからければ、何の価値もない…)


「『(もら)った』って、キルタ、おめぇなぁ…」


 (あき)()てを特急で通り越し、アルコルはガハハと笑い出した。「俺は知らねえよ。カシラの隠し玉だぁ。あの場でカシラに聞けばよかったろうがよ!」


(無茶を言う…)狂乱するグラシスの姿を思い出す。聞けるわけがない。


 すると巨人は、()()立ち止まって振り返り、からかい顔でニヤニヤと笑う。「それによう、キルタ。…ホイホイお(めぇ)()れあって、俺が親切に教えてくれるとでも思ったかぁ?」


 ……剣呑(けんのん)な空気。(よど)む悪意が交錯(こうさく)し、火花となって()る。「…アルコルさんは、まだ僕のことを、ダズエルさんとガゼルさんの()()()だと?」


「さあなぁ。(さっ)してみろぉ」高い位置から、()()と見下ろす。「得意なんだろぉ?」


(…『障壁』から芝居(しばい)(さっ)したことが気に入らないのか。…(だま)そうとしたのはそっちだろうに…)煮沸液(しゃふつえき)に内側を焼かれし薄昏(うすぐら)き衝動は、『精神力回復』がいつものように(おさ)()んでくれている。彼の落ち着きが()らぐことはない。


「アルコルさん。僕らの性能は、ガバナの仕事のクオリティに直結しますよ。それじゃいけませんか?」


 威圧風味(いあつふうみ)にのしかかったまま、アルコルは心底微妙そうな顔をした。


「……()りねえ奴だな、おめぇは。うまいこと俺らに乗っかって、すぐにも()めて出ていきそう。って(やから)の言う事じゃねえだろ、まったくよぅ」


 肩を落として(きびす)を返し、(ふたた)びドスドス歩き出す。「仮に、俺が知ってたとしてもだ。言わねえほうがカシラの意に沿()うだろうがよ」


「ムカッ(ぱら)(おさ)まらねえのもそうだが、情報を取引に使うかもしれねぇ。こうやって(かげ)でも日向(ひなた)でも(おもんばか)るのが、下に()く者としての筋ってもんだろ?」


「仮に、おめぇが良くしてくれる、話の分かる上司なら手伝いもするがな。そうじゃねえだろぉ?…だからキルタ。カシラに聞くか、自分で調べなぁ」


(…ごもっとも…)黙り込まされた切田くんを見て()()として、東堂さんが(とが)った声で詰問(きつもん)する。



「ねぇ。私、切田くんと手を(にぎ)って歩きたいのだけれど」



 アルコルは、心底()()()とうなだれた。「…お前なぁ…」


(…不当な追撃が(はい)った感あるな…)切田くんは申し訳なく思ったが、『聖女』はツンとしている。振り向こうとしたアルコルは、気を取り直して()()と前を向いた。「だから、人前では自重しろって言ってんだろうがよ。どう見られるよ。遠足かぁ?」


「せっかく俺らが()()()()こうして、()()()()()雰囲気(かも)()してんだろうが。ほれ、通行人がおっかながってんの見えんだろ?」


 東堂さんはうんざり顔だ。「…そんなの虚飾(きょしょく)よ。見た目や空気で威張(いば)るだけの順位付けに、(じつ)があるだなんて思えないのだけれど?」


 (なん)でもない(こと)の様にアルコルは答える。「()められるってのはな、それだけでくだらねぇ(あらそ)いが増えるんだぁ。トードー、おめぇは(もと)が良いから関係ない、興味ないって(つら)してるがなあ、」


「そんな事思ってない」


「…いちいちうるせえな。おめえだって毎日身だしなみ(ととの)えてんだろうがよ。女もヤクザも、ちょっと()められただけでくっだらねえ(あらそ)いになるんだよ。だろぉ?」


「……」


「それみろ。いいから気張(きば)って歩け。無駄にイキリちらしてなぁ」


「……みんな、嘘ばっかり」すっかり御機嫌斜めの東堂さんが、形の良い(まゆ)を釣り上げる。「そもそも、あなたたちって本当に私たちを『迷宮』に入れる気があるの?」


「…あぁ?何だぁ突然」


「だってそうでしょう?筋は通す。()わした約束は守る。とても素敵なことだけれど」



 ……氷点直下で(はす)に見る、冷徹(れいてつ)怜悧(れいり)舌鋒(ぜっぽう)。「そんな人達ではないでしょう?あなた達」



「ハッハ。そりゃあいい」愉快げな巨人の背を見やり、刺々(とげとげ)しさ(うに)を投げ続ける。「私たちが『迷宮』に(もぐ)って生きて帰ってきたとする。あなた達は拾ったものの何割かを徴収(ちょうしゅう)する。それはわかる」


「ウチもバヨネット組も当然徴収(ちょうしゅう)するぜぇ。『迷宮』管理のバヨネット組だぁ」


「二重取りですか」


「あたりまえだぁ。とくにバヨネットは()()()()。四割は持っていかれると思っとけぇ」(…高いな。非公式の『迷宮』出入り口を独占しているのなら、そんなものか)


「ウチだって残った分から徴収(ちょうしゅう)するさぁ。だがなぁ、おまえら納得行かなきゃまた暴れるんだろぉ?」


「そうかもね」「場合によります」


「そこは企業の流儀(りゅうぎ)でちゃんと話し合ってやるよぉ。ただ、バヨネットには言い値で(はら)っとけ。後々(あとあと)面倒だぁ」




「……でも、私たちはいわゆる『問題児』なんじゃないのかな」




 冷淡(れいたん)な声が、奇妙な(ほど)()()()(ひび)いた。「そんなのを『迷宮』に入れて大丈夫なの?それとも何か、別の目的があるの?」


「…仁義(じんぎ)(とお)してるだけだぁ。約束を守らないほうが良かったのかぁ?」




 ……虚無(きょむ)の瞳が、()()()と覗き込んだ。




()()()




「ハッハ。俺は馬鹿だから(むつか)しいことはわかんねぇなあ。俺にもわかるように言ってくれぇ!」嫌味ったらしく受け流す。


 そして突然の()()()()。「ほらぁ!おまえら!」アルコルはその場で立ち止まった。


 みすぼらしい食堂がある。料理に混じり酒の(にお)いも(ただよ)ってくる。(…限界食堂〜…)食事時のはずだが、客の姿はまばらだ。「ここで食ってくぞぉ」


(結局食べるのか。昼食)



 ◇



 食堂内は閑散(かんさん)としている。数少ない客は(みな)、食事時とは思えない(ほど)辛気臭(しんきくさ)い顔だ。――サ終直前。()()()倒壊(とうかい)を待つだけの、廃屋(はいおく)めいた(たたず)まい。(夜営業がメインの店なのかな?これじゃ、すぐに(つぶ)れそうだけど…)


「俺は(はな)れた席に(すわ)るからよぉ。ナイショの相談は()ませておきな」


「聞き耳立てないんですか?」


「飯がまずくならぁな。おい!肉!!」慣れた様子で奥へと(すわ)り、出てきたギョロ目の店員に怒鳴り掛ける。店員もエヘエへ笑いながら、馴れ馴れしく返した。


「ようアルコル。昼間っから酒かー」


「今日は酒はいい!そいつらにも食いもんを出してやれぇ!」


 ()い顔の店員は店内を見回し、目に止まった覆面とフード姿に、不躾(ぶしつけ)な視線を(おく)る。「変な格好だなー。アルコルと同じのでいいだろ?面倒だし」


「…お肉って、何のお肉なの?」


大鼠(ジャイアントラット)だよ」


(…オエー)切田くんは一気に食欲が()せる。東堂さんも青くなって顔を(そむ)けてしまった。


「軽めの昼食をお願いします。もっとまともな肉で」()()()と銅貨を置くと、店員はエヘエへと、チップとしてポケットにしまった。


「まいどー。まともな肉は別料金。高いよ?」



 ◇



 遠くの席、アルコルが山盛り焼肉をむしゃむしゃ食べている。まるごと一匹分。すごい量だ。(……大鼠(ジャイアントラット)の肉か。食用ではあるんだろうけど……)


(……やはり、肉は見た目が十割……)


 料理を待つ(あいだ)、スクロールケースの中身を(あらた)めることにする。……緻密(ちみつ)な装飾が(ほどこ)された指輪が三つ。そして丸められたスクロールが四枚。


 貴重品を机に広げても、他者がこちらを(さぐ)る気配はない。相互不干渉の空気があるようだ。……(うし)(ぐら)い者か、コミュ難向けの食堂。切田くん達にとっては便利ではある。「指輪の効果、結局わかりませんでしたね」


「切田くん。ひとつは多分、これと同じものだと思う」(そで)に仕込んだ短杖を見せる。


「詠唱をカットする指輪ですか」


「ええ。オカシラさんは防御の魔法を使っていたけれど、長々(ながなが)と詠唱している様子は見受(みう)けられなかった。指輪を(かざ)してもいたと思う」


 詠唱短縮の指輪。短杖よりも目立たず、奇襲出来る(つよ)みもあるのだろう。(…ひとつずつ(ため)せば、どれが詠唱カットの指輪なのか割り出すことは出来るな…)「じゃあ、東堂さん。杖を指輪に()えますか?使い勝手も良いでしょうし」


 左手をそっと差し出す。……そしてためらい、指を右手のひらで包み込んで、彼女は未練(みれん)がましい口調で言った。「…今はいい。もっと、ちゃんとしてから」


「…形だけだと、意味無いし」


 (ふく)むような言い方に(…なんのこっちゃ)と首を(かし)げる。「…?…わかりました。今は手を付けないでおきましょう。効果を調べる方法もあるはずですし」


「スクロールはどうする?ここで読んでしまうの?」


「…やっぱり、アルコルさんに取り込みを見られるわけにはいきませんよ。ただ、先に内容は確認しておきましょう」


「そうね。先の戦い方を考える必要もある」


 クジ引き気分で(燃え上がれ、僕の射幸心(しゃこうしん)!)スクロールに目を通すと、四枚のうちの二枚からは引き込まれる感じがあった。(…よし)当たりだ。東堂さんにも『読める』ものがあったようだ。


「たしかに、読み込めそうなものが二枚あったわ。『スクロール・オブ・プロテク(防護の巻物)ション』、『スクロール・オブ・ディフレ(偏向の巻物)クション』ですって」


「僕が読めそうなのは『スクロール・オブ・ダブルキ(二重詠唱の巻物)ャスト』と『スクロール・オブ・ミラーイ(鏡像の巻物)メージ』だそうです」(単純に手札が増えるのは良いよな。東堂さんのは物理防御と受け流し。そして僕のは連続魔法に分身か。どれも役に立ちそうだ)


 ふと、その内容に(おも)(いた)る。(…そうか。東堂さんをメタって対策をしていたのか)近接『聖女』とバチボコするために用意したスクロールなのだろう。――ならば指輪のほうもそれに(じゅん)ずる、対策のための効果なのかもしれない。調べる手段が見つかるといいのだが。


「…片方のスクロールは難度が高くて、読むのに時間がかかりそうです。誰にも見られず、安全に読む(ひま)があればいいんですが…」浄化の魔法を彼女が読み込んだ時の、無防備時間の長さを思い出す。


「そうね。『迷宮』に入ったらでもいいわ。『迷宮』に入れば」(ふく)みのある視線に、意味ありげな微笑。



「二人っきりになるわ」


()()()()()()



 いたずらっぽい流し目が、(つや)を持つ。



 意図を向けられて()()()としたが、「…その、」あまりの動揺にヘタれてしまった。「…『精神力回復』があるので…」


「でも、一応ドキッとはするんでしょう?…今朝(けさ)のこともあるし…」


今朝(けさ)のことって…」「検証。するんだよね?」


 切田くんはあからさまに落ち着きをなくし、目を(およ)がせたりする。……彼女は、そんな様子をじっとりと(なが)め、洋蘭(ようらん)みたいに(あで)やかに笑った。


 少し身を乗り出し、真剣な顔になる。「そうだ、切田くん。…少し、言いにくいことなのだけれど、手に入れて欲しいものがあるの」


「…なんです?」


 こともなげに言った。


「避妊具」


(…ほああ!?)切田くんは()()()()()()動揺した。テーブルと椅子がガタンと()れる。「…んなっ…」


「…ん。言いたいことは、わかるよ?」(うら)みがましげな声。「でもね、やっぱり大事なことだと思うの。そうしないと切田くん、すぐにパパになっちゃうよ?…いいの?」(言いたいことが分かってません!?)


 はにかみ、視線をそらす。「今朝(けさ)一昨日(おとつい)の晩も、私、そういった面では少し軽率だったと思うの。でもね、この先もずっと一緒なら、自暴自棄(じぼうじき)になんてなれないから」


「今はこんな状況だもの。負担になってしまうものね。先のことはちゃんと考えないと…」


「……ねぇ、切田くん。……切田くん?」眉根を寄せる彼女に、切田くんは飛び跳ねる様に返事した。「は、はい!?」


 赤らめた顔が、(さぐ)る瞳で()()()覗き込む。「…でもね?…切田くんがどうしてもそうしたい、って言うのなら、私も考えるけれど…」


「…どう?」


「…ど、どうって…」


「おまたせだ~」



 ギョロ目の店員が、肉入りスープとパンの大皿を持ってきた。



 東堂さんはがっくり肩を落とし、「…もう」とつぶやいた。ガチャンガチャンと皿が並べられる手前、切田くんはひっくり返りそうな気分のまま、一旦胸をなでおろす。


 繁華街に立つ女性や客を取る女給たちの血色(けっしょく)は良く、接客に不健康な印象も無かった。多少の演技があったとしても労働環境は()()()に近かったはずだし、……だとすれば、リスク管理もしっかり行われているのだろう。


 ならば、初日の連れ込み宿にだって()()()()()()常備(じょうび)されていたはずだし、なんなら()まった部屋にも隠されていた可能性は高い。店や女給が仕込んでいたはずだ。(…そ、そうじゃなくて!そこが問題なんじゃなくて!!)


(…何で急にそんな、…グイグイ()()んで来すぎなんじゃないかなぁ!?からかっているの?)


(…それとも僕が消極的すぎるって、遠回しに()められているのか!?)ありそう。切田くんの内心は冷や汗でダクダクだ。半身浴だ。……(せま)()る彼女の真剣味が、少年の心を、酷く打ちのめす。


(だからって、『スキル』の力で()()がった気持ちにつけ込んで、だなんて。……僕は未来永劫(みらいえいごう)、東堂さんと真っ直ぐに向き合えなくなってしまう!!)「…い、今はその、難しい問題だと思いますから!もう少し落ち着いてから!」


「場当たりではなくちゃんと考えて話し合うべき事だと思いますし?…とにかく今は、食べて『迷宮』に(そな)えないと!」



「……わかった。ちゃんと考えてくれるのなら……」


 しどろもどろの返答に、彼女も不安げに、言葉を(にご)した。



 ◇



 食事を終えた三人は、海に沿()って北側へと向かう。


 しばらく進むと、(あた)りは漁港の様相を(てい)してくる。――遠浅(とおあさ)の海と、丸みを帯びた石が()()められた礫海岸(れきかいがん)。巻き取られた(あみ)と、間隔(かんかく)を開けて固定された小舟たち。


 生臭(なまぐさ)(にお)いが立ち込めている。


 浜から離れた場所には、作業場らしき建物が何棟も立っているようだ。(加工場?魚の加工をしているのかな)ギョニソーが食べたい。あと帆立貝ひもとか。


 加工場区画に分け入っていくと、看板の出ていない酒場があった。(すで)に混み合っているようで、昼間から酒臭い。――アルコルが肩越しに振り向き、ふたりを(うなが)す。「ここがバヨネットの管理するガバナ闇迷宮ギルド。非合法な迷宮荒らし(ども)のたまり場だぁ。さあ、入るぞ」


 酒場の中は、ならず者でひしめいている。――()()と立ち込める酒臭と、合間に(ただよ)う、パンや軽食の(にお)い。そこかしこで()(かわ)わされるジョッキ。談笑や粗雑(そざつ)な笑い。カードゲームに(きょう)じる(たく)もある。


 ズカズカ入り込んでくる三人に剣呑(けんのん)な視線を向ける者もいたが、先頭のアルコルを見るや、素知(そし)らぬ顔で目をそらす。


 カウンターの奥には厚化粧の老婆が座っている。――()()()()と分け入るアルコルに、老婆はキセルをふかしながら不躾(ぶしつけ)な目を送る。


 そして機先を制し、高圧的な言葉を投げかけてきた。「グラシス組、何の用だい?」


「うちから迷宮に入らせる奴らだ。本部から話は回って来てるだろうが」


「こんな(きゅう)とは聞いてないねえ。機密の保持の問題だってあるんだよ」


 キセルをくゆらせ、ゆったりと煙を吐き出した。「今日は顔見せだけして帰りな」


「ねじ込めぇ」


「あぁん?」


「うちが急ぐんだぁ。出来るだろ?」


 アルコルは巨躯(きょく)(かげ)を指し示す。「こいつらをさっさと迷宮に放り込めりゃ、俺はそれでいい。お前らだって今は願ったりだろうが」


「…どんな奴らだい。片方は女かい?」


「こいつらふたりで」



 声と眼光に()()()威圧(いあつ)を込めて、酒場内を大きく見回す。「お前らぐらい全員()()()ぜぇ」



 ざわり、と空気が動いた。()(とが)めた幾人(いくにん)かが、(するど)い視線や嘲笑(ちょうしょう)を向ける。――ヒソヒソ、ヒソヒソと、剣呑(けんのん)(ささや)きが満ちる。


 切田くんはちょっとワクワクした。(誰かが因縁(いんねん)をつけて来そうだな。『おいおい、聞き捨てならねえなあ!』なんて)


 期待に反し、誰かが声を(あら)げることはない。(…コネー…)不気味な空気が立ち込めている。警戒心。様子見。日和見(ひよりみ)。そして、少しの(おび)え。


 厚化粧の老婆が、面白くもなさそうにキセル(ぼん)をカンと叩く。


「ガバナの筆頭戦士、グラシス組のアルコルがそう言うんだ。話半分には聞いておくがね」天井に向かってゆったりと煙を吹き(奇妙なほどに煙が真っ直ぐに伸び、天井に固まって滞留(たいりゅう)する)、ジロジロと値踏みの視線を向ける。


「そ〜うかい。うちら相手に無理を通したいって言うのかい?おまえたち。分かって無理を押し付ける気なら、それなりの覚悟はできているんだろうねぇ?…『迷宮』に関してはうちが(まか)されてる。ガバナにとっても重要な資金源だ。当然、うちの言うことには(したが)ってもらうし、上がりもきっちりと(おさ)めてもらうよ?」


「聞いています」殊勝(しゅしょう)な言葉を「フゥン」(とが)った鼻で笑い、思案顔でもったいぶる。


「……そうだねぇ……収めてもらうのは……」



 老婆の声が、冷酷に響いた。


「迷宮品の()()だよ」

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