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治療代を払え→その言葉が聞きたかった

「切田くん!」


 すぐ向かいの応接室に(もど)ると、(……なんか(けむ)い?()げくさ……おっと)感極(かんきわ)まった東堂さんが、()きつく勢いで駆け寄って来た。


 彼女ははにかみ、立ち止まって安堵(あんど)の表情を浮かべる。「……切田くん。…よかった……」


 切田くんは、バツが悪くて複雑だ。(……こんな心配かける事ってある?)ありがたさや(あたた)かみは感じれど、どうにも心の底からの同調が出来ない。(ご都合(つごう)かな?)認知にズレがある。


 ひとまず『心配かけてすみません』、とでも言おうとしたが、()()思い直す。


 ……昏い感覚が、頭をよぎったのだ。


(もしかして僕は、東堂さんに、ある種の要求をされているの?)切田くんの脳内は最低だ。


(…今の彼女には、極度のストレスに(さら)された反動がある。…(だま)()ちを受けて、殺意に命を(さら)されて。…(おさ)えきれない(いか)りや苛立(いらだ)ち、…(こわ)い思いをしながら戦うこと。仲間への心配だけでなく、様々(さまざま)な負荷が(かさ)なっているはず…)


(…ダメージの埋め合わせを(ほっ)しているんだ。…言い方が悪いな。えーと、彼女は今、(すく)いを(ほっ)している)


(よし)よしではないが、さすれば彼女に答えねばなるまい。(……そうだ。ただでさえ最近いいとこ無しなんだ。……東堂さんにいいところを見せなければ……)


(そう、隠された想いを洞察し、(さっ)したところを、…心に()ったシーンなどを見せなければ!)



 切田くんは無言のまま彼女を見つめ、ガバリと両手を(ひろ)げた。



「…えっ?…」


 東堂さんはうろたえた。


「…あっ…」



 ◇



 その様子を()()たりにした彼女は、首を(かし)げ、真顔で彼の顔を覗き込む。目をパチパチさせて、スッと少しだけ歩み寄る。


 ――そして、ためらいがちに寄りかかり、そっと、身体に()きついた。


(成功だ)内心でガッツポーズをする。――彼女の細くしなやかな(からだ)が、今、彼女の意によって正しく()()っている。五感を刺激する(あま)やかな感触が、(Foooooo!!)興奮と、達成の高揚(こうよう)を呼び起こす。


 気高(けだか)くも(ほこ)らしい気持ち(――鳴り響くファンファーレ――)になり、彼は抱きしめる形で、彼女に(やさ)しく手を()えた。※実績解除[No.0:トゥルーエンディング]--congratulations!



 ヒロインさんは腕の中、おずおずと言った。「…ねぇ…切田くん…」


「なんです?」




「これ、ちょっと違う」




 切田くんはスッと手を離し、離れた。


(…失敗だ)


「すみません」(調子に乗りすぎた…)うつむいて()()る。駄目だった。


「…ん。いいけど。これ自体は良いのだれけど。…何言ってるんだろ私。そうじゃなくて」東堂さんが(なぐさ)めてくれているが、すっかりしわしわ傷心だ。


 それよりも首筋(くびすじ)が気になった。抱き合った時、嫌でも目に入ってきた()()だ。「…あの、首」「首?」


「……なんか刺さってません?」



 ――短剣だ。クスタ=エミュが差し込んだ針状のナイフ。致死毒を仕込(しこ)んだ細身の短剣だ。



 心配と奇妙さの複雑な気持ちもあるが、とにかく酷くムッとする。(そん)した気分だ。(…こういう事をする人たちなんだから。毒針で()したら普通死ぬし、殺すつもりで()してるんだよ。…どうして僕はそういう人に、親切ぶりっ子してしまうかな…)


(…これはアレだ。いわゆる、ヤンキー猫理論!)一人反省会だ。(感情値の落差(らくさ)で判定が甘くなって、(ほだ)されてしまう。全景を(くわ)しく見ればわかるはずなのに…)


(…同調圧力に()って()たす、社会性への妄想(もうそう)。…それに(まど)う、僕の弱さも有るのだろうけど…)ムムムとなる。


(……そもそも、(やさ)しいヤンキーなんてフィクションだよ。現実に存在するわけないじゃないか!)切田くんは暴論(ぼうろん)()るった。(気分で猫イジってるだけのエゴ陶酔(とうすい)。幼女に声掛けする不審者(ふしんしゃ)おじと、やってる事は同じでしょ。…判官贔屓(はんがんびいき)の話にしたって、義経(よしつね)さんだって大概(たいがい)おかしいでしょ?)全力で偏見を振りかざす。


(前意識的に(すく)いを求めてしまう、人の(サガ)か。……()(まよ)いって奴は、本当に……)(はる)か宇宙に想いを()せる少年の前、「…ああ」(とう)の東堂さんは首筋に手をやる。「…そういえば」「いやいやいや、東堂さん。そういえばて。…いや、駄目ですよね、それ」


 あまりの()()()()()情緒(じょうちょ)が混乱する。心配だか苛立(いらだ)ちだか笑かしだかもうわかんない。笑っちゃ駄目だとは思うので、深刻な顔を(きざ)んでおく。流石(さすが)は『賢者』だ。


 つんつんと毒剣の(つか)(さわ)り、彼女は思案(しあん)する。「…ねえ、切田くん…」気のない素振(そぶ)りで問いかける。「親切でしてくれたの?」


(……んぇ?)質問に意識が追いつかず、当惑する。「…なにをです」


「さっきの。ガバって」彼女は両手を広げる。……追撃(ついげき)だった。恥じ入り、うなだれる。「…すみません!」


「答えて」じっと見ている。答えなければ(らち)()かない。(地獄かな?)「…いえ、親切心とかそういうんじゃありませんよ。ただちょっと気の迷いが。それより短剣」


「じゃあ、切田くんが()()()()したことなの?」




 ……()()()()()()()()




 なんだかグイグイ来る。(あつ)(すご)い。なんなの。


 なんとか話を()らし、毒剣の流れに戻そうと思考を空転させる。……下心と、虚栄心(きょえいしん)。ほとんどは()()()だったはずだ。言えるわけがない。――彼女の無慈悲な、宣告が(ひび)く。「大事なことなの」


「言って」


 からかう様子は無い。(アカン)真剣に、追求(ついきゅう)されている。切田くんは観念(かんねん)し、(…終わった…)悲壮(ひそう)な覚悟に()(つぶ)されながら答えた。「…ええ。そうです。…僕の変な欲です」


「そう」ツイと目線を()らす。むにむにと、何かを押し殺すような顔をする。「…そうなんだ」「…ふふ…」なんだかモジモジしている。かわいい。(……なにか喜ぶとこあった?)


 落差に混乱する少年を、蠱惑的(こわくてき)()()()()と見つめる。――彼女は、肩の短剣に指先を当てて、ねっとりと、あざとく、(つや)っぽい声で言った。「…じゃあさ。切田くん…」


()いて?」



「……はい?」



 ◇



 ふたつの影が、重なっている。


 (せつ)なげに息を(あら)げ、(とも)に歯を食いしばる。彼女を(つらぬ)くものを抜き出すため、()()()()()力を込める。……(ひざまず)く彼女が、苦悶(くもん)の声を上げた。「んっ…痛っ…」彼のお腹に(ひたい)(うず)め、腰を抱く手に()()()と力が()もる。


「…す、すみません。大丈夫ですか…?」


「…ん…平気。…切田くん、もっと強くしていいよ」消え入る声で、彼女は答えた。


「…痛くても、いいから。…切田くんに抜いてほしい…」


 ――もはや退路(たいろ)なし。少年は覚悟を決めた。「わかりました。少し我慢してください」


「…ん」


 (さら)に力を込めると、彼女は身を(すく)ませ、小さく押し殺した(うめ)きを上げた。「んうっ!」


「東堂さん、力を抜いて。…食い締めていて、…きつ…」


 細身の短剣が、ゆっくり、ゆっくりと、首筋から抜けていく。……強化の『スキル』のせいで、筋肉に食い締められ、なかなか抜けない。「…んあっ!…いっ」


「……お、お願い、んっ!……やさしく……」


 食い締める(たび)(なや)ましげに上がる、押し殺した(うめ)(ごえ)。「…んあぁっ!…んぅぅ…」ビクビクと、小さな痙攣(けいれん)


 ……切田くんは、なにがなんだかわからなくなって、倒錯(とうさく)した気分になってきた。(…僕らは一体、今、何をやっているんだ…)


(…いや、これは傷の治療だ。ただの治療…)


(…だけど…)覆面の裏、彼女の微動(びどう)(なや)ましい声を感じながら、つばをごくりと飲み込んだ。


(……すごく、えっちです)



「……何をしてんだお前らぁ!!茶番もいいかげんにしろおっ!!」



 猛烈(もうれつ)(わめ)()らされ、ふたりは顔をしかめる。……アルコルがすっかり怒り心頭だ。


「お前らの治療が()んでからと、わざわざ俺は待ってやってるんだぞぉ!!……なのになんだ!人前(ひとまえ)で!!お前ら一体何をやってるんだぁっ!?」


(…思ったよりも気配(きくば)りのできる人だ。だったら今も空気を読んで欲しい…)ふたりは、そっけなく答えた。


「治療中です」「治療中よ」


「嘘をつけええええええぇぇぇっっっ!!」


 癇癪(かんしゃく)にブンブン腕を振り回す。荒い息をつき、ギラついた目で、くっつくふたりを凶悪なまでに(にら)みつけた。


「部屋でやれ!!つうか、もっと普通にやれぇっ!相当(そうとう)キツイわ!お前ら(こじ)らせすぎなんだよぉ!!」(…全部突っ込んでくるじゃん…)


「…わかった」彼女が腕を取ろうとする。「そうする」(……んん〜??)


「フギギ!!真に受けてんじゃねえよ!!マジでしばくぞ!!」巨漢がキレ()らかした。「……ふん」東堂さんは気に入らない顔で、目配(めくば)せして立ち上がる。



 そして、首に生える(つか)(にぎ)り、一気に引き抜いた。――出血はなかった。刺さっていたはずの首には傷一つなく、外套やローブにも血液は付着していない。



 異様であった。



 その光景に、アルコルは目を丸くする。「おめぇ…それ…どうなったんだぁ?…だって血がよう…」


「引き抜くと同時に(なお)したの」


 巨人の凶相が、()()()()(ゆが)む。……粗暴(そぼう)さに(かげ)る、冷たい打算の影。「それじゃあ、さっさとカシラを(なお)せぇ!出来るんだろうが!!」


「出来るわ」「…っ!だったら急げっ!カシラが死んじまうだろうがよぅ!!」


 東堂さんは、そっけなく答えた。




「嫌よ」




 アルコルは愕然(がくぜん)とする。


 ――次第(しだい)に表情が、憤怒(ふんぬ)()わる。真っ赤な顔で歯をむき出し、ギリギリ奥歯を噛みしめる。


 (こご)える声で『聖女』は()(はな)った。「どうして?私がその人を(なお)すわけがないよね。その人が私に何をしたのか、あなた聞いていないの?」


「…聞いてねえ!人の命を救うのに、ためらうほどの事なのかよぉ!!」


「あのね?アルコルさん」




 ――虚無を写し込む瞳が、()()()と、()()()()()




()()()()()()()()()()()()




 ビクリと(おのの)いたアルコルは、反動に不愉快さを()()しにした。「……てめぇ……」


 彼女はすっかり興味を失った顔で、隣の少年にさりげなく手を当てる。「もう行きましょう。切田くん」「え、ええ」



「『迷宮』に行けなくなるんだぞぉっ!!」



 (きびす)(かえ)すも中断し、憎々(にくにく)しげに(にら)(かえ)す。そして、何か言いたげな顔で、切田くんの事をじっと見つめた。


 正直困る。(困るわぁ…)しかし、すぐに思い直す。(東堂さんの気持ちは尊重(そんちょう)したいけど、…やはり『迷宮』は僕らに必要だと思う。理屈ではソッチが正しいんだ)


「東堂さん、ここは貪欲(どんよく)に行きましょう。信用の置けない相手ですが、(すじ)(とお)すつもりはあるようです。…気は進まないでしょうが、力を貸してください」


「……切田くんがそう言うなら」ムスっと口を(とが)らせる。


 神妙(しんみょう)にうなずき返し、アルコルに向かって声を張り上げた。


「お高いですよ、アルコルさん!」


 アルコルはまたも態度を豹変(ひょうへん)させた。(なみだ)ぐんで(あわ)れっぽく、大男は必死に慈悲を()う。「それでいい、急げ!…さっさとしろぉ…カシラが本当に死んじまうだろうがよぅ!!」


「先払いです。あなた方には信用が足りない」切田くんは真剣だ。そこに茶化す様子は感じられない。


「ふぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃっっっ!!」アルコルは奇声を上げ、ドスドスドスと床を踏み鳴らした。「いくらだぁっ!!!」


「金貨」ふと、考え込む。(金貨一枚、いくらぐらいだ?まあ一万円は切らないだろう)


「一万枚でおねがいします」


「ふぎっ…!」



 アルコルが、(きつね)につままれたように硬直した。



「…ふくっ…」東堂さんが吹き出しそうになり、そっぽを向いて肩を(ふる)わせる。そして、心底愉快げに言った。「まあ、そんなものよね」


「あるかぁ!!そんな大金!!」青筋(あおすじ)()てて真っ赤になり、ドスドス足を踏み鳴らす。「畜生ぉっ!最初から()()()()()()のつもりだったなぁ!!(なお)す気なんかサラサラ無くて、嫌がらせで手前(てめえ)(いや)しい性根(しょうね)()めたいだけだったんだなぁっ!!ふぎぎぎぎぎぎ!!」


(まだ芝居を続ける気か…)切田くんは、食傷気味に答える。「アルコルさん、茶番はいい」


「…ああ?」


物納(ぶつのう)(かま)いません。僕らにとって価値あるものを。魔法のアイテム、魔法書、魔法のスクロール。役に立つならどんなものでも」



 アルコルは黙り込み、(すわ)った目でこちらを(にら)みつけた。



「…くそっ…」(あた)りを見渡(みわた)し、倒れたグラシスに目をつける。もはや細かい痙攣(けいれん)も止まっている。……(わず)かに生命活動が残っているようで、時々(ときどき)思い出したようにピクリと(ふる)えている。


「緊急ですぜ。勘弁(かんべん)してくださいよカシラぁ」


 指からすべての指輪を抜き取り、スーツの内に(かく)した小さい革のケースをもぎ取る。


 中を開けて、何枚かの巻物が入っていることを確認し、むしり取った指輪をすべてケースの中にねじ込む。――そして、切田くんに向かって放り投げた。


「ほれ、後できっちり精算(せいさん)する。これは担保(たんぽ)だぁ」


 革ケースを開けてみる。【ディテクトマジック(魔力探知)】に映る、緑の光。軽くうなずいてみせる。「東堂さん」


「……」東堂さんは面白くもなさそうに、床に(ころ)がるヘビーメイスを拾い上げた。


「…お、おい」胡乱(うろん)げな巨人を無視して、不機嫌にスタスタ歩み寄る。――仰向け眼鏡の(かたわ)らに立ち、心底(さげす)んだ目で見下げる。



 そして彼女は、スッと片足を上げ、グラシスの腹を()みつけた。――そのまま()()()()と、ローファーの(かかと)をねじり込む。



(…ご褒美かな?)切田くんは馬鹿なことを思った。


 嫌な事は終わり、とばかりに(きびす)を返し、スタスタ元の場所へと戻ってしまう。


 この光景にあっけにとられ、……アルコルは、()頓狂(とんきょう)(わめ)()らした。「…なにしやがんだぁ!!?」


「もう(なお)ってるでしょう?」冷たく、そっけない答え。アルコルは俄然(がぜん)つっかける。「はぁ!?そんなわけ」




「……ぐっ…むぅ…ああ、くそっ……」




 ――(うめ)(ごえ)を上げながら、床のグラシスが上体を起こした。ずれた眼鏡を(なお)し、()だるそうに頭を振る。「…どうなった、アルコル…」


「へえええぇ…?」アルコルは奇声を上げて、(あわ)ててドスドス駆け寄った。「へい、カチコミです」


「…どこの…」


「多分ですが、…パトリオッタの連中かと」


 グラシスは深くため息をつき、(ひたい)に手を当てて頭を振った。


「狂王派尊王攘夷(そんのうじょうい)、変態伯爵の御庭番(おにわばん)か。…くそ、完全に特務騎士の敵派閥じゃないか。どうなってやがる…」


「…おい、キルタ。どういうことだ?特務騎士とやりあって、どうしてパトリオッタが出てくる…」肩を落とし、力なく問いかけてくる。彼に以前の精彩(せいさい)はまったく無い。


(知りませんよ。パトリオッタなんて。…まあ、国の別の特殊部隊なんだろうけど)「グラシスさん。それより迷宮の話を」


「…あぁ?」


 切田くんは毅然(きぜん)とした態度で、過去に()われた質問に返答した。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「…おいぃ、こんな時に何言ってやがんだぁ!?」アルコルがいきり立つが、グラシスは力なくそれを制する。……遠慮なく続けた。


「選べと言ったでしょう。なるべく早いほうが良い。今日にしてください」


「…こんな状態で、出来ると思うのか…?」


「やってください。僕らはあなたの命の恩人です」


 眼鏡の奥が()()()と光り、アルコルを一瞥(いちべつ)する。……人目をはばかり、巨漢はボソボソと(ささや)く。


「…女は強力な治癒スキル持ちの『聖女』です。(ごく)短時間での外傷治癒と致死毒の解毒、この目で確認しました。…治癒師なんて比較にならねえ。(うば)()いで国が(かたむ)く、そんなレベルです」


 グラシスは(ふたた)び、深くため息を吐く。「…毒に(ただ)れた内腑(ないふ)の再生もか。タバコが吸いてえな、クソ。…おい、『迷宮』は管轄違いだ。ガバナ傘下の別の組が管理している」


 気が乗らなそうに続ける。「…無理を通すのは厄介だ。(かよ)いたいなら行儀よくしてろ。アルコル、直接行って話を通せ。俺の名前で強く出ても(かま)わん」


「…しかし……へぇ」アルコルは躊躇(ちゅうちょ)したが、結局うなずいた。


 グラシスは顔を(そむ)け、頭をくしゃくしゃとなでつける。そして()()気づいた。「…おい、これはどういうことだ」中指の抜けた手のひらを突き出してみせる。何も(はま)っていない。スーツの内側もまさぐる。「…スクロールケースもだ。アルコル?」


「治療費の前払いを請求されまして。…すいやせん、担保(たんぽ)として」


 (ふたた)びくしゃくしゃと髪をかき回す。「…いくらだ」


「金貨一万です」「あぁ?」グラシスは流石(さすが)に我慢ならない、という(てい)でふたりを(にら)んだ。「おい、高すぎるぞ。高位の闇治癒師だって目をむく代金じゃねえか」


「…あなたの命の値段って、あなたが付ける(かざ)りにも満たないの?」東堂さんが(さげす)みを込め、()(はな)つ。「ずいぶんお安いのね」


 忌々(いまいま)()(にら)むが、すぐに視線をそらして頭を()(むし)った。「…ああ、くそっ。全部持ってけ。買えば一万は超えるだろうよ」立ち上がろうと(ひざ)をつく。そして、興味を(うしな)ったかの様に、そっけなく言葉を投げかけてくる。


「もういい。早く行け。さっさと連れてけ、アルコル」




「…ふふ…」




 ――その姿を眺める東堂さんが、(みは)美貌(びぼう)愉悦(ゆえつ)侮蔑(ぶべつ)()()()()浮かばせて、コロコロ笑った。


「へぇ?命の恩人である私たち相手に、随分(ずいぶん)つれないんだ。わざわざ昨夜の(うら)みを飲み込んでまで、せっかくあなたを治療してあげたのに。私に頼んだ切田くんに感謝してほしいわね?」


「あの姿の消える敵だって、私たちが追い払ってあげたのに。ね?切田くん?」




 グラシスはピタリと硬直する。




 そして()()()と、立ち上がり直す。



「……おまえらが……」



 ――そして豹変(ひょうへん)した。「お前らが引き込んだんだろうが!お前らが連れてきた敵だろうが!!」


「見ろぉっ!このザマを!!」乱暴に、部屋を大きく手で(しめ)す。


 部屋の中はまさにメチャクチャだ。壁や天井に穴が空き、窓が吹っ飛んでいる。机や椅子、キャビネット、本や書類が散乱している。()げて白煙を吹いている物も多い。


 怒り心頭で怒鳴り散らした。「おまえらはまるで災厄だ!!」


「特務騎士やパトリオッタが目をつけたこのアジトはもう使えん!くそっ、ぜんぶおじゃんだ、大損害だ!!」


「お前らなんか、引き入れるんじゃなかった!!どうしてくれる、この損害を!!」


「金貨一万なんてはした金じゃ、()まないんだよぉ!!あああ…くそう!!」頭をハチャメチャにかきむしり、青筋(あおすじ)立てて怒鳴りつける。


「おい、アルコル!いつまで突っ立っている!早く行けぇっ!!」


 アルコルは鼻白み、ふたりの腕を(つか)んだ。


「ちょっ」「引っ張らないで!」


「…いいから」一言だけ言って、開け放たれたままのドアへとふたりを引っ張る。




「早く行けえええええええっっっ!!!」




 その背に向け、眼鏡の男は絶叫した。



 ◇



 三人が去った後。グラシスは肩で息をし、気を(しず)めようと何度か深く呼吸をする。――衝動的に、頭をグシャッと()(むし)った。




「ヴアアアアアアアァァァッッッ!!!」




 絶叫。床の椅子を渾身の力で蹴り飛ばす。椅子は壁にぶち当たり、轟音を立てて()ねた。


「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

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