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さかさま

(…甘ったれの子供が。物を知らずに殺したかっ!?…ヘラヘラと、はしゃいで!!)


(…無知!…愚劣(ぐれつ)っ!…浅薄(せんぱく)な無能がぁっ!!)


 プロダは(うち)より湧き出る激情に()られ、ミシミシと、螺子切(ねじき)れるほどに歯噛みをする。(私の大事な家族を、妹をっ!!……よくもぉぉ……っ)


 犯人は、超常の武器を()()()()隠し持つ子供である。肉を()(つぶて)の魔法を意志の力にて現出(げんしゅつ)させ、(さら)に弾道補正によって驚異の精密射撃を実現している。


 スキル能力、『()()()()()現出』。――つまり、少年の【マジックボルト(魔法弾)】による殺戮(さつりく)は、()()、本人の意図したものであるということだ。(……命令もなく、一人でっ!!そんなの本物の殺人鬼ではないか!!)


 その引き金はクロスボウよりも軽く、治安維持の兵士にさえお手軽気分で風穴を開ける。隠れて付きまとう妹を手にかけるなど、お遊び気分だった事。想像に(かた)くない。


 ……お遊び気分の致死暴力など、ちょっとした物陰でさえ起こりうる日常茶飯事ではあるが。それでも、自分たちに降りかかるのは(きわ)めて理不尽である。そんなプロダの腹の底より()がる怒りは、


(……?)どこからか流れ込む不思議な感覚によって、延焼(えんしょう)を止め、沈静化してしまった。



 しかし、その落ち着きは、彼女の中に冷たさと毒だけを残した。



(……これは駄目だな。もう()るか)壁に押し付けた少年は(すで)朦朧(もうろう)とし、呼びかけど()()()返事も帰ってこない。


 麻痺毒の分量が多すぎたようだ。これではすぐに肺も心臓も麻痺してしまうことだろう。(…やれやれ。強力な薬という物は、効かない分量と、死ぬまでの(はば)(せま)すぎるのだ…)


 相手が子供だという事も失念していた。ガックリと力が抜ける。(…怒りというものは甘美(かんび)な毒ではあるが。(つね)(つか)れと手違いを呼ぶものだな…)とにかく、もう駄目である。


 腰の背の飾り曲剣(ジャンビーヤ)へと手をかける。――針剣のような()()()などない、()()()()な兇器。背を()んで使えば、宣言通りの解体も可能だろう。


(…まあ、気は進まんな。…面倒でもあるが…)本命の情報は(なに)()られず、ただ任務の消化の(ため)だけが残った。クスタ=プロダは(くちびる)を噛む。(本当に何も知らない子供だと?…とはいえ、(みずか)らの疑惑を(ぬぐ)う事など出来まい…)


(そして、疑惑の主は、必ず(とが)める。…そうだろう?妹を殺した加害者を、(あやま)って見過(みす)ごすわけには行かないのだから)()()()、と、曲剣の(つか)(にぎ)()める。(だから少年。私の家族の(ため)に)




(死ねぇっ!!)




 ――豪と、突如(とつじょ)突き飛ばす圧力。(……っ!?)曲剣を抜き打とうとしたプロダは、突然、何かの圧倒的な力によろめかされた。


「なんだっ!?」



 ◇



 突発的(とっぱつてき)に巻き起こった、衣装箪笥(いしょうだんす)に横殴られるが如き暴風。暗殺者クスタ=プロダは限界風圧に(あお)られ、()(つぶ)す様に敵の少年へとのしかかる。――吹き荒れる微細(びさい)な光粒子が、全身を次々(つぎつぎ)()(つらぬ)いた。


「…ぐうぅっ!?…なんだ!このパワーは!?」粒子を()びた箇所(かしょ)に、脳まで焼ける激痛が走る。不意の災厄(さいやく)に泡を食ったプロダは、少年の(ほほ)鷲掴(わしづか)んだまま、咄嗟(とっさ)に振り返った。




 ――厄災の元凶。爆心地。




 (うつ)ろな様相に超然と立つ女神官のフードがめくれ、今は、暴風にはためいている。――(あら)わになった、端整(たんせい)な美貌。同性さえ引き込む(にじ)(つや)を持つ、螺鈿細工(らでんざいく)の神授造形。


 丁寧(ていねい)()()まれども暴風に(みだ)()う、肩までに()(そろ)えられた星空の黒髪。謝肉祭(カルニバル)の仮面張り付く笑い顔。高価なビスクドール(陶器人形)を思わす長いまつげ。()()(かげ)(ひそ)む、闇より深き、無尽(むじん)の黒洞。……異様な殺気。



 目が、合った。



 ……()()()()と、全身の毛が逆立った。「…()()()()()()だと!?『ハイド・イン・シャドウ』を打ち消す魔法があるのか!?」


 深淵が急激に(あふ)れた。「…くうぅっ!?」暴威(ぼうい)()()と、空間ごと跳躍(ちょうやく)したのだ。(うな)る大気に光る嵐を()じり()き、神経を逆撫(さかな)でる哄笑(こうしょう)を上げながら、(うつ)ろな女がプロダに(せま)った。


「…この圧力っ!?」咄嗟(とっさ)に毒剣を抜き、側転で(のが)れる。――針先が引く血の糸が、強風に()った。


 そんなプロダに目もくれず、狂笑する白影は少年へと向かう。勢いのままに壁に激突。――轟音、振動。暴風に舞い散る粉塵(ふんじん)。(…仲間の救出を優先した?…その甘さが命取りだっ!)「…そこっ!!」プロダは振り返りざまに、すぐさま返す毒刃(どくじん)で突きかかった。



 ◇



 少年と女神官の姿が()()。「消えた…?」


 流される粉塵(ふんじん)(さき)に、わずかな痕跡(こんせき)。……衝突に(えぐ)られた壁の穴。腕や足が入る程度だろうか。(…どこに…)パトリオッタ『二番』長姉(ちょうし)、『追跡者』クスタ=プロダは素早くあたりを見回す。――ふたりは、プロダのすぐ(そば)にいた。



「ばぁ!」


「…うおぉっ!!?」



 目と鼻の先に、女の顔がぶら下がったのだ。思わず(おのの)き、()退(すさ)る。


「…天井だと!?」それは天井に立っていた。


 天板に片足突き刺した戦神官の少女が、(さか)()刑死者(けいししゃ)みたいにぶら下がっていた。――両手には脱力した覆面少年を、ぬいぐるみの様に()()()(つか)まえている。


 (さか)さまドレスローブの(すそ)が、暴風にはためく。……スラリとした長い足。それを包む(なま)めかしい光沢のストッキングが、今、はしたなくも(あら)わになっている。


 放り出されたヘビーメイスが床を()ね、ガランガランと音を立てた。「……あはぁ……?」陶酔(とうすい)に染まる(ほほ)。表情のない笑み。



「…し〜んじた!!」



 抱きしめた両腕に、異常な力。(さか)しま女は虚空(こくう)を見つめ、()()()()と、(ただ)れた祝詞(のりと)(うた)(はじ)めた。「愛も恋も信頼も、ぜぇんぶニセモノ。嘘っぱち。自分に()って得意がるための言葉」


「それらを指す感覚が、すべて(からだ)が作る幻影にすぎないのなら。じゃあ本当の信頼って、いったい何なのかな?」


「……フフ。それは、()()()()()素敵なこと」(うつ)ろな笑顔が、(あま)やかにとろける。掌中(しょうちゅう)のものを()()と抱き寄せる。「だって、そうすると()()()()()()()()満たされるもの。これも幻影?…フフ。でもね?とっても実感」


「それって、一体、なんなのかな、なのかな…?」(あま)きに(ひた)る薄紫色の唇から、陶然(とうぜん)とした言葉が(つむ)がれた。




「それは信仰」




()()()()()()()




 ……虚無(きょむ)を写し込む瞳が、()()()()見据(みす)えた。「…くっ…」プロダは(ひる)み、後退(あとずさ)る。(…こいつ、独りよがりをベラベラと…)


(…しかし、なんだ?この光の魔法が()こす痛みは。…『スキル』効果だけでなく、体の組織まで破壊されているのか!?)


「こんにちわ、泥棒さん。泥棒さんには神の(むく)いを受けてもらおうかな」踊り子(おんな)()()()()(さか)さま少女は薄っすら笑った。「だってあなたは、切田くんを盗もうとしたんだよ?」


「…わかるよね?それがいけないことだって」


「……わかるよね?」


 コテン、と、首を(かし)げる。


 そして「……ああ」と得心(とくしん)したかのようにつぶやき、――虚無(きょむ)を映し込む瞳の上、ニヤァ…と(さか)しま(わら)いを(ふか)めた。


「無知というものは本当に罪深(つみぶか)きもの。自分のみならず、周りまで不幸にする」


「だったら、みんなにも分かるように。(ひろ)万人(ばんにん)に知らしめないと」


「ね?(あい)()らせなきゃ。みんなを(すく)わなきゃ」


「そうでしょう?」


()()()()()()()()()()()()()()?」(いま)轟々(ごうごう)と吹き荒れる、(ひか)(かが)く浄化の嵐の中で、少女の声は、万人(ばんにん)に知らしめんと言わんばかりに、暴風の中をつんざいてよく(とお)った。



「人のものを盗っちゃいけないってわかる信仰のオベリスクを、私と一緒(いっしょ)に作りましょう?」



 (ふく)れる異様さに、粒子光の強さが()していく。「螺子切(ねじき)って」


 (わら)(からだ)が化け猫の如く、()(しぼ)強弓(こわゆみ)となって力がみなぎる。――躍動(やくどう)予兆(よちょう)。「螺子切(ねじき)って!」


 逆巻(さかま)く光粒子の激痛が、今もどんどん()している。……プロダはよろめく(からだ)(ささ)え、歯を食いしばって毒刃(どくじん)(かま)えた。「『ぜぇんぶ螺子切(ねじき)って!!』」




「……あら?」




 気の抜けた声。()()少女は、自分の両手が()()()()()(ふさ)がっていることに気づいた。……何だかグニャっとしている。「……フム」


 ()()()()()()()だと気づき、「……んー」彼女はニッコリ、(ゆる)く大事に抱え直して、白磁の様な(ほほ)を寄せた。全部(さか)さまだ。「ごめんなさい。これじゃ、今は無理ね?」


「ざーんねん。…ふふ」少女はとても(やわ)らかな笑顔で、とても幸せそうに相好(そうごう)(くず)した。重圧も、攻撃の予兆も、()(つらぬ)く激痛も。すべてが霧散して消えてしまった。――今は(おだ)やかな光の粒が、暴風に流され渦巻(うずま)いている。



 (ひた)る少女が、()()()見据(みす)えた。「『…邪魔』」



「ぐっ…!!」プロダは大きく()退(すさ)った。……(やなぎ)の下の真っ暗夜道、ぶら下がり化生(けしょう)と光の奔流(ほんりゅう)を見る。(…この感覚。(おく)しているのか、私はっ!?)


(…だとしても、『スキル』効果を消す力とやり合うのは得策(とくさく)ではない。…(おの)が使命を思い出せ。…今は()()と交戦する意味など無いのだ!)せせら笑いに、歯を()()す。(……自意識過剰の酔っ払いめ。来ないのならば、私の負け筋は消えたぞっ!!)


 (いま)だ粒子渦巻く室内を、彼女は素早く見渡(みわた)した。



 ◇



(……ぐええぇ……)消えかかった朦朧(もうろう)の向こう側。切田くんは誰かにふん(づか)まえられて、メキメキと締め上げられているのを感じる。(……これは、死にまぁす……)駄目だ。口から内蔵出そう。骨もヤバいし苦しい。ギブギブ。おごごご。


 ――締め付けが、急に(ゆる)んだ。


 最終的に自分は、(ほそ)(やわ)らかな(からだ)に抱きしめられていることとなった。(……この力は、『生命力回復』か。……いつもありがとうございます……)麻痺に冷えきった体が徐々に温まり、全身に力が戻ってくる。(…結局、また助けられてしまったな。東堂さんには駄目なところばかり見せてしまって…)


 どうも最近良いところがない。負け田くんだ。(……結局、自力解決は出来なかったか。……あれだけ無様(ぶざま)足掻(あが)いておいて……)朦朧(もうろう)の霧が(うす)れると、切田くんは自身の頭に血が(のぼ)っている事を発見した。無力な自分への怒りだろうか。


(……いや、違う。この感覚、……なんだ?)



(さかさま?)



 まぶたを開くと、(すご)(ちか)くに東堂さんの顔があった。(わぁ!?)鼻の頭がくっつきそうだ。(…近い!びっくりした…)彼女はクスリと、いたずらを()()げたかの様に笑った。


 (つや)やかな髪が強風になびく。間近(まじか)(そび)える端整(たんせい)な美貌が、今は()()()()と、いたずらっぽい表情をたたえている。……彼女は、()()()()()ように言った。「ねぇ、切田くん。…ずっと手を(にぎ)って戦いましょうって言ったの、正しかったね」


(…そうかも)そうしていれば麻痺毒を無効化出来たし、無様(ぶざま)(かどわ)かされることも無かったはずだ。切田くんは同意しようと思った。……そして、この状況さかさまだを考え、躊躇(ちゅうちょ)する。


「…なるべくで」


「えぇ?」東堂さんは不満そうだ。


 光粒子の嵐は急速に(おさ)まりつつある。撹拌(かくはん)された家具や小物、書類などが、力なく地面に転がっていく。


 暴風に(はた)めく(さか)さまローブや外套の(すそ)が、重力によって垂れ下がっていくのがわかる。シルクのストッキングと太ももの境界線まで(あらわ)になり、切田くんは(これは良くない)と思った。「…あの、東堂さん。めくれてます(すそ)


「おさえて」「はい」彼女の太ももを、ポフと押さえる。


 その向こう、三姉妹の次女エミュが窮状(きゅうじょう)を叫んだ。「姉さま!紫暗(しあん)の毒が()かない!」


「もう引け、エミュ!」即応する指示に、すぐさま割れた窓へと走る。即座にアルコルが気づき、その巨体で逃げる女の背へと(おど)りかかった。「逃がすかよぉっ!!」


  そして「…っ!」横から飛来した針状の短剣を、(わずら)わしそうに(はら)()ける。短剣が壁と床を()ね、(にぶ)い音を立てた。


 いつしか、光の嵐は止んでいた。


「…ええぇい、くそっ…」アルコルは忌々(いまいま)()に歯噛みする。褐色肌の女性ふたりの姿は、(すで)に部屋の中から消えていた。



 ◇



「…逃げたかな、切田くん」「この魔法なら見えますかね。…『魔力よ、示せ』。【ディテクトマジック(魔力探知)】」()びる魔力が、緑光となって見えてくる。――部屋の中に敵らしき反応は無い。床に(ころ)がるグラシスの指輪が光っている。……それと、気になるものがもう一つ。



 『障壁』に包まれたアルコルの姿だ。(……何っ!?)



 巨人は油断なく()(くば)り、光粒子に(けず)られた(みずか)らの『障壁』を強めてゆく。……少年の視線に気づき、苛立(いらだ)たしげに顔をしかめた。(…魔術師!?この人、キャラを作っていたの!?)警戒度が()()がる。


(……粗暴そぼうな感情モンスターのふりをして、油断を(さそ)っていたんだ……)とはいえ、当面の敵は(アルコル)ではない。そしてやはり、敵の魔力反応らしき光は見当たらない。「…見当たりませんね。ただ、消える力が魔力じゃない場合は、この魔法では…」


「わかった。(ねん)(ため)にもう一度、さっきのを使いましょう。…降りるよ、切田くん」「はい」天井を()り、華麗に半回転してドスンと着地する。「ぐへっ」


「私から離れないでね」「は、はい」「…強い風が吹くから、気をつけて、切田くん…」東堂さんは(そで)の中に手をかけた。…その時。




「…えっ…」片腕に抱かれた少年が、(いきお)いよくもぎ取られた。()()は体ごと突っ込んできたらしく、突き飛ばされて少しよろめく。




 あまりに強引なやりよう――バーゲン品か、ただの引ったくりだ。に、東堂さんは少しの間呆然(ぼうぜん)とする。


「…どうして…」切田くんは、もう見えない。



 ◇



(うわあああっ!?…何度も何度もっ!!下手くそか僕は!?)また(さら)われてしまった。これではピーチ姫状態だ。


 無様(ぶざま)さへの動揺(どうよう)を『精神力回復』で(しず)め、切田くんは即座(そくざ)に反撃を(はな)とうとする。(空中発射の『マジックボルト』で隣接空間すべてを攻撃すれば、…いや、それでも敵の場所だけを無意識に()けてしまう事になるの…?)


 視覚情報を処理する前に神経にブロックされてしまえば、……前意識。精神の出番は回ってこない。撃っていない箇所(かしょ)を認知することさえ出来ない可能性が高い。(…ならば、僕の身体を(かす)めて『マジックボルト』を乱射して!)


(……下手くそジャガイモ()きみたいに、薄皮一枚を全周から(けず)()ってやる。怪我まみれになる()わりに、結果的に周囲すべてを流れ弾に巻き込めるはず。……急げっ!躊躇(ちゅうちょ)する暇なんか!)



「待て!…待ってくれ!!今、消える『スキル』を()く!!」必死な声が飛んだ。



「えっ!?」(おどろ)いた切田くんは、そのまま(こわ)れたドアの向こうの壁へと押し付けられてしまった。(わああっ!?)……抱きしめる女の腕が背に(はさ)まれて、壁との激突を(やわ)らげてくれている。「…あいたっ!」それでもゴチンと後頭部を打った。


「す、すまないっ!」目の前に相手の姿が現れた。


 薄絹(うすぎぬ)で顔を隠す、褐色肌で長身の女性だ。スラリと鍛えられた痩身(そうしん)。覗き込む端整(たんせい)双眸(そうぼう)が鋭く、凛々(りり)しい。しなやかな体躯(たいく)(まと)う衣装がエッチだ。


 少年の背を()き、壁に手をついて(おお)いかぶさっている。……大人の女性が放つ魅惑の熱。うっすら(ただよ)う、異国情緒の香の(かお)り。


 切田くんは思った。(…これは…壁ドン!?)


「…頼む、話を聞いてくれ!」切羽(せっぱ)()まる(うった)え。自らの薄絹(うすぎぬ)(つか)んで()がす。


 美しい。――端整(たんせい)(つく)りの、エキゾチックな美貌(びぼう)。意志の強い、()()()とした表情。……その顔は今、必死の形相(ぎょうそう)だ。


 必死さにも()かれ、切田くんは思わず見惚(みと)れてしまっていた。



 ◇



「……ハァ?」東堂さんが、()()()と首を(かし)げる。「……なぁに?…それ……」


 撹拌(かくはん)された部屋の中央。表情は(すで)に、虚無(きょむ)をたたえるかのごとく空虚(くうきょ)だ。「…ええ。そう。…そうね?…結局は、言ったってわからないんだよね?…アハハハ…」軽い調子でケラケラ笑う。位相がかけ離れていく様な、奇妙で不穏(ふおん)な空気。「だからさ、もういいよね?」


「もう、切田くんだけ残せばいいよね?」軽薄(けいはく)に、彼女はうわ言をまくしたてる。「ふふ…ふふふ…」


「そうしたら切田くんだってすぐに見つかって」「私は見つけた!って言ってぇ」「ギュッてしてぇ」「切田くんはちょっと戸惑うんだけどぉ」「結局答えてくれてぇ」「ふたりは幸せな」「ふふ」「そうしよっと」「みんな焼いちゃおう」「()がれる想いで」「()がしちゃえばいい」「さあ、急いで?」「切田くんがどこかに行っちゃう前に!」「出来る出来る!」「今の私なら出来るよ!」「想いの力で!」「願いはちゃんと(かな)うんだよ!」「フフ!」「アハハハ!そうなろうっと!」はしゃぐ態度一転(いってん)、……見開いた獣の瞳が、()()()(あや)しい光を(はな)った。



「アンサー。【切田くん以外のすべてを浄化する】」



「周囲の街ごと浄化の光で焼き切って!全部が全部、スポンジみたいにグズグズになっちゃえっ!」


「私の『スキル』に(つな)がる想いの力は。もうとっくに!世界の大事な仕組みとだって(つな)がっている!そう思うでしょう!?」


『アハハッ!アハハハハッ!!…出来るようになっているんだからっ!!』――(きし)む大気。形の良い唇より()()す、高圧で衝動的な高度詠唱。



「『神命に()いて答えよ。世にあまねく聖なるものよ、(よど)みを()(はら)う清浄なる炎よ』」



 ――()()()()(ゆが)む異常詠唱に、「…古代語じゃねえ。何の言葉だ?」アルコルが顔をしかめる。「……この感じ、相当ヤベえ。おい、トードー!!やめろっ!!!」


 ()える制止をものともせず、音割れ詠唱は、奇妙な抑揚(よくよう)と共に(つむ)がれ(つづ)ける。「『今ここに清らかな浄火となり、焦熱となり、光となり、力となりて、(けが)れし(すべ)てを、不浄を滅せよ』」


「『キリエ=イグニス=エレイソン。宣告せよ!壁は砂に、木は灰に。残った(おり)など塩の柱となすが良い!』」


 そして『聖女』は腹の奥底、全身全霊の力を込めて、()(しぼ)るような絶叫を(はな)った。



「『其は、汝、邪悪なり!!』」


『ぁああああああああああああああああああああああああああああっ!!!』



 ……(ゆが)む。……(ゆが)む。……何かが(ゆが)む。


 ……集まる。……集まる。……(よど)んだ()()()が集まる。


 空間が(ふる)え、壁が、天井がビリビリと()れる。詠唱に(すで)に答える形で光の粒子が()()がり、存在を強めて(うず)()(はじ)める。粒子同士がその意志を(つた)()い、情報が白雷となってスパークする。



 ◇



「何だ、この光」「綺麗ねぇ」「ホタルって奴じゃないの」

「さわれないよ、ほら見て」

「熱っ!?なんだこれっ!?」「危ないぞ!!」「駄目だ、逃げろぉっ!!」

「へいきだよ?」「何してるの!!()めなさいっ!逃げるの!!」



 ◇



 彼女は異常なほどよく通る晴れやかな声で、何かの執行を(さけ)ぼうとした。「浄化の時を!…『ディバイン』!!」



「東堂さん、待って!!」声が(ひび)いた。



 聞き慣れた相手。

 望んだ相手。普通の日常。



 ――木漏れ日。静かで、(おだ)やかな、温かい時間。



「…切田くん!?」東堂さんはハッとする。


 不穏(ふおん)さ、(ゆが)み、渦巻く光の粒。……溜め込んだ()()()の力は、元から存在しなかったかの様に全て霧散(むさん)して消えてしまった。


 周囲の床や調度品から、音を立てて一斉(いっせい)に煙が吹き上がる。……()(くさ)さが周囲に充満(じゅうまん)する。東堂さんは白煙の中、何度も何度も周囲を見回して、迷子の幼子(おさなご)のように彼の姿を求めた。「…切田くん!?…どこ…?」



 ◇



「東堂さん、待って!!」切田くんは(あわ)てて(さけ)んだ。敷居(しきい)(へだ)てた(とどろ)きと、外部にまで広がる光の粒子。(…広範囲の攻撃魔法!?そんなのあったの!?)大技を仕掛ける気なのだとしたら、こんな至近距離では巻き込まれてしまう公算が高い。


 その制止(せいし)に、プロダは希望を見る。「虫のいい話だとしても、教えてくれっ!!もうひとりの妹が帰ってこないんだっ!!お前に、任務で張り付いていたはずなんだ!!」必死な口調で(すが)りつく。「本当にお前でないのなら、心当たりはないのか!?」


「……たった二人の家族も守れずにっ……!」()()めた顔から、涙が(こぼ)()ちる。


 切田くんは咄嗟(とっさ)(さと)った。――昨晩(さくばん)のこと。背後を追う、姿を隠す『スキル』を持った誰か。そこで知らぬ間に、何かが起こったのだとしたら。


 一瞬躊躇(ちゅうちょ)した切田くんは、ボソリと答えた。



「……()()()()()



 一瞬、失意の表情を見せる。しかしすぐさま気がついて、喜びに顔を(かがや)かせた。


「ありがとう」


 そう(つぶや)き、すぐさま廊下の先へと走り、消えた。……その背を見送り、切田くんは思う。(…今、僕は(つた)わってほしいと思った)


咄嗟(とっさ)とは言え、裏切ったな。僕は…)



 ◇



(…どうして私は、キルタ少年にあんな聞き方を…)下まぶたにこびりついた、涙を(ぬぐ)う。


(…最初に肩を(つか)んでから、どうにも調子が(くる)ったな。…あの少年ならば答えてくれる気がした。敵対しておいて、どうしてそんな甘ったれた考えを、私は…)


(私は殺して解体しようとしたのにな。そんな相手に親切にして。…おかしな奴だ。フフ…)


「姉さま!無事でしたか」街を走るプロダのもとに、エミュが駆け寄ってくる。彼女の方も無事なようだ。「…結局、スタブの行方(ゆくえ)は分からずじまい、ということですね」


「いや、少年が教えてくれた」


「…『教えてくれた』?」


 胡乱(うろん)げなエミュに、重々しく()(さと)す。「『知らない』ではなく『言えない』と、キルタ少年は言った」


「…召喚されて、たったの三日目。関わり合った人間などたかが知れている。…言えない義理()ある、そんな関係性の相手。その中で昨晩スタブを()れた者など一人しか居ない」


「どうにも頭に血が上っていたな。彼でないのなら()()()しかいないのだ。つまり少年が手を組んだと言った相手、『呪殺の魔女』。…スタブを()ったのはそいつだ。私がそちらを(さぐ)る。エミュ、お前はパトリオッタ『七番(セブン)』を(おさ)えろ」


 その指示にエミュは驚愕(きょうがく)する。それは、雇い主への完全なる裏切りだ。「えぇっ!?ちょっ、…そんな無茶苦茶な!」


「我々は任務を放棄している。パンデモーヌ伯も『七番(セブン)』の使用にいい顔はすまい。『七番(セブン)』の確保は一時的、スタブに使うまででいい」


「……エミュ、出来るか?無理なら私を待て。三人いてこその我々なのだからな」


 プロダの問いに困った顔を浮かべ、エミュは肩をすくめた。


「また流浪(るろう)の生活に逆戻り?姉さま。パンデモーヌ伯のところは金払いも良かったのに。嫌なことだって言われなかったし」


「すまんな、エミュ」


「いいよ、(まか)せて姉さま。そっちこそ気をつけて」


「お前の方も。頼むぞ」


 二人の姿が見えなくなる。


 走るふたりを不審(ふしん)そうに見ていた街の人々でさえ、彼女たちが消えたことに気づいたものは、誰もいなかった。

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