三人いる!
扉を揺らし反響する、ドンガンドンガン喧しいノック。(…うるせぇー…)切田くんは戦闘の為に身構えるも、げんなりもする。(物に当たるなんてサイテー)裏から蹴飛ばし返したい。ドラムセッションだ。
無機物への痛打に篭められし、衝立向こうの嫌らし笑い。……ここはとっくに敵勢力圏内。悪意に満ちた尖兵の襲来など、確定事項の一つに過ぎない。
(…ドアはかなり頑丈に作られている。…ただし、内開き構造。このまま扉を突き破って先制してくる可能性もある…)慎重に思索を巡らせる。(…こっちが先に、動くしかないよな…)
採光窓は小さく、他に出口なし。監禁にも使える間取り。――図らずも背水の陣、行き止まりだ。持たざる状況は、すぐにこうした窮地を作り出す。
それでも懐に隠し持つインチキ銃が、――不正や暴力への後ろめたさを越えて、今は強く、彼の精神力を支えている。(…ペンは剣よりも強し…)
(…なーんて誇らしげに言うけど。要は社会を盾にペン先で扇動して、安全な場所から撃ったり囲んで棒で叩けってことでしょ?)全力で偏見を振りかざす。(安全な位置からリスク無しで勝てるなら、そりゃあ、僕だって助かるんだけど…)
ドア抜きでの射撃となる。ノックの主が用心深い相手であれば、その身体は扉の正面を避け、壁際へと隠れていることだろう。――しかし、このドンガン粗雑な打楽器リサイタルからは、敵の慎重さを読み取ることはできない。(…どうしよう。撃ってしまっていいのか?)緊張に、脂汗がしたたり落ちる。
厳しい表情で構えるふたりに、ドアの向こう、乱暴な怒鳴り声が投げつけられた。「勇者どもぉっ!カシラが帰ってきたぞぉ!『迷宮』に行かせてやるから、さっさと昨晩の報告をしろぉ!!」(……ん?)
(……あれっ?)意外な内容に、ふたりは怪訝な顔になる。「…行って良いんですか?『迷宮』」
「そういう約束だったろうがぁっ!さっさと部屋から出てこぉい!!」
攻撃の機先を削がれ、ふたりはすっかり困ってしまった。
「…どうしましょう…」
「…保留かな…」
◇
ガバナの戦士アルコル。傷だらけの厳つい顔をした、巨躯の男だ。胸板は分厚く、筋骨隆々で横幅も広い。身の丈は優に二メートルを超え、見上げるとまさに巨人のようだ。ガバナ戦士団の黒い革鎧を着込んではいるが、その体躯。いかにも窮屈そうである。
武器の類は持っておらず、全くの無手である。……しかし、その威容は、膂力だけで敵を縊り殺すことなど容易かろうと思わせる。
ボコボコの扉を開け、警戒心を剥き出しに、覆面男とフードの女性が進み出てくる。――その矮小なる所作を睥睨し、アルコルは、ニタァ…と凶相を歪めた。「俺の言うことを聞いてぇ!ようやく出てきたかぁっ!!」
「……って、……何だそれはっ!?勇者どもぉ!!?」そして驚愕し、素っ頓狂な声を上げた。
「…なんで手をつないでるんだぁ!?」
切田くんと東堂さんは、絡めた手をガッチリとつなぎ、真顔で並んで立っている。
「…んんー?」怪訝な面でジロジロと、顔をしかめて酷く奇妙そうに、何度も何度も小首を傾げる。「…どういうことなんだぁ、これは…」
ふと気づきを得たアルコルは、思わず叫んだ。「仲良しか、おまえら!?」
「そうよ」「そうです」ふたりはうなずく。
「…ぐぬぬぬ!」その事実に気圧された彼は、さらなる問題に直面させられる。「しかも部屋の中から、なんだかすごく良い匂いがするぞ!?…肉と、…何かだ!…さてはお前ら、なんか食ってたなぁ!?」
「食べてました」
「美味しかったわ。とっても」
「おのぉれえええぇぇぇぃっ!!!」もの凄い形相で怒り狂った。屈辱に衝動を吐き散らし、駄々っ子の如く地団駄を踏む。建物全体が、グラグラと揺れている。
切田くんは無表情で、出し物の様子を斜に見ていた。(要は僕らを萎縮させに来たのか。…お仕事なんだろうけど、わかりきったことは止めて欲しいな…)
「それにだぁ!!」巨人は裏返って豹変した。
「……ダズとガズが、……まだ帰ってこねえんだぁ……」
涙目で鼻をすすり、哀れな声で巨躯を萎める。……その落差に、切田くんは思わず絶句してしまった。
「…うう、お前について出ていったっきり、それっきりなんの連絡もねえ。…ふたりとも俺の大事な仲間なんだぁ。…気の良い奴らでよぉ。こんな俺にも良くしてくれてぇ…」溢れる涙が頬を伝う。鼻水と混ざり合い、ポタポタと床に落ちる。
「……なのに、お前よう、あの二人を一体どうしちまったんだぁ?」
「……殺したのか?」
「お前が殺しちまったんだなぁ?」
「…そうだろ、…うう、…きっとそうなんだろ。…なあっ…」
◇
(……こっちの後ろめたさにつけ込もうって事なの?)ダズエルたちを二度も死に追いやったことは事実だ。その事は確かに、心の棘となっていた。――切田くんも内心を歪める。(…だからって、あの人達から一方的に襲ってきたことも、…東堂さんに卑劣なマネを仕掛けたこともっ!!何も変わらない事実じゃないかっ!!)
(……引くものか……)ギラギラした灼熱下に潜む、恒常性の井戸の冷たさ。「やめてくださいよ。そういうの」
「…ああ!?」巨人はグスと鼻を鳴らす。「んだとぁ!?」
切田くんが内なる戦意を引っ込める事はない。(…怒りにかまけていては、頭も舌も回らない。…今はいっそ、破れかぶれの精神。全てを投げ捨てる覚悟で…)「オカシラさんの前でなら話しますよ」
「俺を舐めてんのかぁテメェ!?それとも俺に言えねえ理由でもあるってんだなぁ!!?」
「…あなたに言って何の意味があるんです。難癖をつける為だけに聞いているんでしょう?時間の無駄です」冷たく、そっけなく、慇懃な口調。
「報告は一番に、仕事を命じたオカシラさんへと行なうのが筋のはずです。あなたの様な腰巾着を優先するのは筋違いでしょう。違いますか?」
アルコルの顔が紅潮し、ふつふつと沸騰していく。
「!!うがああああああああぁっっっ!!!」癇癪にズドンと壁を割り、脚を踏み鳴らして、アルコルは吠えた。――建物ごと揺らす振動、騒音が、幾重にも埋め尽くす。
手を握り合うふたりは、無言で立ち尽くしている。
……やがて、癇の虫は一段落する。肩で息をし、圧し潰すみたいに覆い被さって、天井より物凄い形相で睨めつけてきた。「……確かにお前の言うとおりだぁ。だがな、お前。……気に入らねえ!」
「もしお前が本当に、ダズとガズを殺したってんなら…」顔突き合わせ、指を突きつけて吠える。「俺がこの手で縊り殺してやるっ!!!いいなっ!?わかったなっ!!」そして踵を返し、ドスドスと歩き始めた。
東堂さんが呆れた声で呟く。「……短気な人」
巨漢が喚く。「何してんだぁ!さっさと俺についてこいっ!!」
「それとその握った手は離せぇ!!人前でベタベタと、俺にも周りにも見せつけてんじゃねえぞぉっ!!」
◇
応接間のソファにて、グラシスは、ゆったりと葉巻をふかしている。……彼にいつもの精彩はない。貧乏ゆすりを自制し、苛立たしげに舌打ちをする。要は酷く苛ついているのだ。(…まいったぜ、どうも…)
(『スキル』を植え付けられただけで強くなった気でいる、『正しい』気取りのガキを丁重に扱えだって?オヤジも無理を言う。…まったく、そんなもん叩いて躾けなけりゃ、つけあがるだけだろうが…)疲れた面で天を仰ぐ。(正しさなど多元的なものだ。心のままと言いくさり、上辺の気分を通すだけの正しさなど、ガキの癇癪と同じだ。…本当にうざったい…)
(そんな未熟な輩のご機嫌を取れと。即戦力ならおべっかでも何でも使えって?)葉巻を吸い込み、やれやれと深く煙を吹き上げる。(…勘弁してくれよ。子守のシノギなんざ埒外なんだよ)
(いい気分の『正しさ』なんぞ知ったことか。結局は力の押し付け合いだ。…いろんな形の暴力を押し立て、勝った側の言い分が『正しい』のが世界だ。そこは変わらねえ。……だったら、気分なんかに引っ張られるのは、負けに行くのと同義だろ。『間違い』ってことさ)
(負ければ何もかもおじゃんだ。勝たなきゃなんの意味もねえ。だからこっちは頭を使って、なんとか『正しき側』に自陣をねじ込もうと苦労してるんだろうが…)フンと鼻を鳴らす。――ふと湧き上がる、不愉快に潜む軽妙さ。
(…まあ、そういう意味ではあいつらは、自分らの安い『正しさ』を、相手に押し付けるために、暴力をうまく使っているとも言えるが…)
(借りた力でそれをしているのが、実に不愉快だな…!)グラシスは自らの気づきに、皮肉げに口角を上げた。(不愉快。不愉快ね。…ハハ、それだ)
(ムカつくんだよ)
(クハハ。ムカつくわ、あいつら。そんな輩が俺の筋を曲げようなんざ、不愉快もいいところなんだわ。わかるか?気分が悪いってんだよ)
……疑念めいた感情が、よぎる。(…それとも嫉妬しているのか、俺は…)
「ふん…」(何の利益も生み出さない馬鹿な考えだ。無駄に感傷に流れただけだ)
(…第一、彼奴らが昨晩の余勢を駆って、襲いかかってくる展開だって十分にありうるんだ)
(それならそれで話が早いがな。…だが、あの圧倒的暴力。果たして俺で凌げるか?)大きくニヤリと、指輪だらけの左手を天にかざす。――そこにあったはずの、欠けた中指を見た。
(…ククク…いいね、いい気分だ。随分怒りが湧いてくるじゃないか!!)沸き立つ輸液が脳を焼く。愉悦と怒気入り混じる、歪んだ凶相。
その時、強すぎるノックが部屋に響いた。カタカタ揺れる調度品。(…来たか…)グラシスは鷹揚に構え直し、表情を引き締めた。
(はてさて、どう転んだものかな?クハハハ!)――さて、本番開始だ。
「アルコルか。入れ!!」
◇
一番に目に入るのは、ソファーでふんぞり返るグラシス。……部屋にいるのは、彼ひとりきりだ。(…あれ?)切田くんは少し拍子抜けする。(昨日の脅し役がいない。…ああ、アルコルさんがやるのか。戦える脅し役がいるのなら、飾りだけの脅しは無駄だものな…)
(…まあ、昨日の取り巻きの人たちだって、インチキ無しなら僕よりずっと強いんだろうけど…)ボコボコのボコだ。切田くんがグーパンで戦える相手はなかなか出てこない。低レート同士でマッチングしてほしい。
眼前、葉巻をふかす眼鏡男には、強く怒気が漂っている。「……おい、キルタ。なんだ、その被りもんは」怪訝な顔で鼻で笑う。
そういえば、覆面姿で会うのは初めてである。「似合いますか?」
「…お似合いではあるだろうよ」
「どうも」
怒気の削がれた眼鏡男に会釈する傍ら、深く被ったフードの奥より発せられる、憎悪。……ギラリとした殺気に空気が凍りつき、剣呑さが部屋に満ちる。
眉をひそめたグラシスは、うんざり口調で言った。「キルタ、女の手綱はちゃんと握っとけ」
切田くんはその言に従い、手を伸ばして東堂さんの手を握った。
「……」東堂さんはうつむき、お互いの指を絡めた。
「……なにしてんだっ!、なんで手をにぎるんだぁ!!」「いい、アルコル」
「…そ、そうだカシラぁっ!?ダズとガズが帰ってこねえんだぁ!」縋る様に訴え掛ける。「…あの野郎ども、帰りに飲んで潰れてやがると高を括ってたらよう!…そういや、見張りにつけてたワットも帰らねえ!」
「もう昼だぜ?…こいつらが何かしたんじゃねえのかな…きっとそうだぜカシラぁ…」
「報告しろ。どうなんだキルタ」
切田くんは慇懃な口調で返した。「ダズエルさんとガゼルさんは、死体になって襲ってきたので交戦しました。見張りの人も死体となって襲ってきましたが、それに関しては僕が倒しました」
「はぁ!?」アルコルの怒気が膨れ上がる。「つまり、結局お前がダズとガズを殺したってことかぁっ!!」
グラシスが手で制し、うながす。「続けろ。ダズとガズは誰にやられた?」
「盗賊に偽装したこの国の特殊部隊と、『呪殺の魔女』です」
――眉をひそめ、眼鏡を押さえて指を当てる。爆弾発言。実に頭が痛い。「…『盗賊ギルド』と国とが、手を組んでいたと言うのか。お前は」
(キルタの言が正しいのならば、目的は『出入り口』か。…ええい、厄介な問題ばかり増える…)
「特殊部隊は全員が魔術兵でしたが、全滅はさせました。これで『盗賊を一人で全滅させた』、という事でかまいませんよね?」
ピンと来ない、と、アルコルが不思議そうに首を傾げる。「んんー?…何いってんだお前。そんな奴らをどうやってお前が倒したんだぁ?」
「『マジックボルト』でですよ」
「っ!!【マジックボルト】で魔術師を倒せるかぁ!!それみたことか!ボロが出たぜ!!」鬼の首を獲ったかの様に喜色満面、嬉々として言い立てる。「あいつらは『障壁』って見えない鎧を着てるんだ!【マジックボルト】なんか通さねえ!嘘の下手くそめ!ゲゲゲ」
はしゃぐ態度が一転、……コールタールみたいに粘りつく、刳り込む様な猜疑心へと変わった。「……ああ〜?やっぱりだぁ。……すっかり隠したお前の力で、お前がやったんだなぁ…?」
「!!やっぱりお前だぁ!!お前が奴らを殺したなあああぁっ!!!」
弾劾に猛るアルコルを一瞥し、東堂さんがほとほと呆れはてた声で言った。「ねぇ、この人に混ぜっ返させないで。わたしたちは『迷宮』の話をしに来ているの。…お膳立てをしておきながら手のひら返して、そんなにも昨日の続きがしたいのかな」
「それも魅力的なんだがなあ?」愉悦に口を吊り上げるも、グラシスはゆったりと押し留める。「アルコル、少し黙ってろ。俺を筋も通さねえ嘘っこきにするつもりか?」
「……チッ」舌打ちして鉾を収めるアルコルなど気にも止めずに、切田くんは淡々と報告を続ける。
「『呪殺の魔女』とは取引し、休戦しました」
「…何?」「それを死んでいたガゼルさんに誤解され、彼の『スキル』で周囲の死体をけしかけられました。…そのことが『魔女』の怒りを買って、彼らは『魔女』に粉砕されました」
「報告は以上です」
「……」黙り込むグラシス。……その横、マグマ揺らめく岩石蒸気の重み。「……好きっ放題に言いやがって……!!」アルコルが、たまりかねたように喚いた。「言わせてくれカシラぁ!!…このガキャぁ、ダズとガズとが殺られるぐらいの強さとやりあって、一人で無傷で帰ってきてよう!」
「帰るなり女と部屋でイチャついて、カシラに言われりゃ手ぇ握ってイチャついて!」
「…その上で、こんなにも落ち着き払っているんだぜ!?」
「あからさまにおかしいじゃねえか!何もかも全部おかしいぜぇ!!」――反転。肩をすぼめ、しょんぼりと嘆く。
「…つまりこいつは、一緒に戦ったダズとガスを見捨てて見殺しにした上で…」
「…素知らぬ顔でここにいる、って事だろうがよぉ…!」震える声。「……なんでそんな、酷いマネができるんだ、こいつはよぅ……」(…ぐっ…)覆面の下が歪む。未だ棘が刺さるのを感じる。
「切田くん。気にしては駄目」東堂さんが気遣わしげに囁きかけてくる。氷の視線で巨人を一瞥し、彼女は冷酷に言い放った。「そのダズとかガズとか言う人達は、最初から、私たちにとっては仲間でも味方でもなかったはずよ」
「…ここにいる人達と同じように…」
グラシスは大仰に鼻で笑う。「…ふん。キルタ。お前の言い分の正しさなど、ここで話しても意味がない。…大事なのは、お前は俺との約束を守った、力を証明したってことだ」
「クハハハ。お前を低く見たのは誤りだったなぁ。実に有能。たいしたもんだ。褒めてやるよ、なぁ?」
「…その過程で、お前がダズとガズを殺ったかもしれない事なんざ、些細なことなんだよ」――凶相を満面に、彼は、はっきりと笑った。
「いいんだぜ、キルタ。俺たちもしっかり約束は守る。……だがな、お前がおじゃんにしたいって言うのなら、そっちに付き合ってやっても良い。……お前、自分の女にちょっかい掛けられて怒ってるんだろう?」
東堂さんが小さく囁く。「…怒ってるの?」
「怒ってますよ」
「…そう」絡めた手がギュッと握られる。状況とのギャップに混乱しそうだ。――そうする間もグラシスは、好戦的に高々と笑う。「それで?どうするんだ。俺が約束をしたのはお前だ。お前が選べ。こんなにもこじれたウチで働き、『迷宮』に行くか?」
「それとも愛想を尽かして出ていくか?」
「……はてさて……それとも……?」
(オヤジにゃ激怒されるだろうが。…やはりこいつらは、癪に障る!)煮沸する体液が内腑を熱傷し、裏側を糜爛させていく感覚。脳まで焼け付く劇薬の奔流に、グラシスは内心ほくそ笑んだ。
キルタ。――おかしな覆面を被る、少年魔術師。
当初の評価は低かったが、隠した力で特務騎士を全滅させたのならば、その評価は大きく覆る。確かにダズとガズを殺すだけの実力は備えているのだろう。
トードー。――フードで顔を隠す狂乱の美少女。
浄化の光を操りながら、イカれた哄笑に暴威を振るう狂戦士。――吹き飛ばされた左の中指がうずく。怒りがふつふつと、湧き上がるのが分かった。
そして、もうひとり。
「…待て、キルタ」
ソファーの上にふんぞり返るグラシスは、最大の疑念を込め、言った。
「…そいつは、誰だ?」
◇
体が細かく震え出し、白目を剥き、全身が痙攣し始める。
口の端からブクブク泡を吹く。窒息に喘ぎ、空気を求める様に激しく喉をかきむしる。
少しの間、グラシスは、その激しい死の舞踏を繰り広げる。――そしてぐにゃりと、ソファーの上に崩れ落ちた。
火のついたままの葉巻が、コロコロと転がった。「!!カシラぁ!!?」「…毒!?」戸惑いながらも戦闘態勢を取るも、アルコルが圧し潰す勢いで畳み掛けてくる。「お前か!お前がやったのかぁ!お前のすっかり隠した『スキル』で、お前がっ!!」
「【マジックボルト】がスキルだなんて、やっぱり嘘をついてたんだなあぁっ!!!」猛然と掴みかかる。覆い被さる巨躯の圧力。「このおおおおああああああっ!!!」
白いドレスローブの裾をたくし上げながら、全身をバネにした鋭い蹴りが放たれた。『ぁあああああああああああああああああっっっ!!!』
轟音、弾ける轟雷。巨体が跳ね飛び、ブチ割る程に壁に激突する。――部屋中が震え、天井からパラパラと細かい欠片が舞った。「やるじゃねえかぁっ!!」アルコルは喜色満面、埋まった壁から立ち上がった。
この展開、切田くんは流石に慌てた。「待ってください!僕じゃありません!僕たちは『迷宮』に行きたいんです!こんなことをする意味がない!!」
「何を今更ぁ!!?」必死の制止など意にも介さず、アルコルが吐き捨てる。
その時。
グイ、と、肩を掴まれて、切田くんは後ろに引っぱられた。(…なにっ!?)
……ざわりと、全身が総毛立つ。背後に人など、いるわけがない。
よろめく彼の耳に、微かな女の声。
「……殺したな?」
「……なぁ……」怨嗟に満ちる、若い女の囁き。
「……お前が殺ったんだろ?召喚勇者キルタ……」
「……答えろ……」掴む力が鎖骨にめり込む。……女の声が、憎々しげに問うた。
「……お前があの子を殺したな?」――背中に刃が、差し込まれた。