表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/80

三人いる!

 (とびら)()らし反響する、ドンガンドンガン(やかま)しいノック。(…うるせぇー…)切田くんは戦闘の(ため)身構(みがま)えるも、()()()()もする。(物に当たるなんてサイテー)裏から蹴飛ばし返したい。ドラムセッションだ。


 無機物への痛打に()められし、衝立(ついたて)向こうの()()()()()。……ここはとっくに敵勢力圏内。悪意に()ちた尖兵(せんぺい)襲来(しゅうらい)など、確定事項の一つに過ぎない。


(…ドアはかなり頑丈(がんじょう)に作られている。…ただし、内開き構造。このまま扉を()(やぶ)って先制してくる可能性もある…)慎重に思索を(めぐ)らせる。(…こっちが(さき)に、動くしかないよな…)


 採光窓は小さく、他に出口なし。監禁(かんきん)にも使える間取り。――(はか)らずも背水の陣、行き止まり(デッドエンド)だ。持たざる状況は、すぐにこうした窮地(きゅうち)を作り出す。


 それでも(ふところ)に隠し持つインチキ銃が、――不正や暴力への後ろめたさを越えて、今は強く、彼の精神力を(ささ)えている。(…ペンは剣よりも強し…)


(…なーんて(ほこ)らしげに言うけど。(よう)は社会を盾にペン(さき)扇動(せんどう)して、安全な場所から撃ったり(かこ)んで棒で叩けってことでしょ?)全力で偏見を振りかざす。(安全な位置からリスク無しで勝てるなら、そりゃあ、僕だって助かるんだけど…)


 ドア抜きでの射撃となる。ノックの主が用心深い相手であれば、その身体は扉の正面を()け、壁際へと隠れていることだろう。――しかし、このドンガン粗雑(そざつ)な打楽器リサイタルからは、敵の慎重さを読み取ることはできない。(…どうしよう。撃ってしまっていいのか?)緊張に、脂汗がしたたり落ちる。


 (きび)しい表情で(かま)えるふたりに、ドアの向こう、乱暴な怒鳴り声が投げつけられた。「勇者どもぉっ!カシラが帰ってきたぞぉ!『迷宮』に行かせてやるから、さっさと昨晩の報告をしろぉ!!」(……ん?)


(……あれっ?)意外な内容に、ふたりは怪訝(けげん)な顔になる。「…行って良いんですか?『迷宮』」


「そういう約束だったろうがぁっ!さっさと部屋から出てこぉい!!」


 攻撃の機先を()がれ、ふたりはすっかり困ってしまった。


「…どうしましょう…」


「…保留かな…」



 ◇



 ガバナの戦士アルコル。傷だらけの(いか)つい顔をした、巨躯(きょく)の男だ。胸板は分厚く、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)で横幅も広い。()(たけ)は優に二メートルを()え、見上げるとまさに巨人のようだ。ガバナ戦士団の黒い革鎧を着込んではいるが、その体躯(たいく)。いかにも窮屈(きゅうくつ)そうである。


 武器の(たぐい)は持っておらず、全くの無手(むて)である。……しかし、その威容(いよう)は、膂力(りょりょく)だけで敵を(くび)(ころ)すことなど容易(たやす)かろうと思わせる。


 ボコボコの扉を開け、警戒心を()()しに、覆面男とフードの女性が進み出てくる。――その矮小(わいしょう)なる所作(しょさ)睥睨(へいげい)し、アルコルは、ニタァ…と凶相を(ゆが)めた。「俺の言うことを聞いてぇ!ようやく出てきたかぁっ!!」


「……って、……何だそれはっ!?勇者どもぉ!!?」そして驚愕(きょうがく)し、()頓狂(とんきょう)な声を上げた。



「…なんで手をつないでるんだぁ!?」



 切田くんと東堂さんは、(から)めた手をガッチリとつなぎ、真顔で並んで立っている。


「…んんー?」怪訝(けげん)(つら)でジロジロと、顔をしかめて(ひど)く奇妙そうに、何度も何度も小首を(かし)げる。「…どういうことなんだぁ、これは…」


 ()()気づきを()たアルコルは、思わず叫んだ。「仲良しか、おまえら!?」


「そうよ」「そうです」ふたりはうなずく。


「…ぐぬぬぬ!」その事実に気圧(けお)された彼は、さらなる問題に直面させられる。「しかも部屋の中から、なんだかすごく良い(にお)いがするぞ!?…肉と、…何かだ!…さてはお前ら、なんか食ってたなぁ!?」


「食べてました」


「美味しかったわ。とっても」


「おのぉれえええぇぇぇぃっ!!!」()()()()()()で怒り狂った。屈辱(くつじょく)に衝動を吐き散らし、駄々っ子の如く地団駄(じだんだ)()む。建物全体が、グラグラと()れている。


 切田くんは無表情で、出し物の様子を(はす)に見ていた。(要は僕らを萎縮(いしゅく)させに来たのか。…お仕事なんだろうけど、わかりきったことは止めて欲しいな…)


「それにだぁ!!」巨人は裏返って豹変(ひょうへん)した。



「……ダズとガズが、……まだ帰ってこねえんだぁ……」



 涙目で鼻をすすり、(あわ)れな声で巨躯(きょく)(しぼ)める。……その落差に、切田くんは思わず絶句してしまった。


「…うう、お前について出ていったっきり、それっきりなんの連絡もねえ。…ふたりとも俺の大事(だぁいじ)な仲間なんだぁ。…気の良い奴らでよぉ。こんな俺にも良くしてくれてぇ…」(あふ)れる涙が(ほほ)(つた)う。鼻水と混ざり合い、ポタポタと床に落ちる。


「……なのに、お前よう、あの二人を一体どうしちまったんだぁ?」


「……殺したのか?」


「お前が殺しちまったんだなぁ?」


「…そうだろ、…うう、…きっとそうなんだろ。…なあっ…」



 ◇



(……こっちの()()()()()につけ込もうって事なの?)ダズエルたちを二度も死に追いやったことは事実だ。その事は確かに、心の(とげ)となっていた。――切田くんも内心を(ゆが)める。(…だからって、あの人達から一方的に襲ってきたことも、…東堂さんに卑劣なマネを仕掛けたこともっ!!何も変わらない事実じゃないかっ!!)


(……引くものか……)ギラギラした灼熱下(しゃくねつか)(ひそ)む、恒常性(こうじょうせい)の井戸の冷たさ。「やめてくださいよ。()()()()()


「…ああ!?」巨人はグスと鼻を鳴らす。「んだとぁ!?」


 切田くんが内なる戦意を引っ込める事はない。(…怒りに()()()()いては、頭も舌も回らない。…今はいっそ、(やぶ)れかぶれの精神。全てを投げ捨てる覚悟で…)「オカシラさんの前でなら話しますよ」


「俺を()めてんのかぁテメェ!?それとも俺に言えねえ理由(わけ)でもあるってんだなぁ!!?」


「…あなたに言って何の意味があるんです。難癖(なんくせ)をつける(ため)だけに聞いているんでしょう?時間の無駄です」冷たく、そっけなく、慇懃(いんぎん)な口調。


「報告は一番に、仕事を命じたオカシラさんへと(おこ)なうのが筋のはずです。あなたの様な腰巾着(こしぎんちゃく)を優先するのは筋違いでしょう。違いますか?」



 アルコルの顔が紅潮し、ふつふつと沸騰(ふっとう)していく。



「!!うがああああああああぁっっっ!!!」癇癪(かんしゃく)にズドンと壁を割り、脚を踏み鳴らして、アルコルは()えた。――建物ごと()らす振動、騒音が、幾重(いくえ)にも()()くす。


 手を(にぎ)()うふたりは、無言で()()くしている。


 ……やがて、(かん)の虫は一段落する。肩で息をし、()(つぶ)すみたいに(おお)(かぶ)さって、天井より物凄い形相(ぎょうそう)()めつけてきた。「……確かにお前の言うとおりだぁ。だがな、お前。……気に入らねえ!」


「もしお前が本当に、ダズとガズを殺したってんなら…」顔突き合わせ、指を突きつけて()える。「俺がこの手で(くび)(ころ)してやるっ!!!いいなっ!?わかったなっ!!」そして(きびす)を返し、ドスドスと歩き始めた。


 東堂さんが(あき)れた声で(つぶや)く。「……短気な人」


 巨漢が(わめ)く。「何してんだぁ!さっさと俺についてこいっ!!」


「それとその(にぎ)った手は離せぇ!!人前でベタベタと、俺にも(まわ)りにも見せつけてんじゃねえぞぉっ!!」



 ◇



 応接間のソファにて、グラシスは、ゆったりと葉巻をふかしている。……彼にいつもの精彩(せいさい)はない。貧乏ゆすりを自制し、苛立(いらだ)たしげに舌打ちをする。(よう)は酷く(いら)ついているのだ。(…まいったぜ、どうも…)


(『スキル』を植え付けられただけで強くなった気でいる、『正しい』気取りのガキを丁重に(あつか)えだって?オヤジも無理を言う。…まったく、そんなもん(たた)いて(しつ)けなけりゃ、つけあがるだけだろうが…)疲れた(つら)で天を(あお)ぐ。(正しさなど多元的(たげんてき)なものだ。心のままと言いくさり、上辺(うわべ)の気分を通すだけの正しさなど、ガキの癇癪(かんしゃく)と同じだ。…本当にうざったい…)


(そんな未熟な(やから)のご機嫌を取れと。即戦力なら()()()()でも何でも使えって?)葉巻を吸い込み、やれやれと深く煙を吹き上げる。(…勘弁してくれよ。子守のシノギなんざ埒外(らちがい)なんだよ)


(いい気分の『正しさ』なんぞ知ったことか。結局は力の押し付け合いだ。…いろんな形の暴力を押し立て、勝った側の言い分が『正しい』のが世界だ。そこは変わらねえ。……だったら、気分なんかに引っ張られるのは、負けに行くのと同義だろ。『間違い』ってことさ)


(負ければ何もかもおじゃんだ。勝たなきゃなんの意味もねえ。だからこっちは頭を使って、なんとか『正しき側』に自陣をねじ込もうと苦労してるんだろうが…)フンと鼻を鳴らす。――()()湧き上がる、不愉快に(ひそ)軽妙(けいみょう)さ。


(…まあ、そういう意味ではあいつらは、自分らの安い『正しさ』を、相手に押し付けるために、暴力をうまく使っているとも言えるが…)


(借りた力で()()をしているのが、実に不愉快だな…!)グラシスは(みずか)らの気づきに、皮肉げに口角を上げた。(不愉快。不愉快ね。…ハハ、それだ)


()()()()()()()


(クハハ。ムカつくわ、あいつら。そんな(やから)が俺の筋を曲げようなんざ、不愉快もいいところなんだわ。わかるか?気分が悪いってんだよ)


 ……疑念めいた感情が、よぎる。(…それとも嫉妬しているのか、俺は…)


「ふん…」(何の利益も生み出さない馬鹿な考えだ。無駄に感傷に流れただけだ)


(…第一、彼奴(きゃつ)らが昨晩の余勢(よせい)()って、襲いかかってくる展開だって十分にありうるんだ)


(それならそれで話が早いがな。…だが、あの圧倒的暴力。()たして俺で(しの)げるか?)大きくニヤリと、指輪だらけの左手を天にかざす。――そこにあったはずの、()けた中指を見た。



(…ククク…いいね、いい気分だ。随分怒りが()いてくるじゃないか!!)()()つ輸液が脳を焼く。愉悦(ゆえつ)と怒気入り混じる、(ゆが)んだ凶相。


 その時、強すぎるノックが部屋に(ひび)いた。カタカタれる調度品。(…来たか…)グラシスは鷹揚(おうよう)に構え直し、表情を引き締めた。


(はてさて、どう転んだものかな?クハハハ!)――さて、本番開始だ。


「アルコルか。入れ!!」



 ◇



 一番に目に入るのは、ソファーでふんぞり返るグラシス。……部屋にいるのは、彼ひとりきりだ。(…あれ?)切田くんは少し拍子抜けする。(昨日の(おど)(やく)がいない。…ああ、アルコルさんがやるのか。戦える(おど)(やく)がいるのなら、(かざ)りだけの(おど)しは無駄だものな…)


(…まあ、昨日の取り巻きの人たちだって、インチキ(チート)無しなら僕よりずっと強いんだろうけど…)ボコボコのボコだ。切田くんがグーパンで戦える相手は()()()()出てこない。低レート同士でマッチングしてほしい。


 眼前(がんぜん)、葉巻をふかす眼鏡男には、強く怒気が(ただよ)っている。「……おい、キルタ。なんだ、その(かぶ)りもんは」怪訝(けげん)な顔で鼻で笑う。


 そういえば、覆面姿で会うのは初めてである。「似合いますか?」


「…お似合いではあるだろうよ」


「どうも」


 怒気(どき)()がれた眼鏡男に会釈(えしゃく)する(かたわ)ら、深く(かぶ)ったフードの奥より発せられる、憎悪。……()()()とした殺気に空気が(こお)りつき、剣呑(けんのん)さが部屋に満ちる。


 (まゆ)をひそめたグラシスは、うんざり口調で言った。「キルタ、女の手綱(たづな)はちゃんと(にぎ)っとけ」


 切田くんはその(げん)(したが)い、手を伸ばして東堂さんの手を(にぎ)った。


「……」東堂さんはうつむき、お互いの指を(から)めた。


「……なにしてんだっ!、なんで手をにぎるんだぁ!!」「いい、アルコル」


「…そ、そうだカシラぁっ!?ダズとガズが帰ってこねえんだぁ!」(すが)る様に(うった)()ける。「…あの野郎ども、帰りに飲んで(つぶ)れてやがると(たか)(くく)ってたらよう!…そういや、見張りにつけてたワットも帰らねえ!」


「もう昼だぜ?…こいつらが何かしたんじゃねえのかな…きっとそうだぜカシラぁ…」


「報告しろ。どうなんだキルタ」


 切田くんは慇懃(いんぎん)な口調で返した。「ダズエルさんとガゼルさんは、死体になって(おそ)ってきたので交戦しました。見張りの人も死体となって(おそ)ってきましたが、それに関しては僕が倒しました」


「はぁ!?」アルコルの怒気が(ふく)()がる。「つまり、結局お前がダズとガズを殺したってことかぁっ!!」


 グラシスが手で制し、うながす。「続けろ。ダズとガズは誰にやられた?」


「盗賊に偽装(ぎそう)したこの国の特殊部隊と、『呪殺の魔女』です」


 ――眉をひそめ、眼鏡を押さえて指を当てる。爆弾発言。実に頭が痛い。「…『盗賊ギルド』と国とが、手を組んでいたと言うのか。お前は」


(キルタの(げん)が正しいのならば、目的は『出入り口』か。…ええい、厄介な問題ばかり増える…)


「特殊部隊は全員が魔術兵でしたが、全滅はさせました。これで『盗賊を一人で全滅させた』、という事でかまいませんよね?」


 ()()()()()()、と、アルコルが不思議そうに首を(かし)げる。「んんー?…何いってんだお前。そんな奴らをどうやってお前が倒したんだぁ?」


「『マジックボルト』でですよ」


「っ!!【マジックボルト(魔法弾)】で魔術師を倒せるかぁ!!それみたことか!ボロが出たぜ!!」鬼の首を()ったかの様に喜色満面、嬉々(きき)として言い立てる。「あいつらは『障壁』って見えない鎧を着てるんだ!【マジックボルト(魔法弾)】なんか通さねえ!嘘の下手くそめ!ゲゲゲ」


 ()()()()態度が一転、……コールタールみたいに(ねば)りつく、(えぐ)()む様な猜疑心(さいぎしん)へと変わった。「……ああ〜?やっぱりだぁ。……すっかり隠したお前の力で、お前がやったんだなぁ…?」


「!!やっぱりお前だぁ!!お前が奴らを殺したなあああぁっ!!!」


 弾劾(だんがい)(たけ)るアルコルを一瞥(いちべつ)し、東堂さんがほとほと(あき)れはてた声で言った。「ねぇ、この人に混ぜっ返させないで。わたしたちは『迷宮』の話をしに来ているの。…お膳立てをしておきながら手のひら返して、そんなにも昨日の続きがしたいのかな」


「それも魅力的なんだがなあ?」愉悦(ゆえつ)に口を吊り上げるも、グラシスはゆったりと()(とど)める。「アルコル、少し黙ってろ。俺を筋も通さねえ()()()()にするつもりか?」


「……チッ」舌打ちして(ほこ)(おさ)めるアルコルなど気にも止めずに、切田くんは淡々と報告を続ける。


「『呪殺の魔女』とは取引し、休戦しました」


「…何?」「それを死んでいたガゼルさんに誤解され、彼の『スキル』で周囲の死体をけしかけられました。…そのことが『魔女』の怒りを買って、彼らは『魔女』に粉砕(ふんさい)されました」


「報告は以上です」


「……」黙り込むグラシス。……その横、マグマ揺らめく岩石蒸気の重み。「……好きっ放題に言いやがって……!!」アルコルが、たまりかねたように(わめ)いた。「言わせてくれカシラぁ!!…このガキャぁ、ダズとガズとが殺られるぐらいの強さとやりあって、一人で無傷で帰ってきてよう!」


「帰るなり女と部屋でイチャついて、カシラに言われりゃ手ぇ(にぎ)ってイチャついて!」


「…その上で、()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」


「あからさまにおかしいじゃねえか!何もかも全部おかしいぜぇ!!」――反転。肩をすぼめ、しょんぼりと(なげ)く。


「…つまりこいつは、一緒に戦ったダズとガスを()()()()()()()()()()()()…」


「…素知らぬ顔でここにいる、って事だろうがよぉ…!」震える声。「……なんでそんな、(むご)いマネができるんだ、こいつはよぅ……」(…ぐっ…)覆面の下が(ゆが)む。(いまだ)(とげ)が刺さるのを感じる。


「切田くん。気にしては駄目」東堂さんが気遣(きづか)わしげに(ささや)きかけてくる。氷の視線で巨人を一瞥(いちべつ)し、彼女は冷酷に言い放った。「そのダズとかガズとか言う人達は、最初から、私たちにとっては仲間でも味方でもなかったはずよ」


「…ここにいる人達と同じように…」


 グラシスは大仰(おおぎょう)に鼻で笑う。「…ふん。キルタ。お前の言い分の正しさなど、ここで話しても意味がない。…大事なのは、お前は俺との約束を守った、力を証明したってことだ」


「クハハハ。お前を低く見たのは(あやま)りだったなぁ。実に有能。たいしたもんだ。()めてやるよ、なぁ?」


「…その過程で、お前がダズとガズを殺った()()()()()()事なんざ、些細(ささい)なことなんだよ」――凶相を満面に、彼は、()()()()()笑った。


「いいんだぜ、キルタ。俺たちもしっかり約束は守る。……だがな、お前が()()()()にしたいって言うのなら、そっちに付き合ってやっても良い。……お前、自分の女にちょっかい掛けられて怒ってるんだろう?」


 東堂さんが小さく(ささや)く。「…怒ってるの?」


「怒ってますよ」


「…そう」(から)めた手がギュッと(にぎ)られる。状況とのギャップに混乱しそうだ。――そうする間もグラシスは、好戦的に高々(たかだか)と笑う。「それで?どうするんだ。俺が約束をしたのはお前だ。お前が選べ。こんなにも()()()()ウチで働き、『迷宮』に行くか?」


「それとも愛想(あいそ)()かして出ていくか?」


「……はてさて……それとも……?」


(オヤジにゃ激怒されるだろうが。…やはりこいつらは、(しゃく)(さわ)る!)煮沸(しゃふつ)する体液が内腑(ないふ)を熱傷し、裏側を糜爛(びらん)させていく感覚。脳まで焼け付く劇薬の奔流(ほんりゅう)に、グラシスは内心ほくそ笑んだ。



 キルタ。――おかしな覆面を(かぶ)る、少年魔術師。

 当初の評価は低かったが、隠した力で特務騎士を全滅させたのならば、その評価は大きく(くつがえ)る。確かにダズとガズを殺すだけの実力は(そな)えているのだろう。



 トードー。――フードで顔を隠す狂乱の美少女。

 浄化の光を(あやつ)りながら、イカれた哄笑(こうしょう)暴威(ぼうい)()るう狂戦士。――吹き飛ばされた左の中指がうずく。怒りがふつふつと、()()がるのが分かった。




 そして、もうひとり。




「…待て、キルタ」


 ソファーの上にふんぞり返るグラシスは、最大の疑念を込め、言った。


「…そいつは、誰だ?」



 ◇



 体が細かく(ふる)え出し、白目を()き、全身が痙攣(けいれん)し始める。


 口の(はし)からブクブク泡を吹く。窒息に(あえ)ぎ、空気を求める様に激しく喉をかきむしる。


 少しの間、グラシスは、その激しい死の舞踏を繰り広げる。――そして()()()()と、ソファーの上に(くず)()ちた。


 火のついたままの葉巻が、コロコロと転がった。「!!カシラぁ!!?」「…毒!?」戸惑いながらも戦闘態勢を取るも、アルコルが()(つぶ)す勢いで(たた)()けてくる。「お前か!お前がやったのかぁ!お前のすっかり隠した『スキル』で、お前がっ!!」


「【マジックボルト(魔法弾)】がスキルだなんて、やっぱり嘘をついてたんだなあぁっ!!!」猛然(もうぜん)(つか)みかかる。(おお)(かぶ)さる巨躯(きょく)の圧力。「このおおおおああああああっ!!!」



 白いドレスローブの(すそ)をたくし上げながら、全身をバネにした鋭い蹴りが(はな)たれた。『ぁあああああああああああああああああっっっ!!!』



 轟音、(はじ)ける轟雷。巨体が跳ね飛び、ブチ割る(ほど)に壁に激突する。――部屋中が(ふる)え、天井からパラパラと細かい欠片(かけら)が舞った。「やるじゃねえかぁっ!!」アルコルは喜色満面、()まった壁から立ち上がった。


 この展開、切田くんは流石(さすが)(あわ)てた。「待ってください!僕じゃありません!僕たちは『迷宮』に行きたいんです!こんなことをする意味がない!!」


「何を今更ぁ!!?」必死の制止など()にも(かい)さず、アルコルが吐き捨てる。



 その時。



 グイ、と、肩を(つか)まれて、切田くんは()()に引っぱられた。(…なにっ!?)


 ……()()()と、全身が総毛立つ。背後に人など、いるわけがない。


 よろめく彼の耳に、(かす)かな女の声。



「……()()()()?」



「……なぁ……」怨嗟(えんさ)に満ちる、若い女の(ささや)き。


「……お前が殺ったんだろ?召喚勇者キルタ……」


「……答えろ……」(つか)む力が鎖骨にめり込む。……女の声が、憎々(にくにく)しげに()うた。



「……()()()()()()()()()()()?」――背中に(やいば)が、差し込まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ