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エンジョイする人々

「……はい?」当惑(とうわく)する。よくわからない。『魔女』ブリギッテが言うには、彼女は切田くんの腹の中に、爆弾を仕込んだらしい。なんか(すご)い。(……すっげー……)


(……って、……爆弾(ばくだぁん)……?)突然すぎて、イメージどころかなんの感慨(かんがい)()いてこない。見渡す限りの空間を()めるはてなマーク。そして宇宙。『なんやの』顔の猫。「…爆弾って、あの爆発する爆弾?」(僕の腹に爆弾を仕込んだ?彼女は今、そう言ったのか?…)



「……ぐっ……」(あわ)てて()()の下をさすっても、特にしこりのようなものは感じられない。(なるほど。分からん)――おそらく、爆弾が爆発すれば死ぬのだろう。少しは恐怖もよぎったが、もやもやした戸惑(とまど)いのほうが先に立っていた。(…実感が無いんだ。そんな事言われたって…)


「……ねぇ、ルイくん。……怒った?」ブリギッテは立ち上がり、大きなお(しり)土埃(つちぼこり)をパンパン(はら)う。(……怒ってないよ?)混乱しかない。


 少し(だま)り、慎重(しんちょう)に言葉を返す。「…つまり、こういうことですよねブリギッテさん」


「あなたは僕の命を(すく)ってなんかいない。僕の命を(にぎ)っただけです」


「……そうね。ごめんね?ルイくん」「(あやま)るぐらいなら、何故(なぜ)そんな……死ぬやつですよね。爆弾って」


「あなたのお腹に入れたのはこれよ」ガチャガチャ混み合うポーチから、小さな緑色の宝石を取り出す。――それ自体が(あわ)い光を(はな)つ、ピンポン玉程度の宝玉だ。


「『超高圧魔力爆石』。爆発とともに自らの破片を()()らすタイプ。魔力回線をつないで(そそ)げば、すぐにボン!よ。はいこれ」宝玉を差し出す。


「…なんです」


「私が作ったの。ひとつあげる」


「…どうも」素直(すなお)に受け取り、()()から学生服に()()()()しまう。――ブリギッテは、そんな彼の様子を、つぶさに()()()観察している。「……きみが素直(すなお)に受け入れてくれたなら、ずっと(だま)っているつもりだった。私だってあの()のことは(おぼ)えていたわ。だから、あなたを(つな)()める()()が必要だったの」


「…うん。そうね?…そう」


「…うふふ…君の言うとおり…」――凝視(ぎょうし)の『魔女』は口元を()()げ、優雅(ゆうが)に、ねっとり、(つや)やかに微笑(ほほえ)んだ。



「あなたの命…(にぎ)っちゃったぁ。…ふふ…うふふふふ…」



 ◇



()んだな)進退(きわ)まったことを、切田くんは(さと)った。……無力感が胸を突く。奥底から、大事な力が()けていく。


 実力では(かな)わない。逃亡も(ふう)じられた。ただ、天を(あお)ぐ。(終わった。抵抗不能だ。僕は()()、彼女の虜囚(りょしゅう)となって、何もかもを投げ捨てるしかない…)


(見返すことも、…東堂さんのことも…)ふと、光景がよぎる。――熱い感情の()もった、短刀を逆手(さかて)(にぎ)る、二つ年上の彼女の姿。


 ……意志の力が(もど)って来るのを感じる。(…僕が()んだら、東堂さんだって()むんだ。わからないのか!?あのまま(ほう)っておけるものか!!)


(まだ僕が死んだわけでも、動けなくなったわけでもない。とにかく突破口(とっぱこう)を、穴を(さが)すんだ)「それで、どうなれば僕は死ぬんです?」天を(あお)いだまま、ボソリと発声する。


「……」『魔女』は(くち)(つぐ)んだ。向けられるのは感嘆(かんたん)と、猜疑(さいぎ)眼差(まなざ)し。「その落ち着き、本当に(こわ)いくらいね。今のあなたからは恐怖も、嫌悪(けんお)のかけらさえも見えない。……私が(にく)くはないの?」


 ――『精神力回復』にコントロールされた昏い感情が、()()()()と正しい回答を(さぐ)る。(ブリギッテさんが必要なのは、僕の『精神力回復』だ)


(彼女も同様に、スキル効果への依存心(いぞんしん)を僕への感情だと考えている。…だから、『(にく)くはないのか』と過剰(かじょう)に気にしている)


(…つまり、ここまでしたのにブリギッテさんは…)


()()()()()()()()())「…おかげて死なずに()んだんです。敵だったんですよ?感謝こそすれ、(にく)しみはありませんよ。ブリギッテさん」


 ブリギッテはあからさまにホッとした。「大丈夫よルイくん。安易(あんい)に爆破なんてしたりしないわ?…だってそれは、私たちの大切なつながり」……意味有りげに、ニンマリと笑う。「…(きずな)ですものね?」


「だから決して自分でえぐり出そうとしないで。そんな(きずな)()(かた)、…とっても(さび)しいわ?」


「私をなんとかしようとしないでね?…だって、そんな関係(さび)しいじゃない…」


「そして、このことは誰にも言わないで。ふたりだけの秘密にしたいの…」


「…どう?」


(①えぐり出さない。②危害(きがい)(くわ)えない。③爆弾の情報を人に話さない。…この3つが起爆(きばく)の条件か。それか、直接魔力を(つな)いでボン)「(おぼ)えておきます。僕はこれからどうすれば?」


「……」少年を眺める猛禽(もうきん)の眼に、()()()()と熱が()もっていく。「…ねぇ、ルイくん」「なんです?」「……私はきみが欲しいけど、君の心も欲しいのよ?」


 火傷(やけど)する(ほど)に熱い眼差(まなざ)し。(かざ)りに()かぶ、酷薄(こくはく)な笑み。ねっとりと、()(まわ)すように、『魔女』は少年の顔を見つめ回す。


 ――そんなことを言われた所で、心の中では(すで)決裂(けつれつ)している。切田くんは無反応(むはんのう)(つらぬ)く。


「あなたは私に屈服(くっぷく)しなければならない。…それが、あなたの心の熱を()ますことは、私にもよく()かる…」彼方(かなた)高揚(こうよう)に想いを()せて、(くちびる)()()()()め、彼女は笑った。「ふふふ。(いや)がるきみを(やさ)しく()みつけて、足を()めてもらうのも悪くはないけど…」(……なにっ!?)切田くんは(はげ)しく興味を引かれた。


(くわ)しく。ご褒美(ほうび)かな。…待て、ふざけている場合じゃない。でも)動揺(どうよう)する少年に気づくことなく、『魔女』は(そら)んじる。「対価(たいか)を用意するわ。私への屈服(くっぷく)()()う、あなたの心を動かすのに十分な対価(たいか)を」


「……ねぇ、ルイくん。……私、()()()()()()?」


 (あや)しき上目遣(うわめづか)いに、パラフィン紙みたいにうっすらと笑う。「……でもね、私ときみは同じ()()。だからあなたの欲しいもの、興味(きょうみ)のあるものぐらい分かる」


「富は?贅沢(ぜいたく)のためじゃない。生活と安寧(あんねい)を守り抜くための財産。防衛費」


「名誉は、…別にいらないよね?(うるさ)いし」


「戦うための知識や力は?もちろん必要だよね」


「……私は?……いらない?」ひとつひとつの反応を、彼女はじっと覗き込んでいる。



(うぅっ…)切田くんはすっかり心を読まれた気がして、たじろいだ。



「うふふ…」(うれ)しそうに、嫣然(えんぜん)と、『魔女』は笑った。




「ルイくんの()()()()()




「…ねぇ…()()()()()()()()()()?」妖艶(ようえん)なる『魔女』ブリギッテは挑発的(ちょうはつてき)に覗き込み、(みずか)らの両手のひらを、――白い太ももから腰、くびれた体のラインに沿()って、()わせる様に(なまめ)かしくなぞる。「…さあ、対価(たいか)(たし)かめ()いましょう?」


「…昼も夜もわからないぐらいに、何度も、何度でも」


「…心の熱も…体の熱も…()ざっておなじになるぐらい…」


 丸みをなぞり、(……ふくらみが大きく()れる)(さそ)う両腕を、ゆっくりと、(あや)しく()()べる。――(くちびる)()()げ、笑った。「……ね?ルイくん……」


「本当は、ルイくんも、そうしたいんでしょう?」


「うふふ。…()()()()ね…」



 奥底を覗き込んだまま、ゆらゆらと夜魔が近づく。



「……()()()()?」



 気圧(けお)され、ざわめきに翻弄(ほんろう)されて、切田くんはわけもわからず半歩下がった。(……うあぁ……)


 ……吸い込まれる。



 (のぞ)(ひとみ)()れるくびれた肢体(したい)から、魅入(みい)られた様に目が離せなくなっていた。



「……うふふ。捕まえたよ?ルイくん……」頭蓋(ずがい)(ひた)雑音(ざつおん)が、(はる)か遠けき意識を()める。「……ほら、……いいんだよ……?」



「……大丈夫。……安心して……」



「……そう。……それでいいの……」



 (やさ)しき拘束(こうそく)(やわ)らかさに()ずもれ、すっかり()らわれてしまう。――もう、わけがわからない。鼓動(こどう)(つつ)まれ、(みゃく)(うるさ)い。息苦(いきぐる)しさにのぼせてしまう。


「……ルイくん?……ルイくん……」焼き切れた景色(けしき)()こう。熱く(とろ)ける淫靡(いんび)な声が、――(かす)める(あま)やかな(くちびる)から、酷く奇妙に(ゆが)んで響く。



「……さあ、見せて?……貴方(あなた)(なか)……」


「……見せ合いましょう?……」


「……ずっと一緒(いっしょ)に……()()いましょう?……」


「……ね?……いいよね?……ルイくん……」



 夢うつつの意識を、(しび)れが(うめ)める。切田くんはもう何も考えられなくなっていた。(…緊張(きんちょう)(ふる)えが心地良(ここちよ)い。…本当に()けていく感じがする。なんだか、すごく(しあわ)せな気分だ…)


(……なんだっけ……なんで駄目なんだっけ……)




「……(なか)が……いいんだな」




 薄暗(うすぐら)き声が、闇夜に(ひび)いた。



 ◇



「誰っ!?」(するど)誰何(すいか)。ブリギッテはすぐさま()退(すさ)って腰の短杖を()いた。


 突如()(はな)たれた半溶(はんと)け(デロデロ)切田くんは、……よろめき、(かす)みがかった頭で、(……?)ぼんやりと(あた)りを見回す。


 魔法の灯火(ともしび)薄暗(うすぐら)()かぶ、損壊(そんかい)に倒壊不安を呼ぶ木賃宿(きちんやど)。――(かげ)より()()()と、痩身(そうしん)の人物が進み出てくる。


 長身で壮年(そうねん)の、夜の霊安室(れいあんしつ)を思わせる蒼白(そうはく)な男。……()()黒革鎧は血に(まみ)れ、手足はダラリと脱力(だつりょく)している。つっかえ棒みたいな立ち姿。


 腰に()びるはサーベル状の曲剣(カットラス)。男がそれに()れる気配(けはい)はない。――切田くんには心当(こころあ)たりがあった。「…ガゼルさん?」たいして話をした相手ではない。そう呼びかけることさえ、なにか間違っている様な気がした。


「……ふぅ……どうやらやっと、頭がスッキリしてきたぞ。キルタ……」夜に浮かぶ、()()のない立ち姿。……(たたず)幽霊(ゆうれい)を思わす男が、ボソボソ呪言(じゅごん)(つぶや)きかけてくる。「…血が足りないと、頭がボーッとするんでな。…正確に頚椎(けいつい)()()られた事もあるのだろうが…」用心深く杖を(かま)えるブリギッテに、怨念(おんねん)みたいに、ゆらりと、幽鬼(ゆうき)の視線を()ける。


「…ダズエルの『アイアンフェイス』を()いたのか。…『呪殺の魔女』」


「…すごいものだ。お前の(わざ)なら()()()けるのか。…まいったな。…試行(しこう)()りなかったようだ…」


「…まあ、(たし)かに、そういうこともあるのだろう。…無敵の防御など…存在(そんざい)しないものだ…」


「……ところで……」――()()()()螺子曲(ねじま)げたガゼルは、奇妙な体勢のままボソボソと問いかけてきた。「…つまり、裏切った。…と、いうことでいいのか?キルタ…」


(……はぁ?)切田くんは意表(いひょう)を突かれた。(いわ)れのない言いがかりに、ブクブクと不快感が()()がる。「裏切ってなんかいませんよ。和解(わかい)したんです。ご指定の盗賊は全滅させましたし…」




御託(ごたく)を言うなぁっ!!裏切り者がぁっっっ!!!」




 ――豹変(ひょうへん)死相(しそう)憤怒(ふんぬ)(ゆが)ませて、螺子曲(ねじま)げガゼルは怒鳴(どな)()らした。「裏切り者め!!裏切り者!!裏切っておいて()(わけ)をするな!!このっ…裏切り者がっ!!」


「クズが!!」強張こわばる少年を手酷(てひど)(にら)みつけ、ガゼルはギリギリと歯を(きし)ませる。噴飯(ふんぱん)やるかたなき形相(ぎょうそう)。親の(かたき)を見る(ほど)に焼け付く(とげ)(にら)みつけ、


 ……突然、生気のない顔に戻って、ボソボソと言った。「…気にするな、キルタ…」


「…えぇ…?」なんじゃいな。思わず眉根(まゆね)()せる切田くんに向け、くぐもった声でボソボソ答える。「…いやな、もともと俺はしゃべる方ではないが、この『スキル』が宿(やど)ってからは、どうにも感情が(うす)くなってしまってな…」


「…こうして、感情のあるふりでもしないと、なにか(さび)しい気がしてな…」


「…まぁ、冗談(じょうだん)だ。…たかだか冗談(じょうだん)じゃないか。何を怒っているんだ?…心が(せま)いな。気にするなよ、こんなの…」()()()と動き出す。背を向けて歩き去ろうとしている。


「…どこに行くんです。そんな怪我で」「…怪我…?」首の後ろに手を当てる。……ドロリと液体が吹き出した。「…まあ、こんなの気にするな。乳繰(ちちく)()いの邪魔したな…」


「…なぁんてな。…冗談だ。…乳繰(ちちく)()いか。…ハハ…面白いな…」そんな些事(さじ)という(てい)で、再び()()()(あゆ)みを(すす)める。(なんなんだ、この人。…わざわざ出てきて口を(はさ)んでおいて…)


(…でも、…何だ?…(なに)か、嫌な予感がする)「一人で行ってどうするんです。一緒に戻ればいい」


「…そうはいかないさ。俺はお前より、先に(つか)かないといけないんだ…」


「どうして」「…報告(ほうこく)をしないといけない…」足を止めずに歩き去るガゼル。(……)


(…だっ、駄目だ。…嫌な予感が…消えないっ!?)()()てる不快衝動(ふかいしょうどう)()され、切田くんは意地でも()()がった。「何の報告です!?」


 慣性(かんせい)めいた動きで、ピタリと止まる。……首をぐるりと、(ふくろう)みたいに(まわ)した。――うなじの傷口が()()()()()ける。液体が()()し、ドロリと()れた。




「…裏切りの…報告だ」




 ――そして、豹変(ひょうへん)。「ギャハァ!!カシラに言いつけてやるぅ~!!ハハハッ!!ハハッ!!ギャハハのハァー!!!」


「言ぃ〜ってやろ、言ってやろ。カ〜シラ〜に〜言ってやろ!!」死に顔満面に宿(やど)生気(せいき)。道化師みたいな笑みを浮かべ、ギョロリと(まなこ)を限界まで見開(みひら)いて、()()()()と、黒板に(つめ)を立てて(よろこ)ぶみたいに(わめ)()らした。「うひゃひゃひゃひゃ!ざまあねえなあ、裏切りキルタ!!お前みたいな(きたな)いやつは、そのまま死ね!」


()(かこ)まれて、()()められて死んじゃえバーカ!!!キャハー!!」――そして、首をぐるりと、背筋(せすじ)をピンと()ばした()()()()()フォームで、物凄い(いきお)いで()()っていった。


 呆然(ぼうぜん)見送(みおく)る。「…なんなんだ。あの人…」


 ……思わす()()()とし、(さけ)んだ。「まっ…『マジックボルト』!!」(はな)たれた光条は、走るガゼルの背で()(えが)き、()れた。「あっ…」


 ()()首を後ろに回し、哄笑(こうしょう)する。「『スクロール・オブ・ミサイルプロ(飛翔体防護の巻物)テクション』だよぉっ!!下手くそぉ!!ギャハハハ…!!」狂笑(きょうしょう)が遠ざかる。――夜の闇に()け、見えなくなった。



 ◇



(……?)切田くんは呆然(ぼうぜん)と、ガゼルが消えた夜の向こうを(なが)める。(…いやいやいや、駄目だろ。…裏切りの報告?そんなことされたら、『迷宮』どころか僕も東堂さんも…)物事(ものごと)がうまく(つな)がらない。(…や、ヤバい…?)「…ま、待て!」実感(じっかん)無きまま、(あわ)てて()()す。


「えっ…」


「…ま、待って!!」走り出す背中に()()ばし、(さけ)ぶ。切田くんは咄嗟(とっさ)に振り返った。



「…っ…!」ブリギッテはその表情に、(いき)()む。



 切田くんの姿(すがた)は、そのまま闇夜の中に消えた。「待ちなさいっ!」


「…待って、ルイくん……爆弾の話は?私との(きずな)は…」


「……だってほら、ねぇ?……熱の交換とか……これからの事だって……」当惑(とうわく)する。よくわからない。力なく笑い、差し出した手を、心細(こころぼそ)げに()ろす。


「…どうして、…どうしてこうなってしまうの…」彼女は立ちすくみ、ふたりの去った闇の(とばり)を、どうする事も出来ずに悲しげに(なが)めた。




 ……突然、ガタガタと騒音(そうおん)




「誰っ!?」(するど)き目線に、即座(そくざ)()()く。「……ヒッ!?」()()()(いき)()んだ彼女は、(おのの)きながらも()退(すさ)って、それでも気丈(きじょう)に短杖を(かま)えた。


 ――悪夢の光景。あるいは悪趣味(あくしゅみ)なジョークフィルム。


 (うごめ)く人影が、蛆虫(うじむし)みたいにズルズルと()い出てきている。……(くず)れかけた建物。壁の穴。割れたドア。断末魔(だんまつま)の幼虫が、隙間(すきま)から、次々(つぎつぎ)()い出てきている。背中をえぐられたもの。肩を吹き飛ばされたもの。腕がブラブラしているものや、もげてしまったものもいる。


 そして、ひとりだけ身なりの良い、脇腹から飾り剣を生やした男。「特務騎士ハインツ…!?」『イヒッ…イヒイ!少年!しょうねーん!』(あり)(たか)られる芋虫みたいに()()()()と身じろぎ、ヘラヘラ笑った。


『…あ、どもー。魔女さん、おつかれーっす…』続いて、肩を吹き飛ばされた副長が、他の盗賊たちがヨロヨロと立ち上がり、話しかけてくる。『おちゃーっす…』『うぇーい。うへへ…』


「…はぁ?」生気のない表情。枯渇(こかつ)した傷口。内臓のはみ出ているものもいる。――死体だ。死体達が動き、(しゃべ)っている。『あぁ~、なんか人()いてえなあ』『冷えるよなぁ、今夜は。なにか()わんときっついわー』


『魔女さんから行っちゃうんすかぁ?前からめっちゃめちゃうまそうだと思ってましたぁ!』ゲヘゲヘ下品に笑う者。……『えぇ…?』しかし大半(たいはん)は嫌そうだ。『…何言ってんだコイツ』『絶対駄目だろ。魔女さんクッソ(つえ)えもん。ヤベーわマジで』『そのへんの家襲ったほうが旨味(うまみ)あるよな』『…だめぇ?』『駄目(だめ)だっての。ほら、臓物(ぞうもつ)しまえ。フラフラすんな』


『少年を殺すのが先だろ?そんな毒電波(どくでんぱ)がビビビーッって()って()てるし。…隊長、どうします?』


 ()まれたての小鹿(こじか)みたいなハインツ隊長は、首をブルンブルン回し、楽しそうに哄笑(こうしょう)する。『イヒヒッ!ヒヒャハ!少年!しょうねーん!』『ほら、そうだって』『…隊長これ大丈夫?穴から脳みそ()れてない?』『ノ゛〜ミ゛ソ゛〜』『うっさい!』


「ちょっと待ちなさい!……何?……あんたたち!?何なの!?」


『サーセン魔女さん!別任務っす!ほら隊長。この(ぐらい)でシュンとしない』『ギルドの方はテキトーにオナシャース。シクヨロ』「はぁ?…ちょ、ちょっとっ!ふざけな」


『つか離されてません?俺ら』『やばいって!』『やっべ!走れ、走れ!』『なんか楽しいこれ!ヘーイ!』『しょねーん!イヒャヒャヒャ!!』


『隊長!行きますよ!さあ、立って走って!!』『本当に大丈夫なのかよぉ!?』ブリギッテなどに目もくれずに、死体たちはバタバタと走り出した。……最後の一人が立ち止まる。『…一緒に行きます?』


「…だ、誰がっ!!」『ウェーイ』瞬時に走り出す。「…はぁっ!?」


 ブラブラしていた腕がちぎれ、(ころ)がる。そのまま彼らは、もの凄い勢いで闇へと消えていった。



「……何なの」


 ブリギッテは釈然(しゃくぜん)としない顔で、心底腹立たしげに叫んだ。「何なの、ふざけてっ!!…全部、全部、全部っ!!」


「…ほんっと、なんなのよ…」


「……ルイくん……」パスンと(ちから)なく地団駄(じたんだ)()み、うつむく。


 地面のちぎれ落ちた誰かの腕は、しばらくピクピクと動いていたが、――やがて、静かに動きを止めた。

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