決裂
「そうだ!君の仲間も一緒に連れてきたまえ!我々を倒したという口実で、ガバナから奪い返してな!…どう思うね諸君!?我が気配りの力を!!」変なポーズで胸を張る隊長を筆頭に、偽装盗賊たちは無責任に盛り上がる。
「いぇー」「うぇーい」「出たよ、いつもの」「『する偽善』っすね。隊長得意の」
「うるさいぞ!!そこっ!!……ええい、どうせ証人も居ないことだし、好き勝手に手柄を盛るが良い。たかだかそこらの盗賊ごときに、少年の【マジックボルト】を防ぐすべなど持ち合わせてはおるまいよ。うむ、それがいい!」
「俺らそこらの盗賊ですよ」「おおっと、これはしたり!」ハッハッハと、わざとらしく笑う。
「…証人がいない?」切田くんは、外にいるはずのマフィアたちを思う。
「ああ、外にいるガバナの戦士どもか?奴らなら今頃、とっくに殺されているだろうよ!!」(……ダズエルさんとガゼルさんが殺られた?)
「ふふん。口ばかり達者で気難しくとも、腕が立つのが出ておるのだ。運が良かったなあ少年。んん?」(……強力な仲間が、まだ外にいるのか……)懸念材料が増えていく。ひとまず、最大の懸念について話を聞いてみることにした。
「仲間の『スキル』は強力です」
「…んむ!……それはだなあ…」隊長は気後れして口をつぐみ、笑いを引っ込める。
「…僕は一体、これからどうすればいいでしょうか」切田くんが作った懇願の声は、本人が思っていたよりも弱々しく響いた。……彼らは顔を見合わせる。
「…まあ、【ブレインウォッシュ】で安定させるしかないよな」
「なんとかする方法があるのなら、今までだってなあ…」
「出来るとしたら、仮に【ブレインウォッシュ】を施して、『神代の迷宮』の新魔法やマジックスクロールに望みをつなげることぐらいじゃないか?」
「スキルを封じるマジックアイテムだって、もしかしたらあるんだろ?」
切田くんはどこか昏い表情で、彼らの様子を見ていた。……突きつけられた剣たちは、既に緊張感を失っているように見える。「…その、剣!いいんですか?」
「ああ」「引け引け!」盗賊たちは各々に剣を引き、鞘に収めていく。……そして、口々に思うところを吐き出し始めた。
「いいから一緒に来いよ。こういう事はひとりで何とかしようとするものじゃない」
「そうそう。思い詰めるのは良くないよな」
「隊長だって、自分が渇く仕事をしてるからああ言ってるんだよ」
「余計な茶々を入れるな!良きことに手間金を払うのだ、誇らし遊びの良い気分でいればよかろうが!!」
「別に俺らもそれでいいですって」
「召喚勇者絡みはどこもガチャガチャしてるしなあ。無理やり召喚してるのを薄めようとして」
「うちの上の方でだって処遇は問題になっただろ。人道にもとるって」
「タカ派がすぐに喚き散らすんだよ」
「うちはスキルと魔法と迷宮頼みの小国だぞ。簡単に切れるかよ」
「すみません。みなさん」切田くんの深刻な声に、盗賊たちは相好を崩した。「いいって。気楽にな」
「うちの隊長はこんなだけど、割とちゃんとしてるからさ」
「ええい、だから余計だと!!」
「はいはい。で、どうします隊長。少年がいればガバナの出先のひとつは潰せますよ」
「そうだな!!少年。……今までよく頑張った。我々は君を、十全に救うことなど出来んが……」隊長は適度に相好を崩し、芝居らしからぬ落ち着いた態度で、切田くんの素顔をじっと見つめる。
「…君が奪われ失ったものを取り戻すための戦時糧秣。多少のとまり木にはなる事も出来よう。…だから今は、一旦我らとともに…」
「……待て、少年。……何をしている……?」
「どうかしました、隊長?」「なんです?」盗賊たちがざわめく。
隊長だけがこの場の危険を感じ取り、血相を変えた。「何故こんなにも、外が明るくなっている!?答えろ、少年!!!」
――半開きになったドアの向こう。木賃宿の壁際に、十の光球がフワリと浮かんでいた。『飛ばないマジックボルト』。切田くんがそう呼んだものだ。それらは追加で流れ込む力によって光を強め、今は、夜を昼間に変えるが如く煌々と輝いていた。――ドアの隙間から、強い光が差し込む。
隊長は憤怒に形相を変え、スラリと、装飾された長剣を抜いた。
その姿を切田くんは、昏い瞳でじっと見ていた。
(遅い)
「『マジックミサイル』、一斉発射」
壁が内側に、大きく爆発した。
◇
木片や漆喰、藁等の破片が散弾状に飛び散り、――眩しく輝く十の光弾が、損壊の狼煙を引いて一斉に十人の盗賊へと襲いかかった。――着弾。
弾けて入り混じる血肉とエネルギーに、九人の身体が吹き飛ぶ。照明が消失。暗転する空を穿ち、頭上を破った最後の致命の光球も、刳る軌道で正面の隊長に襲いかかった。
軌跡を描き振り上げられた飾り剣が、輝く光球を弾き飛ばした。「『パリィ』!!」
叫びと同時に振り上がった長剣が、踏み込んで袈裟斬りに斬り下ろされた。
(なにぃっ!!)切田くんは戦いの素人だ。避けるどころか逆に体を強張らせてしまう。(……動けぇっ!!)それでも『精神力回復』が軋みを上げて、斬撃を避けるよう指示を出す。……極限の集中が、全てをゆっくりした動きに見せている。(間に合わない!?吹っ飛べ!!)体が横に吹き飛んだ。
突如出現した別の大きな光球が、肩にぶつかって爆ぜたのだ。――ゆっくりと動く世界の中、切田くんは思う。(通常弾の威力はそのままに、着弾面積だけを膨らませたドッジボールの『マジックボルト』。…痛いなこれ!?)
既のところで長剣が空を切る。隊長の瞳がギラリと光り、巻き込む軌道で横薙ぎに追った。
血液が、舞った。
切田くん、そして九人の盗賊たちの身体がほぼ同時に床に跳ね飛ぶ。(がはっ…!!)
「きぃああああああああああああああああああっっっっ!!!」裂帛の気合に踏み込んだ剣撃が、倒れた切田くんに襲いかかった。(うわああああああっっ!!)切田くんの脳裏に、はっきりと死がよぎる。
「ま、多連装『マジックボルト』!」左右虚空から放たれた何発もの光条が、振り下ろされし剣身を激しく弾く。その切っ先は、カッター刃みたいに粉々に折れ飛んでいた。
「けぇええええええええええええええええええっっっっ!!!」何の迷いもなく剣を放り、勢いのままに拳を固めて踊りかかる。喉に拳を突き込まれ、「げうっ!!」襟首を掴まれる。
腹にまたがり膝でガッチリ固定される。襟首が締め上がり、握り込んだ鉄槌が顔面に振り下ろされた。
「がっ!!」
二度、三度。
四度、五度、六度。
「ぐっ!!、がっ!!」隙間を縫った死物狂いの『マジックボルト』が、『障壁』に弾かれ、消える。
(死ぬ…!?)世界が歪む。意識が途切れ、消えていく。
(死にたくないっ!!嫌だっ!!)もがく手先が、何かに当たった。切田くんはそれを掴み、ただ横っ腹に叩きつけた。
「…むっ!!」
鉄槌が止まる。――脇腹に生えたそれは、見事な装飾が施されている、隊長の折れた長剣だった。
一瞥すると、再度拳を握り、少年の顔面に鉄槌を叩き込む。……折れた剣を握る手が、緩む。
(嫌だ!嫌だっ!!)朦朧とする意識の中、切田くんはしわがれた声で叫んだ。
「『マジックボルト』!!」
折れた剣を握るすぐ横で発生した光弾が、突き出た柄に叩き込まれた。隊長の腹に、剣がねじ込まれる。
「…ぐぅっ!!」たまりかねたように襟首から手を放し、切田くんの腕へと手を伸ばした。
「『マジックボルト』!!」
柄に光弾が叩き込まれ、折れた剣がさらに腹にねじり込まれた。
「…ぐあああああっ!!」隊長は痛みのあまり、のけぞった。
「…鎧を貫く『マジックボルト』」
僅かな時間の溜め。金切り声を上げる光の杭が、『障壁』と彼の顎とを突き破り、脳天を抜けて、天井に小さな穴を残した。
わずかな硬直。……重みが後ろに倒れていく。切田くんの脚に絡まるように、それはドサリと床に転がった。
◇
荒い息を吐き、辛そうに起き上がる。
顔はボコボコにうっ血し、(腫れ上がるのも時間の問題だ)肩はいつの間にか切り裂かれて血に塗れている。……未だ垂れてくる、鼻血を拭った。(…これじゃあ外を歩けないな)
損壊した壁穴より差し込む月明かり。床に転がる、死骸の惨状。
副長と呼ばれた盗賊が、切田くんの覆面を握りっぱなしでいる。……極限までチャージされた『マジックミサイル』の爆発によって、背中と肩を刳り取られている。それでも他の盗賊たちと比べ、損傷は少ない。
水袋の覆面をむしり取ると、副長はわずかに身動ぎした。「…生きていたんですか」切田くんは平坦な声で言う。そして、ボコボコの顔を隠すように覆面を被った。「痛っ…もう謝りませんよ」
副長は薄目を開け、呻きと共にかすれ声を出す。……空気の漏れ出す、ひゅうひゅうとした音。
「…何故、こんなまねをした…」
「僕にこうさせたのは、あなたがたの国ですよ。僕はこの国の召喚勇者です。この国の組織さん」
副長は、驚愕に顔を歪め、そして破顔した。
「…ははっ…復讐、というわけか…」
「……復讐ですって?」
心外であった。復讐などと考えたこともなかったのだ。胸を激しい不快感が満たす。――『精神力回復』が、ガリガリと異音を立てている。
「…都合ですよ、こんなもの。あなた達はただの、コラテラル・ダメージです」副長は、すでに事切れていた。
「…ああ、くそっ…」
切田くんは腹立たしげに言い放った。
「…そこらじゅう痛いな。もう…」