駄目な話
(出てきたところを即座に攻撃する、『こんにちわ、死ね』の作戦だ。…『マジックボルト』は詠唱時間のない即応遠距離攻撃。相手よりも僕のほうが、絶対に速い)
敵の根城をご丁寧にノックするような、……ナンセンス。極めて馬鹿馬鹿しい状況。だとしても切田くんは、この奇妙な『作戦』を、極めて大真面目に遂行していた。闇に紛れて敵アジトへと接近、味方を装ってのドアアタック。何もおかしな事など無い。
古来より人類は、自らの闘争本能に従い、『弱者の淘汰』という生存戦略を強硬に推し進めてきた。
そして己が弱者たらしめんと欲す、あるいは逆に貶めんと襲い来る怨敵を、効率的、一方的に排除するために、――いつしか人類は、知恵による冷たい方程式『戦術』を用い始めた。
積み重なる智略と怨嗟の歴史を通じ、凝縮されて、現代まで因果を繋いだ事象の末葉。情報の収束により研ぎ澄まされし、効率的暴力の最先端。
――それが『ダイナノックエントリー』、そして『こんにちわ、死ね』作戦なのだ。
(とはいえ、油断は死を招く。先制された場合には、魔術兵の【マジックボルト】を叩き落とした『マジックボルト迎撃』を使う)
弾道直線の性質と、ゾーン内、刹那の思考を合わせれば、『マジックボルト迎撃』は他が思うよりも容易い。ホップする通常矢弾のほうが面倒くさいぐらいだ。(…投射物や矢弾はもちろん、近接攻撃だって同様に弾けるはずだ。返す刀で掃討を実行…)
(初動に対応後、素早く建物内の敵戦力を確認し、…タリホー。多連装で残敵を処理する。手加減なし。…作戦終了)
切田くん本体を囮にした、理外の『スキル』攻撃を仕掛けるのだ。――武装せず、構えも見せず、詠唱も行わない。無防備を装った、無拍子での意識外攻撃。(…いくら何でも通るでしょ…)成功率は高いように思える。
とはいえ、敵の攻撃範囲へと身を晒す事にもなる。刹那の油断が死を招くことは、間違いない。(建物ごと蜂の巣にする作戦も考えてはみたけど、…駄目だな。取り逃す可能性を捨てきれない…)
(一人二人の取り逃しにケチをつけそうな人達だ。ぐうの音も出ないほどの結果が必要なんだ…)
(…『迷宮』に行かなきゃ先に進めないんだから、奴らの言いなりになって、無関係な盗賊を殺す事も、…こうやって、危険の中に立ち入ることも…)気持ちを奮い立たせようと、三度強くドアをノックする。
「誰かいませんかっー!」(…頭では正しいとわかっているんだ。迷いは全部、『精神力回復』で押し殺せばいい)反応は無い。ドアノブに手をかける。(鍵は…かかっていない。不用心だな)
ゆっくりと、根城のドアを開けた。「入りますよー?」(……暗い?)
建物の中は真っ暗だ。発動済みの【ディテクトマジック】にも反応はない。(…居ないのか?)中に半歩、踏み出す。
瞬間、ガチャガチャと音が鳴った。――差し込む月明かりに、銀光がきらめく。
「あっ」ざわりと、全身が総毛立った。
喉、胸、脇腹。様々な箇所。両側に潜む盗賊たちによって、切田くんは一斉に剣を突き立てられていたのだ。
◇
「…隊長、殺しますか」暗闇より、細く鋭い是非の声。
「まあ待て。そいつは『障壁』どころか何の備えもせずに、たった一人で乗り込んできたんだぞ。少し気にかかる所ではないかね?……明かりをつけろ!」
「了解。『魔力よ、照らせ』。【ライト】」部屋に魔力の明かりが灯った。光源は見当たらない。
切田くんに突きつけられた九本の剣は、肌に突き刺さる直前で止められていた。……寸止めだ。外套やローブは刺し傷まみれ、首にもチクリと鋭い痛みが走る。ドネルケバブにでもなった気分だ。(…食べたことないけどね!)
隊長と呼ばれた身なりの良い盗賊が、ニヤニヤ尋ねかけてくる。「で、ガバナの殺し屋殿が、ご丁寧に何の御用だ?」
(バレてるー)切田くんはさらに硬直した。(…失敗した。この人たち、ただの盗賊なんかじゃないぞ…)覆面越しの目に映る、緑色に光る魔力反応。
(ここにいる十人全員が、あの魔法のバリアを張っている!)
盗賊たち全員の身体を、【ディテクトマジック】の緑光が覆っている。魔力を全身に纏い、魔法をはじく鎧にしているのだ。(『障壁』って、これのことだよな?…まずい、これでは通常弾では戦えない!?)
魔術兵の『障壁』相手には、抜くために数十発もの通常弾が必要だった。――この盗賊たちとまともに戦うのであれば、突きつけられた剣よりも速く『障壁』を破壊、あるいは貫通する攻撃が必要になる。
しかしながら、チャージの魔力収束を気取られた瞬間、――突きつけられた九本の剣は、またたく間に突き込まれてしまうことだろう。プスプスプスと。
詰みである。
(……うぁぁ……)切田くんは、極めて遅い後悔に苛まれる。(ここにいるのが『ただの盗賊』だなんて、何も考えずに鵜呑みにしてしまっていた?……ぐっ、僕はドジだ。考えなしだっ!)
(…どうして待ち伏せの可能性を排除した。考えもしていない!)
(…要は僕は、『ただの盗賊』が『雑魚』だと思い込んで、舐めていたんだ!)悔恨が、気持ちを重く沈ませる。気分はすっかり東京湾だ。(……コンクリドラム缶!)
(…間抜けなノックで釣り出せる前提?『賢者』ぶって賢しらに考えているつもりで、掛かる負担にいっぱいいっぱいになっていたのか?)硬直する少年の眼前、「おおっと、覆面の魔術師殿」盗賊隊長が、ニヤニヤ弄える。
「おかしな動きはせんほうが良いぞ?貴殿の側に悪意が無くともだ。なにせ我々、粗野な盗賊共であるからして」
「今は留める剣先も、その場の気分でつい間違えてしまう者も出るかもしれん。…人を率いるというのは実に難しい。なにせ九人もいるものでなぁ。…そうだな?盗賊諸君!!」
「ウェーイ」「そっすねぇ」「バカでーす」「ヒャッハー」(…なぁにその微妙なノリ…)「もう腕が痛いです隊長っ…!」(…もうちょっと我慢して!!)
人間の意思を直に伝える九本の殺傷武器。このまま串刺しワッショイも可能だろう(串刺しワッショイ!串刺しワッショイ!)。……恐怖に引き攣った全身に、酷く冷たい汗が流れる。(…思考停止に情報不足。…すでにガバナの刺客だと知られていた。情報戦でも索敵でも負けている…)
「まったく、訓練が足りんぞ貴様っ!俺が支えてやろうか?」「まだ行けまぁすっ…!」「いい根性だっ!!よーしよしよし」(…反応に困る微妙な冗談やめろってんだよ!笑えないだろぉ!)
(だからといって、僕自身が裏取りできるわけでもない。つまり、他人の言うこと聞いて、この戦いを選んだ時点で僕の負け…)殺人ジェットコースター並みの罠選択肢だ。(…結局東堂さんが正しかったんだ。勢いだけで意地を張るから!…ああ、もう…)
兇器の切っ先に震える全身に、……ゾワゾワと、麻痺電流のざわめきが走る。思うように動けない。動かせない。動くわけには、いかない。
――切田くんは今、死の瀬戸際にいるのだ。
(このまま刺されたら死んでいた!…いや、言葉の通り、僕はまだ、死んではいない。生きているんだ…)ギラリと、意思を奮い立たせる。(……ならば、まだひとつ、僕に出来ることがある)「あの、いいですか?」
「なんだね?」
切田くんは胸を張って堂々と宣言した。
「降参します。命だけは助けてください」
「ふざけているのか?」
「ガバナらしいや」
「何しに来たんだよ。馬鹿が」嘲笑。失笑。ため息と疑念のざわめき。一斉に悪しざまな感情が溢れ出た。……あまり反応が宜しくない。
「……んんー」盗賊の隊長も、くしゃっと顔をしかめて唸った。「うん。気に入らんな。貴様には気概というものがない…」(…駄目だったし、反発がすごい…)
◇
この圧倒的不利な状況でも、切田くんは未だ戦意を失ってはいない。……刹那の思考が加速する。(……まだだ。まだ諦めるな。……向こうは詰みだと思ってる。僕が足掻けば『詰めろ』の状態。……こうなったら、覚悟を決めて強行するしかない…)
相対的に鈍速化する世界の中で、糸口を探して状況へと目を配る。(今にも刺し込まれそうな九本の剣。多少『迎撃』で弾いたところであっという間に槍衾だ。僕は確実に死亡する。…だけど、今の間抜けな提案で、多少は場が弛緩したはず…)
(フェイズ①、その僅かな油断を突く。空中発射の『マジックボルト』を死角から撃ち、剣先のひとつを弾いて注意を逸らす)
(…意識外からの攻撃、音と光。きっと驚いてくれるはず…)自己欺瞞を大幅に含む、希望的予測。……それでも、退くわけにはいかない。
(フェイズ②。剣を弾いた虚を突き、思い切り後方へと飛び退る。入ってきた扉が半開きのままなのが功を奏した。――咄嗟に刺されてしまうかもしれないが、……そこは、死なないようにお願いジャンプだ)
(フェイズ③。……死ななれば儲けもの。扉を隘路にして進路を限定し、鎧を貫くやつをチャージして反撃。うまくいけば、一撃で二人以上殺れるかもしれない。……その死体を、扉を塞ぐ障害物として使う)
(とりまとめると、こうだ)
◎生存への道〜サバイブ・メン・ロード【地獄の三段クルーン】
一段目:死角からの『マジックボルト』牽制【即バレか、一旦刺されれば『死』】
二段目:バックステップ【牽制が浅いか、相手の反応が速ければ『死』】
三段目:扉を隘路にして攻撃【急所を外すか、押し切られれば『死』】
(……つまり、ギャンブルだっ!……報酬は命。価千金……)ざわ……
(あとは流れで。…くそっ、刺されたら痛いだろうな…)死に至る受傷の予感。複数の刃が突きこまれ、内臓がズタズタになる。そんな明確な予測。……即死するならまだしも、腹腔に血が満ちるまで意識を保ってしまったら。……凍える想像に、震えが走り、身が竦む。
それでも『精神力回復』はガリガリと異音を立てて、怯懦の感覚を抑え込んだ。――生存の可能性は、死の先にあるのだ。切田くんは意を決し、強行のタイミングを図った。(……頼む、うまく気をそらしていてくれよ。……さあ、行くぞっ!)
「だが、待ち給え諸君っ!!」その時。隊長と呼ばれた伊達男が、周囲に向かって大仰に宣言した。「見よ、この殺気のなさ。そして用意の杜撰さ。間抜けなノック」
「どうやら彼は、最初から、ここに戦いに来たわけではないようだ!…どう思うね、諸君!?」(えっ)攻撃の機先を削がれた切田くんは、何だか酷くがっかりする。(…なんなの、もう…)
(…それに、『殺気がない』だって?たった今でさえ、僕はあなたたちを殺す気でいたのに…)――誇らしげな隊長が、ふんぞり返って宣言した。「さあ、まずはその覆面を取れぇぃ!」
「…自分で取っても?」「んんー?」おずおずとした質問に、不敵にニヤリと返す。
「駄目だ!!」(…若干ウザい…)
「取ってやれ!」剣の一本が引かれ、覆面が剥ぎ取られてしまう。中の素顔が、白日のもとに晒された。
「…あー…」
「…マジか」
「…子供じゃないか」
「…こんな子供が、ガバナの殺し屋をさせられているのかよ…」両脇の盗賊たちが覗き込み、口々につぶやく。……突きつけられた剣が、若干緩む。
「まだ剣を引くな!!」檄を飛ばした隊長が、切田くんの素顔をジロジロと見回す。……複雑そうな顔で、ニヤリと笑った。
「……召喚勇者か。貴様」
(む)動揺よりも、混乱を感じる。(…なんだ?アレっぽい人なのに、変に鋭いな…)
「……嗚呼、何という事。なんと悲しきことよ……」伊達男は、芝居がかった大仰な台詞を唱え出す。「平和に暮らす異界の子供が、突然『迷宮』の力により召喚されて、『スキル』を植え付けられ戦いを余儀なくされる…」
「必死の思いで逃げ出して、この国へと亡命してきたのだろう?逃亡の身で生活に困り、ガバナに取り込まれて自暴自棄となったか。……嗚呼、嘆かわしい。見るに耐えん!」
「…んんー?少年、当たらずとも遠からずではないかね?どうだね!!」得意げに迫る。近いしウザい。唾飛んできた。やめろ。(…合ってなくもない。今は合わせておくか)切田くんは『スキル』で冷静さを保ち、殊勝な声を作る。
「…僕はひとりじゃないんです。ガバナファミリーに仲間を人質に取られて、『スキル』を使って店を襲った盗賊たちを殺してこいと言われています」
「世も末だな」「ガバナの下衆共め…」両脇がざわめく。
「…言いたまえ。なんのスキルだね?」
「『マジックボルト』が使えるスキルです」
一瞬の空白。
「…それは…」
「あちゃー…」
「それでか…」
「…諸君ら、待てっ!!」隊長が神妙に姿勢を正し、弛緩する空気に喝を入れた。「まずは事実確認だろっ!!」「さすが隊長!」「『迷宮都市』一番!」(…うぜぇ〜…)「さあ、証拠を見せるのだ、少年。【マジックボルト】のスキルとやらを。そんな雑なスキルの宿り方など、たばかりではないのかね!?」
(雑なスキルて。…どうにも人気が無いな、『マジックボルト』…)「どこを撃てば?」
「にゃにぃ?…そんなもの自分で考えるがいい!」
(理不尽〜)剣を突きつけられたままの切田くんは、窮屈そうに肘から下を起こす。――部屋の隅、テーブル上、木のコップへと狙いをつけた。
(……道化になったつもりでやる。通常弾、発声あり)「行きますよ。『マジックボルト』!」
指先から光条がほとばしり、木のコップを直撃した。弾かれてテーブルを飛び出し、壁に当たって落ちる。悲劇風ジングル。ネガポジ逆転映像。
「……」全員が無言でそれを見た。床をコップがコロコロと転がり、止まる。
「…【マジックボルト】だな」
「【マジックボルト】だ、これ」
「…んー、短詠唱ならまあ…」ざわめきが漣のように広がっていく。
「…くぅっ…!」隊長が感極まって涙ぐみ、叫んだ。
「辛かったなあ少年っっっ!!」鼻水ダバァ。
(えー)切田くんはドン引いた。きちゃないな。隊長は手巾を顔に当て、陰からグスグス鼻声で続ける。「んん…何ということだ…なんと言って良いのか。…勇者として呼ばれたのにそんな程度の『スキル』を引かされては、さぞや冷遇されたことだろう!!…なあ諸君!!」
「…そっすねぇ…」ざわつく両脇。「…まあ、そうなぁ…」「無いよりはいいだろ」「国ぐるみで呼んでるんだろ?駄目だろ」
ぷひーと鼻を咬む。汚れた手巾が、バァッと派手に宙を舞った。「しかしだ。そのおかげで逃げ出せたというわけだな。少年、物事には悪い面も良き面もあるものだ!【マジックボルト】は護身には便利だし、『障壁』を持たぬ輩には有用な良いスキルではないか!決して馬鹿にしたものではないということよ!」
「それにな、『スキル』は強すぎると力に取り込まれ、人としておかしくなってしまうものなのだ。勇者としては失格でも、人間としてはそれで良かったのだよ。それで良しとしようじゃないか少年っ!!んん?」
(……何だって!?)今度こそ、切田くんに動揺が走る。(『スキル』が強いと力に取り込まれる?…東堂さんの不安定さは、それが原因じゃないのか?)
(…あの暴走状態は、東堂さんの強力な『スキル』をフルパワーで使ったからって事?僕は『スキル』のパワーも弱いし、『精神力回復』のおかげで極めて正常だけど…)
(…だからか。感じていたんだ、僕の『スキル』が近くに無いとマズいって。…だからあんなに執着を)
(…そういう事は、早く言ってくれ!すぐに東堂さんのところに戻らないと…)
「良し、少年。我々に転べ」(やはり強行してでも、……なんだって?)「何ですって?」ニヤリと笑う隊長の言葉を拾い、(ガバナを裏切って味方になれってこと?)切田くんは即座に打算を巡らせる。(…悪くはない。少なくとも、あの人たちと交渉するよりは、ずっと話が通じそうだし…)
(だけど、『迷宮』を諦めることにもなるのか。…トレードオフだな。話を聞いてみよう)――「我々と共に来い。きみ程度の『スキル』であれば【ブレインウォッシュ】も必要あるまい。我々の下で働くのなら、まともな生活を保証してやれるぞ?」
「…【ブレインウォッシュ】が必要ですって?」
嫌な予感がする。
「強力な『スキル』によって自己崩壊する召喚勇者を手駒として操る、この国の魔法だ!他国の勇者は使っていまい?んん?」(この国)
自分が築いた死体の山を、そして、頭の吹っ飛んだこの国の宰相の死体を、切田くんは思い返した。
(駄目じゃん)