銃砲弾など通さない
正義の悪意を嘯き嗤う、立ち塞ぐ鉄盾の格子城塞。国家の安寧守り抜く、日々極限まで鍛え抜かれし暴力装置、その圧力。――歓楽街へと続く道。今は、重装兵士の列が壁となって、物理的に通行を妨げている。
偉そうな壮年の指揮官が、鷹揚な態度で口を開いた。――戦慄と、数的有利の向こう側。威圧の傲慢押し付ける、生暖かくも白けた独演会。
「研究員ならびに警備兵五十名余りを虐殺した凶悪犯!貴様らの凶行により、今日!貴き戦友二名の生命が失われたっ!…彼らは皆、国のため民のため、自らの命を捧げてまで!…勇敢に、立派に!…戦った者たちだ…」
芝居がかった態度で目頭を押さえ、声を震わせる。その感極まった声に、「…勇敢だったっ!」「…そうだ、立派だった…!」兵士たちからはグスグスとすすり泣きが漏れ始める。
トガリはひとり、差し出す拳で力強く天を掴んだ。「しかぁし!!彼らの抱く無念が、想いが!…まさに今!我々の眼前へと結実してくれた。これぞまさしく天命よ!よって、我がトガリ隊が、今!天に成り代わり今から貴様らに、誅を下す!!」天地を揺るがす大盛り上がり。喝采を超えた大喝采だ。ワーワー。ワーワー。
「…ん~?どうだぁガキ共。恐ろしいかぁ?怖いだろう!…ヒャハハハ!!」すすり泣く兵士たちさえもギャハハと馬鹿笑いを始めた。訓練されし、統率のとれた集団行動。(…なぁにそれぇ…)切田くんはドン引いた。(……練習したの?)
(そりゃあ誰だって、卑劣なことに喜びを感じる精神は隠し持っているのだろうけど。……まあ流石に、この人たちも組織やしがらみに強要されて笑っているのかな……)
(だったら望まず、仕方なく合わせてる人も、……うーん、なんだか皆本当に楽しそうだな?頭どうかしてんじゃないの?)
「良しっ!!いいぞお前らっ!!実に楽しそうだっ!!!」「『はい!!隊長!!』」「ヨォ〜シ…」燦然たる陣容に満足げなトガリ隊長は、ふたりを弄えてここぞとばかりにのたまう。
「おやおやぁ?何だぁ?…ふむ。『どうしてこの場所がわかったのかな。不思議だぁ~』という顔だな?貴様ら」
(いえ、別に…)そう思いながらも、切田くんは少し興味を惹かれる。
トガリが横に手を伸ばすと、脇に控える魔術兵が布のようなものを差し出した。「これだ!!」
「あっ」
トガリ隊長がひったくって突き出したもの。――それは、目の位置に穴の空いた、血のこびりついた水袋だ。
「【ロケート】という失せ物探しの魔法だ!本来ならば日々変化する人間の体を探すのは難しいが、新しい血液には魔術的な情報がたっぷりと込められている。当日の物ならなおさらよ!…覆面の魔術師!こいつはお前の忘れ物だろう?…どうだぁ?これでわかったかっ!!」
「親切な人ですね」
「いやらしいサディストよ」
「はい」
「なるほどぉ?あの横取り覆面野郎の中身が、まさかこぉんなガキだったとはな。…パンデモーヌ伯の妄言かとも思ったが、そうでなくてはこの俺が、救われんというものよ!」
「……特命があるゆえ殺しはせんが……」そして、涎を垂らさんばかりの笑顔で、自信たっぷりに指を突きつけてくる。「……五体満足でいられると思うなよぉ……?」
「『一人は皆のために!皆は一人のために!』」整然たる圧力。兵士たちが文言を揃えた。練習したのだろう。(…練習したんだ…)
「お前がその『ひとり』だぞっ!ヒャハハハ!おいガキぃ!…強化【マジックボルト】がご自慢らしいがなぁ。お前程度の貧弱な『スキル』では、俺達にかなうわけがないんだよぉ!」
「なぜならばっ!!」トガリ隊長はくるりとまわり、勿体をつけて、突きつけた指を天にかざした。フィーバー状態だ。
「我々の装備は!貴様たち召喚勇者の力を!遥かに凌駕しているからだっ!!!」
「…そうだな貴様ラアアァッ!!?」「『はい!!隊長!!』」「ヨォ〜シ…」天を指差す所作のまま、トガリは得意げにふんぞり返った。
「ヒャハハッ!優れているんだよぉ!我々の装甲は対勇者戦を想定して設計配備されている!」
「試験では我が国の誇る『最大火力』攻撃さえも、数秒ならば耐えきれた程の実績があるのだ。呼ばれたての何の訓練もされていない貴様らなんぞに、抜ける道理など無いんだよ!!」
はしゃぎまわる男の瞳に、「……ヒヒッ……」澱みに溜まる油膜を思わす、嫌な虹彩が宿る。
「……おい、化け物女。……すまし顔もそそるじゃあないか……?」東堂さんの姿を上から下から眺め回し、中空を見上げてウットリし始める。「…いやぁ?…やはり貴様は、猛る美獣の狂乱する姿がよく似合う…」
「…えはぁ…そんな貴様のために、今回は、わざわざ、強力な魔獣兵器用の枷と鎖を用意しやったんだぁ…?」ジュルリとよだれを啜る音。見せつけるように突き出した下半身。
「……しっかりと繋ぎとめて……暴れる貴様を無理やりにでもねじ伏せてぇ……」
天を仰ぐトガリ隊長は、……やがてゆっくりと前を向き、ふたりを見て笑う。
暴力を感じる、嫌な笑いだ。
「さあ諸君!今夜は楽しいパァ~ティ~だ。『抗魔盾兵圧殺陣』、仕掛けるぞ!…全隊、突撃準備ィ!!」
「『応っ!!!』」呼応した兵士たちは、異様なほどに整然と雄叫びを揃える。そして、測ったかの如く一斉に、彼らはガチャリと武器を構えた。
◇
前後挟撃、敵兵多数。全員が重装甲か謎バリア持ち。通常弾の『マジックボルト』では、一人の足さえ止める事も難しいだろう。……一当てしたことのある東堂さんも、厳しい表情だ。
列を睨みつけ、言い放つ。「私が突っ込む。援護して」
「…東堂さん。まともに当たるより、安全な位置で戦いませんか」
――それを聞き彼女は、咄嗟に切田くんの目線を追った。
「…そっか!つかまって!」彼の意図を察し、迎え入れる形に、両腕を大きく(握った手ごと)ガバと広げる。
……『精神力回復』が、ギシ、と、音を立てて軋んだ。
(…いや、東堂さんの判断は正しい。行け、切田類)食料袋と彼女の手を素早く離して、――彼はガバリと、『聖女』の躰に強く抱きついた。
「ふゎ…」うながした側の東堂さんが、何故か変な声を出した。
腕の中の彼女は、しなやかで細く、柔らかい。そして胸のあたりがふかっとしている。切田くんは流れ込む五感に翻弄される。(…めっちゃ良いにおいする!…めっちゃ良いにお…)
顔の横からも熱波が伝わってくる。釣られて全身が熱くなる。限界の気恥ずかしさに、暴れ回りたい衝動に駆られる。
……だが今は、そんな場合ではない。「頼みます!」
「は、はい!」変にかしこまった東堂さんが、切田くんをギュッと抱きしめ返す。
熱烈な抱擁だ。
「……なにをやっておるか貴様らぁっ!!全隊突撃!押し潰せええええええぇぇぇっっっ!!!」
「『応おおおおおおおおおおおおおっっっ!!!』」怒号混じりの号令、雄叫び。前方二小隊並びに指揮官、そして後方二小隊。トガリ中隊総勢十七名は勇猛果敢にも、極悪なる武装反乱勇者勢力に向けて、一斉突撃を敢行した。――金属音と地響きが、整然と鳴り響く。
兵士たちの前から、抱き合った二人の姿が消えた。
「なにっ!?」「上だ!!」
舞う。
宙を舞う。
やがて弧を描く。
跳躍したふたりは、近隣の屋根にズドンと着地した。――屋根瓦が割れ、破片が舞い散る。「ぐぼっ!」衝撃によって意識が飛びそうになる。
だが『聖女』から流れ込む『生命力回復』の力が、瞬時に意識を鮮明にさせた。「……目標、すべて照準内です。指揮官から殺ります!」
「…おねがい!」
素早い動きで縁に伏せ、内ポケットからシャープペンシルを取り出す。……集中の領域。刹那の思考が加速する。(…防御力を自慢する敵だ。それを貫ける攻撃が無ければ、どうせ戦えない…)
(砲弾は効かないと言っている。試してみるか?…それとも今の僕に、それ以上の攻撃力を出せる手段はあるのか?)
(…そうだ。空気抵抗で減衰し難い、細長い弾丸が良いだろう。杭の形を音速を超えないギリギリの速さで、フルパワーで撃ち放つ。砲弾を貫通する力に寄せるんだ。これならば行けるかもしれない)
――加速思考の区切り。極低速化した周囲が急激に動き出す。切田くんはギラリと標的を定め、機械的にシャープペンシルを向けた。
(これで抜けなきゃガン逃げだ。…行けっ!!)
「鎧を貫く『マジックボルト』」
僅かな時間の溜め。――金切り声の様な轟音を引き、光の杭が即座に兵士の盾へと着弾した。エネルギーが瞬時に綺麗な火花を散らす。抗魔コーティングが魔力を拡散し、防いでいるのだ。
だが、魔力の杭は勢いのままに抗魔コーティング層を削り取り、盾を穿って貫通してしまった。――兵士の頭部を貫き、さらに後ろにいるトガリの腹部を貫通する。そのまま斜めに着弾して、地面に深く小さな孔を開けた。
「…なんだ?」腹のあたりに違和感を感じ、撫でさする。……そこには、血がべっとりとついていた。
突然、吐き気をもよおす。ごぷ、と音を立てて、トガリ隊長は血反吐を吐いた。――眼前、風穴の空いた兵士がゆっくりと倒れていく。
閃光が走り抜けた。
魔術兵が頭部を撃ち抜かれる。『障壁』は無惨にも一撃で割れ、命と一緒に消えていく。さらに次の閃光が、第二小隊の魔術兵をも貫いたのが見えた。……現実味のない光景に、貧血みたいに気が遠くなる。
膝をついたトガリ隊長の周囲、あっけにとられた重装兵たちが次々と貫かれていく。ひとり、ふたり。……さんにん、よにん。
「…何が…何が起きて…」ごにん、ろくにん。ペタンと尻もちをつく。怒鳴ろうと、弱々しくゴボゴボとつぶやく。……理解できない。意味がわからない。
挟撃を仕掛けたはずの後方第三、第四小隊は、やっとのことで状況に気づき、混乱していた。「…抗魔処理が効いていない!なんで!?」
「いつの間にか盾に細工されたんだ!外部の者が入り込んで!」
「隊長がやられたぞっ!?とっくにやられてるっ!!」
「うろたえるな!陣形を、陣形を崩すな!」
「魔術兵の『障壁』が一撃で貫かれています!そういう攻撃なんです!!陣形どころじゃない、逃げないと…」
「特命が出ているんだぞ!!退いてはあのパンデモーヌ伯に…!!あばっ…」怒鳴る者も。及び腰の者も。背を向けて走り出した者も。彼らは順々に、光の杭によって急所を貫かれていく。
力を失った兵士たちが次々と崩れ落ちる。
脂汗に塗れるトガリ隊長は、繰り広げられる光景を呆然と眺めた。――その口から、だらりと、血のよだれが垂れた。