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君が死んだと聞いた

 君が死んだと聞いた。横断歩道の白線だけが残る。笑ったらきっと朝が来るし曇りガラスでは紫外線は防げない。ありきたりなステップ踏んで君はクラシックを口ずさむ。蜻蛉の羽が落ちる音がした気がする。ゴールテープ代わりに紫煙をくゆらす。君が死んだと聞いた。僕は昨日まで生きていた君のことを思い出せなかった。追悼の代わりにサイハテを聞いた。でも君は今夜も踏切でつたないステップを踏んで僕が聞いたこともない曲を口ずさむんだろうな。

 一昨日の笑顔に利息は要らない。言葉だけで思いを交わし合える蝶になりたい。嘘みたいなコンクリートに楔を打たれて僕は今日も紫煙をくゆらす。フィクションの意味を辞書で調べる。明日世界が終わるなら今日のうちにきっと自殺しちゃうかな。フラッシュバックする。君の笑顔。

 僕は君にすっかりほこりにまみれた羽を返さなければならない。だから、君が花に囲まれている所を見たとき僕は、気づいたら君の胸を刺していた。笑顔だった。君も僕もきっと泣き方を忘れていたんだ。全て夢だった。儚い夢と希志念慮。Have a nice dayとリミテッド。スローモーションのイミテーションだ。夏の神経症だ。あやふやな心理戦だ。ぼくも拙くステップを踏んでみた。明日は台風らしいね。もう僕にも君にも関係の無いことだ。線路を歩き続けてみてるけど案外どこにも届かないことに気づいた。変電線にだけ気をつけて、君はプールサイドで眠っている。メランコリー、電波塔とアポトーシス。もうすぐおはようの時間だ。君のメールに返事をする。ふりをする。エンターテイメント。フラッシュバック、僕の目の前で君は踊っている。


  君は朝になっても眠れずにいた。明日が来るのを怖がっていた。君は気づいたら明日になっていた。澄み切った空気の中で一緒に溺死しよ。なんて子供同士の約束みたいなものに縋っていた。

 ぼくらは、何者でもなかった。水星の場所も、星が降る交差点も見つけられなかった。ぼくらは二人で震えていた。ただ、明日が来ないことを祈っていた。

 悲しいから音楽を聞いた。女子中学生の死ぬ作戦、伸びる白線、飛行機は外れ。あみだくじ、君は笑いながら泣いていた。どうしたらいいんだろうって、ただ腕を切っていた。

 拙く笑っても隈は隠れない。嘘と揺籃、ぼくらのモーメント。当然のように抜けたままのコンセント。雨が降る。何も見えない望遠鏡。

 ぼくも君もきっと悲しいだけの生き物だ。ベランダから遠くの山を見る。朝焼けが綺麗だから今日は雨が降るようだ。君はまだ泣いていた。ぼくらは明日が来ないように泣くしかできなかった。


 君は毎日眠れずに一人で震えていた。ぼくらは寒かった。薄い毛布を羽織ってライターに火をつける。秒針の音で、安物のピアスを買った日を思い出す。見失った昨日、明日なんてもう過ぎ去ったからぼくらは震えている。

 眠り方を忘れてしまったの。なんて、君は困った風に笑った。粘性を持ったその声が、ぼくを窒息させた。きっと君も見ているんだろうなと、勝手に思いながら遠くのビルの灯りを見ていた。ブランコを漕ぐ音がどこかから聞こえた。

 ぼくがおやすみと言って君が眠くないといった。簡単な取引だ。ごっこ遊びだ。君が眠れないことも知っていた。おやすみが明日を始めることも知っていた。だから、君におやすみと言った。なんて、ぼくらしくて馬鹿らしいかな。さよならさえ言えない時間だ。

 何もできないぼくらは、それでも時間は過ぎて行って、お腹は減って、朝になるころにはきっと君は眠っているんだ。そして、きっと君は夢の中でまた今日も死ねなかったって泣いているんだ。


 天使がいたら、なんて君はいつも笑っていた。誰かの視線を気にするように、ぼくは読んでもいない本のページをゆっくりと進める。名前も知らない星を繋いで適当な星座を作ってみる。昨日送られた君からのメッセージはまだ読んでいない。それでも、瞳の裏で君はいつも通りに笑っている。

 深呼吸で落ち着くのならぼくはきっと君を殺さなかった。甘い物をずっと一緒に食べていた。音楽が魔法でないこの世界で、君はずっと歌っていた。泣きながら、君はずっと踊っていた。

 ぼくはばかだから、君の歌に何も言えなかった。君の自殺に何も言えなかった。馬鹿みたいにブラックコーヒーを飲む練習だけを繰り返していた。その内に君の言葉はかき消され、きっとぼくは殺人者になる。届かない何もかもの代わりに、ブラックコーヒーを飲む練習をする。何者にもなれない。

 ぼくが君の自殺を再構成するなら、君はきっと悲しい顔をしながら飛び降りるだろう。一緒に歩いたあの歩道橋から。それだけが嫌なんだ。何も見えないんだ。君が好きな曲はアップルミュージックに入っていなかった。


 ぼくは何も望んでいなかったんだ。ただ君と一緒に歩いて、君の歌を聴いて、泣きそうに笑って死にたいっていう君に何も言えずにまた明日とだけ言いたかったんだ。それに気づいたところで、ぼくは何も出来ない。悲しむ代わりにブラックコーヒーを飲む。ぼくは臆病だから、手首を切れなかった。君と同じように、飛び降りることも出来なかった。こんなことを自傷の代わりにする。こんなぼくを君は罵倒してくれるだろうか。なんて救いを求め続けている。未だに昨日送られた君からのメールは見ていない。

 どうしようもなくぼくは臆病だった。君からのメールを見ると、君との最後の繋がりすら消えてゆくと思った。それでも、浅ましい好奇心から何度も読もうとした。その度に、君が死んだことを思い出すんだ。それを悲しむことも、喜ぶことも結局は君を殺すことと同義だ。何も出来ないんだ。何もしてはいけないんだ。そう思い込むことしか出来なかった。


 明日私が死んだらどうする、なんて君は笑って聞いた。その笑顔がずっとフラッシュバックするんだ。フリーダウンロード式のSOS。ぼくは君の歌を聴けなかった、君の絵を見れなかった。でも、きっとそれは違った。君はぼくに絵を描いていたんだ、なんて自意識の高さに嫌になる。ぼくは君の言葉に笑って返すことしかしなかった。

 今更後悔を並べたところで砂時計の砂を集めることは出来ないし、ぼくは君と歩いた道で君の歌っていた歌を歌う。消灯。オルゴールはゼンマイが切れていた。君は、ぼくとは違う改札を抜けて行った。ぼくは寒いんだ。眠りたくないんだ。明日が来ないように、なんて君の代わりに歌うんだ。君が死んでいなかったらなんて信じてない神に祈るんだ。

 そんなことを思っているうちに、お腹はすいてくるし眠たくなってきた気もする。ぼくは馬鹿だよ。君のことを思うだとか君のことをわかっているつもりになっていながら、きっと明日になれば君より器用に笑えるんだ。


 エンドロールをもう一度始めようか。ぼくらはただ踊っていた。(いや、ぼくは踊ることが出来なかった)(ぼくらは踊ることしか出来なかった)エンドロールは盛大に鳴っていた。それでも、君はどこか悲しそうな顔をしていた。ぼくは気づかないふりをする代わりに、一生懸命踊り続けた。

 エンドロールは最初から無かった。きっと、ぼくも悲しい顔をしていた。だから、君が寒さで白い息を吐こうとする度に怖くなった。瞬きをする度に君が見えなくなるのではないかと何故か思った。その度に、ぼくは冷え性の君の手を強く握った。君は困ったように笑った。

 ぼくらは踊り続けた。エンドロールはとうに終わっていた。それでも、ぼくは臆病だから踊りを止めることが出来なかった。疲れてきて転んでも、君の足に血が滲んでも、それでもぼくは踊り続けた。

 意味なんか無いんだ。きっと君の祈りは届いてしまってぼくの願いは叶わないんだ。それでも、ぼくは踊ることをやめなかった。君のいつも歌っていた歌を歌い続けた。明日が来ないようにさ。君は困ったように笑って、ぼくに口づけをした。恐ろしいほどに冷たかった。

 そのとき、ぼくは目を覚ましてしまった。窓から冷気が流れ込んでいた。結局ぼくはきっと、どうしようもないぐらいに君のことが好きだった。そして、どうしようもないぐらいに臆病だった。だから、君のことを理解したかった。君のように自殺をしたいと思った。でも、臆病なぼくには死ぬことは怖すぎた。だから、凍死が出来たら良いなんて思いながらいつの間にか眠っていた。


 エンドロールはとうに終わっていた。それでもぼくは、泣きながら君のいつも歌っていた歌を歌い続けた。


「ねぇ、アートスクールってバンドしってる?」

「明日が来ないようにさ。最近この曲好きなの」

「ねぇ、線路をたどってどこかへ行こうよ。なんて嘘。また明日ね」

「死にたいな。理由なんか聞かないで。否定も肯定もしないで。理解して」

「一緒に紙飛行機投げよ? 綺麗な色の紙を買って」

「この歩道橋好きなの。駅とか車とか蛍光灯とか、キラキラ光ってるから」

「眠くない、眠りたくない。夜は好きだけど明日に近いから怖い、でも朝は眩しすぎて辛い」

「このジャンスカかわいいでしょ? 天使がいたら、お友達だと思ってもらえないかな」

「ねぇ、死にたいよ。かわいくいたいよ」

「ねぇ、明日私が死んだらどうする?」

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