第一章 女神様、再び
「は…は…は…」
大きめの扉の前で、両手を膝に置き前屈みの体勢で息を切らす國嶋。
彼は、先程の少女を見失ってから倉西孤児院へと、全力疾走で帰って来た。
そして今。息を切らしながら、目的地の孤児院へと到着くした。
「やっ、やっと着いた。門限はもう過ぎてるけど、今日は事情が事情だけに問題は特にない…はず?って、なに!疑問系にしてんだよ!」
バッン!、と。
両手で頬を思いっきり叩く。叩いた後の頬は、あまりの力の強さに少しばかり腫れている。
流石に強く叩き過ぎたのか、涙目になりながら頬を手で撫でる國嶋。そして、
「よっし!」
と、気合いを入れ直し扉に手をかける。手をかけた扉は、なんだかんだ普段以上に重く感じた。
そのため、一度開けるのを拒んでしまうものの、ここを開けなくては中に入れないので、その重みを弾き飛ばすような感じで扉を一気に開ける。
「………ッッッ!!!」
中から普段はない、光りが國嶋を照らしてくる。
あまりの明るさに両目を瞑ってしまう。光りは瞼を越えて、國嶋の瞳まで届く。
光りは時間が経つと共に弱くなっていく。
「ぅぅぅッッッ!!!」
瞼をゆっくりと開ける。
あまりの明るさに、視界がボヤけてハッキリと前が見えない。
「おお、大輝!やっと帰って来たか。お前は丁度いい所に来たな。今さっき、お前に会わせたい奴が来たんだよ。ほらっ、恵未」
倉西が國嶋に声をかけてくる。その声のお陰で國嶋は倉西のいる場所が分かる。しかし、まだ國嶋はハッキリと前が見えていない。
そして、倉西の隣のもう一つの人影を國嶋が見つける。その影は、どこかで見た誰かのように見えた。
そして、先程倉西が言った恵未。
(恵末、恵末、恵末?どこかで聞いたような……、ってもしかして!?)
と、何かに気づいたように目をパッチリと開ける。この頃にはもう、視界のボヤけは消えていた。
「やぁ、久しぶり……いや違うね。今さっきぶりって感じかな?まさか君が、倉西孤児院の人だったとはね。僕も僕でビックリだよ」
「いっ、いや、俺も俺でビックリしましたよ!な、なんで恵末さんがここにいるんですか?」
「やっぱり、そうなるか~。いや、そうだよね。僕がここにいるのは不思議だよね。そうだよね。じゃあ、君には僕がここにいるのか教えてあげるよ」
頭をかきながら恵末は國嶋の方を真剣そうな顔で見てくる。そして、恵末がキメ顔を作って言う。
「僕はお爺ちゃんをスカウトしに来たんだよ」
「…………、えっ、えええエエエエエエーーーーーーーーーーー!!!恵末さんって、倉西の孫なのかよ!!」
「って、君はそっちに驚きますか」
國嶋が物凄く驚きの声をあげている中、なぜか少し残念そうな顔をして一言を放つ恵末。
そんなやり取りをする二人を見て、倉西は笑いを堪えるのに精一杯口元を押さえている。
その状況に耐えきれず、國嶋は足元から綺麗に崩れていく。
ーーー國嶋帰宅十分前
恵末は、倉西孤児院の玄関先にうつ伏せで、倒れ込んでいた。
そんな少女の腹から不気味な音が鳴り響倉西。
『ぐぅぅぅ~~~~、ぐぅぅぅ~~~~……』と。
音の根源である恵末の方へと竹刀を片手にした倉西がゆっくりと近づく。
そして、恵末の顔を覗き込むような形で顔を確認して、次に言葉で確認をとる。
「お前、本当に恵末か?」
「う、う…ん」
倉西の問いかけに、倒れ込む恵末は最後の力を振り絞って答える。
それでも、まだ倉西は質問をする。
「本当の本当に恵末か?」
「う……ん。…………、」
「恵末?おい、恵末!恵末起きろ!こんな所で寝るんじゃない」
「…………、」
倉西の言葉への反応が無くなった。言葉への反応が無くなったので体を譲ってみるものの反応しない。
何をしても恵末の反応はない。
そこで倉西は大声で叫ぶ。
「恵末ーーー!!!!」
その言葉に答えるように音が鳴り響く。
『ぐぅぅぅ~~~~!!!!』と。
「はぁ、恵末。お腹が空いてるんだな。じゃあ、そこのテーブルの上に置いてある料理を食べて良いぞ。恵末の為ならきっと大輝の奴も文句はないだろ」
「えっ!それって本当!」
「あぁ、本当だ」
先程まで倒れて全く動けなかった恵末が急に立ち上がり、倉西の顔に自身の顔を接触ギリギリの所まで近づける。
その時、倉西の鼻に恵末の匂いが流れ込んでくる。その匂いはとても生臭い匂いだった。
そんなことを思っている間に恵末は、國嶋の席に用意されていた料理に手をつける。
料理を食べ終わるまでは、ほんの一瞬のことだった。
「ぷっはぁ~~。いや~、お爺ちゃんって本当にやさしいよね。でも今回はそのダイキだっけ?その子には本当に感謝だよ」
合掌をしながらぶつぶつ何かを呟き続ける恵末。あまりの声の小ささに、恵末以外の誰にも聞こえない、と思う。
「で、だが…、恵末は何故ここに来た?ワシの子供たちが何かしたか?それとも、あれか?」
「それはだね、お爺ちゃん……」
合掌をやめ、テーブルの上に置いてあるタオルを手に取り、口まわりを拭く。
そして、質問に答える。
「今日はお爺ちゃんをスカウトしに来たんだよ!」
指と指で、パッチン!、と音を鳴らし、キメ顔を作って恵末は言う。
「はぁ……」
そんな彼女を関心のない声を出しながら、呆れた顔で彼女を見つめる倉西。そこからある程度の間、部屋の中は重苦しい雰囲気が漂う。
そこへ、バン!、と大きな扉を開ける音がする。
「おっ!帰って来たか!」
扉の音が響くと同時に、扉の影から國嶋が姿を現す。
ーーー今現在
「えっ、えーと。なんですかこの状況?」
そう言う國嶋の前には、倉西と恵末がただただ座っている。何だかんだか時間が止まっているように、國嶋は感じる。
そして、さらに時間が経つにつれて、自分の体から自分の精神が抜けていくように感じるようになっていく。そこまで、静かな空間に倉西の声が響きわたる。
「恵末よ。さっきの話の続きをしないか?」
さっきの話?、と疑問に思いつつも國嶋は、口を挟まず静かに話を聞き続ける。
「でもさぁ、お爺ちゃん。話に関係のない彼がここにいる状態で、話をしても平気なの?」
「平気だ。大輝は居ても居なくてもあまり関係のない存在だからな」
「って、お前!なに人を空気みたいに扱ってンだよ!」
「はははぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
國嶋の反応に腹を押さえながら恵末は笑う。
笑う恵末の目からは涙がどんどんと流れ出てきている。その涙を手で拭きながら笑い続ける。
「ごっほん!」
倉西が咳払いをする。
もちろん理由は、言うまでもない。
「あぁ、ごめん、ごめん。そうだったね、お爺ちゃん。すっかり忘れちゃってたよ」
テヘ、とウインクをして、片方の手で自身の頭を優しく叩く恵末。
その動作に、ゾッと背筋に寒気のようなものを感じる國嶋と倉西の二人。
そんな二人のことなど気にせず恵末は言う。
「お爺ちゃん!お願いだから『裏世界の制裁者』に戻ってきて!お爺ちゃんが戻って来なかったらこの世界が終わっちゃうよ」
「…………?????」
恵美はテーブルに両手をつき、倉西の方へ前のめりになりながら、力強く國嶋には理解の出来ないことを大声で言う。
そんな恵美に國嶋は少し引いてしまった。