第一章 親友の裏切り
俺は今が好きではない。かといって、決して嫌いという訳でもない。
そんなことを考えながら、國嶋 大輝は、教室の左端、一番後ろの席で窓から差し込む太陽の光りを浴びながら、気持ち良さそうに眠っている。
ちなみに、今は授業中である。
そんな國嶋の席に向かって足音が近づいてくる。
コッン、コッン、コッン、コッン、コッン、と。
五歩ほど進んだあたりで足音は止んだ。
そして、
バッン!、と。
教科書で國島の頭を強く叩いた音が教室中に響く。それに続いて、彼の叫び声も響き渡る。
「痛ってぇーー!!」
國嶋が気持ちの良い眠りから冷め、叫ぶ。
余程痛いのか、叩かれた辺りを両手で押さえている。目からは涙がにじみ出している。
叩いた張本人の教師 根岸 沢はそんな國嶋の状態など気にしていない。
「おい!國嶋、お前は何を学びに学校に来てるんだ!」
「え~と、昼寝?」
「聞いてる奴に疑問係で返す奴なんて、馬鹿を極めし大馬鹿しかいねーよ!」
先程、叩いた時に使った教科書で、再び國嶋のことを叩く。
バッン!!!、と。
先程より少し強めに。
「いってぇーーー!!!!!!」
大声で叫ぶ國嶋。声のあまりの大きさにクラス中の全員が耳を塞ぐ。
そんな國嶋に対抗するように根岸が叫ぶ。
「うるせぇぇぇぇーーーーー!!!!!!」
「……、」
クラスが沈黙につつまれた。
次の瞬間、教室に授業の終わりを知らせる終わりのチャイムが鳴り響く。
パン、パン、パン、と。
チャイムが鳴り終わると同時に手を叩く音が鳴り響く。音の主は根岸だった。
「ほいっ、じゃあ時間だから終わりにしよか」
落ち着いた口調で言う。
その声に続いて、何事もなかったかのようにクラスの学級委員 千賀 阿衣が号令を掛ける。
「起立!礼!」
『ありがとうございました』
誰もこの一連の事態を気にしない。それがこの教室の日常である。
終わりの礼をした生徒達は、個々の用事や欲にしたがった行動を開始し、自分の席から他の人の席へと移動を始める。中には、國嶋のように寝ようとしている生徒もぼちぼちいるが、今は置いておいて本題に入る。
机に寝そべり、授業中のようにまた寝ようとしていた國嶋の所へ、学級委員の千賀 阿衣と、國嶋の親友 酒井 煌の二人が訪れる。
「おい、大輝。お前また、ねぎっちゃんに怒られたな。お前、ねぎっちゃんのこと嫌いなのか?」
ははははッッッ…、と笑う酒井。
そんな酒井に國嶋はなんの反応もない。
「おい!大輝、お前もう寝てんのか?」
「ぐぅー、ぐぅー、ぐぅー、ぐぅー…」
寝ていた。
ほんのわずかな時間で國嶋は寝てしまった。
「だ、大輝、お前は!」
酒井が右手に拳を握りしめ、國嶋目掛けてその拳を振るおうとしたとき、酒井の横からものすごい勢いで違う拳が飛んでくる。
ドッン!、と。
國嶋の顔のすぐ近くに拳が落ちる。
その拳はまるで、小さな隕石が地上に落ちた時と同じか、それ以上と言えるような感じだった。
「ひぃっ!」
そんな拳の机への落下音のあまりの大きさに驚いた國嶋は、直ぐ様机から飛び起きる。
寝起きの國嶋には状況理解が難しかった。
そんな國嶋はすぐに横にいた拳を握りしめ自分を殴ろとしていた酒井に尋ねる。
「なっ、何があった?」
そう尋ねてきた國嶋に酒井は顔を横につき出す。
その動作につられるように顔を横に向ける國嶋。
そこにいたのは、
「大ちゃん。お目覚めの気分は?」
机に叩きつけられた拳と、千賀のお姉さんキャラの笑顔。
絶対に合わせてはいけない組み合わせだ。
少し怯えながら國嶋は口を開く。
「え、えぇ良好と言ったところです」
「それは何より」
そう言って、机に叩きつけられた拳を下げる千賀。そして、両手をパン、パン、と軽く叩き合わせる。
「それで、煌ちゃん。さっきのことは、聞かなくていいの?」
あぁ、と何かひらめいた時のように手を、ポン
と叩いた酒井。
「そうだ、大輝。お前ってねぎっちゃんのこと嫌いなのか?」
「はぁ?お前なんでそんなこと聞く」
「いや、だってお前、ねぎっちゃんの授業っていつも寝てんじゃあん。だから、嫌いかなぁ~と思って」
あぁ、と言った國嶋は腕を組、脚を組、そして。
「それはね~、」
「それは...」
「俺にとって根岸君の授業は昼寝の時間っていうか、何て言うか………、寝やすいからかな、根岸だけに」
「は?」
酒井の頭の上には?マークが出ている。
そんなことを胸を張って堂々と答える。何に対して堂々としているのかはわからないが、國嶋にとって見れば、この『根岸の授業中に寝る』と言うのは、それだけすごい事なのだろう。
しかし、そんな國嶋もそう長くは胸を張っていられなかった。
「ほぉ~、俺の授業はそんなに寝やすいか」
「えぇ、とても寝やすくて良いですよ。って、『俺の授業』って…」
何かに気がついた國嶋は、声のした方へゆっくりと顔を向ける。
そこにいたのは、教師の根岸だった。
「いやぁ~、『寝やすい』か」
「…、」
言葉の出ない國嶋。そんな國嶋に追い討ちを掛けるように根岸が動く。
「じゃあ、さっき俺の授業だったから、きっと眠気が残ってるよな。仕方ないな國嶋、お前の目を覚まさせてやるよ」
両手に拳を握りしめた根岸は、ゆっくりと國嶋の頭に拳を近づけていく。
そして、
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
根岸の両拳は國嶋の頭を左右両方向から挟み、力一杯に押し付け、グリグリ、と拳を回す。
それによって生み出される痛みに耐える國嶋。
そんな國嶋に根岸が尋ねる。
「國嶋。お前は自分が何をしてしまったのか、わかってんのか?」
「はい、わかってます。わかってますよ」
「そうか。なら止めるか…、待てよ、ここで俺が止めたら次の時間にも寝る可能があるな」
「大丈夫ですよ。次の時間は寝ませんから」
グリグリを少しでも早く止めさせるために、とにかく善意な解答をする國嶋。
そんな國嶋の解答を聞いた根岸は、グリグリを止めて頭から両拳を離す。そして、
「じゃあ、今回はここまでにしてやる。ただし、次回寝たら後がないと思っとけよ!いいな!」
「はい!」
今までより少し大きめの声で返事を返す國嶋。
その姿を見た根岸は、目を瞑った状態で頭を縦に二回振ってから言う。
「いい返事だ。これなら平気だな」
そう言って、國嶋から視線を酒井と千賀の二人に変える。
「二人とも、今回はありがとう。とくに千賀さん。君がいたから上手いったよ。本当にありがとう」
いえいえ、と言いながら手を横に振る千賀。
そんな彼女を見ながら根岸は続ける。
「いや~、にしても、あのパンチは凄かったなぁ。あれは俺もビビりそうになったよ。ちなみに、あれってどれくらいのパワーだったんだ?」
「そんな。あれはそれほど強くないですよ」
「嘘だぁ。阿衣、あれはそうとう強いでしょ?」
そう尋ねたのは酒井だった。
その質問に千賀は少し考えて、こう答える。
「なに言ってんの煌ちゃん。あれは一割くらいの力しか出してないよ」
その言葉に、國嶋、酒井、根岸の三人は背筋が凍る。それもそのはず。なぜなら、あれは小さな隕石が地上に落ちた時くらいの力があるように見えた。もしこれが本当に一割だと言うのなら彼女は人ではなく化け物になってしまう。
これは嘘だ。三人はそう思うことにした。そして、
「じゃあ俺は次の授業があるからいくな」
そう言って根岸は逃げていく。
それを見た酒井は言う。
「ねぎっちゃん、こんなところで逃げるのはへっぴり腰のすることだよ」
口が滑り、言うつもりの無かった言葉を言ってしまった酒井。そんな酒井の言葉を聞いた根岸は足を止める。何か危機を感じた酒井の口が咄嗟に脳で考えた言い訳をする。
「っていう感じのことを、大輝が小声で言ってました。」
「おい!煌。お前なに言ってんだよ。俺はそんなこと言っ…」
「國嶋!」
根岸が急に國嶋を呼ぶ。
そして、
「放課後、職員室にこい」
終わった。國嶋はそう感じた。
酒井のちょっとした嘘が原因で、また根岸に怒られることになってしまった。
落ち込む國嶋を見た酒井と千賀が声を掛ける。
「大輝、ごめん。本当にごめん」
「大ちゃん、がんばれー」
「ああああああああああああああああああーーーーーーーーー!!!!!!!!」
絶叫する國嶋。
そんな時、次の授業開始を知らせる、授業開始のチャイムが鳴り響く。
ーーー放課後
その日の授業が終わり、帰りのホームルームを終えた國嶋は、乗り気にならない気持ちのまま手ぶらで職員室に向かう。
職員室までは片道数十秒と、とても近場にあるのですぐに着いた。
職員室に入る前に大きく深呼吸をする國嶋。
「ふぅ~、はぁ~」
そして、顔を両手で頬を叩き気合いを入れる。
「よしっ!」
『ここからが戦場だ!』と気合いを入れ、職員室の扉を三回ノックする。
そして、國嶋は扉を開けて戦場へと足を運ぶ。
ガラガラガラ、と。
職員室の扉を開ける。
「おぉ、来たか國島。お前のことだから俺の言葉なんて忘れたふりして帰ると思ってたよ」
「そんなに俺は逃げ腰じゃあねぇよ!」
入室直後の根岸の言葉にイラッときた國島は強めの口調で反論をする。
そんな反論どうでもいいのか、根岸は國島の言葉など聞かずに机の上に置いていたこのあと使うであろうプリントをまとめている。そんな根岸に國島は再びイラッとくる。
そんなことを思っていると、國島の後ろから一人の優しげな男の教師 水沢 親が入って来た。
「すみません、根岸先生。國島君を見つけることができませんでした」
「水沢先生戻ってきましたか。いや~今ちょうど國島が来たので探しに行こうと思っていたんですよ」
「それなら良かったです。もし入れ違いになっていたら大変なことになっていましたから」
いかにも嘘をついていると言っていいような顔で根岸は言葉を発する。そんな根岸の言葉を完璧に信じて話をする水沢を國島は少し可愛そうに思った。
「それじゃあ、移動をしますか。國島、移動するから荷物持ってこい!」
「はっ、はい!」
國島は直ぐ様職員室を出て教室に荷物を取りに走って戻った。
荷物を持った國島が戻って来たときには、根岸も水沢も準備万端と言っていいような格好で両手一杯にプリントを抱え込んだ状態で待っていた。
「じゃあ行くか、特別教室に」
「はい」
「えっ!特別教室に行くのかよ!」
特別教室。ここは学校の中で一番近寄っては行けない教室と呼ばれており、ここに連れていかれた者は正気を保ってはいられないと言われてる教室である。
そのため國島は絶句した。
そんな國島などに気もせずに根岸と水沢は黙々と教室に向かって歩き始めた。
そんな二人の姿を見て國島は覚悟をする。今の自分とはこれでお別れになるかもしれないと。そう思いながら國島は歩み始めた。
特別教室までは直ぐに着いた。
そして、これからの地獄に挑む決意をして國島は教室への入口を潜った。これから地獄の一週間が始まることなど知りもせずに。