第一章 始まりの予兆
桜の花びらを散らす春風の吹く四月上旬。
まだ少し肌寒さを感じる真夜中。
高層ビルの建ち並ぶオフィスオフィス街。
そこを奥へ進むにつれて、建物の質や大きさが低下していく。
そんなオフィス街がはるか遠くに見えるボロい家々の並ぶ集合住宅街の路地裏の細い道で、小柄で暗殺者姿の少女が、スーツにサングラスを身に付けた男数人に追われている。
「ちくしょー!お前らいつまで追ってくんだよ!」
暗殺者姿の少女か大声で叫ぶ。
しかし、その叫びに耳を貸すスーツ姿の男は誰一人としていなかった。
そんなこんなで追いかけっこを続けていると、行く手を阻む大きな壁が現れる。
その壁を目にしたスーツの男達は勝利を確信する。何故なら、少女の行く手には道を防ぐ壁があり、それ以上の経路を無くしているからである。
少女はそんな男達の考えに反する行動を取る。
「なにっ!!」
少女を追う男達の先頭を走る短髪の男が声を上げた。それとともに、短髪の男は足を止める。
それもそのはず。
行く手にはボロいとは言っても、しっかりとその場に立つ壁の壁面を蹴り上げ、一気に建物の屋上へと少女は飛び上がったように見えた。
「よいしょっ!」
少女はとても華麗な姿だった。そんな少女を先程まで追っていた男達でさえ見とれていた。
そして、屋上へと着地した少女は後ろを振り返えり、下にいる男達に言う。
「鬼さんおいで、こっちまでおいで、ベロベロベー」
「なっ、なんだと!お前、こんなときにふざけるのか!」
ふふふ…、と。
口を手で隠しながら笑う少女。
「『こんなとき』って、もしかして今の今まで君達は、今まで僕がふざけていなかったとでも思っていたのかい?」
「ッッッ!?ってお前、さっき『ちくしょー!お前らいつまで追ってくんだよ!』って言ってたよな」
短髪の男の言葉を聞き、ギクッ!?、と驚く少女。
そして少女は、そっぽを向きヒューヒューとしっかりとした音の鳴らない口笛を吹く。
「べ、べべ別に、そう言う意味で言ったんじゃないし。それよりお前達は、僕を捕まえなくていいのか?別にいいってんなら先に行かせてもらうよ」
後ろを振り返る少女。
「ちょっ、ちょっと待…、」
短髪の男が少女を止めよと手を伸ばしながら言う。しかし、その手が届くはずはない。
短髪の男が声を出した時には少女はもういなかった。すぐに短髪の男は周りの男達に指示を出す。
「すぐにあいつを追え!どんな方法でもいい、あいつを見つけ出せ!」
『はい!』
返事をした男達は振り返り来た道を戻って行く。
短髪の男はため息をついて夜空を見上げる。
そして。
ーーー少女側
暗殺者姿の少女は、屋上を使って追っ手から逃げていた。
建物と建物の間はあまり広がりが大きくないので、大きく飛ばずに移ることができる。
そんな時、右ズボンのポケットから着信音が鳴り響く。
プルルル、プルルル、プルルル……、と。
数回ほど着信音が鳴ったあたりで少女は携帯電話をズボンとおぼしき辺りから取り出し、電話に出る。
『お前!いつまで外ほっつき歩いてる。任務終了後すぐに帰還って話だったよな!』
電話から激怒している女の声がする。
通話相手の女のあまりの声の大きさに少女は、とっさに電話を耳から離す。
そして、電話を耳に戻して続ける。
「いや~、僕だって理由なしに帰還してない訳じゃないんだよ」
『そうか。じゃあ聞くが、なんですぐに帰還してないんだ?』
「………。いや~それがさあ、ちょっと色々とあってそっちに帰れてな…」
『見つかったな、お前』
「ッッッ!!」
少女が全てを言い終える前に、通話相手の女は少女が隠そうとしたことを見向いた。
予想外過ぎる今の事態に先程よりも焦る少女。
「なっ、なんでわかった!」
何かを隠そうとしていることを、どのように見向いたのかを少女は尋ねる。
それに平穏な口調で通話相手の女は答える。
『お前、何か隠そうとするとき絶対に少し黙ってから、色々とあって…って言うんだよ』
「え!ちょっ、え~~」
『お前、こんなことにも気づいてなかったのか?この業界でそれはヤバいから治せ。あと、明日の準備もあるから早め戻れ。この間みたいにサボったら、お前をこ…』
何か危ないものを感じたのか、少女は一方的に電話を切った。これが原因で後に半殺しになるとは知らずに少女はポケットに電話をしまう。
そして、前を向き少し速度を上げる。
次の瞬間、少女の足元の感覚が無くなる。
不思議に思った少女は、足元に視線を向ける。
「え!ええええええええええええええええええええええ!!!!!」
視線を向けた先には暗闇以外何もなかった。
どうやら少女は電話に意識を向けている間に集合住宅街の端の方まで来てしまったようだ。
そのため少女は自分自ら空中に飛び出してしまった。そして、少女は一気に暗闇の中へと吸い込まれて行く。
ーーースーツの男達側
月が消えて太陽が昇り始めるまだ薄暗い頃。
スーツの男達は辺りの飲食店のごみ捨て場に集まっていた。
彼らは夜通し少女を探し続けたものの、少女は見つからず、今こうしてここに集まっているという状況である。
そんな中、短髪の男がスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出し、どこかへ電話を掛ける。掛けてから少したってから電話が繋がる。
「すみません。少女を取り逃がしました」
電話を掛けなが頭を下げる短髪の男。
その電話の相手から返答がくる。
『そうか。取り逃がした、か」
電話からは、低い男の声が聞こえる。
『君達は彼女に顔を見られたかね?』
「はい。顔は見られたと思われます」
そうか、と相手の男が言う。
その声と同時に短髪の男達の周りから、ガタガタと音が聞こえてくる。
『今回の件で君達はよく頑張ってくれた。なので君達には休みを与えよう。ゆっくりと休むといい』
ガタガタ、ガタガタ、ガタガタ、と音が聞こえる。
ガタガタ、ガタガタ、ガタガタ、ガタガタ……。
音がだんだん大きくなってくる。
ガタガタ、ガタガタ。
音が止んだ。短髪の男がそう思った瞬間、短髪の男の後ろの路地道の方から黒い影が飛びかかって来た。
あまりに急に出てきたので、短髪の男は尻餅をつく。その上を黒い影が通りすぎて、短髪の男の後ろにいる坊主の男に飛びかかる。
そして、
シュッ!、と。
何が物凄い速さで振るわれた音がする。それと同時に、坊主の男の方から丸い何が飛んでくる。それは、坊主の男の頭だった。
それと同時に、ブシャー、と音を出しながら、坊主の男の首の所から大量の血が噴水のように噴射する。
「………え?」
頭の理解が追い付かない。何が起こっているか短髪の男は理解出来ない。
その理解のために頭を回している間に次から次へと、残った男達の首がはねられていく。
首がはねられるごとに血の雨が強くなっていく。
理解出来ない。頭が上手く回らない。そんなことをしていると、短髪の男の前に黒い影が現れる。
そして。
ーーーとある超高層ビルの最上階
高層ビルの建ち並ぶオフィス街の中にある辺りの高層ビルよりもより一層高い超高層ビルの最上階の一室の窓際から一人の男が下の方を眺めている。
その男は左手に赤ワインの入ったグラス、右手にスマートフォンを手にしている。
『ターゲットの始末完了』
スマートフォンから、男の声が聞こえる。
「ご苦労。死体はあそこに持っていけ。そうした方がそいつらにとっても良いだろ」
『了解』
そう言って電話は切られた。
男は電話の終わったスマートフォンを右側にある小さなテーブルの上に置く。
そして、左手のグラスを口へと持っていき、口にワインを流し込む。
コンコンコンコン、と。
男のいる部屋の大きな扉がノックされる。
「入れ」
男の一言で大きな扉が動き始める。
扉の影からそれなりの歳に見てとれる白髪の男が入って来た。
白髪の男は入って直ぐに一礼をする。
「こんな時間にお前が来るとは珍しいな。何かあったのか?」
「はい。マークしていた男がこの国に入りました」
「ほぅ~。もう来たか…」
何を考えるように黙り込む。
そして、何を面白がるように男は急に笑い始める。
「あっ、ハハハハッッッ!!!あっ、ハハハハッッッ!!!」
急な笑いに少し引き気味の白髪の男。そんなことなど気にせず男は続ける。
「面白くなってきたじゃないか!そう、そうだ。こうでなくては面白くない。おい!」
「はい」
「あいつのマークは続けろ!」
「はい」
出された指示に返事を返して白髪の男は部屋を出ていく。そして、大きな扉が閉められる。
扉が閉まると直ぐに男は白いワインを一口。
そして、窓から見える夜景に向けて言う。
「もっと楽しませてくれ我が神、欲望の神」