プロローグ
辺り一面真っ白に染まった広大な平野が広がる。
そこがどこかは、見た目だけではわからない。
そんな広大な平野にぽつんと一軒の小屋が立っている。その小屋の横にはエンジンの掛かった白いワゴン車が止められている。
「先生!車の用意が整いました。いつでも行けます」
大声を出しながら少し厚めの服の下に白いハイネックは着た三十歳くらいの男が車から降りてくる。そして、そのまま小屋の中へ入って行く。
小屋の中には、白衣の下に黒いハイネックのシャツを着た髪の毛の白く染まった五十、六十くらいの男と、厚手の少々薄めの黒いコートを羽織った二十歳くらいの男がいた。
白衣の白髪の男が小屋に入って来た白いハイネック姿の男に気がついた。
「あ、國嶋くん。外での作業、ご苦労様です」
その声が聞こえた國嶋 圭と言う白いハイネック姿の男はその声の主の白衣を着た白髪の男の方に視線を向ける。
「いえいえ。自分にやれること、と言ったらこれくらいしかありませんので」
手を頭の後ろに回し照れる國嶋。
そんな二人のやり取りを気にもせず、一人黙々と作業を続ける黒いコートの男。
そんな黒いコートの男が急に椅子の背もたれに寄りかかる。そして、
「終わっ、たー!」
黒いコートの男は両手を頭の上で組み、おもいっきり背を伸ばす。
そんな黒いコートの男の行動ではなく声にびっくりした他の二人は同時に振り向く。
そして國嶋と言う男が言う。
「樋川このやろー!」
右手で握りこぶしを作り、左手で照準を定めるかのように手前に左手を伸ばし、勢いよく樋川 栄一と言う黒いコートの男の方に走り込もうとする國嶋。そんな彼を白衣の白髪の男が止めに入る。
「やめて下さい。國嶋くん!それと樋川くん。疲れているのは分かります。私もそろそろ終わりそうなのでもう少し待って下さい」
「了解です、新嶋先生」
白衣の白髪の男を新嶋先生と呼ぶ樋川。そして、新嶋 新と言う男に注意をされた國嶋は、その注意に直ぐ様従い拳を下に降ろす。
そんな彼は、拳を降ろしてから近くの数台のテレビ画面の設置されたテーブルの所に向かう。
そして、テーブル近くの椅子に腰を掛けテレビ画面に目を向ける。
「あ!ヤバい!ヤバい!ヤバい!」
急に慌て始める國嶋。そんな國嶋のもとに集まる新嶋と樋川。
「どうしましたか、國嶋くん」
「國嶋さん。なんですか、何かあったんですか?」
心配そうに声を掛けてくる新嶋と樋川。
そんな二人の心配は的中していた。
「先生、大変です!ブリタニア軍を監視していた笹木班から、軍が最終避難線を越えたとの緊急報告が届きました」
「ちょっと待って下さい。最終避難線ということは、この町に軍が入ったと言うことですか?」
「はい。そう言うことです…」
國嶋の言葉は最後の方が小さくなっていた。
その言葉を聞いた新嶋と樋川の目は大きく見開いていた。
「ちょっ、ちょっと待って下さい、國嶋さん。そんなもう今すぐに出ても、一か八かって感じじゃあないですか!それに…それににまだ新嶋先生の作業が終わってません。」
「先生、それは本当ですか?」
ゆっくりと新嶋の方を向き、尋ねる國嶋。
その質問に新嶋はすぐには答えない。そして、
「國嶋くん。樋川くん。君たち二人はこれを持って逃げて下さい。これさえ、ブリタニアの手に渡らなければ…」
「待って下さい、先生!それは出来ません!」
新嶋の言葉を遮るように叫ぶ國嶋。
二人の間には数秒間の沈黙が生まれた。この時のこの数秒間はとても長く感じられた。
その沈黙を打ち消したのは樋川だった。
「新嶋先生。残りはあと、どれくらいですか?」
「え、えーと、あと一時間、いやあと五十分と、ギリギリの時間です」
「いや、それならあと三十分で何とかなります!」
「いや樋川くん。それは無理です。私ではそこまで早くは出来ません」
「新嶋先生だけ、ならですよね」
え!、と声を上げる新嶋と國嶋。
そんな二人を気にも止めずに樋川は続ける。
「自分が半分を担当するので、新嶋先生は残りをお願いします。國嶋さんは…これを持って笹木班と合流して下さい」
そう言ってこれの入ったスーツケース状の特殊なケースを樋川は渡してくる。いや、渡すと言うよりか押し付けてくる。それを両手で押し返しながら國嶋は言う。
「ちょっと待て樋川。お前は本当にこれでいいのか?先生もそう思いますよね?」
少し考える新嶋。そして答える。
「いや…樋川くんがそれでもいいと言うなら、それでもいいかもしれません」
「新嶋先生。自分はそれでも構いません!」
「ちょっ、ちょっと先生!家族のこともしっかりと考えていますか?」
「……、」
「先生!!」
黙っている 新嶋の胸ぐらの辺りを両手で掴み上げる。それでも、新嶋は何も言わない。
そんな新嶋の目に涙が浮かび上がる。
「國嶋くん。早くこれを持って笹木さん達の所へ行ってください。お願いします。早く、私がこれ以上家族に会いたくなる前に」
「ッッッ!?」
國嶋は言いたいことがあっても言えなかった。
國嶋は、樋川から渡された特殊なケースを受け取り小屋の出入り口の扉に向かう。一度も振り返らずに。
そして、
「先生。待ってますから」
「はい。國嶋くん」
「樋川。先生はお前が何がなんでも守れよ!」
「國嶋さん…、分かってますよ。自分を誰だと思ってるんですか」
鼻を何度も啜る國嶋。そんな國嶋はギリギリのところで涙をこらえて言う。
「そうだったな、お前は樋川だ。お前になら…、任せられるな。じゃあ、頼んだぞ!」
ガチャン!と、扉の閉まる音がした。
「さぁ、やりましょうか。樋川くん」
「はい!」
大きめの声で返事を返す樋川。その返事は、普段この小屋で聴く樋川の大きめの返事より、もっと大きく聴こえた。
真っ白に染まる広大な平野を、ひたすら真っ直ぐに走る白いワゴン車の中は鼻を啜る音と、大声で泣きわめく一人の大人の泣き声しか聞こえなかった。
ーーー作業開始から三十分後
小屋の中の新嶋と樋川は作業を終わらせていた。
「樋川くん。終わりましたね」
「はい。終わりましたね」
そう言いながらお互い、椅子の背もたれに寄りかかっている。
もう、逃げる気力すらない。なんて言う訳ではない。ただ、もう死期が近いことを感じていると言える感じするというだけだ。
そんな二人を死期は待ってくれない。
ドォンー!!と。
壁を破る大きな音が響き渡る。
その音に驚いた新嶋と樋川はすぐに二人して本棚の物影に隠れて、音の聞こえた壁の方を見る。
壁の壊された所の辺りは、煙りや埃が舞っていて、視界がはっきりとしない。
そこに二つの人影が浮かび上がってくる。
「少し強めにやり過ぎちゃったかな?」
幼い男の子の声が聞こえてくる。
「いいえ。問題ないですよ。目標もまだ生きているようですし」
続いて、若い女の声が聞こえてくる。その二つの人影がだんだんはっきりとしてくる。
そこにいたのは、身長130センチ程で、黒いフード付の暗殺者姿の衣装を着て、フードを外した少年と、身長170センチくらいで、少年と同じ黒いフード付の暗殺者衣装のフードを被った若い女がいた。
少年の方は、全長2mで刃の部分は1mくらいの大きなカマを持っていて、女性の方は、一冊の本を手にしている。
「ねぇねぇ、マリア。目標いないよ。どこにいるか分からないからとりあえず斬っていい?」
まだ煙りや埃の漂う少し手前さえもはっきりと見えない空間で、黒い暗殺者姿の少年はそのようなことを言う。どおやら、彼には辺りがはっきりと見えているらしい。
そんな少年にマリアと呼ばれた若い女は落ち着いて言う。
「ダメですよ、クリス。目標からは、聴かなくてはいけないことがあるのですから」
「じゃあ、じゃあ。聴き終わったら斬ってもいい?」
そこでマリアは少し考えてから言う。
「聴き終わったら、ですよ」
やったー!、と喜ぶクリスと呼ばれた少年。
そんなことをしている間に煙りや埃はどこかに消え、辺り一面がしっかりと見えるようになった。
するとマリアたちは、自分たちの居るところから少し左正面にずれたところの本棚に視点を移す。
「マリア、あそこ!」
「居ましたね。そこのお方、少し此方に出てきては頂けませんか?」
「…………、」
「返事は……、無しですかっ、クリス」
「ヘッヘへ、そうこなくっちゃね」
笑顔を浮かべたクリスがカマを大きく振り上げる。そして、斜めに本棚を斬る。これで、二人はまる見えとなった。
「マリア、その目標ってこいつら?」
「そうですね。一人と聞いていたのですが……まぁ、多分これで間違いはないでしょう」
「じゃあ、斬っていい?」
「一人なら」
マリアとクリスの会話に新島と樋川は入っていけない。そんな中、カマを持ち上げるクリス。
そんなクリスの前に樋川が飛び出る。
「ままっ、待ってくれ!」
「あっ!」
シュッ!!と。
クリスのカマが降り下ろされる。風が一瞬切り裂かれたような感じの音がする。
「あッッッッッッッッッ!!!!!!」
樋川は首の根元辺りからカマに持っていかれた。
樋川の首と胴体を繋げていた辺りから大量の血が吹き上げる。
その光景に新嶋の腰が抜ける。
そんな新嶋の顔に樋川の首から吹き出す血がかかる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!」
血が吹き止む様子はない。
新嶋の精神はほぼ崩壊していた。
そんな新嶋にマリアが尋ねてくる。
「あれはどこですか?」
「ああ、ああああ」
新嶋は精神がもう崩壊していた。そのため、まともに話すことも出来なくなっていた。
「もうダメですね。これじゃあ、いつまでたってもあれの場所吐きませんね」
「じゃあ、斬ってもいい?」
「いいですよ」
マリアはそう言うと、新嶋から目を離し小屋の外へ向かって歩き始める。
シュッ!と。
再び風を斬るようにカマが振るわれる。
新嶋も樋川のように首の根元を斬られた。
そして、血の噴水のようになっている。
「はぁ、もう私の持っているものをブリタニアに差し出しますか」
はぁ、とまたため息をつくマリア。
そんなマリアの後ろから、血を全身に浴びたために、黒かった暗殺者姿が赤黒く染まったクリスが来る。そして、ため息をつくマリアを見て言う。
「また、ボク何かやっちゃった?」
「いいえ、なにもやっていませんよ。ただ、あそこを出てから上手くいかないものでして…」
はぁ、とまたため息をつくマリア。
そんなマリアにクリスが声をかける。
「大丈夫だよ、マリア。マリアとボクは二人で一人なんだから」
血で赤黒く染まった顔に笑顔を浮かべてそう言うクリス。その言葉に慰められたのか、少し顔に笑みが戻ったマリア。
そのままマリアとクリスの二人は小屋から離れていく。そんな小屋に残ったのは、頭と体の切り離された新嶋 新と、樋川 栄一の死体だけだった。
それから数日後、世界中に『超能力者の開発に成功した』と言うニュースが報道された。
そのニュースを國島は指を加えながら見ていた。
そんな國島と同じように指を加えながらニュースの報道を眺める者たちがいた。
その者たちは表舞台には姿を現さず、裏世界で生きる集団。『裏世界の制裁者』、彼らはそう呼ばれている自然の超能力者の集まりである。