薔薇吸血鬼とメイドさん
山の上の古城には人食いの化け物が棲む。
初めにそう言い出したのはいったい誰なのでしょうか。
獣道すら見つけられないような深い深い山の奥。迷って野垂れ死んだのか、獣に襲われ息絶えたのか、はたまた化け物に食われたのか。きっと真実は誰にもわからない。
けれども山に踏み行った多くの者が帰ってこなかった。ただそれだけで、その山は化け物の棲処とされてしまったのでしょう。
そんな不気味な噂を持つこの山の上に建つ、蔓薔薇に覆われた美しき古城の主は、永年の魔道研究の果てに己が身を不死者の王に変えたへんじ……ごほん、偉大なる魔術師にして高貴なる伯爵さま。はるか昔、上古の王朝より爵位を賜りこの一帯を支配していたそうですが、度重なる夜会などの社交に疲れ果て、城ごと山を築いて引きこも……じゃなかった、孤高の存在になられたお方です。
白銀の艶やかな御髪を丁寧に後ろへ撫でつけ、燃えるような深紅の瞳には叡智の輝き。病的なまでに青白い肌、とがった鷲鼻、薄い唇からわずかに覗く鋭い牙。
我が愛しき主、吸血鬼ルチアーノ・ファルネーゼさま。
そんな主様に仕えるわたくしクラリッサは只の人間ですが。
はい、人間です。
別に血を吸われて眷属になったりとかもしていない、正真正銘の、彼氏いない歴イコール年齢の清らかなる乙女です。泣いてなんかいません。出会いがなくたって悲しくなんかありません。周囲には骨とか土とか鉄とかの動く人形と、向こう側が透けて見えるぼんやりした影しかいないけど。せめて新鮮なお肉の……あ、やっぱり止め。腐ったら臭そう。
主様になら喜んでこの純潔を捧げますけれども、残念なことに主様はとっくのとうに枯れ果……げふん、欲望という名の浅ましい感情を深遠の淵に投げ込んで、普段は清廉な生活を心がけておられ、自称いい感じに育ったわたくしの身体など見向きもしないのです。
出発点が悪かった割には結構育ったと思うのになー。このまま行き遅れるのかなー。そしたら責任とって貰って下さらないかなー。
というか是非とも行き遅れて責任とっていただきたいのになー。
「クラリッサ、鎧戸を閉めておくれ」
「はい主様」
お供の骨たちを引き連れて広間のお掃除をしていると、低く威厳のあるお声で主様がわたくしをお呼びになりました。魔術を用いているのでわたくしがお城のどこにいても主様のお声が届くのです。骨部隊にお掃除を継続するよう命令を下し主様の寝室に向かいます。
わたくしの仕事はお城のメイド。主様の身の回りのお世話が中心ですが、その他なんでもこなします。何しろ周囲には骨とか土とか鉄とかの動く人形以下略。
太陽はだいぶ西に傾いたとはいえまだまだ明るいこの時間。永きを生きた吸血鬼である主様は多少日の光を浴びたところで消滅してしまうような軟な方ではありませんが、やはり日焼けの痛みはあるようで寝室はなるべく暗くしています。今日は風を通すために窓を開け放っていたのが仇になってしまいました。
階段を数段飛ばしで駆け上がり、長い廊下を全速力で走り抜けて寝室に駆けつけると、主様は寝台代わりの棺の蓋を内側からどうにか開けて半身を起こし、少し眩しそうに目を細めていらっしゃいました。鎧戸をぱたぱたと降ろすとほっとしたように息を吐き出します。
「ふむ、どうにも眠りが浅い」
「やはり……」
近頃主様はとても眠りが浅く、日暮れ前には必ずお目覚めになるのです。夜の間もぼんやりすることが多く、どこか心ここに在らずのご様子。何やら御心懸かりのことでもあるのでしょうか。
「ううむ……年は取りたくないもんじゃなあ」
「年寄りは朝が早いって言いますもんね」
そう。主様は「永年の魔道研究の果てに己が身を不死者の王に変えた」お方。若き頃はさぞやと思わせる御尊顔は、まさに美貌と呼び慣らわすに相応しいのですが、いかんせん寄る年波には勝てず。いえ、若干後退した生え際や目尻や口元の皺一本一本すらわたくしにはたいそう好ましく、いっそこちらから押し倒したいと思うほどなのですが、いくら不老不死になったとはいえ若返ったりはしないのです。
つまり不死者の王になった時点で既に老年に達していた主様は、今も変わらず老年のまま。聞けば御髪も元は黄金であったとか。きっとお名前の通り光を集めたような豪奢な御髪だったのでしょう。嗚呼、見てみたい。
瞳は……こちらは不死者特有のお色ですからお年は関係ありませんね。
「寝室を北に移すかのう」
「北の間は冬の間非常に寒うございますが……その、節は痛みませんでしょうか」
「ぐぬ」
棺の中は天鵞絨が張られておりますし、羽毛のクッションも詰め込んでたいそう暖かいのですが、寝起きがいろいろと心配になります。血圧とか。特に主様は体温が非常に低くていらっしゃるので。
「まあ、おいおい考えるとするか。クラリッサや、朝餉――薔薇を取っておくれ」
主様はいそいそと襟元を乱していたわたくしに気づくと慌てて言い直してしまわれました。チッ。
「舌打ちするでない」
視線を外して誤魔化すと、サイドテーブルの上の大きな花瓶から朝摘みの薔薇を一輪取り、恭しく献上いたします。
主様が深紅の薔薇の花びらに、同じくらい赤い唇をお寄せになりました。ふわりと香気が漂い、薔薇はみるみるうちに色を失い灰となって崩れ落ちてしまいます。
嗚呼、わたくしはあの薔薇になりたい。悔しい。羨ましい。あんな風に、わたくしも主様の一部になりたい。主様の指の間からこぼれ落ちていく灰にまで嫉妬してしまいます。
薔薇の精気が主様の唯一の食餌。
わたくしの主様は吸血鬼であらせられるというのに血を吸われることはないのです。わたくしがここに来る、もうずっと以前から。
***
わたくしは山間の寒村のドが付くほど貧乏な一家に十番目の子として生まれました。上に兄が五人、姉が四人。生まれた瞬間から口減らし候補です。いえ、きっと母のお腹にいる間から。
今なら思う。作るなよ。あと口減らしするなら生まれた直後にしてほしかった。そうしたらひもじい思いも、死の恐怖も知らずに済んだのに。
まあおかげで今こうして生きているのですから細かいことは申し上げませんが。親を恨んでなんかいません。いないったらいないんです。
残念なことに薄いながらも子に対する愛情はあったのか、それとも「使える」かどうかを判断していたのか、どうにかこうにか乳幼児期を生き抜かされた挙句、六歳で見事口減らし対象に選ばれました。上に九人もいましたので満足に愛情を感じることもありませんでしたし、碌に食べる物がなくガリガリのやせっぽちでは、使えない判断になっても仕方ないとは思います。生まれ順という絶対的な差によって、一番身体が小さく、力も弱く、兄弟間における生存競争にことごとく破れてきた私が選ばれるのは必然だったのかもしれません。
ちなみにひとつ上の兄も選ばれたらしいけれど、別々に棄てられたのでその後のことはわかりません。わたくしのように誰かに拾われて幸せに生きていてくれるといいのですが。
おぼろげな記憶によると、父親に手を引かれて山を登り、半日以上歩き続けてふと気付くと独りぼっち。おそらく鳥か何かに心を惹かれ離れた瞬間にそのまま見捨てられたのでしょう。薄暗い木々の間を父の姿を求めて必死で探し回り、斜面を上ったり下ったり時に転がったりした結果、来た道も今いる場所もわからなくなって、途方に暮れたまま歩き続けたわたくしがたどり着いたのが、この古城の門でした。
おおよそ人の気配というものがしない城。城壁は蔓に覆われて、あちこちに大きな赤い蕾が膨らんでいるのに気づきました。荒れ果てた庭園ではありましたが、たくさんの薔薇がそれはそれは見事に咲き乱れています。月明かりに照らされたその威容にわたくしは震えました。村でまことしやかに囁かれていた噂。寝物語に聞いた御伽噺。
山の上の古城には人食いの化け物が棲む。
数多の命持たぬ眷属を従え、妖しげな黒魔術を用いる恐怖と死の王が。
山へ入るのはおやめなさい。捕まったら頭からぺろりと食べられてしまうから。
けれどもわたくしが震えたのは恐怖のためではありませんでした。わたくしはとっくに覚悟を決めていたのです。疲れ果て、お腹を空かせたまま彷徨い死んでいくくらいなら、いっそ一思いに食べてもらえないかと。
門扉は鉄でできておりましたが、幼児のわたくしが手をかければあっさりと開きました。開いたというか、あれは壊れたというのでしょう。何しろ押し開きか引き開きかも関係なく、上から倒れましたから。奥に向かって倒れてくれてよかったです。こちらに向かってこられたら間違いなく潰されていました。
死者すら目を覚ますのではないかと思われるほどの轟音を立てて門が崩れた後、わたくしは怯えながらも庭園へと足を踏み入れました。
そこで出会ったのです。
咲き乱れる薔薇の中に佇む長身の影。月明かりに白く浮かび上がる姿。畏敬の念に打たれて立ちすくむわたくしを振り返った、厳めしいそのお顔。
深紅の瞳が小さな侵入者の姿を捕らえると、驚いたように、そして可笑しそうに眇められました。
地面に引き摺るほど裾の長い外衣は、贅沢というものを知らなかったわたくしの目にもわかるほど上質なもので、まるで夜空の星をちりばめたようにきらきらしておりました。すべての指に色とりどりの石を嵌められた金銀の指輪が光り、額を覆う冠にもひときわ大きな宝石が輝いています。お伽噺の魔王か、そうでなければとても偉い王様に違いない。でもこのような山の上に、いくらお城に住んでいるからといって人間の王様のはずはありません。
ぽかんと口を開け馬鹿みたいな顔を晒して見上げるわたくしに、彼の方は思いの外優しい口調で尋ねました。
「おやおや。嬢やはどこから来たのかね」
片眼鏡の奥からの見透かすような眼差しに、わたくしはその場に身を投げ出しました。
「怖がらずともよい。さあ嬢や、迷子かね? 近くなら送っていって」
「たべてください!」
叫ぶようにそう言うと、彼の方は狼狽え焦りを帯びた声で返しました。
「嬢や。嬢や。そのようなことを言ってはいけないよ。儂はもう人は食わんのじゃ」
「たべて、ください……」
骨と皮ばかりの身体では大して美味しくもないでしょうが、生きるということに一切の希望を見い出していなかったわたくしには、一刻も早く楽になりたいという気持ちしかありませんでした。這うようにして進み、長い外衣の裾をつかんで縋り付くわたくしの頭を、大きく節くれ立った手が優しく撫でます。わたくしはその場に額ずいて何度も何度も食べて欲しいと訴えました。
「ううむ、確かに昔は食うというか、血を頂いたりもしたもんじゃが」
俯いていたわたくしには見えませんでしたが、後で聞けばそのときの主様は非常にしょっぱ……ごほん、弱りきった困惑のお顔をされていたそうです。ちなみに亡霊の皆さんに聞きました。皆さんとても親切でいい方なのです。
「今はもういらんのじゃよ。なにしろ……年のせいか胃もたれするんでのう」
***
そうしてわたくしは、血を吸わない吸血鬼ルチアーノ様に拾われて共に暮らすようになりました。
クラリッサという名前も主様に頂いたものです。
暮らし始めて、いきなり躓いたのは食べ物でしょう。主様は食餌を必要としませんが、人間であるわたくしは食べなくてはなりません。始めのうちは城の宝物庫に眠っていた魔道具の袋の中に、何故か保管されていたパンでしのぎました。この魔道具は中に入れたものの時間を止めてしまうということでしたが、それにしても優に数百年は経っているであろうパンを口にするのはなかなかに勇気のいることです。ふわふわと柔らかく、美味しかったからいいんですけど。とはいえそれらは数に限りがあります。
次に着る物。もともと着ていた服はすり切れてぼろぼろでしたし、捨てる子に着替えなぞ持たせるわけがありません。身体に十分な栄養が行き渡れば成長もいたします。何しろわたくしは当時六歳。まだまだ幼児の域を出ておりませんでした。
そんなとき、頼りになったのがこの城に住まう亡霊の皆さんでした。元はこのお城に仕えていた使用人や職人の方々です。主様が魔術で縛りつけているわけではありません。皆さん主様を置いて逝くことが心配で不安で仕方なく、なんとかならないかと気合いを入れていたら残ってしまったそうなのです。気合いってすごい。
彼らは入れ替わり立ち替わりわたくしの身体に入り込み、何から何まで教えてくださいました。わたくしの身体を使って。実地訓練というやつです。
狩りの仕方は猟師のグイドさんが。身体が小さいうちは罠を使って、大きくなってからは弓も使って。槍まで使わされたので今ではいっぱしの兵士の真似事もできますが、猪に立ち向かわせるのは止めていただきたかったと切に思います。
野菜の育て方と庭のお手入れは庭師のファビアーノさんが。お庭の片隅に小さなわたくし専用の畑を作り、やはり何故か宝物庫に保管されていた何種類かの種や種芋を蒔いて育てました。あの宝物庫、とりあえずなんでもかんでも放り込むという習慣でもあったのか、思わぬところに思わぬものが眠っているのです。今でも時折発掘作業を続けています。火の消えないランプとかいつでもいっぱいの水瓶とか、とても重宝するのに何故しまい込んでいたんでしょう。
お料理は料理人のピオさんが。食べられる野草や茸の見分け方は非常に役立つ知識でした。糸紡ぎと機織り、お裁縫はお針子のテレーザさんが。わたくしの寝室は練習で作った熊や兎のぬいぐるみでいっぱいです。腐乱死体や屍肉漁りの人形に見えるのは気のせいです。使った糸の色が前衛的だっただけです。
一番お世話になったのは乳母のアマリアさんと家令のフィデリオさんでしょう。とくにアマリアさんは主様の乳母だったという方なので、わたくしにとっても母のような方でした。主様のおそばに仕えるのであれば礼儀作法は必須と、フィデリオさんにはかなり絞られましたが、それもまた主様を思ってのこと。
皆さんなんと言うか、その、主様好き好きオーラに満ちあふれていらっしゃるので、身体を貸しているわたくしもかなりの影響を受けてしまったような気がします。ええ、主様はわたくしのすべてです。
わたくしという生身の人間が主様のおそばに在る、ということは亡霊の皆さんにとっても重要なことでした。何しろ彼らは魂持つ者にしか取り憑けません。いくら主様がわたくしの手伝いになるようにと骨や土や鉄を使って動く人形を作っても、彼らがそこに入り込むことは出来ないのです。骨は元々彼らの身体だったのいうのに、理不尽なものです。
わたくしに教えるという名目の元、全力で主様のお世話を焼いていた皆さんはきらきらと輝いておりました。見えないけど。輝きすぎて何人か天に旅立ってしまう方もいましたけど。
そういえば、見たこともないほど美しい薔薇が咲いたことがありました。
「おお、ファビアーノの手は素晴らしいのう」
と主様に声を掛けられた瞬間、感激のあまりわたくしの身体から抜け出てそのまま天に昇っていく気配がしたときは本気で焦りました。まだその年の収穫が終わっていないのに! 全力で引き留めた結果ファビアーノさんは今でも薔薇庭園を元気よく飛び回っております。世話をしたくてもわたくしの身体がないと出来ませんからね。普段は飛ぶだけです。
今では皆さんの助けがなくともわたくし一人でなんでも出来るようになりました。それまでの主様は、昼は棺で眠り、夜は魔道研究に没頭し、汚れも魔術で綺麗に片付けて、気が向いたら月光を浴びに荒れた庭園へ出て逞しく野生化した薔薇を食む、という生活でいらっしゃいましたが、今は何をやるにつけてもわたくしをお呼びになります。
「クラリッサや、手を貸しておくれ」
「はい、主様」
棺を出る時も、このように。
「う、ぐぐ……こ、腰が……膝が……」
節々の痛みを訴える主様の下に潜り込むようにしてお体を支えます。嗚呼、なんと香しい主様の匂い。先ほど吸われた薔薇の精気でしょう。胃腸も弱っていらっしゃるのでいろいろとダダ漏れになるようです。
「棺の新調もいたしましょうか。それともクッションを増やしますか?」
「そうじゃな。もう少し広く深くして、その分羽毛を増やすか……いや、深くすると出入りが……」
出入り用に階段でも設けましょうか。後で大工のシルヴィオさんに相談するとしましょう。勿論、作るのはわたくしですけど。
棺に立てかけておいた樫の杖を取り、主様はわたくしを従えて歩き始めました。その足取りは確かではありますが非常にゆっくりです。本来であればわたくしの立ち位置は斜め後ろですが、今は常に隣を歩いております。主様の片手はわたくしの肩に置かれているのですから。
転ばぬ先の杖二本。今この時、わたくしは主様の杖です。
「クラリッサ、いくつになった」
「十六ですわ、主様」
「……もうそんなにか。時の経つのは早いのう」
悠久を生きる主様にとって十年などたいした時間ではないのでしょうが、目の前にいるわたくしが成長期を迎えてすくすくと育つためか時の流れを意識するようになられたのです。
「いつまでもお前を縛り付けておくわけにはいくまいな……しかし……お前がいなくなれば誰が掃除を……」
何故か主様は事あるごとにわたくしを人里に帰そうとするのです。でも狩りのついでに少し足を伸ばしてかつての村を探してみたのですが、おそらく村であったであろう場所が見つかっただけで、人の姿などまったく見受けられませんでした。放棄して何処かへ移住したのでしょうか。あのまましがみついて暮らしていてもジリ貧だったでしょうから、村の人たちにとってもいいことです。
流行病で全滅とか野生の獣に襲われて全滅とかいう可能性もなきしにもあらずですが。
「お洗濯やお裁縫もですわ」
骨はまだいいのです。水仕事をさせているといつの間にか指が二、三本どこかに流れて行ってしまったりもしていますが、人間の骨格だけあって意外と器用ですし家事には向いています。でも土は農作業専用で城の中ではむしろ汚すほうですし、鉄は門扉の代わりですから破壊行為や守備には長けていても調度品を景気よく壊してしまうだけでしょう。亡霊の皆さんに至っては何かに触ることすらできません。主様おひとりのときは魔術でさっさと片付けていらっしゃったというのに、いつの間にかそれを忘れすっかりわたくしの手に頼るようになられました。
この十年、亡霊の皆さんと共に全力で世話を焼いた甲斐があるというもの。主様のおそばにはわたくしが必要なのです。
「わたくしはいつまでも主様にお仕えしますわ」
「しかしだな……」
「年古りて使い物にならなくなる前には眷属にしていただきたいです」
亡霊の皆さんと同じく肉体を無くしても主様のおそばに侍る気まんまんでおりますが、やはり実体を持っていることは大きいのです。
できれば、もうちょっといろいろなところが育ってから。主に胸とか、お尻とか。あとできれば衰えないうちに。五年後くらいが最良だと思われます。しわくちゃのお婆さんになってからの方が主様の隣に立つに相応しいというならそれはそれで構いませんが、若いうちに留めて欲しいのが乙女心というものです。
「わたくしは主様に拾われた時より永久の愛と忠誠を捧げております。主様にお仕えできることが我が喜び。どうぞいつでも眷属にしてくださいませ」
「む、むむ……その話は、また後でな」
残念、今日も逃げられてしまいました。首をかぷっとなんて贅沢は言いません。胃もたれしない程度に、指先をほんのちょっと齧っていただくだけで結構なのに。唇を舐めて食んでじっくりたっぷり味わっていただいても一向に構いませんのに。勿論その長い指でわたくしの大切なところを暴いてくださっても、喜びこそすれ厭うことなんてありません。
このクラリッサ、主様の御為ならばいつだって共に棺に入りますわ。全裸で。
美貌の老吸血鬼が薔薇に口付けるお耽美なシーンを思い描いていたはずなのに、出来上がったのがこれとか。
残念な吸血鬼と残念なメイドと残念な使用人(故人)しかいない……。