May Day
独りになるか、勝手に孤立するか
決めるは自分
世界を、救えますか?
*
若い頃に人は様々な事を学ぶ。
それは個人によって様々なのは言うまでも無くて、それは出来事であったり、誰かの言葉であったり、その両方かもしれない。
自分で確信してしまう人間もいるだろう。
僕は、一人の女の子・・・・・・いや、未知との遭遇で変わることが出来たのかもしれない。
変わる事は、簡単だけど、凄く難しい事だと理解した夏の日の出来事。
あの時僕は・・・・・・
1
校舎裏に僕はいつものように<友達>の呼び出しを受けていた。
リーダー格である茶髪野郎、後は体格が良い坊主頭と背の高い用心棒みたいな奴を連れている学校の中でも有名な連中だ。
悪い意味でだけど。
「じゃあ今月の友達料、確かにもらっとくからな」
「ホント、良い友達持ったよな」
「またよろしくな」
僕はいつものように・・・・・・七回もお金を渡していればそう感じてしまうだろう。
だけど、拒否すれば殴られる。
殴られるのは嫌いだ。
幼い頃から弱虫で、でも高校になるまでイジメを経験していなかったのは周囲の人々が優しかったからかもしれない。
悪く言えば、僕は周りに甘えてここまで育ってしまったのだろう。
お金さえ渡せば全てが丸く収まる。
今回も、お金で殴られずに済んだ。
そのようにどこかで安心している弱い自分が、最も嫌いだった。
甘えて生きて来た事を突き付けられたようで、弱い人間だと言う事実を突き付けられて「お前は価値の無い人間だ」「強い人間の餌だ」と言われているかのようで嫌だった。
だから僕は、命を絶つことによってアイツらに復讐しようと思います。
屋上への階段を上り、書いておいた遺書を上履きを重しにして置くと、僕は手すりを乗り越えて屋上の縁に立つ。
酷く高い場所の様に思える。
頭から落ちれば苦しまずに死ねるだろう。
「父さん、母さん、こんな子供で・・・・・・ごめんなさい」
深呼吸してから飛び降りよう。
大きく息を吸う、そして
「ねぇ」
反射的に僕は振り向いていた。
そこにはクラスの女子がつまらないものを見るかのような目で突っ立っていた。
目線も会わせずに彼女は続ける。
「死ぬくらいならどうしてやり返さないの? 弱虫」
邪魔だな。
これから死ぬのに、後味が悪いじゃないか。
「あぁ、そうだよ・・・・・・君が言う通り、僕は弱虫だ」
再認識する事になっていた。
自分が、今何をしようとしているのかを。
屋上から地面の距離が、遠くなったように感じる。
「だけど今まで一回だって喋った事ない、ただのクラスメイトの君に・・・・・・僕の何が解るって言うんだ!」
「そう、失望したわ」
その言葉が、酷く重いものに感じた。その言葉に対して、僕は怒って逃げるしかなかった。
「何なんだよさっきから! 僕が死のうが君に関係ないだろっ!」
「そうね・・・・・・私には何の関係も無いわ」
彼女が初めて目線を僕に向けた。
その視線が何処か、僕を見ていない様な無機質なものに見えた。彼女は本当に感情と言うものを表に出さずに言葉を紡いでいる。
初めて会話したけど、妙な女の子だ。
「でもね・・・・・・どっちにしろこのままじゃ、あなたを含めた地球上の全人類が殺される事になるわ」
「・・・・・・・・・・・・は?」
俗に言う中二病と言うものなのだろうか。
それとも、この子も僕をバカにしているのかもしれない。
そうに違いない。
「君まで僕をからかうのか・・・・・・もういい」
今飛び降りれば、この子も澄ました顔は出来ないだろう。
「実は私、人間じゃないの」
そう来たか。
何なんだ? 人間じゃないなら、どんな存在なんだろう?
気になっていた。いつの間にか、彼女の言葉に耳を傾けてしまっていた。おかしなものだと自分でも感じる。死のうとしていたのに、彼女の妄想に付き合いたくなっていた。
「へぇ、じゃあ君は何? エイリアンだとでも言いたいの?」
妙に真面目に聞き返してしまう。
映画に出てくるような気持ち悪いエイリアンを想像しながらも、彼女から長いエイリアンの尻尾が伸びている所を想像すると少しだけ笑えて来る。
「えぇ、それに近い存在かも知れないわね・・・・・・正確には」
彼女は両手を広げる。
「地球とは異なる星の高等生命体によって作られた<人工知能搭載型人型偵察機>簡単に言うならば、<アンドロイド>ね」
唖然としたのも久しぶりだった。
「君、面白いね。その話、もっと詳しく聞かせてよ」
バカバカしい、でもこんな妄想より自分の書いた遺書の方がもっと下らない物のように感じ始めていた。
「ようするに。君は地球を偵察するために送り込まれたアンドロイドで、人類が地球に生息するに値しない愚かな生物だと判断した場合・・・・・・地球はエイリアンに支配されるって事?」
僕たちはコンビニで買ったアイスを食べながら学校近くの河川敷で話していた。
話すと言っても、傍から見れば電波を撒き散らす中二病コンビとしか見られないだろうけど、それだけでも僕の心は救われていたんだと思う。アイスを食べる彼女の横顔を見ていても表情は変わらない。
「このままだと確実に地球はエイリアンに支配されるわ」
映画のシナリオでももう少し捻るよな。
そんな事を考えながらもなかなか面白い設定だ。
「私は別に地球がどうなってもかまわない・・・・・・でも」
彼女はそう呟くと立ち上がり、
「あなたなら地球を救えるわ」
始めて彼女が笑った。
少し驚いてから、僕も力が抜けた様に笑っていた。
「アイスありがとう。それじゃあ」
そう言うと、彼女は去っていった。
「地球を・・・・・・救う、か」
何故か、自分が強くなれたような気がした。
僕にはよくわからないけど、それが全能感と言う感覚だと知ったのはもう少し大人になってからだった。
「よぉぉぉおし! 見てろよ! 僕が地球を救ってやるよ!」
2
翌日だった。
いつもなら一月に一、二回の程度で集って来た奴らが僕を取り囲んだ。
「昨日ゲーセンで金スっちゃってよぉ。ちょーっと金足りねーんだわ」
心臓が嫌なリズムで動き始める。
いつもならお金を渡して、早くコイツらが消えて欲しいと願うだけだけど。
「悪いけどよぉ・・・・・・金貸してくんね?」
嫌だ。
「わ、悪いけど僕も今お金なくてさ」
そんな程度だった。精一杯の勇気で放った言葉は余りにも小さくて、弱々しくて、簡単に吹き消されてしまう蝋燭の火の様な抵抗だった。
「あぁっ⁉」
茶髪が大声で凄んだだけで僕の言葉は遮られて、簡単に打ち砕かれた。
「俺たち友達だよなぁ? 友達が困ってるっつーのにお前は助けねぇのかよ!」
「うぐっ!」
制服のネクタイを掴まれて怒鳴られて完全に僕は縮こまってしまった。きっと情けない顔をしているんだろう。
あぁ・・・・・・結局、僕弱虫じゃん
「ご、ごめん」
茶髪がニヤッと笑う。
良かった・・・・・・機嫌を直してくれたらしい。
「いくら?」
「五千円でいいぞ、やっぱお前最高の友達だわ」
「あはは」
ふと、彼女と目が在った。
窓際の席に座っていた彼女は昨日の様な無表情で顔を逸らした。
「はは・・・・・・」
い、今僕・・・・・・世界一カッコ悪いな
「サンキュー」
僕のお金をいつものようにむしり取って行く、奴の顔が遠ざかって行く。
僕は本当に・・・・・・こんなんでいいのか?
あなたなら、地球を救えるわ
昨日の彼女の顔と言葉が頭をよぎった。
僕は、もしかしたら嬉しかったのかもしれない・・・・・・始めて言われた「貴方なら」なんて言葉、背中を始めて押されたんだ。
そうだよ・・・・・・いいわけないじゃん、だって・・・・・・だって僕!
地球を救うって決めたじゃないか!
「待てっ‼」
茶髪とその取り巻きが足を止める。
僕は連中とは逆に足を前に出す。
「そのお金やっぱり返してくれ!」
連中の顔はハッキリと驚いている事が解る表情を浮かべた。
「それと、僕から今までとってったお金! それも全部だ!」
僕が叫び終わると殆ど同じタイミングで茶髪の拳が僕の顔面へ飛んできた。
直撃したパンチは今まで生きていて中でもトップクラスな痛みと共に僕を吹っ飛ばした。机や椅子をぶちまけながらひっくり返る。
「テメェ・・・・・・いつから俺にそんな口きけるようになった?」
拳を受けた左頬が痛む、口の中が血の味で満たされている。
鼻血も大量に出て来るし、唇からも血が溢れて来ている。
「今までの金は全部友達として俺に献上してくれた金だろ? それを返せって言うんだからどうなるか分かってんだろうな? いいのかお前? この学校から居場所消してやるぞ」
僕を見下しながらそう言う茶髪は、僕にしては恐ろしく映った。
でも、もうそんなのは関係ない。
「あぁ、勝手にしろ」
もう引かない。
何も譲ってやるものか! お金も、プライドも、僕の命も!
「お金で付き合うような、ウソっぱちな友達なんていらない‼」
二度と負けてたまるか。
彼女にもらった勇気も、こんな奴らのために捨ててやるもんか!
「そんな奴らとつるむくらいなら僕はひとりになったってかまわない!!!」
きっと僕は泣いているんだろうな。とても怖い。この期に及んでも怖いモノは怖い。
「献上? ふざけるなっ! もう二度とあんな惨めな思いはしたくないんだ!」
怖くても、僕は負けたくない。
ここで、僕は戦わなくてはいけない。勝ち目なんか無くても全力で、弱々しい拳が武器でも、ひとりぼっちでも!
僕は拳を振り上げ、戦いを挑んだ。
「失礼しました」
職員室で僕はこれまでの事を全て話した。
お金を取られていた事、奴らにやられていた事を話してこれからは先生も僕を助けてくれることとなった。
もう放課後だ。
帰ろうと顔を上げると、職員室の前で彼女が待っていた。
その顔はとても嬉しそうだった。
「見直したわよ。人間も結構頑張るのね」
「あのさ・・・・・・それ、もうやめない?」
もう、その設定はいらない。
僕は、何処まで行っても地球は救えない。救えるのは、自分の事だけで精一杯だ。
「でさ、よかったら・・・・・・僕と友達になってよ」
少し照れくさいが、僕は右手を彼女にさしだす。
「・・・・・・え」
え?
僕も彼女と同じくそう小さく言っていた。
それは、彼女の瞳に涙が見えたからだ。
「だめだよ」
「?」
「私はアンドロイド・・・・・・私となんて友達になったら、あなたまで危険な目に巻き込んでしまうかもしれない」
その声は震えていた。
女の子が泣いている緊急事態に、僕の思考は半ば止まっていた。
彼女の表情は、それは悲しそうで・・・・・・とても苦しそうで、彼女に会う前の弱虫な僕の様で言葉が探せない。あるとしたら、一つの疑問だけだ。
なんで、君が泣かなくちゃいけないんだよ。
「ごめんなさい」
「あっ! まって!」
彼女は逃げる様に走って行ってしまった。
やっぱり、アンドロイドなんてウソだよ。
「アンドロイドは、涙なんて流さないよ」
3
最初は、腹が立ったのかもしれない。
あの人を見ていると、自分と同じ事をしていたから。
だからあの時話しかけたのかもしれない。自分を呼び止めているみたいだったし、それでも彼が飛び降りるだろうと心のどこかでは思っていた。
私なら、飛んでいた。
出来る訳ないって思いながら彼に偉そうなことをたくさん言った。何様だろう? 私だって同じなのに。
期待はしてなかったけど、彼は急に私とは別の種類の人間になってしまった。勇気を振り絞って、なんで彼は立ち向かえたんだろう。
解らない。
聞こうともしたけど、友達になりたいという彼に不思議と納得した。
彼には心の支えがあったのかも知れない・・・・・・私にはないもの、手に入れよとしたら全員が敵になってしまった。彼の強さに憧れたけど、それ以上に寂しかった。
なんで、あなただけ強くなってしまったの?
自分勝手だなと思うけど、本音はそう。
もう、そんな弱い自分が嫌だ。
「やめろぉぉぉぉぉおおお!!!!!」
彼の声が聞えた。
大きな声、昨日もそんな大きな声で戦っていたね。
「ごめんなさい、やっぱり私・・・・・・あなたみたいに強くなれないみたい」
4
奴に殴られた傷が痛いけど、もう奴らにお金を取られることは無い。
心が軽やかになった爽快感もすっかりとなりを潜めていた。彼女の事が引っかかっていたからだろうか、今日あったら詳しく聞いてみようと考えていた。
そうしていたら、何やら騒がしい。
「おい! 早まるなっ!」
不吉な言葉だ。
彼女に止められなければこのセリフは自分に向けられたのだろうか、と視線を屋上へとあげたら。
「うそだろ?」
そこにいるのは、彼女だった。
なんで屋上の縁に立ってんだ? 同じだ、僕と同じ事をしようとしているんだ。
「何やってんだよ。やめろよ・・・・・・やめろ」
死ぬ。
彼女が死ぬ? ふざけるな、なんで彼女が?
「やめろぉぉぉぉぉおおお!!!!!」
声の限り叫ぶ。
理屈なんかない、死んでほしくない。
「どうしてそんなとこいるんだ!!! 危ないから早くそんな所はなれろ!!!」
何かを彼女が呟いた。
理由はないけど、それが合図だと直感した。僕が深呼吸をしてから飛ぼうと決めた様に。
「待っ・・・・・・!」
彼女は飛び降りた。
ズルいよ・・・・・・僕には死ぬなって言ったくせに
君のおかげで僕は・・・・・・生きることを始められたのに・・・・・・
死ぬくらいなら、なんだって出来るじゃないか!
「このっ! 弱虫!!!」
聴いた事の無い鈍い音を立てて彼女は地面に叩き付けられた。
5
彼女は、裏で壮絶なイジメを受けていたらしい。
思えば彼女の言っていたことの一つ一つが、自分自身に向けての言葉だったのかな? なんて気がした。
あの時、彼女が屋上にいたのも本当は・・・・・・
僕が彼女のメーデー<救難信号>に気付いていれば、こんな事にならなかったかもしれない。
でも
「よかった。元気そうで」
「当たり前じゃない。私はアンドロイドなのよ?」
屋上から飛び降りたのにも関わらず、彼女は七か所の骨折で済んだ。
僕も本当に驚いた。まさか彼女は本当にアンドロイドなのかな? なんて思ったりして
「あのさ・・・・・・なんで飛び降りたかは聞かない。だけどさ、何か悩んでいる事があるなら僕に話してくれないかな」
「あなたに・・・・・・私の何が解るの」
「ははっ」
なんだ! 君も、同じだったんだ。
「僕さ、実は人間じゃないんだ」
目を丸くする彼女に僕は大真面目に自分の正体を明かす。
「僕の正体はエイリアンに造られた<人工知能偵察ロボット>で、地球を偵察しに来たんだよ」
今度は、僕の番。
「人間は愚かな生き物で、このままでは地球はエイリアンによって支配されてしまう! 僕は別に地球がどうなろうが知ったこっちゃないけど」
力強く、彼女を指差して僕は叫ぶ。
「君なら! 地球を救えるんだ!」
少し恥ずかしい。
でも、彼女は嬉しそうに笑う。
「ふふっ、バカね<人工知能搭載型人型偵察機>よ」
涙を拭う彼女に、僕は右手を差し出す。
「だからさ、次は君が世界を救ってくれる?」
「うん」
彼女の手が僕の手を掴む。
彼女が僕を助けてくれた。僕も彼女を助けたい。
弱虫は、もうどこにもいない。
碧月たゆらさんをよろしくお願いします!