極悪魔王(外見)な宮廷魔術師と、薄幸の精霊姫(外見)な令嬢の話
追加:シブレ・ニュンペー男爵(38)の失敗(恋愛要素なし、前書き、後書きに注釈があります)
シブレ・ニュンペー(38)は、軽犯罪者が入れられる石牢の中で、何十回目になるかわからないため息をついた。
これまでの苦労と努力が、たった一つのボタンのかけ違いから始まり、全てご破算になった、と。
シブレは、田舎町の商家の息子だ。
商才があったようで、成人し家業を継いでから、寝る間も惜しんで働き続け、都で商売をする糸口をつかむことに成功した。
地道に販路を広げ、知己を増やし、他の商店との摩擦を最小限に抑えてきた。
二年前、都に居を移してからは、今まで以上に精力的に働いてきた。
周辺国との摩擦問題があり、国境付近が不安定だからこそ、売れるものがある。
小競り合いが繰り返されているからこそ、必要とされるものがある。
もっと!もっと!と上を求め続けて、気がつけば、貴族向けの高価な商品や、移り変わりの激しい流行品を扱うようになっていた。
騒乱への不安感情を埋めるために贅沢する客は、シブレにとっては上等なお財布だ。
貴族は太い客だ。
もっと、今まで以上に優良な取引相手として見てもらいたい。
しかしシブレは平民であり、いくら駆けずり回って商品を取り揃え、金を稼いだところで、貴族と対等になれるわけもない。
そこでシブレは爵位を金で買うことにした。
そういう話を、商売仲間から聞いていたのだ。
貴族相手には、うまく立ち回らなくてはいけない。
それこそ爵位を金で買って、対等という上っ面を作ってでも、と。
金で男爵になったシブレは、貴族位を得た後も仕事に追われて、貴族社会の慣習や作法など、必要なことは雇った執事任せにした。
貴族としてやるべきこと、やらなければならないこと、は後回しにして。
一から勉強して順応する必要性は感じていたが、現場を駆けずり回ることを優先していた。
ニュンペー男爵家の本業である、田舎町の領主業に関しては、先代の男爵が健在なので、今まで通りやってくれ、と見向きもしなかった。
シブレは、金を欲しているのではなく、金を稼ぐことを欲していた。
彼は重篤な仕事中毒者だった。
仕事しかない人生が、シブレの行く末に暗雲をもたらしたのだが、この時点では気がついていなかった。
時間は少し戻り。
人並みの顔立ちで、楽しみは仕事のみ。
商売は軌道に乗ってきたのに、死ぬまでの道筋が見えてきてしまった二十四歳の時、シブレは理想を見つけた。
この頃には、シブレは自分(の恋愛対象)が人とは違うことを悟っていた。
同年代の女性を愛せないのではないか、と気がついた時は恐れ慄いた。
街を歩く少女に、聖性を見出してしまう自分が怖かった。
休日であっても、共に過ごす恋人もいない。
家にいてもやることがないので、と散歩に出て、一人寂しく茶店で茶を飲んでいた。
ふと見ると、道端で少年と少女が言い合いをしていた。
喧嘩か、と思っていると少女が見たことのない綺麗なアッパーを少年に繰り出し、茶髪の少年が吹っ飛んだ。
「だ、大丈夫かい?」
少年が倒れたまま動かないので、思わず駆け寄って声をかけた。
仰向けに倒れて目を回している少年に、やけに目つきが悪いな、と思ったものの、少年が昏倒したことでおたおたしている少女の方が気になった。
ほんのり緑がかった色の薄い髪、まつ毛が長くてパッチリとした大きな瞳に、透き通るような白い肌。
抱き上げたら折れそうな華奢な体つき。
シブレの理想がそこにあった。
もちろんノータッチ!だ。
彼は善良で重症な、少女を愛する者だった。
それ以来、まだ都に店を出す前のシブレは、町で二人を見かけるたびに、今日も仲がいいなぁ、と羨ましい気持ちで見つめていた。
そして、シブレの気持ちは、異様に目つきの悪い少年には透けていたらしい。
どこの少年ギャング団員だ?と見てとれる少年は、殺される!と感じるほどの、鋭くキツイ視線をいつも向けてきた。
シブレは少年と目が会うたびに、そそくさと見ていないふりをして、立ち去り。
ついに二人と会話をすることはなかった。
それでも、他の子供達が名前を呼んでいるので、なんとなく名前は分かった。
あの少女は、あの目つきが悪い少年が怖くないのだろうか?
どこからどう見ても、非行に走っていそうな少年なのに。
と考えた。
この頃から仕事が忙しくなってきて、シブレは二人の姿を追うことも少なくなる。
なんとなく〝あの少女は、気が強いのだろうな〟と思い、だんだんそれが、本当だと思い込んでいた。
そのうち、二人の姿を探すこともなくなり、シブレは忙殺されていった。
◆
金で平民を婿として受け入れてくれる奇特な家が見つかり、大喜びで向かったシブレは、自分を待ち受けていた男爵とその娘を見て、心底驚いた。
「・・・(まさか、まさか?)ペルティル・・嬢?」
シブレは、貴族間の礼儀作法、貴族社会の暗黙などをほぼ知らず、知識の足らないまま、プェルティリュを妻にした。
全てを急ぎ過ぎていたが、商売人として、チャンスが見えているのに、それを放り出す事ができなかった。
結婚誓約書とは別に、金銭契約書を交わし、妻を文字通り買った。
それでもシブレは、少女の面影を残すプェルに期待を持っていた。
もしかしたら、自分の少々異常な性癖を満たしてくれるのではないか?と。
この頃には、シブレは自分の性癖も理解していた。
ペルティルが思っていた通りの(S性癖の)女性なら、もしかしたら、愛する事ができるのではないか?と思った。
しかし、話して判明したのは、妻はごく普通の女性だ、ということだけ。
がっかりしながら、シブレは契約上の〝妻として迎え入れる〟を理由に彼女を抱いた。
自分が精一杯だったことと、これまで仕事の付き合いで娼館などに赴く事もあったため、貴族子女は純潔を守って婚家に嫁ぐという基本的常識も、あまり理解していなかった。
シブレは、かなり無自覚にプェルの花を散らしていた。
さらに、少女の面影を残していたからこそ、なんとかなったものの、シブレは(二度と妻を抱くことはないだろうな)と逆に落ち込んでいた。
たった一度でも期待したせいで、落胆は大きかった。
仕事漬けでも、時間は過ぎていく。
あっという間に半年が経ち。
(また腹がきつくなってきたな)とシャツのボタンに手をかける。
運動不足と、ストレスによる過食が原因だ。
分かっていても解消できなかった。
今夜も、貴族主催の夜会に出席しなくてはいけない。
貴族はこちらに袖の下を要求してくるばかりで、国境周辺が安定した近頃では、吝い客になりつつある。
(手の引き時だろうか)
シブレは貴族服に袖を通しながら、深々とため息をついた。
(もう何日も、自宅で寝てないな。
契約上の存在とはいえ、妻は、元気にしているだろうか)
埒もないことを考えて、シブレは首を振った。
パラリと茶色の髪が垂れ、最近、気のせいか薄くなってきた気がする現実から逃避する。
「仕事だ、仕事が待っている」
そう自分に言い聞かせながら、シブレは居室を後にした。
・・・そして、魔王に出会った。
◆
シブレが夜会の開かれていた会場から、大慌てで番頭を連れて屋敷に戻ると、そこにはギニュック?の言っていた通り、王家の紋章入りの書簡が届いていた。
恐々と中身を見て、身体中の血が凍りついた思いがした。
(全店の閉鎖命令?
国内販売許可登録の抹消?
なんだ、これは!?
まさか・・・あいつが、ギニュックが仕組んだのか!?)
喚き出したいのを必死で耐え、シブレは離れへと駆け込んだ。
男爵家のために金を出してやったのに、自分を蹴落とすことに、妻も共謀しているのか!?と怒りを募らせて。
怒りで〝爵位を買う〟という、褒められる事のない行為に、自身が手を染めている事実は、頭から抜け落ちていた。
・・・そこで、妻として迎えた女性が、爵位欲しさに迎えてはいけなかった相手だと、知った。
シブレは愛してもいない女性を、妻にしたことを後悔した。
離れで頭にきて「妻は我が物だ」発言をしたせいで、死にかけたのだ。
宮廷魔術師筆頭の名は、巷に蔓延る悪評通り、本物なのだ、とシブレは思い知らされた。
宮廷魔術師筆頭、と名乗られた時に、相手が何者か気がつかなかった自分を、責めるしかなかった。
〝鏖の魔王〟
それが、ギニュック?の二つ名だと思い出しても、もう遅かった。
(妻に国家転覆とかいうでまかせを叫んだ番頭は、どうなるんだ。
女中は、下男は、料理人は。
せめて、家人に次の職が見つかるまでの詫びをしなくては)
連行されながら、足元が泥沼になったような気がして、シブレは目を下に向ける。
日々に追われている間に、随分とでっぱった自分の腹が見え、涙がこぼれた。
◆
シブレは供述で無言を貫いた。
口を割りたくないのではなく、何も話したくないほど疲れきっていた。
今になって商売仲間の言っていた「貴族相手には、うまく立ち回らなくてはいけない」を恨んでいた。
自分には商才があるのだ、と傲慢になっていたことを知った。
今までの自分の人生が、丸ごと失われた衝撃から、抜け殻のようになっていた。
それと同時に、貴族社会での綱渡りという、最大のストレスから解放されたことで、安堵のため息もついていた。
シブレは、静かな石牢の中で過ごす内に、心の底に沈んでいた澱のような淀みが、少しずつ消えていくのを感じた。
わずかに聞こえる早朝の鳥の声と夜の虫の声が、幼い頃を思い起こさせる。
仕事しかなかった人生が、いかに無味乾燥だったのか。
たとえ人になんと思われても、自分好みの、愛せる女性を探すべきだったのかもしれない、と思った。
毎日のように、ギニュックの知り合いだという、警ら隊長が、なぜか直々にシブレに話しかけてくる。
ほとんどはたわいもない話だったが、時折、シブレがどうしたいのか、を探っているようだった。
シブレは、答えを出した。
目の前に示された〝取引〟に乗ることにしたのだ。
◆
(今、ここにいられるのは、こいつのおかげなのか・・・?)
貴族を取り締まる法は、民間のものとは違う。
シブレがそれを知ったのも、牢に繋がれている間のこと。
民間での贈賄や着服は少額が多く、判明しても取りざたされる事自体が少ない。
しかし貴族間では犯罪としてよりも、体面を保てなくなるという意味で、重く受け止められていた。
大金を払って、貴族らしく隠居の上で蟄居(軟禁生活)するか、(シブレ個人の)財産没収で国外追放か。
贈賄を求めてきた貴族を売る、情報取引の見返りとして、シブレに選択肢が示されたのは、偶然だ。
偶然、ニュンペー男爵家の令嬢を妻にしたことで、シブレ自身も救われていた。
もしも他の貴族令嬢を妻にしていたら、妻とともに路頭に迷っただろう。
悩むことはなかった。
妻との結婚生活を続ける理由が、シブレには存在しない。
商売のために爵位を欲したのであり、妻を欲したわけではない。
醜聞がどこまで広まっているか分からない上に、財産も失った以上、国内に残っていても、新しく商売を始めることはできない。
人の噂も七十五日とは言うが、それは商売人に限っては当てはまらないのだ。
信用第一の仕事では、一度失った信用は七十五日程度では取り戻せない。
捕縛時に(一応)貴族であったシブレに、投獄されるという結末は存在しない。
貴族には、基本的に投獄が存在しないせいだ。
隊長は、現状を把握させる意味で「投獄」と言っただけで、本来なら〝屋敷で軟禁〟だった。
供述を重ね、シブレが何を罪に問われているかすら理解していない、と分かったからこそ、警ら隊隊長がそう言ったのだ。
シブレに課された罪科そのものは、軽くなったわけではないが、〝鏖の魔王〟のお陰で、永続的な軟禁を免れることになったと見て、間違いないらしい。
恩赦が出たのは、男爵家の方だ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ない」
「いや、こちらこそすまなかった」
内心で複雑な思いを抱きながら、シブレは目の前の魔王が「選別だ」と差し出す鞄を受け取る。
足首に嵌められた飾りを見るたびに、自分の見通しが甘かったことを思い出すな、とシブレは自嘲的な笑みを浮かべた。
少なくとも、裸一貫で、やり直す機会は得られた。
シブレは(身も心も、すっかり軽くなったな)と、苦い気持ちと清々した思いを抱きながら、街道を進む。
牢内で過ごし、出ていた腹は奢っていた心とともに落としてきた。
行商人としてやり直せるかは、シブレ次第。
現在、国家間の緩衝地帯は安全だ。
魔王が、目を光らせているから。
空は高く、小鳥が太陽に求愛をしていた。
お互いの差異など、一顧だにしないで。
◆ ◆
宮廷魔術師筆頭という、使い勝手のいい対外政策用の駒を、国は重く見ていた。
顔は魔王と呼ばれるにふさわしい強面だが、中身を知れば、性格はどこにでもいそうな、しかし、少々危険?な執着心を持つ人物で。
戦場では敵前線を結界で阻み、緩衝地帯に追い返すことさえ、容易くしてみせる。
無駄に顔が怖く体格が良いせいで、魔術師に反発しがちな騎士達ですら、その言を重く見る。
これの弱味を握れるなら、握ろうと思わない有力者はいないだろう。
宰相や大臣達が揃って、雁首を並べた結果。
地方の領主家でしかない男爵家一つと引き換えに〝鏖の魔王〟に言うことを聞かせられるなら、安い、と裏で情報操作を行うことを決めた。
今回の件で、魔王を警戒する貴族も増えた。
国外だけでなく、国内にも牽制として使えるな、とその場にいた者達はほくそ笑んでいた。
ヒラであった頃の失態である、初めの魔力暴発はともかく、それ以降の戦場で、ギニュルックディムは戦果をあげている。
一度の偶然で〝魔王〟などと言う二つ名が着くはずがない。
これが〝魔王〟ではなく〝英雄〟だったら。
虐げられた花嫁を愛する一途な英雄、として華々しい話題になったのだろうが、国民にとって魔王は興味の対象として捉えられた。
初めて社交の場に顔を出したプェルティリュが、精霊の如き麗しい容色を持っていたために。
顔が悪人ヅラで、頭一つ以上背の高いギニュルックディムと並ぶと、拐われてきた精霊姫のようにしか見えなかった。
貴族達は、魔王が精霊姫欲しさに、何人もの貴族を殺した、と嘯いた。
国民は魔王と精霊姫のうわさ話にばかり興味を向けた。
そんなことを知らないギニュルックディムは、いつでも、薄い色の髪を撫で付け、鋭い目つきで周囲を睨めつけ、肩をいからせている。
その姿を見た人々はさらに「不遜な魔王だ」と言いあう。
本人にとっては、ただ立っているだけで、さらに内心では(貴族怖い、関わりたくない)と思っていても、それは表情に出ない。
日差しが眩しいと目を眇めれば、睨まれたと何人もが震え上がり。
話しかけられて返答に悩み、言葉に詰まって無言になれば「そんなことも分からないのか?」と脅された!と影で言われ。
あ〜腹減った〜、と無表情で立っていれば、人を痛めつける方法を考えているのだ、と思われながら。
彼は今日も強面を利用され、多くの人に誤解されながら、通常営業で魔王を続ける。