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塔の中の少年へ

作者: 叡苦

すぐに終わる歴史物語です。

 彼が生まれたのはダビデ王が治めるイスラエル王国。その王城の端にそびえる塔の中。王と国の軍人の妻の間に生まれた不義の子であったために、母と引き離され、父からは疎まれ、塔の中に幽閉され続けてきた。親を知らず、愛を知らぬ少年に心を教えたのは変わり者と言われている天使だった。

「ソロモン、愛しき人の子。寂しさは僕が埋めてあげよう。悲しさは僕が消してあげよう。だから、泣かないで。僕のソロモン」

 天使は歌うように彼に語り掛けた。彼はそっと顔を上げ、微笑みを浮かべた。

「ありがとう、ラジエル。僕を救う光は君だけだよ。ありがとう、心優しい僕の天使」

 二人は静かな塔の中、寄り添って過ごしていた。




「天使は年を取らないのだね」

 数年が過ぎ、少年は青年と呼べる年になっていた。一方、天使は幼い姿のままだった。

「元々、天使に年齢は無いんだよ。生まれた時から変わらない姿のままさ」

 天使は少し寂しそうに言った。青年は不思議に思い、天使に尋ねた。

「なぜ、寂しそうな顔をするんだい?不老不死は遥か昔から人の夢だというのに、君は素晴らしいとは思わないのかい?」

 それを聞いた天使は悲しそうに言った。

「素晴らしいものか!僕にとっては辛いものでしかないよ。だって僕は人が好きだもの。なのに皆、僕を置いて、死んでいってしまうんだ。こんなに悲しいことがあるかい?」

 泣きそうな顔をする天使は幼い姿のまま、この世界が生まれた時からの日々を振り返っていた。他の天使達からは己の特異な立場の為に遠巻きにされ、人の友は自分よりも先に老い、死んでいく。それでも人を愛する心を変える事など出来はしない。この心は全ての天使が生まれたその時、神より授けられたものなのだから。天使にとって、この心は己が神の使いであるという証であり、誇りなのだ。捨てようとして捨てられるものではない。

 苦しむ天使を青年は切なそうに見ていた。いつか自分もこの心優しい天使を置いていくのだろう。その時、この天使はまた涙を流すのだろうか。悲しみ、苦しむのだろうか。自分はそんな思いをさせたくて、傍に居てもらっている訳ではないのに。あぁ、神よ。もし、貴方様に慈悲がおありでしたら、どうかこの天使を救ってやってください。どうか、わが友に安らぎを。そう、心の底から祈った。



 それから、また時が過ぎた。青年は成人していた。彼は天使が分け与えた知識と生まれ持った才能で己が王の器を持つこと示した。彼は喜んだ。これで、父・ダビデ王に認めてもらえるのではなかろうか、と。けれど、その思いは裏切られた。王は彼に死か追放か、選べと言った。王は彼を認めなかっただけでなく、彼を国から消そうとしたのだ。__彼は追放された。




 彼は人ならざる者達と旅に出た。たった一つ、人ならざる友が皆で力を合わせ作り上げた、この世に一つしかない竪琴を持って。彼は己に加護を与えた三柱の天使と己が呼び出した三柱の悪魔と共に旅の吟遊詩人としていろいろな国々を渡り、たくさんの知識を蓄えた。いつか父が自分を認め、迎えてくれることを信じて。




「お前達は悪魔なのに悪魔らしくないね。人を慈しむなんて、まるで天使のようじゃないか」

 ある時、青年が笑って言った。ある悪魔は笑って答えた。

「これは可笑しな事を言う。僕達が天使のようだなんて、可笑しな人だ。少なくとも僕は人を慈しんでいるつもりはありません。ただ、興味があるんですよ、人間にね」

 笑いながら言った悪魔の隣で、不機嫌そうな悪魔が言った。

「俺は命を大事にしない奴が大嫌いなだけだ」

 顔をしかめたまま、そう言うと、プイッとそっぽを向いてしまった。もう一柱の悪魔はとても小さな声で「僕は悪魔ではなく、堕天使なのですが」と呟いた。それを聞いた青年は微笑んで言った。

「なるほど。アモン、マルファス、マルコキアス、お前達が変わり者だということが分かったよ」

 僕に呼び出されただけの事はある、と青年は声をあげて笑っている。悪魔達は、本物の変わり者は彼の方だと呆れていた。天使達はその様子を微笑ましく思っていた。すると、それに気が付いた悪魔が彼に何とか言ってやってくれ、と目で訴え掛けた。天使はハァ…と溜め息を吐きながら、彼に言った。

「アンタの方がソイツらよりずっと変わり者だろう」

 すると、彼は笑って言った。

「違いない。悪魔召喚が本当に出来るのか試すような変わり者など、僕ぐらいだろうさ」

 また別の天使が言った。

「笑い事では済まされませんよ、ソロモン。現れたのが彼らのような悪魔としての変わり者だったから良かったものの、もし凶悪な悪魔だったらどうするつもりだったのです」

 天使が説教をするように言うと彼はさも可笑しそうに答えた。

「その時は、お前達が助けてくれるだろう?特にお前は」

 天使は彼にそう言われると、何も言えなくなり、黙り込んでしまった。それを見ていたもう一人の天使は彼に賛同して言った。

「マリクもメタトロンも考え過ぎなんだよ。上級天使、しかも内二人は大天使なのだから、悪魔を倒すことぐらい出来るさ。それに僕達がまともな天使だったらどんな悪魔でも殺していただろうさ。それを考えれば僕達も変わり者ということだよ」

 最も長く生きている天使に言われては、他の天使は口を挿めない。何よりも彼に最初に加護を与えたのはこの天使なのだ。彼に関する事ではこの天使には逆らえない。

「流石、ラジエルだ。この二人を一度に黙らせるとは」

 さも愉快そうに彼は言った。長い付き合いだからこそ、こうして笑い飛ばしてしまえるのだろう。生まれたその時から一緒に居るだけのことはある。そう思ったのか、他の天使達と悪魔達は苦笑した。




 そしてまた数年が過ぎ去った。青年は国に呼び戻された。しかし、彼が呼び戻された理由はダビデ王が失脚し、追放されたからだった。ダビデ王の他の息子達は皆、一様に傲慢で王に相応しくなかった。さてどうしたものか、と国の大臣達が困り果てていた時、青年の母であったバテシバがこう進言したのだという。

「お聞きくださいまし。私はバテシバと申す者でございます。前王陛下にはもう一人、陛下が追放なさった御子息があらせられます。その方はとてもご聡明でいらっしゃるとか。その才を恐れた陛下によって追放されましたが、今も吟遊詩人として生きていらっしゃいます。その方を呼び戻してはいかがでしょうか?」と。

 それを聞いた大臣達は藁にも縋る思いで青年の容姿を使いに教え、探させていたのだという。

「どうか、どうか我々の頼みを聞いてはいただけませんか?この国を治める王となってはいただけませんか?」

 大臣達は城にやって来た彼に頭を下げて懇願した彼は困ったと言いたげに後ろに居る天使達、悪魔達を振り返った。好きにすればいいと言うような目で天使達、悪魔達は彼を見つめた。彼は大臣達の方へ向き直り、少しの間、逡巡した後、「こんな僕でも構わないのなら」と答えた。こうして彼はイスラエル王国第三代国王となった。

 その後、彼は王としての才覚を示し、民や周辺諸国の王からも慕われるようになった。




 しかし、平和は長く続かなかった。青年の国に戦乱の影が掛かった。追放された前王・ダビデが多くの兵を引き連れ、国に攻め入ろうとしていたのだ。青年は王として兵と己の友である天使達、悪魔達と共にダビデと戦うこととなった。

「ソロモン、一応実の父だぞ。戦えるのか?」

 悪魔が尋ねた。若き王は答えた。

「仕方ないよ。僕の国を害する者は誰であっても、許すことは出来ないからね」

 苦笑いを浮かべて彼は進軍を開始した。少数の軍ではあったものの、人ならざる者も多く、ただの人間の軍が勝てる道理などありはしなかった。かくして、ダビデとの戦いはすぐに終結したのだった。捕らえられたダビデは終身刑とされ、王城の地下牢で死ぬまで罪を償うこととなった。若き王は国民から讃えられ、その命が尽きる時まで英雄として名を轟かせた。




 偉大なる英雄が死んだ日、一柱の天使が冷たくなった彼に問い掛けた。 


  __塔の中の少年へ、

      貴方の生きたその日々は、

        幸せでしたか?


    どうか、貴方の世界に幸多からんことを。__




 その天使は誰も見たことのない、美しい天使だったという。


読んでいただきありがとうございました。

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