常盤翔の長い一日
変わり映えしない日常、平凡な毎日、俺――常盤翔はそんな生活に飽き飽きしている。
空から女の子が降ってこないかと思い見上げても青空が広がるばかり、地面から魔法陣が現れて異世界に召喚されないかと下を見てもまっすぐ伸びたアスファルトがあるだけだ。
「空を見上げてたと思えば今度は地面ばかり見て。何か落ちたりでもしてるの?」
「いや、何でもないよ」
「ふーん、ま、翔が変なのはいつもの事か」
「おい、変って何だよ、変って」
「それは自分の胸に聞いてくださーい」
そう言いながら幼馴染の桜井紗那は俺の視線から逃れるために早走りで駆けていく。
まぁ自覚はあるんだ、自覚は。
刺激的なイベントを探すための挙動不審な行動が多いからな。
だが小さな積み重ねがいずれは大きな変化へと変わり、何かが起きるのではないか。と僅かながらの希望を持ったりもしている。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
学校に着いてからもやることは変わらない。
授業授業授業――繰り返される授業。国語数学理科社会英語、社会に出てからどれだけ役に立つのやら。
「よう、翔。相変わらずつまらなそうな顔をしているな」
「ほっとけ」
昼休みになると友人の唐沢轟が声を掛けてくる。
「そんなお前に朗報だ。人気絶頂のアイドル聖魔LOVEGIRLのコンサートチケットが手に入ったんだ! 勿論2人分だ!」
「あー、悪いが他の奴と行ってくれ。アイドルの追っかけはもう飽きた」
「ちょ、お前・・・いくらなんでも飽きるの早くないか?」
「追っかけしてた時は楽しかったんだけどな。けどなんか違ったんだよなぁ」
「はぁ・・・翔らしいっちゃ翔らしいけど、ラブガ仲間がまた1人減ったのは少しさびしいぜ」
轟はチケットをひらひらさせながら去っていく。
うむ、悪いな戦友。俺は戦闘不可能なため戦線離脱だ。俺の分まで戦ってきてくれ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
放課後、俺はぶらぶらしながら町を歩いている。
意味もなく駅前をうろついたり、ゲーセンでUFOキャッチャーの腕を磨いたり、公園でベンチに座って空を眺めたりと何かが起こるのを期待してだ。
まぁそんな簡単にイベントが起きればこんな無駄な事はしていないが。
駅前の階段を歩いていると目の前にいた爺さんが足を踏み外し急に倒れてきた。
俺は慌てて支えてやるが、爺さんの持っていた荷物が階段にぶちまけられる。
「爺さん大丈夫か?」
「すまんのう。おかけで怪我をしなくて助かったわい」
俺は階段に散らばった荷物を拾い上げ爺さんに渡す。
「おお、重ね重ねすまん。
そうだ、助けてくれた礼にこれをやろう」
爺さんはそう言いながら懐中時計の様な物を俺に渡してくる。
くれるって言うなら貰うが、何だこれ?
「これはリープクロックと言って1日が48時間になる時計じゃ。
午前0時、つまり真夜中の12時になる時にこのボタンが押されておればもう24時間1日が増える。
勿論時計の所有者のみにしか効果が無いがの」
いや、言っている意味が分からないんだが。
「まぁ実際使ってみれば分かるじゃろう」
爺さんはそう言いながら去っていく。
そして俺の手には訳の分からない時計だけが残された。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺は爺さんの言う事を信じたわけじゃなかったが、夜中の12時前に俺はその時計をじっと見つめながら例のボタンを押す。
時計の針が12時を回り暫く待って見るが何も変わった様子は見えなかった。
「なんだ、何にも起きないじゃないか」
俺は何だかんだ言いながら期待していたことに気が付いてガッカリしていた。
だが俺はこの時部屋の様子をよく観察していれば気が付いていたはずだった。
部屋に散らばっているものがさっきまでと変わっていることに。
次の日の朝、朝食を食べながら朝のニュースを見ていると聞いたことがあるような話ばかりだった。
「あれ? このニュース昨日もやってなかったっけ?」
「そう? 私は初めて聞くニュースばかりだけど」
テーブルの向かいで朝食を食べている母さんは「何を言っているのかしら、この子」と言わんばかりの顔をしていた。
「おっかしーなぁ、ってあれ!? 今日金曜日だよな? 何で木曜日になってるんだ?」
テレビの日付を見ると何故か1日前の日付になっていた。
「馬鹿なことを言ってないで早くご飯を食べなさい。今日は誰が何と言おうと木曜日よ」
はぁ!? いやいやいや、木曜日は昨日だろ?
理不尽に思いながらも母さんに急かされ朝食を終えた後、学校へと送り出される。
家を出た後、隣の家から紗那が出てきて一緒に学校へ登校する。
その登校時の会話は昨日聞いた内容と全く同じだった。
学校へ投稿しても授業の内容は昨日受けた内容そのままで、昼休みに現れた轟が持ってきたものはやっぱりラブガのチケットだった。
俺はその日の授業が終わるなり一目散に家へと帰り、部屋の隅に放り投げていた例の時計――リープクロックを手に取った。
「マジか・・・これマジか!
あの爺さんの言っていることが本当なら昨日が繰り返されているってことになる。
つまり1日をやり直せるってわけだ!」
これを上手く使えば失敗のない最高の人生が送れるって事じゃないか。
俺は最高のアイテムを手に入れたんだ。
俺はそれからと言うもの、最初の1日を出来るだけ明確に記憶して次の日で修正しながら最高の1日を過ごしていた。
テストがあれば終わった後答えを確認して記憶し、やり直した次の日に全部の答えを埋めて100点を取る事なんか簡単だった。
お金に関しても何の心配もいらなくなった。
ロト7の答えを記憶しておけば、やり直した次の日に買い直すことも可能だからだ。
喧嘩など身の危険が迫るようなことは事前に察知しておけるから、争いに巻き込まれるトラブルは無くなる。
「翔、お前最近すっごく調子いいじゃないか」
「まぁな。今の俺は絶好調だからな!」
とは言え、あんまり調子に乗りすぎると周りから目立つからな。
少し押さえて生活した方が身のためか。
それこそ無用のトラブルに巻き込まれるかもしれないし。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そんな生活を送っていたある日、事件は起きた。
珍しく帰りが一緒になった紗那と歩いていてビルの工事現場付近を通った時に、突如後ろからトラックが突っ込んできたのだ。
俺の横スレスレを通り抜け、トラックは壁に激突する。
トラックと壁の間に紗那を挟んで。
突然の出来事に俺の頭は真っ白になった。
目の前で紗那が死んだ。
その日俺はどうやって家に帰って来たか覚えていない。
そうして部屋でリープクロックを見て頭が鮮明になる。
「そう・・・だよ、この時計があるじゃないか。これがあればやり直せる! 紗那を助けることが出来るんだ!」
俺はリープクロックのボタンを押して午前0時が過ぎるのを待つ。
0時が過ぎ、スマホの日付を見ると間違いなく1日前に戻っていた。
次の日の朝、朝食もそこそこに紗那の家の前で紗那が出てくるのを待つ。
「あれ? 翔、今日は早いね。おはよう」
「ああ、おはよう」
よし、今の時間の紗那はまだ生きている。
絶対に事故に遭わない様に回避しないと。
俺は逸る気持ちを抑えて放課後まで一日を過ごす。
放課後、紗那と一緒に帰りながら会話もそこそこに周りの様子を伺う。
そして事故の時間が来ると俺達の後ろからトラックが突っ込んできた。
俺は紗那の手を引きトラックを回避する。
トラックはそのまま壁に突っ込みフロントがぐしゃぐしゃになりながら止まる。
よし! 助かった!
そう思いながら手を引っ張った紗那の方を見ると、空から鉄骨が降ってきて紗那は鉄骨の下敷きになって死んでしまった。
「ああ、あああああああああああああああああああっ!!!」
何でだよっ! 助かったじゃないか! 何で鉄骨何か降ってくるんだよっ!!
もうやり直しは効かない。やり直す1日はもう既に終わってしまっている。
それでも俺は必死になってリープクロックのボタンを押した。
「戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せ戻せっ!!」
我武者羅に押した結果なのか俺の思いが届いたからなのか分からないが、気が付けば俺は自分の部屋に居た。
慌ててスマホの日時を確認すると嬉しい事にやり直す前の1日に戻っていた。
俺は今度こそ助けられるよう、放課後に紗那と別の道を歩いて帰る。
だがまた紗那は死んでしまった。
今度は別の車が突っ込んできてだ。
俺はまた我武者羅にリープクロックのボタンを押す。
また1日が巻戻る。
そうしてまた紗那は死んでしまう。
何度も何度も1日を繰り返すがどうやっても紗那は死んでしまう。
酷い時になると突然通行人が狂ったようにナイフを振りかざし紗那に突き立てるのだ。
これはもう紗那がどうやっても死ぬ運命だと確定されているように見えた。
冗談じゃない。
こんな理不尽な死に方があってたまるか。
俺は何度でも紗那を助けるためにリープクロックを使う。
「ねぇ、大丈夫? 随分やつれているけど・・・なんか老けて見えるよ?」
「ああ、心配ない、心配ないよ。大丈夫大丈夫」
いつも通り朝に紗那を迎えに行くと、心配そうに声を掛けられた。
一向に助けられる気配が無く、俺は随分と焦燥していた。
随分と酷い顔をしているのだろう。
最早諦めた方が楽になるのではと一時はくじけそうになる。
だがそんなことは出来なかった。
目の前で紗那が死んでから気が付いてしまったこの気持ち。
こんなところで失って堪るか。
そうして何十回、何百回、何千回、どれ程の1日を繰り返しただろう。
「あの、どちら様ですか?」
迎えに行った紗那の口から出たのはそんな言葉だった。
「な、何言ってるんだ。俺だよ、翔だよ」
「・・・ストーカーですか? なんで翔の事を知っているの? 嘘を付くならもう少しマシな嘘をついたらどうですか?」
「ちょっ、ストーカーは酷いよ。なぁ何ふざけているんだよ」
「あんまりしつこいと警察呼びますよ」
紗那はそう言ってそのまま逃げるように行ってしまった。
俺は何が起きたのか分からずに呆然としていた。
ふらふらと歩きながらショーウインドウのガラスに映った自分の姿を見て驚愕した。
「な・・・んだよ・・・これが、俺か・・・?」
ガラスに映っていた姿は中年と言っていい老けた俺だった。
「どうなってるんだよ、これ・・・」
そううな垂れていた俺に声を掛ける人物がいた。
「おや、貴方はもしかしてリープクロックを渡した少年か・・・?」
あのリープクロックをくれた爺さんだった。
「ふむ、どうやらリミッターを外して時計を使ってたみたいだの」
「リミッター?」
「貴方ももうご存知かと思うが、あの時計は1日を何度でもやり直すことが出来る。
だがその代わり失われるものもある。それが使用者の1日の寿命でな。
使えば使う分だけどんどん老けていくのだよ」
マジかよ・・・じゃあ俺はもう十数年も年を取ってしまったのか?
「だから時計にはリミッターを掛け最低の2倍で済ませるようにしておったのだよ」
「リミッターって簡単に外れる様なものなのか?」
「普通は外れないのう。余程強い意思が無ければな」
俺が紗那を助けるために強く願ったからリミッターが外れたのか。
「かく言う私もその時計を無制限に使用してしまった愚か者だよ。
私はこう見えてまだ30代だ。だが時計の所為でこの有様さ」
目の前の爺さんはどう見ても80歳くらいに見える。
これでまだ30代?
「この姿の所為で前の生活は捨てる羽目になってしまった。
身元の保証も出来ないためまともな職に就くことも出来ん」
あまりの出来事に俺は絶句した。
俺も既に片足を突っ込んでいる状態だ。
「時計は持っているとどうしても使いたくなってしまうので貴方に差し上げた訳だが・・・貴方もその時計は手放した方が良さそうだ。残りの人生を無駄にしないためにもな」
爺さんはそう言って去っていく。
ああ、手放すさ。流石にこんな風になってまでこの時計を使いたいと思わないさ。
但し紗那を助けた後でな。
今、紗那を助けることが出来るのはこの時計の力だけだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
姿が変わってしまった為、紗那を助けるアプローチを変えることにする。
朝になると母さんが起きる前に家を出る。
その後今まで起こった事故を検証しながら原因をしらみつぶしに潰していく。
原因が無ければ事故は起きない。
そう思って何度も何度も何度も1日を繰り返す。
遠くから見守る形で紗那を助けようとする。
だが無情にもそ紗那は目の前で死んでいく。
こうして1日を繰り返すたびに俺は年老いてく。
気が付けば俺はよぼよぼの爺さんになっていた。
もうお迎えが来てもおかしくない年齢だ。
こんな状態で紗那を助けても何の意味もない。
最早まともな生活は出来ない上に、数日もすれば死んでしまいそうだ。
そこで俺は気が付いた。
紗那が死んでしまうのは1人の人間の死が決まっているからだ。
だったら紗那でなく誰か代わりの人間の死を与えれば助かるんじゃないかと。
そう、代わりになる人間はここに居るじゃないか。
老い先短い命、紗那の為に使うなら喜んで捧げようじゃないか。
気が遠くなるほど繰り返した毎日。
一番最初に死んでしまった工事現場の前で俺は紗那が来るのを待つ。
紗那が目の前を通り過ぎる時、後ろからトラックが迫る。
俺はよぼよぼの体を必死に動かしながら紗那を思いっきり突き飛ばす。
次の瞬間、俺はトラックと壁に挟まれてそこで意識が途絶えた。
驚いた表情だったが最後に紗那の顔を久々に間近に見れて嬉しかった。
目の前には知らない天井があった。
いや、よく見ればここは病院だ。
何が起きたのか不思議に思いベットから起き上がると、やけに体が軽いのに気が付いた。
「戻っている・・・」
シワシワだった手は10代の張りのある肌に戻っていた。
「翔! 良かった、気が付いたんだね!」
どうも付きっきりで俺の傍にいたらしい紗那が嬉しさのあまり抱き付いてきた。
「もう何日も目を覚まさないから心配したんだよ」
話を聞けばトラックと壁に挟まれたにも拘らず、奇跡的に傷一つ負わなかったらしい。
だが事故のショックからか一向に目が覚める気配がしなかったとか。
奇跡的に助かったとはいえ年老いた姿では身分証明など問題になると思っていたが、その時の俺の姿は10代の高校生に戻っていたみたいで、緊急入院の手続きやら、母さんへの連絡やら問題なく出来たみたいだ。
どうして元の姿に戻ったんだろう。
俺はふと思いだし脱がされた制服のポケットからリープクロックを取り出してみると壊れていた。
時計が壊れたから今まで使っていた時間が戻ったのだろうか?
まぁなんにせよ紗那は助かったし若さは戻ったし良しとしておこう。
そして時計は壊れてしまったので2度と1日をやり直すことは出来ない。
もっとも二度と時計を使う気にはなれないが。
あの気が狂いそうになる永遠とも思える毎日をもう一度やれと言われれば俺は速攻で拒否をする。
こうして俺の長い1日は終わりを告げた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あの日から俺は1日1日を噛みしめて大切に生きている。
この何気ない日常こそが幸せなのであり、退屈な毎日こそが健康でいられる証拠なのだ。
俺はその教訓を胸に、戒めとお守り代わりに壊れたリープクロックを懐に入れている。
「翔、その時計大事に持ってるね。壊れたんだから買い換えればいいのに」
「いいんだよ、壊れていても。俺に大切な事を気づかせてくれた時計だからな」
「ふーん、そう言えば翔、何か前よりも元気になったよね」
紗那が「良かったね」と微笑む。
そう、俺はもう1つ気が付いた大切な思いを今日言葉に出す決心をしていた。
「紗那、今から大切なことを言うぞ。俺―――――」
Fin
―――あなたならこのリープクロックをどう使う?―――