輪廻
「―――世界が明日で終わる事は皆さんご存知だと思います。それで今日は○○局が心を込めて最後のラジオを送りたいと思います―――」
…本当に明日で世界が終わるとして―――。
人類は一体何をしたいんだろう…。
きっとこんな人類がいるはずだ。
――― 最後の最後までどうにかできないかと足掻く者。
――― 神に願う者。
―――― 家族と団欒し過ごす者。
―――― いつも通りに過ごす者。
―――― 一人でもいいから逃げようと考える者。
それは人それぞれだが、”そんなの嘘だ”と思って笑っていた者も最後には人の焦り、怒り、恐怖を感じる。
人類はそういう風に出来ている。
そんな人類の中でただ一人の少年の願いは笑顔で死ねる事だ。
ただただ、隣にいる少女と笑いあって死ねるなら…と。
そう、思っていた。
――――
世界が終わると知って一カ月。
世界が終わるまで1日となった。
夏休みの休日だというのに制服姿で俺、山辺萌は近所の川辺でただボーっとしていた。
今日までの一カ月間ここに来てはボーっとするの繰り返し。
最後のであるその日も俺はただ一人で川辺にいた。
「萌。こんな所で何してるの?」
ふと見上げた時に見えた見慣れた顔があった。
聴き心地が良い高さの声。
その声が俺が川辺を訪れるもう一つの理由だった。
「あぁ、花か…。お前こそ今日は早いんだな?」
少女、神埼花は俺のクラスメイトであり近所の住人である。
花は俺がここに来て数日目に偶然出会ってからは毎日やってくるようになった。
ただ今日は、いつもより来る時間が早かった。
「私は…最期の日の前に萌に言いたいことがあったの。」
「…言いたいこと?」
花は真剣な眼差しを俺に向けている。
いつも俺の側に来ては笑ってる花が真剣な眼差しを向けるのは珍しいことだった。
こんな顔初めてみた…。
いや嘘だ…。
…本当は知っている。
俺は花が何をいいたいのか本当はどんな少女なのかも知っているのだ。
「萌と私は…ずっと昔。一緒にいた…。多分…愛しあっていたの…。」
「うん…。」
やっぱりそうだった、と俺は思った。
俺自身も花と同じ記憶を持っている。
その場にいる俺と少女は巡る輪廻の中で生まれ変わって出会っていたのだ。
きっとそれは何千も何万も何億分の1の確率でも起きることはないだろうと
「来世も、お前の…」「来世も、あなたの…」
『傍に…』
確かにそういって笑って抱き合いながら炎のなかで俺と少女は人生を終えた・・・はずだった。
でも、生まれ変わり出会った。
俺は彼女に手を伸ばそうとして動きを止めた。
花が今にも泣きそうな顔をしながらもまっすぐに俺を見据え何かを言いたげな表情をしたからだ。
花は自身を奮い立たせるように手を強く握り口を開いた。
「本当はね…言わないでいようか悩んでたんだけど、私、昔の記憶が戻る前から…萌のこと好きだった。
記憶が戻ってから尚、貴方のことを愛しいって思った。」
俺は目の前の少女を見つめる。
この言葉を待っていたのかもしれない。
「花…」
そっと花の頬に手をあてそのまま彼女の頬につたう涙を拭う。
そして返す言葉を言おうと俺も花を見つめた。
「俺も…お前に伝えたいことがあるんだ。俺も…神埼花、お前のことを好きだよ。心から愛してる。」
花の瞳からは涙が溢れ出した。
心から花が愛おしい。
どうして今まで俺は伝えてやれなかったのだろう。
たぶん、自分が愛した人間が再び目の前から消えてしまう事を恐れていたからだ。
「私も山辺萌のことを愛しています。」
生まれ変わって、恐れていてばっかりだった俺は花に決して優しくは接さなかった。
でも、花が目の前で萌を好きだと…
生まれ変わってもなお萌を愛してると…
名前通り花のような笑顔で言ってくれた。
その言葉以上に萌が求めていた物はなかったのだと思う。
なぜなら俺の心はとても満ちている…。
「おいで…花。」
俺は数百年ぶり自分の胸に飛び込んでくる彼女を抱きしめた。
久しい感覚。
細い腕も、綺麗な髪も、可愛い瞳も俺は花の全てを…愛している。
「花…。俺の元に来てくれてありがとう。そして俺を好きでいてくれてありがとう。」
素直に俺の口から出た言葉だった。
それに続くように花も俺に言う。
「萌…。私を愛してくれてありがとう。抱きしめてくれて…ありがとう…。笑ってくれてありがとう。」
それを聞いた途端俺の頬を熱い何かが零れた。
「俺、笑ってる?」
「うん、笑ってる。」
両親がいなくなってから俺は笑う事を忘れていたはずだった。
花の言葉に思わず手で顔を確かめるように抑える。
「萌、もう笑おうよ。十分だよ。最後の一日くらいあの日みたいに一緒に笑おう。」
一度取り戻したものを手放すことは慣れたはずだった。
でも、花の傍で笑っていたい...とそう願っている自分がいることに気付いた。
広がる青空を見つめて笑って見せる。
「父さん、母さん…俺、笑っていいかな…。」
確かめるように空に手を伸ばす。
もう片方の手には世界一大事な少女を抱いて。
”笑いなさい。”
風が吹くと同時にいないはずの両親の声が聞こえた気がした。
俺は声に出さずに空に向かって”ありがとう”と言うと花に微笑んだ。
「なぁ、花。世界が終わる時まであと少ししかないが…。それまで俺はずっとお前の側にいたい。花も…俺の側に居てくれないか?」
「はい…。私もあなたと一緒に居たいです。」
そう言った彼女の顔があの頃の彼女の顔と重なる。
とても綺麗で昔と変わらない自分が一番愛する人の愛しい笑顔。
「ありがとう。」
俺は花にふれるだけの口づけを落とした。
相変わらず、口づけをするたびに赤くなるところは変わらないらしい。
そんな赤くなる花の頬を優しく撫でた。
花は恥ずかしそうに目線だけを下に落としている。
「お…お腹すきませんかっ!?」
花はいきなりパッと俺の方を向いて言った。
いきなりの敬語と、裏返った声に…俺は声を漏らして笑った。
それを見て花は顔を再び赤く染めた。
「格好いいよ、萌。」
「いきなりなんだよ。」
いきなりの言葉に俺も頬を赤く染めた。
「なんでもないっ、私お腹空いたから何か食べ行こうっ!」
花は俺の手をとり歩きだした。
耳まで真っ赤になってむきになって先導する花。
花の一つ一つの仕草が可愛くて愛おしい。
町中に入ったところでふと俺は苦笑気味に花に声をかけた。
「花...町まで来たけど、何処に食べに行くの?」
その言葉に花は足を止めて振りかえった。
「考えてなかった...。」
「俺いい所知ってる、そこ行かない?」
逆に花の手を握り萌は人通りが少ない道を歩き出した。
今まで話せなかった事をお互いに話しながら歩く。
それは互いに相手の事を知ることが出来た幸せな時間だった。
それから少し歩いてたどり着いたのは小さな古い食事処だった。
それは昔ながらの趣があって綺麗とは言えないながらもどこか安心できるような雰囲気を出していた。
「ここ、覚えてる?」
俺はその古い食事処を指差して花に尋ねた。
”私ね、ここのご飯大好きです。”
”俺も好きだよ、お前の飯食ってる時の幸せそうな顔が見れるから”
前世の記憶がフラッシュバックして花の頭の中に流れる。
幸せそうに向かい合って食べる前世の俺と花。
”萌はいつもお稲荷さん食べるよね。”
”あぁ、俺はこれが一番好きだから。まぁ、お前が作るのが一番上手いけどな。”
花は何かを思い出したかのように嬉しそうに微笑むと俺に”ちょっと待ってて”と声をかけて一人食事処に入っていった。
待っているように言われた俺は近くにあった木に寄り掛かって花が戻ってくるのを待つ。
30分もしないうちに花は風呂敷に包んだ箱を持ってきた。
「ごはん作ってきたから、あの神社に行こっ。」