表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テスタメント  作者: 竜丸
81/82

第15章 兎と獅子の星崩し (1)

     1


「いいかのう」

振り向く駅員は、僕と終演の格好を見て少し、一息吸うよりも小さく驚いた。普通の人には感じ取れない程度の変化だが、僕たちみたいな恰好をしている人間は気付いてしまう。周りも、哀れなものを遠巻きで見るように僕たちを避けてくれるので、歩きやすくて有難いという利点はあるけど、やっぱり気分がいいものじゃない。

「はい、何でしょう」

十分良く慣れている、お得意先の機嫌を損なわない笑顔。驚いた顔よりこっちの方が似顔絵として描き易いと思う。この土地が目的で訪れた人でも、乗り変えだけで寄った人にも、平等に与えてくれるんだろうな。もし僕たちが周りの人に声を掛けたなら、こうはいかない。

アーティックレイは、世界で最も列車が集まる町。交通の便がいいから、発展も著しくて、住んでいる人たちも豊かだった。そのせいか、町を訪れる人たちもそれなりの格好をしないと、否応なしに目立ってしまう。今の僕たちのように。

僕だって少なからず、いえ、まあ、数える程度、いや、本当は、二回……ですが! それでもこの町を訪れたことぐらいあります。その度に、その二回とも、あまり気分がいい町じゃありませんでした。

少し汚い……。かなり穴も開いてるし、破れてるし、泥汚れが酷い服装をしていますよ、静華以外は。確かに、今日で三度目にも拘らず、駅の中でさえ迷うほど変化の激しい、見た目の綺麗な町には、僕たちは不釣り合いな格好ですから、仕方ないことかもしれません。ただ、見た目だけで人を判断するのはあまりよくない、ということをこの町から教えてもらったことには感謝してます。

「クラ・スターまで行きたいんじゃが、切符売り場は何処にあるんじゃ。広ぉて、どこにも見当たらん」

ええ、もう四十分過ぎました、切符売り場を探し回って。前来た時には、ここまで広くなかったはずだけど……。

「あぁ、それでしたら、私がご案内いたしますが、クラ・スター行きの列車はすぐに出発できない状況にあります。おそらく今日中には出発することができないと思いますが、今日の切符をご購入いたしますか?」

あぁ、嫌な言葉だ……。すぐに出発できない理由って、一体何なんだよ。お願いだから、トラブル関係じゃありませんように。

横では、舌打ち交じりに面倒くさいのうと呟き、駅員を見上げている。

「何かあったんか?」

「いえ、大したことではありません。星の守護様が所有している列車が、二日前から点検でクラ・スター行きの線路の上で停車していまして、我々の列車が運行できないのです」

今、世界で最も力を持っているのが、星の守護だというのは明らか。そして次に力や財力が強いといわれているのが、列車運営会社・土の管。名前の由来は、はっきりと覚えていないけど、血管から取ったと、何かで読んだ記憶が……。

「全く、迷惑な奴らじゃ。どれ、ワシが話でもつけてやるか」

終演を知っている人がいれば、すぐに話は通りそうだけど、知らなきゃ門前払いで終わりそうだな。知らない人がぱっと見ただけで、終演があの終演であると分かる人が果たしてどれぐらいいるんだろう。断言できる、一人もいないって。噂は異常なほど誇張されているんですから。何せ、本当の終演は僕よりも小さいんですよ。

それでも向かおうとする終演の前に、駅員が慌てて回り込んだ。動き出した列車に飛び乗ろうとしている乗客を止めるように、素早く。

「何するんじゃ」

「いえ、それは、あ、も、申し訳ありませんが、意見を申し上げるのでしたら、私が係わったということは、内密に、お願い、出来るでしょうか」

あぁ、なるほど。そしてこれが、終演のことを知らない人の、当たり前の反応。

土の管は確かに大きな組織ではあるけど、星の守護には遠く及ばない。だからこそ、こんな理不尽に線路の上に列車を止められているのに、文句の一つも言わない。いや、言えない。

そこに、二択の見た目をした老人が突然現れ、駅員から話を聞いたからって、文句を言いに行かれたら、それはそれは大変だ。可能性は低いけど、星の守護の機嫌を損ねかねない。例えこの駅員の笑顔が百個並んでも、お得意様という関係ではなく奴隷と王様といった関係の前では無駄の一言に終わってしまう。

「何をそんなに怯えとる。列車に関連しとる星の守護なんぞ、たかが知れとるというに」

こちらのことを見て見ぬふりをしていた人々の足が一斉にこちらを向いた。

不思議なことに、小さな町では気にされない言動が、大きな町であればあるほど気にされることがある。その最たる相手は、星の守護。人が多ければ悪口の一つや二つ出てもおかしくないのに、公共の場ではもちろん、ホテルなどの中でもその手の話はタブーになっている。皆怖いんだ。星の守護という存在が。

「あ、そ、そういったことは――」

「すいません。お爺さん、最近ボケが始まってこの手のことを口走るようになってしまったんです」

これで誤魔化せるだろうか。

「何言っとるんじゃ! ワシのどこが――」

ダメだって分かっていましたよ。ええ、予感はしてました。でも、ねぇ。態々台無しにするようなことを口走るなよ、「終演お爺さん。少し黙りませんか?」

でないと、二度と口を動かせないようにしますよ。

「あ、そ、そうじゃった、ワシ、最近ボケが酷くての。ところで、ワシはさっき、何を言ったんじゃ?」

足音がまた僕たちを包んだ。よし、何とか乗り切った。駅員の顔にはまだ疑いの二文字が残っているけど、まあ、大事にはならないだろう。主にこの駅員にとって。

「分かった。今日は諦めるとして、星の守護専用の宿は出来とらんか? SR通りとER通りにある施設は、如何せん古ぅて寝心地が悪い」

二度訪れた時は、それぞれの通りにある施設に泊まったんです。こういう町でも安宿はあるにはあるんですが、金を払って泊まるならタダの方がいいだろうという考えから、大きな町にはある宿泊施設を選んだんです。まあ、未だにその選択が合っていたのかどうかは分かりませんが……。眠る分には問題がないので、僕は施設でもいいんです、僕は。問題は、金がもったいないと言ったのに、口から文句しか出てこなかったジジイなんです。最後には黙らせましたけど。

何にでも手を伸ばす星の守護といっても、宿やホテルの経営には流石に手を出さないだろうし、聞くだけ無駄なことなのに……。

とはいえ、二度しか来ていないが、駅を出るのですら一日掛かりの大冒険を繰り広げないといけなくなりそうなので、施設の場所を聞くのはあながち間違いじゃないのかもしれない。

そう考えて口を出さなかった僕の顔と終演に向けて、落ち着いた表情にも拘らず、こちらまで笑顔になりそうな微笑んだ声で答えてくれた。

「お知りにならないのですね。つい先日ですが、星の守護様はこの町一番の最高級のホテルを建てましたよ」

え、嘘、星の守護、そんなことまでしてるのか……。どこまで手広く仕事をするつもりなんだよ……。

「ほぉ、そんなことまでしとるとは……。で、どこにあるんじゃ」


 町にしては澄んで感じる夜風が吹き込む部屋の扉を開く。

「おう爺さん、飲むかい?」

 柄にもなくベランダで空を見上げていた終演が軽く手を上げた。部屋の半分辺りにまでやってきたところで、緑色の瓶を軽く放り投げた。

「しっかし、話し疲れて眠るとは、雷祇も嬢ちゃんも子供だねぇ」

 蓋を外に弾き飛ばすと、終演にとっては身長ぐらい、カイヤックにとっては腰の辺りの手すりに飛び乗り、軽く口の中を潤した。

「お前さんがまともに相手しとらんかった証拠じゃ」

 鼻で笑って凭れかかる。閉めていない扉が風に揺られて軋むのを眺めながら、頭を掻いた。

「苦手なんだわ、そういうのはよ。色々と大変だったんだぜ、爺さんがいない間」

 リュックを背負っておらず、薄着から覗く体は筋肉や顔の艶はあるが、なぜだか少し貧相に見えた。どれもこれも錆びれていく中、鋭さを鈍らせない眼光が夜とは思えない人通りの黒い影に視線を落とす。家路を急いでいるのか、この町から出て行くのか、どこか食事に行くのか、夜の駆け引きを楽しもうとしているのか、それは定かではない。

 絶えない人の流れの中には、獣の姿も少なくない。ペットとしてはあまりにも凶暴な魔獣。人に飼われるなど死んでも拒むだろうそれらが、素直に鎖に繋がれているのは、あまりにも不自然だが、この町に来る者は殆ど誰も驚かない。この町では普通の光景なのだ。クラ・スターに唯一列車で繋がっているために、新しい技術が一般人の目に最初に披露される。だからこそ騒がれることもない。鬣のある獣が一匹でうろついていても。

「その色々とは、一体どんなことがあったんじゃ。冷静に、内容を聞きたい」

 食事の時に二人が必死に、どんなことがあったのか我先にと話していたが、纏まりがなく、要領を得なかった。大体のことは想像できていたが、詳しく知るにはちゃんと聞く必要がある。この男ならそれができる。酒の肴にするには味気ないだろうが、夜の風で十分だろう。また一口。

 同じ大きさの瓶の酒を三本は開けられそうなほど、時間を掛けて事細かに離れていた時のことを話した。シャーミとミーシャのこと、ノースクローのこと、白霧のこと、ミラージュキングダムのこと、そして、ウェイポイント・ファイブのことを、カイヤックの見てきた限り全て。

 いない時に何か感じて相手してやればよかったが、そんな余裕正直なかった。特に、ウェイポイント・ファイブ以降は。聞きたいことはあるかいと、話し疲れた喉を、残していた酒で潤した。何もないと言いたげに見える横顔が夜空を見上げる。深い闇の底に落ちているはずの夜はこの町に存在しないらしく、赤黒い中にポツリポツリと、話し相手のいない星たちが淋しそうに自分たちの居場所を伝えている。

 空になった瓶を腰の辺りに下げると、手摺から離れた。一応、休む前の挨拶はしとくべきだな。特に考える必要もなく、自然と口から出そうになった就寝前の最後の言葉を終演が取り上げた。いや、取り、願ったのかもしれない。

「怨んどるか」

 半分以上残っている酒が揺れないような、体の細胞を微塵も揺する力もない吐息のように漏れた問いかけ。恨んでくれて構わん、そっちの方が楽なんじゃ。

 自分の生き方を見ているような気がする。背格好も年齢も、今まで生きてきた人生、全てまるで違うが、鏡で突き合わせると、ただ一つ、生き様だけが写って、こんな風に他人からは見えているのかと認識できてしまう。だから、恨んではくれんか。

 できねぇ相談だな。互いに顔すら合わさず、背中越しに交わす。

「選んだのは俺だ。怨むとしたら、そうだな、今でも生き残っちまってる、俺自身だろうな。だから気にする必要はねぇよ」

 口の端が上がる。酒の進むペースは、やはりツマミも重要なのだ。それ以外にも、雰囲気や会話の内容、相手も重要だ。終演にとって、今の状況は一人酒のようなものだ。残っていた酒を一気に飲み干した。

「不細工な生き方じゃのう」

 軽く手を上げ、扉に向かう。

「互い様じゃねぇか」

 扉のノブを掴むと、出られるぐらいに開く。呼び止めるでもなく、忘れもんじゃと飛んできた瓶を受け止めた。自分でフロントに届けろよと文句を言ってはみたが、返答は想像に難くない。そのどれかだろうと振り返る。手摺から下り、体を伸ばす。猫の目のようにコロコロと変わる態度を改めて感じたかったのかもしれない。

「なぜワシがそんなことせねばならん。持ってきたのはお前さんじゃろう」

「へいへい、そうですかい。それじゃあ、急にいなくなんじゃねぇぞ爺さん」

 いつものように高笑う。

「ワシはお前さんの顔を見なくて済むよう願うとするかのう」


     2


 アーティックレイに足止めを喰らって、すでに三日目が過ぎた。いい加減嫌になってきているが、食事以外は満足できる環境に不満はそれほど出ていなかった。

 星の守護の建てたホテルとあって、旅星である雷祇たち一行には部屋代は殆どタダなのだが、食事はバイキング形式で、この町の料理人が日替わりで作っているために別料金になっていた。飲み物は、星の守護が用意したので旅星にはタダ同然だったが、それだけではお腹を満たすことはできない。だからこそ旅星たちは、部屋代三人分と馬鹿高いホテルの料理よりも外の安い、大きな町には必ず存在する裏通りの屋台で、ホテルの料理よりも豊富なメニューから選び買った料理を手に、今ホテルに向かって歩いていた。

「一体いつまで止まってる気なんですかね、星の守護は」

 財政管理の雷祇が、人混みを掻き分け文句を垂れる。横には、絶対に食事が潰れたりしないよう、肩に担ぐ剣の横に夕食を並べて置いているカイヤック。この町ではキョロキョロと周りを見回すのは観光客くらいなものだが、この大きな男は注目を浴びざる負えなかった。

 静華といる時には要らぬ心配や気を使わせないために笑顔を作っているが、カイヤックといると、どうも文句が多くなり、気分転換にホテルの屋上で行うトレーニングでは全力で、箒ではあるが、斬り合っていた。他人の会話を聞いてられるほど余裕もなく、かといって肩がぶつかりそうなほどギュウギュウ詰めではない大通りだが、丁度今歩いている場所は最も人が多くなる通り。

 町の中心にあり、近代化の進む町で一番古く、最も高く、頑丈さも相当だろう時計塔。レンガ造りとは思えない高さで、町の外れじゃないと時間を確認できそうもない。仕事に遅れそうになっていても、時刻は分からないだろうから、町の人にとってはどういった扱いを受けているのかは定かでないが。それでも観光客は多く、観覧数は一番だろう。

「何度見ても、高ぇ時計だな」

「こんなに高くしても無駄だと思うんですけどね。で、何時までだと思います?」

 急に足を止めてカイヤックが止まった。何を考えてるんだ。イライラして背中を押して前に進もうとするが、簡単に動くわけがなく、雷祇の足だけが忙しない。

「さぁ、何時までだろう――」

《聞け、人間ども!》

 夜に出歩く人間の足取りは皆速く、止まっている人は一様に確かめられない時刻を当てようと見上げていた。

《あ、ニィ、誰もこっち見てないよ》

《ど、どうしようか……。もうちょっとしたら兄貴飛んじゃうな……》

《も、もう一回、叫んでみたら?》

 この町では、獣を見ても驚かない。それに加えて、変な格好をしている人を見ても誰も驚かない。大きな町には付き物だから。

「お母さん、ウサギがいるよ」

「見ちゃダメですよ。可愛そうな人なんですから」

 ついでにこの町では、全身真っ白、一メートル前後の毛むくじゃらで、手足が短いウサギを見ても驚かない。人が入っていると思うからだろう。

「おい、雷祇」

 押すのではなく、いつの間にか全力で腰を殴りつけている雷祇が手を止めた。

「やっと、歩く気になったんですか」

「そうじゃなくてよ、あれ」

 人々の頭の上を通過して、太い腕が時計塔を指す。

「時計塔が、どうしたんですか」

「いやだから、そうじゃなくてよ、あそこに、変なのがいるんだわ」

 何万人規模の町なのだから、大して不思議なことじゃない。あきれ顔で首を振る。

「変なのぐらいいますよ、これだけ大きいんですから」

「そうか? そうか……。二足歩行で、喋るウサギがいてもおかしくねぇわけか」

 うんうんと首を縦に振る。

「当然ですよ。そんなの話獣に……。え、今なんて」

 始めて見上げてきた雷祇と目を合わせた。あぁ、話獣だろう。同時に走り出す二人の耳に、はっきりと声が聞こえてきた。軽く涙が混ざっている。

《見てって、言ってるでしょ!》

《お願い誰か、大人の人注目して!》

 はっきりと姿が見えるとそこにいたのは、やはり話獣だった。子供たちに腹を殴られたり、耳を引っ張られたり、肉球を噛まれたりしているウサギ型の話獣。

《誰か、大人の人助けてぇ!》

 泣きながら助けを求めていたが。

「本当に、話獣、ですかね……」

「人が入っているように見えるか?」

 滅茶苦茶にされているが、一切脱げる気配がない。

「いえ、見えないですが、その、なんというか、違いすぎませんか?」

「俺は糞猫しか話獣を見たことねぇから何とも言えねぇな」

 託されてしまったので、素直に答えるしかない。

「僕は、三匹見たことありますが、どれも、違うかったと」

 バナンに加えて、ホーラキとメメティコアのことだろう。確かに違い過ぎる。喋るウサギはボコボコにされ、泣きながら助けを求めている。

「またあの変な奴等が来てるのか」

 時計塔の形をした商品を並べている露天商が呟いた。またとは、随分と食い付きがいい単語が出てきたものだ。

「おいアンタ、またって、前も来てたのか?」

 案の定、腕を高々上げながらカイヤックが腰を屈めた。

「あぁ、確か、四日、五日、まあそれぐらい前だったかな。来てたんだ、あいつら。この間は、兄貴がどうとか言ってたな。前は来なかったが、いや違うか。時計からぶら下がってたんだったか?」

 あぁ、そういうことか。他にも仲間がいる。少なくとも、今子供たちに蹴られまくって、黒く汚れたウサギよりも強いはずの兄貴が。うん、待てよ。

 危ない、子供たちが。気付き振り返った二人の耳に、子供たちのうわっという驚きの声が届く。

《お前たち、よくもやってくれたな!》

《大人の人は誰も助けてくれないし、もう怒った。兄貴の登場の時間だから、ビックリするといいよ》

 預かっててくれ。絶対に踏まれないだろう、商品の上に夕食を置く。イクリプスを、雷命を、何時でも抜けるように二人は待ち構える。

《時計塔の上から登場だ!》

 何かのショーに見えたのか、結構な人が足を止めた。なにが起こるのだろう、かなりの注目を浴びて、時計塔の上から猛烈な速さで何かが近づいてくる。

《あ、そうだ、ニィ》

《なんだ?》

《言い忘れてるよ、兄貴に》

 そうだそうだ。二匹は顔を上に向けると、明るい声で落ちてくる話獣に話しかける。

《兄貴、言い忘れてましたけど――》

《この前は紐が短すぎて五メートルぐらいの高さが余ったんで、今回は倍の長さの紐を――》

 はっきりと聞こえた言葉はこうだ。それは長す、まで。後は上から落ちてきた話獣共々、地面に叩きつけられた。ここで言えることがあるなら一つだろう。二匹のウサギが大きな声を出してくれたおかげで、誰もいないところに話獣がめり込んだ。いいことをしてくれた。これに尽きる。

《あ、兄貴ぃ~》

《ひ、酷い、誰がこんな酷いことを!》

 まかり間違ってもツッコんではいけない雰囲気。涙を流し悲しむ二匹の可愛らしいウサギに、冷静かつ当然の言葉。「いや、お前ぇらだろ」

 突然訳のわからないことを口走った哀れな人を、驚きを隠し切れずに見る二匹の獣。と、それ以外は当然だろうと思う人々との完全なる壁。

《く、ぅう、やるな、人間。俺を、ここまで、追い詰めるなんて》

 地面にめり込んでいた黒ウサギが顔を上げてカイヤックに笑いかける。瞬きをしながら、「いや、追い詰めたのはそこの二匹だろ」と、また冷静に答えを述べた。だがこれも、二匹に加えて黒ウサギも驚きの表情でカイヤックを見る。

「すぅ、あのよ、雷祇、俺間違ってるか?」

 いささか不安になった。間違っていないはずだが、こうも驚かれると不安になる。

「さぁ、どっちでもいいんじゃないですか。それよりも、もう帰りますよ」

 納得できずに頭を斜めにしてはいるが、腹が減っているので渋々頷き、露天商に軽く礼を言ってから夕食を手に取ると歩き出した。足を止めていた人たちも、期待外れと、冷たい目線に馬鹿らしいと歩き出した。

《ちょ、まだ話が――》

《聞いて、まだ何も――》

 頭から血が流れている黒ウサギが、腕を地面から抜き出した。口を一門に結び、落ちてきた時とは大違いの、ガラスのグラスでも持っているかのようにそっと、握り拳でレンガ畳を叩いた。

《ダメだ。ここの町の人間も、すでに星の守護に――》

「いたぞ」

 ウサギは本来警戒心が強い。だからこそ、これだけ大きな耳をしているのだ。野性にいる本能が目覚めたのか、ウサギの神経質な動きが三匹に戻ってきた。次の呼吸をする前には、三匹の姿は消えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ