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テスタメント  作者: 竜丸
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第14章 切れることのない連鎖、外せない枷鎖 (6)

     6


「何なんだ、お前は一体何なんだ!」

 終わりを齎してくれるはずの刃は、迷い揺れた。どこに収まるべきか、どれを選べばいい、答えは何なんだ。誰も教えてはくれない。幼い子供が抱く些細な疑問に答えてくれる身近な大人、有難味は死んでから感じるというが未だそんな事は感じたことがない大人、親はもういない、死んだんだ。殺したのは、虫の息で眠る、この男。なのに、選んだ答えは地面を貫いていた。

「怨ませろよ! そうやって生きてきたんだぞ、そうやって! ただ、そうやって! もっと、もっと、自分の犯した罪と同じように、腐ってろよ! 何なんだよ、何なんだ。俺は、俺は、何なんだ……」

 間違ったことをしていたのかもしれない。

 太く、どんな強風にも倒れない幹がある。たった一人の人間を追い続けて人生が狂う程に、太い幹が。今だって折れていない。折れるはずがない。

 誇らしく見られることに快感を憶えてしまいそうな華を付けることも、手に取る者、誰もが魅了される美味の実を付けてもいない。あるのは見向きもされず、それでも幹を太くしていく一本の木だ。どんなことがあっても折れないのに、いつの間にか地面がなくなり、倒れそうになっていた。どれだけ丈夫になっても、大地が崩れてしまえば同じなのだから。

「俺を怨んで、それで生きてくれるなら、いいぜ。なぁに、心配いらねぇ。俺を怨んだとこで、誰もお前ぇを責めねぇよ。本人が保証する」

 だがなと、言葉が続く。

「俺は俺なんだわ。誰に何と言われようと、俺は俺以外にはなれねぇし、自分を装って生きることはできねぇんだわ。変えられねぇんだ、そこだけは。どんなことがあっても、な」

 たくさんの、数え切れない経験で蓄えられた、肥料豊かな土壌。信念でも、信仰でも、貫き通すためだけに育てられた木は、いつの間にか偽りの皮を被っていた。見た目だけが立派になっても、切られても傷一つつかないくらい固くても、根は浮き上がり、折れはせずとも倒れてしまう。

 二人には違いがある。顔も、声も、体躯も性格も違う、二人。接点はたった一夜の惨劇だけ。出会いは訪れなくてもよかった。だが、二人は出会った。命を奪う側と、親を奪われた者として。

 幸せは見れなかった。取り返したいと思っていたのかもしれない。自分も命を奪ってやろうと、返ってこない人生を奪い取ろうと。それが、出来なかった。

 見守る者は、誰も手出しが出来ない。小ママンと、終演が止めているから。なのに、出来なかった。そしてまた、呟いた。俺は、何なんだ。

「なぁ」

 殺すことだけを夢見てきた相手に、顔中から出てくる液体全て見られても、突き刺す剣に縋ることしかできずに、青年は立ちつくす。

 俺が、ワシが。

 未来へ続く道を断たれ、誰に頼ることもできず、誰にも見せることのなかった涙を流す。存分に泣いてよかった、二度と前が見えなくなってしまいそうなほど、視界が溺れてもよかった。辛かったんだな、誰か、誰か一緒に、歩いてくれる人はいなかったのか。誰か、誰か一緒に、悩んで問題を超えてくれる人はいなかったのか。

 ここで謝るのは間違いだ。心の中で謝罪の言葉が口から出させろと騒ぐが、言い聞かせた。なぁ、もう一声かけた。

「俺は殺していい。だからよ、進んでくれねぇかな。俺が縛られるのはいい、全ての責任は選んだ俺なんだからな。けどよ、お前ぇまで、過去の中で生き続けることはねぇんだ。だからよ、前に進んでくれねぇか」

 止まらなかった。倒れただけの木は、いつの間にか折れてしまっていた。

 どれだけ長い間そうしてきたのか、人の短い時間の中で、途方もない時間を費やして育ててきたのに、こうも簡単に。折れてしまうのは容易かった。止まらなかった。涙が。

 そして、凍りついていた時計は、溶けて、動き出す。

「俺は、お前を殺す」

 剣を抜き、土を払った。長い間共に旅してきたのは、たった一本の剣。恨みの象徴。今日この日のために、磨き上げてきた。それもこれまでだ。感謝の気持ちがあった。こんな気持ちなのかと、体の中が暖かくなるのを感じながら、別れを告げた。どんな言葉を掛けていいのか分からず、誰にも聞こえないようにありがとう、と。

 体は向き直り、湖を向く。握り締めていた剣に力を込めて、力の限り腕を振りかぶって遠くに投げた。何度も何度も回転しながら、湖の大きな体に包まれると、見る見ると沈んでいく剣。名残惜しそうにこちらを見ている。一人で生きていけるのか、本当に大丈夫か、そう問いかけながら。

 自分自身の剣を抜いた。向けるのは横たわる男。今度はこの剣で、そう、この剣で作り出す。自分という人間を、作り出すんだ。折れてしまった木が、いつかは肥料になると信じて。

「これは変えない、変えるわけにはいかない。だが、次やる時は、一対一で、正々堂々と。その時には、誰にも文句を言わせず、お前を殺す。もしその時に手を抜いたら、俺はお前を、今度こそ許さない。だからお前は生きろ。俺に殺されるためだけに生きろ! 間違っても、死ぬな、殺されるな」

 決意を示した剣を収めた。今は、力の差は歴然だから。いつか勝てるようになるまで、世界を巡ろう。もしかすれば勝てるほど実力がつかないかもしれない。どれだけ努力しても、埋まらないかもしれない。今まで考えたこともなかった芽が、たった一本の木しか生えていなかった大地から緑の小さな芽が出ていた。

 それでいいかもしれない。まずは、雇ってくれていた、国に戻ろう。挨拶をして、それからでも遅くはない。時間はまだあるのだから。

 呼び止められた。声を想像しただけでも震えていた自分が嘘みたいに、身構えることなく。あぁ、そうか、知らないのか。自分だけが一方的に知っていたんだな。動き出した。今ここで初めて、二人の本当の接点が出来た。

「ガルラン。永久の白裾、霜花のガルランだ」

 箱の中にしまった。大事に、忘れない記憶として。

「俺はカイヤックだ。ブリック・キングダムのカイヤックだ」

 続いて出てきたのは、待ってるという言葉だった。言い返した言葉は待っていろ。いつか、次会う時は、その時は……。

 歩き出す。何が待っているのか分からない、未来へ続く道を。


 湖に落ちる、欠けた月。今は減り続けても、また満ちて、丸く輝く。

「いいか」

 振り返ると、そこにいたのはフリシアだった。

 素っ気なく戻した視線。

「何ですか」

 大体言う事は分かっている。どうせまた戦ってくれだろう。ほらやっぱりだと言うように、後ろから聞こえてきたのは剣を交えてくれという願いだった。どうしてこんなにも意固地に、どうして僕と戦いたいのか分からないと、表情が言っている。

「なんで僕なんですか。他に一杯いるじゃないですか。どちらかというと僕なんて――」

「君は私の目標になれるから」

 どうして、誰かの目標にならなくちゃいけないのか。自分のことだけでも、手に負えないのに。カイヤックは、今日は無理か。なら終演がいる。まあ、手加減なくやるだろうから、軽い怪我では済まないだろうけど。小ママンだって、強いだろうに、相手をしてもらえばいいじゃないか。こだわる理由が分からなかった。

「そんなに期待しないでください。僕は、僕は――」

「あんなに強いじゃないか」

 強い? 思わず聞き返しそうになっていた。終演みたいに何でもこなせないし、バナンのように純粋に強くない。カイヤックだって、今日初めて、あんなに強い人だって知った。誰に、一体何が勝ってるって言うんだ。三人に比べれば、ただの生意気な子供じゃないか。言おうとして、振り返り止まった。

 震えていた。そこにはか弱い一人の女の子がいた。

「私は、正直に言うと君が怖い。当然私じゃ君に敵わない。それだけじゃない、ウェイポイント・ファイブで君が見せた、あんな力は持っていない」

 何故震えているのか分からなかった。悲しいから、怖いから。もしどちらだとしても、怖がっているのだとしたら、何故そんな必要がある。理解が出来なかった、震えている理由が。

「だが、見習える部分があるから、だから、戦ってそれを盗みたい。君は強いんだ。私が一番身近に感じられる強さを、私の目標たる戦い方を、君は出来るんだ。なのにどうして、どうしてそこまで自分を弱いと思っているんだ」

 二人を守れなかった、自分のせいで。とても言えなかった。返ってこない答えに、逸らされた視線。止めなかった、止まらなかった。

「私は、私は強くなりたい。ファーリーさんを守れなかった自分も、ルットさん一人で全て抱え込んでしまったことも、私は、私は全て越えて、強くなりたい」

 自分を見ているようだった。そう感じていたんだ。強くなりたくて、理由もなく強くなりたいと思っていた自分を。いや、理由ならあった。テスタメントの力を使って、弱い人を助けなくちゃ、人を幸せにしなくちゃ、そう言われたから。

 でも違った。目の前にいたのは、自分じゃなかった。初めて、フリシアを見たように感じた。前を見据えて、忘れるんじゃなくて、乗り越えようとしている一人の少女を、初めて見た。前に、ただ前進している。誰よりも、先ほどあげた三人よりも強いとさえ感じた。

「もう仲間を失うのは御免だ。守れるなら、私はどんな努力だってする。越えられない、勝てない相手だって、勝ってみせる。君はそれが出来るのに、どうしてしようとしない。何があったか知らないが、君の周りにいる人は皆強いかもしれないが、君の力を必要としている人はいる。絶対にいるんだ。なのにどうしてそれが分からないんだ!」

 本当に強い人だ、感心してしまう程に。見据えているのは、ただ前だけ。過去は背負いながら、前にだけ進もうとしている。

 そうだ、強くなろう。僕だって同じだ。仲間を失うのは御免だ。二度と、もう誰も死なせやしない。立ち止るのはもう十分だ。後ろだけを見るのは、今日でいや、今で終わりにしよう。

「……済まなかった。自分勝手だったな。君のことを知りもしないで。もう、頼ま――」

「加減はしませんよ」

 鞘を付けたままの雷命がフリシアに向いていた。見上げて、雷祇を見たフリシアは頷き、両手に剣をもった。もう欠けるのは止まっていた。後は満ちて行くだけ。鎖がまた、いつの間にか長くなっていた。


 宿には二つの悲鳴が木霊していた。

「アタシの、アタシのかわいいフリシアが!」

「誰が、君の――」

「誰にやられたんだい。あたしが仇を取ってやるよ! よくも、よくも可愛いあたしの娘をぉ! 許さないよ」

 顔中腫れ上がり、青あざだらけのフリシアに、鈴奈と小ママンが発狂していた。だが、応急処置はされていて、痕には残らないだろう。

「ママンも鈴奈も、大丈夫。ね、フリシア」

 ファーリーの優しい笑顔に、元気よく頷いた。二人だけのやり取りに、取り残された気分の騒いでいた二人。あまりの五月蠅さに目覚めたリンリは、小さな声でおはようと言いながら近づいてきた。

 おはようと返ってきたので、もう一度返そうと見上げて、あまりの別人になっているフリシアに気を失いそうになった。素早く鈴奈が受け止めてどうにか大丈夫だったが、体を床に打ち付けるところだった。納得の出来ない小ママンがなぜこんなことになったのか問いただそうとする。もういいじゃないかと、ノックが扉を叩く。

「おはようございます」

「おはよう、どうしたの」

 色々な人間を見てきた雷祇でさえ見惚れてしまいそうな美女。こんなに綺麗な人だったんだと、初めて知って、いけないと頭を下げた。

「昨日は――」

「大丈夫。言っておくから」

 気に入らんといった感じで静華の手を握る終演。バナンの鬣に引き摺られているカイヤック。皆が揃っているという事はそういう事だろう。

「もう行くの」

 あまりにもしつこい二人からようやく抜け出せて、フリシアも顔を出した。

「次は私が勝つ。君にいつか追いついて、必ず追い越す」

「悪いですが、その時には僕はさらに前に行ってますよ。追いつかせやしません」

 いつの間にか全員が入り口に来ていた。もう一度頭を下げると、雷祇は歩き出した。他の皆も、その歩みの後ろに付いていく。

「何か印象変わったなぁ……」

 後姿を見送り呟く鈴奈に、誰のことだと傷だらけの顔をフリシアが向けた。それで妙に納得したような顔を作って言った。「あぁ、そういうことか」

 次に出てきた表情は、悪戯を思いついた子供の好奇心。

「大人になったのかな、フリシアと一緒に」

 その言葉を聞いて小ママンがはっとなり、追いかけようと扉に向かって走り出そうとした。気付いたフリシアは慌てて止めるが、止まる気配がない。勘違いされるような言い方をするなと怒られるが、鈴奈は笑顔で暴走寸前の小ママンを止めるのを手伝った。


そうだ、僕も強くなろう。仲間を、もう二度と失わないように、強く。そういえば、ありがとうって言わなかった。次にあった時には、礼を言おう。前に進む道を教えてくれたんだから。

湖を少し越えたところにある駅で列車に乗ると、次はアーティックレイか。クラ・スターにすぐに行けるといいな。悪いこと考えると本当になりかねないから、何もないって思いながら、乗ろっと。


「香煩。どうしたの」

 深々と掛けていた椅子から腰を持ち上げ、窓の外に目をやった。

「いや、少し世界を見ていただけだ」

 地位も名誉も、積み上げ高くなるほど、構える部屋も見晴らしのいい高い場所に作られる。案の定、香煩という男の部屋も、鏡張りの外の世界に映る海の青よりも、空の青に近いように感じる高さにあった。

「見慣れた景色でしょう」

「あぁ、それもそうだ。で、何の用だ」

「ようやく目を覚ましたみたいよ」

 椅子から離れ、話し相手に近づいていく。

「よくもまあ、気付かれずにあれだけの人数、契約させたものだな。褒められたものじゃないが、優秀であるには変わりない。少しの、お説教だけで済ますとしようか」

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