第14章 切れることのない連鎖、外せない枷鎖 (1)
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やあ、どうも。私は星の守護で最も強く、最も美しく、最も頭脳的な男、伝ヶ井寺(でんがいじ)だ。主に賞金首を捕まえ、生計を立てている。
生活は毎日が大変だよ。右で悪名高い賞金首の目撃情報あれば、一足飛びで向かい、一蹴りで倒し、左で強いと噂の賞金首が現れれば、鼻歌を鳴らしながら向かい、欠伸交じりに倒す。三日と同じ土地で羽根を休められず、世界中を駆け回っているんだ。
あぁ、勿論、その土地ごとに女性はいるよ。でないと、宿泊代だけでも馬鹿にならないからね。良い女かって? おいおい、私の女性は、見た目もそうだが、中身も超一流の美女だよ。女なんて言い方、失礼だよ。
「随分と遅かったですわね」
「仕方ないですわ。伝ヶ井寺ですもの」
え、何か聞こえたって? き、気のせいだよ、気のせい。ウ゛ン。
今日私は、魚周にやってきている。年二回行われる漁獲祭目当てにやってくる、仕入れ業者や金持ちで、近くの砂漠のように茹で上がっているのが現状だ。だが、私の目的は違う。そう、久々の大物賞金首。予め仕入れていた情報に間違いはなかった。あれは、カイヤックだ。
「けれど姉様。あんな大物、どうやって捕まえますの? 偶然にも昨夜、ホテルで見かけたんですから、作戦なんて立てる暇もありませんでしたわよ? とはいえ、見す見す逃がすのは惜し過ぎますわね。名前を上げるチャンスですもの……」
「そうですわね……」
「しかし……。一緒に行動しているあの大きなのは、かのビックママンズで小ママンと呼ばれる三女」
「厄介ですわね……。それにどうして、あれほどの大物同士が、一緒に行動をしているのでしょう? ビックママンズと言えば、女性最強軍団と呼ばれているのに……」
「まさか、男のカイヤックと知り合いなんていうことは……」
「考えられませんわ。ビックママンズですのよ」
「けれど、仲がよさそうにも……。きっと、見間違いですわね」
「そうに違いありませんわ。けれど、いましたわよ。ホテルで見た仲間が」
「やはり、あれしかありませんわね」
「そう、ありませんわ。伝ヶ井寺にいつもの手を使ってもらいましょう」
今喋っているのは誰かって? 聞くなんて野暮だな、君は。解らないかい? 僕の今のところ、今のところだよ。一緒に行動しているハニーさ。
双子でね。すっきりとした目元が印象的で、全体的にすっきりとした顔をしている。なになに……おいおい君は、ほんとに。私のハニーだよ? 一般人なら振り返るほどの美貌さ。いや、だが、カイヤックと共に行動していた、あの女性には負ける、か……。しかし、今周りにいる子も、中々なレベル――
「私たちよりも年下が多いようですし――」
「好みには合うでしょう」
「私たちと出会った頃ぐらいの子が中心なのですから。で、伝ヶ井寺」
う~ん。あの二本の剣を挿す剣士の子も中々だし、背の高い子も……。けど、僕はあの杖を持っている子がいいな、うん。
清楚だし、大人しそうだし、なにより我儘じゃない方がいい。どう見ても、我儘とはほど遠いように見える。それで、僕と一緒に静かに暮らすんだ。どこか、そうだ、この町の湖の傍がいいなぁ。
お、別れる。やっぱりカイヤックを追わないといけないのかな……。あの女の子、追いたいなぁ。それにしても、二人を誘拐したのは間違いだったなぁ……。もっとよく調べるべきだった。確かに綺麗だけど、僕の手では――
「聞こえていないようですわね。ヘレナ」
「はい、姉様。伝ヶ井寺!」
「はビィヒ!」
一本も川がなく、雨が溜まって出来たと言われている大きな、反対側の岸が見えないほど広い、言ってしまえば水溜りのような湖。
雨水だけで出来ていると言われているが、一年を通して水量も水温も、目に見えるほどの変化がない。濁ることもなく、昔、間違って船から下りて歩こうとした人がいるくらいだ。このような湖が他にもあることはあるらしいが、近くに町があるのはこの湖だけといっていい。
そして最も不思議なのが、この流れのない湖で育つのかと言われるほどの、数多くの種類の魚がいるという事。この時期は、周りの木々がピンクの色鮮やかな花を付けるのを真似して、自分たちも色付いたと言われる魚が大量に取れるのをお裾分けという意味を込めて行われていた。
見た目だけでも楽しめるこの魚は、泥臭さもなく、水と同じように癖がなく、金持ちにも好んで食べられていた。それに目を付けた仲介業者などがいたが、湖唯一の砂地に沿って建てられている魚周の住人にはある信条があった。
新鮮な魚を出す。どれだけおいしい魚でも、新鮮さが落ちれば、味も落ちてしまう。これを守るためにも、売る時には調理をして出している。
町の外に、ましてや何十キロと離れた町には絶対に届けることが出来ない。駅もあるにはあるが、直径三十キロはあると言われている湖を挟んで、町と反対側にさらに約二十キロは歩かないといけないことから、熱く美味しいままで持ち出すのは不可能だった。
そのため、数多くの人がこの時期には訪れる。もっと発展させようと思えば幾らでもできるが、敢えてしようとしない、頑固者が多い町でもあった。
「う~ん。まだ雷祇君は元気が戻らないね」
辛うじて前は見えてはいるようだが、目の下の辺りまで積み上げられた魚料理を抱えて歩く二人。人混み上手く避けながら歩くのには相当技術がいるだろうが、二人は普通に歩いていた。
気を減らして出た訳ではないため息をついて、フリシアは頷いた。
「そう、だな……」
落ち込むというより、残念がっている風にも見えた。
ウェイポイント・ファイブからの道中で、結局フリシアは雷祇と一度も手合わせをすることがなかった。カイヤックには毎晩稽古をつけてもらっていたようだが、力の差は歴然。手加減しようとカイヤックも努力はしていたようだが、最近の相手と、数段腕を上げた雷祇とばかりやっていたために、フリシア程度の、彼女の年齢にしては男に混ざっても随分強いとはいえ、やはり落ちてしまう実力に、力が入りすぎて三日に一回は気を失わせてしまっていた。
力さえ使わなければ良い稽古の相手にも、見習うべき見本にもなるだろう雷祇は、三日経ってようやく力が戻った。それだけ、限界付近まで戦っていたのだろう。傷は完治とは言わないが、十分に動けるほど回復はしているはずだ。力を使えるかは本人しか知り得ないが。だが、あれから一人とも会話をした様子がない。
そしてもう一人心配なのが、静華。バナンは相変わらず何も語らず付いてきている。喋ることが出来る獣は、このバナンだけではないはずだが、また一匹の姿が見えなかった。どうやら静華の方は、中々重症らしい。
「あの、ウェイポイント・ファイブで見せた、不思議な力を私は使えない。だが、戦い方なら真似ることができるはずだ。カイヤックさんもそう言ってくれたし、私自身もそう思う。だから、歯痒い……」
魚を持ちながらも、器用に、悔しさを握りしめていた。
汁物は出来立てが一番と、湯気が立ち上るスープの中に入っていた魚の頭に齧り付いていた鈴奈。骨だらけの部位だが、器用に唇と舌と歯を使って肉を削ぎ落していたが、ここまで悔しがっている友人を見てしまっては、食が進まない。
「おい、あれ見てみろよ」
「なんだあいつ。女に頭下げて……踏みつけられてるのか。軟弱な奴だ」
どうやってあの強い少年の気持ちを元に戻そうかと、そればかり考える頭の中には入ってこなかったようだが、一応考えているだけの鈴奈には、面白そうなことは男二人が発しただろう光景の方が上。
腰の辺りまである金髪の巻き髪。そよ風でも、自分が動いた風でさえ一面に広がる柔らかな毛質をしている。いかにも気の強そうな、よく似た顔が二つ。どう見ても双子だろう女の子二人が、地面に頭をつけ土下座している男の頭を同時に踏みつけている。
色々な人間が来てるだろう祭りで、よくそんなことができる物だと、それを見た、ほぼ下着姿の鈴奈は呆れていた。
「おかえりなさい、二人とも」
「やった、一番乗り。ただいま、ファーネェ。さぁ、食べるよフリシア」
普通の人でも、距離を取って歩くのが辛いあの人混みは、今のファーリーにはきつ過ぎると、部屋で一人、留守番をしていた。フリシアも続いてただいまと言っている間に、テーブルの上に並ぶ数々の魚料理。
どうやれば雷祇が元気になるのか。相談するには一番いいらしく、フリシアは魚料理を床に置いてまでファーリーと話していた。結論は出ていないのだから一緒だろうにと、小さく文句を言って、鈴奈は床に置いてあった魚料理もテーブルに並べると、席に座らせた。
「そうだ。ファーネェとフリシアって、今日合流するって言われてる終演って人、どんな人か知ってる?」
まずはというように、生魚の切れ身を口に運ぶ鈴奈。遠い親戚がどんな人物か、もしかしたら私は知っているのかと探るような口ぶりに、手に取っていた塩焼きがテーブルを一クッションにして、床にまで落ちた。
「す、す、す鈴奈、君は、本当に、聞いているのか?」
この子は何を言い出したのかと、ベッドの上に座っているファーリーと目を合わせる。どうしてこんなに驚いているのか見当がつかないと、鈴奈もファーリーを見た。同時に見られて、ベッドの上の女神は、苦笑いを浮かべただけだった。
「君は……」
驚いていたはずフリシアの手が、勢いよくテーブルに叩きつけられた。元気の無さを怒りが上回っていた。
「君は端くれとはいえ星の守護だろう! だったら終演様のことぐらい憶えておくべきだ! 終演様と言えば、半世紀大戦を終わりに導いた一人だと言われている、偉大なお方だ」
「え、じゃあ、魔法使い?」
「違う違う。剣士であり、発明家でもある万能なお方だ。噂では、四メートルを超える身長に、剣を通さない鋼の肉体を誇り、ジャンプするだけで空まで舞い上がるほどの脚力を持つ、最強の星の守護とのことだ」
腕は鋼で、空を飛ぶ機械は持っている。
「まあまあ、フリシア。鈴奈はそういう事に興味のない子だから」
「しかし、ファーリーさん。終演様と言えば――」
せっかくファーリーがフリシアを宥めているのに、気持ち五分で話を聞き流し、「噂は一人歩きする物だよ」と、煮魚が口に運ばれた。ぶり返す怒りにも、ファーリーの穏やかな笑顔に、鈴奈の態度が椅子に座る選択肢しか用意しなかった。腰を落としてすぐに床から塩焼きを拾い上げて齧り付いた。
「はい、ファーネェも食べないと」
少し低くはなるが、椅子の上に幾つかの食べ物を並べて持って行くと、ありがとうと食べ始めた。横目で見て安心したのか本格的に食べ始めた。自分もと椅子に座り直したが、先に口から言葉が出た。
「それにしてもちょっと遅いね」
「おじさん、次、私!」
「いや、僕だ!」
「はい、あたし」
「ああ!」
言い合っていた二人から同時に上がる声。
「心配しなくてもやってやるよ」
珍しく子供に囲まれ、人気者にでもなったような気分だった。
次から次かにせがんでくる子供たちを抱え上げると、一人一人を、それこそ本当に天国まで届きそうな勢いで高く放り投げ、落ちてくるのを受け止めていた。これで一回。次は並んでいる子供。これの繰り返しで、足止めされていた。
昨日、一人の子供にやったのが間違いだったのか、今日は一口も魚を口にできずに朝動けるようになってからはずっとこれをしていた。
祭りがあると、参加している大人たちは楽しむことが出来るが、町などに住んでいる子供たちはやることがなく、暇になる。そこに突然現れた人間遊具は、格好の遊び相手だったというわけだ。
「あのよ、腹減ったんだが――」
「ダメ、私まで!」
「俺までだ!」
切り上げようにもまだ何十人と順番待ちがいる。「こりゃ昼飯だな」
覚悟を決めるしかなかった。
バナンは一匹で湖を見つめていた。二人を殺して以来、どのように接すればいいのか。迷う心は、見当すらついていないようだった。一方の雷祇も、雑踏に一人紛れていた。目的もなく、止まるのが、それに続いて考えてしまうのが怖くて。理由は唯一それしかない。夢遊病のようにフラフラと、ただ歩き続けていた。
「随分買っちまったねぇ。ほら行くよ、リンリ、静華……ちゃんがいないねぇ」
最初はカイヤックと行動していた静華だったが、子供に掴まってしまったために、急遽、食の鬼と化した小ママンと、文句を言わないだろうリンリのところに預けられていた。
両手が一杯になることは想定されていた。目が見えない静華では付いて来れないだろうと、仕方なくリンリと手を繋いでもらっていた。そして案の定、両手は塞がっている。満足いく食事が買えたらしい小ママンが振り返り発したのがさっきの言葉。
リンリと一緒に歩いていたはずの静華の姿がない。変わりに、リンリが繋いでいた手は別の、見知らぬ女性と繋がれていた。
「あの、宿に戻りたいんですが……」
「あぁ、ごめんよ。お行き」
それじゃあと、なぜか女性が頭を下げ、人混みに消えた。
常識で判断して、的確な言葉を当て嵌めるなら、静華は迷子。
「一人で宿に帰ったのかねぇ~。それじゃあ、あたし等も帰るとするかい」
どの魚料理をどう食べるか。それしか頭の中には言葉がないらしく、豪快に笑いながら宿に向かって歩き出した。
「ママン、多分静華さん、迷子……」
水なら細かい隙間さえあれば、入り込む余地はあるが、川などの自然に出来た流れではない人の流れでは、どれだけ大きな脇道にも流れ出すことはなく、一本の大きな大河を作り出していた。だが、例外的にその大河から外れる人間はいる。
「酷い……。あんな人前で、頭踏みつけるなんて……」
大体外れる者は決まっている。
周りと調和がとれないか、正直過ぎる者か、怪しいことをしてしまい周りを気にするあまり隠れるか。他にもまだまだあるが、少なくともあの三人組は外れる者。
相変わらず男、伝ヶ井寺は二人の少女に頭が上がらないようだった。それどころか、頬を真っ赤に膨らまし、地面に正座までさせられていた。
「文句がありますの、伝ヶ井寺?」
木箱の上に、とても庶民では手が出ないだろう、真っ赤な絨毯が敷かれていた。下ろしている腰も、同じく庶民で見向きもされない。スカートから覗く足は、左右対称、間に鏡が据えられたように右を上に、左を上に組まれている。
主人と召使いというより、主人と奴隷に見える関係がより濃厚になっていた。組んで地面から浮いていた足は、ブツブツと文句を垂れる伝ヶ井寺の顎に付いた。この格好は、靴を舐めろとでも言っているんだろうか。せめて靴裏じゃない事を願い、出来れば合わしたくない目を足に逆らい逸らしていたが、引っ張り上げられる。それは同時にスカートに隠されている秘部が露わになっていくこと。いつの間にか目線はその一点に集中していき、もう少しで見えるという惜しいところで、鼻が抓まれ、痛いと小さく声が漏れると、目の前にあったのは、気が強そうではあるが整った顔。
「はにか?」
「文句がありますの?」
「いへ、滅相も、こさいまへん」
侮辱にも程が過ぎる扱われ方をしても、一心不乱に尻尾を振り続ける忠犬は、反抗的な態度を取らない。それはやはり、先程女の子が口にしていたことに関係があるらしい。ただ犬と違って、文句は表情が明確に語ってしまっている。気に食わないと、こちらも顔に書いて、耳元で囁いた。
「分かってますの? あなたは本来、殺されてもおかしくない身、ですのよ」
同じ顔、同じ声が、反対の耳からも聞こえ、頭の中で反響する。
「私たちを誘拐しようとしたんですもの。しかも、いやらしい事までしようと」
服の色が変わるほど、大量の汗が噴き出す。強張っていく伝ヶ井寺の上で、二人は目配せし、同じ言葉が同時に発せられた。「また、私たちの従者に相手をしてもらいたいの?」
「いいい、いえ。二度と、ごめん、です」
広がるあのときの光景。思い出したくはない恐怖。それとは対照的に、名残惜しくもある怪しい香りを残して、二人の顔は遠ざかった。そしてまた、表情が変わり、醜い物を見下すように言った。
「だったら、分かっていますわね?」
喉の奥に出てくるのさえ不味いと、胃の中で文句を溶かして、十分消化できたことを確認して、伝ヶ井寺は立ち上がった。一向に途切れる気配がない人河に、また飲み込まれるのかと、また手を汚さないといえけないのかと、大きなため息をついて歩き出す。
一人はその背中を見送るがもう一人、妹のヘレナは何気なく、何を見たわけでも聞いたわけでもなく本当に自然と、水でも入り込めないような、暗く奥深い脇道を見た。そこには、偶然だったのだろう、人が通った。
通るのは、この町の住人ぐらいだというような、何度も訪れている通でも歩かないような場所。祭りで出ている大人の男などいないはずの道を、三人もの男が通った。しかも腕には、抱えられていた。杖を持った、あの少女が。
「姉様」
呼ばれて向いた道の先には、すでに影も形もない。
「今、あの杖を持った女の子、浚われていました」
見ただけでそうだと確信が持てた。自分たちも経験したことがあったから、言い切れた。姉様と呼ばれた少女ヘミナも、見た訳でもないのに疑う事はなかった。こちらを向けている顔を見れば、疑う余地もなかった。
「伝ヶ井寺、脇道を探すわよ」
何を突然言い出したのか、まったく想像していなかった伝ヶ井寺は、へっと振り返った。その顔に、二人同時に探すのと怒鳴り声が飛んでくる。怖さがあったこともあり、拒否する権利はなく、三人は別れて道を探し始めた。唯一見たヘレナは向かっていただろう方向に、伝ヶ井寺は真っ直ぐ、ヘミナはヘレナとは反対方向に。
走っているわけではなかったが、ヘレナの足は自然と、急かすように次々と先に進む一歩を踏み出させる。心配する必要もないし、自分たちがしようとしていたことではあったが、意識しない場所では正直に、浚われたであろう静華の不安に思う気持ちを心配していた。
角を曲がる時も、今までしたことがないと一目で分かる、子供でももう少し上手く先を確認できるだろう、体が半分出た状態で壁に張り付き、誰もいないか確かめ、確認出来ると次に進む。だがこういう場合、得てして全く不釣り合いな人間が見つけてしまうものだった。
「見つけちゃったよ……どうしよう」
膝を折り曲げ、壁に背中を付けて前の家の窓を見ていた。家と家の間。すれ違うのでも少し苦労する狭い通路。光も入らず、風も通らないだろうから、仕事はなんだい。そんなくだらない事を考えていた。
情けないとは思いながらも、手は出せない。相手は三人だ。しかも、雰囲気からしてまともな世界の人間じゃない。自分一人じゃ何も出来ない。勝つどころか、あの女の子を救い出して逃げることすらできないだろう。ならせめて、どこに浚われるのか確かめ、助けを呼ぼう。実力差も、状況も考えた、まっとうな判断だった。身を隠すのは、得意な分野であるのも、影響していた。
「何を――」
「シィ!」
自分でも驚くほど早くヘミナの口を塞いで、親指を角の向こうに向ける。
「あの杖の女の子を見つけたんです」
そっと、喋ってはいけませんよと囁くように、口から手を離していく。焦り方と、言葉と声で、状況把握は完璧に出来ていた。
ゆっくりと、物音を立てないように覗き込ませる。気を失っているのだろうか、木の箱の上で動かない女の子。
二人してまた角に引っ込み、どうするかと話し合う。耳は、大声で話している男たちの会話に向けられる。出てくる案など知れているが、それでもせずには居られなかった。どれもこれもこの状況を一発逆転できるものはなく、やはり先程伝ヶ井寺が考えた案に辿り着くしかなかった。
一旦落ち着き始めた二人だったが、そうはさせないといったタイミングで、最悪の言葉が届いてくる。「遅いな、あいつ」
なぜこんな、町の人がいればすぐに見つかってしまうような場所で動かないのか。それは誰かと落ち合うため。なぜ気付かなかったのか、一旦離れよう。すぐに立ち上がろうとした伝ヶ井寺に、ヘミナが突然覆いかぶさってきた。それは自分の意志ではなく、星の力。
「おい、何か音聞こえたぞ。あっちだ」
「おい誰だ! 隠れてねぇで出てこい」
男三人がそれぞれ武器を手に取る。いつでも来いと構えていたが、すぐに緊張感が途切れた顔をする。意味するのは、待ち合わせの相手が来たということ。しかも相手は、青年だ。しっかりした作りの剣を携え、精悍な、どこかの騎士団の青年隊長にいてもおかしくない面構えと、十分な体格をした青年だった。
「もう少しマシな待ち合わせ場所はなかったのか」
青年の言葉に一人の男が、祭りの時には見つからないさと、自信満々に言い切る。他の二人も同様の答えらしく、何も言わない。不満げに、ならと通路に一旦引き返す青年は、一人を抱え、一人は引き摺りながら三人の下に近づく。
「この二人をどう説明する」
顔を見合わせる三人。青年が静華の横にヘミナを寝かせ、伝ヶ井寺から手を離して地面に落とした。その二人の顔を確認して、男は青年に笑いかけた。
「こいつら、町の住人じゃねぇな。だからだ」
「はぁ、見つかっていたことに変わりはない。もう少し何とかならなかったのか」
変に変装したりすると目立つと返ってきたところで、無駄だと悟ったらしい。素早く行動を起こすことの方が先決だと、静華たち三人を箱に詰める。それを持ち上げ、細かな通路を出た先に止めてあった馬車の荷台に乗せ、青年たちはどこかに向かって動き出した。
「私が、確かめなければ……」
青年は知らなかった。もう一人いたことを。そして、ヘレナの一人での追跡が始まった。