第13章 不器用な悪魔のラブソング (2)
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外観や外から見える内装だけで十分高級な、この一行になってからは、あなた方のような貧乏人が何の御用ですかと、見ることも憚られるようなホテル。小ママン達はホテルの従業員が頭を下げる中、平然と扉を潜った。
「だ、大丈夫なのか、雷祇」
一方の雷祇たちは、ホテルの前で動けない。この一行になってからといったが、実のところ雷祇は一度もこういうホテルに泊まったことがない。微かにひくつく表情で、「だ、大丈夫ですよ」と、身なりで判断すると確実に泊まれないだろう雷祇たちに、遠いフロントの中から笑みを返してくる受付を見つつ、読まれないように小さく素早く口を動かす。扉係は固まる二人と一匹にも、フロントの中の女性と同じように、他の泊まるべくして扉を潜る客と同じ笑顔を向けている。静華は鈴奈に手を引かれて、すでに中にいる。
「何してんだい、あんた等。会いたいんだろ?」
入ってこようともしていなかった雷祇たちを、さっさと来いという口調の小ママンが呼びに来た。別に顔に書いていたわけではないだろうが、尻を叩き手を引くのは予想していなかった、期待はしていた言葉。「宿代はあたしが持ってやるさね」
「さぁ、行きますよ」
垂らされた餌が見えた瞬間、逃さないように食い付き、現金なところ見せた雷祇だったが、横を通る時に会釈を忘れなかった。彼独特にして完璧なる営業スマイル。少し間隔を置いていたバナンもゆっくりと動いて中に入る。欠点があるとしたら金にシビアなところと隠れたド黒い気質。勿体ねぇなと呆れ項垂れたカイヤックに、小ママンは高笑いまではいかない笑みを見せた。「しっかりした子じゃないか」
「まあ、悪い奴じゃねぇんだがな」
きっちりと制服を着こなす従業員。今まで泊まってきた、ホテルではなく宿では、制服があるところも少なかったが、あったとしても制服が着られてやっていた所ばかり。この点でも、今まで泊まってきた宿とは別格だったが、一階ロビーの談笑用に置かれているであろうソファーと、テーブルの上に置いている、交通面が不便なこの町にあっては考えられない無料の果物類に、もう苦笑いをするしかなかった。
「ちょっといいかな」
入ったのはいいが、この高級ホテルの勝手を掴み切れず、せっかく置かれているのだからソファーで果物でも食べればいいものを、壁に張り付いてまた少し暗くなっていた雷祇にフリシアが声をかけた。
「なんですか?」
「部屋を見た後でいい。ちょっと付き合ってもらいたいんだが、ダメかな……」
警戒の立て看板を掛けてはいなかったが、雷祇の視線に最後の辺りの言葉が弱くなってしまった。自然と嫌な間が開いたのか、それとも狙ってか、フリシアが堪え切れずに喋り出そうとしたタイミングで答えを返した。「いいですよ」
不味いことをしたとなっていたが、思わぬ返事に年相応の喜び方をした。この姿を見ると、普段のキリリとした空気は作っているのかもしれないと思ってしまう。
「本当か、ありがとう」
隠しきれない嬉しさを持って、他の皆がいるところに走り戻った。短いやり取りだったが、小ママンは手早くフロントで話をつけたらしく、手招きするのが見えたので、居座るのには落ち着かなかったロビーを皆の下に早足で合流した。
静華はすっかり鈴奈に気に入られている。十人横に並んでも上れそうな大階段をそれぞれの間合いで上り、二階に着くと三階に続く階段を離れて廊下を歩きだした。十分な部屋の広さは、扉と扉の壁が広いことで誰でも分かる。その一番手前の部屋を指す。
「カイヤック。あんたは雷祇君と、その猫君と一緒の部屋だよ、いいね」
誰も首を横には振らなかった。その必要もなく、カギは雷祇が受け取った。それから二つ行った部屋を「アタシとフリシアの部屋」と指差した鈴奈に小ママンが尋ねる。
「静華ちゃんも一緒にいいかい?」
「勿論私は構わない」
「喜んで。一緒に寝ようね」
拒否するような性格ではないのは言った小ママンが一番よく理解していた。ニコリと頷き、その向かいの部屋を指して、「あたしと、リンリの部屋さね」
そして、三部屋ほど奥に進んだ壁際の部屋の前で足を止めた。
「ここがルットとファーリーの部屋さね」
カギを開け、扉を開く。軽く何度か頷き、「やっぱ二人は一緒の部屋なんだな」と言ったが、誰も反応をしなかった。あれだけ明るかった小ママンの面々では考えられない反応に、疑り深く慎重に部屋を覗きこむ雷祇と、聞こえなかったかなと頭を掻くカイヤック。
「リンリ、あんたは部屋に入らないでおき」
「私が預かっておきます」
フリシアが小ママンの手からリンリの小さな手を受け取った。幼い女の子らしく柔らかそうな手と、騎士らしく豆だらけの手が触れる。
「静華ちゃんは、どうする」
部屋の前で止まった鈴奈に、「挨拶しないと」と静華は当然の言葉を返した。
「そうだよね、じゃあ――」
「僕が連れて行きますよ」
伏せ目になった鈴奈に雷祇が手を伸ばす。雷祇に静華の手を預け、「じゃあ、また」と部屋に入りたくないように投げ捨てるように離れた。これだけの反応に、入りたがらない二人と、入れないようにした一人。雷祇はある程度の覚悟を決める。
「静華。服で口抑えて」
「何で?」
「いいから」
布に濾されて出る声に、静華も素直に従った。結局、部屋の中には小ママンを含めた雷祇たち一行が入っただけ。
やはりと言っていいほど、部屋の廊下も長い。扉が五つもある。その一番奥、大体寝室だろう部屋の扉を小ママンが開いて中に入る。大きなベッドが二つ。一人は布団に包まりもう一人、男は椅子に座っている。
「よう、ルット」
後ろ姿だけだったが、確信を持ってでもなく、どうなのかと不安がることもなく、昨日まで一緒にいて朝また会ったように軽く声を掛けた。慌てて振り返った男の顔は、正反対の性質を持ち、驚きだけしかない。それが消えた時、冷たく、何か隠してると直感で感じ取ることのできる視線に変わる。続けて動いた口ぶりからは、カイヤックの持っていた愛想の良さはなく、しばらく会っていなかった、二人の距離を十分に感じさせる。
「生きていたのか、カイヤック」
椅子から立ち上がった男は、十分に大きな身長をしていた。小ママンよりも少し小さいが、二メートル近くはありそうだ。眉毛の辺りと肩に掛かる辺りで綺麗に切り揃えられたブロンズ色の髪。生き方をどう違えば、こんなにも人間が変わるのかというように、カイヤックとルットの雰囲気は別物。
「随分な言い方じゃねぇか」
「お前の様な生き方をしていたら、俺は何度も死んでいるだろうから言ったまでだ」
上手く切り返したが、雷祇の目は先程の驚いた顔を見ているようだった。
「で、ファーリーは?」
先程の二人のような顔を、ルットはしなかった。少し身をズラして、ベッドの上に眠る女性の姿が見えるようにする。
「ここに寝ている」
雷祇はここまで、声にならないほど驚くカイヤックを見たことがない。覚悟なら決めている。静華の手を離してベッドを覗きこむ。そこに眠っていたのは、顔半分でも美しいと分かる女性。
「これ、は……」
顔半分しか見えていないが、半分でも美人だと分かる。なぜならもう半分は人の物ではない。違う、人の物ではないように見える。
「なんで、これが……」
「三年ぐらい前のことだよ。突然ファーリーが痛がりだしてね。一年ぐらいは痛みだけだったんだけどね、目に見えて異変が分かったのは一年半ぐらい前かね。それでも、三ヶ月くらいまでは自力で歩いていたんだけどね、一か月前辺りからは立つのもしんどくなっちまった。病気か何かかと医者に見せても分からず、何をどうしても痛みが取れなかった。だからあたし等は、どうにかして治そうと世界中を回ったさ。それで分かったのは、これは寒くなれば成長するってことと暑い場所なら大丈夫ってことぐらいさ。この――」
小ママンが布団を剥いだ。何重にも着こんでいるだろう服の上からでも、どうなっているか分かる。興味を示さなかったバナンの目も大きく開いた。
「植物は成長しないとね」
体の中から伸びるツタの植物。頬の下を伸びているのか、人の指二本ぐらいのミミズが這ったような膨らみが走る。耳と、片方の鼻からもツタは伸びる。考えられないし、聞いたこともない。雷祇とバナン、静華すらも理解できたのか、皆が皆驚きと信じられない光景に動けない。
“なんで、なんで残ってやがんだ。夏人冬花が”
ただ一人、カイヤックだけはこの植物の正体が何なのか分かっていた。夏人冬花だと。汗も息も、絶えることなく体から出ている。正常な肉体の反応。暑い場所で着こみ、布団を被っているのだから当然だった。小ママンは見てられないのか目を逸らし、ルットが小ママンの手から布団を貰い、掛けようとした。
「う、ぅ」
痛みからくる悶える声が零れる。ルットは慌てて布団を被せ、小ママンがそっと、重たくないように被さった。
「おい婆さん」
「こうしたら痛みが引くんだ! 邪魔をするなカイヤック」
「カイ、ヤック……」
なるべく熱くなるようにもう一枚布団を手に持ったルットと、小ママンがファーリーを覗きこむ。片目はツタに飲み込まれているが、もう一方が開いていく。
「ファーリー、大丈夫か」
それだけでも痛いだろうに、顔を綻ばせた。優しく、心配そうに見降ろす二人に大丈夫と言っているように。
「ファーリー……」
「カイヤック、久し、ぶり」
直視できていないカイヤックにも、同じように頬笑みを分け与える。
「静華、出よ」
この場にいるのは申し訳ないと思ったのか、雷祇は静華の手を引いて部屋を出た。
「どう、だった?」
三人がどれ程の思いがあるのか分からないが、心配そうに雷祇に聞く。目を開けましたと素直に答えた雷祇をどけるように部屋に入ろうとしたフリシアの手を、慌てて鈴奈が掴んだ。
「何をする、離せ!」
「あんたは馬鹿か? 多分、ファーネェはカイヤックって人がいたから目を覚ましたんだ。今アンタが行っても邪魔になるだけだろ!」
あまりにも強く噛みしめてしまったために、唇からは血が流れる。
「そう、だな……」
《部屋を開けてくれ》
聞き慣れた、とても久々に思える声が横を通り過ぎ、背中追うために静華の手を鈴奈に渡して、二人同時に部屋に着いた。静華の手を取っていた鈴奈とフリシア、リンリは誰が喋ったのか疑問に思っていたようだが。雷祇が鍵を開け、中の扉まで開くと何も言わずに入る。雷祇も何を言うわけでもなく扉を閉め、部屋を出て鍵を閉めた。
「さっきの約束だが、いいかな?」
後ろに来ていたフリシアに、何の事だという目つきに変わった。
「付き合ってくれると言っただろ」
そこまで言われてようやく思い出したのか、いいですよと歩き出した。
人はどこに行っても多い。星の守護が多いこともあって、ガラが悪そうなのが多いと思いきや、意外とそうでもなく、いざこざが起こっている感じではない。余所余所しい二人は、触れない程度の距離を保ち、人を掻き分け進む。雷祇は少し後ろを歩き、フリシアが何かを確認しながら先を歩いていた。
「あっちがいいか」
確認の目を向ける。僕は付いて行くだけですと頷く雷祇に、フリシアは人の多い道を避けて人影が疎らな道に逸れた。こういう大きな町には必ずある、裏の臭いがする道。大通りとは雰囲気が一変し、一般人は間違っても入らないだろう空気は、大通りを追い出されたガラの悪い連中には馴染めるらしく、昼間から夜の花が咲く。
「この辺りでいいか」
止まった足に、同じように足を止める。
「君に頼みがある」
「なんですか?」
嫌な雰囲気ではないが、一応気を許してはいない。フリシアは振り返るなり頭を下げた。
「私と剣を交えてくれ」
予定していた物とは違ったのか、思わず口から「は?」と出たが、構わずに続ける。
「私は強くなりたいんだ。ファーリーさんを救いたい。どんなことでも出来るように、少しでも、今よりももっと強くなりたいんだ。だからこそ、少しでも多く剣を交えたい」
誰でも思うだろう疑問を口にする。
「ルットさんでいいじゃないですか」
「ダメだ。ルットさんは、ファーリーさんとなるべく一緒にいてもらいたい」
「ならカイヤックは?」
駄目だ駄目だと首を振る。
「あまりにも力が違いすぎて、意味がない」
「で、僕ですか」
年代も身長も近い雷祇ならと思っていたのだろう。力もそれほど強くない雷祇なら適任かもしれない。考えはおかしくなかったが、雷祇の口から出た言葉は期待を裏切る。
「止めておいた方がいいですよ。僕は弱いですから」
卑下に近い言葉。雷祇の持つ雰囲気は決して弱いものではなく、だからこそフリシアは頼んでいるのだろう。分からないはずはない。雷祇自身も同じように望み、カイヤックと毎日のように剣を交えてきたのだから。
「なぜだ! 君はそんなに弱くないはずだ。私だって少しは戦ってきた身だ。それぐらい分か――」
「何が分かるんですか? 知らない人間のことを分かった風に言うのは、どうかと思いますよ」
逃げるように立ち去ろうとするが、フリシアは諦めきれずに肩を掴む。
「待て、なぜそうまでして――」
「知りもしない人間が何を言うつもりですか」
丁寧ではある物の互いの語尾に苛立ちが混じる。睨み合いも激しくなり、言葉が棘を放つ。探るように止まった動き、どちらから話出すのかと牽制し合うが、駆け引きは無駄に終わった。
「あ~、ちょっとごめん」
道の真ん中にいて睨み合う二人に、割って入った角からの声。
「フリシア、助けてくれない?」
背中に腕を回された鈴奈が男に掴まっていた。
「何をしているんだ、君は」
「ちょっと面白いかと思って――」
「コソコソしてたんでよ。こんな恰好してたし、捕まえてやったんだ」
いかにも三下の男が鈴奈の首筋を嘗めた。特に嫌がる素振りなく振り向いた鈴奈は舌を出した。おいでと誘っているようだ。カイヤックなら別だろうが、三下風の男は遠慮する気配なく口を運んで舌を絡めた。これを待っていたと言うように、鈴奈は男の舌を千切るように噛みついた。男の悲鳴が上がる中、フリシアが助けに向かおうとしたが、角から別の影が出てきて、鈴奈の腹を殴りつけた。
「鈴奈!」
「こふぉおんふぁ!」
腹を押さえて崩れた鈴奈の顔に蹴りが飛ぶ。二本の剣に手を掛け走り向かうフリシアだったが、殴りつけた男が蹴っていた男を押し退け、倒れ込む鈴奈の髪を掴んで起こし、慣れた手つきで首にナイフを押し当てた。
「おっと。動くな、お嬢さん」
鞘から剣が抜けようとしていたが、足が止まるとゆっくりと鞘の中に刃が収まっていく。それは動かないと返事をしたようなもの。鈴奈を掴む男が首で招くと、角からは五人の男が現れた。
「何やってんのよ。アンタなら一瞬でしょ、フリシア」
「しかし……」
鈴奈を掴んでいるのがどうやらリーダーらしく、他の六人に命令する。
「どうやらあのお嬢さんは、随分と心やさしいようだ。そんなお嬢さんには丁寧に相手してやるんだぞ」
汚らしい笑顔が浮かび上がる。
「止めてあげてよ。アタシが相手するから」
「こういう通りに来たら、それぐらい覚悟してるだろ」
胡坐を組んで上に乗せられながら懇願するが、男に却下される。ならと鈴奈は別の人物に頼む。
「雷祇君なら私に関係なく行けるでしょ! だから――」
「止めてください。僕は弱いんですから何もできませんよ」
戦う気がない雷祇。鈴奈を掴む男は、あまりにも不甲斐ない態度に、自分のことは棚に上げて呆れてみせた。
「なんて酷い彼氏だ。彼女を見捨てるなんて」
その間にもフリシアは壁に押しつけられ、全身に腕が伸びる。人通りは少なくないが、助けようとする人はおらず、逆に混ざろうとする者がいるくらい。
「いい体してるな、お前」
ただ無言で睨みつけると、男たちは茶化すように怖いだの何だのという。隈なく、後で舌で舐める予行練習のように手が全身を撫で回す。もっとも良い正面に陣取る男が唇を奪おうとするが、顔を背けるフリシアに「お友達がどうなってもいいのかい?」と耳元で囁く。特に涙ぐんでいる様子もなく、目元は怒りを湛えたまま男を見据えた。
「いいねぇ、本当に気丈で。こういう女を無理やるのはねぇ」
見るのが嫌なのだろう、鈴奈が目を逸らした。そこにあったのは巨大な靴。一瞬何なのか分からなかったほど巨大な靴が、鈴奈の首に触れていたナイフを男の手ごと蹴り上げた。痛みの声を上げた男に六人の男の動きが止まり同時に目をやると、巨大な男がリーダー格の男を投げ、地面に突き刺した光景があった。呆然とする男たち。
これで動けるようになったフリシアが、自分の体を触っている無数の腕を払い上げ、後ろにあった窓に両手を付け体重を掛けると、二人同時に股間を蹴り上げた。蹲る男二人に、他に四人が気付いた時には、もう二人の鳩尾に剣の柄頭が減り込んでいた。素早く、大人の男が反応するよりも早く、正面の男には切れない刃の平らな部分でコメカミを同時に叩きつける。自分よりも明らかに強いと、残った一人は両手を上げた。
「す、すいませんでした」
刃の先が今にも襲い掛からんと二つ同時に向けられる。
「一体今まで、どれだけこんなことをしてきた」
指を一本一本折り、二周目に入って数を思い出したらしい。
「十三回ほど」
あまりの多さに、切りかかろうとしてしまったが、頭を抱えて蹲った男の首筋を柄頭で叩きつけて気を失わせるに思い止まった。
「あ、ありがとう、カイヤックさん」
鈴奈がカイヤックに抱きついた。フリシアに一瞬のうちにボコボコにされた男たちは、気を失った二人を除いて、頭を地面につけて謝っている。
「もう二度こんなことはするな」
自分よりも強い女性の言葉に、冷や汗交じりの分かりましたを差し出す。
「だったらもう行け」
男たちはゆっくりと地面から視線を上げ、怒りに満ちた目で見降ろしているフリシアを見て慌てて立ち去ろうとしたが、「忘れもんだ」という声に振り返る。何かが飛んできていた。それは、走っているよりも速いだろう勢いで空を飛ぶリーダー格の男だった。咄嗟に受け止めようとしたのだろうが、あまりの速さに四人は吹き飛ばされ、結局はその場で皆が気を失った。
「おい、雷祇。何で助けてやらねぇんだよ」
一連の様子をただ見つめていた雷祇に、叱るように尋ねる。
「助けられませんよ。僕には、誰も……」
「何言ってんだ。楽勝だろうが、お前ぇならよ」
訳が分からんと言いたげなカイヤックに背を向け歩き出した。
「少し、歩いてきます」
「おい待て」
足を止めさせるのには不足だったらしく、路地裏の奥に消えた。
「ありがとうございました」
頭を下げるフリシア。
「大丈夫だったか」
初めて会った時のように頭に手を置く。撫でることはないが。そんなことよりもと言いたげに、顔を持ち上げる瞳は輝いていた。
「雷祇君はそんなに強いのですか?」
「フリシア、アンタは――」
「あぁ、十分に強いぜ。婆さんには少し負けるぐらいじゃねぇかな」
二人の強さの頂点にいるだろう小ママンと、まさか比べられた雷祇。思っていた以上の強さだろうが、フリシアの目はさらに輝きを増す。
「あの小ささでそれほど強くなれるのですか?」
「まあ、それぐらいだと思うが」
何度も頷く姿に、カイヤックに張り付いていた鈴奈は呆れてものが言えなかった。
夜には雷祇もホテルに戻り、ルットとファーリー以外の皆で一応食事をとった。いち早くバナン、続いて雷祇が食事を終えて、何も語らず部屋に戻る。二人がいたことが空気を重くしていたように、姿が見えなくなると一気に会話が溢れ出た。暗すぎた雰囲気だったが、食事を終える頃には意外に明るくなり、皆が部屋に戻った。
最後まで食事を取っていたカイヤックも、部屋の前に着いた。ノブに手を掛け、後は引くだけで部屋の中に入れるが、そうせずに振り返る。
「飯はどうしたんだ」
「部屋で食べた」
ルットだった。
「ちょっといいか」
断る理由はないと、カイヤックは後に続いてホテルを出た。