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テスタメント  作者: 竜丸
64/82

第11章 蜃気楼は幻の城と共に (5)

     8


「……て、…きて、起きて、シャーミ」

 白い肌と黒い肌が、額と額を付け合う。混ざるなどあるはずのない肌の色も、今にもこぼれ落ちそうな朝露の瑞々しい肌の二人ならもしかすればと、怖さがある。

「ウ、ウゥン、ア、オハヨ、ミーシャ」

 ミーシャはいざ知らず、シャーミはそんなこと意識する素振りは微塵もない。

「静華ちゃんを見てて」

 上半身を起こして静華を探すと、まだ上を向いて寝ている。シャーミは指差すが、首を振りそうじゃないと言って聞かせる。

「起きないように、見ていてって言ったの」

「ドウしテ?」

 部屋の中を見回す。何やら得たのしれない機械、天井にも壁にも大穴。その外に続く光りの中に、雷祇の姿は消えた。ミーシャは背中を見送ると立ち上がり、光とは反対側の暗い闇に向かって歩き出した。

「連絡を取らないと。それができる設備ぐらいあると思うから」

「……デモ、モウホントウは――」

「私たちがいる意味を忘れちゃだめだよ」


 引き摺っていた足も、摘む雷命も痛みからだったが、そのどちらもどこか遠くの、記憶の奥底、手の届かない影の下から溢れる断片的な痛みに消えてなくなる。

《まさか、生きていたのか。化け物だとは思っていたが、お前は本当に特別だったんだな》

「……しえろ」

 対照的な二人。懐かしむように笑顔を向ける者と会いたくも触れたくもない者に出会った顔をしてる者。

《あれから俺も大変だったんだぞ。お前のせいでな。お陰でこの通り――》

「教えろ!」

 突然起こった雷鳴に驚くカマキリだったが、表情にはまだ余裕が、いや、今の言葉で余裕が出てきた。

《教えろ? お前は何を……。あぁ、あれかお前、記憶が飛んだのか?》

「だから僕は何なんだ! 知ってるんだろ?! だったら教えろ!」

 雷がブーツにも衣にも雷命の新たな刃にもなっているのに、一歩ずつ近づく。小さな体に大きすぎる力が、留まり切れないのか地面に触れた部分から何十もの雷の線か、蛇か、それとも龍か。定かではないが、地面を走って岩や廃屋、草木を破壊する。恐怖すら感じる現象もカマキリは懐古な眼差しを向ける。

《あいつの頃はそんなことなかったのに、お前になってからはよく暴走してたな。今みたいに》

 明らかに自分の過去を知る言葉。見え隠れする人の顔。手を伸ばす、あの、女の手。

「僕は一体何なんだ!!」

 雷命も雷の衣装も全て置き去り、十メートルあろう距離をたった一足でカマキリの懐に飛び込んだ。生き物の限界以上の速さに、驚くことなく鎌を振り下ろす。まるで動ける速さを分かっているように。余裕はこのことからも出来ていたようだが、思っていた速さを遥かに超えて、雷祇は振り下ろされる鎌と、振り上げられる鎌を掴んでカマキリの体に押し付けた。

「教えろ! 教えるんだ!!」

《コイツ! 知りたきゃあいつに、確か名前は……そう、フェルハルトにでも聞いてな!》

 体の前でクロスの状態にある鎌での攻撃を諦め、真ん中の足で腹を蹴りつけた。意識は自分の知らない自分を聞きだす方に回っていた雷祇は、直撃を受けて廃屋の中に吹き飛ばされた。

《俺も化け物になったんだ。仲良くやろうぜ!》

 追撃に向かおうと羽根を広げるカマキリの背後から、声が届く。

「こっちだ、カマキリ」

 振り返ると、まだ走りだしたところ。

《バカかお前? 不意を突けばいいものを!》

「必要ねぇな。もう痺れは取れた」

 体の傷は癒えないだろと言いたそうな雰囲気もあったが、門番だった異形の者の腕を切り落とした姿がチラついたのか、羽ばたきを合わせながら回転し、鎌の勢いを増した攻撃を繰り出した。

「巻き添えは御免だからな!」

 回転切りの速さを上回り、低く構えていたイクリプスが鎌の根元を切り裂き、カイヤックの頬を掠めて三人のいる廃屋とは反対の壁に突き刺さる。まだもう一本、二人の攻防はそちらに移る。回転の勢いを衰えさせることなくカマキリは切り込むが、正面付近にまで踏み込んでいたカイヤックの振り下ろすイクリプスの方が数段速く、あっさりと叩き斬られ、地面に突き刺さった。

《俺の、俺の鎌が!》

「やっぱそうか。アイツの方が上だったか」

 横で上げるカマキリの声を通り過ぎて、雷祇の方に向かって歩き出すカイヤック。一歩進まない間に気配が、人の気配が横からして呼び止められたように足を止めた。

《見なかったのか、机やペンを》

 体の中を、カイヤックとしては聞きなれた音が駆け抜ける。振り返るまで行かなくても異変を見てしまう。カマキリの胸のところが割れ、男の上半身をした部分が現れていた。体液なのかビショビショに濡れ、髪はなく目も口もカマキリ。人の顔の中にカマキリの顔の部位があると言った方が正しい。緩んだ口元を隠すことなく、カイヤックの肩に顎を乗せた。

《動けないだろ?》

 カイヤックの動きを止めるのは、背中を突き刺す、五本の鎌になった指。鋭く長い指は、カイヤックの体を貫通しても余るほど。今はまだ三分の一程度しか刺さっていない。

《こっちは人の指なんだぜ。おかしなもんだろ。だがまあ、楽しいからいいがな》

「俺ぁ、遠慮してぇな」

 顎と交換で、乗せていた肩に人の指を置いた。

《遠慮しなくてもいいぜ。お前ならあの人が望む、完全な物が生まれるかもしれないんでな》

 力の流れが腕に集まり、肘打ちを当てようと足を動かしたその瞬間。カイヤックでも見たことのない、自分の体を貫通した刃物を目にした。

《殺してもすぐにブチ込めば、いけるんだ。残念だったな》

 力が入らなくなり始めたのか、イクリプスが手を離れる。ジワジワと殺すのではなく、チャンスはもうこの一回だけだと思ってか、一気に指が狭まる。はずだったのだが――

「突き刺すだけじゃ、俺は殺せねぇぞ」

 五本の指を二本と三本に分けて両方の手で握りしめ、微動だにさせない。痛みに狂うことは考えられそうな物の、この時点でさらに痛みを増すような行為を取る男に、カマキリは恐怖を感じて指を前後に動かそうとする。ただ、カイヤックが掴む指はビクともしない。

「……ウ゛ゥ。あれ、カイ、ヤック」

 打ち所が悪かったのか、少しだけ意識を失っていた雷祇が目にしたのは、何かがカイヤックの体の心臓近くを貫通し、懸命に動かされないように止める姿だった。何が起こったのか理解できない、けれど自然と動きだし、地面に突き刺さる鎌に体を向かわせる。鎌を掴みながらカイヤックの背中に回り込みつつ振り上げる。突然現れた雷祇にカマキリも指を抜こうとしたが、カイヤックに持たれて動かせずに斬られてしまう。

《グッ!》

 カマキリの声が聞こえたが、雷祇の動きは止まらない。切り上げていた鎌を下向きに持ちかえ振り下ろしていた。それは無意識のうちに、意識して腕を止めようとした時には鎌がカマキリの人の部分に突き刺さっていた。

「は……」

 指から解放され、膝をついていたカイヤックはその一部始終を見ていた。鎌が人の部分に突き刺さってからの雷祇の表情の変化も、その顔に反応したカマキリの顔も。どちらの意味も確信までは分からなかったが、雷祇の手が鎌から離れた瞬間、代わりにカイヤックの手が鎌を掴んでいた。

 “すまねぇ、アリーリア”

 胸の辺りに突き刺さっていた鎌が、何にも止められることなく地面まで斬り下ろされた。舞い散る臓器も、血飛沫も見せないように、カイヤックは鎌を持つのと同時に雷祇の顔を覆っていた。

《何であんな顔した? お前は毎日してたじゃないか》

 崩れ落ち際に残したカマキリの言葉と、生き物を、肉を、人を刺した手の感触とで、どうにか生命維持だけはしようとしてか、息だけをしている。カイヤックは顔を覆ったまま雷祇を自分に引き寄せ、抱きしめた。

「大丈夫、お前ぇじゃねぇ。殺したのは俺だ。だから大丈夫だ」

 こんなこと無意味だと気づいているし、知っている。自分が嘗てそうだったから。でも、こうせずには居られなかった。それが経験してきた、そうやって立ち直ったカイヤックだったから。抱きしめた雷祇をそのまま持ち上げ、イクリプスを拾い上げて、途中に落ちていた雷命も拾ってカマキリが開けた穴の中に戻った。

「どうしたんですか、雷祇君」

「ちょっと、な」

 血だらけの雷祇。意識は濁った瞳の中に隠れて俯く。聞いたミーシャはすぐにカイヤックの血を浴びてだと分かったようだが、シャーミは雷祇の体と思ってか「イタいトコ、ナい?」と必死に聞く。もちろん、雷祇に反応する気配はない。

「あなたは、大丈夫なんですか?」

「お、何だ。俺に喋りかけてくるなんて珍しいじゃねぇか。心配ねぇ、大丈夫だ。それよりも、嬢ちゃんに雷祇を見せてやってくれ、怪我してるからな」

 頷いて、危なくないように奥にいた、状況が聞こえてくる言葉だけで心配していた静華の下にシャーミとミーシャが両脇を抱えられると、素直に立ち上がった雷祇を連れていく。カイヤックはその様子を見送ると、穴から外に出て上の状況を確かめる。

「何でアイツ、小せぇまま戦ってんだ」

 たまに霧が晴れて見える二人の戦況。もし、万が一だがバナンが負けることがあれば、今の自分では何が起こっても、この国の霧が晴れる確立ほども勝てる可能性はない。城に大きな穴が三つ、森も木が折れている場所、町の様子は分からないが、かなりの被害があると考えがあるのだから当然。痛みに少しだけ歪む表情で空を睨んでいた。

「勝ってくれよ」

「あの――」

 俯き、恥じらうように指を組む。

「大丈夫なんですか、本当に」

「随分と心配してくれんだな、ありがとよ」

 頭をグシャグシャ撫で、「下がっときな」と背中を押した。ミーシャは髪を直すことなく三人の場所に向かった。

 霧の中なら自分の方が有利だと考えていたバナンだったが、そうでもなかった。姿形だけ見れば何も考えずに向かってきそうな相手だったが、普通に戦っていた時に感じた、考えある動物の戦い方に、見えなくなれば慎重に行動すると思っていた。結果は真逆だった。自分の位置を特定される危険も顧みず、炎の口弾を辺り構わず撃ち、バナンに近寄らせない戦い方に変わったのだ。バナンは霧の中に鬣を伸ばして、風を感じたら動いてかわし、無理な時には風の口弾や羽ばたいて打ち消す。そしてまた、羽ばたいて炎の口弾を掻き消した。

《にゃ!》

 霧の中から日の光りに包まれた二匹。大きく羽ばたいたバナンの大きなモーションの終わりに合わせたように、二メートル前に来ていた羽根の異形の者が、大きく口を開けて待ち構えていた。別にバナンの位置を知っていたわけではないだろうから、自分の撃った炎の口弾の後について動いていたようだ。そんな事とは知らず、鬣でどうにか顔面を覆い始めたバナンに向かって撃ち出された。

《糞ッ、!》

 一撃で鬣が吹き解かされ、睨みつけたバナンの目に、もう小さく口の中に溜まった炎が見えた。大きな一撃が互いに当たらない今、やはり考えを持っているように冷静に、羽根の異形の者は連続で小さなダメージを与えることを選んで、撃ち出した。一発目が眉間の辺りに当たり、バランスを崩して一回転してる最中、丸出しになった腹にもう一発。まともに二発受けたバナンは、力なく羽ばたくのを忘れたように、重力を思い出したように地面に向かって落ちていく。無防備極まりないバナンに、羽根の異形の者は容赦なく、最初皆の前に現れ撃ち出した時よりも大きな、口に収まりきらない炎の口弾を放った。

「嘘だろ。あの糞猫め」

 地面付近で爆炎を上げ、風と共に廃屋の壁や岩が飛んできたのを叩き落したカイヤックが呟いた。胸に指が刺さったままのカイヤックの言葉も焼き払うかのように、まだ炎が収まらず煙の中で死体すら確認できないバナンにさらに大きな、自らも地面に向かって羽ばたきながら口を限界まで広げていた。

《自惚れるな、輪の外の者》

 炎の口弾が撃ち出されようとしたまさにその時、溜まっていた炎の真ん中を貫き口の中を貫通する物や、腕や足を貫通する小さな風の弾丸が煙の中から撃ち出された。溜まっていた物の真ん中が突然空洞化すると、起こる事は一つ、崩壊。炎の口弾も例外ではなく、口の中で行き場なく爆発した。今度は羽根の異形の者が地面へと落下を始めた。煙の中からは地面を這う動物とは違う、空飛ぶ獅子が飛び出し、無抵抗に落ちてくる羽根の異形の者の首を前足の爪で突くと、鬣で体を固定して頭を引き千切った。完全に命のなくなった二つの肉塊。少しだけ眺めた後、放り投げ自由落下を開始した所に、口の中目一杯風を含むと跡形も残さないよう風の口弾を放った。願い通り、風に斬り潰された肉塊は跡形もなく消えてなくなった。それを確かめて、バナンは地面へと降りた。

「やりすぎなんじゃねぇか」

《貴様が甘いだけだろう。でなければ、そのような傷を負う事もあるまい》

 カイヤックの横を通り過ぎると、バナンはいつもの大きさに戻り、四人を見つけた。三人が心配そうに声をかける中心で、心が無くなったような、バナンにはどう見えているのか分からない力の抜けた雷祇の姿があった。この場で戻ってくるまで待っているわけにもいかず、カイヤックが雷祇を持って運ぶために静華に傷口だけを塞いでもらって、国に辿り着いた時に置いた食料をバナンが取りに行って、この国を出ることにした。ただ、出ると言っても、来た道を戻るのではなく、反対に。なぜなら、濃い霧に阻まれてか来た道からは戻れないため。


「ドウだっタ、ミーシャ」

「私たちの存在意義を示せって」

 後ろではなく一番先頭を歩く二人に、誰も疑う眼差しを向けない。

「ドウ……スるノ?」

「憶えてもらお。私たちを忘れないように、忘れられないように」

 気持ちを伝えたくて動いた唇も、脳がそれをさせずに代わりに手を繋いだ。意外なシャーミの行動だったが、ミーシャは強く、震える手で握り返した。



それから三日が経った朝。

僕は、あまり憶えて、いえ、思い出したくない、だけだと、だけなんだと思います。人を、殺したことを。カイヤックは、カイヤックは僕を庇ってくれますが、でも、僕が、殺したんです……。悩んで、悩んで、二日目は一人で寝たんです。確実に一人で。

「雷祇は私のこと嫌い?」

なのに、なのになぜか今僕は静華に――

「嫌いじゃないなら、キスして」

裸の静華に迫られてます。え、何で! 一体何で?!

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