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テスタメント  作者: 竜丸
6/82

第2章 涙を流す森 (1)

     1



「う〜ん!! 疲れたぁ〜。列車はやっぱり腰が痛くなりますね」

 列車から降りる人の流れに乗って、町の中に入ってから背伸びをした。

「当たり前じゃろ! 1番安い席なんかを選ぶからじゃ。レンならまだ残っとるじゃろうに」

 僕を睨みながら終演しゅうえんが言ったので、 あえて笑顔を作って答えた。

「そうですね、少し前まではありましたね。けど、どこぞのバカなジジイが、このレンを倍にしてやるわ! なぁんて言って、ギャンブルで大負けしたんですよね」

 笑顔なはずなのに、目が恐ろしく冷たい雷祇らいしを直視できなくなって終演が目を逸らした。

「何じゃそれ?」

 何とかして場を脱しようと、雷祇のポケットに入ってる本を指差した。その本を取り出しながら、雷祇が溜息をついく。

「知らないんですか。一応星の守護なんですから、知っときましょうよ。これ、ここの仕事貰いに行った時、星の守護の支部に置いてあった心得が書いている本なんです」

「心得? 何のじゃ?」

「いや、星の守護としてのですよ。例えば、魔獣関係の依頼の時には森の中で作戦を立ててはいけませんとか―」

「そんなの当たり前じゃろうが。魔獣は人の言葉を完全に理解出来るんじゃからな」

「いやだから、そんなのを知らない人のために―」

「そうか、分かった。それじゃあ、宿に向かうかの」

 物凄くいろんな事を濁されたような気分になりながらも、僕は終演に付いてホテルに向かった。





 僕たちが列車に乗ってやってきたこの町、深緑の町ディープ・グリーナ。この町は、世界大戦以前から存在していた巨大な森の中に、突如として現れる観光都市。列車でしかこの町に来る事は許されておらず、人が勝手に森に入る事も許されていない。町を作る時には木を何本も倒したらしいが、この森の主に話して、何人もの人が殺されながらも町を作ったという事は有名だ。そこまでされても、人が魔獣や獣を殺す事がなかった姿勢に負けて、森の主も町が出来て以降、町や人を襲う事がなくなった。この町が命を奪う事が出来る物を持ち込ませないのは徹底して行われ、列車に乗る人には手荷物検査・身体検査などが行われる。手荷物検査の時には中身を目の前で全て出され、身体検査の時には裸になって調べられる。そこまでされても、この町の観光客が減る事はない。何せ、町にいながら魔獣や獣を目の前で見る事が出来るからだ。肉食の魔獣を生で見れる場所は、この町以外無いと言っても過言ではない。

 しかし、最近この町近辺で異変が起きているらしいのだ。それは魔獣の暴走。この魔獣の暴走がどういった内容の物なのかは、星の守護支部にも入ってきてはいなかった。そして、この魔獣の暴走の件に関係した依頼が僕たちの今回の仕事。らしいですが、いつものごとく僕は内容を知りません。そもそも、なぜこんなに僕が毎回依頼内容を知らないのかというと、終演が勝手に依頼を受けるからなんです。今度こそ僕も依頼内容を聞こうと、星の守護支部に付いて行ったんですが、支部にある食堂のご飯にまんまと釣られて、僕がご飯を食べている間に依頼主の住んでいる町と名前を聞いて終演が依頼を受けたんです。

 普通の人なら、依頼内容がどういうものなのか最後まで聞いて判断するんですが、終演はさっきも言ったように、町の名前と依頼主の名前を聞いただけで、内容を聞かずにOKをしてくるんです。しかも鬱陶しい事に、星の守護では依頼を受けた人間にしか詳しい依頼内容を話さないという決まりがあるんです。最悪ですよ、まったく。





 澄んでいるとても気持ちいい風が、僕たちの全身を撫でていく。そんな中で僕たちは、今晩泊まるホテルを探すことにした。けど、この観光の町で予約なしで泊まれるホテルがあるのか僕は物凄く不安だった。そしてそんな事を考えていると、自然と僕の足取りは重くなって、終演から遅れて歩いていた。そんな僕とは対照的に終演の足取りは軽く、ひらひらと舞う蝶のように人と人の間をすり抜けながら歩いていた。暫くして、「こっちじゃ」と僕を呼ぶ終演の声がしたので、土産屋で焼いている見た事もないグロテスクな木の実、けれどとてもいい匂いがする木の実に心惹かれながらも、終演が呼んでいる建物の方に向かった。どうやらそこは大きなホテルのようで、しかも同業者がたくさん泊まっているようだった。何せ、ホテルの外から見ても分かる同業者が、たくさんフロントにある椅子やソファーに座っていたから。

「どうします? ここに入りますか?」

 僕は終演の側で、小声で一応そう聞いた。そんな僕を見上げながら、終演が怪訝な顔をした。

「入るに決まってるじゃろ。こんな大きくて綺麗な宿、中々ありゃせんぞ」

 椅子に座っていた同業者が、僕たちが中に入るかじっと見ていた。

 “面倒くさい事にならなきゃいいけど……”



     2



 ホテルの中に入るなり、終演はフロントに一直線に向かっていた。僕はそんな終演から遅れてフロントに向かう。そんな僕たち2人を、同業者は睨むという歓迎で迎えてくれた。





 なぜ僕が同業者だとすぐに分かったのかというと、椅子に座っている人たちの柄が悪い、というのもあるんですが、武器を持っているという事が1番の理由です。さっきも言ったように、この町に武器の持込は禁止ですが、星の守護だけは別なんです。星の守護になった時に貰う、指輪・手帳・星の守護の紋章が入った珠。これら3つを見せると、武器の持込が許可されるんです。町には武器が無いので犯罪者などが入り込む可能性があので、それを追いかける目的と、星の守護だけは武器を持ち込んでいいので、逃げ込んでも無駄だという抑止力になるんです。また機会があればですが、星の守護の種類について話します。





 その中の1人、大きな顔には似合わない黒い小さなサングラスを掛けた太った男が、ソファーから慌てて終演とフロントの間に割って入った。

「おぉっと、待ってくれよ爺さん」

 僕は心の中で“やっぱり来たよ〜”と嘆いて歩くのを止めたが、終演は前に入られたのにも拘らず、横に避けて少し高いフロントに両手を付いて、フロントの女性に話しかけた。そんな太った男を見て、仲間であろう他の同業者が大声で笑った。「う、うるせぇ!」と大きな声を出して、今度は終演がケルベロスを担いでいない肩を掴んで、自分の方を向かせた太った男。

「待ちなって言ってんだよ爺さん」

 僕の位置からは太った男の顔は見えなかったが、相当苛立っているのが声で想像できた。そんな太った男に隠れて、ケルベロスしか僕の位置からは見えない終演が不満そうな声を上げた。

「なんじゃい?」

「いやまあ、そう警戒するもんじゃないぜ。少し聞いてほしい事があっただけなんだよ。ここのホテルはよぉ、泊まる本人が来てはじめて泊まれるというシステムなんだわ。けどよ、俺の連れが列車に乗り遅れちまって、今来れてねぇんだわ。しかも、空いてる部屋は2人部屋のあと1部屋だけ。2人部屋だから、知り合い同士じゃなきゃ泊まれねぇ。ここまで来たら、大体言わんとしてることが分かるだろ?」

 太った男のお腹の辺りから横に、突然終演の顔が覗き込むように出てきた。

「ワシには意味が分からのじゃが、雷祇は分かったかの?」

「いやまあ、大体は」

 僕の答えに大げさに驚いた終演。

「本当か! お前さん、いつからそんなに頭が良くなったんじゃ? ワシは関心したぞ。子供の成長は早いもんじゃなぁ〜。ってことで、ワシらはその空いてる部屋を貸してもらおうかの、お嬢さん」

 終演の顔が太った男に隠れると、その優しい声が聞こえてきた。さっきまで脅されていたらしく、恐怖で今にも泣き出しそうになっていたフロントの女性に掛けたものだった。僕の位置からでもその女性は見えていたので、優しい終演の声に安心したのか、安堵の表情を浮かべた女性。ただ、その安堵の表情は長く続かなかったが。

「おいおい、爺さん。バカにしてるのかい? この俺を」

 太った男の、苛立ちとは違う少し怒った声。そんな声に終演がビビる性格じゃないと、僕が一番知っていた。案の定、今までで一番とぼけた声が聞こえてきた。

「いや、バカになんてしとらんよ。ただお前さんの言ってる事が、ワシはどうも理解出来んのじゃ」

 終演のその態度に、太った男は呆れたポーズをして、今度は少しドスの利いた声で言った。

「はぁ〜。分かったよ爺さん。あんたにも分かるように説明してやるよ。俺は爺さんよりも早くこのホテルに来たんだ、だから先に泊まるのが普通だろ? でも俺の場合は、1人部屋が空いてないから、泊まれねぇんだわ。ただ2人部屋なら空いてる。俺には連れがいるからその部屋に泊まる。何もおかしくないだろ? だからさぁ爺さん、アンタがこのホテルから出て行ってくれたら、問題は―」

「おかしいのはお前さんじゃ。この宿では来た人間だけが泊まれるんじゃ。お前さんの連れは着てないんじゃから、ワシらが泊まっていい。これがこのホテルの正解じゃ」

 太った男は溜息をついた。そして次には、背負っていた1メートルくらいの刃をした剣を抜いていた。

「おいおいおいおい、待ってって爺さん。いい加減ムカついてきたぜ。俺が笑顔のうちに、このホテルから出て行った方がいいぜ」

「なんでじゃ?」

「そりゃそうだろ? こんな観光の町に孫と来て、怪我して帰りたくないだろ?」

「悪いが、雷祇はワシの孫ではありゃせん……。的じゃ!」

 “言い切るな!! しかし、孫と的。一文字違いなのに、随分と印象が違う”

 僕を的だといったので、太った男が思わず僕に振り返った。

「もしくは―」

 終演がふざけた事を言うのは大体分かった。

「困った時にじょ―」

「それ以上言うな!!」

 僕は一番言われたくない事だと分かったので思わず止めていた。そんな僕から顔を終演の方に戻した太った男。

「そんな事はどうでもいいんだ。俺は爺さんが怪我したくないだろうと思って言ってやってるんだぜ」

「怪我? 何で怪我なんてするんじゃ?」

「俺が爺さんに怪我させるんだよ。まあ、怪我で済んだら、の話だがな。それ以上になるかもしれん」

「ほぉ〜。随分自信があるんじゃな、お前さん」

「まあな。何なら今から怪我してみるか?」

 “ヤバイなぁ。こんなところで本気でやられたら”

 僕の心配とは他所に、太った男の仲間は完全に煽り始めていた。ソファーに集まって、何分で終演が死ぬなどという、賭けみたいな事をやり始めている。勿論、煽る声も忘れずに。今このフロアにいる一般の人は、大体10人くらい。その全ての人が、完全に怯えた目をしている。多分この町は、この人数分の観光客は失った。2階に続く階段の側にいる2人の従業員も、完全に見て見ない振りだ。

 “もし太った男が斬りかかったら、終演が動く前に止めなくちゃ。終演が―”

 僕がそう考え、ソファーからの煽りは最高潮、それに答えるように太った男が終演に斬りかかろうとしたその時、その怒号が一階のフロアに響き渡った。

「やめねぇか! 糞豚!」

 2階に続く、従業員が脇にいる階段からの物だった。一歩一歩、階段の上からこのフロアに降りてくるのは巨大な男。もう階段が4段しか残っていないのに、顔が見えない男の顔が見えたのは、屈んで階段の所にある壁に当たらないようにした時だった。ただ、顔はその壁に当たらなかったが、代わりにその巨大な男が背負っていた、さらに巨大な剣。多分、刃だけでその男くらいある大きな剣の柄が壁に激突して、壁を剥ぎ取った。木で出来ていたその壁は、ミシミシといった後、丁度巨大な男が屈んで床を見ていた所に落ちたので、「すまねぇ」と言って片手で拾い上げ、2人の従業員に返してこちらに振り返った。それと同時に従業員は、壁の重さで床に扱けた。その扱けた音ではなく、男が振り返った事で、先ほど煽っていた男たちや太った男の顔には緊張が漂った。

「てめぇらは星の守護だろうが! なのに、武器を使ってここに居る方々を怖がらすなんざ間違ってもやっちゃいけねぇだろ!!」

「はい!!」

 巨大な男が現れた事で、一気に体育会系となった同業者が、背筋をピンと伸ばして返事をした。ただ、

 “いや、あなたが現れた事で、子供泣いてるんですけど”

 僕の目には、巨大な男が現れ大きな声を出した事で観光客が驚き、さらに怯えているように見えた。

「皆様方、本当に申しわけねぇ!」

 そんな事とは関係なく、観光客の方を向いて巨大な男は頭を下げる。それを立ち尽くして見ていた同業者に気づいて、「てめぇらも頭下げねぇか!!」と大きな声が飛ぶ。その言葉で、直角90度頭を下げる同業者たち。

「すまねぇな、爺さん。しかし、爺さんは相変わらずだな」

「無論じゃよ。それとじゃな、ワシらがこの宿に勿論泊まるぞ」

「あぁいいぜ」

 終演の側まで近寄っていた巨大な男が、太った男の許可なくそう答えた。それを聞いて、慌てて太った男が巨大な男に聞く。

「あ、あの。カイヤックさん、俺はどうすればいいんで?」

 巨大な男はカイヤックという名前らしい。

「てめぇはサイを怨むんなだ。なぁに、この町じゃ外で寝ても襲われやしねぇよ」

「そ、そんなぁ〜」

「文句でもあるのか?」

「いえ……」

 巨大な男が太った男と一通りやり取りを終えて、僕の方に歩いてきた。そして改めて感じる、威圧感と大きさ。終演の横にいた時から、あのケルベロスと同じ位の大きさに驚いていた。そこでケルベロスとの差で計算すると、巨大な男は身長250センチ以上。因みに僕は163センチで、終演が149センチ。そして、威圧感を感じるのは無数に出来た顔の傷のせいでもある。多分だが、大人の時に出来た傷ではない。そう思っている僕の方に、音で例えるならズシンズシンと歩いてきた。

「すまねぇな、ぼん

 僕の横に来るなり、大きな手を頭の上に乗せながらそう言ってきたので、手を払い除けながら「雷祇です」と言った。そんな僕の行動に最初は驚いた表情をしたが、次にはこのフロアにいる全員が驚くくらい大きくとても豪快な声で笑う。

「はーははは。こりゃ、流石にあの爺さんが連れてる坊だ。っといけねぇ、雷祇だったな」

「あの、終演と知り合いですか?」

 さっき話した事や、今の言い方を聞く限りどう考えても知り合いに思えていた。

「まあ、ちょっとしたな」



「ふぅ〜」

 僕たちはそれからフロントで鍵を貰って、やっと部屋に入ることが出来た。

 “まったく、今日は何もしてないのに随分と疲れた”

 ベットに腰を掛けた僕とは違い、終演はフロントで取り放題だったお菓子をテーブルの上にばら撒いて、何を食べるか選びながら頬張っている。僕はさっきの、確かカイヤックという人の事が気になって、終演がお菓子を食べ終わったのに合わせて訊いてみた。

「あの最後のカイヤックって人、終演と知り合いですか?」

「あぁ、昔何度か会ったことがあるのう」

「そうなんですか。それで、やっぱり強いんですか?」

「本気を出せば相当のう」 “じゃが、雰囲気があの頃から比べると、随分と穏やかになったのう。威圧感も、昔とは比べ物にならん位感じん。やはりあの事が……”

 僕が何度も大きな声で呼んでいるのに、お菓子を手にしたまま固まった終演。だから仕方なくベットから降りて終演に近づくと、僕に気づいた終演は、

「おぉそうじゃ、依頼主の所に行かんといかんな」

 僕は立っているので、ベットに戻って「もうちょっと」と言うわけにもいかず、そのまま終演に付いて依頼主の家に向かう事にした。

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