第10章 真夜中の白昼夢 (8)
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“不味い、もう既に捕まり出している”
踏ん張っていても倒れてしまいそうになる程の揺れの中、縁に手を乗せ海流を睨み付けるナダ船長。カイヤックは乗客を全員階段下の廊下に入れると扉を閉めて直ぐに外に出た。
「あの、僕も――」
汗だくで足元が覚束ない雷祇だったが、客室に向かうのではなく雷命を杖代わりに何度か倒れながらもナダ船長の横に並んだ。
「何か、出来ません――」
「まともに動けないと飛ばされるだけだ。おい、デカイの。爆薬か何か持ってないか」
「持ってねぇな。何でだ?」
海流を指差し「流れを変える。それで一か八か、奈落の腕を出る」と言い、今度は「ロープは?」と聞く。それにカイヤックは首を振る。その間にも、船は壊れてしまいそうな音を立てながら、今が異常事態だと横向きで大陸に近づく事で知らせる。
「だったら中を探して――」
「あの」
雷祇の声を掻き消すように、辛うじて船の形を保っていた廃船が奈落の腕に捕まり、何か巨大な手に握り潰されたのか、粉々に砕けて海の中に引きずり込まれる。
「何か言ったか?」
「僕なら、爆発、みたいな事、出来ます」
青白く、縁に捕まっていないと船の外に放り出されそうな状態の雷祇の言葉。どう考えても信じる者は居ないと思われる状態にも拘らず、「だったら頼む」とナダ船長は視線を海流に戻す。
「タイミングと場所は俺が指示する。いいな」
「はい」
そう返事を返して、雷祇は集中する為にゆっくりと目を閉じ雷命を構えた。だが揺れの激しさに倒れそうになる。それをナダ船長が腰を掴んで受け止め、雷祇もそれを信用してさらに集中力を高めていった。
カイヤックは倉庫の中に居た。
「ロープ、ロープ……」
そこで何本かの長めのロープを肩に掛け、急ぎ足で甲板に向かう。
「大丈夫、なんですか?」
入り口の壁に掴まり、静華が心配そうに部屋から顔を出した。
「心配しなくても大丈夫だから寝てな。な、嬢、ちゃ、ん……。あ、良い物あるじゃねぇか」
風が吹き始める船の上。塊だった砂は巻き上げられ海の彼方に浚われている。ナダ船長は波を読み、どこに撃てばいいのか探る。ただ、
“まだだ、まだ無理だ。もし奈落の腕を抜けれる方法があるとすれば、波を乱して朝一番を利用するしかない。だが、今のままでは先に飲み込まれる”
乱れていた息が落ち着き始め、雷命の刃を光の線が走り始める。
“集まりが悪い……。記憶のない時に、力を使ってたから?”
「おい爺さん、いいの連れて来たぜ」
波の切れ間を探していたナダ船長が振り返ると、カイヤックはロープを持っておらず、代わりに《さっさとはにゃせ!》と暴れまわるバナンを捕まえていた。
「どういう事だ?」
「この猫はよ、鬣伸ばせんだ」
その言葉にナダ船長は頷き、「その鬣をランプに巻き付けろ。指示した瞬間離せ」と視線を波間に戻す。
「だそうだ」
《フン。にゃんで俺様――》
「嬢ちゃんが乗ってるし、手伝ってあげて、って言ってんだぜ」
《……はにゃせ、直ぐに巻き付ける》
カイヤックの太い腕から離されたバナンは、鬣を伸ばしつつ船の舳先に向かって飛んで向かう。その後を追いカイヤックも舳先に向かうが、途中に一人震える、船酔いをした訳ではないだろうに冷や汗と今にも戻してしまいそうなヨウがいた。
「大丈夫か、坊?」
「ふぁ? ……は、はぃ」
どの方向から聞えたのか分からないほど混乱しているらしく、見回してから見つけたカイヤックに震える言葉を返す。その正常とは程遠い姿にカイヤックは心配になりながらも、「頑張れよ」と声を掛けて舳先に向かう。
《にゃ、これは、重い……》
甲板に爪を突き刺し、踏ん張る土台を作ってからランプに鬣を巻き付けた。が、風の吹かない穏やかな海でも十人乗せた一隻の船を止めるのは至難の業だろうに、今は船を一瞬にして粉砕するほどの波に引き摺り込まれている途中。想像を遥かに上回る重たさに、全ての鬣をランプに伸ばす。それで一本一本の鬣が抜けそうになるのは消えた物の、代わりに頭皮が剥がれそうになる。
《これは、不味、い》
それに加え、バナンが頼りにしている甲板が爪と引っ張られる重たさに耐え切れず、ベリベリとバナンを残して船だけが波の手招きに従う。
“糞。いざとにゃれば静華だけ、しま!”
そんな考えが隙を作ったのか、踏ん張っていた片前足の甲板の板が飛びバランスが一斉に崩れる。それと共に体が船の外に飛び出した。
「情けねぇな」
そのお陰で頭が切り替わり鬣を解こうとしたが、尻尾が強く引っ張られ、カイヤックの声が聞えてくる。
「ちゃんと鬣離すなよ」
《お前が尻尾はにゃせ!》
「無理なこった」
そして、カイヤックが船の縁に片足を乗せ、大きな魚を釣るかのようにバナンの尻尾を上へ上へと引っ張り上げる。それと同時にバナンの悲鳴も木霊した。
“これで波の乱れと朝一番を利用できるお膳立てはできた……。あとはこなせるか、だ……”
手から伝わる異常なまでの集中力に波を乱せることは確信を持ち、ギャアギャアと五月蝿いものの二人はちゃんと船を止めている。これで残る心配事といえば、
「ヨウ、ヨウ!」
「は、はい!」
今まで一度もこんな状況では舵を握らせた事のないヨウだけ。
「出来るな?」
「わ、分かりま――」
「俺を見てきてたろ? ならやってみせろ! 俺が唯一雇った船員がお前だ。俺を継げるのもお前だけだ」
視線を波間に向け、最後はボソリと呟く。その言葉を聴いたヨウは驚きと嬉しさのあまり振り返りそうになったが、意味を読み取ったヨウの迷いは薄れて前を見据える。
「俺を超えていくのも、お前だ」
甲板に居る者の準備が整うと、遠くの海から大気が震える音が響き始めた。
“まだだ、まだ早い”
「なんちゅう音だ」
日が当たり始める海の波、一つ一つが輝く小さな太陽のように光を辺り一面に鏤める。
《は!! にゃ!! せ!!!》
カイヤックはあまりの音の大きさに驚いていたようだが、バナンは今にも抜けそうな尻尾の痛みでそれどころではないらしい。
「オイラが、オイラがやるんだ」
ヨウは小さく口に出してその時を待つ。同じように静かに待つのは雷祇。
“もっと溜まれ、雷命に”
タイミングを計るナダ船長の背に、太陽の光が直接当たる。風の壁の足音が全速力で船に近づく。船の向きは、まだ風の吹く方向に少し舳先を向けている。船尾はギリギリ海流に届かない位置を保っている。
“まだだ”
“こりゃ、流石に怖ぇな”
《尻尾、抜ける!!》
“いつでもいけるッす、船長”
“一点に保つんだ”
それぞれが思い、叫ぶ中、明るくなったはずの世界が陰った。それを待っていたかのようにナダ船長は大声で叫ぶ、「今だ!」。
「よかったな!」
解いた鬣を元の長さに戻しながらカイヤックを睨むバナン。
《糞人間、お前は絶対に俺様の手で殺してやる》
そう言葉を残して客室のある階段に飛んで向かう。
「そうか、ってなんだ……これが風、なのか?」
放電される雷が、ナダ船長が指差す波の一点に注がれ、水中爆発が起こり船が横転しそうな勢いで回転する。その回転を止めようとヨウは舵を右に左に切る。
「よし、なんと――」
「か」と言う音を発したが、ヨウの耳に戻ってくる事なく遥か黒霧に運ばれる。それは、船に朝一番が辿り付いた事を意味した。
“く、くぁじが、取れ、ない”
何人、何十人に舵に押さえつけられそうな感覚が襲う。どうにか朝一番が吹く前に黒霧に舳先を向ける事が出来てはいたが、微調整をするどころか今にも押しつぶされそう。
“このまま、! あれ、軽く――”
雷を放ったと同時に雷祇は崩れ落ち、雷命と共にナダ船長が雷祇を体と動かせない腕で抱え、もう片手で縁に捕まり飛ばされないようにしていた。
「しっかり、しろ」
「離して、くだ、さい」
「馬鹿を、言うな。もうこれ以上、この船の上で、死人を出す、訳には!」
ナダ船長は咄嗟の判断だったため、顔面に直接朝一番を受けていた。口を真一文字に結んで踏ん張りたいところだったが、唇は小さく窄めていないと頬が剥ぎ取られかねない。だが、そんな努力の甲斐なく、縁に捕まる指が一本、また一本と離れていく。このままでは二人ともが船外へと吹き飛ばされかねない。
“これ、まで、か……”
「情けねぇな、爺さん」
そんな二人の風除けとなるように、カイヤックが風上に現れた。
「デカイの、お前――」
「何驚いてんだ? 涼しいにしちゃ、強すぎるな、この風」
「あなたは、本当に、人ですか?」
「そんな状態になってまでいう言葉かよ」
平然と喋るカイヤックに、ナダ船長はただ呆れていた。そんな呆けた顔に、「そうだ」とカイヤックが指差すのは、甲板に突き刺さる大きな大きな、大木のような剣。
「あれ、弁償しなくて良いよな」
カイヤックが風除けになっていても、縁から手を離せば一気に風に飲み込まれない中、ナダ船長は指に力を戻して振り返り見た。
「弁償して貰うに決まっているだろ。ヨウが連れて行ってくれるんだ」
船が今にも壊れそうになる中、まるでトビウオが海面を飛んでいるように奈落の腕の上を走る。だが確実に船体は海流に削られ、刻一刻と船の形を保てる限界に近づく。
“もう少し、右に!”
イクリプスによってどうにか舵を操舵できる状態にはなったが、肝心の舵は鉄で固められたように一センチ動かすだけでも腕の筋肉が悲鳴を上げる。しかし今のままでは湾の崖に激突してしまう。
“回れ、回れ! お願いだから回ってくれ!”
上げているわけではないのだろうが、全身の筋肉が上げる悲鳴。舵を切るよりも風が帆を押す力の方が圧倒的に強い。
「舵を切れ、ヨウ!」
ナダ船長の言葉に答えようにも舵が言う事を聞いてくれない。諦めたくないが腕がもう限界だった。だがそれは、心の問題だったのかもしれない。
「今の船長はお前なんだぞ! ヨウ!」
雷祇は遠退く意識の中でその言葉を最後に聞いた。
「はいぃぃ!」
返事を返しながら、緩んでいた腕の力が戻り船の針路が変わる。
“俺が行った方がよかったか? いや”
崖が迫る方が早く感じるが、懸命に切られる舵。この角度からは砂浜に着くまで奈落の腕からは逃れられない。それでも懸命に舵を切り、船の針路が開けた。
「きゃ」
静華の提案で一つの客室に集まっていた人々。部屋がひっくり返りそうになる揺れに襲われ、夫が居ない事に気付いた老婆の話を聞いていた静華が揺れでベッドから落ちた。
「ありがとう、バナン君」
色々と警戒する事があるバナンは、静華をベッドから床に落ちる僅かの距離でも鬣で捕まえる。随分と激しくなった揺れに翻弄され、倒れたりする老婆や若い衆の声に「お願い」と静華に言われ、仕方なく鬣でミーシャとシャーミ以外を括って縛った。
「やった、やりました! 船――」
船体の大きな揺れは、側面が崖に掠った事で起こった。それでもどうにかバランスを保ち、ヨウは崖を抜けられた事に胸を撫で下ろしていた。
「浜に突っ込む角度を考えろ! このままだと横転する!」
気の抜けたのを見抜いたナダ船長の言葉に、ヨウは慌てて微調整する。それは先程よりも早く上手い。風も奈落の腕の引きも崖を抜けた所から徐々に弱くなり始めている。そして、町に着く時には丁度良い風になっていた。
「なぁ、爺さん」
少しだけ出た余裕で、カイヤックは大事な事に気付きナダ船長に声を掛ける。
「どの道、上手くいっても俺達は――」
「船の外に放り出されるだろうな」
船が砂浜に近づく、角度は直角。そこまで立て直してヨウは言った。
「黒霧到着っす!」
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「ありがとう、バナン君」
静華が降りた事で、船の中は空になった。雷祇は気を失っており、棟梁に抱えられている。
「何をやっているんだ、星の守護、確か、カイヤックだったか?」
一人砂浜で空を見上げて寝転ぶカイヤック。全身砂まみれで砂の中に潜ったかのよう。
「いや、さっき空飛んだんで、驚いてんだ。そうだ、剣は刺さってたか?」
「剣……。ああ、甲板にデカイのが刺さってたな」
砂を払う事無くカイヤックは「じゃあ、取りに行くか」と起き上がる。
「おい、この、雷祇か。雷祇はどこに連れて行けば良いんだ?」
「あぁ、そうだな。嬢ちゃんズや嬢ちゃんと一緒に、星の守護支部に連れて行ってくれ。すまねぇな」
「気にするな」
棟梁は静華とバナンの居る方に歩き出したが、足を止め、船に向かって歩き出していたカイヤックに声を掛けた。
「ありがとな、助かった」
その言葉に、カイヤックは首を振り頭を下げる。
「すまねぇ、一人……」
「……お前やこの雷祇がいなけりゃ、全員死んでたんだろ? だから助かった。俺じゃなく、トウサが凹んでるだろう。だから、アイツを二人分仕事をできるようにする。それが死んだコウトの弔いになるだろうからな」
もう一度「助かった」と言葉を残して、棟梁は静華達の方に向かう。カイヤックは溜息を一度吐き、船に向かって歩き出す。ボロボロになった船底を見ながら、船に乗り込める場所を探していると、寂しげに船を見上げるナダ船長が居た。その姿に声を掛けず、カイヤックは入り込める場所を探し出して甲板に上がり、イクリプスを引き抜いて船を降りた。
「あ、あの……」
砂浜に居た静華達の姿はなく、カイヤックも砂浜から黒霧の中に足を踏み入れた。するとそれを待っていたのか、建物の影からヨウが顔を覗かした。
「ナダ船長、どうしてたっすか?」
「うん? ああ、船見てた」
「船見てた」に、ヨウは覗かした顔を俯け暗くなる。
「あのよ、あの船に爺さんはどんな想いがあんだ? ただの船じゃねぇみてぇだからよ」
気になっていた事を聞いたカイヤックに、ヨウは顔を起こして話し出した。
「あの時、あの船に乗ってたんっす船長」
「あの時?」
ヨウの口から出る「ラグナロク」。それに驚くのは、
「……あ、ああ、らぐ、ら、う、うん、それな」
明らかに知らない様子のカイヤックを見たヨウ。
「え? もしかして、知らないんっすか、ラグナロク」
「いや、まあ、あれだろ、うんそう、あれだ」
完全に知らないのだと分かったヨウが説明をした、戦争を終わらせた一撃だと。それを聞いたカイヤックは「あぁ、聞いたことあるな」と頷く。
「そのラグナロクの時に、船長は乗ってたんす、あの船に」
ヨウのその言葉で二人とも固まり、どちらが先に話し出すのか待つ。その間にドンドンと空気が不味くなっていき、これ以上は耐えられないとヨウが尋ねた。
「あの、驚かないんっすか?」
「そんな驚くことなのか?」
まだどれ程の事だったか理解出来ないカイヤックに、体験した事もなく知識も狭いだろうヨウが「当然っす」と大きく出た。
「これはマリンさんに聞いた話っす。それは突然起こった。空が赤く染まり、音を立てて焼かれていく。雲は焼け落ち、海は熱を帯びて魚を茹で上げる。青一色だった海の上が、瞬く間に火の中に放り込まれたように変わり、息をするだけで体の中が火傷していく。そして、降り注ぐ火の雨。息をするのも苦しい中で、帆を畳み船の中に入ったそうっす。その時、弟さんを亡くしたそうです。一人最後まで船が沈まないよう、火の玉で乱れる海の上で転覆しないようにしていた弟さんが。終わった頃に気付いて船長が甲板に出た時には、全身火傷で駄目だったそうっす。オイラと大して年は変わらなかったそうっす。凄いっすよ、そんなの。だから、弟さんが守った船だったから、死ぬまで一緒に居るんだろうって。あ、因みにマリンさんは、その弟さんと婚約してたそうっす。そして、今も結婚してないんっすよ」
最後まで話しを聞いて、カイヤックは頷き話してくれたヨウの肩を叩こうとした。が、その手は後ろから来た手に止められ、代わりにヨウには鉄拳が飛ぶ。
「何故乗ってた、ヨウ」
殴り飛ばされ地面で座って頬を押さえるヨウに、ナダ船長はもう一度同じ言葉を言った。
「何故乗ってた、ヨウ」
「おい爺さん、ちょっとやり過ぎじゃ――」
行き成り、それも拳を握っての為に、ヨウの鼻からは鼻血が流れる。あの船の上で一番頑張ったのはヨウで、そう思っていたカイヤックがナダ船長を止めようとしたが、「お前は黙ってろ、デカイの」と一蹴されてしまう。
「もう一度聞く、何故――」
「だって、だってオイラももう船を扱ってもいい年っすよ! 弟さんだって――」
行動は熱い男の行動だったが、言葉は冷静だったナダ船長の声が少し、ほんの少し早く乱れる。
「あいつの事は関係ないだろ。お前が何故乗っていたのか聞いて――」
「オイラはあの船唯一の船員っすよ! 何で乗ってちゃ駄目なんっすか! オイラだってあの船が大事なんっす! 船長が大事なんっす! オイラを拾ってくれた唯一の人なんっすから。けど船長は絶対先に死ぬ。オイラは先に死なないっすよ、弟さんじゃないんっすから。だからオイラは船長があの船に乗る時は絶対に乗るっすよ! 少しでも技術を盗みたいっすから! オイラだけ留守番なんて真っ平っすから!」
鼻血を拭いて立ち上がり、ヨウは船長を真正面に見据える。その瞳に耐えられなかったのか、ナダ船長は目を逸らしてヨウに向かって歩く。
「だったらお前の船を作ってやる。そうすれば、あの船には乗らないんだな?」
「え? そういう意味じゃ――」
「お前が船長になれ。俺は年を取った船員になって、お前を扱いてやる」
何を言い出したのか分からなかったヨウだったが、徐々に分かり始めて、頭で理解しきるとナダ船長の顔を見上げた。
「それって、オイラを――」
「アイツ以上の船乗りになれよ」
ナダ船長の言葉に二つ返事で「はい」と返してヨウは何処とは決めずに港を走り出した。その後姿を見送るナダ船長にカイヤックが言葉を掛ける。
「何だ、認めてんじゃねぇか」
それにナダ船長はカイヤックの顔を見上げる事無く言い捨てて港を歩き出した。
「疲れたんだそうだ、俺を守るのを。だからもう眠るんだと。だったら、俺が船長である理由はない。それなら若い奴がやる方が良いに決まってる、それだけだ」
その背中と遠ざかる小さな背中を見比べながらカイヤックも歩き出した。
「そうかい、そりゃ良いこった」
翌朝
僕は結局どうなったのか覚えてないんですが、どうやら助かった事は助かったらしいです。まあ、こんな事でいいのか分かりませんが……。それでも星の守護支部からお金を受け取る事が出来たので成功は成功ですよね。そうです、それでいいん、ですかね……。そうそう、ヨウ君が今朝嬉しそうに僕の下にやってきて、「次来る時はオイラが船長になってるから乗ってくれ」と言ってました。まあ、タダらしいの喜んで乗りたいと思います。それから僕たちは駅で星の守護本部に唯一直通列車がある町、アーティックレイの切符を買おうとした、その時でした。
人ごみの中、切符を待つ。僕はこれだけの人数の切符を買うのに、今貰ったばかりのレンが殆どなくなる心配しかしてませんでした。シャーミとミーシャは二人で楽しそうに会話して、バナンが静華を背中に乗せている。そんな普通と変わりない皆に、突然言い出したんです。
「あのよ、悪ぃけどお前ぇ達だけで行ってくれねぇかな、アーティックレイ」
カイヤックがそう言い出したのは……
“まだ力が戻らないのか”
「どうしたんだい、土門? まだ無理なのかい」
頭を振り体を起こした土門が、差し伸べられた風牙の手に捕まり立ち上がると、自らの力加減を確かめるように何度も握り拳を作っては開いてまた作る。
「終演との戦いの時に何をされたのか分からないが、少なくともダグザとは会話が出来ない」
風牙は頷き部屋を出ようと言おうとした。その言葉を先に読んでか、土門は首を振り握り拳を向けた。
「あの者が死んだとは思えない。何をしでかすかも想像が出来ない。ならば、少しでも高みに行っておかねば足元を掬われかねない。だから吾は止まれん」
真面目過ぎる言葉だったが、風牙はそんな言葉が気に入ったのか含みのある笑顔を見せる。
「分かった続きを、と言いたいんだけど、用事が有るんだ」
「香煩は何も言ってなかったと思うが?」
風牙はもう一度含みのある笑顔を作った。
「僕とテュポンにとって大事な用があるんだ。だから氷菜に頼んでくれるかな? それじゃあ、僕は行くから」
「う、う゛ぅ……」
「おきた、おきたよ、こくすい」
「何だよ起きた……。起きてる、終演の爺さんが起きた!」
その日、木の家には大きな声が響いた。