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テスタメント  作者: 竜丸
56/82

第10章 真夜中の白昼夢 (5)

     8


 “やっぱり、ここか”

 一歩踏み込むと、そこには食べ物の残骸。そして、

「ア、アンタ、誰、だよ」

 ボロボロのベッドの上で布団を被る少年の姿。

「大丈夫、心配しないで。僕は雷祇、君は」

「お、俺は……。名前なんて、忘れた」

 追いかけている時には感じなかった、何かおかしな雰囲気。雷祇は怯え縮こまる少年を落ち着かせようと、部屋の中に入り、散らかっているゴミを片付け腰を下ろし、笑顔を作った。

「何で名前を忘れたのかな? だって、名前って――」

「話す、相手、いなかった、から……」

 心の中で思う言葉、この少年は幽霊なのかも。それにしては、あまりにも怖がりすぎている。何故なら、この現象を起こしたのは幽霊だとされているから。ならば、

「ここには、君しかいないの」

 他にいないのか聞き出すのが手。それに答えるように、少年の隠れていた指がある場所を指す。

「いや、僕以外に、なんだけど」

 雷祇を。

「だったら、そう言って、くれよ」

「あ、ごめん。で、僕以外は、誰かいる」

 少年は頷くと、被っていた布団を脱いで雷祇を見た。

「天使が、いる」

「天、使?」

 思ってもみなかった言葉に、雷祇は呆気に取られて次の言葉が出てこない。そんな雷祇に、少年は自身が何者かも言って聞かす。

「俺は、この海域に住み着いてた、悪魔。結構昔から、住んでたんだ。一人で住んでて、悪戯とかして、遊んでた。勿論、昔は人だった、けど。物凄く、遠い昔の事。それで――」

「あ、あの、ちょっといいかな。悪魔とか天使とか、よく分からないんだけど」

 当然といえば当然の疑問。一般人には到底理解出来ない言葉に、雷祇が止めて入った。まあ、喋れる獣や神など到底信じられない事を経験している雷祇ではあるが。

「そんな事、言われても。現に、俺、あのおっきな戦争、見て、知ってるし」

「戦争って、半世紀大戦の事?」

「名前は知らないけど、すっげぇ、怖かった。何か、空が見えない程雪降って、その後、火の玉が降ってきた。それで、大陸が焼けて、海も焼けて、空も焼けてた」

 少年の言っているのがラグナロクだと言うのは分かった。ただ、世間一般的に言われているラグナロクとは違う、聞いた事がない雪が降ったという現象。

「ねぇ、雪が降ったって、火の玉が落ちてくる前に?」

 それに言葉ではなく、頷いて返した。言っている事が本当かどうか確かめようにも、今いるのは自分だけ。頭の中の資料にはそんな言葉は一切出てこない。

「……分かった。信じるよ。で、その天使は何処に行ったの?」

 詰まる少年がチラチラと雷祇を見る。その視線に気付いた時、雷祇は立ち上がり走り出していた。その向かう先は、ここに来た船。

 “見えた!”

 暫く夢中で走りぬけ、途中船底に落ちそうになった物の、上手く回避して最初に乗り込んだ廃船の甲板に辿り着いた。

「本当だったのか」

 飛び降りる前に見た物。それは甲板で眠る人々と、毛を膨らまして睨みつけるバナン。その視線の先には、静華を捕まえている、胸の大きなシスターの背中から生える白い物体。

「バナン!」

 雷命を抜き飛び掛った雷祇は、その声で一斉に攻撃しようとしていた。だがバナンは《来るにゃ!》と声を掛ける。驚きバナンを見るが、もうその時には廃船を飛び出していた。

 “何だ、視界、が”

 落ちている最中、首を絞められ意識が遠のく感覚に襲われ、空中でバランスを崩す。それでも何とか着地には成功したが、片膝を突いて立ち上がれない。

「残念でしたわね、星の守護さん」

 はっとなり声の方を向く。しかし視界はぼやけてはっきりと姿を捉えられない。甲板に付ける雷命を振り出そうにも、シスターが静華を捕まえていた事で動けない。そんな雷祇に掛けられる言葉、「おやすみなさい」。その言葉と共に、雷祇は力なく甲板に倒れた。

「さて。残っているのは、アナタだけでしょうか、話獣さん」

《チィ!》


「う、う〜ん。あれ、オイラ、寝てたのか……」

 人が入っていない筈の倉庫の中から開く扉。そこから出てきたのは、眠気眼のナダ船長の所にいた少年、ヨウ。

「何だか、随分静かだな……」

 目を擦りながらしゃっきりしない頭で、いつものように染み付いた足取りで甲板に向かう。ぼーっとフラフラ歩いて、倒れずに甲板に続く扉に手を掛けた時、“あれ、オイラ……”と一旦立ち止まり、頭を叩いた。

 “そうだ、乗ってちゃいけなかったんだ”

 危うくいつも通りに動きそうになっていた自分の頭を三四度叩いて、自分がこの船にいてはいけないのだと思い出し、ナダ船長がいてもバレないように慎重に扉を開いた。するとそこは、いつもと違う海の上。星の見えない黒い霧の中。

「どう――」

「老人の味は、あまり美味しくはありませんわね……」

 いつもとの違いに霧空を見上げて固まっていたヨウの耳に、聞えてきた何やらよく分からない会話のやり取り。

《静華をはにゃせ》

「無理な相談ですわ。このお嬢さんを離した時点で、アナタは私に襲い掛かるのでしょう? だったら、皆を食べ尽くして、アナタを最後から二番目に食べて。そして最後に、この可愛らしいお嬢さんを食べますわ」

 階段の下まで聞えてくる歯を噛み締める音。この会話に自然と体も引き締まり、ヨウは音を立てないように階段に張り付き、そっと甲板に顔を覗かせた。

 “何で、倒れてるんだ……”

 そこで見たのは甲板の上で、深く眠っているのかピクリとも動かない人達の姿。その中にはナダ船長もいる。その人達の中心で、若いシスターが静華を捕まえ、もう片手からボロボロの土人形みたいな物を投げ捨てる様子が見えた。

 “何なんだ、これ”

 下手に動けないと、生物ならば直感で分かる状態に、ヨウも動かず見詰めた。するとシスターがバナンを見たまま、少し後ろに下がって若い衆一人の頭を掴んで持ち上げた。

 “何する、!!”

 まるで子供に母乳をやる母親のように若い衆の頭を抱えた瞬間、花開くようにシスターの背中から、誰もが思い描く白く鮮やかな翼が開いた。

 “は、ね”

 明らかに人ではない物に、驚きが口から出そうになる。けれど見つかればただではすまないと、必死に口を手で押さえつけた。そうしながら音を立てないよう慎重に、けれど慌てて階段を下りて、廊下まで戻った。

 “なん、だよ、あれ。人間じゃ、ないの、かよ”

 得体の知れない物の恐怖に、ヨウの足が竦む。それには幾つかの理由があり、一つはナダ船長も捕まっていたと言う事。そしてもう一つは、今現在この船の上で動いているのが、翼の生えたシスターに、喋れる獣と、自分自身、つまりヨウしかいないという恐怖。

 “ヤバイ、船長も、いた。どうしよう、助けなきゃ、だよな。でも、どう……”

 焦る心。それを止めれる物を、ヨウはまだ持っていない。廊下に座り、音を立てないように頭を殴り、何か出来ないか考える。すると、先程見ていた甲板の上で、明らかに何かなかったのを感じ始めた。

 あれ? 何か、誰かいなかったような……。船長はいた、大工も三人いた。婆さんはいた、けど爺さんはいなかった! って、そんな事だっけ? いや違う、そんなんじゃなくてもっと大きい、そう、大きい。あ! あの一番デカイ星の守護だ。アイツがいなかった。もしかしたら、いけるかも。探そう、探し出そう!”

 そしてヨウは立ち上がり、カイヤックを探して部屋を回った。

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