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テスタメント  作者: 竜丸
52/82

第10章 真夜中の白昼夢 (1)

     1


最近、列車に乗ってないな……。あ、いや、あんな高い乗り物乗りたくもないですよ。けど、楽だし、あの何とも言えない揺れが結構好きだっ、って違いますよ、そんなね、そんなんじゃないです。ゴホン、僕たちは今、この大陸唯一の港がある朝霧の町・白霧に来ています。しかも、始めて、始めて現場に着く前に依頼を知っている状態で! あぁ、こんなに心の準備が出来るなんて知らなかったなぁ〜。でも、とても信じれる内容じゃないんですが、僕もこれまで幾つも信じられない体験をしてきたので、多分現実問題なんだと思います。依頼内容は――



「幽霊に遭難させられる、ねぇ〜。信じれるか、雷祇?」

 港の男達の注目を一身に集めながら、カイヤックは雷祇に尋ねた。

「あるんじゃないですか。喋れる猫が居るわけですし、羽の生えた猫も居る。しかも、鬣まで――」

《もしかして、俺様の事を言ってるんじゃにゃいだろうにゃ?》

 羽が生えて空飛ぶ本来なら大注目されるはずの鬣猫、元いバナンが振り返り、雷祇の言葉に喰らい付く。が、

「いえ違いますよ。それとも、自分でそう思ってるんですか? で、僕の事なんて気にしてていいんですか?」

 雷祇は軽く受け流し、シャーミとミーシャに引っ張り回され、挙句黒光りする船乗りの筋肉に抱きつかされている静華を指差す。その姿に、バナンは飛んで一直線に男の顔面に向かった。

「はぁ〜、あの二人がいると、静華が持たないかもしれませんね。こんな時、終演でも居てくれたら、何とか――」

「恋しいか、爺さんの事」

 意表を突くカイヤックの言葉に、口の中で噛んで砕いた意味を成さない音を発して雷祇は立ち止まる。

「まあ、ずっと一緒だったんだ。こんだけ離れてりゃ、寂しくも――」

「そんな事あるはずないじゃないですか。何で僕が、終演の心配なんてしなくちゃいけないんですか。それよりも、町長の所に行きますよ」

 突然早足に変わった雷祇は、カイヤックを追い越して振り向く事無くそう言葉を発した。カイヤックは溜息一つ、雷祇の後を歩き出す。

 “俺ぁ、恋しいねぇ。不安定な雷祇と嬢ちゃん。多分普通じゃねぇ嬢ちゃんズに、何考えてるか分からねぇ糞猫。その全部、本当なら爺さんに任せてられたんだろうな。まあ、面倒にする可能性もあるが……。はぁ、しんどい”

 頭を掻きながら歩き出したカイヤックの髪型を、さらに乱す声が港全体に響き渡った。

《糞男ども、静華に手を触れた野郎から殺すぞ!》


 港町・白霧。潮の匂いが町全体に行き渡るように計算され作られた石畳の通りと、まるで倉庫のような家が立ち並ぶ、漁業と海上輸送のみで生計を立てている町。この大陸、第四大陸グリモーアには、大きな町はそれほど存在せず五つしかない。その中でも、もっとも大きな町だといわれているのがこの町だった。昔あった港が使えなくなったため、砂浜に沿うように町を伸ばしたためだと言われている。その中でも、最大の特徴が、毎朝発生する朝霧。この霧は町全体どころか、海の上にも発生している厄介な白い霧。故に白霧との町の名前になった。因みにだが、町全体に潮の匂いが行き渡らないと、霧は消えずに一日中残る。

この白霧の対岸にあるハイデルンリッヒの港町は黒霧といい、白霧と真反対の条件で霧が発生する。これによって、時間帯を間違えば船は霧の中を航行し続けなければならなず、下手をすると奈落の腕に掴まって船が沈んでしまう。だが、ここ数年、船は一隻も沈んでいなかった。


 町長室の長椅子に座って、雷祇は外を眺めていた。

 “町が一望できるのか、この部屋。上手く建てられたんだな”

 三百六十度ガラス張りの、二階建てまでしかないこの町では最大の高さの四階の景色が広がる。カイヤックは出されたお茶を一口で飲み干し一息つく。

「そうだ、糞猫どうしてる。暴れてねぇか?」

 航行をここ数日禁止させられ、ストレスが堪ってるだろうというのを、カイヤックは町に入って向けられる視線で感じていた。それなのに、先程の雄たけびの内容。下手すれば大惨事になりかねないと思ってはいるらしいが、尻の付け根しか残らないぐらい深く座って袋を見ている。

「大丈夫みたいですよ。静華を背中に乗せて、空飛んでます。その代わり、シャーミとミーシャがなんだかヤバイ雰囲気になってますけど」

「……俺、行くべきか?」

「大丈夫だと思いますよ」

 まったくやる気の感じられないのは、雷祇は二人を相手にする疲れで、カイヤックは雪月鏡花が入っている袋を見つめて、それぞれが違う事情でやる気が無かった。

「どうも、遅くなった」

 そんな二人の前の長椅子に、額に米粒程の汗を掻く町長が座った。が、二人はその姿を見て、すぐに町長だとは思えなかった。白いシャツの袖を捲くって腕を出し、白い短髪の頭に白い口髭、破れた穴だらけのズボンを穿いて、白をより際立たせ、白によってより際立つ黒光っている体をしているため。

「アンタ方が、星の守護かい」

 “歯も真っ白”

 魚を丸ごと食べても骨を軽々と砕きそうな真っ白で綺麗に揃う歯を見せながら町長が手を伸ばす。

「あの、これは?」

「握手でしょう。初めて会うんだ、下手すりゃ、最後になるがな、はっは!」

「あ、あぁ、はは」

 腕を引き抜きそうな握手を雷祇にしたかと思えば、カイヤックを見て「漁師やらんかい?」と、今町に起こっている事を忘れて漁師に誘っている、何ともアグレッシブな町長。

 “ま、こういう人の扱いは苦手じゃないかな”

 カイヤックも苦笑いを浮かべ、「今漁出来ねぇだろ?」と返した。

「おお、そうだ。アンタ方には、それを解決しに来てもらったんだな」

「そうです。詳しく内容を教えてもらえますか。僕たちが知ってるのは、幽霊によって船が難破させられたってくらいなので」

 う〜ん、と町長はスイカぐらいなら粉砕できそうな程力強く腕組みをした。

「実はわし等も、最初はそんな事は有り得ないと思っていたんだが。三隻の船団から、一人、泳いで帰ってきた者がいた。その者からの言葉が――」

「幽霊、ってか?」

「そうだ。何でも、夕方の赤霧が出始めるといつの間にか皆が眠っていて、起きた時には海線を超えて、道から外れて廃船ばかりのところに船があったそうだ」

「海線をですか……」

「かい、せん? そりゃ、何だ?」

 まだ話が始まったばかりのところで、カイヤックが腰を折る。

「海線、知らないんですかカイヤック」

 頷き、驚く雷祇と町長の顔を交互に見返す。

「じゃあ、どうやって船を出しますか?」

「どうやってって、砂浜から出すんだろ。乗った事あるから知ってるぜ、それぐれぇ」

「前も言いましたよね、海流の事。だったら分かりませんか」

「……、あ、あぁーーーーーー、あ、あぁ……」

 カイヤックが分からな過ぎて項垂れた横で、雷祇も同じ格好で話し始めた。

「海の上に船を出せる範囲を示した線があるんです。夜はその線が光るようになってるんです。それで、安全に迷う事無く行きたい大陸に行けるんです」

「……ほぉ、スゲェな」

 イライラする自分の感情を押さえつけて、雷祇は笑顔を返すと、そんな二人に町長がこの状況ですらややこしい状況をさらにややこしくする。

「では、その線を引いたのは、一体何者か知ってるか?」

「星の守護ですよね。その線と一緒に、各支部に直通電話の線を引いたんですよね。土の上は地面に埋めて、海の上は海線と共に世界中に張り巡らせたとか」

 そこまで雷祇が話したのは、一般的な海線が引かれた話。町長は隠せないにやけた顔で話し出した。

「その答えは、合ってるようで合ってないんだな。それじゃあ聞くが、もし海が荒れてしまったら、回線が切れてしまわないか?」

「そ、それは、ピンと張っているとか」

「海線は波に揺れている。確かに、星の守護が手を回してくれたのは事実だ。だが、実際にやったのは……秘密に出来るか?」

 二人が頷くと、町長は身を乗り出して二人も同じような格好にさせ、小声で話し始めた。

「実はな、海線はある一定間隔で海底に金属の杭を打っているんだ。そのちょうど上に、大きな光を発する電気ランプがあって、杭と杭の間に電話の線と電気を流す線を入れた、海水に触れると光を発する金属の線があるんだ。だが、海底に杭を打ったり、海で錆びない金属の線を作ったり、ガラスのような透明な金属を作ったり、水に触れて光を発する金属を作るなんて、絶対に出来ない。そうだろ?」

「確かに」

「じゃあ、一体、どうやって作ったんだ?」

 町長は身長が伸びる勢いで立ち上がると、肝心な隠さなければならない部分を大声で言ってしまった。

「ダ・ペンギンという喋れる魔獣が作ったのだよ! これは星の守護から喋るのは駄目だと言われているが、星の守護相手なんだからいいだろう? どうだ、驚いたか? 奴等は、人の言葉が分かるだけでなく、喋れる者達まで居るんだ!!」

 つまり、町長が言いたかったのは、雷祇とカイヤックが毎日会っている喋れる魔獣が居るという事。

「……。あ、す、凄い、ですね」

「うぅん。他の星の守護に話した時には、もっと驚きがあったぞ」

 雷祇が演技をしようとしてするのではなく、相手を不快にさせないようにする生活演技を見せようとした瞬間、カイヤックの口が動き出す、「だってよう」と。その口を、床に置いていた雷命を足で蹴り上げ掴んで、顎を打ち上げて止めた。

「お、驚きすぎたんです! 驚きすぎて、思わず顎打ち抜いちゃいました、テヘヘ」

 男でも抱きしめたくなる、おっちょこちょいな天使の笑顔で頭を掻いた雷祇は、これでこの話を終わらせるつもりだったが、カイヤックが納得出来ず「でもよ――」と話を引き摺る。

「驚きましたよね、カイヤック」

 町長に向けられていた顔がゆっくりと向きを変えている間に、雷祇の顔は五百四十度の変換が行われ、カイヤックが見た表情は微笑んでいるはずなのに血液が凍り付いていく恐ろしい仮面に変わっていた。

「あ、い、いや、そ――」

「ね?」

「そ、そそそ、そう、驚い、ちまったんだ」

 町長は「驚くたびに殴られてちゃ、大変だな」と、この派手な驚きを表した動きで満足したのか座った。

 “はぁ、そうだ、そうだった。話獣は、普通は珍しいんだった。けどバナンを見てるせいで、って、外はど!”

 雷命が床の上でガシャガシャと音を立てて転がり、カイヤックとは違う意味で雷祇の血の気が引く。

 “何だ、あの、人集り、は……”

「ハイ、オさないでイイヨ。チャンとアイテ、シてアげるから」

「小父様達。押していると、相手してあげませんよ。それでもいいんですか?」

 雷祇の驚きそれは、石畳が見えない程の人の波が、先程シャーミとミーシャが居た場所に出来上がっているのを見たため。

 “奴らめ。雷祇や糞人間がいにゃくにゃれば、堂々と餌を食らうか。俺様をにゃめてるのか。ふざけるにゃよ、今すぐにでも――”

「下ろして、バナン君」

 その人波を避けて空を飛んでいたバナンの耳元に、静華の息が吹きかかる。甘い蕩けてしまいそうな息が。

《にゃ、にゃにするんだ、静華》

 毛が頭から背中を通って尻尾まで波打ち逆立つ。漏れてしまいそうな快楽の吐息を飲み込み、バナンは背中にいる静華に振り返った。

「お願い、行きたいの」

 短いと言っても、共に行動し始めて二ヶ月経っている。その月日の中で始めてみる妖艶な、並の男なら今すぐにでも飛びかかりたくなるその表情に、甘く蕩けて形を留めない言葉に、話獣のバナンでも、いや、バナンだからこそぐらつく。

《にゃに言って――》

「お願い、バナン君。それとも、私の言葉は届かない? お願い、イキたいの」

《そ〜にゃ事〜言われても〜危にゃい――》

「大丈夫だから、ね」

 そして、暫く見つめて固まっていた雷祇の目に、フラフラと人波の真ん中に降りていくバナンの姿が映る。

 “何やって、使えない、バナン”

「どうかしたのか?」

 窓の外を睨みつけている雷祇に、届く町長の言葉。表情に出たのだろうと雷祇の顔はすぐにまた、空を夕日並みに照らすぐらい愛らしいものに変わる。

「いえ、何でもありませんよ。それよ――」

「そうかそうか。それでなんだが、今回の細かい説明は、わしじゃなく、アンタ等を船に乗せるナダに話を聞いてくれ。奴が色々と決めるだろう。どの道わし等が色々提案しても奴は聞かんからな」

「そうですか。では、もう行っても?」

「そうだな。っとそうそう、さっきの話、ダ・ペンギンの話。最初に気になってたんだが、アンタ達の持ってるその剣、ダ・ペンギンが作った剣の見本本の中に乗ってたぞ。見たところ、少し荒い使い方しとるだろ。行ってみるのもいいと思うぞ。それじゃあ、解決してきてくれ。朗報待ってるぞ」

 二人は頭を下げると、町長室を後にした。

「何慌ててんだ?」

 階段を三段飛ばしで駆け下りる雷祇の横で、普通の一歩で降りるカイヤックが尋ねていた。

「見えなかったんですか、外」

「外? いや見てねぇな」

「大きいのに見てなかったんですか……。まあ、いいですが」

 雷祇は既に降りるではなく半分飛んでいる六段飛ばして駆け下りる。その横を、先程の町長の話を考えながらカイヤックは下りていた。

 “話獣が、イクリプスをねぇ……。時間が出来りゃ、行ってみるか”

 最後の階段に差し掛かった雷祇は、二歩、二回のジャンプで一階に降り立つと、走って外に出た。

「シャーミ、ミー、シャ……」

 出始めの語気の強さとは違い、最後には言葉が出なくなるくらい縮こまっていた。それには理由があった。先程まであった人の波が、跡形も無くなくなっており、しかも――

「ナニ? もしかして、サミしかったノ?」

 二人が入り口の傍で腰を下ろして待っていたから。

「どうしたの、雷祇君。まるで鳩に豆鉄砲でも撃たれたみたいな顔してるよ」

「あ、いや――」

「依頼は、どんな物だったの?」

 表情が戻らないままの雷祇に聞くミーシャの頭に天から巨大な手が降りグシャグシャと頭を撫でる。

「船長さん所行って、詳しい話は聞く」

「そう、そうです。はぁー、よし! さあ、行きますよ、船長さんの所、ナダさんの所に」

 そうして皆は歩き出した。ただ、誰が船長になるナダの家を知っているのかは分からないが。

 “あれは、なんだったんだろう。幻、いや、そんなはず無いと思うけど”

 先頭のカイヤックの後ろを歩く雷祇は町を見渡しながら歩いている。

「さっき、私変なこと言った、バナン君」

《いや、そんにゃ、ことにゃいぞ。どっちかって言うと、嬉しい――》

「何?」

《いや、にゃんでもにゃい》

 そんな雷祇の横を行くバナンと静華。

「アハハ! アタマ、グシャグシャ」

「五月蝿い……」

 シャーミと短い毛を綺麗に整えながらカイヤックを睨むミーシャは随分と遅れて歩いている。ただ、本当に皆はどこに向かっているんだろうか。

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