第8章 死闘と私闘の狭間で (2)
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“砲撃”
土門は大地に跪き、軽く大地を押さえつけるように掌を地面に付ける。すると、飛んできていた三つの砲弾の下から突然、二人を守るように岩の壁が隆起した。
「何や、どっから――」
「まだだ」
だが、その岩にぶつかった瞬間爆発が起こり、岩が砕け散る。その爆発の中から小指ほどの大きさの弾が、蜘蛛の子を散らすように飛び出す。その事を気づいていたかのように、土門は先程よりも強固な岩の壁を自分だけの前に隆起させた。
「チィ!」
舌打ちと共に、炎火は炎を手に持ち飛んできていた散弾に投げつけた。
「糞が!」
その炎にも焼ききられなかった数発の散弾が、炎火に襲い掛かる。一つは頬を掠め、一つは足元の地面にめり込む。それ以外は的外れの場所に辿り着く散弾だったが、
「イテェし、鬱陶しいなぁー」
一発だけは肩の辺りにめり込んだ。だが、傷を付けるまでには至らず、その弾を炎火は掴んで地面に投げ捨てた。
「誰やゴラァ……。出て来いや!」
抑えきれない怒りに満ちた言葉が、紫月や黒火の頭の上を通り過ぎ奥の森に突き刺さる。その横で、地面から出ていた岩の隆起が収まり立ち上がった土門も同じように森を睨むが、炎火と違い随分と冷静だった。
“もう来たか、終演”
「何じゃ、随分テンションの高い奴じゃのう」
ケルベロスを肩に抱え、ゆっくりと息一つ乱れずに森の中から出てきた終演。
“この距離なら、バレはせんじゃろう”
だが本当は、息は切れ、汗が絶え間なく湧き出る。それを気づかれないよう、自らの体が全て偽者になったと言い聞かせ、一歩また一歩と前に進む。
「おい、土門。あいつ、終演やろ?」
「……そうだろうな。映像で見た姿と同じだ」
その言葉で炎火の頬が吊り上る。
「そうか」
大きく息を吸い込む。笑顔に変わる顔は、楽しみを待つものではない。
「ジジイ!! お前の所為で、危うく俺が生まれへんとこやったらしいな。理由は知らんが、その礼、きっちり返さんとあかんわな。お前が恐れた力、たっぷりと見せたらぁ! 来な、スルフォ〜」
終演に向けて放たれた言葉が勢いよく飛び出していた口から、同じような勢いで漏れ出したのは炎火の体を支えていた空気だったのか、草が萎れるようにヘナヘナと地面に座り込んだ。
「何、や、これ……。力、は、入ら、へん」
「どうした、炎火」
“効いたか! 撃てるのは残り三発”
膝を突く炎火に声を掛けた土門を見て、僅かな隙に近づこうと終演は走り出す。
「分から、へん。けど、何か、体から、力、溶ける、みたいや」
険しい表情で炎火を見ていた土門だったが、その表情がすぐに事態の深刻さに気付き初め、はっとなる。
「遅いわ!」
ドゥクゥン!!!!!!!!
先程まで二百メートル近くあった距離を、僅かな時間で半分以下に縮めた終演はケルベロスを向け先程と同じ砲弾を放つ。
“当たるのは不味い”
冷静に事の自体を把握しつつある土門が、土を隆起させるために高く拳を振り上げると、地面を殴りつけた。
「ぐっ!」
目の前まで迫っていた砲弾を避けるように、土門達の足元から石の柱が現れ二人を高く持ち上げる。
「一発無駄になったの」
砲弾は石の柱にぶつかると、先程と同じように弾けて石の柱を砕き散弾が飛び出す。だが、飛び出した先に敵はいない。
「崩れるのか」
それでも、土門の作り出した木の家の高さ並みの石の柱のバランスを崩すのには成功し、二人を引き摺り下ろす事は出来、土門は炎火の体を掴むと、崩れる石の柱の上でバランスを取り、地面に近づいたところで飛び降りた。
「大丈夫か?」
「そう、見える、かよ?」
「……渡り風、呼び寄せておくべきだろう」
「分かっ、てる」
座るのがやっとといった炎火が、地面とくっついた磁石のような腕を無理矢理持ち上げ、胸の辺りにあるペンダントに掴まった。
「……何をしている? さっさと――」
「ウル、セェよ。風が、出、てこねぇ」
「お前さんらには、ここで死んでもらう。ワシの命をかけてものう」
ケルベロスを抱えた終演が、まだ掴みきれない相手の間合いを警戒して十メートル近く手前で足を止めた。
「じ、じい。テメェ、何、しやが、った!」
自分の体とは思えないだろう腕を動かす事も殆ど出来ない状態の炎火が、この異変を起こさせた終演を動けるならばいつでも襲い掛かる勢いで、紙を切れそうな強烈な鋭い視線を向けた。
「何って、そうじゃのう……。あの散弾は、お前さんらの神との契約を停止させる為の物、といったところかの」
「何、だと?」
さらに厳しくなった視線の横で、土門は冷静に終演という人間の性格を思い出す。
“この男が、あっさりと真実を語るわけがない。語る言葉は隠すため、含み言葉は逸らすため、裏に表に裏に裏。隠した言葉は、一体なんだ。何を気付かれまいとしている”
口に出さず、疑問を握り潰すようにきつく拳を握り締め、土門の口が開きかけた。それを見計らっていたかのように、終演がケルベロスを放つ。
「む!」
それに対応するように、作っていた握り拳を地面に叩きつけ、その拳を使って横っ飛びをする。その横を掠め、炎火のいた場所にぶつかる。が、そこには土門が作り出した岩の壁があり、炎火を守っていた。
“残り一発”
岩の壁が潰れなかったのを後ろを振り返りながら確認した土門は、両足が地面に付いたところで終演に向かって走り出した。
“あまり早くないわけじゃな”
その走り出すスピードが思っていたよりも随分と遅いもので、終演はケルベロスの二つのショットガンを連続で撃ち始めた。だが、土門も冷静に地面に手を付き土の盾を構えて走る。
“ギリギリまで引き付ける。奴は地面に手を付かんと力を使えんようじゃ。それまでに、少しでも盾を削る”
動く事無く、避ける動きを見せずに、ただ避けれるギリギリまでショットガンを撃ち続ける。一発撃つ毎に弾が土の盾にめり込み、そこに向かってまた撃ち込む。そして、ギリギリまで引き付けた時には蜂の巣のようになる土の盾。
「行くぞ」
その土の盾を拳に撒き付ける形に変え、目前にまで迫った終演に殴りかかる。その攻撃に耐えるように、ケルベロスを体に沿わせて構える。
「グゥ!!」 “力は、別格、か”
少し凹むケルベロス。体を付けていたために衝撃が全身を走り抜け、軽々と体は宙を舞う。吹き飛ばされるその瞬間、義手を無理矢理曲げある物を土門に向け投げた。その間に終演は森の中へと飛ばされる。
「何!」
まるでその後の巨大な音を鳴らすために息を吸い込むような一瞬の無音。土門が拳から自身を覆い隠すように土の壁を作るが、完成する前に吸い込んでいた音を一気に放出と共に風を起こさせる。
ズドォォン!!!
握り拳ほどの爆弾の威力とは思えないほどの爆発で一気に土煙を巻き上げ、木々の間を走り抜け、その爆風に追いかけられるように、終演は森の中を宙を舞いと飛ぶ。
“直撃は、不味い”
ケルベロスを高々上げ、叩きつけるように下に振り、地面に擦り付け体勢を変える。一気に失速する体を先程ケルベロスを振ったように振ると、目前に迫っていた大きな木の幹に立つように足をつけて勢いを止めた。
「どうなった? 傷――」
「吾拳に力を、ダグザ!!」
その雄たけびと共に、怯えたかのような大地の震えで地面が隆起する。それは蟻地獄のように広がり木々を飲み込む。その中心に、茶色に染まった全身で佇む土門の姿があった。ただ、茶色に染まりきっていない場所がいくつかある。
“危なく、気を失うところだった”
それは、直撃を受けた爆発の余韻、傷付いた人間の皮膚から大地の上を流れる血の赤。
「まあ、よしとするかのう」
木々の隙間から見える土門の姿を見た終演は、納得とまではいかないものの、次の行動に移り出すように森の影に姿を潜めた。