第7章 用意されていた別れ道 (4)
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「何なんだ、どいつもこいつも」
テーブルの上に一枚の紙を叩き付けると、雷祇は籠の中に残っていた最後のパンを口の中に放り込んだ。
《ほんとに、どこ行ったのかしら?》
少し怒り気味の雷祇の正面の椅子に掴まっていたギムンが、羽繕いをしながら呟いた言葉に、慌てて水でパンを流し込んで尋ねる。
「ギムンは静華の居場所、何で分からないんですか?」
《それは、まあ、契約とか、その、色々あるのよ。ほら、パン食べ終わったのなら探しに行くわよ》
話を濁すように羽ばたくと、扉の取っ手まで行き掴まった。
「分かりました」
分かれば簡単なのにと思いながら、溜息と共に立ち上がり、雷祇達は部屋を後にした。
「おはようさん。でだ、あのデカイのはどうした? カイヤックだったっけか」
「え……。あ、先に行くって、その、言ってました。朝弱いんで、カイヤック」
最初の事を思い出し、「そうかそうか」と宿の主人は納得すると、窓を指差した。そこには、
「随分と人が多いんですね。筋肉祭りですか?」
昨日までは村で見られなかった、筋骨隆々の男どもの大行列があった。
「あぁ。筋肉自慢の男達の間では結構有名なんだよ。女に負けてたまるか、ってな」
「へぇ〜、そうなんですか、女性……。女性なんですか?! そんな、危ないじゃないですか。一日掛けてあらゆる箇所の筋力を比べるなんて。しかも、カイヤックが――」
宿の主人は、「甘い甘い」と人差し指を左右に振る。
「俺は言っただろ、もしかしたら、勝てるかもって。チャンピオン・クインは、カイヤックと同じくらいの大きさの女だ。見た感じじゃ、カイヤックよりも筋肉は付いてるはずだぞ。お前も見てくるといい、というより、もうそろそろ始まる頃だから、中央広場に行くといい。特設舞台が出来上がってるはずだ。勿論行くんだろ」
雷祇は主人の言葉に従い、町の広場に向かう。が、広場に向かう通りでさえ、汗ばむ筋肉の波に揺られ、気絶しそうなほど気持ち悪くなるが、それを乗り越えどうにか筋肉祭りの会場に辿り着き、舞台が見える方法を取った。
“良かった、もう着いてたんだカイ……。違う! カイヤックじゃない。ま、まさか、あれが、主人が言ってた、チャンピオン、なのか……”
この広場に集まってる男達がぶら下がれば壊れてしまうだろう街灯に、ぶら下がって見ていた雷祇が驚きのあまり手を離してしまいそうになったが、仄かに香る青春時代の男の部屋のような臭いを感じて、改めて街灯を強く抱きしめる。
“って、カイヤックが居ない……。ヤバイ、もうなんか、いろんな意味で――”
「ちょっと退いてやもらえやせんか!」
殆どの男がチャンピオン・クインの事を小声で話している声か、箱詰めにされた筋肉が擦れ合う音しかしない通りに、一人の男の声が響く。
“何だ。…………いや、何だ”
今まで舞台に集まっていたはずの視線が、一気に先程の声の主に向けられる。当然その中には雷祇も含まれていた。
“いや、えー、あ、いやいや”
ただ、そこで見たものを信じられずに首を振る。何人もの人間が同じような黒い覆面を被って、舞台に向かうその集団。その中に、人間にしては明らかに大きな、普通の大人の頭三つ分ぐらい大きな、太陽の飾りがある背負う人物に負けぬ劣らぬ巨大な剣を背負っている男に、仮想にしては翼も鬣も随分とリアルに出来ている空飛ぶライオンと、その上に跨る少女を見つけたから。それはどう見ても、
“何やってんだ、あいつ等”
カイヤック、バナン、静華だった。
「えらく注目されちまったな」
《フン。お前のような馬鹿デカイ人間、他に居にゃい――》
カイヤックは舞台を指差し、「あそこに居るぞ」と言った。その指の先を目で追って、バナンは驚愕する。
《チ、チャグ、あ、あれが》
頭を先頭に、その後ろにカイヤック、バナンとチャグはその間といった並び。
「ええ、そうです。クインです」
驚きはしたものの、バナンは納得する。
“あぁ、確かにおんにゃだ。あの絵は、誇張し過ぎだにゃ”
“あぁ、見られてる。クインに見られてる”
頭は、誘われるように分かれている人垣の先でクインがこちら、目線的にはカイヤックを見てるのだが、その視線が自分に向けられていると思い込んで少し顔がにやけていた。
「しっかし、デケェ嬢ちゃんだな。本当に俺と同じくれぇじゃねぇか」
そして、詳細を聞いていたカイヤックも笑顔になる。
「あ、あの、バナン君。な、なんだか、とても、視線を感じるんだけど、気のせい、かな?」
《……。心配しにゃくていい、気のせいだ》
針山の気持ちが少しだけ分かったバナンの頭の上に、ギムンが降り立ち、静華の手を突く。
《何やってるの、あなた達》
「イ、イタイです、ギムンさん」
《痛いじゃないわよ。一体どれだけ探したと思ってるの》
《貴様にゃに――》
「大丈夫、ちょっと痛かっただけだから」
《う、ん。探したかしらんが、逃げ出した奴のいうことか》
《あら、逃げたんじゃなくて、呼びに行ったの。現に、カイヤック君はあなた達を見つけてるじゃない》
舞台に向かう一行の前に、筋肉祭り関係者であろう、細身の割りに厳つい筋肉を付けている男が近づいてきた。
「あの、皆様は一体――」
「あぁ、俺とコイツが出場者だ。遅れちまってすまねぇな」
肩に手を乗せられ、コイツと言われたのは頭だった。ただ、
「え、じ、ええ!」
出る気は無かったのか、驚きのあまりに大きな声を上げていた。
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「で、そんな意味の分からないことになってたんですか。まあ、カイヤックが出るのはいいですけどね。ってか、出てもらわないと困るんでいいんですが、その覆面をしている意味をもう一度教えてください」
覆面を鬣で破り捨てると、恥ずかしそうに他所を向く。
《二度と言わん! ほら、静華も取るぞ》
雷祇が掴まる街頭の横で静止していたバナンは、上に乗っていた静華の覆面を取った。その静華の肩に、ギムンが止まっている。
「で、なんでこっちに来てるんですか、えっと、チャグさん、でしたっけ」
「すいやせん、ちょっと、空気に耐えれやせんで」
雷祇と同じ高さに、蝉のように掴まるチャグは頭を下げた。
「それにですね、こっちの方が見えやすいんで」
「まあ、いいですけど。で、大丈夫なんですか、頭さん」
雷祇がそう心配するのは、舞台の上で違う意味で目立つ頭の事。
「まあ、本当は出る気は無かったんですが、カイヤックさんに言われやして、仕方なくなんです」
「そうですか、災難ですね。でも、下手すると死にませんか?」
「下手しなくても死にそうに見えやすね」
はっきり言って頭は小さくはない。普通の人達の中に混ざれば、大きく見えるくらいの180中頃の身長。ただ、舞台の上に立つ中では、一際小さく見えていた。カイヤック、クインを筆頭に、軒並み2メートルの大台を超え、舞台の上に立つ者で二メートルを少し切るだろう男達は、体重が200を超えてそうな者だらけだったから。
「まあ、何とか無事で帰ってくれることを祈りやす」
その頃舞台の上で、生まれたての馬のように足がガクガク震えている頭に、カイヤックが声を掛ける。
「どうした、武者震いって奴か? いやぁ〜、確かに楽しみだな。あ、でも、心配しなくていいぜ。あんたと当たる時は、ちゃんと負けるからよ」
「あ、は、はは、そ、そうですか」
引き攣りまくる笑顔に、カイヤックが「大丈夫、大丈夫」と背中を叩く。
「さぁ〜! 皆様、待ちに待った、年一度の行事ぃ! 世界一の筋肉自慢を決めるこの筋肉祭りぃ! 筋肉プリンセス、クインの十一連覇を阻止するものは現れるのかぁ! そう、それに挑戦するのが、この舞台の上に立つ、この猛者どもだぁ〜!!」
随分高値だろう拡声器で、そこまで張らなくてもいいだろう、空気が破れてしまいそうなほど目一杯の大声を張り上げる司会。それに答える会場に集まった猛者どもの雄たけびで、この町は今、世界で一番騒がしい町になっていた。
「行くぞ、お前達ぃ!! まず一つ目の競技は、腕力、瞬発力、テクニック、そして何より、筋力が物を言う、腕相撲だぁ〜!」
大歓声と共に、舞台の中央に腕相撲の台が用意された。その司会の煽りや、台の用意の間に、くじ引きが終わっている。
「それじゃあ早速一試合目ぇぇ〜!!! なぁ〜んと、ここで早速、クインの登場だぁ! 相手はこの舞台の上に立つ者の中で俺の次に貧相な、クエックだ。腕が折れないように、気をつけろよぉ!」
そして、一発目に行き成りクインと頭、クエックが戦う事になった。
「最悪だ……。頭、殺されるかもしれやせん……」
「まあ、大丈夫ですよ。死ぬような競技じゃないですし、死ぬような競技もないはずですよ」
男達の大歓声に完全に掻き消されながらも、静華は小さな声で「頑張って」と応援している。
「ほら、静華も応援してますし、応援しましょう」
「そ、そうですよね。大丈夫、ああ見えても、頑丈なはずです」
クエックはこの雰囲気に完全に飲み込まれていた。しかも、行き成り尽くしなのだから当然かもしれない。
「ほら、緊張しなさんな。大丈夫だって、心配すんな。自分の力信じな」
極僅かな時間しか居なかったはずなのに、クエックはなぜかとてもカイヤックの事が信用できて、「分かった」とまっすぐに答え、すでに準備万端のクインと腕相撲台を挟んで向かい合った。
「さぁ〜一発目ぇ! いい勝負、頼むぜぇ!! レディ〜ファイィィ!!!」
“ここで、ここで格好よく――”
司会の開始の合図と共に、クエックは全体重を乗せてクインの腕を倒しに掛かる。その仕掛けは抜群のタイミングで、クインですら驚くほどだった。
“よし、いけ――”
ゴリリィ!!!!
ただ、その驚きも束の間、会場中の熱を奪う北風のように、鳥肌の立つような音が響き渡った。それは体の向き、腕の向かう方向からして有り得ない、肘から手首の部分が向かうべき向きとは逆方向百三十度に曲がった音。
「う、おぉぉぉお、ああ゛あ゛ぁあ」
口からただ音が漏れて、クエックはそのまま地面に崩れ落ちた。
「あちゃぁ。一人目から病院送りにしちまった。どうやら今年も、クインは止まらないかもしれないぜぇ!!」
そのまったくクエックを心配しない司会の言葉に、会場は大いに盛り上がる。
「あの、頭さんは、どうなったんですか?」
《聞かないほうがいいわよ。確実にね》
「……だ、大丈夫でしょ。死んじゃいないですよ」
「……そ、そうですよね。死、死んでない、ですもんね」
完全に引いてしまっている雷祇達を他所に、舞台進行は止まらない。
「クエック、その腕じゃあんたリタイ――」
「ちょっと、退いてな」
舞台の上で悶絶しようにも、動こうとしただけで腕に激痛が走り、動けないクエックに、カイヤックが歩み寄って声を掛けた。
「まだ思い告げてねぇんだろ。だったら、こんなとこでリタイアしちまったらいけねぇ」
クエックは、カイヤックのその言葉に答えようとするが、思うように言葉を発することすら出来ない。その様子に、「心配すんな。リタイアはさせねぇよ」とカイヤックは微笑むと、完全に壊れてしまった玩具の様な腕を掴んだ。
「痛ぇかもしれねぇけど、我慢しな」
ゴゴリィ!!!!
クエックの悲鳴と苦痛を交換に、腕は元通りに戻った。そして、カイヤックがその腕を引っ張りながらクエックを立ち上がらせる。
「ほら、司会。リタイアしねぇってよ」
目、鼻、口、毛穴から有り得ない量の水分を出しながら、クエックは何度もカイヤックの言葉に頷く。
「なぁ〜んと、この状況でクエックはリタイアしないそうだぁ!! 根性あるじゃねぇかぁ! これから始まる二十四の競技、期待するぜぇ!」
司会と会場が一体になってクエックに期待の声を上げた。ただクエックは、
“二、二十四、も、あるの”
競技数に驚愕していた。この一連の流れで雷祇達は、
“死ぬわね、あの子”
“死んだにゃ”
“あぁ、駄目かもしれないな”「大丈夫ですよ、命に係わる競技は無いですよ、多分」
“……、頭、一生忘れやせん”「そうですね、大丈夫ですよね、多分」
一つの結論に辿り着く。その試合から数試合後に、カイヤックが登場した。
「さて、今回一番の注目株! あのクインと為を張る体格に筋力を兼ね備えた剣士、あのカイヤックの登場だぁ!!」
会場にはカイヤックの名前と共に、今までとは明らかに違うざわめきが巻き起こったが、すぐに会場から違う声が沸き起こる。
「お前ならクイン、止められるぞ」
「やれ、カイヤック」
そう、ここに集まった者達が見に来たのは、筋肉であり、クインを止めれる者が現れること。それ以外は、また別のことだった。それにカイヤックは片手を上げて答え、腕相撲の台の前に立つ。カイヤックの前には、司会の話で前々回の準々優勝者だと分かった男が待っていた。身長は大して無いが、横幅がこの村どころか大陸で一番あるんじゃないかと思わせるほどの広さを誇っている。
「へへ、おまえざんが、ガイヤッグがい゛。こ゛りゃ、いい゛踏み台が現れてぐれたぜ」
「そうかい」
まるで二人の会話の終わりを待っていたかのようなタイミングで、司会の開始の合図が告げられた。
「ごれ゛――」
「うらぁぁぁあ!!」
相手の男の声を自らの雄たけびで掻き消し、腕相撲をしただけのはずが、相手の巨漢を浮き上がらせるほどの速さと、腕相撲の台を粉砕するほどの力で舞台の上に叩きつけ、一瞬にしてカイヤックは勝ち上がった。そのあまりの迫力に会場は静まり返ったが、カイヤックが軽く手を上げた瞬間、この町の家が全て倒壊してしまうほどの歓声で地響きが起こった。
「……あれ、確実にカイヤックの方が目立って――」
「す、凄い。凄いと思っていたけど、まさかこれ程とは思ってやせんでした」
舞台の上ではチャグと同じ事を思う人物が一人。
「凄いです、カイヤックの兄貴」
「何言ってんだ。あんたとやる時は、ちゃんと――」
「駄目です。俺とやる時も本気でお願いします、兄貴」
カイヤックの事を兄貴と呼び出したクエック。それから試合は進み、第一競技の決勝戦が始まった。
「お前達ぃ!! 第一競技からここまで興奮する大会があったか? いや、俺は無かったと断言しよう! そぉれ程ぉ!! 今回は興奮できるんだぁ! 盛り上がっていくぞぉ! 腕相撲決勝、チャンピオン・クイン対カイヤックの対決だぁ!!」
会場の、ガソリンを撒けば爆発してしまいそうな雰囲気とは対照的に、風のない水面のように静かに二人は腕相撲台の前に向かう。
「よろしくな、嬢ちゃん」
腕相撲の格好をする前に、カイヤックは手を差し出したが、クインはその手を無視して腕相撲台の上の鉄の棒を掴んで、もう片手をセットした。
「握手は必要ない。どの道腕相撲で握るんだから」
「そうかい」
その言葉で、カイヤックは握手をするはずだった手を腕相撲をする形に変えて、クインの挨拶方法に乗っかった。
「レッディィィ〜〜ファイィィ!!!」
長々と語られていた司会の話が終わると、ようやく開始の合図が告げられる。その瞬間、筋肉の爆発する音が聞こえるかのような腕相撲が始まった。
「どうした、何故動……こ、これは!」
腕相撲が始まったはずなのに、両者の腕がピクリとも動かないので、司会が二人の握り合う力の交差点を見て、驚愕の声を上げる。
「動いてるぅぅ!! 微かにだが、腕は前後しているぅ! 互角なんだ、ほぼ互角の力なため、腕の動きが見られないだけで、両者はもう腕相撲しているんだぁぁぁ!!」
両者の腕は、微かにほんの僅かにだが前後していた。カイヤック有利に一ミリ動けば、クインも負けじと一ミリ返し、クイン有利に二ミリ動けば、カイヤックは三ミリ返し、クインは・・・、と言う具合にほんの僅かな、ミリでの戦いが繰り広げられていたのだ。このありえない勝負に、会場も司会も邪魔を出来ないと黙り込む。
「うぐぅ゛うう゛」
「むぅうぐぅ゛」
人で溢れ返る会場で、カイヤックとクインの言葉にならない声と、筋肉の爆音だけが響く会場。ここで、聞きなれない音が聞こえ始める。
「こ、これはま、まさか、鉄の腕相撲台から音?」
先程カイヤックが潰したのは、予選用の木の腕相撲台。今二人がぶつかり合うのは決勝用の鉄の腕相撲台。その腕相撲台から、まさかの亀裂音が聞こえ始めていたのだ。
「うぐぁぅ゛ぅぁあ゛!」
「ん゛ぐぐぅぅう゛!」
そんな事お構いなしに、二人の筋肉は連続して爆弾を炸裂させ続ける。それに耐え切れずに、二人の握る鉄の棒が変形し始め、台から亀裂音も大きくなる。二人の耳にもはっきりと聞こえるほどの音になっても、二人の血管中を駆け巡る血の流れを止めるものは何も無い。
「うぉぉ゛お゛お゛あぁ゛」
「ぬん゛の゛ぉぉ゛う゛ぅ」
この二人の対決がつくよりも先に、この勝負の行方を投げ出したのは腕相撲台だった。鉄の切り裂かれる音と共に、舞台の上で腕相撲台が真っ二つに壊れたのだ。そして、二人は舞台の上に倒れこむ。
「決着、つかなかったな」
「そう、みたいね」
舞台の上に落ちるように突いた二人の腕は、最初に組んだ形のままだった。
「ひ、引き分けぇ!! まさかの引き分けで、今年は開幕だぁ!!!」
大歓声が起こる中二人は立ち上がる。
「挨拶は済んだわね、これで」
「あぁ、そうだな」
その様子に一言。
「……何だこれ」
冷静に雷祇がそう呟いた。
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それから筋肉祭りは、馬鹿みたいに盛り上がりました。本当に鬱陶しかったです。二十四の競技のうち、二十四、つまり全部が引き分けでした。籠に錘を積んで持ち上げ続けておく競技は籠が壊れ、一人三本の縄を掴んで、四人で対戦する綱引きは縄が切れ、鉄の鍋を折り曲げて小さくする競技は二人とも、勿論カイヤックとクインの二人が、サイコロサイズにまでし、人が集まっていた通りに向かって五十キロの砲丸を投げる競技は奇跡の同距離。とまあ、こんな感じで、全引き分けでした。有り得ないですよね、有り得ないと僕も思いますが、そういう結果になりました。そして僕達は、筋肉祭りが日が沈んだ頃に終わったので結局もう一泊宿に泊まりました。あぁ、そうそう、賞金をもらえなかった僕達ですが、宿代とかは「いいもの見せてもらった」と無料にしてもらえました。因みに、因みにですが、クエックは全身の骨を抜かれ、その度カイヤックに戻されながら最後の競技まで続けてましたけど、終わった瞬間に気を失ったのでどうなったか知りません。何故なら僕達は、カイヤックを引き摺りながらまだ太陽の昇っていない朝早くに町を発ったからです。それは、終演の残した書置きに従うためです。
「これが終演の残した書置きです。『すでに連絡は取ってあるので、船で星の守護本部のある第三大陸のハイデルンリッヒに向かってくれ。なるべく寄り道は避け早く向かうんじゃぞ。ワシも後をすぐに追いかけるつもりじゃが、遅くなるやもしれん』、と書いてました」
“星の守護本部……。静華を守るためか、それとも……。簡単には信じられにゃいにゃ”
「本部ねぇ〜。行った事ねぇや」“ハイデルンリッヒ、か。……会いに行くべきなのか、アリーリア”
「船、酔うんでしょうか?」
「大丈夫だと思いますよ、それほど乗らなくていいはずですから。多分丸一日程度だと」
《それは長いと思うんだけど、まあ、大丈夫よ》
そう昨日のうちに話して、今に至るわけです。早く行けといっているし、早めに出発したまでです。まあ、ここ数日はゆっくり出来たし、早く向かうことにします。けど、終演はどこに行ったんだろう?
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まだ朝日が昇っていないのに随分と目覚めがいい朝の暗がりの町で、一人の男が朝ご飯を買いに店にやって来ていた。
「随分と時間が掛かるのね、クローちゃん」
「えぇ、まあ。でも、もうそろそろ事後処理も終わります」
「あらそう。そう聞くと、もう少しゆっくりしてもいいと思うのだけど」
「何時までもゆっくりとはしてられませんから」
笑顔で世間話を済ませ、紙袋に入れてもらった食事を受け取ると、バナンの事でウッド・カッターに留まっていた支部長クローは店を後にした。
“本当に、随分と時間が掛かった”
まだ日の光を浴びていない凍えた風を浴びながら、少し立ち止まってそんな事を考えたが、クローは首を振ると足を上げ、歩き出そうとする。が、
“うん? 子供、か”
その足を地面に下ろす時に、この町の駅にはまだ来ないはずの列車の駅から二人の少年が出てきたのが見え立ち止まってしまう。
“手伝い、にしてはやけに軽装だな”
長めの髪をオールバックにしているラフな格好の少年と、坊主頭に少年にしてはやけにきっちりとした服装の少年。その二人の共通点といったら、柄は違うものの随分と特徴的なペンダントくらい。
「……。やあ、随分と朝早く起きたんだね」
確かに不自然な感じもするが、そこまで気にすることもない見た目は普通の少年。だがなぜか、クローは引っかかって仕方なかった。
「お父さんの手伝いか何かかい? 樵かな? それとも狩人?」
二人はクローの話が聞こえないかのように、一定の速さで森に向かって歩き続ける。無視され続けているにも拘らず、クローは正面から来る少年達に歩み寄って話しかける。
「それにしては何も持ってないね。それじゃあ、森では――」
「うっさいオッサンやな」
日の光がなくてもはっきりと顔を確認出来る位の距離に近づいた時、オールバックの少年がそう言葉が零れた。そして、クローが次の言葉を発しようとした時に、喉元に伸ばされる少年の手。
「……」
「わぁった。命拾いしたな、オッサン」
その少年がしようとした事は不明だったが、少年の手がクローの首に触れるその瞬間、もう一人の少年がその手を掴んで首を横に振っていた。
「命は大事にしぃや」
首元にあった手を、クローの横を通り過ぎる時には肩に置くと、二度三度軽く叩いていた。この僅かな時間、クローは息をするのも瞬きするのも、唾を飲むのも出来ずに、ただ少年二人が通り過ぎるのを微動だにせず、待つしか出来なかった。
「……はぁはぁはぁ」
そして、二人が森の中に消えた頃、クローのその雰囲気から逃げ出そうと口の中に残っていた空気が一斉に外へと這い出る。それと共に、ガタガタと音を立てて震える両膝。理由なんて分かるはずもなかったが、ただただクローは言い知れぬ不安に襲われていた。命の綱渡りを何度もしてきたはずなのに、今迄で一番不安になるほどに。
“なん、なんだ……。な、なんなんだ、一体……”