第6章 アスクレピオスの杖 (11)
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朝霧が立ち込める、少し肌寒く寂しい死者の安息の地。その中の一つの墓の前で合わされた手は、既に人の手ではなくなっていた。
「すまんのう、随分来ておらんかった」
聞こえるはずない死者にそう語りかけると、終演は墓石を磨き出す。大事に、大事に、痛みなど感じない石でも傷をつけないように、大事に。しかし、そんな想いとは裏腹に、墓石は終演を待っていなかったように、随分と綺麗に掃除をされていた。それは、この無数にある墓地全てに言えた事だった。綺麗に掃除されている墓石、一つ一つに活けられたまだ枯れていない花の束、同じような高さに刈り揃えられている周りに生える草花。
“これだけの数を、毎日かのう……”
ざっと見回しても四十は優に超えている墓石。今の黒と紫の一族の事情を考えれば、掃除をしている者を容易く想像が出来た。それでも黙々と、終演はある一つの墓石を磨いていた。
“……あれは……”
その手が止まったのは、墓地の中に墓石が並べられているのとは明らかに違う、墓地の隅に淋しげにポツンと佇む一際小さな墓を見つけ、そこに刻まれた名前が目に止まったから。
“少し、いいかの”
今まで掃除をしていた墓石に心でそういうと、掃除道具をその場に置き、終演は寂しく佇む墓に近づきはじめた。
“……”
一歩、また一歩と近づくたびにその墓の文字がはっきりと見え始め、心の中には止まれという言葉が浮かび上がる。それでも終演は足を止める事無く、歩みを緩める事無く墓石に近づく。
“やはり、か……”
確認はすでに出来ていた。が、目の前で確認をしたかった。その名前と、この墓の意味を。
『神に愛されし魔の血を引く女神
その者の死をここに刻み
新たなる神の導きがこの世にあらんことを
体無き死者 神水』
「……」
全てを読み終えた終演。墓に掛ける言葉を考えるが、出てくるのは先ほどとは違う意味合いの謝罪の言葉。その言葉が口から出かけたその時、後ろから静かな安息の地には相応しくない、怒りの混ざった声が飛んできた。
「何やって、そのお墓に触れないでください!」
病み上がりとはとても思えない素早い動きで、その墓石の前に駆け寄り、終演から守るように前に立ち塞がった。
「何してるんですか? あなたがここに来る理由なんて無いはずですよ。いえ、来る権利がないの間違いでした。早く出て行って――」
「紫月」
遅れて、息を切らしながら墓地に到着した黒火が、声を荒げている紫月を宥めようと、紫月とは違う疲れた息の荒げ方で声を掛けた。
「ごめんなさい、終演さん」
「なんで、黒火が謝るのよ! この人は――」
「紫月! 終演さんはこの土地に住んでいたんだから、お墓参りぐらいするでしょ、それくらい当然でしょ?」
黒火の言葉でも納得できない紫月だったが、「分かったは、けど――」と敵意剥き出しの視線を終演に向けながら、言葉を投げつけた。
「これだけは。他のお墓にはどんな事をしようと何も言わない。例え、昔のようにお墓を掘り返したとしても何も。けど、このお墓には、このお墓にだけは触れないでください、絶対に」
紫月の顔を一度も見る事無く、終演は俯いたまま先程まで磨いていた墓の前まで行った。顔を一度も上げなかった終演に声を掛けようとした黒火だったが、紫月に呼び止められ、終演にも「心配せんでも大丈夫じゃよ」と声を掛けられたので、仕方なく声を掛けなかった。
「何でそんなに気を使うの、あんな人に」
「あんな人って、あなたの――」
「関係ない。あんな人と、関係ないよ」
化け物の腹の虫が鳴くような声が響く部屋。その声が余程面白いのか、周りには大勢の男の子達が集まっていた。
「う、おぉぉぁあ、おおぉぉ」
手の大きさだけでも子供の上半身ぐらいありそうな大男、カイヤックの事がよっぽど気に入ったのか、じっと見つめている男の子達。
「な、な、なぁぁ……。いばぁ、何時、ぐれべば?」
男の子達はそれぞれ、この大男が何を言ったのか話し合いだしたが、結局答えが出る事無く、皆首を傾げた。その姿を見ることすら出来ないカイヤックは、手を握り締めたり、開いたりして、今の体の調子を確かめた。
“あぁぁ、大分、マシに、なってきたか……”
異常なまでの寝起きの弱さにうんざりしながら、カイヤックは少し体を動かせるようになってきたのを感じていた。
「はい、これ」
朝ご飯を食べ終わった女の子達の中にいた静華が、バナンにある女の子の前まで連れて行ってもらい、しゃがみ込んだ。
「これ、あちしの、たからもの。おねぇちゃん、いらない?」
静華は、黒土の声が聞こえる辺りに、昨日貰った花を持って手を伸ばした。その手を黒土が掴むと、静華はゆっくりと話し始めた。
「うんうん、要らないわけじゃないの。私にも宝物があって、大事にしてる。もしそれを誰かにあげないといけなくなったら、とても辛い。けど、黒土ちゃんはその辛さよりも、紫月さんを助ける事を望んだ。それは、とても凄い事だと思う。そんな凄い黒土ちゃんから、このお花、宝物は貰えないよ」
「……?」
首を傾げる黒土。それでも次の静華の、「はい」という言葉で、「かえして、くれるの?」と聞きながらその手を掴んだ。
「もちろん。あ、でも、このお花、なんていうお花か教えてほしいな」
黒土は、まだたどたどしい言葉遣いだったが、花の名前を言う時だけは違っていた。
「せつげつきょうか」
「せつげつ、きょうか?」
黒土は頷きながらもう一度「せつげつきょうか」と言って、まだ言葉を続けようとしたが「ふ、ふ、ふ……」と言葉が詰まって出てこなかった。
「雪月鏡花の複製です」
そんな黒土に助け舟を出したのはいかにも物知りそうな、首から提げる鞄に本を詰め込み、両手にも本を抱えている女の子だった。
「多分、お知りにならないでしょう? 雪月鏡花」
「はい、聞いたこと、ないです」
「そうですよねぇ〜。ふふふ、それでは早速、私が、私が! 説明して差し上げましょう」
特に頼んでもいない静華に、その女の子は得意げに話し始めた。その姿に、自分達が食べた食器の片付けをしている女の子達は、“まただよ”とあきれ返っていた。
「雪月鏡花とは、不死鳥・フェニキス、白龍・グラン、覇虎・ビャッキと並ぶ四大話獣の一角、北と冬を司る月亀・ホーラキが支配する町・ノースクローにのみ生える花。元々、世界が崩れる前からホーラキに守られていたノースクローは、半世紀大戦が起こっても昔と環境が変わらず平和だった。そう、一年中雪が降り積もるという平和な環境。雪月鏡花とは、ホーラキが創り出したそんな環境でないと育たない花だったんです。しかも、芽を出す条件が異常なまでに厳しい。高地では育たないのに、三年以上前の雪が残っていないと根を張らず、日の光や月の光を一度でも浴びたら枯れてしまうので、空を覆う雲が一度でも晴れてしまえば、例え晴れなくても雲の切れ間から光が差し込めば全て駄目。そんな厳しい条件が整って、やっと芽を出す。まあ、芽を出すのは時間は掛からないんですが、でもでも、花を付けるには、さらに厳しい条件が必要なんです。どうです、気になりますか? 気になりますよねぇ〜。では早速、私が、この私が、説明しましょう。雪月鏡花が蕾をつけるのには、五年必要です。もちろん、その間に一度でも光を浴びれば、五年掛けて育った芽が一瞬にして枯れます。でも、花を咲かせるにはいるんですよ、光が。太陽ではなく月の、ただの月明かりではなく満月の光が、雪月鏡花の蕾には。その条件が整って、初めて花を咲かせるんです。満月の光を蕾が吸収して、鏡に満月を写したように花開き、自ら光りを放ち輝く、白銀の雪がくすんで見えるほどの白い美しい花が。そんな雪月鏡花には別名もあるんです。それは、失礼ですけど、静華さんのように目の見えない人でも見ることが出来るという言い伝えから付いた名前、天使の瞬き。天使が瞬きをする一瞬ほどの時間、その間だけ人は等しく同じ物を見つめるという意味らしいです。まあ、私の調べた限り天使なんて、悪魔の次に厄介な幻住人ですけど、一般の人には崇められてるんです。まあ、そんな話はどうでもよくて、雪月鏡花に話を戻しますね。さっきも言ったように、雪月鏡花の花は美しい物です。そんな美しい物を、人がほっとくわけありませんよね。ノースクローでは東西南北、町の中央と巡る、五年周期で同じ日に雪月鏡花が咲いてた頃があるんです。けど、それを知った色んな人々が、勝手に咲いている最中の雪月鏡花を抜いて持ち帰ったんです。当然、繁殖、培養、その他もろもろ、大体お金儲けでしょうけど目的があって。そして、年を追う毎に、雪月鏡花が減っていった。その事に怒ったホーラキが、雪月鏡花を全てどこかに隠してしまって、今ではノースクローでも見ることが出来なくなってるんだそうです。でもでもでも、雪月鏡花は実を言うと、かなりの危ない花っていう噂もあるんです。持ち帰った人達が、全て原因不明で死んだとか言う噂。とまあ、ざっとこんなもんです、分かりましたか?」
マシンガントークとはこのことだろうと思わせる、一息入れずに言い切った女の子の誇らしげな表情。しかし、僅か一分少々で撃ち出されたあまりにも回転の良すぎる言葉の連打に、話を理解できる者などそう簡単にいるはずがなく、静華もまったく理解できていなかった。
「どうです、分かりましたか?」
もう一度どうなのか促されるように掛けられた言葉で、肩をビクッと強張らし、「いえ……」と静華が答えてしまった。その言葉を待ってましたとばかりに女の子は息を大きく吸い込み、先程よりも明らかに気合の入った表情になったが、皿洗いをしていた他の女の子がそのお喋りの女の子の脇に手を回し、「皿洗い」と洗面台に連行した。
「ごめんなさい、静華さん。あの子、お喋りで」
皿洗いの終わった他の子が、静華に謝りに来ていた。それに静華は「楽しかったです」と答えた。
「あぁ、びょう、ぐごねご」
そこに、立ち上がれるようになったカイヤックが顔を出した。それでも、本当に立ち上がれるといった千鳥足で、物に躓いたように椅子の上に座った。
《まったく、不便にゃ生き物だにゃ糞人間は》
“雪月鏡花、か……。
『そうだ知ってる、雪月鏡花、ってお花』
『いや、まったく知らねぇけど、花ってことは花か?』
『うん。そうだよ』
『へぇ〜。で、何でいきなりそんな話を?』
『いや、何となく……。あ、その、私にも、見えるお花らしくて、それで』
『見えるって、アリーリアにか?』
『そうだよ、私にも』
『ふ〜ん、そうか……』
『あ!』
『何だ?』
『始めて名前で呼んでくれた』
『あぁ? そうか』
『そうだよ』
って、寝ちまったらいけねぇな”
バナンの声が聞こえなかったのか、カイヤックはテーブルに突っ伏したまま反応しなかった。
「死んだかな?」
「いや、生きてるだろ」
「また寝たんじゃないか?」
先程までカイヤックを観察していた男の子達も、動き始めた怪獣を追って食堂にやってきていた。そして、また動かなくなった怪獣カイヤックを観察しはじめた。
「ぁ……あ……。生きてた、僕、生きてたんだ」
そんな頃、ベッドの上には布団に包まりながら、ゆっくりと体が透けていないか指を確かめ、次に胴体、最後に足を確認し終わた雷祇がいた。
“よく、生きてたなぁ……。僕って、強運なんだろうか、それとも悪運が強いんだろうか……”
気分が盛り下がっている時に、雷祇が絶対に考える事。動かずじっと、その言葉の堂々巡りを繰り返していた雷祇の耳に、ある音が近づいてくるのが分かった。わざと強く響くように踏み鳴らされる足音。その足音が、止まる事無く雷祇の寝ている部屋の中に入ってきた。
「黒火は何も分かってない」
足音同様に怒りの篭った呟きと共に、ベッドの上に降ろされるお尻。
「ぶふぅ!」
それと同時に、聞きなれない効果音にお尻に感じる違和感。ベッドの布団とは明らかに違う温もりのある座布団に、もう一度聞こえてくる効果音。
「ふぁふぉ、ふぉふぃふぇ、ふぉふぁえふぁふぇんふぁ?」
布で口を塞がれている様な声と共に、お尻の下でモゾモゾ動く生暖かい物。紫月はその体験した事の無い異変に、小さな悲鳴と共に飛び上がった。それで何とか自由になれたのは、咄嗟の事に顔まで布団を被ってしまっていた雷祇だった。
「ごふぉ、ごめん、なさい。態とじゃ、ないん、です」
咽せながらも、慌てて上半身を起こして謝る雷祇。紫月は自分のベッドの上で寝ていた少年に驚きはしたものの、よく考えれば、最近自分の部屋ではなく、この家の中にある医務室で寝ていた事を思い出し、自分自身も落ち着かせるように雷祇に話しかけた。
「あの、君は、雷祇君、かな?」
二つの意味で動揺している雷祇は、二つの意味で赤くしている顔で頷いた。一つは、突然布で顔を隠され息苦しくなった事。もう一つは――
“な、なんだったんだろう、あの柔らかいのは……。何度か働かされた店で触らされたり、色んなことさせられたお尻に近い感触だったけど、柔らかさも、何より大きさも違――”
雷祇は横目で紫月を見たとき、大きさの違いが当然の事だと思い知った。それでまた赤くなる。なぜなら、レンが無くなって、仕方なく何度か働いた危ない店に来るのは大抵お金持ちのおばさんばかりだったから。
「紫月、紫月ってば」
二人とも何も言えずに、気まずい雰囲気になる部屋。そんな部屋に、一階から紫月を捜す声が入り込んできた。助け舟になるはずのない言葉だったが、「もう帰ってきたんだ……」と呟いた紫月が、窓際に寄せていた体をベッドに近づけると、突然雷祇の手を取りこう告げた。
「今この家に居たくないんだ。一緒に来てくれる?」
一応尋ねた形にはなったものの、雷祇の返事を聞く事無く紫月は手を引いてベッドから連れ出した。
「すいません、終演さん」
一階の広間で腰を下ろしていた終演に謝った黒火に、「黒火嬢も紫月も、謝る必要なんてありはせんよ」と声を掛けると、終演は改めて座りなおした。すると、階段を下りてくる大きな足音と共に、「あのちょっと」と情けない声までもが一緒に下りてきた。
「紫月だ。ちょっと、紫づ――」
「ちょっと出てくるね」
紫月は終演達がいる広間を一切見る事無く、黒火の言葉を最後まで聞かずに部屋の前を通り過ぎ、木の家を出て行った。その時も、事態をまったく把握できていない雷祇は、「あ、あの」と情けない声で尋ねる事しか出来ていなかった。
「ちょっと、紫月、紫月! もう!」
廊下まで出たものの、まったく追いつけずに外に出て行かれてしまった黒火が、部屋の中に申し訳なさそうに入って、終演の前に腰を下ろした。
「あの、すいま――」
《黒火、か。まあいいだろう、爺さん、話、聞きに来たぜ》
黒火が謝っている最中に割り込んできたのは、珍しく静華から離れて一匹になっていたバナン。
「ほう、静華嬢は連れてこなんだか」
《フン! 聞かれていいにゃら連れてきてもよかったんだが、聞かれてもよかったのか?》
「……」
黙りこんだ終演に、普段なら何か余分な言葉を付け足してもおかしくない状況だったが、バナンの尻尾は忙しなく右に左に揺れていた。
「あのよ、嬢ちゃん」
「はい?」
「カイヤックさんって、恋人いるんですか?」
「いるわけないだろぉ〜。だって、こんなに威圧感ある人間を好きになる奴なんていないって」
「でも、人間の身体の神秘の結晶よ。図鑑でもこんなに大きな人間の例は書かれていないもの。調べてみたい、隅々まで」
「すごい、たかぁ〜い」
カイヤックと静華の二人は、なぜか魔法使いの子供達全員を引き連れて湖に向かっていた。
「いや、やっぱいいわ」
子供達に手を引かれながら前を歩いていた静華に声を掛けたカイヤックだったが、次の言葉が出てこなかったのか頭を掻いた。
「あ、あの、せ、静、華さんには、こ、こ、こ恋人――」
「静華さんって、魔法使いなんですか?」
「え、違うけど、どうして」
「なんだか不思議な感じがして」
静華の手を引いていた二人の女の子も、静華の横に並んで話していた女の子の言葉に同時に「感じた」と言った。
「静華さんは多分――」
そこに割り込んできたのは、カイヤックの側を歩いていたはずの物知りの女の子だった。ただ、その女の子対策なためか、カイヤックの側を歩いていたもう一人の女の子も静華の側に来ており、喋り始めた物知りの女の子の口に手を当て喋らせないようにした。
「ったく、女は口煩くて嫌になる」
「じゃ、邪魔された……」
「お前、何しに行ってたんだ?」
「告白」
「……誰に?」
「多分、あの中で告白してないのって、静華さんだけじゃないか?」
「軟弱者め。男なら、女なんて必要ねぇだろ! なあ、カイヤック」
静華の側にいたはずの子が合流して三人になって話していたが、黒水はそれを見下すように、カイヤックを平然と呼び捨てにして同意を求めた。
「あ、あぁ、そうだな」
心ここに在らずといった空返事をしたカイヤックの言葉だったっが、黒水は満足げに他の三人に砂を蹴飛ばしかけ始めた。
「あ、あ、ああ、あの」
「どうした?」
「お、おおろ、降ろして、くれませんか?」
片手が大きな鍋で塞がっていたので、黒土と一緒の肩に望んでもいないのに乗せられている気弱な男の子がカイヤックに話しかけた。が、カイヤックはその少年の言葉に、「もう少しだし、楽だろ?」と降ろす気配を微塵も見せずに湖に向かった。
紫月は、大きな木の家から少し汗を掻く位の距離にある小さな木の家に、雷祇を連れてきていた。
「あの、ここは?」
「ここ? ここは、まだ住めるぐらいまで大きくなってないけど、次の家にしようって話し合われてたハウスツリーだよ。今はまだ倉庫代わり、かな」
倉庫という割には物が少なく、まだ殆ど使われていない印象を受ける部屋の中。その事に気付きそうな雷祇だったが、紫月の言葉で一番引っかかったのは、この言葉だった。
「ハウスツリー、って、なんですか?」
倉庫の少ししかない荷物の中から、この家の中でなければまだ木の匂いがしそうな真新しい椅子を取り出していた紫月に、雷祇はそう尋ねていた。
「え、あ、あぁ、そうか。普通の森には生えないから知らないか。あのさっきの家、どうやって造ったと思う?」
「え?」
雷祇の前に椅子を置き、自分にも用意した椅子に腰を掛けながら紫月が逆に尋ね返した。雷祇は紫月の前の椅子に座り、ああでもないだろうし、こうでもないだろうし、とブツブツと首を傾げる。
「フフ、面白いね、雷祇君」
「そ、そうですか?」
紫月は「うん」といいながら頷いた。その顔からは、終演を見る時では想像も出来ない愛らしい笑顔が零れていた。
「この木はね、魔法使いの一族の森にだけ生える木なんだ。一説では、昔の魔法使いが創り出した新種だって。この木は生えたときから中が空洞になってて、成長していくごとに、中の空洞が広がり、節が出てきて丁度部屋のようになるの」
「それが、自然になるんですか?」
「そう」
「さっきのあの家も人の手は――」
「一切加わってないよ」
その事にただ感心する雷祇。それと共に、ぐるりと一周部屋を見回した。
“これが、自然に……”「あの――」
「あ、ごめんなさい」
もう一周見回しそうな首の動きをした雷祇だったが、突然気になった事があったのかその動きを止め、紫月に向き直った。それがあまりにも不意だったのか、雷祇の横顔を身を乗り出して見ていた紫月は慌てて謝って椅子に深く座りなおした。
“な、なんなんだろう……”
その紫月の行動に、内心ドキドキしながらも平静を装った。
「うん? 何」
それは紫月も同じらしく、目を逸らしている。
「あ、あの、扉とかは、元々なんですか?」
「違うよ。窓とか、扉は、穴が開いてるから、そこにはめ込んだりつけたりしてるの」
「そうなんですか」
雷祇が終わらしてしまった会話の流れ。とは言っても、あのまま自然に会話を続けられるとしたら、相当な話術の持ち主だろう。当然、雷祇にはそんな技術は無い。そしてまた、微妙な空気が部屋の中に立ち込める。
「あの――」「ねぇ――」
しかし、こういう時にありがちな、何とか悪い空気を打破しようとした勇気が空回るその瞬間。状況がさらに悪くなる同時に喋り出すという場面。そして、話し出す勇気を失くす二人。
「……」
「……」
気まずい雰囲気が辺りを支配し始めるその時、無理矢理空気を振り払おうと、紫月が他愛もない話を切り出した。
「そうだ、雷祇君って、何歳?」
「え、僕ですか? えっと、十三です」
「へぇ〜、十三か。年相応だけど、雰囲気はもっと大人だね」
「そうですかね。紫月さんは、お幾つなんですか?」
「二十歳だよ。もう少しで、二十一になるけど」
「え! そ、そうなんですか」“同い年くらいだと思ってた……”
「あ、黒火さんは?」
「同い年」
その事で雷祇は自分の目利きの悪さに驚愕した。けれど、どうやらその驚き方が紫月に高評価だった。なぜなら、先程までの愛らしい笑顔とは違う、随分とお姉さん的な表情で、「若く見えてた?」と上機嫌だったため。
「あ、はい」
「素直だね、雷祇君って。そうだ、ここに連れてきたのはこんな事するためじゃなかった」
紫月は立ち上がると、まだ整理されていない、一見するとガラクタに見える物が積まれている、部屋で一番汚い角で何かを探し始めた。
“二十歳、なんだ……。ヤバイな、まったく外れてたよ、予想”
過去の事を思い出して、今まで年齢予想した人間がどれだけ当たっていたのか思い出していた。当たった人間の中には、静華が含まれている。
「あったあった」
紫月は探し物を見つけたらしく、床を睨みながら何か呟く雷祇の前に座った。
「どうしたの?」
「え! あ、いえ」
呟いていた言葉が聞こえてないだろうか少し焦った雷祇は、紫月が普通に話しかけてきたので大丈夫だろうと、紫月が持ってきた物に話を振る。
「それ、なんですか? 箱、ですよね?」
紫月の持ってきた物は、少し大きな手の持ち主なら包んで隠せてしまえるぐらいの箱だった。
「うん、ちょっとしたね。ねぇ、この箱に触ってほしいんだけど、いいかな?」
「あ、はい」
雷祇は紫月に言われるまま、箱の上に手を乗せた。
「……」「……」
小鳥のさえずり、木々のお喋り、雲の流れる音までもが聞こえてきそうなほど、静かな時間。
「あ、あの、これ、は?」
態々ここまで連れてきて触らされたのだから、何かしら起こるのだろうと思っていた雷祇だったが、一分が過ぎ、五分が過ぎ、十分が過ぎた辺りで痺れを切らした。紫月もまったく変化がなかった事に首を傾げる。
「おかしいな……絶対、反応すると思ったのに。やっぱり、魔法使いじゃないと無理なのかな」
雷祇の手を少し退けると、前屈みになり箱に顔を近づけた。短いながらも綺麗な髪質が分かるくらい、紫月の動きに合わせて髪が流れる。その姿を直視できずに、雷祇は部屋を見回した。と言っても、たいして見る物がない部屋で、あえて気になるものといえば、部屋の隅に置かれているガラクタの山くらいなもの。
“なんだか、見たことがない物が一杯あ、あれ、写真かな”
ガラクタの山の中に、写真立てのような物があるのに気づき、目を凝らして写真の人物を確かめた。それは、
“やっぱり終演だ。随分、若いけど”
写真の中には、今に比べると随分と若い終演が笑顔のまま記録されていた。
“他の人は、誰……あれは……”
何人かで映っていた写真の中で、一人の女の子が目に止まった。髪が長く、写真でも分かるほど綺麗な髪質。まるで今雷祇の目の前にいる紫月のような。目も美しく、髪と同じ色で輝いていた。人の体とは思えないほど色鮮やかに。
“水色……”
心臓が脈打つ。誰と競っているわけでもないのに、早く、誰よりも早く。一つの鼓動が耳の中に響くたびに、血が全身を駆け巡り思い出させようと語りかける。知っている、お前はあの女を知っている、と。
“あの、時の……水、希”
憎しみの篭った心の中の笑顔が、雷祇に語りかけた言葉を反復する。知っている、お前はこの箱の意味を知っている。この言葉自体は雷祇の耳には届いていない、ただ、体が動き反応する。
「え、何?」
箱を調べていた紫月の手に、雷祇の手が伸ばされる。その指先には、細い糸切れのような光が走り、それに気付いた紫月は慌てて手を離し、雷祇に視線を向ける。
“これって、やっぱり、テスタメント”
雷祇の目と髪が、金色と黒色がどっちつかずに変化を繰り返す。抑えきれない力、支配されていきそうになる心、言う事を聞かない体。その全てに戸惑いながらも、雷祇は成すべき事だけをしっかりと見つめていた。
“開けないと……開けない、と”
箱に近づく指から、一本の光の糸が繋がる。その糸を手繰り寄せるように、指先が箱に触れ、箱からは目を開けていられないほどの黄色い光が発せられた。
“な、何、が起こって――”
湖ではしゃぐ子供達の中心で、カイヤックは子供達を湖に向かって空高く放り投げていた。ただ、あまりの高さに泣きそうになる子供もいたが、大半の子供は楽しんでいた。
「よし、あとはお前等だけで遊んどいてくれ。俺は、ちっと、嬢ちゃんと話があんだ」
そういうと、木陰で物知りな女の子に質問攻めにされていた静華の側に腰を下ろした。
「あのよ、向こうにデッケェ魚いたんだがよ、新種じゃねぇかな。顔が牛みてぇな顔してたぜ。尻尾には毛が生えてたし」
「な、何ですって! 顔が牛の魔獣なら知っているけど、尾ひれじゃなくて尻尾の生えてる種類は聞いたことがない……」
何かブツブツと呟くと、何も言わずに鞄と本をカイヤックに手渡し、湖に向かって走り出した。
「そんな魚、いたんですか? 確か牛――」
「いや、嘘だ。ちょっと、嬢ちゃんと話したくってな」
静華は嘘なんだと思いながらも、「なんですか?」とカイヤックに聞いてみた。
「まだ、目ぇ見えてぇと思ってるかな、ってな」
「……」
無言で俯く静華。聞いちゃ不味い事だとは思いながらも聞いたのだから、カイヤックにはそれなりの覚悟があった。
「別に変な意味じゃねぇんだ。ただな、もし大事な人が出来たら、そいつの顔見てぇかなって思ったんだ。いやな――」
「見たいです、カイヤックさんも、終演さんも、バナン君も、雷祇も、父も母も、おばさんも、クラリアちゃんも、皆、皆、見たいです。けど、そのために、誰かが傷つくなら、命が消えるなら、私はそんな事望みません」
決して大きな声ではなかったが、強い口調と、しっかりと未来だけを見据えられた瞳に、カイヤックは何か納得し、静華の頭を軽く撫でた。
「すまねぇな、変なこと聞いちまって」“目が見えねぇって言っても、人それぞれだな。けど、芯はやっぱ、強ぇな”「ところで、嬢ちゃんは雷祇の事はどう思ってんだ? やっぱ好きなのか?」
静華が突然変わったカイヤックの雰囲気に戸惑いながらも、「好きですよ」と答えた。
「へぇそうか、じゃあ、結婚するか?」
「は、はい? え、なぜ、そんな話に?」
「好きなんだろ? じゃあ、手放しちゃいけねぇ」
「え、でも、え……いや、あの――」
意味がよく分からなかった静華が戸惑っていた時、そこに駆け寄る足音と共に大きな声が聞こえてきた。
「あの! すいません!」
走ってきていたのは紫月だった。
“よかった、あの人はいない”「あの、来てくれますか? 雷祇君が倒れてしまって」
《早速、聞かせてもらうぜ。静華と雷祇は、テスタメントにゃのか?》
終演はゆっくりと頷く。けれど、そのやり取りに疑問を持ったのは黒火だった。
「あの、待ってください。あのお二人がテスタメントなんですか? それって、おかしくは――」
「あぁ、おかしいのう、静華嬢は」
引っかかる言葉に、すぐさまバナンが喰らいつく。
《いや、二人ともおかしいだろ、二人にゃんだぞ。それだけじゃにゃい、あそこに来た二人は、一人が言ってた他の四人は? 雷祇の事を同じ力だと言ってたにゃ、と言う事は、今この世界には、八人もいるということか、テスタメントが》
「いや、ワシの知る限りは、まだ七人じゃ」
「な、七人……」
黒火の驚愕している理由を、バナンが終演にぶつける。
《にゃぜそんにゃに数がいる。神どもとの契約者は、世界に一人しか現れにゃいはずだぞ。それが取り決めだったはずだぞ!》
終演が少し言葉を詰まらせる。
「……、今は、今はまだ、話せん」
《ふざけるにゃ! 聞かせてもらうといったはずだぞ! にゃぜ、それだけの数ににゃってる!》
詰め寄られる終演。そして、今話せる限界までを話し始めた。
「……創り、出したんじゃ、ワシ等が、契約できる、人間を」
バナンは少し想像できていたのか、それほど驚きはしなかった。ただ、黒火は事態が飲み込めないでいた。
「創り、出した? 人を、ですか?」
「いや、神の器になる、肉体をじゃ」
《フン! 己が自我に自惚れるのは、神だけで沢山だ! 命を創り出せるにゃら――》
「命は創り出せておらん……。それが出来ていたならば、ワシはこんな事はしておらんよ」
気に食わない物言いだが、バナンは言葉を荒げないように努力した。
《だったら、どういう意味だ? 肉体を創り出すとは?》
「交配、じゃよ。それ以外にも、幾つもの研究を重ねて創り出したんじゃ、奴等を。遅かったかもしれんが、間違いに気づいて、手を打ったはずじゃった……。じゃが、及ばんかった、手遅れじゃったんじゃ……。ワシの望みも叶わず、‘また’世界を崩してしもうた……」
落とした肩からは、幾つもの悲しみが見て取れた。ただ、バナンは一番気になっていた事を聞かずにはいれない。
《静華は、静華は爺さんの言う創り出した存在か?》
首を振る終演は、ある言葉を言い始めた。
「水の星。海に溺れる星が、呼吸をするため大地を伸ばす。その時息吹が芽吹いてくのを、風が助けて輪を広げ。その時一緒に寒さを運んで、地上は雪で覆い隠される。けれど雲間から、一筋の光が地上に降注ぐ。それは雷、滅ぼす力。撃たれて燃えるは命の草木。燃えて広がる炎の輪。地上が地獄と化した時、降注ぐは憂いの雨。大地を潤し、満たしてく。そして平和が戻った時、癒しの光が星を包む。歓喜するのは、命の営み。しかし、闇夜は常に狙ってる。地上を包んで、覆い隠さんと」
突然意味の分からない事を呟き出した終演に、バナンが不審な眼差しを向けたが、黒火は違っていた。
「神々の詩、ですか?」
「そうじゃ。誰が、何のために、どうやってこのサイクルを知ったのか、未だ謎に包まれておる詩。じゃがこの詩が示しているんじゃよ、テスタメントの生まれる順番を。大地、風、氷、雷、炎、水、癒し、そして、闇。この順番で、テスタメントは地上に光臨するんじゃ。じゃが、どうやっても、無理だったんじゃ、癒しのテスタメントを創り出すのが……。その時はなぜか分からんかったがのう、漸く分かった事は、軸を外れたテスタメントが現れたということじゃった。魔法使いでない者が、契約できるようになるという予想外のこと。それが、静華じゃよ」
バナンは少し納得して、詳しく話を聞こうとした。が、それを拒んだのは、終演だった。
「すまんが、これ以上は話せん。雷祇の事も、奴等の事も、もちろん、ワシの事も、じゃ」
これにはバナンは納得できない。
《ふざけるにゃ。まだまだ聞く事は山ほどある。どうやって器を創り出した? 交配とはどういう意味だ? 奴等の目的は? そして、アンタはにゃに者だ、爺さん。どこまで絡んでる、どの位置にいた、その口ぶりからすると、アンタが首謀者か? にゃに考えて、静華に契約させた》
バナンが睨みつける視線と交えるようにして、立ち上がった終演。
「もしそうだとして、お前さんはどうする心算じゃ、バロンの息子」
《!》
驚くバナンを見て、終演は納得できずに話し出す。
「お前さんこそ、何を考えておる。その驚き方からすれば、本当に息子なんじゃろう。じゃったら何故、人を守ろうとする。獣も、魔獣も、話獣も、神獣も、全てを服従させたあのバロンの息子が、何故じゃ?」
二人の間に、殺伐とした空気があふれ出す。それは互いを警戒し合う疑いの眼差。その間で、黒火は自分の理解が越えた会話のために頭から湯気が上がっていた。
「あれ、あれ僕、何をしてたんだ――」
「よかった、起きたんだ」
雷祇に差し出されたのは、久しぶりの食事だった。
「歩きながら食べないと、置いてかれるよ」
そう言うと、パンを渡し紫月は雷祇の手を取った。
「ほら、早く」
雷祇は何の事だかまったく訳が分かっていなかった。家の中は薄暗く、まだ夜明け前といった所。雷祇は引かれる手の温もりを感じながら、パンを口に含んだ。
“あれ、なんだか明る、!”
木の家の扉が開いており、そこから何かの灯りが入り込んでいた。その灯りの正体を確認した雷祇は驚愕し、何がどうなってるのか考えようとしたが、そんな時間は無かった。
「雷祇君、よく聞いてね。君は多分、テスタメントなんだ」
「テスタ、メント?」
「そう、神との契約者。でもね、本当は魔法使いじゃない君がなれない存在。でもでも、君はテスタメントになれるの」
首を傾げる雷祇。紫月は、殆ど同じ身長だからこそできる事をした。額と額を付けて話をするという行為。その顔のあまりの近さに、思わず息をするのさえ止めてしまう。
「多分、君にとっては、とても辛い力だと思う。でも、その力を授かったなら、君には契約する資格があるし、しなきゃ駄目。だって、テスタメントの力は、人を幸せにする力だから」
「え、でも――」
「お願い。君の力は、この世界には必要なの。だから――」
「は、はい、分かりました」
何故だか雷祇は、理由も分からずそう返事をしていた。
「よし、約束だよ」
額を離しながら微笑んだ紫月の微笑を直視できずにいた雷祇に、紫月は話を付け加えた。
「それで契約の仕方だけど、二種類あるの。一つは――」
「紫月姉ぇ、早くしてだってさ」
広場には既にこの木の家にいた全員の姿があった。まだ薄暗いのに、子供達も全員起きており、終演達は乗っていた。黒火の契約獣、フレイの上に。
「ごめん、あとちょっと! それでね、一つは、三大神獣の内、二神獣に認められること。蛇神・ナーゲイシャ、不死鳥・フェニックス、海龍・レビィラバブの内の二神獣にね。けど、はっきり言って、こっちは止めておいたほうがいい、とても危険だから。もう一つは、四大話獣全てに認められること。不死鳥・フェニキス、白龍・グラン、覇虎・ビャッキ、月亀・ホーラキ。最初の三大神獣はどこにいるのかも分からないし、近づく人を容赦なく襲うけど、四大話獣はフェニキス以外は、大体どこにいるのか分かる。ホーラキはこの大陸唯一の港町、白霧の隣街のノースクローに、ビャッキは四大陸の一つ、緑海でも一番大きな森、百刻の森の中に、グランはサウザン島の中心の島、天衝塔の上にそれぞれがいる」
「それであの、どうやって契約ってするんですか?」
「それは、君次第。神獣には決定的な傷を負わせればいけるとされてる。話獣のほうは、話をしてから話獣がよしとするか決める。はい、これ」
そして、紫月は昨日の箱を雷祇に手渡した。
「認められると箱の中に、それぞれの力が封じ込められるんだって。その力が解放されるのが、条件を整えた時。それまで箱は開かなくなる。そして、開いた箱の中から、神と契約を交わすための道が開かれる、って、聞いた。多分間違いないから、心配しないで」
「は、はい」“よく分からない、けど、けど……多分、あの感じの、あの力の事だ……”
少し俯き加減になっていた雷祇の背中を押して、紫月はフレイの元に向かわせた。
「あ、あの、熱く――」
「早く乗らんか。黒火嬢、すまんのう」“渡してくれたようじゃな、契約の箱を”
終演がそう言うと、カイヤックが雷祇の首を掴んでフレイの上に乗せた。それを確認して、黒火が目を閉じた。するとフレイは大きく翼を広げいつでも飛び立つことが出来ると返事をする。
「それでは、ホーンボーンの近くにある森で降ろします」
黒火の言葉で、炎の粉が舞い散る。それと共にフレイの体が浮かび上がり、砂埃を巻き上げる。子供達が手を振り、黒火も会釈をする中、紫月だけは俯いていた。遠ざかる地上、小さくなる子供達。そして、森の上まで浮き上がったフレイは一気に加速し、次の町に飛び立った。
「……はぁ〜、紫月、良かったの?」
子供達が口々に眠たいといって木の家の中に入っていく中で、立ち止まっている紫月に声を掛けた。
「別に」
「でも昨日の夜も一言も――」
「いいの!」
黒火の顔も見る事無く、紫月も子供達と共に木の家の中に入った。
どうやら僕には、何か、テスタメントとか、そういう、力があるそうです。神との契約者、だとか……。多分だけど、遺跡で使ったのが、その力だったんだろうと、僕は思ってます。それとも、もしかしてあの声……。
とまあ、何はともあれ、次に向かう町はどうやらボーンホーンのようです。でもそんな町、聞いた事ないなぁ……。小さな町なのかな? そうだ、最近あまりゆっくり出来てないから、ゆっくりしたいなぁ。落ち着く時間もほしいし。