第1章 出会うべくして出逢った (3)
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僕たちは、汗を蒸発させながら発掘所に向かっていた。僕は2人分の荷物を持っていたため、終演から随分と遅れて歩いている。終演は片手にケルベロスを担いで、もう片手で水を飲みながら歩いていた。ただ、主要産業としているだけに、発掘所の近くに町を作っていたようで、20分ほど歩けば岩山が見えてきた。直感でもなんでもなく、異変が起こっているのがその岩山で間違いないと分かった。なぜなら、その岩山が見えてきた時点で、終演が水を飲むのを止め、先程まで僕たちの体から蒸発していた汗が嘘のように引いたからだ。僕の目算にして残り1キロ程になった時には、歩いても歩いても足や手の爪先が冷え、吐く息が白く変わっていた。そして、岩山の前に着いたころには手が悴んでいたので、防寒具の袋に両手を突っ込んで何とか寒さを耐えていたが、体は薄着だったので体全体が地震のように震え、まともに歩けなくなっていた。この時でも、終演はなぜか寒がっていなかったけど。そこの発掘所前に、汚い字で看板が立ててあった。『めっちゃ寒いから、入らんほうがいいで』と。僕はなぜ変わった言葉で書いているのか疑問に思いながらも、慌てて防寒具を着た。終演に防寒具の入った袋を渡すと、終演はビックリするような速さで防寒具を纏った。ただ痩せ我慢をしていただけだったと感じながら、防寒具をちゃんと着終わった僕たちは、発掘所に入った。
中に入ると、息が口や鼻から出た瞬間にキラキラと輝く。色々世界中を回ったけど、こんな事は初めてだったので、なんだか悪い気もしながらも壁に打ち付けていた温度計を近寄り見た。
“……。温度計も凍るんだな”
温度計は凍っていて、普段なら赤い何かで温度を示しているはずが、底に溜まったまま動いていなかった。そんな事をしている僕に気づいて先に進もうとしていた終演が振り返り、「早く行くぞ。ワシの‘偽者’が痛むからな」そう言った。終演の言う‘偽者’とは、義手と義足のことです。
“今日帰ったら何食べよっかな?”
僕はこの現実を忘れるために、わざと関係ないことを考えながら進んでいた。けれどそんな事考えていられるのは余裕のあるときだけで、寒さだけでも大変なのに、不慣れな発掘所内の床に散らばる小さな石が、今は全て小さな氷の粒になってさらに僕を梃子摺らせる。終演はどんどん歩みを進めるので、僕は離されない様に必死で追いかけていた。そして1つ目の吹き抜けに到着した。足を吹き抜けの光の中に入れると何か違和感を感じたが、そのまま全身を光の中に入れた。すると、瞬きをするほどの僅かな時間だったにも拘らず体中が日に焼かれた。僕たちは何も考えられずに死に物狂いで防寒着を脱げと体中に命令が下るが、少しでも空気が入らないようにと、袖口に布を何重にも詰め込んだりしているため中々脱げない。脱ぎ終えた頃には、先程まで凍っていた体中の液体が、グツグツと音を立てて煮えていた。ここで思い出したのが町長が言っていた、吹き抜けは“いつもと同じ”という言葉だった。
“確かに、これは、強烈だ……。しかし、何で、外は、寒かったのに、ここは暑いんだ?”
気温差は90度を越える。息は上がりきって、まともに歩けない僕とは違い、発掘所内とは違って大きな岩がゴロゴロと転がっていた吹き抜けを、飛ぶように進んで一番大きな石の上に行くと、「少し休むかの」といって腰を下ろした。僕も動けるようになってから、同じように少しはなれた岩の上に座って、懐中時計を取り出しここまでどれくらい時間が掛かったのか確かめた。
“あ……。入る前に時間見るの忘れてた。けど、町を立つ時に時計を見たから、大体は計算出来るかな”
そう思いながら懐中時計を見ると、どう計算しても入ってから1時間近く経った計算になる。まだ1つ目なのにこれほど時間を使ってしまったのかと驚いて、終演の方を見た。大きな石にケルベロスを置いて、義手と義足をはずし、いつもとは違うかなり辛そうな顔をしていた。
“傷に沁みるのかな?”
そう思って、もう少しゆっくり行こうと心に決めた時。
「ホレ、さっさと行くぞい」
義手と義足を付けて、ケルベロスを背負いながら終演が言った。僕は気になりながらも、日陰の所で防寒着を着て、先に進む事にした。
結局、僕たちが最後の吹き抜けに着いた時には、空が茜色に染まりだしていた。後半は行方不明者を探しながら歩いていたので、仕方ないと言えば仕方ないが。けど、途中で見つけれた行方不明者はたった2名だけだった。これで残りの9名は最深部に居ると確信できたと同時に、この現象を作り出している‘何者か’がそこに居るということも分かった。僕たちはこの最後の吹き抜けで、体力が回復するまで休み、意を決して防寒着を着て最深部へと続く発掘所に踏み込んだ。
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心臓が随分と落ち着かない脈を打つ。これ程の現象を起こす‘何者か’に怯えた体は、足を動かすのを拒もうとする。そんな僕を無視して終演は前へ前へと歩みを進める。僕はその終演の姿だけを見て進もうと決め、後ろを必死で追いかける。左手には、何があってもいいようにと、鞘に入れたまま雷命を持って。すると終演の足が止まったので、僕は慌てて駆け寄った。そこは、今までとは違い大きく開けた空洞。家なら4件ぐらい建ててもいけそうなくらいの広さ。ここが最深部だと僕は感じた。それと同じ瞬間に感じた事、凍りつくような殺気。その殺気を放つ方を見たが、この現象を作り出している‘何者か’をはっきりと捉える事が出来なかった。それは、
ニィ
「!!」「!!」
30メートルが一瞬にして縮まり、少しでも雷命を抜くのが遅れていればこの時点で‘何者か’に殺られていた。僕は鞘から抜ききれていない雷命で‘何者か’の攻撃を体から離して受けたはずなのに、今は体に雷名がくっ付いていた。雷命の刃の部分で受け止めているそれは、氷で出来た刃。その‘何者か’は氷の刃で雷命を押し戻し、懐近くまで踏み込んで僕を見上げた。そしてこの時に分かった‘何者か’の正体。それは子供だった。僕と同じくらいか、少なくとも僕よりも背が小さく終演と同じくらいの背の高さをした子供。その子供の肌の色は、今いる空洞の壁一面が氷に包まれているからかもしれないが、その氷と同じような薄い水色。その子供がそんな事を考えていた僕の一瞬の隙を、氷の刃に力を入れる事で消しさった。僕はただ、その刃を受け止めようと柄の部分と鞘の先を持って踏ん張った。が、足場は今までと違い、吹き抜けのような大きな石。その石が全て凍っていたので、踏ん張った足が石に取られバランスを崩したと同時に、子供が体を捻りながら僕の体を奥の壁に向けて一気に吹き飛ばして。終演は、なぜか驚いた表情のままその場で固まっていた。
“くそ! どうする? こうするしかないのか?”
体が中を浮いて壁にどんどんと吸い寄せられる。僕は躊躇っていたが、こうするほかはないと思い、鞘から雷命を抜いて大きな石の間から地面が見えた場所に突き刺した。その雷命に掴まったことで、飛ばされていた体が止まって足が大きな石に着いた瞬間、石が崩れて少しバランスを崩して膝を着いたが、まずしなければならない事。顔を上げて、すぐに前を見て相手を確認する事。
“居な―”
「そんな事したら、死んじゃうよ」
前に居たはずの子供は、雷命を持っている右腕とは反対の僕の左側に居た。横で固まっていた終演を無視して、僕に氷の刃で斬りかかってくる。ただ、その子供には予想外の事が起こった。
「え?」
斬れると思っていたであろう雷命の鞘で、僕が氷の刃を受け止めた事。僕はその驚いている子供に、雷命を地面から抜きながら斬りつけた。子供は驚いた表情を一瞬のうちに隠し、僕の攻撃を後ろに飛ぶ事であっさりとかわした。ここでようやく一瞬の間。
「待って! 君は誰なんだい? どうしてここで生きていら―」
初め見たときから思っていた事それは、子供の服装が軽装だった事。けれどその子供は僕がそういったことで、面倒くさそうな顔をして「うるさいなぁ」と腕組みをした。僕が思わず「え?」っと呆気にとられると、その子供はさらに続けた。
「こんな楽しい本気の殺し合い、っていっても、ボクはまだ全然本気じゃないけど。けど、この楽しい時間をそんなくだらない質問で潰さないでくれる? それと、質問する前にもう少しキミは知る事があるんだよ。だってキミ、何も知らないでしょ? しかも、どうしてボクがここで生きていられるかって聞いたの? そんな事も分からないんだぁ〜。本当に何も知らないんだぁ。ボクたちが何者かとか、ボクたちが生きている理由とか、キミまったく分からないでしょ? キミって、昔の記憶ないんだよね、可哀想」
僕がまた喋りかけようとしたが、僕の声が出る前に子供がこちらに向かって突っ込んできた。その顔は先程のような少し愛嬌があった面倒くさそうな顔ではなく、冷たい仮面を付けていた。僕は仕方が無いので、右足で後ろにあった石を蹴ってどかして地面に足を付いた。それと同時に、子供が僕に斬りかかってきた。分かっていたので、今度は鞘に雷命を戻して柄と鞘の先を持って構える。子供はその構えた雷命の中心に斬りつけてきた。僕も多くの魔獣と戦ってきたつもりだったが、この子供はそのどれよりも早く動き、鋭く重い斬撃を撃ち込んでくる。その一撃は先程と変わりがない重さだったが、右足が後ろに滑り踏ん張りが利かない。どうしたってここではまともに戦えないと思っていたら、子供は氷の刃を持っていないほうの手を僕の顔に近づけてきた。
「避けきれよ、雷祇!!」
突然だった。義手の手の部分を外す時の鉄の摩れる音と同時にマシンガンの銃声が響く。驚いて僕と子供は終演の方を見た。その声が僕の耳に届いた時には、一発目の弾が子供の額を直撃した。それと同時に当たりは一瞬煙で包まれる。
“煙弾!”
マシンガンの銃声は止まずに、辺りをどんどんと煙で包み込む。その煙が濃くなるのが止むと同時に、銃声が鳴り止んだ。煙で何も見えないまま走り出していた僕は、銃声が止んでも終演の場所が手に取るように分かったので、その場所に必死で向かう。氷で足を滑らして扱けそうになるが、その度に踏ん張って走り出す。鉄が凍って軋む音の方に。そして、煙が晴れたと同時に終演に抱きつく格好になっていた。それにすぐに気づいて、僕の乗っている石を終演は蹴り飛ばして、バランスを崩した僕を受け止めずに避けた。
「何するんですか! 2つの意味で!!」
「何って、ワシはガキに抱きつかれて喜ぶ趣味じゃないんでな」
「ならせめて、石を蹴らないでください! 僕が戦ってたんですよ! 終演が驚いて固まったままだったんで」
その言葉を終演は流した。石に強烈にぶつけた鼻を押さえながら、僕は話を続けた。
「ったく。それに、 もし当たったらどうするつもりだったんですか。煙弾だって、人ぐらい殺せるんでしょ?」
「いや、殺せんよ。煙弾は、命中精度が低くて殺傷能力も殆ど無い、ただの目眩しじゃ」
驚愕する僕に、終演は続けた。
「じゃから、もしお前さんに煙弾が直撃しとったらそのまま逃げ出すつもりだったんじゃ」
呆れて声が出なかった僕の耳に、とても幼い子供の声が聞こえてきた。
「痛ッたいなぁ〜。顔狙わないでくれる?」
この時思った事は、煙が晴れていくことで確信に変わり始めた。髪の毛は短いショートヘア。目は大きくて目の色は濃い青色。首には花の飾りが付いたネックレスをして、服は下は軽そうなズボンを履いていたが、上は飾りが付いたワンピース。そうまるで、
「女の子」
この呟きを聞き取って、とても幼く可愛らしい笑顔を作って見せた。
「もしかして今まで気づいてなかった? 失礼しちゃうな、これでも結構可愛い方なんだよ。って、ちょっとキミに負けてるかも……。う〜ん。女としてはちょっとヘコむかも。でもま、そんな事気にしな〜い。ボクはこれでいいから」
そして女の子は、僕が気になっていた事を含めて話しだした。
「まあ、2対1なら少しはマシになるかな? けど、横のジジイは変な驚き方してたから、ボクとは戦えないと思ったのに。でも2対1でいいよ。どっちにしろキミたちじゃ役不足だろうから」
今まで女の子に話しかけなかった終演が急に喋りだした。ケルベロスを持っていない義手は、何かゴソゴソと動いている。
「そうじゃなぁ。2人掛りでも、お前らには今のままでは勝てん」
その言葉の終わりと同時に、今度は義手から煙弾を地面に撃ち込んだ。