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テスタメント  作者: 竜丸
37/82

第6章 アスクレピオスの杖 (8)

     14


「さて、どうするかじゃ……」“こんなくだらんことで時間は食ってられんのじゃ。この遺跡から紫月の元に向かうとなると、もう時間は極僅かしかないというのに……。目の前に、目の前にあるんじゃぞ。手を伸ばせば届くほど近い距離に……”

 部屋に充満していた煙がもう既に消えていた。入り口を、いや、欲しいはずの物を見る目とは明らかに違う視線を杖に向ける終演の横顔を、雷祇は少し怖いと思いながら見ていた。

 “まあ、紫月を見捨てるというのは少しは気が引けるが、俺様にとっては静華を守る事が一番だからにゃ”

 バナンの心は言葉とは裏腹な本心で埋まっていく。そして、頭はこの遺跡からの脱出法を探り始めていた。そんなバナンの考えなど知るはずもないカイヤックは、目を押さえながら首を振り、瞼を開けると水の中に潜ったような視界になってから天を仰いだ。

 “あぁ、ヤベェ。止まってたら、マジで倒れちまいそうだ……。しっかし、血が抜けていくってのは意外と気持ちいいもんなんだな”

 もう頭が回らなくなり始めているのか、そんな危険な思考になっていた。そして、危険ついでに“酒に酔えば……”とこの状況には相応しくない妄想までし始める。

 “一体どうなるんだ? 感覚が狂っちまてるから、逆に痛みが出てきたりしてな。まあ、酒なんてこの近くには、うん? ありゃ何だ?”

 部屋には廊下同様に、いくつもの灯りが灯されている。それは、淡く、今にも消えてしまいそうな程弱々しく。その灯りが、この風のない部屋の中で揺らいで消えそうになる。まるで天井が息を吸い込み、吸い込んだ息を吐き出しているかのように強く揺れては、また緩くなるという繰り返しで。その奇妙な現象に、カイヤックはとうとう目までもがおかしくなったのだと思い、強く目を擦り、深呼吸してもう一度天井を見た。

 “……とうとう、イカレちまったか? 天井が伸びてるように見えやがる”

 終演とバナンはそれぞれの考えを押し殺し、杖の入手法を、この遺跡からの脱出法を捜すべく話をしている。その後ろで雷祇が真剣な表情で話を聞きいているのを見て、カイヤックは改めて自分がおかしいのだと考えた。なぜなら、これ程の部屋の変化、平たかった筈の天井が音もなく、目に見えて明らかに天井の中心が引っ張られたかのように三角になっているのだから。それに、雷祇ならともかく、終演やバナンに気付かれずに起こるはずがないと考えたカイヤックは、一応確認するためにもう一度天井を見上げた。

 “……いや、何かおかしくねぇか?”

 ここで漸く、自分がおかしくなったのかに疑問が沸いた。それは、天井が先程よりも遥かに伸び、バハムートのいた部屋よりも高くなったように見え、天井の中心であろう三角の先の部分に僅かな光があるのに気づいたから。

「なあ、爺さん」

「なんじゃ、話がしたいのなら後にしてくれ」

「それじゃあ、糞猫でいいが――」

「後にしろ、糞人間」

 話をする前にあっさりと拒絶され、カイヤックは「仕方ねぇ」と雷祇に近づいた。

「何が仕方ないですか」

 そのカイヤックの顔に、雷祇は不満一杯の声でそういったが、カイヤックは「気にするな」と肩を叩いて、二人に聞こえるように離れないで話し始めた。

「天井見てくれねぇかな。俺の目にはどうも伸びて見えるんだが、雷祇にはどう見える?」

 突然意味の分からない事を言い出したカイヤックを、不審者を見るような顔で見上げた雷祇だったが、その見上げた時にチラリと見えた天井に雷祇の視線は釘付けになった。それは、カイヤックが先程見ていたときよりも明らかに変化が起こっていたため。ただ天井が上に伸びただけでも不思議な現象なのに、その伸びて灯りが灯された部分に何かが、夏の夕暮れ時の水辺に小さな虫が飛び回っているかのような何かが見えたから。それを見て雷祇が呟くように「何だあれ……」と、得体の知れないものを見た時の不安が混じった声に変化をしているのに気づいて、終演とバナンも天井を見上げた。

 “む? なんじゃ、部屋の形が変わっておるのか。この変化に気付かんとは、なんと情けない……。それに、あれはなんじゃ?”

 “あの光は……。地上の光か? それにゃら、脱出は可能にゃようだ。がしかし、あの飛び回ってるのが気ににゃるにゃ”

 全員が飛び回る何かを見上げている空白にも近い時間。けれど時は確実に進み、手招きをする。


 “お目覚めなさい、静華”

 “……、は、はい……”

 “先程の疲れ、ですか……。どうしますか、このまま眠っていますか?”

 “どういう意味、ですか?”

 “今あなたは、杖のある部屋まで来ている、が、ここはあなたへの試練が課せられた部屋。今までなら、どうにかあなたの仲間で越える事ができましたが、ここはあなた以外で越える事は不可能です。それに、あなたには考え込む時間はありません。なぜなら、この部屋に進入した者に対しては、たとえ杖を取る事が出来ない者達に対しても、最後の罠が発動するのです”

 “最後の、罠?”

 “自分で言うのもなんですが、かなり強力な罠です。私の予想では、あなたの仲間では止める事すら敵わないと思いますよ”

 “そ、そんな……。分かりました、直ぐにでも――”

 “そうだ。この試練の詳細を話さなくてはいけませんね。終わらせる方法は、静華、あなたが杖を手に入れれば、それで終わります。では、聞きます。あなたは今、生きてきた中で最も熱い血が流れているのを感じとれますか?”

 “あ、あの――”

 “とれますか?”

 “は、はい”

 “よろしい。なら、その血の導きに耳を、体を貸しなさい。あなたの力が本物ならば、あなたがテスタメントになれるのならば、杖の元に辿り着けるでしょう。もしテスタメントになれないのならば、その時は死があなたを待っています”



 バナンは天井を見上げながらも、背中に乗っている静華の体温が異常に上がっていくのを感じ、鬣で静華の体を覆い始めた。それは静華を守るためなのか、それともどこかに行ってしまうのを恐れて阻止しようとしているのか、バナン自身も分かっていなかった。ただ今は、天井付近の怪しい物を見極める必要があると、気持ちが静華から離れていた。

「来るぞい!」

 その飛び回っていた物の一つが急降下で、雷祇達の元に降ってきた。それが何かも理解出来ていなかった皆だが、少なくとも味方ではないことだけは理解が一致しているらしく、全員が戦闘態勢を整えた。それがまるで合図だったように、部屋に入ってきた廊下に石の扉が下り始める。その時に発せられる音に皆が揃って注意を引き付けられてしまい、落ちてくる物への注意が疎かになった。

 “にゃんだ? 鬣が解かれる”

 その落ちてきた物は、バナンの背中で鬣に包まれる静華の上に落ちてきた。そして、その物が背中の鬣に触れた瞬間、鬣が普通の髪の毛のように力無く掻き分けられ、静華が露にされた。

《糞!》

 その声と共に、バナンはその物を鬣で括りつけようとしたが、一切受け付けられず鰻を掴む時のようにするりと抜け出された。

「顔伏せとけよ、糞猫!」

 バナンの声で振り返っていたカイヤックは、いつものような大振りではなく、的確にその物を捉えるような振りで斬りつけた。

 “この感覚、あの槍か?”

 その物にイクリプスが触れた瞬間、最初の部屋で槍を斬りつけていた感覚がカイヤックの手に蘇った。それは当然の事ながら、この物を斬れないという事。それで斬るのではなく、弾き飛ばす考えに変わり、力の込め方を変えて槍をバナンの背中から壁際にまで吹き飛ばした。

「爺さん!」

「分かっとるわい」

 カイヤックが声をあげた時には、既に終演はケルベロスで狙いを定め、その物に向かって撃ち込んでいた。そして、その物が壁にぶつかるとほぼ同時に、ケルベロスの弾が触れ弾けると、黒の塔で使用したスライム状の液体がその物の動きを止めた。

「あれは、杖、ですか?」

 何十年とコンビを組んでいたような一連の動きの中に入り込めなかった雷祇は、少し悔しく思いながらも、その物の詳細を誰よりも詳しく捉えていた。そう、上から降ってきた物は杖だった。ただその杖は、部屋の真ん中にある杖とは違い、ただの棒切れにも見える。

「そのよ――」

 壁に磔にされ動く様子のなくなった杖を見て、終演、バナン、カイヤックは上を見る。その3人とは違い、雷祇だけは壁に磔にされている杖を見ていた。

「動きが止まったか」

「来るぜ!」

《お前に言われにゃくても分かってる!》 “鬣の感覚がおかしい……”

 蟻の巣ほどの小さな光の穴が見える天井付近を飛び回っていた杖達が、一斉に動きを止める。そして杖達は床に向かって、終演たちに向かって降注ごうとしていた。

 “……どうやって杖が飛んでるんだろう。まあ、でも、鎧も動いてたし、魔法かなに、!”

     ドゥクゥン!!!!!!!! 「終演!」ドゥクゥン!!!!!!!! ドゥクゥン!!!!!!!!

 ケルベロスの大砲から天井に向けて放たれた、スライム弾の三連発の爆音が響く。それによって、雷祇の声は掻き消されたかに思えたが、バナンには届いていた。ただ、バナンは雷祇の言う事を真剣に聞くきではなかったようだ。

「クッ!」

 それでもどうにか『ある事』を伝えようとした雷祇だったが、それはスライムを破るように抜け出した杖によって阻止された。

「これで時間が稼げるはずじゃ」

 けれど少しは気になるのか、バナンは振り返り雷祇を見ようとしていた。それに気づいて終演も雷祇の方に目をやるが、制御が利かないのか、一本一本が蛇のように動いているバナンの鬣によって視界を遮られた。

「どうにかして策を――」

《避けた方がいいと思うぞ》

 終演がそれでも見ようとしていたが、バナンがその言葉と共に、反転と横跳びを同時にした。そこで漸く視界の開けた終演が見たのは、自身に一直線に向かってくる杖だった。

「効いとらん、!」

 飛んでくる杖を叩き落そうとケルベロスを振り上げた時に、終演は違和感を覚えた。それが何なのか気づいた時、終演の前をカイヤックが横切り、横切った影を貫くようにして杖が終演の目前まで迫る。

「糞猫! テメェ何やってやがった」

 叩き落した杖が床を転がる音が響く中、その怒号が飛び、バナンがカイヤックを睨みつけようと振り返る。その横を雷祇が走りぬけ、カイヤックと共に透明な壁の入り口に向かって手を伸ばす。

「静華!」

 二人の手は、何も見えない、まるで空気の道の上に踏み込んだような静華の、透明な壁の入り口から唯一出ている手に向かって伸ばされた。

 “届け!” “よし、掴んだ!”

 どうにかこうにかカイヤックが静華の手首を掴み、それで少し止まった所で雷祇は静華の掌を掴んで、二人で静華の体を透明な道の上から引き摺り出そうとした。が、普段の静華ならカイヤックどころか、雷祇に手を掴まれても動けなくなるのに、今回ばかりは違っていた。

 “何だ? どうなってやがる!” “壁! どうして!”

 二人が少し混乱する中、終演とバナンも駆け寄り、終演は手で、バナンは尻尾で静華の手を掴んで引っ張る。だが、それでも静華の歩みが止まる事はなく、そこにはなかったはずの、少なくとも静華の周りにはないだろう透明な壁の中に静華の手が飲み込まれていく。

《にゃにやってる! もっと引っ張れ!》

「ウルセェ、やってるだろうが!」

 手首を掴んでいたはずのカイヤックの手が、透明な壁にぶつかっているのか静華の掌を掴んでいる雷祇の手を覆う形まで下がっていた。バナンは雷祇が掴んでいない指に尻尾を巻きつけていたが、それを押すようにして雷祇の手が下がってくる。この時には既に終演は手を離していた。

「止まら、ない」

 透明な壁に吸い込まれていく静華の手を、意地でも離すまいと三人は力を込めるが、どんどんと静華の手の持てる部分が少なくなり、掌から指に下がり、長い指三本にまでなった。

 “糞! にゃんで気付かにゃかった!”

 警戒していたはずの静華の動きに気付けなかった、悔しい思いが心の中に溢れ出たバナンの尻尾から逃げていくようにして静華の指が透明な壁の中に入り込み、静華の体が完全に透明な道の上に乗った。

「お前さんたち、悔しがるためにはまずワシ等が生き残り、静華嬢を助けれんかった時にしろ」

《にゃん――》

「上か!」

 終演の構えが変わっていることにいち早く気付き、カイヤックが声を上げると、雷祇とバナンは上を見た。そこには、スライムを突き破ろうと床に向かって何本も伸びる長い棒が見えた。毬栗の棘のようになったスライムが今にも弾けるという時、終演が動き出す。

「これならどうかのう」

 ケルベロスからの爆音と共に飛び出した砲弾が、四人に向かい飛んできていた、終演が叩き落とした杖に当たり弾けると、中から液体が飛び出した。

 “やはり、これは効くんじゃな……。じゃが……”

 終演の戸惑いを無視するかのように、天井を覆っていたスライムが弾けて消えた。スコールの降り出す瞬間を見ることが出来たのならばこのような感じなのだろうという光景、無数の数え切れない杖が床に向かって、雷祇達に向かって一斉に降注ぎ始めた。



 “私はただ静華を導くだけ。もし資格があるのならば、杖の元に辿り着けるはず……。さあ、私の手を掴みなさい”

 静華は透明な道の上で、片手を前に突き出しながら歩き始めた。

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