表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テスタメント  作者: 竜丸
36/82

第6章 アスクレピオスの杖 (7)

     12


 その後、終演に言われるまま出口に向かって歩き出す雷祇。そこで疑惑が確信に変わる。鎧が自分とまったく同じ動きをしているのだと。

 “でもなんで鎧に居合いをさせたんだろう? でもまあ、真似するだけなら戦わないで済むだろうし、そこまで気にする事ないか”

 などと、軽くこの部屋を越えれると思っていた雷祇が、後5歩も歩けば出口に着くときだった。目の前に終演達が現れたのは。

「あれ? これ、って……」

「雷祇、お前瞬間移動できるのか。スゲェな、おい」

《馬鹿だ、度を越えた馬鹿だ》

 目を輝かせながら、カイヤックは雷祇に教えてくれと頼みだす。そんなカイヤックに呆れながら、バナンは終演の側によっていた。

《ただの物真似だけがこの部屋の仕掛けじゃにゃいみたいだにゃ》

「大体は想像出来ておったんじゃが、確信が持てんかったからのう。雷祇にやらしたものの、見えたのはワシでも少し厳しいといった答えじゃ」

 ほぉ〜と、感心でも溜息でもない声を漏らしてバナンの尻尾が揺れ動く。

「じゃがまあ、ワシがそう簡単に殺られるはずはないじゃろう。今までの経験と、客観的に見てもそう言い切れる。お前さんの思うとる様になりはせんよ」

 ふんと鼻を鳴らして、今度は分かりやすい苛立ちの態度が漏れた。その姿に終演は満足して、雷祇に雷命を貰う代わりにカイヤックにはケルベロスを投げて渡した。雷祇が雷命を投げたと同時に飛んできたケルベロスを、両手で腹の辺りに受け止めると飛んできた勢いと重たさで後ろに扱けそうになる。

「危ねぇな爺さん。こいつ重てぇんだからあんま投げんなよ」

 雷命を片手で受け止め、そんなカイヤックを見て少し固まると、終演は何も言わずに鎧に向かって歩き出した。

 “時間がないのは、紫月だけではないみたいじゃのう”

 鎧の前まで行くと、静かに雷命を鞘のまま構えて目を閉じた。

「あの、カイヤックって終演と昔から知り合いなんですよね?」

「うん? あ、あぁ、まあ、雷祇よりは爺さんの過去を知ってるな」

 じゃあと言うと、終演の背中を見ながら雷祇は続けた。

「たまに剣を使うじゃないですか、終演って。しかも、メチャクチャ上手い。僕と2人だけの時にも、稀にですけど僕から雷命を借りたりしてたんで見てるんですけど、本当はかなりの使い手だったんじゃないですか? 多分、今剣同士で戦っても、僕じゃ足元にも及ばないと思うんですけど」

「そうだろうな。俺でも勝てねぇよ、爺さんには」

「え、カイヤックでも勝てないんですか?」

「多分、な」

 雷祇がまだ何か言おうとしたが、終演が動き出したので口は言葉を発する時のまま止まって、代わりに部屋の中には鈍い、けれど鋭くぶつかり合う金属の音で埋め尽くされる。居合い抜きの格好から大きく一歩踏み込み、鞘のまま鎧の胸に斬り込むが2つの剣が2つの影の間で交錯して空気がバツの字に切り裂かれ、互いが無傷に終わる。だがその攻撃は、点ではなく線。留まる事の無い川のように、上に流れていた腕が斜め後ろに体重移動をする体とは違い、顔の真横の辺りに辿り着いた時には水平に流れ出す。

 “同時か”

 鎧も負けじと、終演の動きにピッタリと付き添い、顔に向かって剣を水平に動かしていた。ここで雷祇の中に違和感が生じた。

「あれ? 鎧ってあんなに小さかったですか?」

「そうだな。そういやぁ、縮んでる様に見えるな」

「じゃあ鎧は動きだけじゃなく、体の大きさまで同じになるんですね」

 その事を鎧の前に立った時に気づいていた終演は、ややこしさが増したと感じてはいた。だがこんな所での足止めは、かなりの時間の無駄になると感じて強行していたのだ。

 “無理かの”

 雷命が鎧の兜、人間で言う所の蟀谷こめかみに一直線に向かっていた。それは同時に、鎧の剣も終演の蟀谷を叩こうとしている事になる。この時終演は微かに、本当に微かに、戦っている人間でもごく僅かしか気づかないであろう違いに気づく。

 “ならば!”

 その攻撃は続けながら、体を後ろに下げるのを止めて片足に全体重を預けると、その足にさらに負担を掛けるように、相手が人ならば目の前から終演を見失うほどの速さで屈む。終演の頭上ギリギリを鎧の攻撃が通過するその寸前には、2本の足が交差するように前に出されており、終演と鎧の兜がぶつかる寸前で止まる。

 その速さに皆が驚く暇なく、兜を狙っていた雷命を今度は剣を持っていない方の腕、地面に指を立ててバランスを取っている腕に打ち下ろす。この時既に、終演は鎧の動きを見なくなっていた。自分の力を信じて、今までの経験を信じて。そうすることで、終演の動きはさらに速さを増し、己が動きにだけ集中する。剣を持たない片手はバランスを保つためだけに地面に触れているのではなく、次の行動に素早く移る為の起爆剤でもあった。その事に鎧は気づくはずもなく、終演が指を弾くように、地面を強く押し、前に突き出していた足に力を込めて、体を急浮上させる。

《……》

 この時の鎧の動きと終演の動きの違いにいち早く気づいたバナン。それに遅れる事、数秒でカイヤック。そして雷祇は、音で気づく事になる。叩き込んでいた雷命が地面を強く叩き、その音に被さるように鎧の剣が地面を叩く。それはやけに耳に残るブレとなって、部屋に響く。そして終演の自信も確信に変わり、地面に雷命が着いた瞬間から始めていた体を起こす作業を止めて、次の動きの回転に動きを変える。

 “このまま、押し切る!”

 回転の最中、丁度鎧に背中を見せ始めた辺りから終演は踏み込み始めていた。それを見てからのように、真似するように、既に鏡のような同一の動きから遅れて鎧も足を踏み出し始めていた。この時には既に、終演は鎧を攻撃す段階へと移行していた。もう戦いの中に身を置く者にならハッキリと分かるほど鎧は遅れ始めている。雷命が鞘から抜き出されていく、それに遅れて鎧も鞘から剣を抜く。

 “遅い”

 終演の目が捉えるのは、生物にとっては弱点の首。そこに冷静な目で、自らの攻撃が当たる時間と鎧の攻撃が届く時間を計算して、いけると踏んだ終演は雷命で首を捉え、鎧の兜を斬り落とした。だが、鎧にとって兜を斬られたからといって動きが止まる事があるはず無く、終演は首に冷たく触れる氷よりも冷たい物を感じていた。

「終わりじゃ」

 その言葉どおり、首筋に触れていた剣が地面に叩き落される。雷命が叩き落したのだ。そして終演は、抵抗できなくなった鎧を容赦なく斬りつけ、バラバラに砕け散らした。

「ほれ、終わったぞい。さっさと先に行くぞ」

 カイヤックに向かいながら雷祇に雷命を返して、カイヤックからケルベロスを受け取ると平然とした顔つきのまま終演は出口に向かって歩き出す。その後に不満足な表情でバナンもついていく。

「す、ごい……。僕なんかより、全然、速い」

 先程の終演と鎧の動きが雷祇の頭の中では何度も、色々なタイミングから上映されていた。目に焼きついた姿のまま。

「ボーっとしてっと、置いてかれちまうぜ」

 そんな雷祇の背中を軽く、珍しく強すぎない力で叩いてカイヤックも出口に向かった。

「あ、はい」

 終演の凄さでいつもとの違いに気がつかないで雷祇も出口に向かった。

 “流石、初代剣神だけの事はあるな”


     13


 長く続く、この遺跡に入ってから初めて何もない廊下。この廊下を通る者を焦らしているかのように、ただ静かに闇を湛え、奥へ奥へと手招く光に誘われながら終演は走り出したい気持ちを抑えて、それでも抑えきれない気持ちが溢れる位の速さで歩いていた。

 “し、静かだ。遺跡の中で、これだけ静かなのって初めてなんじゃ。足音すら聞こえない……。この廊下の奥は遺跡の最深部なんだろうか? それにこの状況、しゃ、喋れない……。そんな雰囲気じゃない、よねぇ〜。いつもならカイヤックが話しかけてくるのに、無言だし。緊張するな”

 そんな事を考えている雷祇の前を、ふら付くのがバレないように気力だけで平静を繕いながら歩いているカイヤック。

 “ヤベェな、かなり血が抜けてきてやがる。目も翳んできてるみてぇだし、早く目的地に着いてくれねぇと、血がなくなっちまう”

 バナンは背中の静華の変化に気がついていた。それは、廊下の奥に進むたびに刻一刻と高まっていた。

 “鼓動が早い。熱も上がってきたのか? 帰ろうにも後ろの道は出口につにゃがっていにゃい。にゃにか、にゃにか嫌にゃ予感がする。このまま本当に進んでいいのか……。俺様の考えが当たっているにゃら、もしそうにゃら、にゃんとしても阻止しにゃいと静華を守りきれにゃくにゃるかもしれにゃい……”

 それぞれがこの静かな廊下で、十分深く考える事が出来る波立たない時間の中で、自然と思考が働いていた。そしてそれは終演も同じだったが、何時何が起きるか分からないこの状況で、そうなるのは危険だと自分に言い聞かせて集中力は途切れさせないでいた。そしてその状態のまま、どうやら廊下は終わるようだ。

「部屋に入るようじゃ。もう一度集中しなおすんじゃぞ」

 その言葉を聞いた雷祇達は、先程までと違い一気に集中力を高めて部屋の中に入った。

「どうやら、ここが最後の部屋らしいの」

 その言葉を裏付けるのは部屋の中央の海に浮かぶような孤島。バハムートがいた部屋並の大きさの部屋の中央に、1メートル四方の正方形の床に突き刺さる一匹の蛇が絡みついた杖があった。その床に辿り着くには、20メートル以上の大穴が開いている。全方向に同じように。

《にゃんだ。最後は随分簡単にゃわにゃじゃにゃいか》

 普通の人間だけならば到底届きそうもない距離だったが、バナンは空を飛んでいるのでまったく関係がなかった。そして、警戒はしながらも杖に向かって飛んでいこうとした時、この部屋の仕掛けがそれだけではないと気づいた。

 “壁……。透明にゃ、壁か”

 それは、飛んで杖に向かう者を遮るかのような透明な壁が存在している事。それに気づいて、真っ直ぐ向かわず、杖の真上から向かおうと上昇を始める。バハムートがいた部屋と同じくらいだといっても、高さはそこまで高くはなく、この部屋自体が30メートル四方のサイコロの様な形をしている。

「何だ? 一体何してんだあの糞猫は?」

「いや、よく分かりませんね」

 2人には壁が見えていないので、バナンの行動が不思議だった。そんな言葉には聞く耳持たず、バナンは20メートル付近で壁が無くなっている気がついた。無くなっているといっても、壁がなくなっているのではなく、上に続く壁がなくなっているだけだが。

 “部屋もサイコロ状にゃら、この透明にゃ壁もサイコロか……”

 透明な壁の天井付近を一通り見回して、入れる場所がないと分かるとバナンは終演達の元に向かった。

「壁があるんじゃよ。分からんか? 光の反射があるじゃろう、何もないはずの場所に」

 雷祇とカイヤックは、終演ならバナンの動きを分かるだろうと思って尋ねていた。

「そう言われてみれば……」

「確かに壁があるみてぇだな」

 “雷祇はともかく、カイヤックがこの程度のことに気付かんとは……。ただ情けないのか、それとも相当頭にきてるのか、まあ、どちらにしろ、これが一番厄介かもしれんの”

 雷祇とカイヤックが透明な壁に触れて不思議がっているのを見つめて、不安が増した終演の側にバナンが戻ってきた。

《入り口は見つからにゃかった。どうするんだ? このまま遺跡の出口を捜して帰るか? まあ、俺様はその方がいいと思うが。にゃにせ、入れにゃいんじゃ――》

「危ないぞい」

 バナンの言葉を無視すると、終演は雷祇に向かってあるものを投げていた。それに気付くと、当然の如く雷祇とカイヤックは壁から離れるが、その物が壁に付くほうが早かった。そして、その物が壁に触れた瞬間、透明な壁を包み込むように煙が噴出した。

「これで直にすれば入り口が分かるはずじゃ。どうやら、お前さんは静華をそのままにしておきたいようじゃが、ワシには紫月を助ける唯一の手段なんでの。どうしても静華には正式な契約を結んでもらわねばならんのじゃ」

《フン、分かった。だがにゃ、今回の事が落ち着いたら雷祇や静華、この前の2人の事とか詳しく教えてもらうぞ》

 バナンがそう言って睨みつけようとしたその視線の先に雷祇が飛び出してきた。

「何で終演は注意を促すより行動するのが先なんですか!」

 そう叫んだ雷祇だったが、終演の目を見てみると視線が違う場所にあることに気がついた。そして、その視線の先を雷祇も目で追った。

「どうやらあそこが入り口らしい」

 そう言って終演はその場所に向かった。

「おいおい、何も見えねぇじゃ、って、そっちいってんのかよ」

 その頃になって漸くカイヤックも煙の中から脱出できた。そんなカイヤックを誰一人気にする事無く、透明な壁の入り口の前に集まって、最後の罠のややこしさを痛感していた。

《前言撤回だ。この最後の仕掛けは、厳しいかも知れにゃいにゃ》

 そう言ったバナンの目には、透明な壁の入り口に吸い込まれる煙が映っていた。それは本当の意味での吸い込まれる。煙が全て穴の底に向かって流れているのだ。それも、微風ではなく強風ほどの勢いで。

「見えない道じゃろう。これは透明な壁と違って何も見えず、道を踏み外せば底に引きずりこまれるようじゃ、何も見えない闇の底に」

 煙は闇の中に引っ張り込まれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ