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テスタメント  作者: 竜丸
32/82

第6章 アスクレピオスの杖 (3)

     5


「やはり無傷なようじゃな」

 入り口のとき同様に、終演は手投げ爆弾で破壊しようとしたが、無傷で扉は煙の中から現れた。バナンは天井を見上げながら、逃げ道のない今の状況を打開する事とは違う事を考えている。

 “扉はおそらく開かにゃいだろう。俺様の爪でも無理だろうし、圧縮弾でも壊せにゃいだろう。この状況、脱するには神の力でもにゃい限り無理な話しだ。でもまあ、ここは神の遺跡だし、にゃい事はにゃいかもしれにゃいが。……ふん、あるかどうかも分からにゃい力を頼ろうとするにゃんて、俺様どうかしてるにゃ。静華を守るのは俺様だ、俺様の力で今度こそは……。って、”《五月蝿いぞ! 糞人間!!》

 部屋の中には、天井が下りる時に削れる石の音以外にもう1つ、キーンと透き通るような体の奥に突き刺さる大きな音が響いていた。

「別、に! いいじゃねぇ、か! これさえ斬れ、りゃ! 逃げ道も出来る、し! この珍しい鉄、も! 手に入るんだ、ぜ! 糞猫」

 そのもう1つの音は、道を塞いでいる槍をカイヤックがイクリプスで斬りつけている音だった。

「鉄? 何で言い切れるんじゃ? ワシはそれを見て鉄だとは思わんかったぞ」

 終演も考える頭を休めて、何度も何度も諦めずに斬りつけるカイヤックに向き直っていた。

「あぁ? だって、よ! イクリプス打ち付け、る! 時の感触、が! 鉄なんだ、よ!」

 それに納得した様子で、終演は諦めずに頑張るカイヤックに分かるように、ある場所を指差した。

「カイヤックよ。それを斬るのは、少なくとも今のお前さんでは不可能じゃろう。ワシの予想ではその槍、鉄ではないからのう。ここの遺跡に使ってる石から作り出した、新たな金属なんじゃとワシは考えておる。それにじゃ、もしその槍が鉄であったとしても、床よりも硬い鉄を使うとは思わんか?」

「何言っ、て! やがるん、だ?!」

 止めようとしないカイヤックに、終演はここを見ろと先ほど指差した場所にまで行って、足元の少し欠けた床を指差した。

「分かるかの、ここが欠けておるのお。ここは先ほどお前さんがその剣を投げたとき、唯一欠けた場所じゃ。全力で投げたその剣で、その槍よりも柔らかいであろう床でも、たかが一欠けしか出来んかった。全て言わんでも分かるじゃろう?」

「で、何、が! 言いてぇん、だ?!」

 口に出さなければ分からないカイヤックに呆れながら、集中が出来ないと言い、さらに続けた。

「それにお前さん、それを手に入れたいとか言っておったが、とっくに槍の先が足に刺さっておるではないか?」

 その言葉でようやくイクリプスを振るのを止め、終演に言われた足に目を向けた。すると、血に染まる槍の先が自分の脹脛の始まり辺りを貫通しているのを、そこで始めて気づいたようなリアクションを取った。そのおかしな行動に終演とバナンは呆れて言葉もない様子だったが、そんなおかしなカイヤックを相手にするのは勿体無いと、終演は今の状況を打開する術を考え始めた。

《だからさっきも言っただろ。まったく、自分の足を貫通してるのも気づかにゃいほど糞人間は鈍感にゃ様だにゃ》

 哀れみを全面に押し出した言葉と態度だったが、カイヤックはその槍の先を手に取り眺めている。

 “にゃんだ、今日は随分反応が悪いにゃ。つまらん”

 “どうやらこりゃ、随分不味い状況だな。早くしねぇと、殺される前に死んじまうな”

 カイヤックはポケットに槍の先を入れると、暴れた事を少し後悔して素直に逃げ出す術を考え始めた。

「最悪だよ。何でいっつも僕はこんな状況に。この壁壊そうにも、さっきの2人の会話聞いてると挑戦する気すら失せるし、かと言ってこのまま死んでいくのも嫌だしな……」

 1人部屋の角に頭をつけながら、雷祇はブツブツと呟いていた。

「抵抗した所で無理ですよね、無理なんですよねぇ〜。はぁ〜、短い人生だったな……。まさかこんな中途半端に終わるとは思わなかったけど。どうせなら、もっと派手に死ねるほうがマシだよ。こんな森の中の遺跡の中で、天井に潰されて死ぬなんて……。僕の人生、なんだったんだろ」

 自分のあまりにも暗い考え方に、頭を振って意識をはっきりさせると、誰もいない角に向かって笑顔を浮かべ、また独り言を言い始めた。

「そうだよ、せめて明るく考えなきゃ。そうだ、こういう時こそ、今までの楽しかった事や、奇跡的なこと、良かった思い出を思い出して、明るい考えに導こう! そうだよ、そうだ。じゃあ、楽しかった事は、っと」

 考え始めて1分後、さらに雷祇は落ち込んでいた。


 “随分近くに力を感じていましたが、まさかあなたでしたか。少年は素直で優しい子の様なのに、あなたとはまた可哀想な……。いえ、そう意味ではありませんよ。ただ、流石のあなたでもこの状況を黙って見過ごすわけにはいかないでしょう。この今の世界の状況、正常ではないですからね。少年がここで死ねば、さらに世界は混乱に陥るでしょう。それに、ここでは今のあなたでも十分、少年が正常のまま力を貸せるでしょう”


「楽しかった事なんてなに1つないじゃないか……。奇跡的なことは何度もあったけど。それでも、最悪の事態からの奇跡の脱出なんだけどね……。こんな人生、どんなとこで終わったって大して変わらないな……」

 灯りが点っているとはいえ暗い部屋の中、その部屋の1つの角をさらに暗く雷祇がしていた。

「何落ち込んでんだ、雷祇」

 言葉と共に、カイヤックが雷祇の頭をグシャグシャに撫でた。払おうとしても動かせないほどの力に、殴りつけてでも動かそうとするがビクともしない。

「やめ、てくださ、いよ!」

 体全体を無理矢理動かされ、まともに喋る事も出来ない雷祇。それが楽しいのか、カイヤックはますます力を込めて雷祇の頭を撫でる。その時だった、雷祇が突然両手で頭を押さえて呻き声と共に前のめりになったのは。

「ど、どうしたんだ、雷祇。ちょっと、強くやりすぎちまったか? なあ、おい」

 慌てる声が届かないほど、頭を引き裂かれそうな痛さに雷祇は襲われていた。

 “なん、だ、これ。頭が、から、だが、千切れ、そ、うだ”

 声にならない声で呻いている雷祇の事が、流石に心配になったらしく終演も駆け寄る。そして、体を起こそうと肩に手を伸ばした時に、雷祇の体が異状な熱を帯びていると気づいた。

「これは! 雷祇、落ち着け、落ち着くんじゃ!」 “間違いじゃったか、雷祇をここに連れてきたのは”

 “こ、え……。誰、で、すか? え……。ここ、を、脱、出できる、方法が、ある、ん、ですか?”

 終演の慌てぶりを不審に見つめるバナンだったが、特に手を貸そうとはせず、この状況を抜け出す事だけを考えていた。

「おい爺さん、ゆっくりしてる暇ねぇぞ! 天井が半分近くまで下りてきてやがる」

 正面に回りこんで雷祇を起こそうとしている終演。その姿を見ながらも、カイヤックは天井が近づいている事を教えたつもりだったが、終演の耳には届いていなかった。目に映るのは、金色に染まったり、黒く戻ったりする雷祇の瞳だけだった。

「止めんか! 雷祇!」

 終演の言葉と同時に、落雷の如く突然雷祇の体の周りに光が走り、髪の毛が金色に染まった。

 “馬鹿、な。染まった、じゃと、金色に……”

 無言のまま立ち上がった雷祇だったが、終演が邪魔だったらしく一言話した。

「少し退いてくれ」

 その話し声、話し方、全て聞き覚えのない終演の横をスルりと抜けて、雷命を抜くと一番遠くの扉に向かって走り出した。それはまるで稲妻の如く。その様子に唖然とするカイヤックとは対照的に、今にも襲い掛かろうとするほどバナンは神経を尖らせた。だが、どちらも相手にする事無く、雷祇はその勢いのまま扉を破壊して廊下に飛び出した。

「はぁはぁ……。早く、皆こっちに」

 廊下に出て、急ブレーキと共に金色はどこか遠くに飛んでいった。そんな雷祇が床に膝を付きながら振り返って皆を呼んでいたのだ。固まっていた終演だったが、表情を今までで一番険しくすると、カイヤックとバナンに向かって廊下に出ろと指示をした。

《言われにゃくても、そうする》 “雷祇の力というのが癪に障るが”

 そう思いながらも、一番最初に走り出していた終演の次にバナンは飛んで廊下に向かった。その最後尾についていたカイヤックが部屋の中央近くに来たとき、部屋の端のほうで何かが落ちているのに気づいた。

 “ありゃ、嬢ちゃんのペンダントか? 糞、見つけちまったんだから仕方ねぇか!”

 そう心に言うと、イクリプスを上手く廊下に投げ、静華のペンダントを拾いに部屋に来た廊下に向かって走り出した。

「何やってるんですか! カイヤック!」

「あの馬鹿、何やっとるんじゃ」

 “フン、そのまま潰れて死ね”

 そんな言葉を聞くよりも、カイヤックは懸命に足のエンジンを全開にして、ペンダントまで辿り着いた。その時、カイヤックは既に真っ直ぐ立てないくらいまで部屋の天井は落ちていた。

 “不味いかも知れねぇな”

 かなり危ない状況に、なぜか引きつった笑顔になりながらも、カイヤックは廊下に向かってペンダントを投げた。

「嬢ちゃんのだ、ちゃんと受け取れ」

 その言葉を聞いて、バナンは飛んできたペンダントを鬣で受け止めた。そしてその時初めて、静華の首からこのペンダントがなくなっていることに気づいた。

 “まさかあの糞人間、このために。とんだ馬鹿だにゃ”

 邪魔するつもりでいたバナンだったが、呆れて少し廊下の奥に進んで静華の首にペンダントをつけた。もう少しで脱出できる距離にまで来ていたカイヤックだったが、もうすでに走るのが限界の高さまできており、最後は滑り込むように廊下に向かった。

「早く!」

 “ヤベェ、間に合わねぇかも”

 そして部屋は大きな音と共に完全に閉じられた。

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