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テスタメント  作者: 竜丸
30/82

第6章 アスクレピオスの杖 (1)

     1


「ふぁぁ〜あ。あ、おはようごばぁ!」

 寝惚け眼の雷祇らいしが目を擦りながら背を伸ばすと、その持ち上げた上半身が千切れそうなほどの暴風がそこには吹き荒れていた。それに加え周りの音は暴風に掻き消され、景色は空に浮かんでいるはずの雲の中を突っ切って青空に飛び出したところと、雷祇にはまったく状況を理解できる余地がなかった。

「ば、ばびがびっばいっべ、ぼべべぶ!(な、何が一体って、燃えてる!)」

 上半身だけが先に進むのを拒絶しているように後ろに反れている状態でも、気づいた事はあたり一面火の草原と化している事。それでますます理解不能に陥った雷祇の背中に、カイヤックの手が力強く添えられて、状態を戻してやろうとしているのか前に向かって押し始める。

 “いや、カ、カイヤック、まだ、まだ、さっきの方が、マシ、なんだけど!”

 先ほどまでは上半身が飛んでいきそうではあったが、命の危険までは感じていなかった雷祇。だが今は、背中をカイヤックに押され始めた事で異常に首に負担が掛かり、今すぐにでも千切れそうなほどの激痛に見舞われていた。

 “あ、あぁ、無理。絶対無理。これ、確実に、首千切れるから……”

 激痛を瞬時に越えてもはや何も感じなくなった雷祇は、もうどうにでもなれといった表情で空を飛んでいる何かの上でさらに空を見上げた。

 では一体、なぜこのような事になっているのかと言うとそれは。



今から1時間と20分程前

「これがお前さんの‘契約獣(けいやくじゅう)’なんじゃな」

 大きな木の家の前の広場に、紫月しづき以外の全員が集まりあるモノを見ていた。まだ太陽が出ていないのに待ちきれない朝の光達だ空を少し明るく染める時間ではあったが、広場の真ん中だけは異常に明るく火に照らされている。そこにいたのは先程終演しゅうえんが‘契約獣’と呼んだ生物。

「こいつぁまた、大した魔法だなぁ」

「火の鳥、と言ったところかの。フェニックス、とか言う神獣かのう?」

 フェニックスという言葉に黒火くろひは驚愕し、慌てて頭を振った。

「い、いえ、違いますよ! 神獣の契約獣なんて聞いたことありませんから!」

 慌てるとつい声が大きくなるらしく、体を小さくするように少し顔を赤らめて小声になった。

「わ、私は、少なくとも、私の魔力では到底不可能です。もしかすると、世界中を捜せば神獣や話獣と契約している方もいるかもしれませんが……。この子の元の姿は、魔獣キャリバー・クラウドです。名前はフレイって言うんです」

《ほぉ〜。俺様のようにゃ話獣や神獣には及ばにゃいが、中々強い魔獣じゃにゃいか》

 ここで何かを思い出したように、カイヤックが腕組みをしてバナンに近づきながら聞いた。

「おい糞猫。前々から気になってたんだがよ、神獣や話獣って奴は何で呼び方が違うんだ? まあどっちも魔獣から進化したってのは知ってるんだがよ」

 カイヤックが自分に対して質問をしてきたのがよっぽど気持ちよかったのか、カイヤックの背よりも高い位置に上昇して見下しながら話し始めた。

《まあ普通の、いやちがうにゃ、愚かにゃ神の子の人間の中でも底辺の位置に存在する糞人間では、到底知るはずもにゃい事だにゃぁ〜。そんにゃ惨めにゃ糞人間に、この俺様が今からありがたくも説明してやる。心して聞けよ》

 “この、糞猫”

《元々、話獣も神獣も魔獣っていうのは知ってるんだろ。それにゃら簡単だ、魔獣からの進化の仕方が話獣と神獣という違いに繋がるんだ。話獣ってのは人との共存のために会話を選び、神獣ってのは人を滅ぼすために力を選んだ。分かるか糞人間、俺様たち話獣は共存を選んだんだ。だからあの時殺さにゃかったんだぞ! とまあ、そんにゃ感じにゃんで話獣にゃらともかく、神獣と契約にゃんてほぼ不可能だ》

 バナンの言葉に半分近くは納得したようだが、まだ半分近くは納得出来てないカイヤック。

「……まあ、話は大体理解できたがよ、俺達襲ってきたじゃねぇか糞猫」

《……長く生きてれば嫌ににゃるんだ、人間ってやつが》 “本当は、本当は違うんだろ親父? 俺様たち話獣が進化した理由って……。だから親父はあいつ等に殺されたんだろ”

 2人の今必要のない会話に終演の苛立ちが募る。

「何やっとるんじゃ、さっさと行くぞい」

 終演はそう言って契約獣フレイに近づいていくが、2人は完全に腰が引けていた。

「いや、だってよう。なあ、糞猫」

《まあ、まあ俺様は平気だとしても、静華せいかが、どうにゃるか。それにどう考えても、燃えてるようにしか見えにゃいからにゃ》

 2人が躊躇うのも無理はなかった。終演が火の鳥と言ったように、黒火の契約獣フレイは目とくちばしと足以外は全て火に包まれているのだから。それは契約獣フレイには羽毛の代わりに、全身に火の羽毛が生えているからだった。それでも終演には一片の迷いもない。

「何言うとるんじゃ! 紫月は静華嬢が側におってくれたから、かなり進行速度が遅かったんじゃぞ。それとも何か、お前さん達は静華嬢に一生紫月の側に居れと言うんか?」

《それは、そんにゃ事は……》

「じゃったらとっとと乗らんか! このままでは静華嬢でも抑えれんようになるのは時間の問題なんじゃよ。じゃからこそ行動を起こすんじゃ!! 火なんぞ耐えれば済む話じゃろう」

「な、無茶言うんじゃねぇよ、爺さん」

《そうだ。それは流石に――》

 白熱しそうになる3人の言い合いに黒火は慌てて割って入った。

「あ、あの、言い忘れてましたけど、契約獣は主人に絶対なんです。それに、主人の属性に伴った姿に契約獣は変化するので、フレイは燃えてるんです。ですから、フレイの火は私が敵だと判断しない限り、攻撃魔法には変わりませんよ」

 黒火に強烈な不信感を湛えた眼差しを向けるカイヤックとバナン。黒火はさらに何か付け足そうとするが、それよりも黒火の目にはバナンの後ろからゆっくりと、見えていないはずの静華が位置を正確に理解しているように契約獣フレイの正面に歩いて向かうのが映る。それに気づいて2人が振り返ると、静華はフレイに触れる事が出来る位置にいた。そしてフレイは静華の手が届くように、頭を低く嘴が地面に着くように下げた。その頭に触れるだけではなく、静華はゆっくりと寄り添うように抱きついて喋りだした。

「お願いします、フレイさん。紫月さんを助けたいんです。だから、少しでもいいので力を貸してください」

 その言葉にフレイは大きく羽ばたいて答えてみせた。その静華の姿、契約獣フレイの行動に一番驚いているのは黒火だった。

「す、凄い。主人以外の言葉を聞かない契約獣が、静華さんの言葉に、答えるなんて……」

 “やはり静華の力は普通の物じゃにゃいみたいだにゃ”

 “魔獣本来の姿よりも、契約獣は話獣や神獣に近くなった存在。其れゆえか、静華嬢のテスタメントとしての力が働くようじゃの”



 そして今、空に飛び出してから1時間半が過ぎようとしていた頃、丁度大きな海の様に広い湖の真上に差し掛かっていた。

 “あぁ、早く、どうせなら早くこの首よ、折れてくれ”

 雷祇だけは湖を見ずにそう考えていたか、雷祇以外は湖に対して同じことを考えていた。それは黒火から聞かされた言葉。その湖もフレイにとってはごく小さな水溜りのように、一瞬にして終わりに差し掛かったその時、石で出来たような大して大きくもない2階建てほどの遺跡らしき物が見えてきた。それがどうやらアスクレピオスの杖の遺跡らしく、そこに向かってフレイが急降下を始めた。


     2


「どうやら、ここがそうらしいのう」

 4人と1匹が遺跡の前に降り立った。最後にバナンに手を取られて下りた静華がフレイに近寄って「ありがとう」と言うと、フレイは今度は大きく鳴いて答えた。フレイはその鳴き声とともに体が崩れ、上空に向かって風が吹いているかのように火の粉が大空へと吸い込まれて姿を消した。

「ここが入り口なんだよな? で、どうやって入んだ?」

 遺跡の入り口は皆がいる場所で間違いなかった。ただ、入り口は誰でもお入りくださいといった感じで開いてはおらず、石の扉によって閉められている。

「あの、ここどこですか?」

 首を体に嵌め込むような仕草をしながら現状が掴めていない雷祇が終演にそう言いながら近づいたが、終演は雷祇の問いを聞こえていないように無視して背負っているリュックから爆弾を取り出し石の扉に投げつけた。

     ズドーーン!!!

 その爆弾が石の扉に触れた瞬間、静寂に包まれていた遺跡周辺の森に地響きを起こした爆音が響き、鳥の群れが徒競走のスタートのように一斉に飛び立ち、遺跡全体を爆煙と土埃が完全に包み隠した。

「ふ〜ぅ、やはり傷1つ付かんか」

 周りの木々は無惨にも折れ、原形を留めていない物すらあるというのに、遺跡の石は1欠片も欠けてはいなかった。

「危ねぇだろうが爺さん!」

《ったく、少し俺様の反応が遅れていれば、危く静華が怪我するとこだったぜ。大丈夫か、静華》

 バナンは静華を包んでいた鬣を元に戻しながら心配そうに話しかけた。その声の感じを読み取って静華は明るめに大丈夫だよと言った。そんなやり取りを無視して、終演は遺跡の裏手に回っていた。ただ、終演はカイヤックとバナンだけを無視したのではなかったが。

「あの、だから、ここ、どこですか?」

 完全に全員から無視されている雷祇を尻目にカイヤックが石の扉を指差した。

「なあ爺さん、あの壁の模様って、何かの文字じゃねぇか?」

 カイヤックの言葉を聞いて、終演が慌てて入り口の正面に戻ってバナンと一緒に目を凝らして見た。が、ただの模様のようにしか見えなかったようだ。

「はぁ、バカの話を聞くのは時間の無駄じゃな。バナン、お前さんも手伝え」

《分かった、バカは足手纏いににゃるからにゃ。静華はここでジッとしとくんだぞ》

 バカバカ言われても、さして何も感じなくなった様子のカイヤックもバナンと一緒に遺跡周辺に何かないか捜し始めた。

「だから! ここ、どこですか!!」

 無視をされ続けて、ついに爆発した雷祇が大声を上げたが、誰1人として反応しなかった。あまりにも無視され続けているこの現状に、雷祇の頭はある1つの結論を導き出した。

「は! ま、まさか、僕は、し、しし死んで、死んでしまったのか? だから、だから皆に、僕の言葉が通じないのか……。そ、そんな、なんでこんなどぼぉ!」

「何言っとるんじゃ。さっさとお前さんも手伝え」

 あまりにもバカらしい考えを大きな声で叫びだした雷祇に、終演が顔だけが爆発するくらいの爆弾を投げつけた。

「ゲホッゲホッ、な、何で今まで無反応だったんですか!」

 半分涙目で、もう半分は嬉しいといった表情になっている雷祇。

「一々お前さんの相手をしてられんわ」

 それに対して雷祇をまったく見ることもなく、終演は遺跡の裏手に回った。それを雷祇が追いかけたのを見てバナンは呆れて遺跡の上から地面に降りた。そして先ほど静華に居ろと言った場所に目をやると、そこには誰もいなくなっていた。

《にゃ、にゃにやってる、静華! まだ静華が近づくのは早い》

 バナンが見つけた静華は、入り口の扉に触れていた。


     3


 “誰、ですか? 私を呼ぶのは”

 “初めまして、ですね。あなたと直接会話をするのは”

 “あの、もしかして、アスクレピオスさん、ですか?”

 “えぇ”

 “なぜ、なぜ私を呼んだんですか?”

 “ここにあなたが来た理由は、私の杖を手に入れるため、ですよね?”

 “はい”

 “私の杖を使えば、静華は私の力を自由に引き出す事が出来る様になるでしょう。そして、私と正式に契約する事にもなる”

 “そうすれば、そうすれば紫月さんを助ける事が出来るんですか?”

 “えぇ、可能ですよ。どんな病気だろうが、たとえ、いやこれは今は関係ありませんね。その紫月という女性を助ける事は可能です。しかし……”

 “しかし、何ですか?”

 “ここには、幾重もの罠が仕掛けれられています。もちろん、一筋縄ではいかないような罠もありますし、案外簡単な罠も。それを越えなければ手にする事が出来ませんよ”

 “大丈夫です! きっと手に入れます。だから、遺跡に入らせてください”

 “そうですか……。あなたの意志は決まっているようですね。ならもう止める事はありません。それに、あなただけの力ではどうすることも出来ないでしょうが、あなたには仲間がいる。その力を試す意味でも、中に導きましょう。少し体を借りますよ”


 入り口の石の扉の文字を指でなぞり始めると、静華の髪と目が銀色に染まり始め、染まりきった所で一気に強い光を放ち辺りを包んだ。

「な、何が起こったんですか?」

「この光は、静華嬢か!」

 カイヤックもすぐに気づき静華に近づこうとするが、前が見えないほどの光で下手に動く事が出来ずにそのまま止まっている。それはバナンも終演も雷祇も同じだったが、どこからともなく静華の呟く声が聞こえている。その声が止まった時、泡が弾けるように白い光が突然晴れると、入り口の前で静華が倒れていた。それを見つけて真っ先にバナンが側に駆け寄る。

《はぁ、良かった、息してるにゃ》 “そうか、この力か。俺様がすぐに現世に転生させられたのは”

 静華を心配しながらも周りの景色、元に戻った木々の事と雷祇と戦った森の事を重ね合わせていた。バナンが静華を背中に乗せると、そこに遅れて終演とカイヤックが戻って静華の無事を確認する。雷祇は何が起こったのか分からず、遺跡の周りの治った木々を不思議そうに見ている。

「今のは、扉を開ける為だった様じゃな」

 遺跡の入り口からは石の扉がなくなり、変わりに地下に続く光を吸い込むような暗闇を纏った階段があった。


 “力が、作り出された力がこの世に幾つも現れ始めたこの時期に、私の与えた力を持った少女が正式な契約を結びに来るとは。偶然か必然か、それとも……。もし私の考えが正しなら、静華の仲間の力、見極めなければ”

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