第5章 魔女の住む森 (5)
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「はぁ、はぁ、はぁ」
3人は4度目の1階で休憩をしていた。雷祇は喋る気力も動ける体力も無いのか、力なく床に座っている。カイヤックと終演も流石に体力の限界に達しているらしく床に座り込んでいた。
「糞! 一体どうなってやがる。まるで進んでる気がしねぇ」
カイヤックも特に2人に向かって言ったのではないらしく、2人も反応しない。雷祇は無言で息だけをして、終演は何かを考えている。カイヤックは暫くどうなってるのか考えていたが、分からないようで大の字に寝転んだ。その1階で30分近くを体力回復に使い、3人は階段に向かい歩き出した。
《抜けた瞬間に砲弾が来るんだにゃ?》
地面に足が触れているわけでもないのに、走っているかのように足を動かしているバナンが森を抜ける寸前で黒火に聞いた。バナンの問いかけに黒火は声が潰れるほどの大きな声を出したが、その声は空を翔るバナンによって瞬く間に置き去りにされる。その置き去りにされた言葉をバナンはしっかりと聞き取り頷いた。
《抜けるぞ!》
森を抜け出す寸前には待ちきれなかったのか、葉の作り出した緑の酸素と海の作り出した青の酸素が混ざり合っていた。その混ざり合う酸素の中をバナンは一気に駆け抜け、視界から木が消えた次には漆黒の海が広がっていた。
《来るにゃ……》
飛んでいくことが出来ないと分かっていたバナンは瞬間に塔へ続く一本道を探し、地面を爪で蹴りながら翼を羽ばたかせてそこに向かった。一本道に辿り着くと躊躇いなく塔に向かって駆け出す。そんなバナンにまず襲い掛かったのは強烈な夜の風だったが、バナンにとってはそよ風程度のようで問題なく進む事が出来た。
“風が止んできたか”
暫く進むと風が弱くなっていくのを感じ、それでますます速さを増してバナンは塔に向かう。砲撃があると分かっているバナンは、背中に乗っている黒火の体を覆うように鬣を伸ばしていた。そして、風がピタリと止んだ時、吹き荒れる風の音とは違った爆発音がバナンの耳に届いた。
“にゃかにゃかの数だ”
爆発音を聞いてバナンはすぐに灯台を見遣ると、無数の数え切れない砲弾が飛んできているのが見えた。バナンだけならば大して焦りはしなかったのだろうが、今は鬣で覆っているとはいえ黒火が背中に乗っている。全て避けきるのは無理だと思いつつも、どうする事も出来ずにただ只管に地面を蹴って塔に向かうバナンに、砲弾の雨が降り注ぎだした。始めは随分と後ろの方で起こった爆発だったが、それが追いかけてきているように徐々に背中に迫り来る。
“仕方にゃいか!”
追いかけてくる爆発音が尻尾の先にまで届いた時、バナンは黒火を覆っていた鬣を少し砲弾迎撃に回した。まだ塔までは距離を残しての決断だったが、鬣に直接砲撃を受けるよりかはマシだろうと思っての事だった。それで少しの間は対応が出来た。飛んでくる砲弾を鬣で落とし、落としきれなかった物は避け、足と翼を使って灯台に向かって駆ける。そうバナンだけならばまったく問題はない、いや普通の人間ならばこの状況で背中に乗っていても問題はなかったであろうが、今背中に乗っているのは魔法使い。そう魔法使いの体には随分と応えるとバナンが分かったのは、塔まであと少しと迫った時だった。
“血の臭い?”
鼻に届いたその臭いは、黒火が流している物だとすぐに分かって一瞬羽ばたくのを止めて確認しようとした。これが間違いだった。その時を待っていたかのように、塔から放たれた砲弾は今までとは比べ物にならない程の数だった。
《チィ!》
それに反応するように翼と足が動き出す。それと同時に黒火の腕に絡ませてある鬣に力を込めると、この時にようやく分かった鬣が黒火の腕の肉に食い込み引き裂いている事を。砲弾が飛んできているにも拘らず、その事に気を取られて完全に鬣で落とすタイミングを外し、砲弾を避ける方法は1つしか残らなかった。道を飛び出して空中に逃げる事。
《にゃんとか、か》
空中に逃げる事で砲弾をかわしきれたバナンだったが、すぐに空気が変わった事に気づく。その場所を見つけて目を向けると、そこに集まっていたのは風の精霊。
“シルフか! しかし、にゃんて数だ……”
塔の頂上付近に集まっていたのは夥しい数の風の精霊だった。それは塔の最上階を包み込みそうな程の数。その風の精霊の姿が突然消えた。
《しま――》
それは最上階から風の砲弾が飛んでくるという意味。避けるにしても黒火の腕が持つか心配になったバナンは、何とかして風の砲弾を掻き消そうと肺がはち切れんほど空気を吸い込み、体の中で圧縮していく。地上用の砲弾が一本道にしか降り注がない事はバナンにとってはかなりの好都合で、黒火を鬣でまた包み込んだ。その包み込んだと同時に羽ばたくのを止め、風の砲弾に向かって翼を羽ばたかせ空気弾を撃ち込んだ。が、風の砲弾を完全に消す事は出来ず、弱くなったとはいえ十分にまだ威力を残している風の砲弾の直撃を喰らい、バナンは海に向かって一直線に飛ばされる。
“俺様でも、海に落ちるのは不味いだろ!”
そう心の中で叫ぶと、海に落ちる寸前に翼を羽ばたかせ体勢を立て直す。それでも爪の先が海に触れたのか、海中から伸びた腕に足を引きずり込まれそうになる。そこを何とか羽ばたき脱出すると、目の前から水の精霊たちが塔の頂上に集まっているのに気づく。
“この距離にゃら行ける!”
そう自分に言い聞かせ上昇しながら塔に向かう。あと少し、空気をあと10歩も蹴れば届くと言う所で、バナンに向かって水の砲弾が撃ち出された。
“にゃんとか届くか”
するとバナンは空中を駆けながら、黒火を鬣に包んだまま塔に向かって伸ばした。
“あれ、私……”
どうやら黒火は、痛さと怖さのあまり今まで気絶していたようで頭が働いていなかった。それでも周りを見てすぐに状況を思い出した。
「バナンさん、バナンさ――」
黒火がバナンを見つけたと同時に鬣が切れて、黒火は勢いよく塔に向かって飛ばされる。その時黒火の目の前に巨大な水の砲弾が通過した。その角度やバナンの体勢から見て間違いなく直撃したというのが分かる。黒火が受身など知るはずもなく、塔の周りの僅かな地面に叩きつけられ勢いが緩む事無く塔に体をぶつけた。もし何もなければ骨折はしたはずだが、バナンの鬣のお蔭でしなかったらしい。それでも十分に痛いはずの体をすぐさま起こし、塔の周りの崖に手を掛けて海を見下ろす。そこにバナンは羽ばたいていなかった。
「そん、な……。私が足手纏いなばかり、また私が――」
《にゃみだは大切な友のためか、惚れた男のためににゃがすものだぞ黒火。それとも、俺様に惚れ――》
すぐに後ろを振り返るとそこにはバナンがいた。溺れたかのように全身隈無く水浸しで、鬣や尻尾から血の混ざった水を垂らしながら空中に佇むその姿を見て、目に溜まっていた涙を流しながらバナンに抱きつく。
「良かった。また私が殺したのかと、紫月のように、皆のよう――」
《黒火、まだ紫月は死んでにゃいだろ? それに、他の魔法使いが死んだのはお前のせいじゃにゃい。紫月は助けるんだろ。お前がそんにゃのでどうする。まあ、他の奴にゃらどうにゃったか分からんが、俺様はこんにゃ事じゃ死にゃにゃい。それよりも黒火、怪我大丈夫か?》
黒火はごめんなさいと言いながら笑顔になり、大丈夫ですと言った。
“か、かわいいにゃ! 健気さがまた堪らん。今までどれだけ辛かったか知らにゃいが、自分のせいでもにゃいのにそれを背負をうとして、ってイカンイカン、俺様には静華がいるんだ。しかし、しかし! 静華と甲乙付けがたい可愛さだにゃ。にゃんだろうか、どちらも守ってやりたくにゃるようにゃ儚ゃ――”
「バナンさん! どうかしたんですか?」
バナンが考えていた事が全て動きに表れていたらしく、黒火が心配になって大きな声を出したのだ。そのことには気づかずに、黒火の言葉で慌てたバナンは隠すように必死になって誤魔化す。
《え、にゃ、にゃにもにゃいにゃ。いや〜、にゃんか、眠たいにゃ〜とか思って、そんにゃで、ってそれよりも、さっさとにゃかに――》
「駄目です!」
誤魔化しついでに塔の中に入ろうと扉に鬣を伸ばしたバナンを黒火が慌てて止める。
《にゃにが駄目にゃんだ?》
「この塔は入り口の扉を開けた時点で魔法が掛かるんです。その魔法を解くためには手で開けるのではなく、魔法解除をしながら扉を魔力で開けないと駄目なんです」
そう言われるとバナンは扉の前からはなれ、代わりに黒火が扉の前に行き手を付き目を閉じた。
《ちょっと待て黒火。その魔法はどんにゃ魔法にゃんだ? 少にゃくとも、今3人は塔のにゃか、その魔法のにゃかにいるんだ。もし今解いて3人に問題はにゃいのか? 連れて帰らにゃいといけにゃいからにゃ》
「……分かりません」
少しだけ間を置いて黒火が話した言葉に、バナンは溜息をつきながら残念そうな素振りを見せた。
《そうか、それにゃらせめてどんにゃ魔法か教えてくれるか》
「はい。この塔には入り口が1つしかありません。その入り口と、この地に居た全ての魔法使いが作り出した異空間を繋げたんです。終わる事無く、時間が殆ど進む事のない永遠に繰り返す異空間に」
《永遠に、繰り返す?》
「そうです、最上階から続く階段を上るとまた1階に戻るんです。それが――」
《永遠にか……。で、その魔法使いが作り出した空間は魔力で出来ているんだろ? にゃらその魔力が尽きる事はあるのか?》
「いえ、ありません。その空間は作り出された時点で魔力を消費しなくなるんです。入ってきた人の体力を吸って魔力を作り出して使うので」
《けどそれじゃあ、中の奴は死にゃにゃいんじゃにゃいか?》
「いえ、お腹は減るでしょうし、中には鎧がいるのでそれと戦わなくてはいけないんです。それに、体力の回復が余程早い人でないとじっとしているだけでも体力は削られていきますから、体力がなくなった時点で死んでしまいます」
《どうやっても死ぬわけか。正直微妙だにゃ、3人がどうにゃるか。けど、やってみにゃいと分からんから、さっさとしてみよう》 “これなら十分に言い訳が聞くにゃ、3人が死んだとしても。死んでくれにゃいかにゃぁ〜”
ここでふと疑問に思う事があったバナンは黒火に尋ねる。
《っとその前に、その魔法を黒火は解けるのか? この土地に住んでいた全ての魔法使いが作り出したものにゃんだろ》
「それは、正直分かりません。私の魔力で足りるかどうか……」
黒火の残念そうな顔を見てバナンは必死に考える。そして何かを思い出したように黒火に言う。
《そういえば、魔力は生き物全てが持っている、みたいにゃこと言ってたよにゃ黒火》
「はい、魔力は全ての生き物が持っています。多分魔渇病が罹るのが全ての生き物といった事ですよね」
《そうだ。それにゃら俺様の魔力を黒火が使う事が出来るのか?》
「はい、出来ます。けど、そんな事していいんですか? とっても疲れますよ」
《にゃぁに心配する事にゃいさ。俺様は獣の王だからにゃ》
バナンの言葉に甘える事にした黒火はバナンに跨り目を閉じた。が、バナンは少し後悔していた。
“自分の命を助けるためとはいえ、水の砲弾を潰すのにでかくにゃったのは間違いだったかにゃ。けど、あれ直撃してたら今の俺様にゃら死んでただろうし、今死んだら蘇れにゃいし……”
13
「糞! いつまで続くんだ!!」
限界を越えたカイヤックの怒鳴り声が塔内に響き渡る。それは5度目の1階に戻った時だった。4度目は殆どの鎧をカイヤックと終演が倒した。といっても、カイヤックも動きに精彩を欠いていたので、7対3の割合で終演が鎧を倒していたが。雷祇は息をするのも辛そうに寝転び、カイヤックと終演の体力も底を付いている。そして無言でバラバラに座っていた3人の脳裏には、同じ言葉が浮かんでいた。それは諦めという言葉。それぞれが床に座り寝転んだ状態のまま小一時間は過ぎたであろう時、今までは無かった現象が塔を包む。
「揺れ、てる? 地震、かな?」
「揺れだけじゃねぇ、嫌な音が聞こえる」
「……走るぞい」
「あぁ、そうだな」
「何で、すか?」
立ち上がる2人に雷祇は寝転んだまま顔だけ向ける。もう立ち上がる力が残っていないようだ。
「お前さんに雷祇は任せる!! ワシが鎧を砕く!」
「あぁ、分かった」
カイヤックが雷祇に向かって走り出し、終演は階段に向かって走る。そしてカイヤックが雷祇を拾い上げた時、入り口の扉が大きな音を立てて突然消えた。元は扉があった場所には何もないない、ただ暗いだけの闇が広がっている。終演は階段を上りながらそれをチラリと見、カイヤックは雷祇を抱え上げて走り出しながら微かに見た。それだけでカイヤックは階段を駆け上る。
塔の各階には、先程までと変わらず鎧が待ち構えていた。その鎧を何とか倒して、3人は最上階まで駆け上がった。
「やっぱ、居る、みてぇだな」
「そりゃそうじゃろ」
「どうし、ます。もう、すぐ、近い、で、すよ、音」
塔が闇の中に崩れ落ちる音が、3人を追いかけて近づいてきていた。
「さっさと殺るしかなかろう」
そういうと、2人は鎧達と戦い始めた。だが、この最上階は今までと唯一違い、鎧は4体しかいなかった。それでも終演は鎧を倒し疲れ、カイヤックは雷祇を抱えて走るのに疲れていたので最上階の鎧を相手にするのは苦労するだろうと思われたが、何故だか今までと違い他の階の鎧同様に弱く、1度倒すとバラバラに砕けて復活する事もなかった。
「おい、どうなってんだ、爺さん?」
「さあ、知らんわい。じゃが、言えるのは、この塔の終わりは、どうやらここと言う事じゃ」
「階段、上の、階の、階段、な、い――」
「そうだな。だったら、落ちるしかねぇ、らしいな」
ガラガラと5階から上ってきた階段が闇の中に崩れ落ちた。3人のいる最上階も壁が闇の中に崩れ落ち、続くように床に、天井にも広がっていく。その広がりはまるで3人を追い込むように徐々に、壁際から広がり3人を部屋の中央に集める。
「おい、囲まれちまったぜ? この後は、どうするよ?」
「さあのう。まあ言えるのは、運次第じゃ」
「それ、昔、聞いた、ような……」
「そうかのう。で、その時の結果は?」
「俺は知らねぇが、会う以前なら生きてたってことじゃねぇか?」
「だったら次も――」
「生き、て、ますか、ね」
どんどん闇に崩れ落ちる塔を見て、世界の最後に取り残されたような場所で終演が最後に言った。
「さあ次に会うのは、元の世界か地獄のどちらかのう」
「は! まあ、俺と爺さんは地獄で決定じゃねぇか」
「な、何、縁起でもない、こと、言ってんですか」
「さあて、崩れるぞい」
そうして3人の足元に残っていた床も崩れ落ち、3人は闇の中に落ちていった。
14
「う…ん……」
シャキーン
「は!」
飛び跳ねる様に起き上がった雷祇。その雷祇が先程まで寝転んでいた顔の部分は爪で引き裂かれた。
「何するんだバナン!!」
《チィ。起きやがった》
バナンが悔しそうな顔をしてカイヤックの方に向かった。雷祇は首を振り、頭を叩いて意識をはっきりとさせて辺りを見回す。
「あれ、黒火さん、だ……。どうしたんですか、こ……ここどこですか!」
飛び起き真剣な表情で黒火に走りより、肩を持って前後に力いっぱい揺すりながら雷祇が尋ねた。
「こ、ここ、こ、こは、って、揺すらないでください!」
あまりにも揺すられたので黒火が大きな声を出した。その声の大きさが思ってもみないほど大きかったのでビックリして雷祇は手を離す。
「す、すいません」
「あ、いえ、大丈夫ですよ、ここは塔の中です」
それを聞いてホッとした顔をした雷祇だったが、すぐにその表情を引っ込めて疑いの顔に作り変える。
「ほ、本当ですか? まさかこれも魔法とか……。あ、ありえる! ありえるぞ、黒火さんが本物だといぶ――」
雷祇のあまりのしつこさに終演が後頭部に向かって雷命を投げつけ、本物じゃと言った。それとほぼ同時にカイヤックの悲鳴が塔内に響き渡った。
「おい糞猫、よくもやってくれたなぁ」
上の階に向かう階段の途中で右頬から鼻先に掛けて血を流しているカイヤックがバナンを睨み付けながら言ったが、悪怯れる様子もなく平然とバナンは答える。
《別にいいじゃにゃいか、元々顔には傷があったんだ。1つや2つ増えたとこで大して変わらにゃいだろ》
「1つや2つじゃねぇだろうが。4つだろ」
《そうだったかもにゃ。もう他の傷と混ざって分からにゃくにゃったんだ》
それからもカイヤックとバナンのくだらないやり取りは続いたが、その全てを無視して終演は先頭に立って上に上に進む。そんな3人に遅れて一番後ろに雷祇と黒火がいた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。少し疲れてますけど、それでもちゃんとした休憩が出来たんで」
大体の事は黒火から聞いたので理解できていた雷祇。それに合わせて休憩も十分取ったので体力的には何も問題はなかったが、それとは違う何か違和感のようなものを感じていた。
“体が重たい……。こんなの初めてだ”
本物の塔は先程までの異空間の塔とは違い5階までは何もいなかった。そして何もないまま全員が最上階に辿り着いた。
「何だありゃ?」
最上階に続く階段を上りきった雷祇たちの目に飛び込んできたのは、黄金に輝く少し大きめのコップほどの大きさの器だった。
「凄い…ですね……」
雷祇が呟き驚いていると黒火が新たに説明を始めた。
「狙われる理由は魔法を手に入れる事が出来るだけではなくて、黄金の器自体も狙われる理由なんです。誰の目に見ても美しいですから」
黒火のその言葉を上の空で聞いていた雷祇を余所に、終演達は違う話をする。
「あの浮いてる奴、あれが――」
《この塔を守る守護のようだにゃ》
「そうらしいの」
器の周り風に流され飛ばされる布のようにヒラヒラと黒いマントが漂っている。そのマントが漂うのを止め、こちらに気づいたのか人の形を成してゆく。そうその姿はまるで、魔法使いがそこにいるかのような形だった。そして正面部分であろう開いた部分をこちらを向けた時、器に見惚れていた雷祇でもおかしいという事に気づいた。
「終演、あれなんですか?」
「この塔を守る最後の守護じゃろう。ほれ、呪文を……」
終演が喋り終わる前に黒いマントはとてつもなく大きな水の玉を作り出した。
「あれ……。魔法ってこんな早く撃てるんでした?」
「あやつは別なんじゃろうて。そう気――」
今度もまた終演が喋り終わる前に、黒いマントが水の玉を階段付近にいた全員に向けて放ってきた。その水の玉をカイヤックが黒火を抱え右側に、それに付き添うようにバナンも右側に避ける。雷祇と終演は左側に避け何とか全員がダメージを負わずに済んだがその代わりに、塔の階段部分と最上階の壁の半分がその一撃で吹き飛んだ。
「す、すげぇ威力だな、おい」
《さっきの砲弾と同じ位の威力だにゃ》
「な、なんて破壊力だ」
「ほれ、雷祇。喋っとらんで動くんじゃ!」
黒の布はもう既に次の呪文を唱え終わっていた。
15
「あまり急ぐと転びますよ」
「いや、そんな心配しなくても大丈夫だよ。そうだ、それよりも水希ネェ」
「なあに?」
背が高く、ポニーテールで結っているにも拘らず地面に着きそうなほどの髪の長さがある女性。その女性が水希という名前らしく半歩ほど前を行く、髪が短く一見男の子と間違えてしまいそうな女の子が顔を見上げながら話しかける。
「ここに住んでる魔法使いって殺さなくてよかったのかな?」
「私も疑問に思っていたのだけど、どうやら香煩には何か考えがあるらしくて今回は生かしてあげるらしいわ」
「へぇ〜、そうなんだ」
そう言うと女の子は丁度顔の辺りにあった水希の大きな胸に顔を埋めた。そしてその格好のまま女の子は水希の顔を見上げる。
「いいなぁ〜、水希ネェはオッパイ大きくて」
「心配しなくても、あなたの胸も大きくなるわ」
その言葉に不満げな表情を浮かべ、水希から離れて自分の胸を押さえた。
「でも、ボクって殆ど身長もオッパイも大きくならないし、髪も長くならないよ」
「それはまだあなたがその体の持ち主の歳まで生きていないからよ」
「だったら、何年かしたらボクも色々な部分が大きくなるのかな」
「えぇ、きっと。だから下着は付けなさい」
スキップするように跳ねて歩きながら、女の子はいいんだよという。
「オッパイもないのにブラジャーなんてしてたら変だもん。それにボク普段男の子に間違えられるし。女の子の格好させられてるのかい、って滅茶苦茶聞かれるんだよ。失礼しちゃうよ、ボクの顔って女の子なのに」
先程までのような軽やかな歩きとは変わり、最後には落ち込み屈んで木の根元で地面を弄っている女の子。その姿を微笑みを湛えて見ながら水希は話しかける。
「そうね、あなたの顔は十分可愛い女の子の顔よ。だからせめて下着を穿きましょうね」
屈んでいた状態から跳ねて立ち上がり、薄いワンピースで踊るように歩き回る女の子。
「だって、パンツとか苦しく感じるもん。何も穿いてない方が楽だし」
「そうは言っても――」
「ボクの事はもういいよ水希ネェ。それよりももう森を向けるみたいだよ」
下着のことを言われるのが嫌だったらしく、水希の側に寄って腕を引っ張りながら森を出た2人。
「こらこら、引っ張らな――」
「うん? あれって……」
「火の魔法のようね」
「って事は先客がいるんだね」
流れ星よりも大きく明るい火の玉が夜空を駆け抜けたのを見て女の子がさらに腕を引く。
「だったら急がなきゃ、ほら早く」
「分かりました分かりましたから、そんなに引っ張らないで氷菜」