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テスタメント  作者: 竜丸
26/82

第5章 魔女の住む森 (4)

     9



 現在3人は、6階に続く階段を上っていた。

 3階には茶色の鎧、4階には水色の鎧、5階には緑色の鎧、その全ての鎧が2階と同じように3列10体で部屋の中央に並び待ち構えていた。しかし、2階以降の鎧も動きや色以外の特徴が全て2階の鎧たちと同じで、まったく問題なく雷祇達は倒していた。3階の鎧全てを素早く雷祇が倒し、カイヤックは4階の鎧を2撃で薙ぎ払い、5階は終演がケルベロス1発で吹き飛ばした。塔に入ってから余裕が出来た雷祇とカイヤックは、随分気を抜いているが先頭を行く終演だけは違っていた。

 “……本当にこの程度の守りしかここは出来ておらんのか? なら何故ワシに塔を守らせんかったんじゃ。それともワシの考えすぎか? もしワシにこの塔を守らせていれば、ワシが泉の水を飲むと思われていたのやもしん。そう考えれば分からんでもないが……”

 終演は答えを出せないまま、6階に続く最後の段差を上りきった。

 6階で終わりではないのは、終演達にはよく分かった。泉らしき物がなく、上に続く階段が部屋の奥にあったから。

「何だ? 今度は4体しかいねぇな」

「けど、なんだか雰囲気が違ってませんか?」

「雰囲気というよりも、鎧自体が変わっておる。色も随分濁った様じゃ」

「いいじゃねぇか、そっちの方が。少しは楽しめるってこった!」

「あちょ、ったく考えなしに」

 カイヤックは先程まで放っていた、だらけた気配は何処かに閉まい戦う時のギラついた気配に切り替えて鎧に突っ込んでいった。

 そのカイヤックに反応するのは、6階の部屋の真ん中で並んでいた赤・茶・水・緑の4体の内の水色の鎧。

 “今までの鎧と変わったのは、形状だけじゃないな。剣とか盾も変わってる。今までとは全部違う鎧だ”

 水色の鎧が今までとは違い、反応よく自分に向かってくる事が嬉しいのか笑顔でイクリプスを頭上高く振りかぶった。

「いくぜぇ!」

 その声と共に、振り下ろされたイクリプスは空気を引き裂き鎧も同時に引き裂こうとした。が、水色の鎧はその攻撃に反応し、イクリプスを弾き返そうと盾を構える。そんな鎧の動きに構わず、カイヤックが振り下ろしたイクリプスは、ハンマーで砕いたかのように盾を粉砕した。

「ちぃ!」

 ただここでカイヤックが予想してなかった事が起こる。盾を砕いた時に、イクリプスの軌道がズレ、鎧を砕くのではなく塔の床を盛大にぶち壊した事。勢いが勢いだけに、全体重を乗せて攻撃するカイヤックには僅かだが隙が生じる。それはカイヤックを知らなければ到底分からないような物だった。僅かの隙も、その隙が出来る事も。水色の鎧はその隙を知っているのか、カイヤックでも反応できないタイミングで剣を振りかぶってきていた。

「やらせない」

 その攻撃に割って入ったのは雷祇。水色の鎧の剣が振り下ろされたのに合わせる様に、雷命で攻撃する。

 “こい、つ、今までと違――”

 先程までは剣と剣を合わせても、力で押し勝てていた雷祇にとって、水色の鎧の力は予想外だった。剣と剣が交わった瞬間に、力で押されて雷命が雷祇の鼻先に触れかけた。

「悪ぃな」

 その声と共に、雷祇の体が突然軽くなったのは、カイヤックが水色の鎧の剣を鎧ごと弾き飛ばしたからだった。

「あ、ありがと……。いや違う、何も考えずに突っ込むのは止めて下さい、カイヤック!」

「お、おぉ、悪ぃ悪ぃ。たす――」

「まだ来ますよ」

 後ろに弾き飛ばされバランスを崩している水色の鎧を、茶色の鎧が踏み台にして2人に飛び掛ってきた。それに気づいていた2人は素早く避けると、その間の何もない空を茶色の鎧が切裂く。雷祇は茶色の鎧が着地した瞬間を狙っていたようで、床に鎧の足が付いたとしらせる金属の音が鳴るときには足に攻撃をしていた。

 “こいつ、早い”

 が、カイヤックの時と同様に、ここでも茶色の鎧は反応し、雷命を盾で防いでいた。

「くそ」

 低い屈んでいる大勢の雷祇は、蛙がジャンプするように一気に体を引き上げ背を伸ばす。その伸びている時に、開いている片手で雷命の鞘を持ち、茶色の鎧の頭の部分を目掛け体を捻り攻撃する。その攻撃は今度は剣で防がれ、伸び上がった時に出来た無防備な腹を、茶色の鎧が盾で殴りかかる。

    バアァン

「イッ!」

 思わず漏れる雷祇の呻き声は、どんな大男でも崩れ落ちてしまうであろう向こう脛を、咄嗟に足を上げて防御した時に思いきり殴りつけられたから。何とか崩れずに踏み止まった雷祇だったが、痛さのあまり周りを見ておらず、赤色の鎧が斬りつけてきているのに気づかずにいた。

「借りは返さなきゃな」

 赤い鎧の攻撃が雷祇に届く前に、カイヤックが頭の上から剣を振り下ろして赤色の鎧の剣を叩き落した。

「梃子摺りすぎじゃぞ!」

 終演はそう言うと、2人目掛けてケルベロスを撃ち込む。もちろん終演が狙ったのは、2体の鎧。ケルベロスから弾が撃ち出されるその瞬間、2体の鎧を庇うように前に立ち塞がる緑色の鎧。

 “そういう事か!”

 ケルベロスの弾は確実に緑色の鎧を捉えたはずだった。だが、起きるはずの爆発が起きない。その代わりに、塔内には鐘の中に入って鉄槌で打ち続けるような鈍い金属音が響く。それは、ケルベロスの弾を緑の鎧が飲み込んだ音だった。兜の目を覆うスリット部分を上げ、そこから体内に飲み込んだ弾が鎧の体の中で暴れ回っていたが、鎧が片手を添えて盾の付いている手を前に突き出すとその音は止んだ。その突き出した手首の部分が上に上がって外れると、暴れ回っていたはずのケルベロスの弾が、主人であるはずの終演に襲い掛かる。

「終演!」

「爺さん!」

 2人には終演に弾が直撃したように見えたようだが、爆発後に立ち昇る黒い煙の中から、雲の中から飛び出した燕のように雲を纏いながら終演が走り出たので、直撃はしなかったようだ。

「カイヤック! イクリプスを貸せ!」

 そんな終演の姿を見ている暇などなく、終演の声が聞こえた事でカイヤックには終演が無事だったと分かった。そんなカイヤックは終演の言葉に従おうとするが、水色の鎧との力比べが拮抗きっこうしていたので、すぐに渡せる状態ではなかった。

 “コイツ……まるで……”

 譲らず、動きがなくなる両者。頭の中に巡った言葉がカイヤックに閃きを与える。全力を込めていたはずの腕から突然力を抜き、水色の鎧の攻撃でそのまま後ろに下がる。水色の鎧は突然の事に、押していた力を抑えきれずに前のめりになる。2歩後ろの下がった所が、水色のバランスが完全に崩れたタイミングだったようで、横に回りこみイクリプスで斬りつけた。

「ほらよ、爺さん」

 水色は直撃を避けるために、盾のなくなった腕をイクリプスの攻撃にさらした。水色は腕を失い、さらに壁際にまで吹き飛ばされる格好になったが、倒されるまでには至らなかったようだ。カイヤックは攻撃した瞬間に分かっていたので、振り下ろしたイクリプスから太陽の剣を抜き出し、終演に放って渡す。

「遅いんじゃよ」

「仕方ねぇだろ」

 終演はケルベロスを地面に置き、飛んでくる太陽の剣を手に取り雷祇の元に向かう。それと同時に、カイヤックの耳には鎧の不可思議な音が聞こえる。すぐに確かめようと振り返った先には、緑色が照準を定めている姿があった。

「不味――」

 カイヤックは動き出そうとしたが、その前に緑色が弾を撃つ方が早かった。避けれないと判断したカイヤックは、太陽の剣を抜いた事で出来た穴に腕を差し込み、防御の構えを作る。そこに緑色が撃ち出した弾が直撃し、爆風と共にカイヤックは壁まで吹き飛ばされた。

 “今のはやっぱ、ケルベロスだよな?”

 腕に残る硬い物を殴った時と同じ痺れを感じながら、カイヤックは急いで立ち上がった。

 一方の雷祇は、まるで鏡を見ているかのような攻防を、茶色と繰り広げていた。

 “動き、一緒じゃないか!”

 続く一進一退の攻防に、後ろにまで意識が働かなかった雷祇の背後には赤色が迫っていた。赤色が斬りつける時になって、ようやく気づいた雷祇だったが、どうしようとも防ぎようがなく、ただ斬られるしかないように思えた。

「3体4じゃぞ。ワシを忘れるな」

 その声と共に、赤色の横側に張り付いた終演は、焼き物を砕くかのように一撃で赤色をただのパーツだけに砕いた。

「終――」

「邪魔じゃ」

 振り返り、終演に声をかけようとしていた雷祇の顔面を踏み台にし、スプリングを使ったかのように飛び出して茶色の懐に入り込むと、一撃目で腕を切り落とした。それに反応して動き出す茶色の頭には、偽物で作った拳で殴りつけて顔面を吹き飛ばし、太陽の剣を両手持ちにし、そこから繰り出した一撃で赤色と同じように茶色も砕いた。

「お前さんでは、遅すぎるわい」

 そこに斬り込んできていたのは水色。太陽の剣を両手持ちから片手持ちに切り替え、斬りかかってきている水色の剣を偽物で掴むと、太陽の剣であっさりと砕いた。その終演に飛んできたのは、緑色が放つ弾。

「無駄じゃよ」

 その弾目掛けて正面から終演は突っ込む。そして、太陽の剣でギリギリ届く距離に入ると、迷わず太陽の剣を弾に突き刺した。当然、弾は強烈な爆発を起こす。そして上がるのは、火薬の臭いが混じった煙。その煙の中から、先程のように黒い煙をマントの様に纏いながら終演は飛び出し、緑色を兜から叩き砕いた。そして全ての鎧は、バラバラのパーツへと戻された。

「一瞬かよ。こちとら、2人がかりだったってのによ」

 目の前で砕かれた緑色に近づくカイヤック。

「?」

 そこで疑問が沸いたようで、終演の後を追い雷祇の下に着いた時に尋ねた。

「なあ、何でこの剣は他の剣みてぇに色が変わってねぇんだ?」

 その手には、緑色が持っていた剣が握られている。

「疑問に思うんなら剣の部分を触ってみたらええんじゃ」

 そう言われたので、カイヤックが剣に触れようとした。その寸前で、指に刃物で切られたような痛みが走り、何かと思ってその部分を見てみる。すると、痛みと同様に鋭利な刃物で綺麗に切られたような線が入っていた。

「爺さん。こりゃぁ何だ?」

 終演は小バカにしたポーズをし、首を振りながら溜息をつく。

「何って、この塔は魔法の塔じゃぞ」

「それが?」

 今度は雷祇が、終演と同じポーズをした。それを見てカイヤックが思った。

 “爺さんと雷祇、この2人、意外と同じような性格してるんだな” 「で、何なんだ?」

「魔法は四精霊の力を引き出すものじゃ。それぐらいは知っておるじゃろ? 火の精霊は『サラマンダー』、水の精霊は『ウンディーネ』、風の精霊は『シルフ』、土の精霊は『ノーム』。そして、この塔は魔法使いが魔力を注ぎ込んで作った塔じゃ。その魔力によってこの鎧達は作られたと考えると、赤色が火、水色が水、緑色が風、茶色が土といった感じじゃ」

「で、指を切ったのは緑の剣。つまり、剣が風を纏ってるんです」

「そういうことじゃ」

 カイヤックが腕組みをした。そして大きな声で答えた。

「ほぉ、スゲェな」

 その姿に2人は一瞬無言になった。

「これで上に――」

 そこに聞こえてくるのは、聞き覚えのある音だった。

「おいおい、こりゃまた――」

「終わってなかったんですね」

「雷祇剣を拾え! カイヤックもその剣を捨て、違う剣を拾え」

 2人は頷くと、地震でもないのにカタカタと動き出しているバラバラの鎧の側に落ちている剣に向かう。雷祇が拾い上げたのは水の剣。終演は火の剣で、カイヤックは土の剣。それぞれが拾い上げた時、塔内に響き渡るのは行進のように綺麗に揃う足音。

「どっちから来るんだ?」

「上から?」

「いや、両方と、やはりこやつ等もか」

 終演が合図したわけでもないだろうに、バラバラになっていた鎧達が一斉に浮き上がり壁際にまで飛んでいく。その時、3人が手にした剣も付いていこうとしているのか、強烈な力で剣を取り返そうとする。

 “ヤバイ、このままじゃ!”

「大丈夫か、雷祇」

 圧倒的に不利な綱引きでもしているかのように、雷祇は鎧に引き寄せられていたが、カイヤックが助けに入りどうにかこうにか耐え凌ぐ事が出来た。

「そういうことだったのか」

「だから剣を?」

「まあの。それよりもお前達、今度はちゃんと頼むぞい。数が数だけに、ワシも余裕は無いじゃろうからの」

 そう言われて、2人は気合の声を上げる。だがその声も、塔に響き渡る足音で掻き消されていた。

「さっきまでの弱い奴期待してたのに」

「どうやら、強い奴だな」

 上の階段から4体、下の階段からも4体の援軍が到着し、12体の鎧が6階に揃った。

「行くぞい!!」



     10



《随分と苦しそうだニャ》

「……えぇ。このまま行けば、このままでは、もって明日まで。もしかすると、数時間後には尽きるかも、しれない……」

 月明かりが暗くて見えないはずの紫月の悶え苦しむ顔を照らし出す。その手を握り、祈るようにして目を瞑るのは静華。

《さっきは平気そうだったが?》

 バナンの言葉に、紫月の方を見つめながら黒火が首を振る。その顔には、唇を噛み締める笑顔があった。

「あの子、他人に弱みを見せるの、嫌うから」

《……》

 バナンも黒火と同じように、紫月と静華に目をやる。

《聞きたい事がある。黒火、お前にゃにか隠してにゃいか?》

「そ、それは――」

《もし黒火が紫月を助けたいのにゃら、本当の事を話すんだにゃ。俺様にはどうも引っかかるんだ。爺さんは仮にもここの守衛をやってたんだろ? にゃらにゃぜ塔の場所を知らにゃい。知っているのが当たり前で、知らにゃいのはおかしいだろ。しかもだ、詳しく知っていて、最短方法を知っているであろう黒火は、にゃぜついて行かにゃかった?》

 黒火はバナンの言葉で、ドンドンと背が縮んでいくように俯いていく。そして、最後には耐え切れなくなった体が、地面に崩れ落ちる。

「お願い、です。私、私は紫月を助けたいです。けど、村の掟で、本当の事は話せなかった……。けど今はもうそんなの関係ない! だって、ここを私1人じゃ、守りきれない。紫月がいてくれなきゃ、絶対に無理だから……。お願いですバナンさん! 本当の事を話すので、私を黒の塔に連れて行ってもらえませんか?」

《やはり、にゃにか隠してるんだにゃ》

「はい。実は――」

 紫月が話し出そうとすると、バナンはそっぽを向いて部屋から出て行こうとした。

《正直、俺様にはどうでもいい事だ。あの3人がどうなろうと、知った事じゃにゃいし。どちらかというと、死んでくれたほうが……。確かに、紫月は助けてやりたいとは、少しは思うが、それでもまあ、少しだ》

「そんな……。私1人では塔まではいけないんです! お願いです、お願いですから――」

 ここで、静華も声をかける。

「バナン君、私からもお願い。黒火さんを、塔まで連れて行ってあげて。それで紫月さんや、塔にいる雷祇達を助けて。お願い」

 “来た!” 《まあ、そこまで頼まれたんじゃ、仕方にゃいにゃ。けど、2人の願いを聞く代わりに、俺様の願いも聞いて貰いたいんだが》


 バナンに続いて黒火も木の家を出る。

《さぁ、どうぞ》

 地面に下りて、大きく翼を広げるバナン。それを見て、黒火は背中に乗った。

「あの、私を乗せて、飛べるんですか? 私、結構重た――」

 黒火は不安になったのか、バナンの背中に乗った時に聞いた。カイヤックが馬になった方が、断然安心感が違うであろうそれほど大きくないバナンの背中。だがその言葉が気に障ったのか、バナンは1度大きく羽ばたくと、大きな大砲に撃ち出されたかのように一気に空高く駆け上った。

《どうだ黒火? これでも心配する必要があったか?》

「い、いえ」

 その言葉に満足したのか、バナンは高さを維持する。そこでゆっくりと回転して、夜でも衰える事がない視力で遥か彼方まで見渡した。それでまず目に飛び込むのは巨大な石の柱。昼でも夜でも、空を支えているのはこの柱なのだろうと感心してしまう。先程までいた木の家よりも遥か上空に佇むバナンでも、頂上を確認する事が出来ない。次に感じるのは、森の中にいれば消される潮の匂いと波の音。そこが森の上だとは思えないほど、上空には潮の匂いが満ちていた。

 “うん? にゃんだ、あれ”

 その潮の先、遥か遠くに見えるのは、黒に染まる世界で尚怪しく、夜道を照らせるはずのはない黒い光なのに、何よりも黒く光り輝く塔だった。

《随分と派手じゃにゃいか。この暗闇のにゃかで、より濃くより深い黒い光をはにゃつにゃんて。あれが黒の塔か黒火?》

 怖さのあまり、バナンにしがみ付くので一杯一杯の黒火が何とか捻り出した声は、「そうです」というミジンコの声ほどの大きさの音量だった。

《そうか、にゃら飛んで行くから――》

 その言葉に黒火が反応した。ミジンコの声ほどだった音量を、蟻の声ほどに上げて。

「ま、待ってください。黒の塔に、飛んでは行けません」

《? どういうことだ? 俺様の飛行距離なら問題は――》

「そうじゃないんです。黒の塔には、上からの侵入を防ぐために対空用の迎撃魔法砲台が設置されてるんです。その威力は、砲弾などとは比べのにならない、今の私などではとても作りだせない威力の魔法の砲台なんです。地上用の砲台は、大したことがないので――」

《地上スレスレを飛んでいけばいいんだにゃ。そうと決まれば、さっさと行くかにゃ。しっかり掴まってるんだぞ!》

「え?」

 バナンはまず、黒火の腕に鬣を巻きつけた。そして次にバナンは羽ばたくのを止め、空気を足で掴むと、一気に地面に向かって空気を蹴って駆け下りる。地上に鼻先が掠めるくらいの距離まで地面に近づくと、一気に羽ばたき地上スレスレを風になって木々の合間をすり抜けながら黒の塔に向かった。それがあまりにも怖かったのか、指が千切れるぐらい鬣を強く握り締める黒火だった。



     11



 3人は人ではないくらいの速さで呼吸をしていた。脈打つ心臓も、走り出した馬の足と同じような速さで血液を全身に送る。6階の真ん中に集まり、背中合わせでそれぞれがそれぞれの鎧を監視しながら、3人はしばしの休憩を取っている。

「はぁ、はぁ、はぁ。い、いつまで、続くん、ですか?」

 寒いわけでもないのに全身から湯気を立ち上らし、膝に手を付きながら雷祇が聞いた。

「さぁのう? はぁー、まあ、こやつ等は、魔力で動い、とるんじゃ。その魔力が、後1、秒か、1分か、1時間か、1日か、1、ヶ月か1年か。どれぐらいで、切れるか分かりゃ、せん。ふぅー、何にせよ、さっさと切らさんといかんじゃろう、時間はあまりないからのう」

 それを聞いて、雑な笑いと共にカイヤックは言った。

「は、ははは。はーぁ、疲れた。そうだな、俺は体力が持って後1日、ってところだ」

「なんじゃ? やはりお前さんは、図体がデカイだけか。ワシは後2日はいけるぞい」

 その2人のバカなやり取りに、雷祇はただ呆れていた。

 “この2人は化け物か、単なる馬鹿か……。後者の可能性が高いな。僕はまだ普通だから、もう体力が無いよ”

 雷祇の心の中の弱音を聞き取ったのか、塔内に散らばっていた鎧達が磁石にでも吸い寄せられるように集まりだす。そして、そこに透明人間がいて鎧を着ていると言っても不思議ではないほど、鎧達はきちっと形を作り直して最初の姿に戻った。

「さぁて、いこうじゃねぇか」

「そうじゃ、さっさと片付けるんじゃ」 “あまり時間を使うのも得ではないのう。ワシの考えが正しければ、この中の一体に全てを操っておる奴がいるはずじゃ。じゃったら、まずすることは1つか”

 終演とカイヤックは、すでにもう息を整え終わっている。その2人と違い、雷祇はまだ体力を回復できていないようだ。

「来るぜ、雷祇、爺さん」

「それなんじゃがカイヤック、お前さん1人で雷祇を暫く守ってやってくれ」

「へ?」

 カイヤックが振り向くと、終演はすでに走り出していた。

「おいちょ、ちぃ!」

 カイヤックは終演に聞こうとしたが、それが出来ないとすぐに判断して振り向いた勢いに回転の勢いを足して、コマの様に回転した。その風圧で鎧達はすぐには近づけなかったが、水の鎧が回転の中に一体、また一体と飛び込み、3体全てが飛び込むと羽が動かなくなった扇風機状態でカイヤックは止まった。

「糞、が!」

 いくら力を込めても、同じ位の力を持っている水の鎧を弾き飛ばせるわけもなく、徐々にカイヤックの方が押され始める。

「雷祇、かわせるか」

「やって、みます」

 向かってくる鎧に、体力の回復しきらない雷祇の反応が悪い。

 “何でこんなに、疲れてるんだろう? いつもなら、もっと早く回復するのに……”

 “これじゃあ、無理か。何とかしねぇといけねぇな”

 カイヤックは雷祇の状態を見て無理だと判断した。3対1では流石に押されるカイヤックだったが、血迷ったのか押されている状態で一歩前に踏み出す。それだけでイクリプスはカイヤックの髪に触れる位置まで近づく。その状態になった瞬間、今度は後ろにかわすように跳ぶ。その時に水の鎧の真ん中にいた一体だけがバランスを崩したので素早くイクリプスを打ち込む。その攻撃で一体は倒せたものの、後の2体がカイヤックとの距離をすぐに縮める。

 “来るか!”

 そのうちの一体がカイヤックの懐にまで飛び込み拳を繰り出す。その攻撃を寸前でかわすと、今度はもう一体の攻撃が待っている。それを予測していたカイヤックは、イクリプスを振りかぶっていた。

     ガキン

 ここで聞こえたのは金属の擦れ合う音。カイヤックは太陽の剣を抜いて出来た穴に、水の剣を入れていたのだ。水の剣はイクリプスの月の部分で止まり、それを確認したカイヤックはイクリプスを天高く構えたまま水の鎧に近づき、近づききったところで蹴りで砕いた。そのカイヤックの背中に飛んで来ていた水の鎧は、土の剣で粉砕した。そしてすぐさま雷祇を見ると、ヨタヨタになりながらも、どうにか土の鎧の攻撃をかわしていた。が、火の鎧の攻撃は、全て肌に触れ、一度でも遅れれば致命傷になってもおかしくないほど、ギリギリの所だった。

「邪魔じゃ!」

 終演が向かう先に風の鎧一体が待ち構えており、腕から弾を放とうとしていた。その鎧に対して太陽の剣を腕に向かって投げつけた。それを弾を撃つ腕ではない方で叩き落とす、その行為を待っていた終演は、速さを増して風の鎧に近づき火の剣で叩き砕いた。もう2体の風の鎧も終演に弾を撃ってきていたが、その弾が届く前にケルベロスを手に取り盾代わりに前に構える。

「おい爺さん、何するつもりだ。まさか天井落とすつもりじゃねぇだろうな」

「え、あ、本、当だ」

 爆煙の中から現れたのは、天を落とそうとしているように見える格好をした終演の姿だった。

「心配せんでもええんじゃよ。もう今日は爆発弾は使えん。足止めするんじゃよ、足止め」

 そして放った一撃は、天井に触れた瞬間弾け、中からスライム状の雨を降らせる。

「さあ、これで足止めは十分じゃろう」

 そのスライム状の物体を火の剣で切り裂き、終演は辺りを見渡す。

「おい爺さん、俺らはどうしたらいいんだ」

「そう、ですよ。動け、ない」

 雷祇とカイヤックは物の見事にスライムの餌食になり、全身に浴びて地面にへばりついていた。

「まあ休憩しておれ。たかが3体の鎧、ワシが瞬殺してやるわい」

 火の鎧にはスライムが効かないらしく、3体の鎧が立ち上がっていた。だがその鎧達は終演の言葉通り、一瞬にして砕かれていた。それから1体1体丁寧に鎧を見て回ると、最初にカイヤックが盾を壊した水の鎧の胴体の内側に、なにやら円陣が書かれていた。それを終演が潰すと、スライムの下で形を保っていた鎧達が、ガラガラと音を立てて崩れた。

「一体どうなったんだ?」

「なぁに、簡単なことじゃよ。12体の内どれかが、塔から貰う魔力を他の鎧に供給してたんじゃ。多分、毎回その鎧は変わるんじゃろうがな」

 終演が2人についていたスライムを切り取り、動けないほど疲れていた雷祇のために5分程座って休憩を取った。

「さて、時間も時間じゃし、さっさといくかの」

 それから、雷祇達は何が待ち受けているか分からない最後の階に続く階段を上り始めた。


「爺さん。これも説明できるか?」

「……」

 3人は階段の終わりにあった扉を開いた先に踏み込んでいた。ただそこは、見覚えのある場所だった。そうそこは、

「これって、また、1階ですよね? どうなって、るんですか?」

 そこは1階とまったく同じ作りをした部屋だった。その光景に引きつる雷祇の笑顔。

「分からん……。じゃがここは、時間の感覚も狂うらしい。カイヤック、扉は開くか」

 後ろで閉まった扉に手をかけたカイヤックは首を横に振る。

「どうやら、戻る道はないようじゃな」

 そして3人はここでも10分ほど休憩をして、魔法の泉を求めて眩しいほど光が差し込む階段を駆け上がった。

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