第5章 魔女の住む森 (2)
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広場を見渡したカイヤックが見つけたのは、黒いマントを纏った少年と少女達だった。その10人以上の子供達は、黒い1つの生き物のように固まり顔を伏せている。
「おい、坊に嬢。オイタにしたら、度が過ぎてるんじゃねぇか?」
その子供達の側に近寄り言葉を掛けたカイヤックだったが、子供達は上から降り注ぐ言葉に無反応でただ俯いていた。その態度が気に食わなかったのか、足を浮かすと片足に全体重を乗せて地面を踏みつけた。その時の音か、はたまた地面が揺れたのか、子供達が一斉に飛び上がる。
《そうだにゃ――》
そんなカイヤックと子供達の間に飛んで入ったのはバナン。
《もし静華ににゃにかあったら、俺様は許さんとこだった。が、この糞馬鹿人間を殺ろうとしたのは褒めてやる》
「そうそう、静華、って、おい糞猫。もしかして俺のこと言ってんのか?」
《さあにゃ》
「はは、おもしれぇ。さっきの後で、ってのを今――」
睨み合うカイヤックとバナン。その2匹の言い合いを中断させたのは、終演のケルベロス。目の前で起こった爆発に怯えて固まる子供達に近寄り、雷祇が今まで聞いたことないような、孫を可愛がる祖父のような優しい声を出して話しかけた。
「お前さん達は黒の一族か、それとも紫の一族かの?」
終演の言葉に驚いた様子の子供達は、終演から目を逸らさずに一斉に後退りをする。子供達はある程度終演から距離を取れると、黒いマントを頭に被り自分達で作った集団の内側に顔を向け、ひそひそとなにやら話し出した。
「な、何であのおじいさん、一族の事知ってるんだろう?」
「分からないよ。けど、知ってるって事は、他の所の魔法使いなんじゃ――」
「それは無い。だって考えてみろよ、この空間の入り口には、黒の一族の花しか咲いてないだぞ。なのに何であの爺さん、紫の一族の事まで知ってるんだよ。危ない奴だぜ、きっと」
「そんな風には見えないわよ。確かに紫の一族を知ってるのは気になるけど、他の魔法使いの所だって二色一緒に住んでるんだから、何となく分かったんじゃ――」
「だから、何となくだったら、黒の一族ともう1つの一族、って感じで聞いてくるだろ? なのに、黒の一族か紫の一族か、って聞いてきたんだぞ。知ってるとしか考えられないだろ。それにあの連れてる魔獣、喋れるって事は話獣だぞ」
「しかも、獅子の話獣。そんな話獣、私でも見たことないし、図鑑でも獣王バロンくらいしか見たことないわ」
「あの――」
「獣王っていっても、進化型の話獣だった獣王に子供なんて存在しない。だから、ただ単に偶然獅子に進化しただけだと思うけど」
「か、可愛いなぁ〜」
真剣の話し合いの最中に、割ってはいるのは男の子の鼻の下が伸びきった声。
「……」
「お前、何見て言ってるんだ」
「一緒にいる女の子。ほら見てみ」
「あのぉ――」
「……可愛いな、確かに。けどな、今はそれどころ――」
「カッコイイよねぇ〜」
仕切り直そうとしたところに、女の子2人が声を揃えて溜息交じりにそう言った。
「……」
「あなた達、何言ってるのよ」
「だって、ねぇ」
「うん。あの最後に着いた男の子、かなりカッコイイよ」
「あ――」
「どれよ……。た、確かにカッコイイわね。けどね――」
先程から話しに入ろうとしている男の子。その子の視線の先には終演と、黒いマントを纏ったこの広場にいる子供の中で一番小さな女の子が話している姿だった。
「どうしたんじゃ?」
「おじいさんは、だれですか?」
「ワシか? ワシの名前は終演。遠い昔、ここに住んでいてのう」
「じゃあ、あちしとおなじ、まほうつかい、なんですか?」
「いや、ワシは魔法は使えんよ。この村の守衛をしてたんじゃ」
「しゅえい?」
「あぁ、分からんかったか。この村を怖い者から力で守っておったんじゃ」 “そうか、やはり守衛は居らんのか……”
「そうなんだ。おじいさん、わるいひとじゃ、ないんだね。だったら、じこしょうかい、しなきゃ。あちしは、くろつちです」
「そうか、お前さんは――」
「黒土!!」
2人に飛んできたのは驚きと怒りを含んだ子供達の声だった。
「何してんだ黒土! さっさと戻ってこい」
少年が女の子、黒土に向かって何度も手招きをする。けれど黒土は首を横に振って、終演の足にしがみ付いた。
「どうしたんじゃ?」
「こくすい、おこってる。あちし、おこられるの、きらい」
そう言って、終演の後ろに隠れる黒土。その姿に、手招きをしていた少年は完全に怒ったのか、鬼の形相というには程遠いが怒った顔で黒土に近づく。
「来い黒土! 爺さん、あんたらが何者か分かるまで、ここをあまりうろつかないで貰うからな」
「いたい、こくすい!」
「お前が言う事聞かないから――」
「何やってるの!!」
それは、終演から黒水という少年が黒土の腕を引っ張って離そうとしている時、広場の雷祇達が来た方向とは違う入り口から聞こえてきた。そこにいたのは2人の女性。2人とも子供達と同じように魔女のような格好をしていて、子供達よりかは随分と年上に見える。ただ、雷祇は二人の事を10代だと確信した。
「あんた達、何や、!」
その内の1人、短髪の女性が黒水と黒土に怒りながら近づいていたが、その2人の後ろに終演を見つけると、足を止めて驚いた表情をする。が、表情はすぐに違う感情で満たされていく、それは先程とは比べ物にならないほどの怒り。深く険しく眉間に皺を寄せ、激昂した声で終演に怒鳴りつける。
「何故、何故あなたがここにいるんですか!! 2度と此処には入れないようになったはず、見えなくなったはずでしょ! それなのに、どうして入ってきているんですか!! どうして、私の前に現れた、ん――」
終演はその女性から目を逸らしていたのですぐに気づかなかった。激怒していた女性が、突然崩れて地面に座り込んだ事に。
「しづき、おねぇちゃん」
怒鳴っていたはずの声が消え、代わりに聞こえてきたのは黒土の声。それで異変に気づき、終演は女性を見る。そこには、倒れこむ女性の姿があった。それを見て慌てて女性に近づき手を伸ばす。
「触らないで!」
が、女性は大きな声と共に、終演の手を叩いて睨みつける。
「紫月……。あなたは子供達を家の中に入れて、ご飯の用意をして」
それは紫月と呼ばれた女性と一緒に広場に入ってきた、男が癒されそうな顔をした女性の声だった。
「何言ってるのよ黒火! 私はまだ――」
「いいから! あなたは子供達を中に」
その女性に紫月は逆らえないのか、渋々という言葉がピッタリな程とぼとぼと、子供達の手を取って巨大な木の家の中に入っていった。その時も紫月は終演を睨みつけていたが。
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「あの、もしかして、終演さんですか?」
黒火と呼ばれた女性が、紫月が家の中に入ったのを確かめて終演に話しかけた。
「そうじゃ。お前さんは?」
「私は黒火といいます。今は訳有って黒の一族の長をしています」
「長? お前さんが? それにしては随分と若いのう。何かあったのか?」
黒火は少し躊躇い目を伏せる。
「何かあったんなら話してみな。俺らで解決できそうな事なら手伝うぜ」
短く立った髪の毛が少し燃えているカイヤックが、頭を払いながら黒火に近寄る。
「分かりました……。4年ほど前までこの土地には、私や紫月を含めると33人の魔法使いが住んでいました。もちろんその中には私達より上の世代が何人も、正確には私と紫月が一番下なくらいだったんです」
《それが、どうして子供しかいにゃくにゃったんだ? 4年前ににゃにがあった》
「それは、それは突然起こったんです。この土地で最強の魔法使いにして長だった黒死が病に倒れたんです」
「病、じゃと? まさか!」
驚くのは終演だけで、他の3人と一匹は何の事だか訳が分かっていない。それでも黒火は話を続ける。
「はい終演さん。そのまさかが起こったんです、この土地に」
「魔渇病、かのう」
終演の言葉に黒火はただ頷く。
「ま、まかつびょう? 何だそりゃ?」
理解出来なかったカイヤックが、目を疑問符にしながら首を傾げる。
「魔渇病、それは病気に掛からない魔法使いが、唯一掛かる病気。体力と同じで、魔力も使えば使うほどその絶対量は増えていくんです。けれどどちらも、休めば必ず回復する。それがもし、回復せずに減り続けるとしたら、どうなりますか?」
「体力なら動けなくなって、そして死ぬ、か」
「それは魔力でも同じなんです。ですから、魔渇病に罹った人は確実に死に向かう。しかも魔渇病の最後は、人が枯れて灰となるんです」
「じゃが、おかしいの。魔渇病などとおに滅んだ病気じゃぞ」 “そうじゃ、あの時確かに消滅さしたはずじゃ”
「それは知っています。けれどそれ以外考えられないんです! 私の目の前で、何人もの魔法使いが砂へと姿を変えた。これを説明できるのは魔渇病だけなんです! 半世紀大戦の5つの大罪の1つ魔道丸。その魔道丸で創り出された魔法使い対策のためだったもう1つの大罪、対魔法使い用生物兵器。その魔渇病がどうして今になって、この土地で広がったのか、私には見当もつきません……」
「まったく理解できん。雷祇、お前分かったか?」
雷祇の横に行き、秘密の話をする時と同じ大きさの声で話しかけるカイヤック。
「ま、まあ、だ、大体は」
「マジでか! お前ぇ凄いな。俺は半世紀大戦の5つの大罪の内1つしか知らねぇ」
「僕は4つしか知りません。さっきの2つと、人と魔獣の融合を試みたキメラ化計画。そして、あまりにも酷い扱いを受けていた魔法使いが一族滅亡と隣合わせで行った賭け、異世界の神を召喚して半世紀大戦を終わらし、星の形を変える一番の原因になったラグナロク。魔渇病とキメラ化は現実には起こってないと言われてますし、後1つは知りません。こんなんで星の守護やってていいんだろうか……。とまあ、何も知らないカイヤックが知ってるのはどれですか?」
「お前、軽く嫌味言っただろ? ま、まあ、俺が知ってるは、いや、それは……。あ、あぁ、それだ、らぐ、ら……。まあ、それだ」 “知られてねぇのか、夏人冬花”
雷祇はカイヤックの慌てぶりになんだか違和感を感じながらも、また終演が喋りだしたのでそちらを聞くことにした。
「それで、今は収まったのかのう」
「それは……」
一段と話しづらそうに俯く黒火。その態度で、終演の頭には先程の光景が思い浮かぶ。
「ま、まさか、紫月、紫月が、罹っておるんか?」
唇を噛み締めて、終演から目を逸らす黒火。
「馬鹿な……。なぜ、なぜ紫月が……。そうじゃ、手は打たんかったんか? 泉、魔法の泉の水で――」
「無理ですよ。この土地には魔法使いしかいなかったんです。だから、だから私は奇跡だと思っているんです、終演さんが帰って来てくれた事! 紫月を助けるためには、もう魔法の泉しかないんです。『黒火は生き残らなければならない』と、1人で魔渇病に罹った人の看病をしていた紫月にはもう余り時間がないはずなんです! 早く治さなければ、紫月の魔力が尽きて、紫月は、紫月は……」
噛み締めていた唇から溢れる言葉は、同時に目から涙も零れさす。そして涙に引っ張られるように頭を下げる黒火。その姿に心打たれた、訳ではないだろうが、終演の表情が見る見る険しくなっていき、黒火に尋ねる。
「黒火嬢。紫月は、いつぐらいに魔渇病に罹ったんじゃ?」
「罹った時期は分かりませんが、発症してから10日経ちます」
「それなら、もう時間はあまりないようじゃな。どこに魔法の泉を守る塔があるんじゃ? ワシがこの村の守衛だった頃でも、一度として近づけはせんかったから、場所を知らんのじゃ」
その言葉を聞いて、顔を上げる黒火。
「それ、じゃあ、行ってくれるんですか!」
「無論じゃ」
「まあ、そういう事だ。理由はよく分からねぇが、何やらヤバイんだろ? だったら手伝うぜ」
堂々と胸を張り、腕組みをするカイヤック。そのカイヤックの腕を見ながら雷祇が呟いた。
「足手纏いにならなければ良いですが」
「あぁ! なる訳ねぇだろ。嬢ちゃんに腕は少し治してもらったんだぜ」
「……腕なんて、千切れてしまえばよかったんだ。もう僕の出番を取れないように」
その言葉が聞こえてきたカイヤックの顔は凍りついた。そんな2人を無視して終演が黒火に塔の場所を聞き、3人は走って向かった。
「あの」
静華が黒火に尋ねる。
「魔渇病は、子供には罹らないんですか?」
「え、あ、はい。魔渇病は、魔力のある物になら本当は誰でも罹るらしいんです。それで言えば、生き物全てに該当するんですが、どうやらある一定以上魔力が強くならなければ罹らないようなんです。だから、まだ小さな魔力の子供には罹らないみたいです」
最後の言葉に引っかかったのか、バナンが嫌味を含めて言う。
《あの威力で、小さいとはにゃ》
「コラ、バナン君そんな事言ったら――」
「あの、あの子たちが何かしましたか?」
静華は嘘が下手なようで、隠すように言ったつもりだったが、結局先程の事全て話してしまっていた。と言っても、バナンが横から詳しく話を付け足していたが。その事で、黒火が子供を怒りに行こうとした時に、静華が一番気になっていたことを聞いた。
「あの、終演さんと紫月さんの関係は、どういったものなんですか? 何だか普通の関係じゃないような気がして?」
「2人の関係ですか? そうですか、知らないんですね。2人の関係は――」