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テスタメント  作者: 竜丸
23/82

第5章 魔女の住む森 (1)

     1



 今現在僕たちは、森を迷って3週間と2日が過ぎた。2ヶ月分あった食料は殆ど無くなり、食料用に買ったリックの底が、はっきりと見えるくらいにまでなっている。なぜ毎度毎度こんな非常事態になるのか、その理由は簡単。終演しゅうえん、カイヤック、そして新たに入ったバカ、バナン。この3匹が何も考えずに食べまくりやがって、2週間を過ぎた辺りから食料の減りが著しくなり、3週間を過ぎた今では食料が危険信号になっている。当然、その3匹には2週間辺りから殆どご飯を食べさせていない。それでも生き残る3匹の生命力には、正直ビックリしているけど。しかも、態度はいつもと変わりなく平然としている。バナンはともかくとして、終演やカイヤックはどうやっているんだろうか? とまあどうでもいい事は置いておいて、そんな中でも、僕は静華せいかだけは普通に食べてもらうことにしている。静華の性格からすれば、僕を含めて3人と1匹が殆どご飯を食べていない事を知ったら食べなくなるだろうから、内緒にしている。しかし、僕たちに余裕は無い。今から戻る事なんて当然出来ないし、このままだと後2日もすれば食料はなくなる。それまでに終演の目的地に着かなければ、僕たちは大変な事になるよ……。



《にゃあ、静華。静華はどうして目が見えにゃいんだ?》

「私の目は、生まれつき見えないの。だから、バナン君がどんな顔なのかも見えないの」

《そうか、それは残念だにゃ。俺様はかなりの男前なんだがにゃあ》

「男前? でもバナン君は、人間じゃないでしょ?」

《甘いにゃ静華。格好良さに、種族は関係にゃいんだ! まあそれはそれとして、その首のペンダント。静華に似合わにゃい、随分派手にゃ作りだにゃ》

 静華が唯一付けている装飾品が、バナンが言う派手なペンダントだった。それを手に取り、大事そうに触る。

「これ、ですか?」

《そう、それだ》

「これは友達から、クラリアちゃんから貰ったんです」

《クラリア?》

「ブリック・キングダムの王女様なんですよ。声も可愛くて、性格も可愛かったので、顔も可愛いはずですよ」

 静華は随分とバナンの事を気に入ったみたいで、今では常に一緒に居るようになった。というよりも、この前の雷祇らいしが静華の胸を触った、と静華が思い込んだ日以降、雷祇とは口も聞いていないだけだが。それでも周りは、静華ほどバナンに心を開いていはいない。特に雷祇と終演は。その理由は戦ったという事だけではなく、急激な成長を警戒をしている事もある。3週間前までは猫ほどの大きさだったバナンは、今では少し大きな、子供くらいなら乗せても崩れなさそうな犬くらいの大きさになっているから。


 “あの時僕は、どうやってバナンと戦っていたんだ……。何で、何で思い出せないんだよ。一体僕は――”

「よお、どうした? 元気ねぇじゃねぇか。ってあれか、もう食料が尽きちまう事に悩んでんのか。まあ、あの量じゃ持って数日だろうしなぁ。けど心配しなさんな。死なねぇ程度なら、どうにでも出来るからよ。ここは森だからな」

 先頭の終演と、その終演から少し遅れて静華とバナン、その後ろにいたカイヤックが、随分と遅れていた雷祇の側にまで寄っていた。

「まあ、それも少しは心配ですけど、僕、僕の……」

「……あぁ、あれか、嬢ちゃんの乳揉んじまってから、無視されてる――」

「揉んでませんよ! 触った、って触ってもいませんよ!! 何言ってんですか、まったく」

「そう照れなさんな、っと、おい雷祇。その嬢ちゃんはどこいったんだ?」

「何急に言ってるんですか。静華なら、あれ静華?」

 カイヤックを見上げていた雷祇が前を向いた時、見えたのは終演の背中1つだった。

「おかしいな、さっきまで前を歩いてましたよね?」

「あぁ、間違いねぇ。おい爺さん! 嬢ちゃん、あんた抜かして先に行ったのか?!」

 馬鹿の付くほど大きなカイヤックの声に、後頭部を殴られた終演は機嫌の悪そうな顔を2人に向ける。

「何言うとるんじゃ! 静華嬢ならそこに……おらんのう」

 いると思っていた静華が突然消えた事に、豆鉄砲を喰らった鳩のように終演も驚いていた。

「どういうことじゃ? お前さん達、静華嬢を追い抜かしたのか?」

 2人の側にまで歩いてきた終演。

「追い抜いてませんよ。終演も見てないんだったら、一体静華はどこに?」

「消えた……。俺達の真ん中にいた嬢ちゃんが、綺麗さっぱり」

「もし消えたのなら、バナンも一緒に……。まさか、バナンが――」

《にゃに妄想してるんだ。俺様はお前とは違うんだよ雷祇》

 まるで妖精が喋りかけてきているみたいに、何もない場所から聞こえてきたバナンの言葉に雷祇は驚く。

「え……」

「なんだ糞猫、お前そんな技あったのか。スゲェな、おい」

《にゃに言ってる? 俺様はお前達の真ん前にいるぞ》

 そう言われても、3人には見ることの出来ないバナン。

「バナン、静華嬢は隣に居るのか?」

「はい、何ですか?」

 バナンが答える前に、静華自身が答えた。その声を聞いて終演は頷き、バナンに問いかける。

「バナン、お前さんが見回した時、何が見える?」

《景色の事か?》

「そうじゃ。先程までと変わったところがあれば、なるべく詳しく教えてくれんか」

 終演の言葉に従ったのか、バナンの声が聞こえなくなった。それを疑問に思ったカイヤックが雷祇に話しかけようとしたとき、見えなくなったバナンからまた声が聞こえ始めた。

《道、道が見える。先程までのようにゃ単なる森じゃにゃく、まるで人が造りだしたようにゃ、可哀想にも切り揃えられた木々と、草花が毟り取られて作られた一本の道》

「それ以外には、何が見える?」

《爺さん、俺様ににゃにを言わせたい?》

「何が見えるのか聞いてるだけじゃ」

《……それ以外には、俺様でも見たことのにゃい黒い色をしたはにゃ。今俺様が見てる、このおかしな空間には、お世辞でもお似合いとは言えにゃいようにゃ、黒いはにゃ》

 カイヤックと雷祇は周りを見回すが、バナンが言うような物は一切見当たらない。それでも終演は疑う事無く、見えないバナンと会話を続ける。

「その黒い花は、どの辺りに生えとる?」

《どの辺りって、あの辺りだ》

「……もしかしてお前さん、指か何かで示してるのか? 口で言ってくれんか、ワシらはそれに従う」

《いいだろう、教えてやる》

 それから3人はバナンの言いなりになり、右と言われれば右に行き、左と言われれば左に歩いた。

「おい、何か馬鹿にされてねぇか? 俺達」

「多分そうでしょうね。何十回も、同じ場所行ったり来たりしてますし。多分、動き始めて10分くらい経ちましたからね。けど何で終演は、バナンになんか従ってるんだろう?」

 終演は何も言わずに、ただバナンの言葉に従っていた。それからさらに5分が過ぎた時、3人が最初いた場所と差して変わらない位置にバナンが言葉で誘導した。

《そうそこだ》

「本当かのう?」

《あぁ、嘘じゃにゃい》

 その言葉を信じたのか、終演は背負っていたリュックから何かを取り出した。それは黒い液体が入った、親指ほどの小さな瓶。

「本当じゃな」

《にゃんべんも言わせるにゃ》

 終演がその瓶の蓋を開け、雷祇とカイヤックを見た。並びは終演、カイヤック、雷祇の順番。

「雷祇、ワシとカイヤックの間に入れ。ワシとカイヤックは、三分の一歩間を空けるんじゃ」

 言われた通りに雷祇が動き、終演とカイヤックの間に入ったのを確認して、終演は黒い液体を少しだけ残して3人に掛かるように振りまいた。

「おい、爺さん。一体何始めるつもりだ?」

「直に分かる。バナンの言葉が本当ならのう」

 “チィ、にゃにするか知らにゃいが、雷祇だけは外そうとしたのににゃぜバレた?”



     2



「これ、は……」

「何だ、ここは?」

 3人それぞれが瞬きをして瞼を開いた時には、先程までと景色が一変していた。バナンの言葉どおり、木々は綺麗に揃って生え、土のどこまでも続きそうな、3人くらいならば横に並んでも平気なくらいの一本道。脇には花壇の中で大事に育てられているような花達が揺れ、ただの太陽の光が天使が踊っているかのように淡く煌く。美しくも儚い夢の国がここにはあった。

「さっさと行くぞい」

 そんな景色を見て驚いていたのは、どうやら雷祇とカイヤックだけだった。終演はただ一度、脇に生えている花達の中で唯一異彩を放つ、1メートル程だけある黒い花を見ただけで歩き出していた。それに続いて歩き出したのは、静華とバナンだった。静華が見えていたならきっと喜んだであろう景色を、バナンが詳しく静華に伝えながら。そんなバナンに、静華も笑顔で答えて、1人と1匹は相変わらず楽しそうだ。

「なあ」

 そんな終演達から遅れていた雷祇とカイヤックが、悪い事を話す訳でもないのになぜか小声で話し始めた。

「何ですか?」

「ここは一体、何なんだ?」

「さあ、僕が知るはずないじゃないですか。けど、なんだか人が住んでいるようには感じますけど」

「ああ、そりゃ俺も感じてる。今まで歩いて来た森ん中とは、自分景色が変わっちまってるしな。それに……」

「それに?」

「爺さんの雰囲気がまた変わったろ? 何か知ってるんだろう、この場所の事。それか、ここが爺さんの言ってた目的の場所かもな」

「……そうかもしれませんね」

 そこで2人の会話は途切れ、森の中にはバナンと静華以外の話し声は聞こえなくなった。そんな静かな森の中を、かなりの時間皆は歩き続けていた。雷祇はポケットから懐中時計を取り出して時間を見てみたが、なぜか秒針が動いておらず、時間が確かめれなかったので代わりに空を見上げる。そこには、随分と傾き、空の支配を月に換わろうとしている太陽の姿があった。

「見えてきたようじゃ」

 この不思議な空間に入ってから最初以来、終演が喋ったのは2度目だった。その終演の言葉は、遠くに見える大きな木のことだった。目的の場所が見えたことで、自然と雷祇達の歩く早さが上がり、だんだんと大きな木に近づいていく。そして近づけば近づくほど、その木の大きさに終演と静華以外は驚愕し始める。その木の幹は人で比べる事など到底出来ず、脇に生えている木々とも比べようがない。あえて言うならば、1つの国の城ほどの大きさ。高さも、小さな国の城よりも高く、雷祇はブリック・キングダムの城のようだと思っている。その木が伸ばす枝は、空を覆いつくしていくかのような圧迫感があり、恐ろしくも感じてしまうほどだ。

「あれ? あれって、窓ですよね」

「窓だけじゃねぇよ、上の枝見てみな。実かと思ってたら、ありゃランプだ。どうやら、人が居るので間違いなさそうだな」

 雷祇とカイヤックは、木の幹に窓が、枝にはランプがあるのを見つけて、一気に緊張感を高める。そんな中でも、バナンと静華は楽しそうに会話をしていた。

 “にゃんだ?”

 そんな楽しい会話の中で、バナンは何かを感じ取っていた。

 “空気が変わっていく……。あそこに居るのは、人間の子供か? にゃにをして……”

 バナンが見つけたのは、大きな木の下にある広場に集めっている、黒いマントを羽織ったいかにも魔女や魔導師が着そうな服装をした、十数人の子供だった。

 “4人前に出ているのか。杖を重ねあっ、あれは……。水の精霊、か? まさか!”

 突然バナンは静華を自分に跨がせると、羽ばたき雷祇達の下に向かった。

「なんだ糞猫?」

《木の下にある広場に子供がいる。そいつらが、こちらに向かって魔法を撃ってくる気だ》

 そう言うと、バナンは静華を背中から下ろして雷祇達の後ろに付かせた。

「爺さん、戻ってきな! 何か知らねぇが、魔法がどうのこうのらしい!」

 カイヤックの声で、終演は雷祇達の元に走って戻ってきた。



     3



「皆で静華嬢を庇うのじゃ。ワシとカイヤックが前、バナンが静華嬢の上で、雷祇が後ろじゃ」

 3人と1匹がその通りの陣形を作り終えた瞬間、先程までは何もなかった道の先から、なにやら水が流れる音が聞こえ始める。

「何の音ですか?」

 後ろで何も見えない雷祇が、誰か答えてくれるだろうと思い聞いてみたが、誰も答えはしなかった。そうしてる間に、始めは雨粒ほどだった水が徐々に大きくなり、終演達に向かって飛んでくる頃には道の幅ぐらいある巨大な水の塊と化していた。

「来るぞい!」

 終演はそう言うと、ケルベロスから布を剥いで飛んでくる水の塊に照準を絞ろうとした。

「おい爺さん。アンタの大砲じゃ防げねぇだろ? だったら、ここは俺が行くぜ!」

 ケルベロスを構えた終演にカイヤックはそう言って、水の塊に向かって正面から突っ込んでいく。そして、終演達からある程度の距離を置いた所で、イクリプスを地面に向かって斜めに突き刺し、柄の先を背中に押し当てると、右足を前に出し腕を交差して踏ん張った。

「来な!」

 その大きな声は、相手を怯ませるのと自分に気合を入れる両方を兼ね備えている。が、相手は遠くの子供で、目の前に迫るのは水の塊。当然怯むはずも無く、それどころか速さを増してカイヤックに襲い掛かる。

 “ず、随分、予想、以上じゃねぇか!”

 水の塊がぶつかった瞬間、カイヤックは体が宙に浮き上がるような衝撃を全身に受けた。それはまるで、列車と正面衝突した時の様。もしイクリプスが無ければ、確実に体ごと持っていかれたであろう状態を、カイヤックは全身に力を込めなおす事で踏み止まり、逆に水の塊を押し返し始める。踏み出していた右足の指を、毛虫が動く時のように動かし少しずつ前に出る。

 “この程度なら、平気で、押し返せる! まあ、体が持てば、だが”

 押し返している水の塊から削れた水滴がカイヤックに触れるたび、小さなドリルで肌を掘り進められるように抉られ血が飛び散る。それ以外にもカイヤックには気になることがあった。

 “この地面、持ってくれなきゃ、ヤバイんだがな”

 その心配事は、踏み出している右足の下の地面にひびが入り始めていること。それに加えて、カイヤックと水の塊の衝突に耐え切れず、徐々に右足が沈んでいく事もある。まるで、沼に嵌ってしまったかのように地面に右足が沈んでいく。その間も、カイヤックは声ともならない声を出して踏ん張っている。が、その時だった、カイヤックの心配していた事が現実に起こったのは。

「チィ!」

 右足の踏ん張りに、とうとう地面が耐え切れなくなり陥没を起こす。気にしていたとはいえ、突然の事にバランスを崩して体勢が崩れる。体は前のめりになり、顔が水の塊に突っ込み、押し返していたはずの体がまたイクリプスにまで戻される。状態は完全にイクリプスに凭れる格好になったが、すぐにまた全身に力を込めなおして持ち直す。

 “危ねぇな、おい。イクリプスが無きゃ、完全に殺られてた”

 そんな事を思いながらも、カイヤックは体勢を変えていく。それは、常人には到底無謀な行為。

「うお、ぉぉぉぅう! なめんじゃ、ねぇぞ!!!」

 大きな声と共に、交差していた手の内右手を後ろに引くと、指を綺麗に揃えて、槍を突く様に右手を繰り出した。突きには弱かったのか、右手は綺麗に水の塊の中に吸い込まれた。そして次の瞬間には、左手も同じようにして水の塊の中に潜り込ませる。完全に2本の腕が水の塊に入ると、魔法に対してカイヤックは、完全肉体主義で行動を起こし始めた。


「嘘! あいつ、俺たちの水弾壊そうとしてるぞ!」

「くそ、何て馬鹿力だ。次、次の魔法、準備しろよ」

 4人は集めた杖に全神経を注ぎ込むが、その杖が少しずつ離されていく。

「皆、もっと力入れてよ!」

「やってるでしょ!」

「そ、そうだ。今ここにいる中じゃ、一番マシって言っても、こんな奴、俺たちの力だけじゃ……。せめて、次の魔法の、時間稼ぎ、だけでも――」


 カイヤックの腕の身は水の塊の中で削られ、血が水の塊の中に漂い始める。それでもお構い無しに、カイヤックは水の塊を少しずつ、目一杯の力を込めて引き裂き始める。そして水の塊に少しずつだが、地割れのような亀裂が走り始めた。

「うおらぁ!!!」

 それに気づいたカイヤックは、ここぞとばかりに腕に力を込める。そのあまりの馬鹿力に耐え切れず、水の塊は全体に走った亀裂から水が溢れ出し、泥団子が乾いて砂となって崩れるような呆気ない砕け方をした。

「ハン! 余裕――」

「イッパイイッパイだ」

 終演、バナンがまるで1人が言ったと思わせるぐらい揃えてカイヤックに突っ込んだ。

「あん!」

 怒るカイヤックに終演、バナンが指差すのは、身が削り取られて骨が少し見えている腕。

「……やっぱり、余裕だ」

 その状態の腕を見ても、冷や汗混じりに強気の発言をして、イクリプスを地面から抜き背負った。

「余裕は無いぞ! まだまだ来るはずじゃ!」

《フン、任せにゃ。次はどうやら俺様の出番のようだ》

 カイヤックは後ろに下がって、心配する静華に大丈夫だと頭に手を置いたが、静華はそのカイヤックの腕を取ってゆっくりと目を閉じた。

 “どうやら、さっきの水の魔法が相当強かったようだにゃ。精霊の集まり方が、随分と弱い”

 バナンが先程までカイヤックがいた場所に飛んで行き、大きく息を吸い込む。そんなバナンに、風は塊を作って飛んでくる。それが確認できるのは、木々の撓りが波となって葉を揺らして迫ってくるから。

 “この程度の風か。相殺するのは難しそうだにゃ。子供とはいえ、相手が悪かったと思って死んでもらうか。どちらにしろ、成長すれば殺すんだからにゃ”

 風船の様に膨らんでいく体。針を刺せば割れてしまうくらいに膨らみきったバナンが、風の塊に向かって圧縮した空気を吐き出そうとした時。

「バナン君、やりすぎちゃ駄目だからね」

 静華の声だった。その声にバナンは吐くのを止めた。ただ、バナンは止めても風の塊が飛んでくるのは止まりそうにない。

 “にゃ、にゃに! にゃぜバレ、ってあの糞人間”

 バナンが振り返って見たのは、静華に話し掛けているカイヤックの姿だった。

「殺しちゃ駄目だよ、バナン君」

 マグマでも凍り付いてしまう程の寒気を呼んだのは、カイヤックが静華を真似したのであろう声。

 “あの糞人間、後で殺してやる!”

 バナンが前を向くと、すぐそこにまで風の塊は迫っていた。その風の塊に、バナンは虫の息ほどの空気を吐く。が、流石にそれでは風の塊は消せなかった。次に、人の溜息ほどの空気の塊を吐いた。が、これでも少しだけしか風の塊を削れなかった。

 “め、面倒臭いにゃ! もういい!”

 加減の仕方が分からず、それがストレスになったバナンは体に吸い込んだ息を、吐き出すのではなく、普通に息を吐くのと同じように鼻から出した。

 “加減にゃんて面倒臭くてやってられにゃい!”

 バナンは、迫り来る風の塊に向かって、少し大きさを取り戻した翼で羽ばたき、巻き起こした風をぶつけた。その風のぶつかり合いはバナンの正面で起こったが、ぶつかった瞬間にはただのそよ風となって森を撫でて消えた。

《後で殺すぞ、糞人間》

「あぁ、いいぜ糞猫」

 腕の傷がよくなったカイヤックが静華から離れ、バナンが戻ってきて来た時、2人はすれ違い様にそう言った。

「どうした爺さん」

 歩き出す終演にカイヤックが声をかけたが、あっさりと無視をされた。

「あの、僕――」

 ゆっくりと歩き出しながら、終演はケルベロスを構える。そんな終演に向かってくるのは、道の幅より少し小さな地面の突起。高さは2メートル近くあり、それが津波となって向かってきているが、それに動じることなくケルベロスの引き金を引く。

 “2連射ねぇ”

 引き起こした斬鉄を素早く前後すると、ケルベロスから撃ち出されたのは繋がったように見える弾だった。その弾は、普通の弾に比べ随分ゆっくりと岩の突起に向かっていく。

 “今かの”

 その連なる弾が突起と後僅かでぶつかるという時、終演はケルベロスをもう一発は放った。その弾は連なる弾と違い、とてつもない速さで向かっていく。それは雀と隼ほどの違い。そして、地面の突起には3発の弾が同時に当たった。その瞬間、森を包み込んだのは、あらゆる物の音を掻き消すほどの爆発音。その音が止んだ時には、地面の突起は完全に収まっていた。

「カイヤック、お前さんの剣を貸せ」

「え? 何だって?」

 その音の中を、終演は平然と歩いてカイヤックの下にまで来ていた。しかし、強烈な爆発音で耳がおかしくなったのか、カイヤックが聞き返す。

「さっさと貸せ!」

 終演はそう言って、ケルベロスでカイヤックの腹を全力で殴りつけた。当然、カイヤックは腹に直撃を受けて屈む。その屈んだカイヤックの背中からイクリプスを手に取り、また先程の場所まで歩き出す。その時剣に、この場所に最初入る時に残しておいた黒い液体を振り掛ける。

「何すんだ、爺さん! って、どうするつもりだ?」

 前に置かれていたケルベロスを手に取り、カイヤックが屈んでいた態勢から正面を向くと、今度は火の玉が飛んできていた。その火の玉を見ながら、終演は振り返る事無く答えた。

「無論、叩き斬るんじゃよ」

 待ちきれなかったのか、終演はその火の玉に向かい走り出していた。そのまま突っ込んでしまうのかと思うくらい、ギリギリまで火の玉に近づいた終演が立ち止まった時には、火の玉は真っ二つに斬られて消えていた。

「さっさと行くぞい」

 終演はイクリプスをカイヤックに返し、カイヤックはケルベロスを終演に返した。

《流石、といったところかにゃ》

「何がですか?」

《いや、にゃにも》

 終演のすぐ後について歩くカイヤックと、その2人から少し遅れて歩く静華とバナン。その3人と1匹は、普通の歩みで大きな木の下にある広場に向かっていたが、雷祇だけはとてつもなく遅れていた。

「あれ? 僕何もしてないよね? あれ、おっかしいな? ねぇ、僕何も――」

 終演達から数分遅れて雷祇は広場に着いた。そう、ようやく全員が広場に着いたのだ。

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