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テスタメント  作者: 竜丸
22/82

第4章 森の声 (6)

     17



 話獣から放たれた光が頂点にまで達したらしく、少しずつ弱く、小さくなっていく。そう、どんどん、どんどんと。その間にも、小さくなる光は球体を作って浮き上がっていた。そのままの大きさならば、昼でも見える大きな火の玉にしか見えないだろうが、まだ光は小さくなっていき、先程まであった話獣の体よりも縮んでいく。ただそこに肝心の話獣の姿はなく、光の球体はカイヤックの体ほどにまで小さくなっている。そして、小さくなる光が収まった時、中から現れたのは大人になった猫ほどの大きさになった話獣だった。顔を覆う鬣と背中の翼がなければ、完全に猫と間違えてしまう、いや猫ならば喋る事は出来ないが。

《にゃ、にゃんてこった……。まさか俺様が負けるとは……。にゃさけない、あぁにゃさけない! しかも森まで、って森にゃおってるじゃにゃいか。ああそうか、もうそんにゃに時間が経ったのか。転生は3度目だったが、ここまで綺麗ににゃおるには100年は経って…にゃ……》

「……」

《……》

 暫く無言で見つめ合う4人と1匹。そこに漂うのは、恐怖などとは似ても似つかない不思議な時間。

《にゃ、にゃぜ、にゃぜお前たちが! まま、まさか、時間が進んでいにゃい? そ、そんにゃはずは!》

 この中で誰よりも混乱している話獣。頭と鬣を躍らせて、クルクルと自分の尻尾を追いかける犬のように回っている。その2つの行動を突然止めると、鬣が踊るのを止め、今度はモップのようになり顔を覆い隠す。そのモップのような鬣を、話獣が張り上げた声が掻き分けて皆の耳に飛び込んだ。

《よ、よく聞け人間ども! 俺様を、そうだ俺様を倒した事、これだけは褒めてやるぜ! だがにゃ、これだけは言っておくぞ……。俺様は負けてにゃい! 倒されただけで、こうして生きてるんだからにゃ! にゃはははは!》

「……」

 自信満々に、誇らしげに、威厳のカケラもなくなった話獣がそう言った。張り詰めていた緊張の糸が、突然現れた先程までとはまったくの別の物の話獣によって切られ、4人はただ呆気に取られることしか出来ていなかった。

「あの、一体―」

「え、あ、何もないです。そうです、何もないですよ、静華」

 理解できていないのは静華も同じで、話獣の笑い声が響く中、雷祇にそう尋ねたのだ。雷祇は雷祇で、静華の言葉でようやく自分を取り戻したようで立ち上がる。

《しっかし、まさかこの俺様が殺られるにゃんて……。お前は一体にゃに―》

「さあ、帰りますか?」

「そうじゃのう」

「ですね。森に長居はあまりしたくない、という本音を抜きにしても、そろそろ戻らないと」

「あぁ、腹も減ったしな」

 話獣の話を完全に無視して、雷祇達は町に向かって歩き出す。それに気づいた話獣は、慌てて引き止めようとする。

《ちょ、ちょっと、ちょぉーと待って、いや待てーい! 俺様を無視して帰ろうってのか? あ、もしかして、俺様がこんにゃ姿だから安全だとか思ってるんじゃにゃいだろうにゃ? そんにゃ事はにゃいぞ! まだ人間を―》

 無視されているにも拘らず、まだ強気な発言をしてる話獣。その姿を見たカイヤックが、雑な笑顔を浮かべて近寄る。

《お、お、にゃんだ? にゃにかやろうってのか、この俺様―》

「糞猫、お前強いんだからよ、またさっきまでのような姿になったら殺り合おうや。今度はさしでな。まあ、俺の完敗だろうが。じゃあな」

《ニャ……》

 まったく想定していなかった言葉に、用意した答えがまったく使えなくなった話獣は焦る。

《フニャ! こ、この、この俺様に、そんな言葉掛けても、人間を一掃するのは止めにゃいぞ! 分かってるのか、人間。そうだ、俺様は―》

「おい、カイヤック屈め」

「お、っておい!」

 話獣の話を聞いていたカイヤックは、終演の言葉に慌てて屈む。

《ニャ!》

     ズドン!!

 終演はカイヤックが屈みきる前に、迷わずケルベロスの引き金を引いた。その弾をカイヤックが辛うじて避けたことで話獣には見事に命中し、木の葉が散る時と同じように地面にヒラヒラと堕ちた。

「さあ、これで、帰り……。そうだ、そうだそうだ」

 何か思い出したかの、静華の手を離して雷祇は話獣に近づく。

《にゃ、にゃんだ?》

「ってかさ、お前、猫じゃないだろ? なのに何で、にゃあにゃあ言ってんだ? そういうのって許せないんだよねぇ〜。しかもさ、僕殺されかけたしね。だからさ、修正するので全部許してあげるよ」

 どんな人間でも可愛いと言う様な笑顔を作りながらも、目が死んでいる雷祇の笑顔。それは恐怖が心の中に芽生えるのには十分だったらしく、話獣は慌てて逃げ出そうとした。が、話獣が振り返った瞬間を見逃さず、雷祇が目の前を通過する尻尾を鷲掴みにし、子供が人形の尻尾を掴んで振り回して遊ぶように、話獣を目一杯の力で振り回しだした。

 “は……。もしかしてこりゃ!”

 “雷祇の、雷祇のSのスイッチが、なぜか知らんが入っておる!”

 そんな雷祇の姿を見ていたハリケーンが、なぜか足取り軽く雷祇に近づいていく。そして、雷祇に振り回されて地面を千鳥足で歩いている話獣を、並んで見下していた2人が突然笑いだした。しかも、完璧に同調して。

 “こ、怖え〜!”

 終演とカイヤックも、心の中の言葉は同調していた。


《ニャ……》

 遊びすぎて綻びだらけになったボロ人形に成り果てた話獣を、雷祇は地面に投げつけて最後に言葉を残した。

「次現れたら、殺すぞ」

 どんな人間でも抱きしめたくなるような笑顔を浮かべた雷祇の、わざと可愛くした声には似合わない言葉が、森の空気を雪の季節に変える。しかし、そんな空気の中、ハリケーンは動じることがなかった。

「さあ、そろそろ帰ろうか。雷祇君」

「そうですね」

「なんだろうか、君とは馬が合いそうだよ」

「あ、僕もそう思ってたんです」

 2人の声の明るさは、同志を見つけたときの物だった。だが、それをよしとしないのは、

 “こ、この2人を組ませるってのは―”

 “危険、危険じゃ〜!”

 そう思う2人だった。そして皆は、町に向かった。



     18



 前を行く静華。帰る途中で取った休憩の時にしたトイレ以降、なぜか静華は雷祇達よりも楽しそうな足取りで前を行く。それはまるで見えているかのように。なぜなのか気になった終演が、静華に直接聞こうと横に行った。その時初めて異変に気づいた。

「何なんじゃそれは!」

 終演の大きな声に、雷祇達が慌てて駆け寄る。そして見たものは、

「え、この子ですか? 私がおトイレをするときに、声をかけてきたんです。ね、バナン君」

 静華の服の首を出す部分から、有袋類の子供がするのと同じように顔を出している話獣の姿だった。

《あぁ、静華》

 なぜか渋くそう言うと、服の中に話獣は潜り込んだ。それをくすぐったいと、静華は体を捩じらせた。


 男4人は先程までと同じように、静華から少し距離を置いていた。

「どうなっとるんじゃ? と言うよりも、何故今まで気づかんかったんじゃ?」

「知りませんよ、そんな事。僕に言わないでください」

「終演様のその言葉、よく分かります。なぜ気づかなかったのか……。それはそれとして、どうするのですか? あの話獣は森に放っておくつもりだったのでしょうが、こうして付いてきたのですよ? これからあの話獣も一緒に、森に進むのですか?」

 カイヤックが手を叩く。

「それいいじゃねぇか。あの糞猫、強いんだしよ、鍛えるのには―」

「何言ってんですか! 無理に決まってるでしょ! あのね、僕たちはそれでなくてもお金に困ってるんですよ。すぐになくなるんですから。それなのにペットなんて飼えるわけないでしょ! しかも、無茶苦茶危険な奴じゃないですか」

「じゃったら、お前さんが静華嬢に諦めるように言うんじゃな。ワシは嫌じゃぞ。静華嬢があんなに楽しそうなのに、そんな事言って嫌われるのはごめんじゃ」

「……。静華に諦めるように言ってくださいね、カイヤック」

 突然呼ばれて戸惑うカイヤック。

「え、俺が? 何で俺なんだ? 意味分から―」

「お! そうじゃ、いい事を思いついたぞい」



「断ります。何で僕がそんなことをしないといけないんですか。断固として、拒否します」

 と言ってみたが、結局はやらされることになった。

 ゆっくりと静華に近づいて行く。今まで物音を立てないで逃げないといけない時が、僕の人生で一体何回あったと―

「どうしたんですか? 雷祇」

 “あ、普通にバレた……。ま、まあそうだよな。だって、静華には無理だって……” 「いや、その……」

 バレたので、普通に歩いて静華の正面まで行った。すると、先程と同じように、話獣が顔を出していた、滅茶苦茶僕を睨みつけて。でもこれってチャンスですよね? そうだ、今やるしかない!

「あの、どうしたんですか?」

 そう聞いてくる静華を無視して、僕は慎重に手を伸ばす。ゆっくりとゆっくりと、話獣に伸ばす手。

     ニィ

 その時、僕を睨んでいたはずの話獣がこの時を待っていたかのような満面の笑みを浮かべた。それは終演がするような企みの笑顔だったので、僕は話獣を捕まえようと慌てて手を伸ばす。そしてこの時気づいた、話獣の鬣の変化と僕の判断ミスに。

「きゃ」

「いや、違い、静―」

     バシィン!!!!



「最低だよ」

「最低じゃな」

 ハリケーンに言われるならまだしも、終演に言われるのは屈辱でしかなかった。

「違うって言ってるでしょ。話獣が鬣で静華の、その、えと……」

「ま、いいじゃねぇか。若気の至りって奴だ」

「そうですよ、若気の、って違う! 違うって言ってるでしょ!! それじゃ、認めてるじゃないですか」

「そう隠しなさんな。嬢ちゃんは可愛いし、同い年なんだし、乳だって触りたくなるわな。まあ、雷祇も男って事だ」

 町に戻って、警備隊員の流れが随分と穏やかになった廊下の長椅子に腰を掛ける僕は、やってもいないことで罵声を浴び、変な疑いまで持たれてしまった。

「……。何で胸触るのが男なんだよ。違うって言ってるのに……」

 静華の握り締めて振り回した拳は、僕の左目に直撃した。確かにその場所も痛かったけど、痛いのは心の方かも……。でもまあ、心を押さえる事は出来ないから、代わりに左目を押さえて、何度も何度も同じ説明をしていた。静華はというと、女性の警備隊員と話獣という2人と1匹で部屋のお風呂に入っている。いやなんで知ってるかって、聞いたからです、というよりも静華が建物に着くとすぐにそう言って、部屋に向かったからですよ。けして、決して覗いたとかではないです。

「あの……。宜しいですか?」

 僕の救世主、とかではなく、警備隊員が僕たち4人に声を掛けてきたのだ。

「支部長のクローが呼んでいます。お疲れでしょうが、クローの部屋まで来てくださいますか?」



     19



「そうですか、森ではそんなことが……」

 僕は話獣と会った辺りから記憶がなくなり詳しく説明できなかったので、一番近くにいた終演が知っている限りの事を話した。と、終演は言っていたが、何か隠しているように僕は感じてしまった。クローはその説明された言葉を、ゆっくりと頭の中で噛み砕いて整理していたのか、暫く僕たちの前からいなくなったと思ってしまうくらい、黙っていた。そのクローの気配が戻ってきて発して言葉は、とても支部長の物とは思えなかった。

「それで、提案したいことがあるんですが―」


 “面倒臭くなったな”

 クローの提案というよりも、僕たちにお願いをしてきたさっきの言葉を思い出して、少し嫌気が差していた。そして、今寝ているベットの配置にも。

 “ってか、昨日僕は下だったよな? なのになんで今日は上で寝てるんだ。しかも、静華の上にはカイヤックって、ベット壊れたら危ないじゃないか。せめて僕が静華の上で寝るべきだろ? まさか、僕が静華を襲うとでも思ってるのか? そんな事するわけないっていうのに……。何でこんな人がいる、って違うこの発想は違う! 人が居ても居なくても、僕が静華を襲うわけないのに。はぁ〜、この変な疑惑、中々晴れないだろうな……”



     コンコン

「やあ、おはよう雷祇君」

 小さな音だったけど、おでこに直接ノックをされたのかと思うくらい、僕の頭の中には音が響いた。2段ベットから下りると、まだ終演も寝ていたので、歩かなければまた眠ってしまいそうな体を上に乗せたまま、足を動かして扉に向かい、ドアを開けたのだ。するとそこには、大きな荷物を持ったテンペストの2人が立っていた。その姿を見て、まだまだ働いていなかった僕の頭の歯車が、音を立てて回りだした。

「どうしたん、ですか……。まさか、もう―」

「昨日の夜、クローに頼んで次の仕事を入れてもらったんだ。この町に着く朝一番の列車に乗らないと、依頼開始に遅れてしまうんで、もうすぐこの建物も出ないといけない。……。終演様に別れの挨拶をしたくて来たんだが、正直君が起きてくれて良かったよ」

 それは本心なんだろうと、すぐに分かった。多分、終演なら緊張したんだろうな。

「今回の依頼で、俺は自分が弱いって事に随分と気づかされた。正直、心のどこかでは強いと思っていたんだが、まったく何も出来なかったからね。自分の気持ちを言うとね、終演様に付いて君達と一緒に行きたいんだが、正直今の俺では荷が重いというか、足手纏いというか……」

「いえ、そんな事は―」

「多分、俺がハリケーンの足手纏いで、テンペストの足枷なんだ」

 それはいつも強気で、虚勢を張っていたレイニアの物とは思えなかった。僕は驚いて声も出なかったけど、そんな態度もほんの束の間だけだった。

「だがな……。いつか俺はハリーに並んで、ハリーを超えていくんだ! そしてその次は、お前達を超える! 必ず超えてやる! だからお前も強くなってろよ。俺はそれ以上に強くなってるからな!!」

 大きな声に、静華が起きないかとハラハラしていたけど、どうやら起きなかったみたいだ。レイニアは満足したのか、足早に出口に向かって歩き出していた。

「すまないね。随分と悩んでいたんだが、どうやらあいつも吹っ切れたみたいなんだ。でも、まだまだ子供だが。それでも、自分の力量を分かったのはいいことだけどね。そうだ、直接言いたいんだが、起こすのも悪いから伝えておいてくれないかな。君以外の3人にも、礼の言葉を。君にはこの場で言う、ありがとうを」

「はい、分かりました」

「良かった、君達に会えて本当に良かったよ。君達がいなければ、確実に死んでいた、俺達は。あ、それと、静華さんを大事にするんだよ雷祇君、いいね」

 その言葉を残して、ハリケーンはレイニアの後を追った。





 そうして今回の依頼は終わりを迎えた。少しはゆっくりしたかったけど、終演がすぐに町を出ると言ったので、慌てて森を進む道具を僕とカイヤックが買い揃えた。ここの森は、言ってしまえば陸の海で、緑の砂漠。森の奥深くに踏み込めば、生きて帰ってこれる者はまずいないという。それは、幾つもの山々が連なり、この森がどれほどの大きさかまだ誰も把握出来ていないから。だから僕とカイヤックは、道具と一緒に2ヶ月分の食料なども買い揃えた。

 道具が揃うと、すぐに終演が行こうとしたので、僕は慌てて音の3姉妹に礼を言いに行った。どうやら3姉妹も今日には発つ様だったので軽い挨拶程度になったけど。そして、昼になる頃には僕たちは森の中にいた。4人と1匹で。そうです、そうなんです。クローから頼まれたのは、あまりにも危険だという事で、話獣を預かってくれということだったんです。話獣のバナン。それの方が安全だといわれると、断る事なんて出来るわけがないよ……。はぁ〜、これでペットが3匹になった。



 “おかしな力を使う人間。にゃぜ使えるのか、調べるのもいいだろう。それまで人を滅ぼすのは後でもいい。……別に負けるからとかじゃにゃいから、いや本当だから! まあ、静華だけは殺さにゃくてもいいかもにゃ”

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