第1章 出会うべくして出逢った (1)
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身を焦がし、掻いた時点で汗を蒸発させる灼熱の砂漠。そんな砂漠に、どこかから永遠とも思えるくらい長く、2人分の足跡が続いていた。その足跡を付けていた2つの影は、どちらも頭から布を全身に纏い、それ程大きくない体つき。その1つの影、小さい方の人物が、その小さな体には不釣合いな、体の倍ほどある大きな何かを布に包んで持って、その何かで出来た影に入りながら歩いていた。そしてもう1つ影、2人の中では大きい方の人物が限界に来たらしく、生卵を埋めればゆで卵になる砂に崩れた。
“あ、あぁ……。暑っつい。し、しかも、目が、霞んできた……。こんな事になったのも、全部、ぜーんぶ!! 今、目の前を歩いてる、あのクソジジイ、終演のせいだ……”
こうなる事は最初から分かってたんだ。考えも無しに、こんなバカみたいに暑い砂漠を越えれるはずないって事くらい。僕たちが泊まっていた町を発つ前日、終演がカジノで遊んでレン(この世界の通貨)をほとんど使い、この砂漠を越えるために必要な3日分の食料と水が、2日分しか確保できなかった。そして今僕たちは、砂漠越えを初めて3日目の朝を迎えている。といっても、砂漠は僕が考えていたよりも10倍、いや50倍……。僕の言葉で言い表せないほど遥かに暑かった。そして何より嫌なのが、この現状を作りだしたクソジジイ、ではなく、終演が一応僕の命の恩人であるという事。もし僕が、もっとまともな人間に助けられていればと、どれだけ後悔しても今や手遅れ。いやまあ、あの時の僕を助けれたのは、この終演くらいしかいなかったのだろうけど……。多分お分かりだとは思いますけど、最初に僕が言ったクソジジイというのは終演の事です。けどこの名前、通り名であって本当の名前かどうか僕は知らないんです。
僕と終演の出会いを詳しく説明すると、本当に偶然の出会いだった‘そう’です。僕が森を彷徨い歩いていた時、魔獣と呼ばれる人の言葉を理解できる生物に僕が襲われていた‘らしく’、その魔獣を倒して助けてくれたのが終演‘らしい’のです。その時に終演は、右腕と左足を無くした‘らしく’、そのせいで仕事がしにくくなったそうなんです。そういう事があった‘らしく’、僕が仕事を手伝わされている、という事なんです。けどまあ、その仕事ってやつが大変なんですけどね。それと、なぜ‘らしい’という言葉を強調したかというと、僕にはその時の記憶とそれ以前の記憶がまったく無いんです。
“そ、それにしても、何なんだよこの暑さは……。どう考えてもおかしすぎるだろ……。あ、あれ? 何で終演、こっち向いて、るん、だ……!!”
ズキュン!
「チィ! 外したか」
砂に顔が半分埋まっている僕に対して、追い討ちをかけるように終演が拳銃を額に狙いを定めて撃ってきた。いつも僕が隙を見せるとすぐに終演は拳銃で僕を狙うので、倒れても僕を助けるはずが無い事は分かっていたが、今回は流石に危なかった。何せ、この砂漠のせいで僕の頭は随分とクラクラしているから。だが終演は至って冷静で、僕の「な、何するんですか終演!!」という怒りの声をひょうひょうと受け流し、僕を仕留め損ねた拳銃を、後ろに背負っている武器や色々な物を詰め込んでいるリュックに入れながら、平然とした顔で答えた。
「何って分からんかのぉ。食糧確保に決まってるじゃろうが」
「あ、あぁ、そっか。僕を殺して食料にって、終演は自分が助けた人間を、食料がなくなったからって食うっていうんですか!!」
「勿論じゃ。じゃがしかし、あの時のワシはどうかしてたんじゃなぁ〜。こんなクソガキを助ける代わりに、足と腕を持ってかれるなんてのう……。ってことで、腕だけでもいいんで食わせるんじゃ」
「何言ってんですか、嫌ですよ! 元はと言えばこうなったのも、全っ部終演が考えなしに2日分の食料を、たった、たったですよ! 1日で食い尽くしたからでしょうが!! 1日2食だったら、今日の昼まで持って、今日の晩には着いたんですよ!! それなのに―」
「お前さんこそ何言っとるんじゃ。ワシらが発った町から列車に乗って、砂漠の反対側の町まで行けば、1日も掛からずに着いとった―」
「れぇぇしゃぁ!! 列車に乗るお金なんて、僕たちの何処にあったっていうんですか!!! 終演が夜にカジノで遊びまくって、ほとんどレンが残ってなかったでしょうが!! それに、今僕たちが列車なんて乗ったら破産でしょう!! 列車は高いんだから!」
「だ、だからって、こんな年寄りに砂漠越えなん―」
「分かりました。今度からは列車に乗りましょう。その代わり、終演の夜遊び禁止ですから」
「な! なぁに言っとるんじゃ! 老い先短いこの年寄りの唯一の楽しみを、お前さんは奪うつもりか!!」
「老い先短いわけないじゃないですか! 絶対僕よりも長生きですよ、終演は!」
「そんな事ないわい……。お願いじゃ、夜遊び禁止は―」
「分かりました。じゃあ趣味禁止です」
「な! そんなの嫌じゃ!! 金を稼いでるのは、ワシなんじゃぞ! そんな事は―」
「あぁぁ! もうウルサイ!!」
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喧嘩から1時間後 午前9時
「はぁ、はぁ……。ま、まだ、ですか?」
「ワシに、分かるわけなかろう」
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それから2時間後 午前11時
「もう、もう無理ですよ」
「……ワシもじゃ」
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それからそれから4時間後 午後3時
「……」
「……」
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そして5時間後 午後8時
「やったぁぁぁ! 着いたぞぉぉぉ!!」
すっかり空は暗くなり、月と星が輝く夜の町の入り口。そこで両方の拳を高々と突き上げて、全身で喜びを表現する僕。一方終演は、
「さて、ワシは遊びに行くかの」
「おい待て終演。その前に‘依頼主’のところに行かないといけないでしょう?」
僕の前をそう言いながら通り過ぎようとしたので、すかさず止めるがこれはいつもの事。そして次に終演の口から出る台詞も分かっていた。
「何を言うとる。お前さんが行って、依頼内容を聞いてくればいいんじゃ」
「……あぁ、そうですか。じゃあ、これで遊んでてください」
僕が腰にぶら下げている財布に手を入れたので、慌てて僕の前に来て両手を突き出す終演。完全にお小遣いを欲しがる子供と一緒だと思いながら、僕は終演の手の上にお金を置いた。
「なんじゃ、たった500レンかの。500レンなら、2・3回しか遊べんじゃろうが」
ただ、欲しがる理由が違うので、500レンでは随分と不満そうだったが。
「それで我慢してください。晩ごはん代とかホテル代とか朝ごはん代とか、いろいろお金が必要なんです。それに、この前のカジノで僕たちの全財産は、ほとんど無くなったんですからね」
「なんじゃ、仕方がないの……」
そして僕と終演は、そのまま町の入り口で分かれた。
2
終演と分かれてから砂漠の町を暫く歩く。砂が足に絡まり、とてもじゃないが走れない状態の僕だったが、なんとか足だけは止めずにいた。そんな状態の中、他の建物と比べて少しだけ大きいが、少しくすんだ白色をした建物が見えてきた。
“あれが町役場か。この町自体は大きな町なのに、役場はこぢんまりした古い建物なんだ”
木で出来た立て看板があったので、すぐにそうだと分かった。足を引きずるように歩いて、何とか町役場の入り口までは来たが……。
“こ、こんな重い扉、歳取った人開けれないだろ”
町役場の入り口を守る扉だけはなぜか新しく、建物が壊れてもこの扉だけは無傷で残りそうなほど、大きく重厚で硬そうな金属で出来ていた。僕は体に残っている全ての力を振り絞って、軽く踏ん張るような声を上げて扉をゆっくりと開けていく。そして何とか入れるくらいの隙間が確保できたので、言葉の通り飛んで中に入った。
“あ、危なかった……。何で町役場なのに、入り口がトラップ仕様なんだ?”
僕が手を離すと同時にジャンプをした。すると扉は、物凄い勢いで勝手に閉まったのだ。体や、僕が腰に差して歩いている武器は挟まれなかったが、今まで暑さを凌いでくれた布が物の見事に挟まっている。その布を何とか引き抜こうと扉と悪戦苦闘していると。
「あの〜、道に迷ったんですが……」
壁とまったく同じ色で同じ石で出来たであろう、通常サイズの扉から老人が入ってきた。その老人に、2人いる受付の女の人のうち1人が駆け寄り、「案内します」と僕の方をなるべく見ないようにして出て行った。その時老人が、「あの少年はなんなんですか?」と聞いていた声が、虚しく僕の頭に残った。
“も、もしかして、こっちの扉から入る人間なんて居ないんじゃ……”
布を引き抜くのを諦めて、布を脱いでからこの役場の受付の方を見た。一瞬だったが、受付をしている人と目が合ったのが分かった。そしてその時、明らかに不審者が入ってきたという視線をしている事も。もしここで悩んでいたら、この役場の警備員を呼ばれかねないと思い、なるべく可愛らしい猫なで声で、僕の得意な愛想笑いを浮かべて、受付の女の人に僕がここに来た理由を説明した。すると、受付の女の人が警戒するのを止めて、「町長室に案内しますね」と言ってくれた。自分で言うのもなんだが僕の顔は、女の子のようで可愛、らしいのだ。まあ僕は鏡をほとんど見ないので、よく分からないが。ただこの顔のせいで、随分と苦労した事が多い。
“なるほど。この町の町長は、20年続けて町長になってるって聞いた時は信じられなかったけど、どうやら本当みたいだ。やさしい笑顔の中にも厳しさを持っている、ってところかな”
歳は50前後といった所だろうが、衰えは見えない。ほとんど真四角で角ばった顔に、細いが力強い目、大きく逞しい鼻に―
「どうかなさいましたか?」
町長が部屋に入るなり無言で、じっくりと見つめる僕を不思議に思いそう声を掛けてきた。その声は、僕が想像していたよりも少し低い声だった。
「いえ。少し考え事を」
「そうですか。ではどうぞこちらへ」
僕は町長が座ってるソファーの前に招かれた。僕もそれに答えてソファーに腰を掛けた。そこで町長の大きさが分かった。肩幅は僕の倍ほど、座った僕の顔は丁度胸の辺りと、立てば190センチ位だろうと推測できた。まあ僕が、歳の割りに小さい方なんだろうけど……。
「わざわざこんなところに足を運んでもらいまして、本当にありがとうございます。本来ならば使者を出したかったのですが、お2人が泊まっていたホテルに連絡したところ、もう出たと言われてしまいまして」
「そんな気を使わないください。僕らは仕事で来てるんですから」 “し、知らなかった……。あの日は終演を探すため、早くホテルを出たからな……。は! もしかして、その使者を待っていたら、砂漠での三日間はあんなに苦労しなくて済んだんだろうか?”
僕は思わず考え込もうとしたが、過ぎた事だと割り切って話を聞くことにした。
「あのそれで、僕は依頼内容を詳しく知らないので、どういうものなのか聞かせてもらえますか?」
「え? あ、そうなんですか。それでは、私が頼んだ依頼内容を説明します。いやそれよりも、未だに信じられないんですよ。あの伝説の‘星の守護’、終演様に依頼を受けていただけるなんて」
「いえいえ。そんなことないですよ」
「いやまた、そんな謙遜なさらずに。で、あなたは終演様のお孫さんですか? 終演様の歳からするとそうなりますよね。なら知らないでしょう、終演様がどれほどのお方だったか。終演様が星の守護に現れて世界は― 」
そうそう、星の守護とは僕たちが属している、所謂何でも屋みたいな組織。その星の守護に依頼が持ち込まれて、僕たちが依頼を受けて解決する。依頼の内容はバラバラで、害虫駆除や護衛や人探しなどなど、内容は選ばない。もちろん危険な依頼も存在する。魔獣討伐などがその例だ。依頼内容に相当する報酬さえ払ってくれれば、星の守護は断る事をしない。
数年前までこの世界は、全世界を巻き込んだ戦争状態にあった。そして、戦争が終わるころには、世界が姿を変えていたという。その後の混乱に乗じて、この世界に現れたのが星の守護。今では国や警察や軍隊などが力を失くし、それら全てを星の守護が請け負っている。勿論、星の守護に所属することは、一般的な日常生活が出来なくなることを意味する。毎日のように星の守護には死人が出るが、その代わりはいくらでもいる。戦争時に兵士だった人間は、まだごまんと居るから……。
そして今回の依頼は、偶然僕たちが一番近かったということだけで終演が引き受けた仕事らしいのだ。報酬がかなりの額なのに、依頼内容を僕は知らない。僕は一度として、依頼内容を依頼主に会うまで詳しく聞けた事が無い。その理由は終演にあるのだが。しかも今回は、報酬がかなりの金額なので、僕の不安はいつにも増して大きかった。そして、この町長は終演のファンらしく、未だに終演の事を喋っている。
「あの……。依頼内容の説明をそろそろ」
僕の言葉で町長はハッとなって、少し照れたような顔をしたが、すぐに真剣な顔に戻り依頼内容を話し始めた。
「あ、ああ。これはこれは失礼しました。ついつい熱くなってしまうので。それでは依頼内容を説明いたします。ここは砂漠の町デザト・オーチャード。常に気温が40度を超える町です。しかし、最近―」
“そんなことが本当にあるのかな?”
僕はそう考えながら、着いた時よりも随分と冷えてきた砂漠の町、ゆっくりと歩いていた。
“あ! そういえば終演の事忘れてたな。迎えに行こ。どうせ、負けて泣いてるだろうし”
それから、疲れた体ではあるが頑張って終演を町の中で捜した。すると、夜の町を怪しく彩る煌びやかなネオンが目に付いた。それがカジノだとすぐに分かったので、足早に向かった。そのカジノの中に入ろうとしたが、カジノでは珍しく、建物の外にまで人が溢れていた。その人込みを掻き分けて入る体力は僕に残っているとは思えなかったので、外で中を覗いていた男の人に話し掛けた。
「あの、何かあったんですか?」
「うん? この騒ぎの事かい?」
「はい」
「いやぁ〜、なんかな。カジノで爺さんが大儲けしているらしいんだ。始めた時はたったの500レンだったらしいんだが、今は150万レンくらいまで勝ってるらしいんだ」
「へぇ〜、そうですか。たった500レンで、ですか。あれ? でも何で500レンだと知ってるんですか?」
「いや、爺さんが言ってたんだよ。『ワシは薄情な雷祇から500レンしか貰わんかったが、いまや大金持ちじゃ』ってな」
「へぇ〜〜〜」
物凄く無表情な少年の冷たい声と冷たい目線に、男は少し引いていた。
「あ、あんまり興味無いみたいだな」
「えぇ、僕はこんな馬鹿げた事に興味なんてありません。それに、大体こういう賭け事は、最後に負けるように出来てるんですから」
「れ、冷静だな」
「はい、色々と苦労してるんで。あ、そうだ。少し頼まれてくれますか?」
僕はその人にあることを頼んで、依頼を聞きに行く前に予約したホテルに向かった。
3
“さて、ご飯も食べてお風呂も入ったし、今日はゆっくり寝るかな。ってか、勝手に爆睡するだろうけど”
僕が久しぶりのお風呂とちゃんとした食事を取って、ようやく落ち着いたので、ベットに扱けたかのように腰を掛けた。その時、部屋の扉がゆっくりと開いた。僕がその扉の方を見ると、重苦しい空気を背負い、首が落ちる寸前のように項垂れて、魂が抜けかかった終演がそこにはいた。
「やっぱり負けたんですね」
「いや、ら、雷祇。ワシ、ワシさっきまで大金持ちじゃったんじゃ。3500万レンまで勝っとったんじゃ。ホントじゃぞ、ホントなんじゃぞ」
「そうですか。それは良かったですね」
僕は終演の方を1度見ただけで、もうベットに寝転ぶ体勢になっていた。そんな僕の冷たい態度に、気づきながらも終演はあることを聞く。
「あ、あの……。ところで雷祇? お腹が減ったんじゃが、ご飯は……」
僕はそのことを予想していたので、呆れた態度を見せながら、被りかけの掛け布団から手を出して、僕の足の方にあるテーブルを指し、「晩ごはんならそこに買っときましたから、どうぞ」と言った後、僕はすぐに掛け布団を被って寝る体勢に入った。そんな僕の耳に聞こえてくるのは、バタバタと走ってテーブルに向かう終演の足音と、一口食べてからの僕に掛ける甘えた声。
「らいし〜、ありがとう。うん、おいしいよぉ〜」
その声を聞いて、布団に入っているはずの僕の全身に寒気という名の電気が走り、思わずゾッとした。そのまま布団の中でくの字に固まりそうになったけど、すぐに布団のふわふわに癒されて僕の体は溶けそうになった。あ、そうそう忘れてました。僕の名前は‘雷祇’っていいます。この名前は、自分の名前を知らなかった僕に終演が付けてくれた名前なんです。
「はぁ〜、まったく。明日は大変になるだろうし、僕はもう寝ますよ」
「おやすみ〜。ワシは風呂に入ってから寝るの〜」
「それと、依頼内容は明日朝話します」
「はぁ〜い」
“まるで子供だな”などと思い目を瞑ると、疲れていた僕の体や脳が一瞬のうちに機能を停止して、深い眠りへと落ちていった。