第4章 森の声 (3)
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“光がなくなった
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何だ
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今度は騒がしいのか
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って、僕は何をしてたんだっけ?
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ああ、そうだ。森に行ってたんだ。それで確か
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僕は話獣にやられたんだっけ? ってことは、死んだのかな?
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それにしても騒がしいな。天国ならもっと静かなんじゃないのか? しかも、体痛いし
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最悪だな、天国も
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そういえば、皆はどうなったんだ?
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僕は、本当はどうなったんだ?
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少なくとも、今寝ている場合じゃないんだろ?
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そうだろ、僕の体。もう少し、もう少し頑張ろう”
7
「お! 急に起き上がらないでくれ、驚くじゃないか」
上半身を起こすと、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「イテテ」
それほど慌てて起きたわけじゃないのに、体中に激痛が走る。
「あまり体を動かさない方がいい。君の体の骨は、数本折れているらしからね」
その声はハリケーンの物だった。少し辺りを見回すと、そこは森ではなく部屋の中、地面ではなくベットの上だと分かった。
「そ、そうなんですか。通りで……。あのそれで、僕はどれくらい寝てましたか?」
「それほどは。約15時間ってところだよ。それでついさっきまで、君の手を静華さんがずっと握っていたんだ。そしたら、不思議と君の体の傷はかなり良くなったみたいなんだ。それで今静華さんは、カイヤックの所に行っているよ。殆ど体から血が出切っているのに、出血はまだ完全に止まっていないらしいから」
「そうですか……」
「そうそう。後ででいいんだが、レイニアと3姉妹に礼を言ってくれないかな。ここまで運んでくれたのは、あいつらなんだ」
僕が寝ていた部屋は、星の守護が借りていた建物の病室だった。廊下に出ると、相変わらず警備隊員が慌しく動く事で川のような流れを作っている。その流れを掻き分けるのでも痛む体に鞭打って、ハリケーンに教えてもらった部屋に行くことにした。
コンコン
ノックをしても無反応な部屋。もしかして寝ているのかもと思い、ゆっくりと扉を開く。
部屋の中は、僕たちの部屋と同じ作りだった。部屋の真ん中にあるテーブルの上には、誰かが運んだであろう食べ物があったが、手をつけた様子がない。祢音と梨音、レイニアしか見当たらなかったので、2段ベットの階段に梨音が座っているそのベットで美音が寝ているのだろうと思った。
「あの―」
そう思ったので、出来るだけ小さな声を出したのだが、梨音が僕に顔を向けて人差し指を立て唇の前に持っていく仕草をした。だから僕は他の2人を見たが、レイニアは椅子に腰を掛けて、部屋の中が反射している窓に顔を押し付けているし、祢音はテーブルに肘をつき、何もない空をただ呆然と見つめているし、喋れる状態じゃないと大体理解できる。
“……なんだか凄い状況だ。この中で喋れるのは、梨音だけかな”
僕の考え通り、梨音が階段から下りて僕に近づいてきた。そして耳元で「部屋の外で」と小声で囁かれた。
それからすぐに僕たちは部屋を出て、廊下の長椅子に腰を掛けた。
「凄いことになってますね」
「そうですね」
「あの、ありがとうございました。僕は憶えて無いですけど、ハリケーンさんに教えてもらいました」
「いえそんな、私は殆ど何もしてないですから。礼なら美音に言ってあげてください。あの子が一番頑張ったんです。私たち姉妹は、魔獣捕獲の時に役割があって、姉が弱らし、私が追い詰め、美音が捕獲するんです。その捕獲用の網に皆さんを入れて運んで帰ってきたんです。本当なら私たちも手伝いたかったんですが、カイヤックさんの剣をレイニアさんだけでは運べず、私と姉さんはそっちを手伝ったんです。元々網は美音用なので、手伝えなかったんですが……。ですから、雷祇さんとハリケーンさん、カイヤックさんを連れて帰ってこれたのは、あの子のお蔭なんです」
「そうなんですか」 “小さい体なのに、力あるんだ。後でちゃんと礼を言おう”
僕は心にそう決めて、先程の部屋で不思議に思ったことを聞いた。
「あの、それでなんですが、何であの2人はあんなに落ち込んでいたんですか? 少し気になって」
「あぁ。姉はプライドが高いんです。けどあの時、あの話獣を前にしたとき、動くことすら出来なかった。それで落ち込んでいるんです。多分レイニアさんもそうじゃないかなと思いますよ」
“ああ、そういうことか” 「それだけだったんですね。それじゃ、美音さんが起きたら呼んでください。礼を言いたいので」
「分かりました」
それから僕は、今度は人の流れに乗ってカイヤックの部屋に向かった。
部屋の中では、祈りを捧げているような格好で静華がカイヤックの手を握っていた。ベットの上で寝ているカイヤックの肌は、白く死んだような色をしている。
「やあ、礼は出来たかい?」
そこにはハリケーンも来ていた。
「いえ、梨音さんだけ―」
「雷祇!」
突発的に出た言葉。無理して歌った時のように裏返ったその声を聞いて、静華を落ち着かせてあげようと声を優しくする。
「どうしたの、静華?」
「良かった。ホントに良かった……」
後姿しか見えていないが、少し震えていると分かった。もしかしたら怖かったのかもしれないけど、僕には泣いているように見えた。
「静華さんは、俺達が着いた時からずっと気を張っていたんだよ。君やカイヤックは目を覚まさなかったからね。何も口にしていないし、寝てもいない。彼女にも礼を言ってあげな」
「はい」
静華の横に行き、「ありがとう」という言葉と一緒に肩に手を乗せる。僕の手から伝わってくる震えは止まったが、覗き込んだ横顔には、溜まっていたのか大粒の涙が流れた。
「大丈夫だよ。もう全然平気だから。体は少し痛いけど」
「うん」
「それでなんだけど、終演が何処に行ったか知らない、静華?」
息を呑むという言葉通り、静華の息と涙のバルブは閉められピタリと止まる。
「どうしたの?」
僕が目を覚ました時から終演の姿はなかった。だから不思議だったんだ、なぜいないのか。けど、今目の前の静華の姿は普通じゃない。流石に何かあったのだと思い、ハリケーンを見る。すると、ゆっくりとだが、僕から目を逸らさないで教えてくれた。
「終演様は……。俺達を助けるために話獣の囮になったんだそうだ……」
「え……。どういうこと、ですか?」
「そのままの意味だよ」
「え、じゃあ。終演はどうなったんですか?」
「君は話獣の強さを目の前で見て、どれほどのものか分かっているだろ? じゃあ、終演様がどうなったかも分かる―」
「だったら、だったら何でこんなにゆっくりしてるんですか! すぐに助けに行かないと! すぐに僕が―」
走り出す僕。体中はまだ痛いけど、こんなとこでゆっくりなんてしていられない。だから足が絡まって扱けそうになっても、扉に手を掛けたんだ。
「止めるんだ、もう無駄だ」
そんな僕の手を掴んで、ハリケーンは現実的な言葉を発する。
「そんなの、そんなのまだ分かりませんよ!!」
「分かるんだよ! 俺も、君だって本当は分かるんだよ! 俺達が行ってどうなるものでも無いことぐらい! それに、今森に入っても、何も見えない暗い闇に閉ざされているだぞ! 終演様の遺体すら見つけられない。俺も、俺だって本当なら行きたいんだよ」
「そんな事、そんな事分かりませんよ。終演が死ぬはず……。死ぬはずなんて、ない……」
「雷祇さんの言う通りです! 終演さんは生きています!」
その静華の声が、崩れそうになる僕の体の支え棒になる。
「そう思いたいんだろうが、それは無いよ。静華さん、相手が―」
僕はハリケーンの手を振り解いて、静華に歩み寄る。だってそこには、一筋の光が見えるから。
「もしかして、終演が生きてるって分かるの静華」
僕の言葉に、カイヤックの手を握ったままコクリと頷いた。
「心臓の音が聞えるの。微かに、本当に微かに、今でも少しずつ小さくなっていってるけど、それでも確実に聞こえる」
僕の後ろに来ていたハリケーンも、なぜか否定をしない。
「静華さんはもしかして魔法が使えるのかい? 君やカイヤックの傷を、俺にはまるで静華さんが癒しているように見たんだ。そう、まさに今カイヤックの手を握っているその行為で」
魔法が使えるかなんて僕には分からないけど、僕の目には先程よりもカイヤックの肌が血の気を帯びてきているように見える。
「分かりません。けど、少なくともこの音は、終演さんの心臓の音です」
「終演は生きてるんだね、良かった。静華、僕は今から終演を迎えに行くよ」
「待て! 先程も言った様に、今森に入っても―」
「ウルサイですよ! ハリケーンさんには関係ないでしょ! 僕は決めたんですよ、終演を迎えに行くって」
「この! 君は戦力になるから止めてるんだぞ!」
「そんなの僕には関係ありません! 今助けに行かないと、終演は助からないでしょ!!」
「今行った所で、場所すら分からないのに―」
「待ってください、2人とも」
静華の声で、僕もハリケーンも止まる。
「終演さんを助けに行きたいのなら、私の手を握ってください」
「え?」
僕らは同時に意味が分からないといった声を出す。
「ギムンさんが言ってるんです。終演さんの心臓の音を聞きたいのなら、私の手を握れと。だから―」
「ギムン?」
「本当?」
ハリケーンはギムンという言葉に引っかかったようだが、僕は違う。そして静華の答えも、僕に対しての物だった。
「ギムンさんが言ってるので、間違いないとは思います……。けど―」
綺麗な蝶を捕まえる少年のように、僕とハリケーンは静華の手を捕まえた。それがあまりにも急だったために、小さな悲鳴を上げた静華だったが、今は普通に戻っている。ただ手を掴んだのだと分かったのだろう。
「あの、どうですか?」
目を閉じて何も見ないように、何も聞かないように集中する。そんな僕に暫くして静華が聞いてきた。それに反応し、僕と一緒に掴まっていた手が離れていく。それはハリケーンが聞こえなかったということ。
トクン
そうそれは、ハリケ−ンが手を離した瞬間に聞こえてきた。本当に、本当に小さな音だが、心臓が全身に血を廻らせる確かな音。
「聞える、聞えるよ。多分これだ」
「本当に聞えるのかい?」
「はい」
「嘘じゃない―」
「今聞えた」
目を開けて見たハリケーンは、僕から目を逸らして静華に聞く。
「本当ですか、静華さん?」
「はい。雷祇には、私と同じ様に終演さんの心臓の音が聞えているようです」
「はぁ〜、分かった認めるよ、君が終演様を助けに行くことを。その代わり、決して無理をしてはいけない。これが条件だ」
「分かりました、無理はしません。それで、なんかすいませんハリケーンさん。自分勝手なこと言って」
「いいよ。君が終演様を大切に思う気持ちが伝わってきた。だがもし、終演様が亡くなっていたら、君だけでも生きて帰って来い。いいね」
「大丈夫です。必ず生きて終演と一緒に帰ってきます」
そして僕は扉に向かう。昨日とは違う、普通ではない送り出しの言葉を背に受けて。
「死なないで」
8
“くそ! 何処だよ! 何処にいるんだよ、終演!”
僕が森に入ったのはもう何時間前なのか、まったく分からなくなっていた。月明かりの届かない闇に落ちた森の中には、住人たちの罵声と枝や石が飛び交う。体中は森と住人たちによって、あらゆる傷を負っているが、そんな事どうでもよかった。ただ住人たちの声は、小さくなり今は聞こえなくなった終演の音を、完全に消しているので焦りと苛立ちが僕の心の器を満たしていく。
「はぁ、はぁ、はぁ、ウルサイんだよ! 静かにしてくれよ!!」
一度立ち止まって、苛立ちをぶつけるようにそう叫んだ。その時一瞬だけ、走り出せといわんばかりの心臓の音がはっきりと僕の耳に聞こえた。けどその静けさは、嵐の前の静けさだった。僕が心臓の音に従ってまた走り出したその時、木の上や幹の中、土の中や草むらに至る全ての方向から、僕を押し潰すように住人と森から上げる叫び。
”本当は出口なんてない、光も当たらない闇の中を走っているだけなんじゃないのか? 本当にここ森の中なの? 終演は、終演は……。終演は本当はもう死んでるんじゃ……。心臓の音も聞えなくなって、随分と経つんだ。そうだ、よな? きっとそうだよな。もう疲れたし、もう痛いし、今日の朝、日が差してからみんなで探せばいいじゃないか。終演だって、きっと許してくれるはずだ。そうだ、きっと……。!”
その時僕の耳に届いたのは、心を苦しくするような声じゃなく、自然と体が覚えている全ての生き物の源。
“水が、流れる音。川、かな? 多分、川だろうな……”
僕に降り注ぐ声が空間いっぱいに溜まったのか、立ち止まる僕の足を音のした方に向かって踏み出させる。
“川、川になら、もしか、したら、もしかしたら、もしかしたら!”
無理やり動かされたような感覚に、最初は戸惑っていたけど、いつの間にか僕は残っていた力を最後の一滴まで搾り出すように走り出していた。絵の具の黒が水で薄められるように、視界が少しずつ開けていくと、はっきりと僕の耳には川の流れる音が届くようになっていた。そして世界が、黒に青を無理やり混ぜたような色に変わった。
「やっぱり、川だ。しかも、川原がある」
僕の心に蘇るのは終演の言葉だった。ワシは川原で戦うのが好きじゃ、という単純な言葉。川原を歩きながら、終演がいないか捜す。終演がいなくても、何か終演の物でいいから落ちていてくれないかと願いながら。日はまだ昇っていないが、チラリと見上げた夜空で随分と傾いた月が示したのは、もう少しで夜明けだといこと。ただ川原を歩けば歩くほど、僕の心には諦めという言葉が漂い始める。
“争った、形跡がない。なら、ここじゃないのか? ここ以外考えられないのに……。やっぱり、もう―”
思わず目を閉じる。祈った事のない神に祈るように、ゆっくりと閉じた目。次に開いた時に、終演がいてくれることを願いつつ。
「居るわけ―」
居るわけがないと思っていたのに、僕の目に映った景色には、川に半身を浸している終演の姿。
「終、演、終演、終演!!」
9
川の中がこんなに走りくいなんて知らなかった。敷き詰められた小石と川の流れが、僕を終演から遠ざけようとしている。走っても走っても一向に手の届かない場所にいる終演の姿が、突然消えたかと思うとブレた視界が次に定まった時には、僕の足を引っ掛けた小石が笑い転げながら流されていくところ。
「何で僕の邪魔を―」
手を付いた先にもあった小石を掴み上げたけど、振り上げた事で目に映ったのは終演の姿だった。僕は慌てて立ち上がり走り出していた。
「終演……」
川から出て終演に近づく。終演の姿がはっきりと見えてくればくるほど、全ての筋肉が近づくなと足を重くする。それでも僕は終演に近づき、今目の前で石の絨毯の上に寝ている姿がはっきりと見える。川から出そうと触れた終演の肌はとても冷たくて、生きていないかのように冷たくて、触れてはいけないように思ってしまう。けどしっかりと抱えて立ち上がると、終演はケルベロスを放すことなく握り締めている。
「ねぇ、終演」
川原のすぐそこに生えている木に凭れ掛からせ、体を揺するが反応しない。
「折角迎えに来たんですよ。礼ぐらいしたらどうですか」
「……」
「眠ってるだけでしょ? ねぇ? それだけ、でしょ……」
何度も何度も揺するけど動いてくれない。
「それ、だけなんでしょ? それだけ、それだけだろ! 終演! 嘘だよ……。ねぇ! 終演がこんな簡単に死ぬわけがないんでしょ。ねぇって! 覚えてるんだ。終演は不死身なんでしょ? 殺されたって、寿命が来たって死なないんでしょ!! そう言ってたじゃないか!!!」
自分でも分かるくらい、バカみたいに声が震えだしている。1度涙を拭ったのに、なぜかぼやけて終演の姿が揺れている。普段なら絶対にしないのに、したくもないのに今は終演を抱きしめていた。
「ねぇ、返事してよ!! ねぇ!! 僕は、終演に何も返せなかったんだ。今まで僕を育ててくれたのに、何も! 何も!! 礼ぐらい言わせてよ。ねえ、終演」
「……」
何も言ってくれない終演。動かない終演なんて見たことないのに、今は木に凭れて動かない。そんな姿見たくない。だから僕は川原に目を落とす。そんな姿、見たくないから。
「何で、何で何も言ってくれなんだよ……。終えぶ―」
何が起こったか分からない。けど突然世界が急激な回転運動をしている。
“あれ、一体何が?”
その回転が止まった時、僕の体や顔に小石が物凄い勢いでぶつかってきて、小石の攻撃が終わったかと思うと聞こえてきた。
「まったく、五月蝿い奴じゃ、お前さんは」
という、いつもの終演の憎まれ口が。状況が理解できない僕の頭でも、終演が生きているということだけは分かった。
「何を見とるんじゃ。ワシはな、お前さんのようなガキに抱きつかれて喜ぶ趣味はないと、前にも言ったはずじゃ。考えも無しに、力一杯抱きつきおって。加減を知らんのか? まったく、誰に育てられたんじゃろうな……。普通見たら分かるじゃろ、ワシの体はボロボロなんじゃぞ。しかも、こんな石だらけの川原に置きおって。はぁ〜。融通も効かんとは……」
憎まれ口がいつにも増して口から溢れる。すると僕の心ではなく、左の頬に鈍器で殴られたような激痛が走り、今の状況に現実味が帯びてきて無性に恥ずかしくなってきた。
「おい、終演。いつから気づいてたのかな?」
「いつからって―」
浮かんできた笑みは、明らかに何か企んでいるような笑顔と「始めからじゃ」という言葉。
「いや〜、ビックリしたぞい。お前さんが泣きそうな顔で、いやもう泣いとる顔で、こっちに必死で走ってくるもんじゃから、ワシは笑いを堪えるのに必死じゃったわい。うひょ、うひょひょひょひょ!」
なんだか異常にムカつく笑い声が静かな森に響いた。
「何で、何で死んでないんだよ!! こういう時は死んでるのが普通だろ!!」
僕の言葉が終演の笑いの壷に油を注いだようだ。
「くそ! だったら何で心臓の音が聞えなくなったんだ?」
「心臓の音が聞えるんか、お前さん?」
僕の呟くような言葉に笑うのを止めてそう聞いてきた。僕は終演への怒りを心の中に閉まって答えた。
「何じゃ、簡単な話じゃよ」
そういうと、僕の納得する答えを聞かせてくれた。
「その力は静華嬢の物で、お前さんは借りてただけじゃろ。じゃから、時間が経ったり、静華嬢から離れたりすれば、自然とその力は消える。それだけのことじゃろ。いやまあしかし、お前さんのあの顔は傑作じゃったのう」
普通に話してたのに、言い終わると同時にさっきまでと同じ気味の悪い笑い声を上げた。いい加減、僕の堪忍袋が破れそうになるのを感じて、立ち上がった僕に聞こえてきたのは真剣な声。
「しかし、お前さんも分かっとらんのう。何故ワシなぞ助けに来おった」
「え? な、なぜって、それは―」
「言わんでもえぇ。どちらにせよ、お前さんが来る理由など、くだらんことじゃろう」
「くだらないって―」
僕に向ける終演の視線は、怖いくらいの鋭さになっている。
「お前さん、気づかんのか」
「な、何のことですか?」
ここで間を取る終演。森の静けさが、静けさ?
「あれ? 何で森が静か―」
「そこは気づいたか。じゃが肝心のとこを気づいとらん。じゃからワシを助けに来たんじゃな。お前さんも分かっとるはずじゃ。ワシとあの話獣とでは、どう考えても力の差がある。到底勝てるはずもない。なのに何故、ワシがこうして生きているのか?」
「いやだって、それは終演が―」
「違うのう。ワシは生かされたんじゃ、話獣に」
「え……? 生かされた? 何でそんなことを話獣がする必要があるんです」
「それは……。お前さんをこの森に誘き寄せるためじゃろう」
「どういう―」
「お前さんに恐怖を感じたんじゃ、あの話獣がな」
終演の言葉を理解する前に、僕の背中にはどんな生き物でも殺せそうな刃物が突きつけられた。
「御出でなさったぞい」
息が出来なくなる。ただ振り返るだけなのに、その間が何時間にも感じた。そして、僕が振り返った先で見たのは、石の柱の上で月明かりを浴び、王者の鬣を夜風に靡かせている姿だった。