第4章 森の声 (1)
1
「やっと着いた」
ブリック・キングダムから5駅進んだ小さな町のホームに、今僕たちは降り立った。町の名前はウッド・カッター。ここが終演の目的地らしいのだが、
「おい、爺さん。こんな町に何があるんだ? ここは樵ぐれぇしか居ねぇだろ?」
“その通り。カイヤックにしたら珍しくまともなこと言ったな”
ウッド・カッターの町は、元々樵が仕事のために訪れていた森だったという。木の質や量が素晴らしい土地だったが、一番近い町からでも数日掛かるために苦労をしていたらしい。だから樵たちが力を合わせて、小さいながらも町を作ったんだ。ただ、近くに線路が通っていたので、町が出来るとすぐに駅は立った。まあ、ここがなかったら、列車でも4日は乗りっぱなしだから、出来たのは正直正解だと思う。町の名前の由来はそのままで、樵が作った町なのでウッド・カッターなんだって。
そんな町に、用事があるなんて僕は到底思えなかった。
「何言うとるんじゃ。ワシはここの森の中に用があるんじゃ」
「森の中に何の用があるんです? 森なんて何処にでもあるじゃないですか」
「まあ、色々とじゃ」
そして僕たちは町の中へと進んだ。
「あの……。終演さんはどしたんですか? いつもと足音が違うような」
静華の手を握る手に、思わず力が入る。僕も思っていた、確かにいつもと違うと。長い事一緒にいる僕でも、これ程距離を取りたがる終演の姿を見たのは初めてだ。特に静華の事は心配しているようで、いつも気を配っていたはずなのに。まるで今目に見えている距離が、僕たちとの心の距離のように感じてならない。
「いえ、特に何もないと思いますよ。だから大丈夫です」
頭の中の疑問はどこかにしまって、静華の不安を取り除く事だけを考えた。けど、僕の本心は言葉とは裏腹な事を思う。
“……やっぱりサイロックさんのことかな。知り合い、って仲だけじゃなかったんだろうし。それともあの少年、風牙の―”
僕が少し考てしまったので、カイヤックの動向にまで気が回らずに許してしまった言葉。
「おいおい、嘘言っちゃいけねぇよ。俺の知っている爺さんは、こんなに距離を取りたがる人間じゃねぇはずだぞ」
僕と静華の間に割り込むように、後ろからカイヤックが話しかけてきた。
“この! ったく、そんなの僕だって分かってるよ。けど、静華には無駄な心配をして欲しくない、って、カイヤックは終演の事あんまり知らないはずだろ”
僕の睨みで後退りするカイヤックから戻した視線の先には、さらに距離の開いた終演の後姿があった。
それから暫く無言になった僕たち。
町の中は閑散としていて、風に揺られる髪の音が聞こえてきそうだ。それでも終演は先に先に進み、こちらに振り返る事無く曲がり角を曲がる。僕は静華を気にしながらも歩く早さを上げて、見失わないようにと同じ様に曲がった。
「何だ、人いるじゃねぇか」
曲がり角を曲がった先は、先程までとは一転しての五月蝿いざわめき。ある建物を囲むようにして作られた人集りを余所に、終演が進もうとしていた。
“あれって……”
僕がその人集りの奥で気になったもの、それは星の守護のマークが描かれている旗。
“こんな町に、星の守護の旗? 何かあったのかもしれない。あるとしたら―”
僕は森で何かあったのだと思い、カイヤックに終演を呼びに行かせる。僕は人集りを掻き分けて建物の前まで進んだ。
「……」
「どうしたんです?」
動かなくなった僕を不思議に思ったのか、静華が少し手を引いた。
「いえ、何も」
そうは言ったものの、僕の顔は確実に引き攣っていたと思う。なぜってそれは、建物の前には、2人の星の警備隊がいたから。
星の守護とは、大きく分けて3つのグループに分類される。
1つは、依頼を受けてその依頼を解決する‘旅星’と呼ばれるグループ。世間一般的にいう星の守護とは旅星の事を指し、旅星は一般的に命を懸けて仕事をする。雷祇や終演、カイヤックなどは旅星に属している。
もう1つは、依頼を一般人から受け、その依頼内容の難易度によって金額を決め、その依頼をこなせそうな旅星に依頼を指示をする星の守護本部。もちろん、世界中に支部があり、支部の数は国の数の倍以上存在すると言われている。
最後の1つに星の警備隊が存在する。これは、依頼などはこなさずに、星の守護の本部や支部を警備することが仕事。そして、星の警備隊には制服が支給され、その制服の着用が義務付けされている。さほど命の危険はないが、たまに本部や支部が襲撃される時には命を張らなければならない。
“ダサい”
僕の目の前に立っている星の警備隊の制服は、何とも言えない色合いをしていて、僕は死んでも着たくはない。
「いや〜、やっぱこの制服格好いいよなぁ〜」
僕の頭上から降ってきた言葉は溜息混じり。
「え!!」
過剰に反応してしまった僕に、逆に驚きを返してくるカイヤック。そんな僕たちのやり取りも、今の終演の心には止まらないようだ。そんな終演には悪いけど、僕は気になって星の警備隊に話しかける。
「あの、何かあったんですか?」
僕がそう聞くと、星の警備隊員が規則なのであろうか、こちらに向くこともなく正面をむいたまま石像のように動かない。このまま無視されると思って、僕は口を‘あ’の形にしたその時。
「お話しする事は出来ません」
その言葉が返ってきた。多分このままだと話を聞くことが出来ないと思って、紋章の入った玉を嵌め込んだ指輪と手帳を見せる。すると無言のまま、1人がその2つを受け取って中に消えた。
“なぜ無言”
愛想のなさは知っているがこれ程のなさは、まあ普通か。それから1分ぐらい経った時、その1人が建物から出てくるともう1人に話しかけ、僕たちはすんなりと中へ招き入れられた。
2
建物の中は予想以上に慌しくダサい、じゃなかった、個性的な制服を着た警備隊が止まる事無く動き続けている。
“しかし、随分大所帯で動いてるんだな”
警備隊が支部を離れる理由は数少ない。例えば、重要な依頼を外に漏れないように少数で伝えにいくとか、戦争時の遺物が見つかった時、科学者を現場に連れて行くとか、どれも少数が基本となる。それを考えると、この大所帯の理由は1つぐらいしかなくなる。僕たちは、警備隊員の流れに逆らって、1つの部屋へと招かれた。
“意外と広いな”
外からのイメージとは違い、僕たちを入れるて10人ほどになっても部屋にはまだ余裕があった。奥から大量に取り込んだ日差しを一番浴びて、大きな影を机に描く人物。服装の違いや警備隊の人数で大体この人の位は理解できる。その人が、僕らの前で挙手の敬礼をしている警備隊員に尋ねる。
「おや、誰だいその方達は?」
「は! 旅星の方々です」
その言葉を聞いて、僕たちが部屋に入った時には見向きもしなかった5人が、一斉に向ける視線。
“何なんだ、この人たち”
右手に女性の3人組が、左手に男の2人組みが、机から線が引かれたように綺麗に別れている。旅星という言葉を理解したようで、男2人組みのアホっぽい方が、ソファーに埋まるように胡坐を組み直す。
「おいおい、冗談は止せよ。こいつらが旅星だって? ジジイとガキ2匹連れた大男が、俺達と同じ旅星? そんなわけないだろ! なあハリー」
仰いだ顔を後ろへと、ソファーからずり落ちそうになりながらも向ける。そこには、木の椅子に座っているいかにも冷静そうな男。そのハリーと呼ばれた男は、終演を見てから息を呑み込んでいたが、その言葉で眼鏡を直す、「そんなのもいるんだろ」という言葉と共に。
女性3人組は歳もバラバラのようだったが、顔の雰囲気で姉妹だと何となくだが思った。3人組は男2人よりも興味を示さず、一通り僕たちの品定めが終わると入った頃と同じ様に背を向ける。
“何なんだ、この殺伐とした雰囲気は。挨拶なしで、批判と無視って”
そんな刺々しい雰囲気の中、机に続く一本道を終演が歩き出した。僕は突然の事で呼び止められずにいる。そして気づいた時には、机の前に辿り着いていた終演。
“しまった。今日の終演は何するか分からないから、変な事しそうになったらすぐ止めよう”
僕の不安を余所にゆっくりと開く口。
「お前さんは、この地区の支部長かのう?」
「えぇ、そうです」
警備隊がこれ程大規模に動いているのは、支部長が一緒に来ているからだろうという僕の考えは、どうやら当たっていた。
「わざわざ支部長がこんな所に出向くとは、一体どれほどの事があったんじゃ?」
「おい待てよ」
支部長の言葉を遮るのは、アホっぽい方の苛立つ声。
「ジジイには関係ないんだよ。引っ込んでな!」
その言葉に終演の動きはない。
「何―」
「ちょっと待ってください。この件に関しては、人数は多ければ多いほうがいい。ですから、私はこの方達に手を借りたい、そう思っています。ここまで言えば分かってくれますね?」
終演の肩に伸ばしていた手には、苛立ちが握り締められた。そして支部長には、返事代わりに舌打ちをする。
「我々には説明は終わったはずですね。では、準備などがありますので、部屋を出てもよろしいでしょうか?」
眼鏡の男の言葉に、支部長は快く応じる。
「えぇ、いいですよ。それでは皆さん、また後ほど」
すぐに出て行く3人組みとは違い、そう言ったはずの眼鏡の男は本から目を離さない。そして、3人組みが出切ってから動き出すアホっぽい方は、終演から目を離さず扉に向かおうとするが、見させないように割ってはいる眼鏡の男。
「何してんだ! ハリー……」
「行くぞ」
怒鳴り声が急激に萎みながら、押し出されるようにアホっぽい方は部屋を出た。眼鏡の男は部屋に向き直ると、まるで終演にだけするようにお辞儀をして部屋を後にした。終演は机の前から動いていない。
「で、あなた方のお名前は?」
支部長の言葉に従い、全員が自己紹介をする。その途中、終演とカイヤックの名前を聞いた時の支部長の顔は、明らかに動揺を隠せていなかったが、最後の僕の自己紹介が終わる頃には、取り戻す平静な姿。
「そうですか。これは心強い方々が来て下さいましたね。まだ運は―」
支部長の作る笑顔を、まるで凍りつかせるように放つ冷めた言葉。
「ワシがこの森を進むのに大した障害でなければ、今日にでも発つ心算じゃぞ」
らしくない言葉に、自分でも分かるくらいに不安になる声。
「終演、どうしたんですか。なんだからしくないですよ」
「……今はゆっくりとしている時間は無いんじゃよ。なるべく早く目的地に行きたいんじゃ」
「でも―」
「関係ありますよ。この森を進むのには大いに」
支部長の言葉で、ようやく聞く体制に変わった終演。その姿に、凍りつきかけた笑顔が元に戻る。
「ここの森では今、未確認の魔獣が目撃されているんです」
「未確認ですか?」
「そうです」
「未確認と言っても、お前さんのような支部長が動いとるんじゃ、先行隊はどうしたんじゃ」
ここでまた、出来ている影と同じ様に暗くなる支部長。沈黙してからの次の一言、全滅という言葉に、僕たち皆が驚いた。もちろん、終演も顔が変わった。
「全滅じゃと? 未確認の魔獣は、確保することが大前提。それに伴うのは、経験と実力。そこそこなどとは比べ物にならん、かなりの兵の旅星が来たはずじゃろう?」
「はい、その通りです。本部から依頼され、私の元に来た旅星の方々は、素晴らしい方ばかりでした。実績も、実力も、経験も、どれも一流でした。が、その2組の旅星は、1ヶ月経った今でも、帰って来るどころか連絡すら取れないのです」
「だからお前さんのような支部長が出向いたわけか。で、その旅星達の手がかりは?」
振る顔からは、諦めとも取れる言葉が。
「いえ、何もありません。これだけの数の警備隊をもってしても、死体が見つからないのです」
「何も、ですか?」
「はい」
「そりゃ、随分不思議な話じゃねぇか」
「それでなんですが―」
支部長の願うような眼差し。
「終演様達には、手を貸して頂けるのでしょうか?」
僕とカイヤックも終演を見た。
「仕方なかろう」
「それは助かります」
一段と弾けるように作る笑顔は、支部長としての渋さを吹き飛ばす。
「手ぇ貸すのはいいが、さっきの奴らは何なんだ。特にあの眼鏡」 “そうあの眼鏡。どっかで会った気がするんだが……”
「そうですね。仲良くなってもらわなくては困りますから、後で皆を紹介します」
他の人たちは準備があるようなので、僕たちは僕たち用に用意された部屋に向かった。
3
「喧嘩は売らないでくださいよ、カイヤック」
警備隊員に連れられてきた部屋。2段ベットが2台とテーブルセットが1つ。十分住めそうな空間で、テーブルを囲む僕たち。その輪を外して座る終演は、窓の外に心があるようだった。
「あぁ、分かってる」
「本当にダメですよ、カイヤックさん」
「わぁってるて。俺はそんなに信用ねぇのかい?」
“ないな”
僕たちのたわいも無い話は、十分な時間潰しになった。その間も、終演の心が帰ってくる事はなかった。
“あの力は……。どう考えてもテスタメントのものじゃ。それに、あやつの事は覚えておる。どうやら、あの時殺し損ねたようじゃな。すべてのことを考えても、こんな僅かな時間で揃えたとはワシの計算違いじゃ、早すぎるんじゃ。しかし、それでも収穫はあった。あやつは完全には力を引き出せておらんかった、まだ不完全じゃった。一刻を争う訳ではないが、早く契約の箱を手にする必要がある。こっちには、静華嬢と雷祇がおるからのう。じゃが、静華嬢の力がワシの考えている通りなら、こちらが断然有利になる。それにワシの望みが……。何を考えとるんじゃ! 今はそんな事は後回しじゃろうが! はぁ〜。じゃがどうあっても、会わねばならんじゃろうな、紫月に”
「では皆さん、自己紹介をお願いします」
「……」
明るい声は黒に染まった夜空に吸い込まれた。まあ、部屋の中だけど。
「そ、そうですか、私が自己紹介をしていませんでしたね。私は、星の守護第18支部・支部長のクローです。みなさんよろしく。これでよろしいですね? では、それぞれ自己紹介をお願いします」
「……」
今度の言葉は地の果てに這っていった。まあ、地の果てなんて知らないけど。
「そ、そうですね。私が仕切るべきですね。そうですよね……。では、音の3姉妹さんからお願いします」
“音の3姉妹って、聞いたことがあるな”
切れ長の目の中にある黒い瞳が、クローを捉える。その瞳の奥には怒りが燃えているように見えた。
「何で私たちが最初なのよ。まあいいわ、私が長女の祢音よ。まったく、ここには頼りなさそうな人しかいないようだけど、私たちがいれば十分だから、お願いだから足手纏いにだけはならないでよ」
「ちょ、ちょっと姉さん。そんな言い方は―」
「いいのよ梨音。だって、本当の事じゃない」
“……。クラリア王女といい勝負しそうだ”
僕は頭の中で2人を戦わせようとした。その時、現実世界で戦いを仕掛ける合図が聞こえた。床の太鼓を蹴って鳴らした桴は足。
「おい女。お前図に乗るなよ、ああ!! お前らのような女こそ、どう考えても足手纏いなんだよ! 今までどうやってこの仕事続けてきたが知らないが、あぁ、3人それぞれ別々の特徴。体でも売って生きてきたか?」
「何ですって? あんたの方こそ、よくそこまでアホっぽさを前面に押し出せるわね? あんたはどうやって、って、あんたみたいなアホを買うのは、屈強な男じゃないと無理でしょうね」
「なんだとこの―」
「止めろ」
組んだ足の上で、目は一定のリズムで文字を追う。細長い剣が、喉元に触れると、叱られた犬のように元気が無くなり、吠えるのを途中で止めたアホっぽい方。
それからは、正常に続いた自己紹介。
音の3姉妹は長女が祢音、次女が梨音、三女が美音。
長女は髪が短くボーイッシュなように見えるが、背が高く、体つきが女性らしくてギャップがある。顔には切れ長の目と眉があり、それが気の強さを顔により濃く表している様だ。武器はブロードソードで、歳は25歳。
次女は髪が長め、といっても静華ほどではない。身長は長女と大して変わりなく、多分175くらい。顔は長女とよく似ているが、性格の違いからか幾分優しそうに見える。武器は大きな木槌で、歳は23歳。
三女はこの部屋で1番小さく、多分140くらい。歳は20、って、まあ僕も驚きましたけど20だそうです。でも喋り方や、顔、服装に至るまで、いかにも少女といった感じなんですけど……。武器は持っていなくて、巨大な網を持っている。カイヤックでもすっぽりと入るほどの網。因みに長女・次女の服装は、星の守護の女性がよくする、動きやすさを重視した、体の線がよく分かる格好をしている。変な意味ではないです。
「それではテンペストのお2人、自己紹介をお願いします」
“テンペスト、こっちも聞いたことがあるや”
すると、不満が混じっている言葉を垂れ流すアホっぽい方。
「2番目って、一番中途半端。なにその扱い? なぁ、絶対俺らが取りだろ。どう考えたって、俺らが一番強いわけだし。それ―」
「さっさと始めろ、レイニア」
少し低い位置から出た声に、アホっぽい方は慌てて自己紹介をしだした。
アホっぽい方の名前は、眼鏡の男が言ったレイニア。いかにも単細胞な感じで、ベラベラと喋っていたが、内容はほとんど自慢話。いい加減飽きてきた頃に、眼鏡の男が止めた。見た目はいかにも軽い感じの風貌で、武器は縄。歳は24。
そして最後に眼鏡の男。名前はハリケーンという。ひょろ長い感じの印象で、知的な顔をより際立たせる眼鏡。レイニアと同じくらいの身長で、カイヤックと見比べると小さいが、大体185といった感じ。武器は刃が極めて細いバスタードソードで、歳は1人20代じゃない30歳。
「これで後は、新しく入ってくださることになった……。呼び方は何がいいですか?」
「いらねぇよ、そんなもん。まず俺からだ」
カイヤックの自己紹介、というよりも名前を言った途端、3姉妹とレイニアの空気が変わる。手の中ではそれぞれの武器が臨戦態勢を作りながら。
「カイヤック、だと? 随分な大物だな。ハリー、狩るか?」
「ちょっと、手出さないでよ。こんなお金になる奴なんて、そんなにいないんだから」
カイヤックに対して変わったはずの空気が、2人の間で火花を散らす。
「そのことはまた後で、ということにしてもらえませんか? これからの仕事、命を懸けなければならないのです。確かにカイヤックといえば、星の守護でも最高クラスの賞金が掛かっています。ですが、もしここであなた方が打つかれば、戦力がずいぶんと落ちてしまうでしょう。それだけは避けたいのです。もちろん、今仕事を下りても、今カイヤック君に手を出しても、報酬が出ないどころか、私の権限で星の守護の規約違反にしますよ」
クローの言葉は、先程までと違い随分と力を持っていたようだ。部屋の空気を、僕たちが自己紹介出来るまでに戻した。
“へぇ〜、カイヤックって賞金掛かってたんだ”
僕が見上げるカイヤックはいつもと大して変わりがない、適当に人生生きてきた顔にしか見えなかった。それからは僕、静華と順調に自己紹介が終わる。で、一番嫌な予感がする終演が最後になってしまった。終演が口を開く前に、ハリケーンが本を閉じた。今までにない、自己紹介を聞く構え。そして、自己紹介が終わると同時に、レイニアの見たままのアホ笑い。
「わっははは! おいジジイ。嘘吐くならもっとマシなの吐けよ。あのな、終演っていえば、3m50ある、とても人間とは思えない化け物なんだぜ。お前の後ろのカイヤックよりも、断然デカイのが終演だ。どう見ても、ジジイじゃ150くらいだ。なあハ―」
「少し黙れ、レイニア。この方は本物だ。ご無礼をお許しください」
終演の前まで歩み寄ったハリケーンは、膝をついてお辞儀をする。
「お久しぶりです。私は嘗て、ブリック・キングダム第8師団・先行駆逐掃討隊に所属しており、23年前に1度だけ終演様にお声を掛けていただいたハロルドです。憶えていらっしゃらないとは―」
「無論、憶えて―」
終演が避けるようにハリケーンの前を歩き出した時、突然僕の頭上から鼓膜を直接殴られる程の声が聞こえてきた。
「ああ! お前、バルック団長とこにいた、あのハロルドか? 通りで見たことあると思ったんだ。けど、名前変えたの―」
「あぁ、変えたさ。ハロルドの名前は好きじゃなかったし、それに……。まあ、こんなとこで話すことじゃない」
「お、おい、ハリー。こんなジジイが終演なはずないだろ。だって、噂じゃ―」
レイニアの言葉は、ハリケーンが睨んだだけで喉の奥にしまわれた。そして昨日と同じ様に、部屋の中央に出来た道を進む終演。
「あの、終演様。気になる事が」
その終演の背中を、ハリケーンの遠慮がちな声が掴む。
「そのお体は、一体どうなされたのですか? 終演様がそこまでの傷を負わされるとは―」
「お前さんには関係ないことじゃ。クロー」
終演が止まったのはハリケーンの言葉ではなく、クローの前に辿り着いたからだった。
「はい、何か?」
「自己紹介は終えたんじゃ。ワシはさきも言ったように、あまり時間を無駄にしたくない。この魔獣捕獲はいつから始まる」
「明日、夜明けと共に」
「よかろう」
終演は部屋の中の道を通らず、クローの後ろの窓に向かう。そして、大きな窓を開けると、夜の闇に解けて消えた。その行動に静まり返る部屋の中を、クローの言葉が優しく照らす。
「えっと、それでは今日はこれで解散します。皆さん、体にはどうか気を付けてくださいね。では、明日の朝に」
「なぁ、雷祇。爺さんはどうしちまったんだ?」
晩ご飯のパンを頬張りながら、そう僕に聞いてくる。静華も同じ事を聞きたかったのか、あまり進んでいなかったご飯を運ぶ手が止まる。
「そんなの知りませんよ。ただ……」
「ただ?」
「ただ、なんなんだ?」
“サイロックさんだけのことじゃないんだろうな……。風牙のことだけでもないだろうし。何か、何か僕たちには言えない何かを、ずっと考えいるんだろうな……”
僕は考えを口に出さず、適当な言葉でこの場は済ました。
結局その日の晩、終演は晩ご飯を食べに来ず、部屋にも帰ってこなかった。