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テスタメント  作者: 竜丸
15/82

第3章 動き出す鼓動 (3)

     7



 “魔法使いだと? 久しく聞かなかった響きだが、俺の知っているそれとは明らかに違う”

 サイロックの前にいる少年が言った魔法使いとは

 四精霊に力を借りて強力な術を駆使する者の呼び名。術は強力だがリスクも当然あり、身体能力は一般人より遥かに低く、術を発動するのに長い詠唱時間を要する。しかも、術を使いこなせるようになるまでかなりの年月を要するため、魔法使いと呼ばれる年齢は50歳を超えているのが普通。例外もいくつかあり、四精霊以外の力を借りる魔法使いもいるという。

 “ということは” 「貴様、魔道丸を使っているのか?」

 少年は首を横に振った。

「いいえ。そんな物、使った事も見た事もないですよ。確か……、世界大戦の時に魔法使いが溢れた原因ですよね?」

 魔道丸とは、世界大戦時に開発された害薬。通常の魔法使いは、特定の精霊にしか力を借りれず、1人の魔法使いが様々な種類の魔法を使う事は出来ない。しかし、魔道丸はそれらを全て覆した。詠唱時間を要せず、年齢も若く、いくつもの種類の魔法を使えるようにしたのだ。ただ、魔道丸は体に異常な負担をかけるため、使用した者の命は長くても半年しか持たない。

 “魔道丸も使わずに、この若さで魔法使いを名乗れるはずがないのだが……。何にせよ、今はそんな事関係ない”

 剣を下げると自然と落ちた重心。同じ高さに揃った目を直視して、少年は一歩を踏み出す。その顔には恐怖の色など微塵もなく。

 “もう一歩で届く”

 2人の間は距離にして5メートル強。サイロックの踏み込みでも、到底届く距離ではない。それを一番理解しているはずの本人が、少年の2歩目に合わして放つ斬撃。

 “流石は剣神”

 剣風とは明らかに違う強風は弧を描く。目には見えないその風は、床に線を引きながら少年に向かう。そして、風の線引きが終わると同時に、少年の体は浮き上がり壁まで吹き飛ばされた。受身を取っていなかった少年が、衝突して崩れ落ちる壁。

 “俺の心が怯えたのは気のせいか。それにして、随分とあっけないものだ”

 少年の姿を隠すように舞い上がった土煙。気を抜いたわけではなくいつもと同じで、一撃で仕留めたと思ったサイロックは、風神を鞘に収め少年に背を向けた。

「凄いですね。魔剣をそこまで操れるなんて、剣神と言われるだけの事はある」

 少年を覆っていた土煙と共に、言葉を遠くの空へと運んだ風。その風は少年の体から溢れ出すように吹き荒ぶ。

 “何だ、この、風は!”

 振り返ったサイロックを襲う暴風。踏ん張らなければ、とてもじゃないが立っていられないほどの風が止んだ時、浮かび上がらせたのは少年の無傷の肌。

「それは私の力の糧となる。だから返してもらいますよ、あるべき私の手にね」

 今度は部屋に風が吹き荒れる事はなかった。その代わり、風は床を這いずり回るように吹き、少年の体を宙に浮かばせる。

 “なんともおかしな力”

 暫くの空中静止の後、正に字の通り少年は飛んでサイロックに向かった。

 “真正面からなど”

 サイロックは冷静に風神に手を伸ばした。来るべき時、何も持たない少年のがら空きの首筋にだけ狙いを定めて、逸る心を抑えるように腰を落とす。

 “何だ?”

 そんなサイロックに、何も持っていない右手を突き出す少年。

 “何をして、!”

 突き出した右手の前の空間の揺れ。それに気づいたサイロックは、咄嗟に抜いた風神を体の前に持ってきた。

「うぉ、おぉぅ!!」

 風神に伸びて突き刺さる空間の揺れ。どれだけ踏ん張ろうが自然と体は後ろにずらされる。全体重を風神に乗せ、飛ばされる事なくサイロックの体は扉に張り付く。すると突然枷が外れたように、前のめりになる体。

 “しまっ、!”

 耐え切れずに膝と手を付くサイロックの肩に、間髪入れず何かが突き刺さる。その肩から体が浮き上がり、壁に貼り付けられたサイロック。腕を伸ばしてその何かを確かめるように触れた。

 “何だこ、ぐぅ!”

 サイロックの肩に深く深く何かが突き刺さる。それと同時に噴出す鮮血で、赤く染まりゆく風神。何とかして引き抜こうと力を込めるが、抜くどころか止める事すら出来ない。

「凄いですね。普通、悲鳴を上げてますよ」

     ブシャァァ!

「ぐぅう!!」

 貼り付けが解かれ、力なく床に膝から落ちた。

「すいません。腕、千切っちゃいましたね」

 白い床に赤い水溜りが出来、その中心に風神が握られた一本の腕。自分と少年の距離を目算し、自分の方が近いと踏んだサイロックが走り出す。

 “いけ、!”

「無駄ですよ」

 もう少しで、あと少しで手の届く位置にいたサイロックの横に並ぶ少年の影。そして、千切れたサイロックの肩に触れた少年。

「少し座っていてください」

 肩から血と肉が飛び散り、サイロックは吹き飛ばされた。

「ぐっ!」

 床で跳ね上がった体が勢いそのまま壁にぶつかった。その姿を見ずに、風神を拾い上げた少年が、壁に持たれて立ち上がろうとするサイロックの顔を見た。

「不思議ですか、私という人間が。当然ですよね、風を使う人間なんて。こんな事、普通の魔法使いも偽の魔法使いも、到底出来ませんよね。そうですね、何も知らないまま死ぬのは少し可愛そうなんで、教えてあげます。私の正体は……」





「やっぱりここだったんですか、終演」

「な、何で見つかった―」

 僕が城から連れ出したのは、結局静華や王女だけだった。丁度城を出るときに、最初僕たちを王女の元に連れて行ってくれた大臣が居たので、事情を説明して、カジノの場所を聞いて、僕はすぐに終演を探しに町に出たのだ。

「お、俺は関―」

「今はカジノの事はいいです! 現れたんです、あの時の、この前の女の子みたいな、いや、それは僕の感覚ですけど。けど、分かるんです。そう感じるんです!」

 終演の顔には深いしわが、カイヤックの顔には謎のマークが現れたが、僕は終演だけの動きを見ていた。そして、終演が動いた瞬間に僕も動き出していた。

「おい、何のことか説明ぐらいしてけよ……」



 “早すぎる!! もしや、もう揃ったのか?”



 僕たちが城の前で見たのは、崩れ落ちる王女の側で静華が慰めている姿。それ以外にも人は大勢いたが、一見してある人物がいないことに気づいた。そして僕は駆け寄る、王女に聞こうと。その僕の足音に気づいて、静華が上げる声。

「雷祇」

 その声で上げた王女の顔は、気の強さなどカケラもなくなっていた。

「雷祇、あのね、ウイールが、援護するって、入って行ったの……。でも、サイロックがいるから、だから、大丈夫、だよね……。ねぇ、雷祇?」

 僕自身は自分の顔はどういう表情になっているかなんて分かるわけがなかったが、王女の顔で大体は分かった。僕は王女の言葉に答えず、終演と共に城の中へと走り出していた。

「くそ! 何で待ってなかったんだ!」



     8



「サ、サ、サイ、ロック様……」

 目の前に広がる光景。腕を千切り取られた剣神が跪き、赤い化粧をした少年が首を掴んでいる。

「に…げろ」

「あぁ、バカさんですね」

 ウイールに向けた幼さ。

 “どう、どうなってるん、だ。どういうことだ。こういう、場合、どうしたらいいんだ? 落ち着け、落ち着け! 落ち着くんだウイール”

 落ち着かそうとしている心に無断で入る少年。

「どうします、サイロックさん? 先に自分が死ぬか、彼が死ぬか。決めていいですよ、最後の選択ですから」

「やめ、ろ……もう、目、的は―」

「もう少し早く喋れませんか? ってそうか。この状態じゃ無理でしたね。じゃあ―」

「その手を放すんだ! 私が相手をしよう」

 部屋の中央に吸い寄せられたウイールが抜く剣。その行為は無謀以外の何者でもない。そんな事ウイールでも理解できている。それに答えたのは無邪気な笑顔。

「だそうですよ、サイロックさん」

 少年の支えを無くしたサイロックは、自分の重たさで後ろへと倒れる。

「それじゃあ、相手してくださいね」

「逃げ、ろ!!」

 響く声は廊下を走る。聞こえないはずのない言葉を受け止めて、決意を固めた眼差し。そして構えた剣に少年の剣が触れた。

「君の名前は?」

 考えの中になかった言葉に、少年は驚く。

「名前か……そういえば私達には無かったな。いい事を教えてくれた、ありがとう。でも君には名乗れないよ、まだ無いから」

「名前が無いのか……。では、君は何処の出身なんだい?」

「さあ、あそこは何処なんでしょう? 詳しくは知らないけど、知っていることもある。私がこの世に生まれたのは、冷たく大きなガラスの筒の中です。もういいですよね、始めましょう」

 飲み込めない唾が溜まる口の中。その気持ち悪さを上回る、少年に対する怯え。それらを一気に飲み干して、ウイールは口を開く。

「いざ尋常に」

「勝負ですか。いいですよ」

 2人の時間が止まり、動き出すのを躊躇わせる。それでも先に、触れていた剣先を弾いたウイール。

 “使いこなせるわけがない”

 少年の体には大きすぎる剣。戦いの経験が無くても、それは目に見えて明らかで、ウイールの予想通り剣の重さで少年はよろめいたはずだった。

 “チャンスは1度だけ!”

 重さで横に振られる少年の首筋目掛けて繰り出す一撃。

「残念でしたね」

 あるはずのなかったチャンス。そこに込めた一撃の反動で、大きく後ろに弾かれる体。

 “な、何が起こった?”

 理解できないウイールの前で、少年のよろけはいつの間にか振りかぶりに変わっていた。バランスを取れず、剣で防ぐ事など到底出来ない状態。

「まだ遊びましょう」

 終わりを覚悟したウイールの耳に届く遊びの誘い。そして振り下ろされた剣が壊したのは、ウイールの持つ唯一の対抗手段。

「なぜ、殺さないんだ?」

 倒れた体を起こしたウイール。部屋には折れた剣が立てる綺麗な音が響く。その音が止むのを待って、ウイールの言葉を繰り返す。

「なぜ殺さない? 勘違いですよ、殺しますよ。ただ、楽しくもう少し遊びたくて。そうだ、あなたにはヒントで十分ですか? さっき、首の辺りには盾を作ったんです。そして今度は―」

     ブォーーン!!

 少年の掲げた掌から、放たれたのは風の鎌。

「‘かまいたち’です。そして、今から降るのは石の雨です。楽しく踊ってくださいね」





 “おいおいおい、何なんだありゃ”

 気になっていたカイヤックが、カジノの外で見ていた城。その最上階の屋根が突然空へと舞い上がり、大きく砕けた石となって城に降り注いだ。

「2人が言ってた事が関係あんのか。いや理由なんざどうでもいい、随分とヤベェってのは伝わる」

 カイヤックは城に向かって走り出した。



     9



 “あぁ、このまま私は死ぬのだろうか?”

 呆然と、楽しむはずもなくただ呆然と立ち尽くすウイール。その目に映るは石の雨。そして、部屋に降り注ぎだす石の雨を見れずに、目を閉じたウイール。

     ズガガガガガン!

 石が床に降り積もる音とは明らかに違う機械音。煙を上げる腕を見つめて、少年の顔には不信の色。

「やっぱり終演で間違ってなかったか」

 マシンガンが砕いた雨は、床に小石の道を作っている。その真ん中辺りに目を閉じたまま固まっているウイール。

「そしてそっちは君か」

 次に見せた少年の顔は、雷祇の作る笑顔。サイロックを見る事を躊躇い、雷祇は前を向いたままでいる。

「心配しないでください。城に居た人は、大臣さんが外に連れ出してくれました」

「やあ、雷祇」

 サイロックは少年が喋りだした事で、喋らずにいる。雷祇は雷祇で気になっていた、引っかかっていた事があったらしい。

「やっぱりだ。いつから僕の名前を知っている。僕は自分の名前を君に言った覚えはない」

「さあ、いつかな」

「言った覚え―」

「あ、そうだ!」

 喜びが全面に表れる顔。

「名前、いい名前が思いついた。私の風は牙となる。そう、人々を終わらせる牙に。だから風の牙、‘ふうが’でいこう」

 呟くようにブツブツと言っていた少年が、雷祇と向き合う。そして自己紹介のお辞儀。

「初めまして、雷祇。私の名前は風牙。以後よろしく」

 風牙はサイロックの時と同様、浮き上がって飛んだ。

 “やっぱりだ! あの子と同じだ!”

 手から伸びた風牙の槍を避けながら雷祇の心の中ではそう思っていた。



「何やっとるんじゃ!」

 終演の言葉で、やっと目を開けたウイールは終演を見つめる。数秒後、突然意識が戻ったのか大きな声を上げるウイール。

「は! 私は何を……。失礼ですが、あなたは誰ですか? ここは何処なのですか? 一体何があったのですか? なぜ―」

「……寝てろ」

 鳩尾みぞおちにめり込む拳。

「まったく面倒くさいのう。お前さんは大丈夫かの?」

 床に倒れる前に肩に担ぎ、終演がサイロックを見る。

「ああ、心配ない」

「そうは見えんがの」

「ふ、なら聞くな。終演はその方を外に連れて行け。俺はあの子を見ている」

 2人のぶつかり合う姿に目が輝く。形勢は風牙の遊びに、全力で付いていくので精一杯の雷祇。

「相変わらず、戦いが好きな奴じゃ。何かあれば頼むぞ」

 終演は2人を一瞬だけ見て、部屋を後にする。

 “大した子だ。まともに、いや、少し劣るが、それでも俺よりも殺り合えている”



「どうしたんだい? もう息が上がってるよ」

 三叉に分かれた先端を、ギリギリの所でかわしながら隙を伺うが、一向に見つからない。かわすだけではどうにもならないが、雷命が届く距離まで一度も近づけていない現状。

 “前の子に比べればマシだ。けど強い! 長くは持たないんだ、次に懸けよう!”

 そう考えていた雷祇に、伸びる風の槍。その槍の下に入り込む様に槍を上に弾き、低い体勢のまま雷命で槍を押し上げながら突き進む。

 “このまま!”

 自分の攻撃範囲にもう少しで入れると思っていた雷祇に、浮かべた嘲笑い。

「この剣は飾りじゃないよ」

 雷祇が槍から雷命を離したのは攻撃範囲に入ったから。けれどその前に、風牙の剣の攻撃範囲にも入っていることに気づかなかった雷祇。

「くっ」

 けれどこのチャンスを逃せないと、剣を避けるように踏み込みを一歩ずらそうとした時、背中に感じた殺意。

 “曲げれたのか!”

 後ろを確認するよりも先に、鞘に手が伸び横に跳ぶ。体を守るように構えた雷命に剣が、三叉を避けるために伸ばした鞘には槍が。

「いい反応」

 満足そうに、ただ容赦はせずに雷祇の防御に攻撃を加える。防御は崩れはしなかったが、勢いに負け後ろへと下がらされる。

     はぁはぁはぁ

 崩れた体勢を立て直すのに数秒は掛かった筈なのに、風牙は雷祇に攻撃をする事が無かった。閉じた瞼は刹那だったが、風牙の体は後ろを向いていた。

「やっぱり殺しておくか。楽しい時間を邪魔されたくはないし」

 言葉よりも先に出たのは右の足。風牙は背中越しに迫り来る気迫を感じながら、サイロックの元へと飛ぶ。

 “俺に来るか”

 両手持ちに切り替え、飛ぶ速さを増す風牙に届く声。

「止めろ!」

 その声虚しく貫かれたサイロックの体。

「どうですか、自分の―」

 サイロックは片腕で、風牙の両手ごと自らに突き刺さる剣を掴み、さらに深く貫かせる。

「今、だ。今だ!!」

 その言葉に答えるように、サイロックの目には振りかぶる雷祇の手が見えた。

「うおぉ!」

 風牙の首筋に振り下ろされる雷命。ただ、サイロックの目に映るのはその姿だけではなかったようだ。

「無駄だよ」

 その言葉で雷祇の体は遥か向かいの壁にまで吹き飛ばされた。もうすでに、サイロックは理解する事を諦めている。

「手、離してくれますか」

 掌に走る衝撃で、強制的に弾かれたサイロックの腕。風牙はサイロックから離れ、全身を確認する。

「やっぱりあなたは凄いんですね。自分の剣で自分を貫こうなんて発想、中々出来ませんよ。だからもう死んでいいよ。私の槍で痛くないように殺してあげる、サイロック」

 ここで初めて空間の揺れが、槍を形作っていると分かったサイロック。だがもう、体を壁から離す事すら出来ない。

「終わりだ」

     ギィンィィィ!!

「止めろよ」

 体の周りを纏う様に走る幾つもの光の帯。風の槍を受け止めた雷命にも、同じ様に纏わり付く光の帯。

 “ど、どういう事だ?”

 目の前には、先程壁に吹き飛ばされたはずの雷祇の姿。しかも体の周りは、おかしな光が走っている。

「! そうか、ちょっとは力を使えるんだ」

 驚きが楽しみに変わる風牙。そして、風牙の背中に生えた大きな風の羽。

「……」

 言葉が出ないサイロックとは対照的な雷祇。

「いくぞ」

 雷祇の足元の床で弾けた光の帯。

 “やはり早い、私よりも”

 先程までとは明らかに違う雷祇の速さ。風の槍が伸びる前に風牙の懐に飛び込む。

「死ね」

 横薙ぐ雷命を、羽ばたき上昇してかわす風牙。それを追いかけるべく、足を床に触れさせ光を弾かせ、上へと跳ぶ雷祇。戦場でも見た事がない2人の少年の戦いに、サイロックは驚きを隠せなかった。

 “凄いな、これが人間の戦い……。いや、あの少年の話では違うのだな、ただの人間とは。待てよ、と言うことは、あの少年も同じなのか。同じ契約を交わした者なのか、この世界の―”

 しかし、2人の戦いは僅か一分弱で大きく変わった。突然雷祇を覆う光の帯が消え始め、雷祇の速さも格段に落ちた。

「どうしたんだい雷祇。やはりまだその程度なのか」

 “くそ、体がついていかない!”

 部屋の中央で膝をついて止まった雷祇。風牙は羽ばたきながら見つめていたが、1つ大きく羽ばたいて空へと向かった。

 “何をする気だ?”

 全身で少し冷たい風を感じ、空中に佇む風牙。

「本気を出したいのかいテュポン。でもまだ駄目だよ、彼にはもっと強くなってもらわないと。そっちの方がテュポンも復讐のしがいがあるだろ」

 “来る!”

 何とか立ち上がった雷祇。その雷祇の上に落ちていた点ほどの影が、急激に大きくなる。落ちるだけではなく、勢いを増すために羽ばたく風牙は槍を構える。雷祇も影を確認して雷命を天に構える。

「これぐらいで死ぬなよ、雷祇!」

 “耐えるんだ!!”

     ズドン!!!!!

 音と同時に城の最上部全てを飲み込んだ土煙が視界を奪う。

 “い、一体、どう、なったんだ?”

 サイロックは立ち上がろうとするものの、もう思うように指を動かす事さえ出来ない。唯一分かるのは、この王広間の真ん中がへこんだ事くらい。

 “抜け落ちは、しなかった、んだな”

 不思議とそんな事が頭を過ぎったその時、部屋に風が吹き土煙が渦を巻き始める。

 “この、風は”

「旋風」

 その言葉と一緒に土煙が城の外へとばら撒かれ、王広間の視界が元に戻る。

 “やはり、か”

 サイロックの目に映る、満足げな顔の風牙とうつ伏せている雷祇の姿。そんな風牙が、しゃがんで雷祇の頭を撫でる。

「なかなか面白かったよ雷祇。お互い力を使いこなせていない者同士だったから、今度はちゃんと使える様になった時に殺り合おう」

「い、今ので、力を使い、こなせていない、のか?」

「もちろん」

 立ち上がり歩みだした風牙は、サイロックの前で止まった。そして傷を見つめる。

「何だ、ほっといても死ぬね、その傷なら。それじゃあ、別れの挨拶でもするといいよ」

 風神を一気に引き抜くと、中身が全て出るほどの勢いで溢れ出す血。

「まだそんなに残ってたんだ」

 足元にまで流れてきた血を見て呟いた風牙は、背中の羽を羽ばたかせ大空へと消えた。

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