第3章 動き出す鼓動 (2)
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「あの〜、そろそろ入ってもいいですか?」
「まだダメだそうですよ」
普段あまり大きな声で話さない静華の、随分頑張ったであろう声を聞いて、僕は王広間の扉に背を預けた。そして聞こえる様になった、王広間の中のすすり泣く声。
「大変ですね」
そんな僕に、王広間の警備をしてるのであろう兵士が、そう声をかけてきた。
「一体王女様には、どういう用件で呼ばれたんですか?」
僕がその兵士を見ると、兵士はまるで僕がするような愛想笑いを浮かべた。まあ、僕が得意だけに、他人の愛想笑いはすぐに見抜く事が出来る。そう思ってみたが、隠すほどの依頼でもないので、扉を使ってゆっくりと腰を下ろしながら話した。
「結婚させられそうなんですよ、ウイールって人と。それが嫌で、星の守護に依頼を出したそうなんです。そして、選ばれたのが僕。僕だって、僕だってですよ、依頼内容を知っていればもう少し上手く対応出来たんですよ」
「そうですか、それは大変でしたね」
兵士の顔が僕と同じ高さにまで下りてきた。
「それで、どういった内容なんですか? あなたを呼んだのは」
「僕と結婚するそうです。僕ならいいんだとかで」
「そうなんですか。それで、あなたは結婚されるんですか? クラリヤ王女様は綺麗ですから、悪い話ではないと思いますよ」
「問題は簡単じゃないみたいなんですよ。王女様はウイールって人の事、嫌いじゃないらしんです。ただ、バカだから嫌らしんです、バカだから結婚する事が」
「なんとも王女様らしいですね。王女様の性格からして、1度イヤだと言ったら聞かないですからね。そう、少しわがままですから、王女様は」
眉1つ動かさないでそう言った兵士に、僕は少し戸惑った。
「……そんなこと言っていいんですか? 聞かれたら大変だと思うんですけど?」
そんな僕の言葉に、相変わらずの愛想笑い。
「はは、そんなことないですよ。私は最近、この城の兵士になったばかりなので、クビになってもすぐに新しい仕事を探しますから。なので、ちょっとくらいの暴言なんて平気です」
“なんだか違うと思うんだけど”
その時、階段を上ってくる人影が見えて、横の兵士がすぐに立ち上がった。僕も邪魔にならないように、屈んだまま扉の前から退いた。その人影はどうやら男のようで、顔がはっきりと分かった時に、僕は思わず首を落としてしまった。それは、あの時のバカ、じゃなかった、ウイールが来たからだ。
“って、確か王女が……。あぁ、確かにバカそうだ。いや、間違いなくバカだ。少し王女に同情するかも”
僕が床を見ている間に、足音が僕の前で止まった。
「やあ、キミ達はもしかして王女様の護衛かい? そ、それは大変だ! こんな弱々しく頼りない、明らかに剣術が下手糞な少年の護衛なら、いない方がまだマシだ。嘆かわしい、あぁ、嘆かわしすぎる! そうだキミ達、王様に伝えておいてくれたまえ、すぐにでも私の護衛をお貸しするので、キミ達をクビにしてくださいとね」
城中に響き渡るかのような高笑いをして、部屋の中に足が消えていった。
“……。なんだろう、ツッコミどころ満載なのに、面倒くさくて考える気にもなれないよ”
そんな事を考えている僕に、残っていた2つの足の方から声が聞こえてきた。
「すいません。ウイール様は、本当はいい人なんですよ。それに、この城に来たのは、王様に呼ばれてきたのに……。いや、本当に、本当に良い方なんですが、なぁ……」
「そうなんです。少し、なんて、言うんですかね、その……」
2人の戸惑いを、一刀両断するような言葉。
「大丈夫ですよ、気にしませんから。それに、私と雷祇さんでは到底強そうに見えませんから。けど、お2人も大変ですね、あんなバカ御子息を持つと」
“ストレートに言ったよ! まあ、僕の方は言いにしても、バカって大胆過ぎないか?”
僕の心配は無駄だったようで、お付きの2人の堤防が崩れたように、スラスラと言葉が溢れ出始めた。
「そうなんですよ〜。バカで困ってるんですよ」
「ホント、バカすぎるんだよな。さっきだって、あんな人ごみを馬車のまま行けだなんて、常識がなさ過ぎるんだよ、ほんとバカなんだよ。いい人はいい人だけど、けど、バカなんだよ」
と、この後も、今までどれだけ苦労したか、バカの話を語り始めた。
“はぁ〜。人それぞれ苦労してるんだな”
僕と同じ様に、3人が腰を下ろした。
「クラリヤ王女様、麗しゅうござ、!」
部屋に入って、挨拶も途中なのにウイールは固まった。
王女が床に座り、椅子に座っている自分の知らない女性の足に顔を埋めて泣いている姿を見たためだった。顔を振って、慌てて近づこうとしたウイールに気づいた王女が、「来るなバカ! 帰れ!!」とウイールに向かって激怒した後、また静華の足に顔を埋めた。
「貴様! 王女様に何をした!」
何をどう考えてか、静華が王女を泣かしたと勘違いしたようで、ウイールが腰にしていた剣に手を乗せる。
「何言ってんのよ、バカ! あんたのせいでしょ!!」
その王女の言葉で、何度か頷いて剣から手を退けた。
「いや〜、そうだったんですね。これはこれは、失礼を。考えてみれば、あなたのような可憐な女性が、王女様を泣かすはずがありませんでした。フゥ、私としたことが」
と、なんだか1人で納得している。その様子を静華の足から顔を覗かた王女が見た。
「何、私が泣いてる理由でも分かったの?」
「えぇもちろん」と言った後に力強く、高らかに語り始めた。
「心配しなくてもいいのですよ、王女様。確かに、確かに私は女性の方からモテます。えぇ、大モテです。ですが、王女様のように美しい女性にならば、私は一生を捧げても構わないと―」
「あの、そうじゃありませんよ。クラリアちゃ―」
「バカ! 出てけ!!」
静華の言葉を掻き消して、王女は近くのテーブルにあった果物やナイフを、力の限り投げつけた。
「ま、待ってください。王女様、一体―」
飛んでくる物を避けながら近づくウイールの顔に、顔より大きなスイカがズッポリと嵌った。スイカを抜こうと、フラフラ動いているウイールの体に、果物やフォークがぶつかる。それを避けるように、当たる方とは逆の方に歩いて、暗い中扉を見つけたようでそのまま部屋を出て行った。
「言わなくてよかったんですか?」
ウイールが出て行った扉を暫く睨んで、すっかり心を開いた静華の足にまた顔を埋めた。
「別にいい。自分でバカだって分かるまで結婚なんてしない!」
「それじゃ、雷祇はどうなるんですか?」
「結婚式までにあのバカがバカを治さないと、雷祇と結婚する」
“ス、スイカ!”
白い鎧が薄赤い汁で染まっていくのを見て、慌てて2人がスイカを抜いた。
「どうやら今日は機嫌が悪いようだ。しかし帰るわけにもいかない。私は王様に呼ばれてきたのだからな。仕方ない、客室で待つか。行くぞ」
髪を掻き上げると、僕の顔にスイカの汁が掛かった。そんな中でも、ウイールは格好よく振舞って、2人を連れて階段に向かって歩き出した。
“多分あの2人、かなり焦っただろうな。急の登場だったから”
「少し焦りましたね」
先程までと変わりのない笑顔を、僕に向けてくる。
「そうですね」 “皆でボロクソに言ってたからな”
5
終演とカイヤックは、病院の長椅子に座っていた。城で薦められたこの病院の医者は、かなりの名医だという。そしてそれを証明する人物が、今目の前にいる。
「久しぶりだな。さっき以来か」
その人物は、剣神・サイロック。そのサイロックと、丁度出くわしてしまったのだ。
“一番会いたくねぇ人が居たもんだ”
そう思いながら、カイヤックは足元に視線を落とした。そんなカイヤックの横で終演は、「ぞうざじょう」と笑顔を作った。
「……何を言ってるのか分からんが、お前達2人がそこまでやられるとは……。どれほど恐ろしいやつだったのだ?」
「がばびじゃ」
「……やはり何を言ってるのか分からんな」
終演とサイロックは、随分と2人して笑顔になっている。が、その横で、カイヤックの体は萎んでいく。
“早く帰ってくれねぇかな”
一通りさっきの流れを繰り返した2人。そのサイロックは終演からカイヤックに体を向けた。その顔から笑みが解け、代わりに形作られた怒り。
「この俺の前によく戻ってこれたな、カイヤック。貴様が我が隊を出てから、その後の噂は色々聞いているぞ。その中で、真実を聞きたい噂がある。永遠の雪が降り積もる山村9つを、数ヶ月の内に滅ぼしたというのは本当か? 答えろカイヤック。この俺は、そんなことを貴様に教えたつもりはない」
「……」 「……」
カイヤックの体は、ただただ萎んでいく。その様子に、サイロックの怒りが溢れた。
「貴様! この俺に言えぬというのか!!」
「いっでぼ、わがらんでびょうが!」
「……答える気はなさそうだな。だがまあいい。俺は貴様を許すことはせんぞ。俺は貴様にならこの国を守る力があると信じ、技の継承をし、代々受け継がれし剣、ソウラ・イクリップスを託したのだ。だがしかし、その全ても今となっては虚しいだけか」
サイロックは結局1度も目を合わせないまま、カイヤックの前から歩き去った。
「ジィ、ぞうがよ」
先程の言葉が心の中に漂っていたカイヤックは、言葉を地面に落とした。
それから暫くして、診療室に呼ばれ医者から治療を受けた。すると、数分で元の顔の大きさに戻った2人。
「助かったぜ、先生さんよ。あのままの顔ならヤバかったからな」
「お前さんは心配せんでもええ、大して変わりはせんからの。しっかし、雷祇の奴は手加減を知らん」
2人の会話に相槌だけをしていた医者が、「治療が終わったので帰ってください」と、平坦な声で2人を促した。
それに従って、2人は病院を後にした。
「よ〜し、そろそろ進展があったかもしれねぇな。戻るか爺さん?」
不敵と呼ぶに相応しい笑顔の終演。
「もし進展がなければ、サイロックとまた会うやもしれんぞ? それでもいいんか、お前さんは」
「いや……、そ、それは困るな」
「それなら時間潰しが必要じゃのう。しかし、時間潰しなぞ……。おぉ、そうじゃ。この町には有名なカジノがあったの。そのカジノにでも行くか、カジノに。それがいい! カジノに行くぞい!」
「爺さんはカジノに行きてぇだけじゃねぇか。そもそも俺達に金なんてねぇだろ?」
人差し指を突き立てて、もう片手を懐に滑り込ませる。そして取り出したるは、
「ま、まさか爺さん、取ったのか、財布?」
「取ったとは失礼な! 半分はワシの金じゃぞ。あやつは生活費に金を使っとるんじゃ。じゃったら、余った金はワシの物じゃろ。じゃから、ワシが自由に使って良いんじゃよ。ほれ行くぞい!」
終演の足取りは軽かったが、カイヤックは足を引きずっていた。
「俺は知らねぇぞ」
「そんなこと本当にやるんですか? あの、僕だけ断るのは―」
部屋の中には4つの人影。
「なし! ですわ。ちゃんと報酬は払うのですから、その分の仕事はしてもらわないと困りますから」
「は、はは……」 “面倒くさい人だ、本当に。直接バカを治せって言えばいいのに……”
絨毯を見ていた雷祇の顔の前に、王女の怪しむように細めた目が現れた。
「聞いてますの?」
「え、えぇ、もちろん」
王女が考えた作戦それは、王女が目の前で攫われそうになった時、ウイールがどうやって助けるか見ようというものだった。
“それって、常識とか非常識とか、あまり関係ないんじゃ……”
と、作戦の内容を聞かされて心の中で思う雷祇。
誘拐犯は1人よりも2人の方が良いという事だったので、もう1人を先程の兵士に頼もうと扉に向かうと、聞こえていたらしく「手伝いますよ」と笑顔で部屋に入ってきた。説明の手間が省けた雷祇達は、作戦を開始しようとした。
6
「た、大変です!! ウイール様、クラリヤ王女様の部屋に賊が侵入しています!!」(なかなかの演技)
「何! どういう事だ!」
「はい。私が手洗いを済ませてこの部屋に戻る途中、王女様の部屋から不審な物音がしまして、覗いてみると、王女様が2人組の男に捕まっていたのです! これは大変だとウイール様に伝えに来たのです!」(なかなかの演技)
「何だと! これは助けに行かなくては!! 行くぞ!」
ウイールは2人を連れて部屋を飛び出した。
今、ウイールにそう伝えたお付きの人間は、本当の事を知っている。雷祇達がどうやってウイールをこの部屋に連れてこようかと悩んでいた時、お付きの人が王広間の前を通りかかったので頼んだのだ。
「クラリヤ王女様!!」
扉を開いた先に広がる光景は、ウイールにとって信じる事が出来ないものだった。そうそれは、ベランダで2人の男が王女を捕まえている姿。
「貴様達、一体何者だ!!」
「我々は王女をさらいに来たのだ」(迫真の演技)
兵士の言葉は、賊が話すような自然な声。
“上手いな”
雷祇が心の中でそう思っていると、
「助けて! お願い!!」(抜群の演技)
王女の叫び声で、剣に手をかけて走り出したウイール。
「今助けます!!」
そう声を上げてウイールが4歩進んだ時、雷祇の演技が始まる。
「動くな、動くと王女様の命はないぞ」(稀に見る棒読み)
“へ、下手だわ、下手すぎるわ!”
“全然駄目です、雷祇”
“……。随分と酷いな”
雷祇本人とウイール以外はそう思ったようだ。剣から手を離し、立ち止まって地面を殴りつけ、まるでミュージカルのような声で嘆いた。
「クソー! これじゃ、近寄れない!」
“信じたよ、この人は!!”
お付きの2人は驚愕で固まった。
なぜ2人かというと、先ほどの演技をした方が、この部屋に来る途中知らない方に芝居だという事を教えていた、だからこその2人の驚き。
雷祇達から目を離さずに後退りをし、ウイールが2人に小声でどうするかを聞いた。
「やはりここは、説得するしかないんじゃないですか?」(なかなかの演技)
「そうだ、そうだな。よし!!」
また一歩踏み出し、胸に手を当て高らかに叫んだ。
「私を代わりの人質にしろ!!」
「断る。我々の目的はあくまで王女だからな」(迫真の演技)
「そういうことだ。交換はあきらめろ」(世界でも稀に見る棒読み)
「どうすればいいんだ!」
「お願い助けて!!」(抜群の演技)
雷祇と兵士が王女を捕まえ、ウイールが跪いて嘆いていたその時、王広間の扉が勢いよく開いた。
「一体何事だ」
そこに居たのは、剣神サイロック。
“あれ……。これは、もしかして、とてもヤバイんじゃないか?”
その雷祇の予感は的中していた。サイロックがすぐに雷祇達に気づいたのだ。
「貴様ら何者だ?」
「ち、違うのサイロック、これには訳があるの!!」
王女もサイロックの登場には焦りの色を隠せず、視点が定まらなくなっている。が、そんな王女に気づかず、ウイールが喋り始めた。
「あの2人組みが王女を誘拐する気なのです。ですから、私が―」
「いい度胸をしているようだな。歳は取ったが、剣神といわれる身。易々と王女誘拐などはやらせはせんぞ」
背中に背負っていた剣を、ゆっくりと引き上げていく。
“あ、あれ〜? やっぱり、これは、大ピンチ、ですよね”
王女の気の強そうな顔が、どんどんと色を失っていく。雷祇が部屋を見回すと、静華を連れ出すお付きの2人が見えたようだ。
“お、流石、こういうのには慣れてるのか、あの2人良い動きするなぁ〜。あはは”
雷祇はこの現状に耐えかねて、少し現実逃避に入ろうとしていた、その時だった。
「やっとお目にかかれた、サイロック」
横の兵士の言葉で、現実に戻った雷祇の意識。
“何の事だ? こんな事態、考えてなかったはずだけど?”
それは、横の王女が「どういう事?」と聞いた事で、本当に考えていなかった事のようだ。
「私はあなたになど興味がなかった。私の興味は、サイロックの持っている剣、風神だけですよ」
“この、感覚は……。まずい!”
雷祇の頭の中に蘇るあの時の感覚。そして、何も考えずに走り出した。王女の手を取り、サイロックのいる扉に向かって。
「な、何考えてるの雷祇! まだ説明が!!」
扱けそうになった王女の腕を強く引っ張っり、抱きかかえた雷祇。そんな雷祇を見上げた王女は、視界の端に動いているサイロックの姿が見えた。
キィーン!!
その姿に、雷祇に力の限り抱きつく王女。その2人の上でサイロックと兵士の剣が交じり合う。
「ふん!」
サイロックの気合と共に砕け散る兵士の剣。その気合で兵士の体が弾き飛ばされた。
「貴様、一体何者だ」
「あなたに言う必要はないですよ」
雷祇よりも始動の遅かった兵士の速さに、雷祇の驚きはなかった。そんな雷祇に、サイロックが兵士を直視しながら話しかけた。
「早く皆を連れてこの城から出なさい。終演達と旅をしてきた君なら出来るはずだ」
「はい。でも、決して無理をしないでください」
「一応、この老体でも剣神と呼ばれる身。そう簡単に殺られはせんよ」
僕は廊下に飛び出した。そこにはウイールと静華、お付きの2人がまだ残っていたので、皆を連れて城の外に向かった。外に皆を連れ出してから、城中にいる兵士を連れ出すべくすぐに城の中に戻った。
「もう1度だけ聞こう。貴様は何者だ?」
「そうですね。少し違うのですが、あなたの知っている名前で言うのならば、魔法使い……ですかね」