第3章 動き出す鼓動 (1)
1
“最、悪だ……”
現在1食生活を始めて27日目。
もちろんその間も静華には普通の生活を送ってもらっているが、僕を含めて男3人は1食生活を送っている。朝・昼・晩、どのご飯を食べるかに命を懸けて続く毎日のジャンケンに、僕は現在、晩ご飯を5日続けてゲットできている。
“けど、ご飯の量は晩が1番多いから、それを5日も続けて食べれる僕は、なんて運がいいんだ……。って、違ーーう!! 元はと言えば、何も考えずに列車になんて乗るからだ!!”
そう、僕たちはディープ・グリーナから列車に、3本も何も考えずに乗ったのだ。いや、まあ、静華を歩かせるのは可哀想だとか、終演が理由は付けてたけど。それでも、すぐに依頼が来ると思ったから、僕も賛成したのに、その間なかなか依頼がなくて、やっと一昨日に依頼が入るまで、無駄に列車に揺られていた。
その依頼は今僕たちがいるこの王都、ブリック・キングダムからの依頼らしい。ブリック・キングダムは世界大戦以前から栄えていた、芸術品だとも言われる綺麗なレンガ造りの城下町を持つ王都。国という概念が無くなりつつある現在、世界にある王都はその役割をなくしつつあるのにも拘らず、この王都だけは違うらしく、未だに王様が慕われている王都。なのだが、それに反するような悪い噂もこの王都には絶えない。世界戦争時、ブリック・キングダムの騎士団は最も人を殺したと言われ、揶揄するように捩られて呼ばれる名前、血の都ブラッド・キングダム。そうこの王都を呼ぶ人も少なくはない。
“しかし、王国からの依頼なんて、一体なんなんだろう?”
駅から続く大きな大通りの先に、小さく見えるこの王都の城。そこを目指して歩いている僕に、代わる代わる人がぶつかってくる。この大通りは、店や露店に並ぶ観光客などでごった返しているためだ。そんな活気溢れる城下町を眺めながら、僕らはお城に向かい歩いていた。この人通りでは確実に迷子になると思い、僕は静華の手を強く握るが後の2人はその必要が無い。だって、人込みの中でもはっきりと分かる、大きな男と大きな布に包まれた何かが目印な2人を見失うわけないから。まあ、後の2人とは手なんて握りたくもないというのもあるけど。そして、この時ふと思ったこと。
“一体どういう風に僕らは見えているのだろうか? 家族での旅行とかその程度かな? って家族? なら、離婚された父親が息子と娘、元嫁の父親を連れての旅行とか……。なんか、想像しただけで悲しすぎるな、これは”
などと、色々くだらない事を考え、人込みを掻き分けながら前を歩く2人に付いて僕たちが城に向かっていた時、
パンパパーン
突然城下町に鳴り響いた音楽に人の波が一斉に止まり、合図が出されたように揃って後ろを振り返る。もちろん、僕らもその人たちと同じ様に振り返り、そこで見たものは。このごった返す人込みの中に、2頭の白馬が引く馬車が堂々と入って来ている姿。その馬車の周りに、なにやら楽器を演奏して付いている人たちの姿があった。その一行は、ある程度人込みの中を突き進むと、何かの店の前で止まり、馬車に付いていながら楽器を持っていない2人の男が跪き、馬車の方に手を伸ばしながら大声で喋り始めた。
「さあ、皆さん! この馬車の中にいる方をどなたとお考えですが?」
「さぁ、誰なんでしょう?」
「それはね、ウイール様なんですよ!」
「何ですって! あの有名な英雄ワイール様の御子息、ウイール様がこの馬車の中にいるんですか!」
「そうなんです。どうぞ、どうぞ皆様、盛大な拍手でお迎えください!」
2人が膝立ちのまま馬車のドアを開けると、中から2人の女性が赤い花びらを上に投げながら先に出て、その後ろから英雄の息子と言われたであろう人物が手を振りながら姿を現した。
「やあ、みんな。汗水掻いて働いているかい? まあ、キミ達のような庶民はそうしないと生きていくことすら出来ないらしいから、仕方が無いのかな? うん、可哀想に」
そう言いながら、真っ白い鎧を着ている男が馬車を降りる。下りきると同時に、その白い鎧のバカがある事に気づいたようだ。
「おや? 何で皆は、その店の花ではなく、剣や箒を持っているんだい?」
その白いバカの馬車は、花屋の前に止まっていた。
「花だと? あぁ、俺の店の花ね。いやー、とんだ間違えをしてたようだな、みんな。てっきりお前さんの頭の中には、花が生えてるからなんていう種類か、俺に調べてもらいたいんだと思ってたよ」
そう花屋の主人が言い終ると、他の露店や店の人間が一斉に、膝を付いていた男2人と白バカ3人をボコボコに殴り始めた。
「い、痛い。待ちたまえキミ達。一体どういうつも―」
バカが理由を聞こうとしたが、喋ってる途中に頭に箒の先が直撃した。
「ボイールだかホイールだか知らないけどね! こんなとこに馬車なんかで来てんじゃないわよ!」
その言葉に2人の男が説明しようとするが、商人たちの怒りは収まらないらしく聴く耳も持たない。それどころか、商人たちはますますヒートアップして、その男たちを殴っているようだった。
「た、助けてー!」
僕たちは、誰が上げたか分からないその助けを求める声を無視して、お城に向かいまた歩きだした。
「何だったんですかね?」
「知らんの。まあ、頭ん中に沸いとったんじゃろ」
「いや、頭ん中のネジが何本か足りなかったんじゃねぇか」
僕に手を引かれてた静華が、不思議そうな声で終演に聞いた。
「頭の中に何が沸くんですか?」
「何じゃろなぁ〜。虫かのう」
静華が驚いた大きな声を上げた。
「そんな、大変じゃないですか! すぐにどうにかしないといけませんよ。教えてあげなくてもいいんですか?」
そう心配している静華に振り返り、終演が笑いながらこう言った。
「大丈夫じゃ。ああいう奴は頭ん中で虫を飼っとるんじゃよ」
2
“大きいなぁ。駅を下りた時から思ってたけど、お城は城下町とは造りもぜんぜん違う”
城下町は、地面や家々が全てレンガ造りで出来ていたので、色で表すと赤。お城は城下町のようなレンガ造りとは違い、といっても僕には素材が分からないが、城下町のように色で表すなら汚れが1つもない純白。
“大きいのに汚れ1つないって、どれくらいのペースで掃除しているんだろうか?”
と、ここでもまたくだらない事を考えながら、見ることの出来ないお城の屋根を見ようとするかのように、顔を上に向けていた僕。
「あの、どうしたの?」
そんな僕の後ろで、静華が不思議そうな声で聞いてきた。
「え? あ、いや、何でもないよ」
お城に見惚れていたのは、どうやら僕だけのようで、終演とカイヤックはすでに城の中に姿を消していた。僕は、見惚れていたなんて事悟られなたく無かったので、慌てて静華の手を引いて歩き出した。
城の中は外と違って、随分と派手な配色で彩られていた。もちろん、綺麗な事は綺麗だったが。正直、僕はこういう雰囲気に慣れてないので、落ち着きなく、鎧を見たり天井を見上げたり絨毯に目を落としたり、そわそわ目を泳がせていた。そんな僕たちに気づいた召使らしき人が、頭を下げながら近づいてきた。
「大臣が来るまで少し時間がありますので、休む事が出来るお部屋に案内いたします」
そして今、僕たちは案内された部屋に来ている。そこでも落ち着かずにいた僕に終演が、
「どうしたんじゃ? もしかして、お前さんが緊張でもしとるんか? 珍しいこともあるもんじゃな」
などと言って、部屋の真ん中にあるテーブルの上の果物を口に入れた。僕から言わせれば、これだけの雰囲気なのに緊張どころか、同様すらしない終演とカイヤックの方がどうかしてる、と思えて仕方がない。そんな事を思いながらも、何も言えずにいる僕は、果物をバカみたいに食べる終演と、部屋の中なのに馬鹿デカイ剣を振り回しているカイヤック、椅子に座って可愛らしい寝息を、
“って、寝てる! まだ部屋について数分なんだけど……。もしかして、一番根性が座ってるのかな?”
そんな3人を見ては、壁に掛かってる絵を見たり、天井のシャンデリアを見たり、まったく落ち着ける要素が僕にはなかった。それから、終演がテーブルの上の果物を全て食べ終えた頃、僕たちのいる部屋に数人を従えて大臣が入ってきた。
「おぉ! これはこれは、よくぞお出で下さいました。それで……。あぁ、あなたですね、雷祇さんは?」
部屋に入るなり、僕たちそれぞれの顔を見て、といても、すぐに僕を見たが。
「はい」
僕が驚いて思わず上げた返事は、少し声が上ずっていたらしく、大臣が僕の緊張を悟ったように「緊張しなくていいですよ」と言葉を掛けてくれた。それで、僕の緊張が少し解れた。
ただ、僕たちは依頼内容を知らされないままどこかに連れて行かれるようだったので、「どこに行くんですかね?」と少し前を行く終演に近寄って聞くと、僕の顔を見ずに「いいとこじゃよ」と返してきた。それを聞いて、少し後ろに下がった僕は、終演とカイヤックが2人並んで、たまに何かを話していたりするのを見て、何か隠しているんじゃないかとこの時思った。
“もしかして、終演とカイヤックは依頼内容を知っているんじゃ……”
そんな事を考えながら、数えるだけで疲れてしまいそうな階段を2階分上りきり、3階のフロアに到着した時、僕たちの前からこの国では勇者といわれる人物が、こちらにゆっくりと歩いてきている姿を見た。
剣神・サイロック。ここが血の都と言われるようになったのも、この人物がいたからだとの声が強い程の人物。そして、そのサイロックが隊長をしていたのが、ブリック・キングダム史上、最強と謳われた部隊、第1師団・血香隊。その部隊はあまりにも強く、戦場で最も多く命を奪い、最も古くから戦場で頂点に長く居座ったため、隊の旗に血の臭いが染み付いて取れなくなった。という事からこの呼び名が付いたらしい。因みに、僕はこの隊の正式な名前を知らない。本当は違う名前だと聞いた事があったはずなんだけど……。
そのサイロックがゆっくりと歩きながらこちらを見ているのだ、というよりも僕と静華の方に視線が来る事がなかったので、終演とカイヤックを見ていたようだ。そして今度は、前に視線を戻したサイロックが、僕たちの横を通り過ぎる時に呟いたように聞こえた言葉。
「カイヤックと終演か。意外な組み合わせだな」
そう聞こえたような、いや、間違えなく言っていたはずだ。なのに、前の2人は、サイロックを気にするどころか、変わりない足取りで歩いている。
“何なんだ? 知り合いなんだろうか? それなら挨拶くらいしないといけないだろうに”
3階に着いたときからその扉は見えていたのに、歩いても歩いても中々近づかなかった扉に、ようやく僕たちが辿り着いた。
「王広間でございます」
大臣がそう言うと、扉の前にいた2人の僕と同じくらいの兵士が扉を開いた。
3
「……」
僕は部屋に入って、少し固まった。
「待っていたわよ。あなたが雷祇ね」
玉座には、王様や女王様にしては若すぎる、僕よりも少し年上に見える女の子が座っていった。が、よく考えればすぐにその女の子が王女だと分かった。服装がいかにも王女らしく、驚きはすぐに収まった。その王女が僕から目を離さないで、玉座から立ち上がった。そして、品定めでもするような視線を向けながら、僕に王女が近寄ってきたのだ。
「あの……。王様は?」
「外に出といてもらいましたわ。聞いてはいたけど、随分と可愛らしい顔をしているのね。気に入ったわ。大臣、あなたは部屋の外に出て行って」
その言葉に、一礼をして大臣は部屋から出て行った。その間も、僕の顔に鼻が触れるくらいの位置で、僕を品定めする王女。いかにも気の強そうな顔に、笑顔など作らないまま。そしてこの時、僕の脳裏にある事が過ぎった。
“は! そういうことだったのか! 通りで僕には知らせなかったわけだ。僕に王女と何かをしろ、ってそういう依頼か! その何かも、あの2人は知ってるな!”
そう思い、王女が僕の目から視線を逸らせた瞬間に、終演とカイヤックの方を見た。それに気づいた2人は、同時に2人揃って親指を立てて僕に見せた。僕はイラッと来たが、すぐにまた視線を戻すと、また王女と目が合う。そして何かを納得したように、僕から少し後ろに下がった王女が、視線を少し床に落として僕に聞いてきた。
「それで、今日は何処に行くデートプランを立てているの?」
「デート……ですか」
僕の曖昧な返事に、王女が落としていた視線を、不審さを含んだ目で見てきた。
「もちろん、こういう場合は男の方がリードするものでしょ? それとも、何も考えてなかったの?」
「はい。というか僕は―」
僕の声を掻き消す程の声が、あの2人の方から聞こえてきた。
「緊張してるんだぜ、王女様」
「そうじゃよ。王女様があまりにも綺麗なんで緊張してるんじゃよ。恥かしがり屋なんじゃ、雷祇は」
そう、王女に言い終わった2人を見る僕に、さっきと同じポーズをして、今度は歯まで光らして、よく分からないアピールをしてきた。
“な、なんだかムカつく! 非常にムカつく! クソ……。はぁ〜、でも仕方ないか。王女を相手する依頼なら報酬はいいだろうし、金欠状態の今の僕たちが依頼を選んでる場合じゃないからな”
そう心の中を納得させて、王女に向き直った僕は、大概の人には受けが良い笑顔を作る。
「あの、依頼期間はどれくらいでしたか? 忘れてしまったんです」
王女は、雰囲気そのままの笑い声を出して笑った。
「一生ですわ」
“あぁ、一生か。結構長いな、一生、か……” 「一生!!!」
僕の声が木霊する部屋。僕のその声に驚く王女から、僕は2人に視線を向けた。が、いつの間にか、あの2人は部屋からいなくなっていた。
“あ、あいつら〜、絶対、殺す!! 今すぐコロ〜ス!!! クソ〜、一生って……。いやまさかな、そんなはずはないよな”
僕は改めて頭を整理するために、先程通りの笑顔を王女に向ける。
「結婚なんて、言わないですよね?」
「何言ってるの? もちろんする―」
「嫌です」
反射的に出てしまった僕の言葉と、今までの僕の態度で何かを感じ取った王女が、部屋に入った時よりも、険しい皺を眉間に寄せる。
「もしかして雷祇。あなた、依頼内容を知らされていないの?」
「えぇ。もちろん聞かされてません」
「そうなの……。いいわ、じゃあ他の人に頼むから!」
一瞬残念そうな顔が浮かんだと思うと、僕の前で踊るように反転して、奥の玉座に戻ろうとする王女。この時になって、今まで黙っていた静華が王女に話しかけた。
「あの。もしかしたら、何か悩みがあるんですか?」
そう静華が聞くと、玉座に向かう体をまた踊る様に反転させて、驚いた表情を作って僕を押し退け、静華の手を取った。
「あなたには分かるの?」
「はい。なんだか王女様が、無理をしているように感じるんです」
その言葉に、王女の顔が崩れて涙が目に溜まった。
「やはりこの城は凄いのう。サイロックや、お前さんがおっただけの事はあるわい」
「はっ、昔の話なんざするんじゃねぇよ。それにしてもよ、爺さん。雷祇は上手くやれるのか? 依頼内容を何も話してねぇんだぜ」
イクリプスより長く太い大きな石の棒を、両手の手首のスナップだけで振りながらカイヤックが言った。
「まあ、依頼内容はいつも知らんから問題ありゃせん。それにあやつは、こういうのは非常に上手いんじゃ。じゃから心配せんでもえぇ。まあ、もし失敗したとしても、あやつを残して逃げればいいんじゃよ」
終演は銀色に光り輝く真新しい機械に、孫でも可愛がるかのように頬擦りをする。
「……」
その終演に呆れたのか、カイヤックからの返事がない。不思議に思った終演は、頬擦りをするのを止めてカイヤックを見た。するとその顔は、見てはいけないものを見てしまった時のような固まり方をしている。
「どうしたんじゃ? 何で……」
「へぇ〜〜〜。僕はトレーニング用品と機械で、王女様に売られるとこだったんだぁ〜」
雷祇の浮かべる満面の笑みは、2人を恐怖へと誘う。
「こ、これはよ、い、色々と、なぁ、じ、爺さ―」
カイヤックを指差しながら、終演は懇願するように雷祇の靴に擦り寄り、弱々しい声で言った。
「カイヤックに、カイヤックに、やれと言われたんじゃ〜」
「あ! 汚ねぇぞ爺さん!」
「のう雷祇。お前なら分かるじゃ―」
靴から雷祇を見上げる終演に、雷祇は被せながら思い出話を始めた。
「えぇ、知ってますよ、終演がどんな人かくらい。あぁ、何度あっただろうか……。カジノの借金の形として、女装をさせられて売られそうになったのは。5回、でしたっけ? まあ、男としても売られそうになった事もありましたよね? ねえ、終演?」
“ひでぇ、ひでぇよ、この爺さんは”
“しまったのう”
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10分後
「どんな理由があろうが、まずは本人に言うのが筋だろ? 大人なんだから、それぐらい分かれよ」
言葉とは裏腹な笑顔を浮かべて、テーブルの上で中腰になる雷祇。
「ぞぶばぼぼびび―」
「何言ってるかわかんねぇんだよ!! ったく、話聞こうにも聞けねぇじゃねぇか」
“キャ、キャラ変わってねぇか!”
“スイッチじゃ。Sのスイッチが入ったんじゃ!”
「あ……」
床に正座している2人の顔を見ながら、何かを閃いたような顔をした雷祇。
「そっか。右の方が大きく腫れてるから喋りにくいんだな。よし、次は左を中心に腫れさそう。って事で」
更なる笑顔が、2人には恐怖で堪らなかった。
“そ、その笑顔はなんなんだぁ!”
“Sではなかったんじゃな……。その後ろに存在するという、ドSの―”
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さらに10分後
「そういうことだったんだ。大体は理解できた」
両手首を振りながら、納得している雷祇。
「あどー、ぞろぞろいいでふか?」
「何が?」
「びょうびんに、びってもいいでふか?」
「行けばいいんじゃない?」
冷めた言葉を残して、雷祇は部屋を出て行った。部屋に残った2人の顔は、約2倍に腫れあがっていた。