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テスタメント  作者: 竜丸
12/82

第2章 涙を流す森 (7)

     14



 “なんだ? 急に元気になりやがった。それに、体の周りの光はなんだ?”

 雷祇の体を覆うように、小さな光の線が空気を切り裂く音を立てて走っている。

「何のために、何のために!! あんな殺し方をしたんだ!!!」

 その姿を見ても動じずに、足を止めて雷祇に体を向けて呆れながら言った。

「殺した事を問うんじゃなく、殺し方を聞くのか。まあ、そんな事はいい、さっき言っただろ。こい―」

「違う!! お前に何の得があるんだよ!! 平和に暮らしてたんだ、みんなと仲良く。それを理不尽に、あんな惨たらしい殺され方をして……。お前に一体何の得があったんだ!!!」

 頭を下げて肩を震わすと、一気に天を仰いで大声で笑った後で、涙を拭きながら雷祇に語りかける様に話し出した。

「いやいや、すまないな。お前が随分といい人生を送ってきたんだな、っと思って可笑しくなってな。俺達の世代、そうだな、25から35くらいの世代の人間なら少なからず、お前の言うような、平和に仲良く暮らしてたのに理不尽に殺される、なんて事は日常茶飯事だったんだぜ。戦争が終わってすぐの世代だったからな。もちろん俺も平和な日常を奪われて1人になっちまった人間なんで、あのデカイ奴の気持ちはよ〜く分かるぜ。辛いんだよなぁ〜、苦しいんだよなぁ〜、けどそれを超えると、不思議と気持ち良くなってくるんだ。人を恨むのが、人を憎むのが、己の感情のままに動く事が。だから俺は、俺の家族を殺した奴のように、命を奪うようになった。そして知ったんだ、命を奪う時の快感を。そうだ、お前も知ってみるといい。後ろに丁度いい感じの獲物がいるだろ」

 雷祇の視線は、ウェルスの指差した静華に向いた。

「その可愛らしい、細い細い首を、キュッと絞めるんだ。多分、いい声で啼いてくれ―」

 雷祇がウェルスに向き直り、大きな声で怒鳴る。

「断る!! 僕はお前のような奴には、絶対にならない!! 命を楽しみながら奪うような奴には!!」

 雷祇の答えを薄々感付いていたらしく、「そうかい」と言うと話をさらに続けた。

「お前、命を奪った事ないだろ? その言い方なら、人は勿論殺した事ないな。それなら、仕事の上で魔獣や動物どもを殺した事は? だったら、生きる為に鳥や魚は? 鬱陶しいという理由だけで、自分の周りを飛び回ってる虫は? もしかして、今上げたどれも殺した事ないのか? それなら、植物を殺した事はないか? もしかして、植物には命が無い、とでも思ってたか? おいおい、それは不公平だぞ。ちゃんと奴等だって命ある生き物だ。人はなぁ、生きるため以外にも、命を奪うんだぜ。それを楽しんでる奴らもいる。密猟やらそんな事だけじゃない。人に喰われる為だけにこの世に生まれる命や、上手いからという理由で生きたまま食う奴や、趣味のために虫を捕まえたり、自分が育ててる花を育たせるために雑草を抜いたり、標本や押し花なんてどれだけ惨い殺し方だと思う。どうだ? こんな事聞いても、それでもお前は俺が特別だと感じるか?」

 雷祇の生きてきた中で初めて聞く考えに、戸惑いが表情に表れる。

「違う……そんなの違う!!!」

 その表情を見て、笑顔で最後の演説を始めた。

「お前の思ってる命ってのは、殺される時に泣き、叫び、喚き、苦しむ、こんなことする奴らを命ある者だと思ってるんだろ? じゃあ、それ以外は命が無いと思ってるんだよな。可哀想になぁ〜、森ちゃん達。お前らは、この俺の前にいる子供に言わせれば、命でもなんでもないんだとよ。俺はそんな風に思った事はないぜ。だから公平に扱ってきた。木を伐った奴を見たら、俺はその分人間を殺してきた。まあもちろん、泣き叫ぶ生き物を殺す方が何倍も楽しいから、俺は木を伐らないだけなんだけどな」

 「けっ!」と、未だに続く銃の攻撃に苦戦する中、カイヤックが吐き捨てる様に言った。

「それはてめぇだけの考えだろうが!! 命ってもんわな、この星にいる全てのもんに宿ってんだよ! 小せぇ花や虫、雲や木々、そこらに転がってる石っころにだって宿ってる。それを人間は忘れちまってるだけだ! これから人間はやり直せばいい。共に生きていけばいい! 雷祇だったか? てめぇは自分を信じろ。てめぇが違うと感じたんなら、自分を信じろよ。そうするからこそ、そこに信念が生まれる」

「はっははは」

 その言葉の終わりに、森には今まで以上に大きなウェルスの笑い声が響く。

「いやぁ〜、今日俺笑いすぎだな、随分壷にハマる事が多いから仕方ないが」

 そこで笑顔が消えて、カイヤックの背中を睨みながら呟く様に言った。

「奇麗事並べても、所詮アンタは俺達と同じだ。いや、俺達以上だよな」


 

 “怖、い”

 “正式な契約をしてないのに、こんな力を引き出せるなんて”



「もういい! どんな事言っても、何をしようとも! お前を殺すってもう決めたんだ!!!」

 ウェルスの言葉を振り払うように声を張り上げ、鞘から雷命を抜き握り締める。体の周りの光も、雷祇の感情に反応するように数が増え、動きも激しく形状もはっきりとしてくる。そして、低く構えるとウェルスに踏み込む構えを見せた。

 “来るか! 単なる死損ないには見えない。気を引き締めるべきだが、それにしても体の周りはの光は何だ? 雷か?”

 そんな事を深く考える余裕を、雷祇は与える事無く飛ぶように走り出した。その速さは、とても人間とは思えないほどの速さ。

 “早い!! だが攻撃方法は分かる! 力が無い分、回転しながら勢いをつけ、俺の腹を狙ってくる! これを捌いて、1撃で動けなくしてやる!!”

 土煙を上げながら突っ込む雷祇は、ウェルスの間合いに踏み込む瞬間右回転で勢いをつけ始めた。目の前で竜巻のように回転を始めた雷祇は、雷命を地面と水平にしてウェルスに回転斬りをする。それはまさにウェルスの予想通りの動きで、防御の構えは既に出来上がっていた。

 “予想通りだ! 後はこれを耐、?!!”

 しかし、ウェルスの予想を超える事が起こった。それは、雷命がフランベルジェに当たった感覚がまったくしなかった事。不思議に感じて、回転をしている雷祇からフランベルジュに視線を移す。

 “バ、カな……。このガキ、俺の剣を斬った、だと。聞いたことないぞ! 剣を斬れる奴なんて! どういう事だ、どうなってやがるんだ!!”

 雷祇は回転の勢いを緩めるどころかさらに回転の速さを増し、土煙が渦を巻き始める。それでもウェルスに向かってさらに踏み込んだ。

 “殺される? この俺が、こんなガキに!!”



     15



「バカもんが。その力は、お前さんではまだ扱いきれん。それになんじゃ、何のためにお前を一緒に行かせたと思っとるんじゃ、カイヤック」

 終演がウェルスを斬り裂こうとしていた雷祇の右腕を、横に付いて片手で受け止めている。

「何で止めるんだよ!! 終演!!」

 雷祇は終演にも係わらず、怒りの声を張り上げた。その声に「はぁ〜」と、終演はため息をついた後、宥めるように話し出した。

「お前さんは命を奪うな。直接的に命を奪うのには早すぎるし、脆すぎる。間違って一歩でも踏み出してしまえば、お前さんはお前さんでなくなる」

 それを聞いても、雷祇はまったく引く様子が無い。

「僕がこんな奴のように、なるはずがない!! どけよ終演!! 今からこいつを殺すんだ!!!」

 先程は宥める様に喋りかけた終演だったが、今度は一転子供を叱る声になった。

「お前さんがなるつもりがなくても、なってしまうのが人間なんじゃよ。お前さんは、まだ子供じゃ。子供時分から、命なんて奪うもんじゃないんじゃ。お前さんは、お前さんでいて欲しいんじゃ。それに、理由がくだらな過ぎるじゃろう」

 それでもまだ雷祇は納得する様子がなく、殺気を込めた右腕を止めようとしない。が、終演もその手を放す様子がなく、ウェルスの脇腹辺りで雷命が前後に揺れている。その2人の様子を、目の前で見ているエルブスの頭の中は混乱の極みに達していた。

 “何なんだ、このガキも! このジジイも!! このガキは俺の剣を斬ったんだぞ!! その攻撃を片手で防ぐだと?! ふざけるなよ! どうなってやがる? わけが分からん!”

 そのウェルスを殺す事で、頭の中が埋まっている雷祇の右腕には力が入ったままだ。

「どけよ!! 終演、こい…つ……を―」

 そう言い始めると、突然雷祇を包んでいた光が弾けて消え、力が抜け落ちたように崩れ始めた。それを察した終演が、ケルベロスを捨て地面に落ちる前に雷祇を抱えた。

「まったく。いきなり崩れおって。無理をするからこうなるんじゃ。背にはこんな傷もしておるのに」

 雷祇の背中からは、未だに血が流れ落ちている。

「雷祇、さん」

 静華の小さな声を聞き取った終演は、肩に雷祇を担ぎながら木の後ろに隠れている静華の元に歩き出した。

「おぉ、静華嬢か。大丈夫じゃったようで何よりじゃ。雷祇なら心配せんでもいいんじゃよ。少し疲れて、寝たたけじゃから」

 安心させるような優しい声。

 “糞!!”

 ウェルスは隙だらけだった終演を殺そうと体を動かした時、体中が痺れている事に気がついた。さっきまでの、死に直面している時には気づかなかった痺れが、今では電気が体中を暴れ巡っているように感じて、指を動かすのですら苦痛になる。

 “どうなってる? 何であのジジイは、この痺れを感じない?”

 それが不思議でたまらないといった感じで、動けないままゆっくりと歩く終演を睨み付けた。終演は静華の元まで行くと、雷祇を適当に地面に投げ捨てた。

「まったく、どいつもこいつも、世話をかけさせる奴じゃわい」

 溜息交じりで話す終演に、少し安心できた静華は今聞こえた音を確認した。

「あの、今グシャッと聞えたんですが、何か落ちたんですか?」

「そうかのう、ワシは聞こえんかったが」

 静華がそう言ったので、雷祇がどうなったか確認してみると、頭から落ちたらしく、頭の天辺辺りから血が流れ落ちていた。

 “……落ち方が不味かったかのう?” 「そうじゃ静華嬢。この手を握っててはくれんかのう」

 そう言って、静華の手を取って雷祇の手を握らせた。



 “今か”

 3人が自分から少し目を逸らしたのに気づいて、立ち上がりながら3人の前に走り出した。その時、左手の大きなイクリプスは投げ捨てて。それに気づいたサイは慌てて引き金を引くが、その攻撃で捉えた場所は致命傷にはならず、さらに顔の傷を増やしただけだった。

「は、あ、ち、ちがう、うんです。こ、これ、は―」

 ブートの震える声を、3人の前で深く腰を落とし、剣を構えているカイヤックが左手を顔の前に突き出して止める。

「それ以上何も言うんじゃねぇよ。おめぇらが、何を言った所でもう関係ねぇ。次、口を開いた時点でぶち殺す」

 先程までの3人の余裕は、何処かに吹き飛んでいた。目の前の、押し潰されそうな威圧感の塊に、噴出すのは汗と震え、出なくなったのは声と体を動かす命令。それを確認するように、3人の顔を構えたまま一通り見回してから、カイヤックは3人に背を向け、投げ捨てたイクリプスを拾い上げて終演に向かって歩き出した。



 終演が呆れながら首を振った。

「情けないのう。お前さんは、図体がデカイ以外なんの特徴もないんかの?」

「るせぇよ。爺さんこそ何処に行ってたんだ」

「ちょっと、色々してたんじゃよ」

 終演がカイヤックの体中を見回して嬉しそうに、「随分やられたんじゃのう」と笑顔になった。

「糞、何笑ってやがる」

「もちろん、お前さんのボロボロの体がおもしろいんじゃよ」

 「チィ」と、舌打ちをしてカイヤックは横を向いた。

「何和んでやがる!!! ふざけやがって!!!」

 その様子を黙って見ていたウェルスが、突然怒鳴声を上げた。

「おぉ! まだそんなに声を出せるとは思わんかったぞい」

 終演が褒めるように、バカにするようにウェルスに言う。

「当たり前だ! まだこっちが圧倒的に有利なんだぞ。もし失敗した時の為に、この森には10個の爆弾を仕掛けてるんだよ!! さっき間違えて1発使ったようだが、それでもまだ9個ある。俺が照明弾を撃てば、それが合図で一斉に爆発させる手筈だ! さぁ、どうする?」

 ウェルスの自慢げな言葉に終演は動じるどころか、「好きにすればいいぞい」とあっさりと答えた。その態度に驚いたウェルスだが、「いいだろう。森を消すのは後の予定だったが、早まるだけだだしな」と冷静さを取り戻しつつある口調でそう言うと、大空に向けて照明弾を撃った。それを終演は止める気配すら示さなかったので、カイヤックも何か気づいて止めなかった。ウェルスはそんな2人に笑みを浮かべていた。そして、森に光の合図が行き渡った。が、森に響くはずの爆発の音が、どこからも響いてこない。そう、爆発は1つも起こらなかったのだ。

「ど、どういう事だ?」

 また冷静さを無くしかけているウェルスに、カイヤックが親指を終演に向けて答えを言って聞かせた。

「簡単な事じゃねぇか。爺さんが全部の爆弾を片付けた。ただそれだけの事だ」

 それを聞いて終演が笑った。

「ほほ、まさかお前さんが分かるとは思わんかったわい」

「あのなぁ〜。俺だって、爺さんの態度を見てたらそれくらい分かるぜ」

 2人の会話に、完全にウェルスはうろたえ始めた。

「バカな。森を、この森を全て囲んでいたんだぞ! それを一人で片付けただと? ふざけるな!! ジジイ、てめぇは一体何者なんだ。もし1人でそれだけの事をしようとしたら、どれだけ時間が掛かると思ってやがる」

 それを聞いてカイヤックがまた終演に親指を向け「終演だ」と言ったら、さらにうろたえるウェルス。

「終演……だと。あの終演だってのか? は! そんな嘘誰が信じる―」

「おめぇが信じようが信じめぇが、この爺さんの名は終演だ」

 “う、嘘じゃ、ないのか?”

「……。あんまり指差すんじゃないわい、いい気分はせんぞ。それで、どうするんじゃお前さん? このままワシらと殺り合うんかの?」

 終演のその言葉を聞いて、やっと動かす事が出来るようになった足で2人の前から遠ざかっていく。

「糞。覚えてろ!! 行くぞ」

 そう捨て台詞を残して、あの固まったままでいた3人を引き連れて森の中に消えていった。

「さて。残るはあやつじゃの」

 カイヤックと終演は、自然の牢獄に捕まっている大きな魔獣を見ると、小さな魔獣の死体を絡め取られたままで、まだ涙を流して泣いている姿がそこにはあった。



     16



 終演は大きな魔獣に歩み寄る前に、まだ太陽の剣を納める前だったカイヤックに、その太陽の剣を受け取っていた。カイヤックは、随分と落ち着いた様に見える静華の方に近寄り、それに気づいたのか、近くに来たときに静華がカイヤックに尋ねる。

「あの、どうなったんですか?」

 カイヤックは少しだけ考えて、「もうそろそろ終わるから、心配しなさんな」と言って、大きな手で静華の頭を撫でた。



 終演はナチュラル・プリズンの前に立つと、一瞬静止して構えた剣を振り出した。すると、その一太刀で大きな魔獣の後ろ足を捕まえていたナチュラル・プリズンを切り裂いた。

 “斬れねぇんじゃなかったのかよ”

 終演があっさりとナチュラル・プリズンを切り裂いたので、心の中でそう思っていた。そして、終演がナチュラル・プリズンを斬って回り、大きな魔獣は自由になると、すぐに小さな魔獣の側に駆け寄った。が、いくら舐めようが、いくら鼻で揺すろうが、動く事すらしない小さな体を見て、もう2度と起き上がる事がないと悟ると、無惨にも引き裂かれた小さな体を涙を流しながら喰らい始めた。骨を砕き、血を吹き上げながら、ただひたすら食べると、大きな魔獣が流す涙を小さな魔獣の血が覆い隠した。そして、血に染まった魔獣が睨みつけるは、今目の前にいる終演。終演を睨みつめながら歩み寄る殺気に満ちた目を見つめながら、終演は語りかけるように言った。

「人が憎いか? そうさのう、お前さん達魔獣は、人と同じ感情を持つ可哀想な生き物じゃ。じゃから、このまま生きておくのは辛かろう。ならば、せめてワシがお前さんに引導を渡してやろう」

 終演はそう言うと、仁王立ちになって目を閉じた。それを見て、魔獣が終演に向かって大きな口を開いて噛み殺そうと飛び掛かかった。その口に飛び込まんばかりに終演は突っ込むと、ギリギリの所で横にかわし、地面に剣を擦らせた。その終演に向かって方向転換しようとした魔獣に屈みながら張り付き、首の下まで剣を持っていくと、伸び上がり様に一気に剣を振り上げて、首を斬り裂いた。

 “本当に、家族愛かもな”

 魔獣は首から血を噴出しながら、小さな血の池に向かって歩き、その傍らにあった小さな骨の側に辿り着くと、まるで寄り添い、添い寝をするように小さな骨の横で横たわった。そんな事を思いながら、殺す時の音を聞かせたくないと塞いでいた静華の両耳から手を離したカイヤックに、静華は尋ねた。

「あの、どんな意味があったんでしょうか?」

 深い意味を説明する気にはなれなかったカイヤックは、「まぁ、色々とな」とだけ言った。すると、カイヤックに剣が飛んできた。

「危ねぇな爺さん。横には嬢ちゃんがいるんだぞ」

 そんな事をボヤキながら、返された剣をイクリプスに収めた。終演は終演で、先程地面に捨てたケルベロスの元に向かっていながら、落ち着いているカイヤックを急かした。

「ほれ。休んどらんで、とっとと森を出んか」

 その言葉にカイヤックは、銃弾がめり込んでいる腕などを見せて言い返した。

「あのなぁ、爺さん。少しは休憩させてくれねぇか? 俺だって、結構疲れてるんだぜ」

「何言うとるんじゃ。とっととせんと、奴らが戻って来るじゃろうが」

 今の言葉で、カイヤックは少しだけ暗くなった。

「……。やっぱり来るかなぁ? あいつら」

 それを知ってか知らずか、終演がきっぱりと「さきは時間がなかったんで誰も殺しておらん。じゃから戻ってくるのは当然じゃ」と言った。そして付け加えるように、

「じゃから、お前さんは静華嬢と雷祇を抱えて森を出るんじゃ」

 暫く言葉を吟味ぎんみしてから、ビックリした顔を終演に向ける。

「待ってくれ。俺だって十〜分怪我人なんだぜ。その怪我人に、2人も抱えて森を出ろってのか? そりゃ、ちょっと厳しすぎるだろ」

 その弱気な発言を、終演が見逃すはずがない。

「お前さんは、図体以外にもいいとこがあると見せんといかんじゃろ? それともなにか? 怪我をしとらん静華嬢に2人を抱えて森を出ろと言うんか? はぁ〜、なんと情けない男じゃ。ワシは悲しくなるぞい」

「あの―」

 終演の巧みな演技に、静華はすっかり騙されてしまった。

「私は怪我もしてませんし、雷祇さんや私を負ぶってくれた方も怪我をされているようなので、私が負ぶ―」

「わぁった! 俺が抱えて出ればいいんだろ!」

 堪らずカイヤックがそう言うと、終演は満足げに「そういうことじゃ」と続けた。





「まさかここで待ってるとは思わなかった。終演」

「ほぉ。なかなかの数じゃのう」

 終演の前に現れたのは、ウェルスを含めて約80名の星の守護。

「この数相手に、生き残れると思うな」

 その言葉に、ウェルスのような笑みを浮かべて終演が答えた。

「ほほ、まるで多いような言い方だのう」

「十分多いと思うが」

「そうか。なら、死ぬ前に自己紹介でもするかの。ワシの名前は終演、人生というなの喜劇を終わらす者なり。ワシの前に立ちはだかれば、誰であろうともその劇の幕を下ろそうぞ。そうそれがたとえ、神であろうとな」



     17



 “あれ? 僕は確か、痛ぅ!”

「お、やっと起きたかのう。まったく、そのまま一生寝続けるのかと思ったぞい」

 僕はホテルのベットで寝ていた。背中に負った怪我や体中に受けた攻撃は、どれも命に別状はないらしい。終演の話では、何度か死んでるんじゃないかと確認するぐらい、僕はベットの上で爆睡だったらしい。それから、1度も起きることなく丸2日寝続けたという。静華さんはちゃんと終演が家まで送り届けたらしく、大地主には僕が起きたらどういう経緯でこうなったかを確認すると終演が言ったので、何度も僕を起こそうとしたらしいが微動だにしなかったので仕方なく起きるまで待っていたら2日寝続けた、とボヤかれた。それとは違い僕には気になる事があった。

 “それにしても、僕はいつ頭の天辺を怪我したんだろう?”



 僕たちがホテルを出て静華さんの屋敷に向かう途中でカイヤックが待っていた。そして、なぜか知らないが「俺も話を聞く」とか何とか言って今も後ろに付いてきている。そんな3人になった僕たちは、暫く歩くと屋敷の前に着き、そこで前に僕たちを追い返した事を門番の人には謝られたが、気にしないでくださいと僕が言っておいた。誰だって、名前を間違えていたら当然中に入れるはずがないんだから。そう思いながら、屋敷に入ると玄関で執事さんが待っていて屋敷の中心まで案内され、大きな扉の前に着き扉を開くと、少し離れた椅子に静華さん、大地主だと分かる格好の静華さんの両親がソファーにそれぞれ座っていた。それを見てカイヤックが大地主に飛び掛ろうとしたが、終演が首を掴まえて床に叩きつけたのでカイヤックは大人しくなった。それで僕たち3人は、大地主の前のソファーに座って話をする格好になった。



 それから少し話を聞いた後、大地主が頭を突然下げた。

「すいませんでした。娘のためだったのです。少しでもお金を集めて目を治してやりたかったんです。医者には目が治ることはないと言われたが、治してやりたかったんです、見せてやりたかったんです、世界を、海を、空を、虹を。見てもらいたかったんです、私を、妻を……」

「ケッ! 見えない方が良いんじゃねぇか? こんな腐った世の中なんざ。あんた達のような、腐った人間が多い世の中なんざなぁ」

 その言葉で両親が下を向く。

「さっきから、お前さんは話を聞く気があるんか? 聞く気がないんならこの部屋から出とくんじゃ」

 さっき大地主が話している間も、カイヤックの態度は悪かった。

「俺ぁ、その―」

「静華さんはどうなんですか? もし今回の事が成功していて、もし目が見えるようになったとしたら、どういう気分だったんですか?」

 静華も自分の両親と同じ様に下を向きながら答えた。

「イヤです。私の目が治るだけのために、いくつもの命がなくなるなんて……」

「け、けどな、静華―」

「いいの! 私は満足なんです。だって、普通の人では感じられないことが感じられるんですよ、この体は。私はこの体に産んでくれた、父と母に感謝してるんです、雷祇さん」

「だそうですよ? これが娘さんの気持ちなんです。ご両親は勝手に決め付けて、判断してませんでしたか?」

「それは……」

「これからはちゃんと話し合って、理解し合ってください。もしまたこんな無茶をする時は、その時は―」

「もう2度と、こんな事はしません。私は、私は勝手に静華のためにと思ってやっていた事は、本当は自分のためだったんですね。私は、私は……」

 そこで言葉に詰まり泣き崩れた父に、静華は椅子から立ち上がってゆっくりと近寄ると、優しく寄り添った。そこに静華の母も加わって、絆を確かめ合っているかのように3人で涙を流していた。


 その姿を見て僕ら無言で立ち上がったが、カイヤックだけが不満そうに椅子にどっかりと座っていたので、終演が首を掴んで無理引きずって僕たちは部屋を出た。





 それから僕たちは、この町を出発するためにホテルへと荷物の整理に向かった。といっても、僕たちに整理するような荷物なんてないので、すぐに荷物の整理が終わった。その荷物を持ってフロントに鍵を返してホテルを出ると、ホテルの前にはなぜか静華さんとあのおばさんと呼ばれていた人が2人並んで立っていた。

「どうしたんじゃ、静華嬢? 見送りじゃったらええんじゃぞ。見送りなんざ、ワシらされた事ないからのう」

 僕が確かにそうだなと思っていると、静華さんを促すようにおばさんが肩に手を乗せながら言った。

「どうしたんですかお嬢様。ほら、早く言わないと列車が来てしまいますよ」

 そうおばさんに促されて、静華さんが俯きながら口を開いた。

「あの、その……、わ、私も連れて行っては、もらえないでしょうか?」

「え?」

 思ってもみなかった言葉に、僕たちは揃えて素っ頓狂な声を出してしまった。

「いや、それは危ないですよ。僕たちの仕事は、結構危険なんです」

「そうじゃ。それに、ワシらが仕事を失敗すれば、お前さんじゃって死ぬかもしれんのじゃぞ? そんな事にお前さんの両親が賛成はせんじゃろ」

 その言葉を待っていたように、静華さんの横に並んでいたおばさんが前にグイッと出てきた。

「それなら心配要りません! ちゃんと許可は取りましたし、親方様も喜んでおられました。あなた方2人なら大丈夫でしょうし、星の守護はいろんな土地に行くので、もしかしたら目が治るかもしれないと、そうおっしゃっていたんです」

 “……。さっきの、あの感動の場面はなんだったんだ。目の事はもう、よかったんじゃないのか?”

 呆れながら思っている僕の背中に、いきなり後ろから思いっきり叩いてきた者がいた。

「いいじゃねぇか、旅は道連れって言うだろ? それに、嬢ちゃん、お前を好―」

 僕が背中の痛みで睨みつけようと後ろを振り返ると同時に、何かが僕の横を凄いスピードで横切った。それはおばさんだったようで、お腹を膨らませての体当たりがカイヤックに炸裂し、あの大きな体が吹き飛ばされて、2階に続く階段の壁に激突し、それと同時に階段の上の壁も床に落ちた。それを見た従業員は、その壁をどこか違う場所に持って消えていった。壁に激突し、座っているカイヤックにおばさんが近寄り耳元で何か囁いた様に見えた。


「余計なことを言うもんじゃありませんよ。もしそれ以上余計なことを言うんでしたら、その時は……」


 意外と軽快なフットワークを見せて、おばさんがカイヤックをうつ伏せにして背中に乗り、両足を抱えてエビゾリの形にした。それを見て、終演が2人の横に行って楽しそうに「もっとやれー」と煽っている。そんなくだらないやり取りから、僕は前に体を向き直して、静華さんに理由を聞いてみた。

「あの、静華さんが僕たちと一緒に来たい理由って何ですか?」

「え…。それは、その……」


 静華は言葉に詰まった。あなたの中にいる‘何か’が恐ろしい、だから、もしかしたら私なら何かできるかもしれないから。そう心の中では思ったが、言わずにただ俯いた。


 僕の後ろで騒いでいたはずの終演が、突然僕の体の横に現れた。

「まあいいんじゃないかのう。両親も、お前さんも、ワシらに付いて来るなんぞ、それなりの覚悟は出来ているんじゃろう。よし! ワシが許可しよう、静華嬢が来る事を」

「はぁ〜。分かりました。それじゃあ、僕はもう何も聞きません」 “ここで終演に逆らっても無駄だろうしな。仕方ないか” 「じゃあこれからは仲間になるので、静華さんは僕の事雷祇と呼んでください。多分、同じ歳だろうし、って、そうだ歳はいくつなんですか?」

「13です」

「それじゃあ、僕と本当に同じですね」

「ワシの事は好きに呼ぶとええ」

「それなら私の事は静華でお願いします。あの、よろしくお願いします」

 深々と僕たちに静華は頭を下げた。

「そんな挨拶はなしですよ、静華」

「そうじゃぞ、静華嬢」

「ね? それじゃあ行きますか」

 静華の手を僕が取り駅に向かって歩き出すと、後ろから大きな声が聞こえ、肩に大きな手が乗ってきた。

「そうだな。俺は34で、名はカイヤック。呼び方は名前のままの、カイヤックでいいぜ」

「……。誰ですかあなた?」

「え? ……いやいやいや、一緒に森にまで行ったじゃねぇか」

「……。そうだ、静華は好き嫌いとかあるんですか?」

 僕の肩に乗っていた手を払い、僕たちは駅に向かって歩き出した。

「おい! なあおいって! 無視はひどいんじゃねぇのか? なあ!」





「糞っ、たれ……」

 空気が漏れるように息をする、両足と両腕にそれぞれ銃で撃たれた傷がある男。その男の周りには、81もの顔が吹き飛ばされた遺体が転がっていた。その遺体の山の中心で膝立ちでいる男の体には、‘しょくたいちゅう’の卵が入った弾が撃ち込まれていた。



 食体中とは、夏人かじん冬花とうかという人にのみ感染する細菌が、花開く時一緒に人の体から這い出てくる、人の肉を喰らう虫。成虫は、蚊のような大きさで、花から這い出た時には成虫で、人に卵を産み付けて一生を終える。その卵は、人の体に埋め込まれた時点でふ化を始め、体の奥深くに肉を喰らいながら突き進む。そして、内臓を食い終わると、成虫として体から這い出て、それを繰り返す。常人ならば、1匹埋め込まれた時点で、悶え苦しむ虫。



 そして、男の体には4つの卵が埋め込まれていた。

 “必ず! 必ず殺してやる! 必ずだ!! カイヤックだけじゃねぇ! 終演もあのガキどもも、俺の手で皆殺しにしてやる!!!”

 そう心の中で叫び終わった男の体に、食体虫の産声が上がった。そしてその日から悲鳴とも叫び声とも分からない声が、森の中に響き始めたという。



     18



 という事で、なぜか知らないけど4人で旅をすることになってしまった。そうそう、この町の周りで噂になっていた魔獣暴走の件は、大地主が星の守護を呼びやすくするために、お金を払ってデマを広めさしたのだという。まあ、あの大地主も、静華さんのためを思ってのことなんだろうけど……。しかしまあ、こんなに人数が増えると正直、先が思いやられるよ。しかも僕たちは今、列車に乗って移動をしている。この列車ってどこに向かってるんだろうか? 次は、ゆっくり出来る南国なんかがいいよ……。って、行き先も決まってないうちから列車になんて乗ってたら、僕たち破産じゃないか!


と、列車に乗ってから気づいた雷祇であったが、静華に頼めば問題ないという事には気づかないまま、列車はただ次の町へと4人を乗せて進む。

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